不死鳥の騎士団
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イースター休暇に入っても、ナマエの気分は晴れなかった。
幸か不幸か、ルームメイトたちはOWLに向けた勉強にかかり切りで、ナマエの機嫌に付き合う暇はないようだった。
朝、ふくろう便で届いた包みの中には、ナマエ宛てのモリーさんからの大きなチョコレート卵があった。モリーさんの卵はリボンまでにぎやかで、中から砂糖漬けのすみれや小さなクリーム入りチョコレートがこぼれた。ナマエは少し気分が上向きになった。
その日の午後、寮の掲示板には進路指導の知らせが貼り出された。
進路指導 夏学期の最初の週に、五年生は全員、寮監と短時間面接し、将来の職業について相談すること。 個人面接の時間は左記リストのとおり。
自分の名前を探すと、ナマエの面談は週の最後の授業終わりだった。
五年生たちは休暇最後の週末の大部分を、生徒たちが目を通すようにと寮に置かれていた職業紹介資料を読んで過ごした。
「うーん、科目を決めるには、職業を考えなきゃいけないのか……」
テリーが眉間に皺を寄せた。眺めているのは、鮮やかなピンクとオレンジの小冊子で、表題は、「あなたはマグル関係の仕事を考えていますね?」だった。
マイケルは魔法銀行の小冊子を半分ほど読んだところだった。
「現在、『呪い破り』を募集中。海外でのぞくぞくするようなチャンスがあります……』ナマエ、どうだい?」
「俺、海外にも銀行にも、あんまり興味ないな……」
ナマエは漠然と答えた。しかし、今まさに「呪い破り」にだけは興味があった。魅了の呪いを解くことができるかもしれない……しかし、もし目的を遂げたその後も、その仕事をずっと続ける意欲があるだろうか。ナマエは聖マンゴのパンフレットとトロールの調教師の冊子をぱらぱらめくって、飽きたように目を閉じ、ソファに沈み込んだ。
テリーが悪気のない顔でナマエを覗き込んだ。
「君、まだ機嫌が悪いんだ?珍しいね。グレンジャーと仲直りしてないの?」
「別に、……」
ナマエは言い返そうとして口を閉じた。 謝るべき相手は、たぶん何人もいた。けれど、誰から謝ればいいのか考え始めると、腹の底がまた熱くなった。
休暇明けのある午後、ナマエはルーン文字学の授業終わりに一人歩いていた。前なら、ハーマイオニーと二人で課題をこなしていた時間だったが、今日は二人とも言葉少なに教室を後にした。
「ナマエ」
呼ばれて振り返ると、ハリーがいた。ナマエは一瞬、驚いて息を止めた。
「何……?」
声が思ったよりぎこちなく硬くなった。
大広間での出来事が、まだ喉の奥に残っていた。ハリーの怒った顔。ロンの真っ赤な顔。ハーマイオニーの青ざめた顔。
ハリーも少しだけ顔を強張らせたが、すぐに声を低くした。
「シリウスから。君のパパに伝えたって。『耳飾りを、できるだけ早く取り戻せ』って。チチオヤがそう言ったらしい」
ナマエは黙った。 アンブリッジに取り上げられたままの耳飾り。忘れていたわけではないが、後回しにしていたのは事実だった。
「えっと……それだけ?」
「それだけ」
ナマエは短く息を吐いた。
今や校長となり、ドラコたちスリザリンの生徒を「尋問官親衛隊」として連れ回す暴君から、「取り返せ」と言うのか。退学になるかもしれない危険を冒してまで。
「……わかった、サンクス」
ハリーは、今度はその「わかった」の意味を聞かなかった。
ナマエはハリーを見た。
「あのさ、ハリー……」
アンブリッジの部屋に入るなら、忍びの地図が欲しい。
地図はハリーが持っている。頼めば、たぶん貸してくれる。ハリーは、そういうことで意地悪をするやつではない。
──お前は、謝りもしないで頼みごとをするのか。
自分の中のどこかが冷たく言った。頼むなら、まず謝らなければならない。
「何?」
ハリーは眉を上げた。謝るべきだ。わかっている。けれど、口を開けば謝罪より先にまた余計なことを言ってしまいそうだった。
何より、心の底では自分の非を認めていない、頑固な気持ちがあった。
「……いや」
ナマエは視線を逸らした。
「何でもない」
ハリーは眉をひそめた。
言ってから、また間違えたと思った。けれど、もう訂正できなかった。
ハリーはナマエに背を向けて歩き出した。ハリーの背中をしばらく見てから、ナマエも踵を返した。
「──チチオヤ先生が『取り返せ』って言うのは、つまり」
曲がり角で、不意に声がした。
ナマエが顔を上げると、フレッドとジョージが壁にもたれていた。二人とも、何かを企んでいるとき特有の、まったく信用ならない顔をしている。
「『アンブリッジ大校長先生様に、誠心誠意お願いしに行け』ってことじゃ、ないよな?」
フレッドが言った。二人とも、今の話を聞いていたらしい。
「……その作戦はもう失敗済みなんだ」
二人はナマエの行く手を阻んで立った。ジョージが神妙に頷いた。
「うんうん、実に秩序的 で品行方正な作戦だ。正攻法で行けば、こんどは『地図』が必要だったんじゃないかな?」
──僕は秩序を乱してはいけない。アンブリッジの罰則を思い出して、ナマエは顔をしかめた。
「いいんだ、それは」
「喧嘩続行中か?」
ジョージが眉を上げた。大広間での事を、二人も知っているらしかった。
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、君が一方的に怒鳴ったから?」
「うるさい」
フレッドとジョージはおどけたように顔を見合わせた。
「なるほど」
「これは重症だ」
ナマエは二人を睨んだ。
「通してくれよ」
ナマエは低く言った。
「悪いが、それは無理だ。俺たちは今、たいへん退屈していてね」
「しかも、アンブリッジの部屋に用があるやつを見逃すほど、落ちぶれてない」
ナマエはしばらく二人を見ていたが、やがて諦めた。
「……地図がなくても忍び込めると思う?」
双子の顔に、同時に笑みが広がった。待ってましたと言わんばかりだ。
「それはまた、たいへん教育的な相談だな」
「それならナマエ、俺たちが一枚噛んでやるぜ」
「二枚だな、そうなると」
ナマエは二人を見上げた。
「──鍵開けには手間取らない。アンブリッジが部屋にいなけりゃいいだけなんだ」
それを聞いて、フレッドが満足げにジョージの顔を見た。
「よーし、それじゃあ話は早い。俺たちは、明日、最後の授業のあとにやらかそうと思う。なにせ、みんなが廊下に出ているときこそ最高に効果が上がるからな。──たぶん、保証できる時間は、そうだな、二十分はどうだ?」
「軽い、軽い」
ジョージが言った。
ナマエの進路面談は、その週の最後の授業の時間だった。
フリットウィック先生の部屋は、いつも通り本と羊皮紙でいっぱいだった。小さな机の上には進路指導用のパンフレットがいくつも積まれている。ナマエが椅子に座ると、フリットウィック先生は本の山の向こうから顔を出したが、ほとんど額しか見えなかった。ナマエは前のめりの姿勢になってようやく目が合った。
「さて、ミスター・ミョウジ」
フリットウィック先生は、眼鏡の奥で目を細めた。
「君の成績なら、ほとんどどの職業でも問題はないじゃろう。ドラゴンの飼育員などは、場合によっては箒の技術が求められるが──まあ、それは別として」
ナマエは少しだけ顔をしかめた。
「やはり、癒者かね?」
机の上に、聖マンゴのパンフレットがあった。骨と杖を交差させた紋章が、羊皮紙の表で静かに光っている。「やはり」というのは、父親がそうだからだろうか。
「……わかりません」
ナマエは言った。本心だった。癒者も、魔法省勤めも、銀行員も、教員も──自分が働く姿を想像しても、いまいちピンとこなかった。フリットウィック先生は、急かさなかった。ただ、小さな指でパンフレットの端をとんとん叩いた。
「わからない、というのは悪い答えではないよ。五年生で、自分の将来がすべてわかっていると言い切る生徒の方が、むしろ心配になることもある」
ナマエは膝の上で手を組んだ。
「でも、癒者になるなら、もう決めてないといけないんじゃないですか」
「科目の選択としては、魔法薬学、薬草学、変身術、呪文学、闇の魔術に対する防衛術。全て、少なくともNEWTで『E・期待以上』が必要になる。だが、君ならできるじゃろう」
「選択科目は、取れるものは全部取りたいです。勉強は──好きなので」
「うん、うん。急がなくていい。けれど、目を逸らし続けるのも、あまり勧められないね……」
そのとき、遠くで何かが炸裂した。
窓ガラスがびりびり震え、廊下の方から叫び声と歓声が入り混じって聞こえた。フリットウィック先生はぴくりと耳を動かし、咳払いをした。
「……どうやら、またミスター・ウィーズリーたちが何か始めたようじゃ」
ナマエは椅子から立ち上がった。心臓が急に速く打ち始めていた。陽動作戦が始まったのだ。
「先生、失礼します」
「廊下では走らないように」
フリットウィック先生はそう言ったが、声にはほんの少し笑いが混じっていた。 廊下に出た瞬間、上の階からまた大きな爆発音が響いた。教室という教室から生徒たちが顔を出し、誰もが天井を見上げている。アンブリッジが短い足なりに全速力で、反対方向へ走っていくのが見えた。
やるなら、今だ。今しかない。
東棟での騒ぎがいったい何かを見ようと急ぐ生徒たちの間を縫って、ナマエは逆方向に駆け出した。廊下を進み、アンブリッジの部屋のドアに着いた。
息を切らせながら「アロホモラ」と唱えると、小さくカチリと音がして、ドアがパッと開いた。ナマエは身を屈めて中に入り、急いでドアを閉め、周りを見回した。没収された箒の上に掛かった飾り皿の中で、小憎らしい子猫がふざけているほかは、何一つ動くものはなかった。
「アクシオ、耳飾り」
ナマエは小さく唱えた。
悪趣味な机の引き出しから、カツカツと出たがる音が聞こえた。
黒い石の耳飾りは、三番目の引き出しの奥にあった。ギラギラとうるさく輝く装飾品のコレクションと一緒に押し込まれていた。 冷たい石が掌に触れた瞬間、胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
ナマエはすぐに耳にピアスを差し込んだ。しばらくつけていなかったせいか、耳元でぷつりと嫌な音がした。
戻ってきた。そう思ったが、安心しきることはできなかった。耳飾りをつければ全部元通りになるわけではない。怒鳴ったことも、傷つけたことも、消えはしない。
ナマエは顔を上げた。双子は巨大な魔法の仕掛け花火のようなものを爆発させたらしい。窓の外で、全身が緑と金色の火花でできたドラゴンが何匹も、火の粉を撒き散らし、バンバン大きな音を立てている。
──まだ、時間がある。
ナマエは、壁に打ち付けてある三つの箒に杖を向けた。それぞれに括り付けられた鎖を破壊し、箒をすべて回収すると、暖炉脇の薪をそれぞれの箒そっくりに変化させ、また壁に戻した。
「急げ、急げ!」
ドアの外で誰かがゼイゼイと低い声で言うのが聞こえた。
ナマエが咄嗟に目くらまし呪文をかけた途端に、フィルチが部屋に飛び込んできた。ナマエが隠れている場所には目もくれず、一心不乱にアンブリッジの机の引き出しを開け、中の書類を虱つぶしに探しはじめた。
「鞭打ち許可証……鞭打ち許可証……とうとうその日が来た……もう何年も前から、あいつらはそうされるべきだった……」
フィルチは羊皮紙を一枚引っ張り出し、あたふたとドアから出て行った。ナマエは弾けるように立ち上がり、箒を三本しっかり抱え、そのドアから飛び出した。フィルチは足を引きずりながら、これまで見たことがないほど速く走っていた。アンブリッジの部屋から一つ下がった踊り場まで来て、ナマエはもう姿を現しても安全だと思った。
玄関ホールから叫び声や大勢が動く気配が聞こえてきた。大理石の階段を駆け下りて見ると、そこにはほとんど学校中が集まっているようだった。
ちょうど、トレローニー先生が解雇された夜と同じだった。壁の周りに生徒が大きな輪になって立ち(何人かはどう見ても「臭液」と思われる物質をかぶっていた)、先生とゴーストも混じっていた。見物人の中でも目立つのが、ことさらに満足げな顔をしている「尋問官親衛隊」だった。ピーブズが頭上にヒョコヒョコ浮かびながらフレッドとジョージをじっと見下ろしていた。二人はホールの中央に立ち、紛れもなくたったいま追い詰められたという顔をしていた。二人と尋問官親衛隊の間には、ロケット花火がキラキラ輝く銀色の星を長々と噴射しながら、床に当たって跳ね返っていた。
「さあ!」
アンブリッジが勝ち誇ったように言った。
「それじゃ──あなたたちは、学校で花火を打ち上げて、廊下を沼地に変えたらおもしろいと思っているわけね?」
「相当おもしろいね、ああ」
フレッドがまったく恐れる様子もなく、アンブリッジを見上げて言った。フィルチが人混みを肘で押し分けて、幸せのあまり泣かんばかりの様子でアンブリッジに近づいてきた。
「書類を持ってきました。それに、鞭も準備してあります……ああ、いますぐ執行させてください……」
「いいでしょう、アーガス」
アンブリッジが言った。
「わたくしの学校で悪事を働けばどういう目に遭うかを、これから思い知らせてあげましょう」
「ところがどっこい」
フレッドが言った。
「思い知らないね。ジョージ、どうやら俺たちは、学生稼業を卒業しちまったな?」
「ああ、俺もずっとそんな気がしてたよ」
ジョージが気軽に言った。
「俺たちの才能を世の中で試すときが来たな?」
フレッドが聞いた。
「まったくだ」
ジョージが言った。そして、二人は一瞬だけナマエを見てから、杖を上げて同時に唱えた。
「アクシオ!箒よ、来い!」
フレッドとジョージの箒が、ナマエの手を離れ、持ち主めがけて廊下を矢のように飛んだ。
「またお会いすることもないでしょう」
フレッドがパッと足を上げて箒に跨りながら、アンブリッジ先生に言った。
「ああ、連絡もくださいますな」
ジョージも自分の箒に跨った。フレッドは集まった生徒たちを見回した。
「上の階で実演した『携帯沼地』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁九十三番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます」
フレッドが大声で言った。
「我々の商品を、この老いぼれ婆ぁを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には、特別割引をいたします」
ジョージがアンブリッジ先生を指差した。
「二人を止めなさい!」
アンブリッジが金切り声を上げたときには、もう遅かった。尋問官親衛隊が包囲網を縮めたときには、フレッドとジョージは床を蹴り、五メートルの高さに飛び上がっていた。フレッドは、ホールの反対側で、群集の頭上に自分と同じ高さでピョコピョコ浮いているポルターガイストを見つけた。
「ピーブズ、俺たちに代わってあの女をてこずらせてやれよ」
ピーブズが生徒の命令を聞く場面など、ナマエは見たことがなかった。そのピーブズが、鈴飾りのついた帽子をさっと脱ぎ、敬礼の姿勢を取った。ナマエは手元に残った箒を背中に隠すように抱え直した。眼下の生徒たちのやんやの喝采を受けながら、フレッドとジョージはくるりと向きを変え、開け放たれた正面の扉を素早く通り抜け、輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。
⚡️─────
その夜、城中どこへ行っても、フレッドとジョージの自由への逃走でもちきりだった。
ハリーは、ロンとハーマイオニーと一緒に肖像画の穴へ戻るところだった。ロンはまだ興奮していて、フレッドがアンブリッジに向かって言った最後の言葉を、もう三度目か四度目に繰り返していた。ハーマイオニーは「笑いごとじゃないわ」と言いながらも、いつものように本気で怒っているわけではなさそうだった。
そのとき、後ろから声がした。
「ハリー」
ハリーは足を止めた。振り返ると、ナマエが立っていた。 ロンも振り返りかけたが、ハーマイオニーが何か小さく言って、そのまま先へ進んだ。ハーマイオニーはナマエを見なかった。
ナマエの目が、ほんの一瞬だけハーマイオニーを追ったが、何事もなかったようにハリーへ向き直った。
よく見ると、ナマエのローブは背中がこんもり不自然に膨らんでいた。
「あの……俺。あんたが、これが欲しいかと、思って」
ナマエは少しだけ躊躇うようにしてから、ローブの背から細長いものを取り出した。
ハリーは一瞬、それが何なのかわからなかった。次の瞬間、胸が跳ね上がった。
「ファイアボルト……!」
ハリーはほとんど奪うように受け取った。柄を確かめ、尾枝に指を滑らせた。間違いなかった。ファイアボルトだ。アンブリッジに取り上げられて以来、もう二度と戻ってこないかもしれないと思っていた箒だった。
「君が取ってきたの?アンブリッジの部屋から?」
ナマエは頷いた。夏休みに短くした髪は、いつのまにかまた伸びて、上半分だけが後ろで無造作に結ばれていた。結びきれない短い毛先が、ナマエが頷くたびに揺れた。
「代わりに、アンブリッジの部屋には、薪を飾っておいた」
いつもならきざっぽくニヤリと笑って言いそうなところを、ナマエはぼそぼそ言った。
「えーと──アー、ありがとう」
ハリーが釣られて硬い声で言うと、緊張していたナマエの表情は少し緩んだ。
「……あの、DAのことだけど──」
ナマエがおずおずと言った。
ハリーはファイアボルトを抱え直した。大広間でのことが、すぐに頭に戻ってきた。
「──ごめん。俺……悪かった。……ハーマイオニーにも、ロンにも、あんたにも」
ナマエはそれだけ言うのに、ずいぶん苦労しているようだった。目を合わせたり逸らしたりして、最後には床の石を見ていた。
ハリーはしばらく黙っていた。ナマエがハリーの箒を取り戻してくれたのは二度目だった。一度目のときは、粉々で手遅れになったニンバスだったことを思い出した。
「君は──かなりひどかったよ」
ハリーはまだ腹が立っていないわけではなかった。
けれど、腕の中にはファイアボルトが戻ってきていたし、目の前のナマエは、大広間で怒鳴っていた時よりずっと疲れて、なんだか痛々しくも見えた。ハリーはファイアボルトを抱え直した。
「もう試合には使えないけどね。でも、戻ってきてよかった」
それを聞いて、ナマエがふっと表情を緩めた。その耳元で、黒い石が小さく光った。ハリーはそれに気づいた。
シリウスが言っていた、チチオヤからの伝言。できるだけ早く取り戻せと言われていた耳飾り。これがどうしてこの親子にとってそんなに重要なのか、ハリーは知らなかった。
「それも、取り返したんだ」
ナマエは一瞬、指先で黒い石に触れた。
「君のパパが言ってたやつ?」
「ああ──」
それから、ナマエの顔に、奇妙な表情が浮かんだ。ナマエはハリーの顔をじっと見た。警戒しているようでもあり、諦めたようでもあった。
「もしかして──俺の呪いに気づいてたのか?俺より先に?」
ハリーは目を瞬かせてから、怪訝な顔をした。
「……何のことだい?」
ナマエは、今度こそ本当に驚いたようだった。
「なんていうか……だって、俺を避けてた時があっただろう。グリモールド・プレイスでじゃなくて、学校でさ」
「待ってよ。呪いって何の話?僕は、君のパパに言われただけだ。君とあんまり関わるなって」
ナマエは眉を寄せた。
「なんだって?」
「君のパパが──チチオヤが、そう言ったんだ」
「あんたはそれを素直に聞いてたんだ」
「けど、その代わりに、シリウスの鏡をくれたんだよ」
ナマエは返事に詰まった。 何かを言うか、言うまいか迷っているように見えた。ハリーは、ナマエがこんなふうに口を閉ざすところを最近何度も見ている気がした。
やがてナマエは、低い声で言った。
「俺に、呪いがあるんだ」
ハリーはぽかんとした。
「だから、呪いって、何の?」
ナマエはすぐには答えなかった。それから、苦い薬を飲み込むような顔をしてから、ぽつぽつと話しはじめた。
チチオヤが昔、魅了の呪いを作ったこと。それが、人の気持ちを本人の望まない形で曲げてしまうかもしれないこと。黒い石の耳飾りは、その呪いを抑えるためのものらしいこと。
ハリーはだんだん眉をひそめた。それは、ハリーの知っている呪文のどれとも違って聞こえた。服従の呪文とも、惚れ薬とも違う。もっとぼんやりしていて、ひどく気味が悪かった。
「……君のパパは、それで僕に、君と関わるなって言ったの?」
「わからない……親父は言葉が足りなすぎるから」
ナマエは言った。ハリーはファイアボルトを抱え直した。
「僕は……チチオヤは、僕がヴォルデモートと繋がってることに気づいてて、君に関わってほしくなかったのかと思ってた」
「どっちもありえるな」
ハリーの顔が、少し険しくなった。
「誰かを呪ってしまったことはあるの?」
「ない──と、思ってる」
ナマエは目を逸らした。
「ハーマイオニーとはうまくいかないし、友達とは喧嘩ばっかりだ。たいした呪いじゃないのかもな」
「けど、ハーマイオニーは君に振られたって思ってるんじゃないかな」
ナマエは一瞬目を見開いて、信じられないものを見る目でハリーを見た。
「それを俺に言ってどうするんだよ」
「聞きたいかと思ったんだけど」
「あ、あんたは……チョウを誰が慰めてるのか、聞きたいのか?」
「……聞きたくない」
「だろ」
二人は小さく息を吐いた。
イースター休暇に入っても、ナマエの気分は晴れなかった。
幸か不幸か、ルームメイトたちはOWLに向けた勉強にかかり切りで、ナマエの機嫌に付き合う暇はないようだった。
朝、ふくろう便で届いた包みの中には、ナマエ宛てのモリーさんからの大きなチョコレート卵があった。モリーさんの卵はリボンまでにぎやかで、中から砂糖漬けのすみれや小さなクリーム入りチョコレートがこぼれた。ナマエは少し気分が上向きになった。
その日の午後、寮の掲示板には進路指導の知らせが貼り出された。
進路指導 夏学期の最初の週に、五年生は全員、寮監と短時間面接し、将来の職業について相談すること。 個人面接の時間は左記リストのとおり。
自分の名前を探すと、ナマエの面談は週の最後の授業終わりだった。
五年生たちは休暇最後の週末の大部分を、生徒たちが目を通すようにと寮に置かれていた職業紹介資料を読んで過ごした。
「うーん、科目を決めるには、職業を考えなきゃいけないのか……」
テリーが眉間に皺を寄せた。眺めているのは、鮮やかなピンクとオレンジの小冊子で、表題は、「あなたはマグル関係の仕事を考えていますね?」だった。
マイケルは魔法銀行の小冊子を半分ほど読んだところだった。
「現在、『呪い破り』を募集中。海外でのぞくぞくするようなチャンスがあります……』ナマエ、どうだい?」
「俺、海外にも銀行にも、あんまり興味ないな……」
ナマエは漠然と答えた。しかし、今まさに「呪い破り」にだけは興味があった。魅了の呪いを解くことができるかもしれない……しかし、もし目的を遂げたその後も、その仕事をずっと続ける意欲があるだろうか。ナマエは聖マンゴのパンフレットとトロールの調教師の冊子をぱらぱらめくって、飽きたように目を閉じ、ソファに沈み込んだ。
テリーが悪気のない顔でナマエを覗き込んだ。
「君、まだ機嫌が悪いんだ?珍しいね。グレンジャーと仲直りしてないの?」
「別に、……」
ナマエは言い返そうとして口を閉じた。 謝るべき相手は、たぶん何人もいた。けれど、誰から謝ればいいのか考え始めると、腹の底がまた熱くなった。
休暇明けのある午後、ナマエはルーン文字学の授業終わりに一人歩いていた。前なら、ハーマイオニーと二人で課題をこなしていた時間だったが、今日は二人とも言葉少なに教室を後にした。
「ナマエ」
呼ばれて振り返ると、ハリーがいた。ナマエは一瞬、驚いて息を止めた。
「何……?」
声が思ったよりぎこちなく硬くなった。
大広間での出来事が、まだ喉の奥に残っていた。ハリーの怒った顔。ロンの真っ赤な顔。ハーマイオニーの青ざめた顔。
ハリーも少しだけ顔を強張らせたが、すぐに声を低くした。
「シリウスから。君のパパに伝えたって。『耳飾りを、できるだけ早く取り戻せ』って。チチオヤがそう言ったらしい」
ナマエは黙った。 アンブリッジに取り上げられたままの耳飾り。忘れていたわけではないが、後回しにしていたのは事実だった。
「えっと……それだけ?」
「それだけ」
ナマエは短く息を吐いた。
今や校長となり、ドラコたちスリザリンの生徒を「尋問官親衛隊」として連れ回す暴君から、「取り返せ」と言うのか。退学になるかもしれない危険を冒してまで。
「……わかった、サンクス」
ハリーは、今度はその「わかった」の意味を聞かなかった。
ナマエはハリーを見た。
「あのさ、ハリー……」
アンブリッジの部屋に入るなら、忍びの地図が欲しい。
地図はハリーが持っている。頼めば、たぶん貸してくれる。ハリーは、そういうことで意地悪をするやつではない。
──お前は、謝りもしないで頼みごとをするのか。
自分の中のどこかが冷たく言った。頼むなら、まず謝らなければならない。
「何?」
ハリーは眉を上げた。謝るべきだ。わかっている。けれど、口を開けば謝罪より先にまた余計なことを言ってしまいそうだった。
何より、心の底では自分の非を認めていない、頑固な気持ちがあった。
「……いや」
ナマエは視線を逸らした。
「何でもない」
ハリーは眉をひそめた。
言ってから、また間違えたと思った。けれど、もう訂正できなかった。
ハリーはナマエに背を向けて歩き出した。ハリーの背中をしばらく見てから、ナマエも踵を返した。
「──チチオヤ先生が『取り返せ』って言うのは、つまり」
曲がり角で、不意に声がした。
ナマエが顔を上げると、フレッドとジョージが壁にもたれていた。二人とも、何かを企んでいるとき特有の、まったく信用ならない顔をしている。
「『アンブリッジ大校長先生様に、誠心誠意お願いしに行け』ってことじゃ、ないよな?」
フレッドが言った。二人とも、今の話を聞いていたらしい。
「……その作戦はもう失敗済みなんだ」
二人はナマエの行く手を阻んで立った。ジョージが神妙に頷いた。
「うんうん、実に
──僕は秩序を乱してはいけない。アンブリッジの罰則を思い出して、ナマエは顔をしかめた。
「いいんだ、それは」
「喧嘩続行中か?」
ジョージが眉を上げた。大広間での事を、二人も知っているらしかった。
「そういうわけじゃ……」
「じゃあ、君が一方的に怒鳴ったから?」
「うるさい」
フレッドとジョージはおどけたように顔を見合わせた。
「なるほど」
「これは重症だ」
ナマエは二人を睨んだ。
「通してくれよ」
ナマエは低く言った。
「悪いが、それは無理だ。俺たちは今、たいへん退屈していてね」
「しかも、アンブリッジの部屋に用があるやつを見逃すほど、落ちぶれてない」
ナマエはしばらく二人を見ていたが、やがて諦めた。
「……地図がなくても忍び込めると思う?」
双子の顔に、同時に笑みが広がった。待ってましたと言わんばかりだ。
「それはまた、たいへん教育的な相談だな」
「それならナマエ、俺たちが一枚噛んでやるぜ」
「二枚だな、そうなると」
ナマエは二人を見上げた。
「──鍵開けには手間取らない。アンブリッジが部屋にいなけりゃいいだけなんだ」
それを聞いて、フレッドが満足げにジョージの顔を見た。
「よーし、それじゃあ話は早い。俺たちは、明日、最後の授業のあとにやらかそうと思う。なにせ、みんなが廊下に出ているときこそ最高に効果が上がるからな。──たぶん、保証できる時間は、そうだな、二十分はどうだ?」
「軽い、軽い」
ジョージが言った。
ナマエの進路面談は、その週の最後の授業の時間だった。
フリットウィック先生の部屋は、いつも通り本と羊皮紙でいっぱいだった。小さな机の上には進路指導用のパンフレットがいくつも積まれている。ナマエが椅子に座ると、フリットウィック先生は本の山の向こうから顔を出したが、ほとんど額しか見えなかった。ナマエは前のめりの姿勢になってようやく目が合った。
「さて、ミスター・ミョウジ」
フリットウィック先生は、眼鏡の奥で目を細めた。
「君の成績なら、ほとんどどの職業でも問題はないじゃろう。ドラゴンの飼育員などは、場合によっては箒の技術が求められるが──まあ、それは別として」
ナマエは少しだけ顔をしかめた。
「やはり、癒者かね?」
机の上に、聖マンゴのパンフレットがあった。骨と杖を交差させた紋章が、羊皮紙の表で静かに光っている。「やはり」というのは、父親がそうだからだろうか。
「……わかりません」
ナマエは言った。本心だった。癒者も、魔法省勤めも、銀行員も、教員も──自分が働く姿を想像しても、いまいちピンとこなかった。フリットウィック先生は、急かさなかった。ただ、小さな指でパンフレットの端をとんとん叩いた。
「わからない、というのは悪い答えではないよ。五年生で、自分の将来がすべてわかっていると言い切る生徒の方が、むしろ心配になることもある」
ナマエは膝の上で手を組んだ。
「でも、癒者になるなら、もう決めてないといけないんじゃないですか」
「科目の選択としては、魔法薬学、薬草学、変身術、呪文学、闇の魔術に対する防衛術。全て、少なくともNEWTで『E・期待以上』が必要になる。だが、君ならできるじゃろう」
「選択科目は、取れるものは全部取りたいです。勉強は──好きなので」
「うん、うん。急がなくていい。けれど、目を逸らし続けるのも、あまり勧められないね……」
そのとき、遠くで何かが炸裂した。
窓ガラスがびりびり震え、廊下の方から叫び声と歓声が入り混じって聞こえた。フリットウィック先生はぴくりと耳を動かし、咳払いをした。
「……どうやら、またミスター・ウィーズリーたちが何か始めたようじゃ」
ナマエは椅子から立ち上がった。心臓が急に速く打ち始めていた。陽動作戦が始まったのだ。
「先生、失礼します」
「廊下では走らないように」
フリットウィック先生はそう言ったが、声にはほんの少し笑いが混じっていた。 廊下に出た瞬間、上の階からまた大きな爆発音が響いた。教室という教室から生徒たちが顔を出し、誰もが天井を見上げている。アンブリッジが短い足なりに全速力で、反対方向へ走っていくのが見えた。
やるなら、今だ。今しかない。
東棟での騒ぎがいったい何かを見ようと急ぐ生徒たちの間を縫って、ナマエは逆方向に駆け出した。廊下を進み、アンブリッジの部屋のドアに着いた。
息を切らせながら「アロホモラ」と唱えると、小さくカチリと音がして、ドアがパッと開いた。ナマエは身を屈めて中に入り、急いでドアを閉め、周りを見回した。没収された箒の上に掛かった飾り皿の中で、小憎らしい子猫がふざけているほかは、何一つ動くものはなかった。
「アクシオ、耳飾り」
ナマエは小さく唱えた。
悪趣味な机の引き出しから、カツカツと出たがる音が聞こえた。
黒い石の耳飾りは、三番目の引き出しの奥にあった。ギラギラとうるさく輝く装飾品のコレクションと一緒に押し込まれていた。 冷たい石が掌に触れた瞬間、胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけ緩んだ気がした。
ナマエはすぐに耳にピアスを差し込んだ。しばらくつけていなかったせいか、耳元でぷつりと嫌な音がした。
戻ってきた。そう思ったが、安心しきることはできなかった。耳飾りをつければ全部元通りになるわけではない。怒鳴ったことも、傷つけたことも、消えはしない。
ナマエは顔を上げた。双子は巨大な魔法の仕掛け花火のようなものを爆発させたらしい。窓の外で、全身が緑と金色の火花でできたドラゴンが何匹も、火の粉を撒き散らし、バンバン大きな音を立てている。
──まだ、時間がある。
ナマエは、壁に打ち付けてある三つの箒に杖を向けた。それぞれに括り付けられた鎖を破壊し、箒をすべて回収すると、暖炉脇の薪をそれぞれの箒そっくりに変化させ、また壁に戻した。
「急げ、急げ!」
ドアの外で誰かがゼイゼイと低い声で言うのが聞こえた。
ナマエが咄嗟に目くらまし呪文をかけた途端に、フィルチが部屋に飛び込んできた。ナマエが隠れている場所には目もくれず、一心不乱にアンブリッジの机の引き出しを開け、中の書類を虱つぶしに探しはじめた。
「鞭打ち許可証……鞭打ち許可証……とうとうその日が来た……もう何年も前から、あいつらはそうされるべきだった……」
フィルチは羊皮紙を一枚引っ張り出し、あたふたとドアから出て行った。ナマエは弾けるように立ち上がり、箒を三本しっかり抱え、そのドアから飛び出した。フィルチは足を引きずりながら、これまで見たことがないほど速く走っていた。アンブリッジの部屋から一つ下がった踊り場まで来て、ナマエはもう姿を現しても安全だと思った。
玄関ホールから叫び声や大勢が動く気配が聞こえてきた。大理石の階段を駆け下りて見ると、そこにはほとんど学校中が集まっているようだった。
ちょうど、トレローニー先生が解雇された夜と同じだった。壁の周りに生徒が大きな輪になって立ち(何人かはどう見ても「臭液」と思われる物質をかぶっていた)、先生とゴーストも混じっていた。見物人の中でも目立つのが、ことさらに満足げな顔をしている「尋問官親衛隊」だった。ピーブズが頭上にヒョコヒョコ浮かびながらフレッドとジョージをじっと見下ろしていた。二人はホールの中央に立ち、紛れもなくたったいま追い詰められたという顔をしていた。二人と尋問官親衛隊の間には、ロケット花火がキラキラ輝く銀色の星を長々と噴射しながら、床に当たって跳ね返っていた。
「さあ!」
アンブリッジが勝ち誇ったように言った。
「それじゃ──あなたたちは、学校で花火を打ち上げて、廊下を沼地に変えたらおもしろいと思っているわけね?」
「相当おもしろいね、ああ」
フレッドがまったく恐れる様子もなく、アンブリッジを見上げて言った。フィルチが人混みを肘で押し分けて、幸せのあまり泣かんばかりの様子でアンブリッジに近づいてきた。
「書類を持ってきました。それに、鞭も準備してあります……ああ、いますぐ執行させてください……」
「いいでしょう、アーガス」
アンブリッジが言った。
「わたくしの学校で悪事を働けばどういう目に遭うかを、これから思い知らせてあげましょう」
「ところがどっこい」
フレッドが言った。
「思い知らないね。ジョージ、どうやら俺たちは、学生稼業を卒業しちまったな?」
「ああ、俺もずっとそんな気がしてたよ」
ジョージが気軽に言った。
「俺たちの才能を世の中で試すときが来たな?」
フレッドが聞いた。
「まったくだ」
ジョージが言った。そして、二人は一瞬だけナマエを見てから、杖を上げて同時に唱えた。
「アクシオ!箒よ、来い!」
フレッドとジョージの箒が、ナマエの手を離れ、持ち主めがけて廊下を矢のように飛んだ。
「またお会いすることもないでしょう」
フレッドがパッと足を上げて箒に跨りながら、アンブリッジ先生に言った。
「ああ、連絡もくださいますな」
ジョージも自分の箒に跨った。フレッドは集まった生徒たちを見回した。
「上の階で実演した『携帯沼地』をお買い求めになりたい方は、ダイアゴン横丁九十三番地までお越しください。『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店』でございます」
フレッドが大声で言った。
「我々の商品を、この老いぼれ婆ぁを追い出すために使うと誓っていただいたホグワーツ生には、特別割引をいたします」
ジョージがアンブリッジ先生を指差した。
「二人を止めなさい!」
アンブリッジが金切り声を上げたときには、もう遅かった。尋問官親衛隊が包囲網を縮めたときには、フレッドとジョージは床を蹴り、五メートルの高さに飛び上がっていた。フレッドは、ホールの反対側で、群集の頭上に自分と同じ高さでピョコピョコ浮いているポルターガイストを見つけた。
「ピーブズ、俺たちに代わってあの女をてこずらせてやれよ」
ピーブズが生徒の命令を聞く場面など、ナマエは見たことがなかった。そのピーブズが、鈴飾りのついた帽子をさっと脱ぎ、敬礼の姿勢を取った。ナマエは手元に残った箒を背中に隠すように抱え直した。眼下の生徒たちのやんやの喝采を受けながら、フレッドとジョージはくるりと向きを変え、開け放たれた正面の扉を素早く通り抜け、輝かしい夕焼けの空へと吸い込まれていった。
⚡️─────
その夜、城中どこへ行っても、フレッドとジョージの自由への逃走でもちきりだった。
ハリーは、ロンとハーマイオニーと一緒に肖像画の穴へ戻るところだった。ロンはまだ興奮していて、フレッドがアンブリッジに向かって言った最後の言葉を、もう三度目か四度目に繰り返していた。ハーマイオニーは「笑いごとじゃないわ」と言いながらも、いつものように本気で怒っているわけではなさそうだった。
そのとき、後ろから声がした。
「ハリー」
ハリーは足を止めた。振り返ると、ナマエが立っていた。 ロンも振り返りかけたが、ハーマイオニーが何か小さく言って、そのまま先へ進んだ。ハーマイオニーはナマエを見なかった。
ナマエの目が、ほんの一瞬だけハーマイオニーを追ったが、何事もなかったようにハリーへ向き直った。
よく見ると、ナマエのローブは背中がこんもり不自然に膨らんでいた。
「あの……俺。あんたが、これが欲しいかと、思って」
ナマエは少しだけ躊躇うようにしてから、ローブの背から細長いものを取り出した。
ハリーは一瞬、それが何なのかわからなかった。次の瞬間、胸が跳ね上がった。
「ファイアボルト……!」
ハリーはほとんど奪うように受け取った。柄を確かめ、尾枝に指を滑らせた。間違いなかった。ファイアボルトだ。アンブリッジに取り上げられて以来、もう二度と戻ってこないかもしれないと思っていた箒だった。
「君が取ってきたの?アンブリッジの部屋から?」
ナマエは頷いた。夏休みに短くした髪は、いつのまにかまた伸びて、上半分だけが後ろで無造作に結ばれていた。結びきれない短い毛先が、ナマエが頷くたびに揺れた。
「代わりに、アンブリッジの部屋には、薪を飾っておいた」
いつもならきざっぽくニヤリと笑って言いそうなところを、ナマエはぼそぼそ言った。
「えーと──アー、ありがとう」
ハリーが釣られて硬い声で言うと、緊張していたナマエの表情は少し緩んだ。
「……あの、DAのことだけど──」
ナマエがおずおずと言った。
ハリーはファイアボルトを抱え直した。大広間でのことが、すぐに頭に戻ってきた。
「──ごめん。俺……悪かった。……ハーマイオニーにも、ロンにも、あんたにも」
ナマエはそれだけ言うのに、ずいぶん苦労しているようだった。目を合わせたり逸らしたりして、最後には床の石を見ていた。
ハリーはしばらく黙っていた。ナマエがハリーの箒を取り戻してくれたのは二度目だった。一度目のときは、粉々で手遅れになったニンバスだったことを思い出した。
「君は──かなりひどかったよ」
ハリーはまだ腹が立っていないわけではなかった。
けれど、腕の中にはファイアボルトが戻ってきていたし、目の前のナマエは、大広間で怒鳴っていた時よりずっと疲れて、なんだか痛々しくも見えた。ハリーはファイアボルトを抱え直した。
「もう試合には使えないけどね。でも、戻ってきてよかった」
それを聞いて、ナマエがふっと表情を緩めた。その耳元で、黒い石が小さく光った。ハリーはそれに気づいた。
シリウスが言っていた、チチオヤからの伝言。できるだけ早く取り戻せと言われていた耳飾り。これがどうしてこの親子にとってそんなに重要なのか、ハリーは知らなかった。
「それも、取り返したんだ」
ナマエは一瞬、指先で黒い石に触れた。
「君のパパが言ってたやつ?」
「ああ──」
それから、ナマエの顔に、奇妙な表情が浮かんだ。ナマエはハリーの顔をじっと見た。警戒しているようでもあり、諦めたようでもあった。
「もしかして──俺の呪いに気づいてたのか?俺より先に?」
ハリーは目を瞬かせてから、怪訝な顔をした。
「……何のことだい?」
ナマエは、今度こそ本当に驚いたようだった。
「なんていうか……だって、俺を避けてた時があっただろう。グリモールド・プレイスでじゃなくて、学校でさ」
「待ってよ。呪いって何の話?僕は、君のパパに言われただけだ。君とあんまり関わるなって」
ナマエは眉を寄せた。
「なんだって?」
「君のパパが──チチオヤが、そう言ったんだ」
「あんたはそれを素直に聞いてたんだ」
「けど、その代わりに、シリウスの鏡をくれたんだよ」
ナマエは返事に詰まった。 何かを言うか、言うまいか迷っているように見えた。ハリーは、ナマエがこんなふうに口を閉ざすところを最近何度も見ている気がした。
やがてナマエは、低い声で言った。
「俺に、呪いがあるんだ」
ハリーはぽかんとした。
「だから、呪いって、何の?」
ナマエはすぐには答えなかった。それから、苦い薬を飲み込むような顔をしてから、ぽつぽつと話しはじめた。
チチオヤが昔、魅了の呪いを作ったこと。それが、人の気持ちを本人の望まない形で曲げてしまうかもしれないこと。黒い石の耳飾りは、その呪いを抑えるためのものらしいこと。
ハリーはだんだん眉をひそめた。それは、ハリーの知っている呪文のどれとも違って聞こえた。服従の呪文とも、惚れ薬とも違う。もっとぼんやりしていて、ひどく気味が悪かった。
「……君のパパは、それで僕に、君と関わるなって言ったの?」
「わからない……親父は言葉が足りなすぎるから」
ナマエは言った。ハリーはファイアボルトを抱え直した。
「僕は……チチオヤは、僕がヴォルデモートと繋がってることに気づいてて、君に関わってほしくなかったのかと思ってた」
「どっちもありえるな」
ハリーの顔が、少し険しくなった。
「誰かを呪ってしまったことはあるの?」
「ない──と、思ってる」
ナマエは目を逸らした。
「ハーマイオニーとはうまくいかないし、友達とは喧嘩ばっかりだ。たいした呪いじゃないのかもな」
「けど、ハーマイオニーは君に振られたって思ってるんじゃないかな」
ナマエは一瞬目を見開いて、信じられないものを見る目でハリーを見た。
「それを俺に言ってどうするんだよ」
「聞きたいかと思ったんだけど」
「あ、あんたは……チョウを誰が慰めてるのか、聞きたいのか?」
「……聞きたくない」
「だろ」
二人は小さく息を吐いた。
