不死鳥の騎士団
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ナマエは結局、三本の箒に行かなかった。そのせいで、城に戻ってからのハーマイオニーは、少しだけ機嫌を損ねているようだった。本人は態度には出していないつもりらしかったが、ナマエにはわかった。
マンダンガスから取り返したロケットは、まだズボンのポケットに入ったままだった。ナマエのズボンのポケットには、いくつか便利な呪文がかけてあった。大抵のものは入るし、どのズボンに入れたものでも、探せばだいたい出てくる。探せば、というところが肝心だった。コインも羊皮紙も小物も全部放り込んである。ロケットも、その中へ入れたきりになっていた。
本当なら、すぐにでもクリーチャーへ返すべきものだ。けれど、今のナマエにはグリモールド・プレイスへ戻る手段がなかった。
それから、チチオヤからの返事もまだなかった。
あの日、ハリーの鏡の向こうには確かにシリウスがいて、ナマエの伝言を聞いてくれた。便利で不思議な鏡だった。クリスマス休暇にシリウスの機嫌が夏よりも安定していたのは、ハリーと話せていたからかもしれないとナマエはふと思った。
シリウスはチチオヤに伝えると言ってくれた。しかし、その先はナマエにはわからない。シリウスはチチオヤに会えたのか。もしかしたら、ナマエの言葉が足りなかったか。それとも、伝わった上で返事がないのかもしれない。
週末のグリフィンドールとハッフルパフの試合は、たった二十二分で終わった。ナマエはどちらを応援するでもなくその試合を眺めていた。ハリーの代わりにシーカーになったジニーが辛くもスニッチを捕まえたが、ロンは目も当てられない活躍ぶりを見せたため、ハッフルパフの勝利に終わった。
「ジニー・ウィーズリーってあんなにうまかったんだ」
「双子の兄貴に隠れて、こっそり練習してたらしい」
テリーが不思議そうに言うと、聞いてもいないのに、マイケルが説明した。
次の日の朝には、すでにルーナが「ザ・クィブラー」の三月号をレイブンクローの談話室で売り歩いていた。
表紙のハリーの顔が、気恥ずかしげにニヤッと笑いかけている。その写真を横切って、真っ赤な大きな字でこう書いてあった。
ハリー・ポッターついに語る
「名前を呼んではいけないあの人」の真相──僕がその人の復活を見た夜
「昨日出たんだよ。もちろん読むでしょう?」
ルーナが得意げに言った。ハーマイオニーの計画は、見事に当たったのだ。
昼前にはもう、学校中にデカデカと告知が出た。寮の掲示板だけでなく、廊下にも教室にも貼り出された。
ホグワーツ高等尋問官令
「ザ・クィブラー」を所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す。
以上は教育令第二十七号に則ったものである。
高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ
それまで、学校のどこにも「ザ・クィブラー」のクの字も見かけなかったのに、その日のうちにあらゆるところでインタビューの内容が話題になっているようだった。教室の前に並びながら囁き合ったり、昼食のときや授業中に教室の後ろのほうで話し合ったりするのがナマエの耳に入った。記事の中にナマエの名前が少し出ていたことと、ハリーと仲が良いと知られていることもあり、たびたび生徒たちから質問攻めにあった。レイブンクローの談話室では、チョウが涙ぐみながらハリーの記事を読んでいるのを見かけた。
一方、アンブリッジは、学校中をのし歩き、抜き打ちに生徒を呼び止めては本を広げさせたり、ポケットをひっくり返すように命じた。しかし、生徒たちのほうが数枚上手だった。ハリーのインタビューのページに魔法をかけ、自分たち以外の誰かが読もうとすると、教科書の要約に見えるようにしたり、次に自分たちが読むまでは白紙にしておく魔法をかけたりした。
まもなく、学校中の生徒が一人残らず読んでしまったようだった。
その数日後、玄関ホールから悲鳴が響き渡った。
石段を上り切ると、玄関ホールは人でいっぱいだった。輪の真ん中に、トレローニー先生が立っている。片手に杖、もう一方の手には空っぽのシェリー酒の瓶。足元には大きなトランクが二つ転がっていた。
「いやです!こんなことが起こるはずがない……あたくし、受け入れませんわ!」
トレローニー先生は甲高く叫んだ。
「あなた、こういう事態になるという認識がなかったの?」
アンブリッジの少女のような声が、楽しそうに響いた。
「明日の天気さえ予測できないあなたでも、解雇が避けられないことぐらいは、おわかりになったのではないこと?」
「ホグワーツは、あたくしの、い──家です!」
「家だったのよ」
アンブリッジが言った。 その顔に楽しそうな笑みが広がるのを見て、ナマエは胸糞が悪くなった。
「一時間前に魔法大臣が解雇辞令に署名なさるまではね。さあ、どうぞこのホールから出て行ってちょうだい」
「それはわしの権限じゃ」
深い声がした。ダンブルドアが見物人の輪を割って進み出た。その瞬間、ざわめきがすっと低くなり、生徒たちは自然に道をあけた。
「高等尋問官として、あなたはたしかに教師を解雇する権利をお持ちじゃ。しかし、この城から追い出す権限は持っておられない。その権限は、まだ校長が持っておる」
アンブリッジの顔から笑みが消えた。ダンブルドアはマクゴナガル先生に向き直った。
「シビルにつき添って、上まで連れて行ってくれるかの?」
「承知しました」
マクゴナガル先生とスプラウト先生が、泣き崩れそうなトレローニー先生を支え、大理石の階段を上がっていった。フリットウィック先生が杖を振ると、トランクが宙に浮き、あとに続いた。
ナマエは無意識にズボンのポケットに手を入れた。ふと指先に、冷たい金属の角が触れた。ロケットだ。ナマエはそれを握りしめた。
アンブリッジは意地悪い顔を歪めていた。その少女じみた声も、ピンクのローブも、残酷さを飾り立てるための悪趣味な包装紙のように見えた。この女は、人を追い詰めることが礼儀作法の一つだとでも思っているのだろうか。
そう思った瞬間、胸の奥がかっと熱くなった。アンブリッジに杖を向けてやりたい、という考えが一瞬だけ浮かんだ。すぐに馬鹿なことだと思ったが、怒りは引っ込まなかった。
むしろ、冷たい金属を握るほど、その怒りにはっきりした形が与えられていくようだった。
「『占い学』をやめなきゃよかったって、いま、きっとそう思ってるでしょう?ナマエ?」
パドマがにんまり笑いながら聞いた。トレローニー先生解雇の二日後の朝食のときだった。
パドマは睫毛を杖に巻きつけてカールし、仕上がり具合を手鏡で確かめていた。午前中にフィレンツェの最初の授業があることになっていた。
テリーがパドマに聞こえないように毒づいた。
「そりゃあ興味あるよな、ハンサムなケンタウロスの授業なんて」
「けど──ダンブルドアが相談もなしに新しい先生を任命したんだ。アンブリッジが仕返しに来るんじゃないか」
マイケルが言った。ナマエもその通りだと思った。
OWL試験がだんだん迫っていた。五年生は誰もが、多かれ少なかれストレスを感じていた。インク壺を倒す者、羽根ペンを噛み折る者、談話室の肘掛け椅子で教科書を顔に乗せたまま眠り込む者。レイブンクローでさえ例外ではなかった。
そんな中で、DAではついに「守護霊」の練習を始めた。みんなが練習したくてたまらなかった術だ。けれどハリーは、守護霊を創り出すことと、吸魂鬼の前でそれを保つことはまるで違うのだと、何度も繰り返した。
「明るい部屋でやるのと、吸魂鬼が目の前にいるのとじゃ、全然違うんだ」
ハリーはそう言ったが、みんなは半分しか聞いていなかった。杖を構え、銀色の煙を出そうとして、そわそわしている。ナマエはまだこの呪文を成功させたことがなかった。
「まあ、そんな興ざめなこと言わないで」
チョウが朗らかに言った。彼女の杖先からは、銀色の白鳥が滑るように飛び出し、必要の部屋の上の方をふわふわ漂っていた。
「とってもかわいいわ!」
「かわいいんじゃ困るよ。君を守護するはずなんだから」
ハリーが辛抱強く言った。
部屋のあちこちで、銀色の煙が上がっていた。ラベンダーの杖先からは、ぽっぽっと細い煙が噴き出している。ネビルは顔を真っ赤にして集中していたが、出てくるのは糸のような光だけだった。マイケルは、杖の先で何か丸いものを作ろうとして失敗し、テリーに笑われていた。
「何か幸福なことを思い浮かべないといけないんだよ」
ハリーが言った。
幸福なこと。ナマエは杖を握り直して、目を閉じた。瞼の裏で、自分の記憶をなぞることに集中した。
マイケルたちと他愛ない話をしているとき。ハリーの役に立てたとき。動物もどきの儀式が成功したとき。カササギの翼で風を切るとき。ハーマイオニーの隣を歩くとき。
最後の記憶は、うまく掴めなかった。ホグズミードで、ハーマイオニーが選んだ外套。似合っている、と言った声。そこまでは思い出せるのに、その先には三本の箒の扉があった。ハーマイオニーの正しい計画と、自分がそこへ行かなかったことが、どうしても一緒についてきた。
ナマエは息を吐いた。杖先には、薄い煙さえ出なかった。
「本当は、まね妖怪 か何かが必要だ。僕はそうやって学んだんだから。まね妖怪が吸魂鬼のふりをしている間に、なんとかして守護霊を創り出さなきゃならなかったんだ」
ハリーがくどくど説明した。
まね妖怪──その言葉で、ナマエは自分のまね妖怪が二度もチチオヤに化けたことを思い出した。一度目は、父親の背中。何を怖がっているのか、自分でもよくわからなかったあの感覚。二度目は、冷たくなったチチオヤの体が崩れ落ちる、はっきりとした恐怖。
そうして、すぐ最近のチチオヤの声が、頭の奥から浮かんできた。
愛している。
証明できないと言ったくせに、チチオヤはそれでも、はっきりそう言った。
ナマエは目を閉じた。幸福とは少し違う気がした。しかし、ナマエがずっと欲しかった言葉をもらった瞬間だった。
「エクスペクト・パトローナム」
ナマエの杖先から、さっきよりもはっきりとした銀色の光が飛び出した。細長く伸びて床へ落ち、また失敗したのかと思った。けれど、光の筋は消えなかった。床の上で、はっきりと体をくねらせた。
──白蛇だ。
光の蛇は、床の上をすべるように進み、ナマエの靴先のそばで小さく首を上げた。
「できた──!」
ナマエは一瞬、ハリーにそれを伝えようとした。しかし、声はそこで止まった。
蛇なのだ。 スリザリンの象徴で、ついこのあいだ、アーサーさんを襲ったものの姿でもある。
ナマエは喉の奥がつまるような気がした。けれど、その白蛇は、薄暗い床の上で静かに光っているだけだった。怖いものではない。幸福な記憶から出てきたものだ。
母親のそばにいたという、良き友だったという蛇。 そういうものが、また一つ、ナマエの足元に現れたのだった。
ナマエが白蛇を見つめていると、切羽詰まった叫び声がした。
「何をぐずぐずしてるんだ!」
ハリーが声を張り上げた。
「逃げろ!──アンブリッジが来る!」
全員が一斉に出口に突進した。ドアのところでごった返し、それから破裂したように出て行った。
「ナマエ、早く!」
「──ああ!」
外に出ようと揉み合っている群れの真ん中から、アンソニーが叫んだ。
ナマエは手当たり次第にDAのメンバーに目くらまし呪文をかけながら、素早く部屋を出た。背後で意地悪い笑い声が聞こえた。
「おーい、先生──せんせーい!一人捕まえました!」
ドラコの声だ。どうか捕まったのがハーマイオニーではありませんようにと思いながら、ナマエは走り続けた。
談話室に戻っても、DAのメンバーはそわそわと落ち着かなかった。いつもぼんやりしているルーナでさえ、眉をひそめて天井の星を見上げていた。
見たところ、マリエッタ以外は全員揃っている。尋問官親衛隊に捕まってしまったのかもしれない。他には誰が捕まったんだろう。チョウは落ち着かなげに扉の前を歩き回っていた。
その夜遅く、レイブンクローの談話室にマリエッタが戻ってきたとアンソニーが教えてくれた。寝室から談話室に向かうと、マリエッタは髪を顔の前に垂らし、ローブの襟を鼻のあたりまで引き上げている。隣にはチョウがいて、慰めるようにその肩を抱いていた。
「大丈夫だった?どうしたんだ?」
テリーが身を乗り出した。
マリエッタが顔を上げると、テリーはぎょっとして飛び退り、危うく暖炉に突っ込みそうになった。マリエッタは泣き声を上げ、ローブを目のところまで引っ張り上げた。しかし、もうみんなが、その変わり果てた顔を見てしまった。マリエッタの頬から鼻を横切って、膿んだ紫色のでき物がびっしりと広がり、文字を描いていたのだ。──密告者 ──。
全員が息を呑んだ。
「君だったのか、告げ口をしたのは!」
テリーが叫ぶと、マリエッタは口を覆ったままでもう一度泣き声を上げ、激しく首を振った。チョウが前に出た。
「やめて!マリエッタのママは、魔法省に勤めてるの!つまり──私が無理やり誘ったのが、良くなかったの」
チョウの目にも涙が溜まっていた。
ナマエは呆然とその様子を見つめていた。
「ハーマイオニーだ……」
ナマエは静かに言った。
「あの名簿には何か呪いがかかってた。これだったんだ……」
そう口にすると、突然、腹の底から熱いものがせり上がってきた。
マリエッタが許せなかった。みんなを売ったくせに泣いていることが許せなかった。それを庇うチョウも許せなかった。裏切ったなら、責められる覚悟くらいしておけ、とさえ思った。
けれど、一番強く胸を焼いたのは、ハーマイオニーだった。
何も言わずに、名簿へ呪いを仕込んだ。魔法には気づいていたが、それがこんな報復だとは思わなかった。裏切り者の烙印を刻むようなものだとは。
きっとハーマイオニーは、それが必要だったと言うだろう。正しいことだったと言うだろう。ハリーも頷くかもしれない。ロンなら、裏切り者が悪いと言うに決まっている。
しかしナマエには、どうしても受け入れられなかった。
自分の中にある呪いと、同じことをしているようにさえ思えた。
──いいや違うだろう。それとこれとは違う。
ハーマイオニーは人を従わせようとしたわけじゃない。裏切りを防ごうとしただけだ。自分の呪いとは違う。そう思おうとした。
それでも、怒りは引かなかった。
だからといって、正しい理由があれば、それが許されるのか?
自分の中の悪意や敵意、恐れが次々に湧き上がってくるようだった。
何かがおかしい。
いや──おかしいものか、この怒りは紛れもなく自分のものだ。
ポケットの奥で、何かが重くなった気がした。
⚡️───
魔法省令
ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)は アルバス・ダンブルドアに代わりホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。
以上は教育令第二十八号に則るものである。
魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ
一夜にして、この知らせが学校中に掲示された。しかし、城中の誰もが知っている話が、どのように広まったのかは、この掲示では説明できなかった。ダンブルドアが逃亡するとき、闇祓いを二人、高等尋問官、魔法大臣、さらにその下級補佐官をやっつけたという話だ。城中が、生徒で私兵を作っていたというダンブルドアの逃亡の話でもちきりだった。話が広まるにつれて、たしかに細かいところでは尾鰭がついていたが、驚くほど正確な情報が伝わっていた。たとえば、ダンブルドアの校長室で現場を目撃した生徒が、ハリーとマリエッタだけだったということはみんなが知っていた。
ざわめきの中、大広間に入ると、ハーマイオニーが苛立たしげに言った。
「まさか、そんなにすぐに治るはずないわ──」
ハリーはハーマイオニーの視線を追った。 レイブンクローの長机に、チョウとマリエッタが席につくところだった。マリエッタは髪を垂らしてうつむいている。髪の間から時折のぞく顔には、昨日のような毒々しい紫色の膿はなく、頬から鼻にかけて、赤い斑点が残っているだけだった。
「マダム・ポンフリーがもう治しちゃったのかな」
ハリーが呟いたとき、背後から冷たい声がした。
「どれくらいのあいだ、罰を与えるつもりだったんだ?」
振り返ったハリーは少し驚いた。ナマエだった。 アンソニー、マイケル、テリーが後ろにいる。三人とも、ナマエを止めるべきか迷っているような顔をしていた。ナマエの目の下には薄い影があり、片手はズボンのポケットに突っ込まれたままだった。まるで中で何かを握りしめているように見えた。
「まさか、あなたが治療したの?」
ハーマイオニーが眉を上げた。ナマエは鼻で笑った。
「ああ、夜通しかかった。ずいぶんグリフィンドールらしいやり口だな」
「──今、僕たちを侮辱したのか?」
ロンが顔を赤くして言った。ハリーはナマエの言い草に戸惑っていたが、遅れてだんだん腹が立ってきた。ハーマイオニーが鋭くロンを嗜めた。
「ロン」
「ナマエ、よすんだ」
アンソニーもナマエを宥めた。
「いいや、この際だから言わせてもらう」
ナマエはアンソニーの手を振り払った。
「あんたたちは、罰が裁きのためだと考えてるんだろうけど、違うぞ」
ナマエは一歩、ハリーたちに迫った。
「マリエッタの顔を爛れさせて気が晴れたのかもしれないけど、それより先に、全員に『裏切れば報いを受ける』と一言言えば良かったんだ。そうしたらマリエッタだって告げ口なんかしなかった。それどころか、DAに入りすらしなかったかもしれない。だけどあんたたちは言わなかった。騙し討ちと何が違うんだ」
ナマエの声は低く、だんだん早口になって捲し立てた。
「──正気か?あの子は君も含めて、僕たち全員を売ったんだ。僕は、素晴らしい考えだったと思う」
ハリーが冷たく言うと、ナマエがハリーを睨んだ。ナマエからこんな目を向けられたことは、たぶんなかった。長いまつ毛に鋭く縁取られた目は冷たく、妙に迫力があった。
「あんたたちは、俺たちに忠誠を求めておきながら、他のみんなを信用していない」
「信用しなくて正解だったろう!」
ロンが憤慨した。ナマエの顔にぱっと血が上った。ハーマイオニーは逆に青い顔をして、ナマエの態度に困惑しているようにも見えた。
「報復のためだけの呪いを、断りなく掛けるなんて──」
ナマエは視線をハリーとロンからハーマイオニーに移した。ハーマイオニーの目は光りだしていた。
「感情的で、傲慢だ。俺はそれをグリフィンドールらしいと、そう言ったんだ」
ナマエがゆっくり、はっきりと吐き捨てると、ロンがナマエに飛びかかろうとし、ナマエは杖を構えた。
アンソニーが二人の間に割って入った。
「ナマエ、言い過ぎだ」
「いや──言い方はどうかと思うけど……ナマエの言うとおりだ」
今度はマイケルが前に出て、ハリーたちを見下すように言った。
「僕たちは呪文を教わりに来た。君たちの兵隊になりに来たわけじゃない。勝手に呪いをかけてきた相手を、どうやって信用しろって言うんだ」
ハーマイオニーは青ざめていた。ハリーには、それがハーマイオニーらしくない沈黙に思えた。
「ごめんなさい──」
「謝る必要なんてあるもんか。裏切り者が悪い!」
ロンがすぐに言った。
「僕たちも余計なことを言って悪かった、ごめんよ」
アンソニーがどうにか場を収めようとそう言ったが、今度はナマエが食い下がった。
「あんたは何も言ってない。俺が言ったんだ」
「ああ、わかってるなら自分で謝るんだ。僕たちが争ってどうするんだよ」
ナマエはしばらく黙っていた。それから、何も言わずに踵を返した。
「ナマエ!」
アンソニーが呼んだが、ナマエは振り返らなかった。テリーが慌てて後を追おうとしたが、マイケルが止めた。アンソニーは一度だけハリーたちを見て、困りきったように唇を噛み、それから三人はレイブンクローのテーブルに向かった。ロンはまだ真っ赤な顔をしていた。
「なんなんだ、あいつ!」
ハリーも腹が立っていた。 マリエッタがしたことを思えば、ナマエの言い分はあまりにも勝手に聞こえた。ハーマイオニーがみんなを守ろうとしていたことも、ダンブルドアが追われることになったのも、全部忘れているように見えた。それに、ハリーは、ハーマイオニーがすぐに反論するだろうと思った。けれど、ハーマイオニーは口を結んだまま、ナマエが出て行った方を見ていた。
「マリエッタがしたことを正しかったなんて、思ってないわ」
ハーマイオニーは早口で続けた。
「私たち全員を危険に晒したのよ。ハリーのことも、DAに来ていたみんなのことも。だから、あの魔法をかけたこと自体は、間違っていたとは思わない」
そこまで言って、ハーマイオニーは一度黙った。
「でも……みんなに言っておくべきだったのかもしれない。名簿に魔法をかけてあるって」
「ハーマイオニー!」
ロンが信じられないという声を出した。
「ただ、ナマエがあんなふうに怒るなんて、思わなかっただけ」
ハーマイオニーはそう言って、口を噤んだ。 怒っているようにも見えたし、傷ついているようにも見えた。ハリーには、どちらなのかわからなかった。ロンはまだぶつぶつ言っていたが、ハリーはもう半分も聞いていなかった。
ナマエは、いつもなら皮肉を言っても、どこかで自分を引っ込める。多少頭に血が昇っていたとしても、少なくともアンソニーが止めれば素直に聞く姿を何度か見ていた。
席に着く時に、さりげなくレイブンクローの長机に目を向けた。チョウは、グリフィンドールに背を向けて座っていた。彼女は友達選びにもう少し慎重であるべきだったと、今でもそう思えた。しかし、チョウもナマエのように考えているのだろうか?ハリーの腹の虫はおさまらなかった。
「君は間違ってなかったと、僕も思うよ」
ハリーは低く言った。
ハーマイオニーは返事をしなかった。ただ、膝の上で組んだ手を、少しだけ強く握った。
マンダンガスから取り返したロケットは、まだズボンのポケットに入ったままだった。ナマエのズボンのポケットには、いくつか便利な呪文がかけてあった。大抵のものは入るし、どのズボンに入れたものでも、探せばだいたい出てくる。探せば、というところが肝心だった。コインも羊皮紙も小物も全部放り込んである。ロケットも、その中へ入れたきりになっていた。
本当なら、すぐにでもクリーチャーへ返すべきものだ。けれど、今のナマエにはグリモールド・プレイスへ戻る手段がなかった。
それから、チチオヤからの返事もまだなかった。
あの日、ハリーの鏡の向こうには確かにシリウスがいて、ナマエの伝言を聞いてくれた。便利で不思議な鏡だった。クリスマス休暇にシリウスの機嫌が夏よりも安定していたのは、ハリーと話せていたからかもしれないとナマエはふと思った。
シリウスはチチオヤに伝えると言ってくれた。しかし、その先はナマエにはわからない。シリウスはチチオヤに会えたのか。もしかしたら、ナマエの言葉が足りなかったか。それとも、伝わった上で返事がないのかもしれない。
週末のグリフィンドールとハッフルパフの試合は、たった二十二分で終わった。ナマエはどちらを応援するでもなくその試合を眺めていた。ハリーの代わりにシーカーになったジニーが辛くもスニッチを捕まえたが、ロンは目も当てられない活躍ぶりを見せたため、ハッフルパフの勝利に終わった。
「ジニー・ウィーズリーってあんなにうまかったんだ」
「双子の兄貴に隠れて、こっそり練習してたらしい」
テリーが不思議そうに言うと、聞いてもいないのに、マイケルが説明した。
次の日の朝には、すでにルーナが「ザ・クィブラー」の三月号をレイブンクローの談話室で売り歩いていた。
表紙のハリーの顔が、気恥ずかしげにニヤッと笑いかけている。その写真を横切って、真っ赤な大きな字でこう書いてあった。
ハリー・ポッターついに語る
「名前を呼んではいけないあの人」の真相──僕がその人の復活を見た夜
「昨日出たんだよ。もちろん読むでしょう?」
ルーナが得意げに言った。ハーマイオニーの計画は、見事に当たったのだ。
昼前にはもう、学校中にデカデカと告知が出た。寮の掲示板だけでなく、廊下にも教室にも貼り出された。
ホグワーツ高等尋問官令
「ザ・クィブラー」を所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す。
以上は教育令第二十七号に則ったものである。
高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ
それまで、学校のどこにも「ザ・クィブラー」のクの字も見かけなかったのに、その日のうちにあらゆるところでインタビューの内容が話題になっているようだった。教室の前に並びながら囁き合ったり、昼食のときや授業中に教室の後ろのほうで話し合ったりするのがナマエの耳に入った。記事の中にナマエの名前が少し出ていたことと、ハリーと仲が良いと知られていることもあり、たびたび生徒たちから質問攻めにあった。レイブンクローの談話室では、チョウが涙ぐみながらハリーの記事を読んでいるのを見かけた。
一方、アンブリッジは、学校中をのし歩き、抜き打ちに生徒を呼び止めては本を広げさせたり、ポケットをひっくり返すように命じた。しかし、生徒たちのほうが数枚上手だった。ハリーのインタビューのページに魔法をかけ、自分たち以外の誰かが読もうとすると、教科書の要約に見えるようにしたり、次に自分たちが読むまでは白紙にしておく魔法をかけたりした。
まもなく、学校中の生徒が一人残らず読んでしまったようだった。
その数日後、玄関ホールから悲鳴が響き渡った。
石段を上り切ると、玄関ホールは人でいっぱいだった。輪の真ん中に、トレローニー先生が立っている。片手に杖、もう一方の手には空っぽのシェリー酒の瓶。足元には大きなトランクが二つ転がっていた。
「いやです!こんなことが起こるはずがない……あたくし、受け入れませんわ!」
トレローニー先生は甲高く叫んだ。
「あなた、こういう事態になるという認識がなかったの?」
アンブリッジの少女のような声が、楽しそうに響いた。
「明日の天気さえ予測できないあなたでも、解雇が避けられないことぐらいは、おわかりになったのではないこと?」
「ホグワーツは、あたくしの、い──家です!」
「家だったのよ」
アンブリッジが言った。 その顔に楽しそうな笑みが広がるのを見て、ナマエは胸糞が悪くなった。
「一時間前に魔法大臣が解雇辞令に署名なさるまではね。さあ、どうぞこのホールから出て行ってちょうだい」
「それはわしの権限じゃ」
深い声がした。ダンブルドアが見物人の輪を割って進み出た。その瞬間、ざわめきがすっと低くなり、生徒たちは自然に道をあけた。
「高等尋問官として、あなたはたしかに教師を解雇する権利をお持ちじゃ。しかし、この城から追い出す権限は持っておられない。その権限は、まだ校長が持っておる」
アンブリッジの顔から笑みが消えた。ダンブルドアはマクゴナガル先生に向き直った。
「シビルにつき添って、上まで連れて行ってくれるかの?」
「承知しました」
マクゴナガル先生とスプラウト先生が、泣き崩れそうなトレローニー先生を支え、大理石の階段を上がっていった。フリットウィック先生が杖を振ると、トランクが宙に浮き、あとに続いた。
ナマエは無意識にズボンのポケットに手を入れた。ふと指先に、冷たい金属の角が触れた。ロケットだ。ナマエはそれを握りしめた。
アンブリッジは意地悪い顔を歪めていた。その少女じみた声も、ピンクのローブも、残酷さを飾り立てるための悪趣味な包装紙のように見えた。この女は、人を追い詰めることが礼儀作法の一つだとでも思っているのだろうか。
そう思った瞬間、胸の奥がかっと熱くなった。アンブリッジに杖を向けてやりたい、という考えが一瞬だけ浮かんだ。すぐに馬鹿なことだと思ったが、怒りは引っ込まなかった。
むしろ、冷たい金属を握るほど、その怒りにはっきりした形が与えられていくようだった。
「『占い学』をやめなきゃよかったって、いま、きっとそう思ってるでしょう?ナマエ?」
パドマがにんまり笑いながら聞いた。トレローニー先生解雇の二日後の朝食のときだった。
パドマは睫毛を杖に巻きつけてカールし、仕上がり具合を手鏡で確かめていた。午前中にフィレンツェの最初の授業があることになっていた。
テリーがパドマに聞こえないように毒づいた。
「そりゃあ興味あるよな、ハンサムなケンタウロスの授業なんて」
「けど──ダンブルドアが相談もなしに新しい先生を任命したんだ。アンブリッジが仕返しに来るんじゃないか」
マイケルが言った。ナマエもその通りだと思った。
OWL試験がだんだん迫っていた。五年生は誰もが、多かれ少なかれストレスを感じていた。インク壺を倒す者、羽根ペンを噛み折る者、談話室の肘掛け椅子で教科書を顔に乗せたまま眠り込む者。レイブンクローでさえ例外ではなかった。
そんな中で、DAではついに「守護霊」の練習を始めた。みんなが練習したくてたまらなかった術だ。けれどハリーは、守護霊を創り出すことと、吸魂鬼の前でそれを保つことはまるで違うのだと、何度も繰り返した。
「明るい部屋でやるのと、吸魂鬼が目の前にいるのとじゃ、全然違うんだ」
ハリーはそう言ったが、みんなは半分しか聞いていなかった。杖を構え、銀色の煙を出そうとして、そわそわしている。ナマエはまだこの呪文を成功させたことがなかった。
「まあ、そんな興ざめなこと言わないで」
チョウが朗らかに言った。彼女の杖先からは、銀色の白鳥が滑るように飛び出し、必要の部屋の上の方をふわふわ漂っていた。
「とってもかわいいわ!」
「かわいいんじゃ困るよ。君を守護するはずなんだから」
ハリーが辛抱強く言った。
部屋のあちこちで、銀色の煙が上がっていた。ラベンダーの杖先からは、ぽっぽっと細い煙が噴き出している。ネビルは顔を真っ赤にして集中していたが、出てくるのは糸のような光だけだった。マイケルは、杖の先で何か丸いものを作ろうとして失敗し、テリーに笑われていた。
「何か幸福なことを思い浮かべないといけないんだよ」
ハリーが言った。
幸福なこと。ナマエは杖を握り直して、目を閉じた。瞼の裏で、自分の記憶をなぞることに集中した。
マイケルたちと他愛ない話をしているとき。ハリーの役に立てたとき。動物もどきの儀式が成功したとき。カササギの翼で風を切るとき。ハーマイオニーの隣を歩くとき。
最後の記憶は、うまく掴めなかった。ホグズミードで、ハーマイオニーが選んだ外套。似合っている、と言った声。そこまでは思い出せるのに、その先には三本の箒の扉があった。ハーマイオニーの正しい計画と、自分がそこへ行かなかったことが、どうしても一緒についてきた。
ナマエは息を吐いた。杖先には、薄い煙さえ出なかった。
「本当は、
ハリーがくどくど説明した。
まね妖怪──その言葉で、ナマエは自分のまね妖怪が二度もチチオヤに化けたことを思い出した。一度目は、父親の背中。何を怖がっているのか、自分でもよくわからなかったあの感覚。二度目は、冷たくなったチチオヤの体が崩れ落ちる、はっきりとした恐怖。
そうして、すぐ最近のチチオヤの声が、頭の奥から浮かんできた。
愛している。
証明できないと言ったくせに、チチオヤはそれでも、はっきりそう言った。
ナマエは目を閉じた。幸福とは少し違う気がした。しかし、ナマエがずっと欲しかった言葉をもらった瞬間だった。
「エクスペクト・パトローナム」
ナマエの杖先から、さっきよりもはっきりとした銀色の光が飛び出した。細長く伸びて床へ落ち、また失敗したのかと思った。けれど、光の筋は消えなかった。床の上で、はっきりと体をくねらせた。
──白蛇だ。
光の蛇は、床の上をすべるように進み、ナマエの靴先のそばで小さく首を上げた。
「できた──!」
ナマエは一瞬、ハリーにそれを伝えようとした。しかし、声はそこで止まった。
蛇なのだ。 スリザリンの象徴で、ついこのあいだ、アーサーさんを襲ったものの姿でもある。
ナマエは喉の奥がつまるような気がした。けれど、その白蛇は、薄暗い床の上で静かに光っているだけだった。怖いものではない。幸福な記憶から出てきたものだ。
母親のそばにいたという、良き友だったという蛇。 そういうものが、また一つ、ナマエの足元に現れたのだった。
ナマエが白蛇を見つめていると、切羽詰まった叫び声がした。
「何をぐずぐずしてるんだ!」
ハリーが声を張り上げた。
「逃げろ!──アンブリッジが来る!」
全員が一斉に出口に突進した。ドアのところでごった返し、それから破裂したように出て行った。
「ナマエ、早く!」
「──ああ!」
外に出ようと揉み合っている群れの真ん中から、アンソニーが叫んだ。
ナマエは手当たり次第にDAのメンバーに目くらまし呪文をかけながら、素早く部屋を出た。背後で意地悪い笑い声が聞こえた。
「おーい、先生──せんせーい!一人捕まえました!」
ドラコの声だ。どうか捕まったのがハーマイオニーではありませんようにと思いながら、ナマエは走り続けた。
談話室に戻っても、DAのメンバーはそわそわと落ち着かなかった。いつもぼんやりしているルーナでさえ、眉をひそめて天井の星を見上げていた。
見たところ、マリエッタ以外は全員揃っている。尋問官親衛隊に捕まってしまったのかもしれない。他には誰が捕まったんだろう。チョウは落ち着かなげに扉の前を歩き回っていた。
その夜遅く、レイブンクローの談話室にマリエッタが戻ってきたとアンソニーが教えてくれた。寝室から談話室に向かうと、マリエッタは髪を顔の前に垂らし、ローブの襟を鼻のあたりまで引き上げている。隣にはチョウがいて、慰めるようにその肩を抱いていた。
「大丈夫だった?どうしたんだ?」
テリーが身を乗り出した。
マリエッタが顔を上げると、テリーはぎょっとして飛び退り、危うく暖炉に突っ込みそうになった。マリエッタは泣き声を上げ、ローブを目のところまで引っ張り上げた。しかし、もうみんなが、その変わり果てた顔を見てしまった。マリエッタの頬から鼻を横切って、膿んだ紫色のでき物がびっしりと広がり、文字を描いていたのだ。──
全員が息を呑んだ。
「君だったのか、告げ口をしたのは!」
テリーが叫ぶと、マリエッタは口を覆ったままでもう一度泣き声を上げ、激しく首を振った。チョウが前に出た。
「やめて!マリエッタのママは、魔法省に勤めてるの!つまり──私が無理やり誘ったのが、良くなかったの」
チョウの目にも涙が溜まっていた。
ナマエは呆然とその様子を見つめていた。
「ハーマイオニーだ……」
ナマエは静かに言った。
「あの名簿には何か呪いがかかってた。これだったんだ……」
そう口にすると、突然、腹の底から熱いものがせり上がってきた。
マリエッタが許せなかった。みんなを売ったくせに泣いていることが許せなかった。それを庇うチョウも許せなかった。裏切ったなら、責められる覚悟くらいしておけ、とさえ思った。
けれど、一番強く胸を焼いたのは、ハーマイオニーだった。
何も言わずに、名簿へ呪いを仕込んだ。魔法には気づいていたが、それがこんな報復だとは思わなかった。裏切り者の烙印を刻むようなものだとは。
きっとハーマイオニーは、それが必要だったと言うだろう。正しいことだったと言うだろう。ハリーも頷くかもしれない。ロンなら、裏切り者が悪いと言うに決まっている。
しかしナマエには、どうしても受け入れられなかった。
自分の中にある呪いと、同じことをしているようにさえ思えた。
──いいや違うだろう。それとこれとは違う。
ハーマイオニーは人を従わせようとしたわけじゃない。裏切りを防ごうとしただけだ。自分の呪いとは違う。そう思おうとした。
それでも、怒りは引かなかった。
だからといって、正しい理由があれば、それが許されるのか?
自分の中の悪意や敵意、恐れが次々に湧き上がってくるようだった。
何かがおかしい。
いや──おかしいものか、この怒りは紛れもなく自分のものだ。
ポケットの奥で、何かが重くなった気がした。
⚡️───
魔法省令
ドローレス・ジェーン・アンブリッジ(高等尋問官)は アルバス・ダンブルドアに代わりホグワーツ魔法魔術学校の校長に就任した。
以上は教育令第二十八号に則るものである。
魔法大臣 コーネリウス・オズワルド・ファッジ
一夜にして、この知らせが学校中に掲示された。しかし、城中の誰もが知っている話が、どのように広まったのかは、この掲示では説明できなかった。ダンブルドアが逃亡するとき、闇祓いを二人、高等尋問官、魔法大臣、さらにその下級補佐官をやっつけたという話だ。城中が、生徒で私兵を作っていたというダンブルドアの逃亡の話でもちきりだった。話が広まるにつれて、たしかに細かいところでは尾鰭がついていたが、驚くほど正確な情報が伝わっていた。たとえば、ダンブルドアの校長室で現場を目撃した生徒が、ハリーとマリエッタだけだったということはみんなが知っていた。
ざわめきの中、大広間に入ると、ハーマイオニーが苛立たしげに言った。
「まさか、そんなにすぐに治るはずないわ──」
ハリーはハーマイオニーの視線を追った。 レイブンクローの長机に、チョウとマリエッタが席につくところだった。マリエッタは髪を垂らしてうつむいている。髪の間から時折のぞく顔には、昨日のような毒々しい紫色の膿はなく、頬から鼻にかけて、赤い斑点が残っているだけだった。
「マダム・ポンフリーがもう治しちゃったのかな」
ハリーが呟いたとき、背後から冷たい声がした。
「どれくらいのあいだ、罰を与えるつもりだったんだ?」
振り返ったハリーは少し驚いた。ナマエだった。 アンソニー、マイケル、テリーが後ろにいる。三人とも、ナマエを止めるべきか迷っているような顔をしていた。ナマエの目の下には薄い影があり、片手はズボンのポケットに突っ込まれたままだった。まるで中で何かを握りしめているように見えた。
「まさか、あなたが治療したの?」
ハーマイオニーが眉を上げた。ナマエは鼻で笑った。
「ああ、夜通しかかった。ずいぶんグリフィンドールらしいやり口だな」
「──今、僕たちを侮辱したのか?」
ロンが顔を赤くして言った。ハリーはナマエの言い草に戸惑っていたが、遅れてだんだん腹が立ってきた。ハーマイオニーが鋭くロンを嗜めた。
「ロン」
「ナマエ、よすんだ」
アンソニーもナマエを宥めた。
「いいや、この際だから言わせてもらう」
ナマエはアンソニーの手を振り払った。
「あんたたちは、罰が裁きのためだと考えてるんだろうけど、違うぞ」
ナマエは一歩、ハリーたちに迫った。
「マリエッタの顔を爛れさせて気が晴れたのかもしれないけど、それより先に、全員に『裏切れば報いを受ける』と一言言えば良かったんだ。そうしたらマリエッタだって告げ口なんかしなかった。それどころか、DAに入りすらしなかったかもしれない。だけどあんたたちは言わなかった。騙し討ちと何が違うんだ」
ナマエの声は低く、だんだん早口になって捲し立てた。
「──正気か?あの子は君も含めて、僕たち全員を売ったんだ。僕は、素晴らしい考えだったと思う」
ハリーが冷たく言うと、ナマエがハリーを睨んだ。ナマエからこんな目を向けられたことは、たぶんなかった。長いまつ毛に鋭く縁取られた目は冷たく、妙に迫力があった。
「あんたたちは、俺たちに忠誠を求めておきながら、他のみんなを信用していない」
「信用しなくて正解だったろう!」
ロンが憤慨した。ナマエの顔にぱっと血が上った。ハーマイオニーは逆に青い顔をして、ナマエの態度に困惑しているようにも見えた。
「報復のためだけの呪いを、断りなく掛けるなんて──」
ナマエは視線をハリーとロンからハーマイオニーに移した。ハーマイオニーの目は光りだしていた。
「感情的で、傲慢だ。俺はそれをグリフィンドールらしいと、そう言ったんだ」
ナマエがゆっくり、はっきりと吐き捨てると、ロンがナマエに飛びかかろうとし、ナマエは杖を構えた。
アンソニーが二人の間に割って入った。
「ナマエ、言い過ぎだ」
「いや──言い方はどうかと思うけど……ナマエの言うとおりだ」
今度はマイケルが前に出て、ハリーたちを見下すように言った。
「僕たちは呪文を教わりに来た。君たちの兵隊になりに来たわけじゃない。勝手に呪いをかけてきた相手を、どうやって信用しろって言うんだ」
ハーマイオニーは青ざめていた。ハリーには、それがハーマイオニーらしくない沈黙に思えた。
「ごめんなさい──」
「謝る必要なんてあるもんか。裏切り者が悪い!」
ロンがすぐに言った。
「僕たちも余計なことを言って悪かった、ごめんよ」
アンソニーがどうにか場を収めようとそう言ったが、今度はナマエが食い下がった。
「あんたは何も言ってない。俺が言ったんだ」
「ああ、わかってるなら自分で謝るんだ。僕たちが争ってどうするんだよ」
ナマエはしばらく黙っていた。それから、何も言わずに踵を返した。
「ナマエ!」
アンソニーが呼んだが、ナマエは振り返らなかった。テリーが慌てて後を追おうとしたが、マイケルが止めた。アンソニーは一度だけハリーたちを見て、困りきったように唇を噛み、それから三人はレイブンクローのテーブルに向かった。ロンはまだ真っ赤な顔をしていた。
「なんなんだ、あいつ!」
ハリーも腹が立っていた。 マリエッタがしたことを思えば、ナマエの言い分はあまりにも勝手に聞こえた。ハーマイオニーがみんなを守ろうとしていたことも、ダンブルドアが追われることになったのも、全部忘れているように見えた。それに、ハリーは、ハーマイオニーがすぐに反論するだろうと思った。けれど、ハーマイオニーは口を結んだまま、ナマエが出て行った方を見ていた。
「マリエッタがしたことを正しかったなんて、思ってないわ」
ハーマイオニーは早口で続けた。
「私たち全員を危険に晒したのよ。ハリーのことも、DAに来ていたみんなのことも。だから、あの魔法をかけたこと自体は、間違っていたとは思わない」
そこまで言って、ハーマイオニーは一度黙った。
「でも……みんなに言っておくべきだったのかもしれない。名簿に魔法をかけてあるって」
「ハーマイオニー!」
ロンが信じられないという声を出した。
「ただ、ナマエがあんなふうに怒るなんて、思わなかっただけ」
ハーマイオニーはそう言って、口を噤んだ。 怒っているようにも見えたし、傷ついているようにも見えた。ハリーには、どちらなのかわからなかった。ロンはまだぶつぶつ言っていたが、ハリーはもう半分も聞いていなかった。
ナマエは、いつもなら皮肉を言っても、どこかで自分を引っ込める。多少頭に血が昇っていたとしても、少なくともアンソニーが止めれば素直に聞く姿を何度か見ていた。
席に着く時に、さりげなくレイブンクローの長机に目を向けた。チョウは、グリフィンドールに背を向けて座っていた。彼女は友達選びにもう少し慎重であるべきだったと、今でもそう思えた。しかし、チョウもナマエのように考えているのだろうか?ハリーの腹の虫はおさまらなかった。
「君は間違ってなかったと、僕も思うよ」
ハリーは低く言った。
ハーマイオニーは返事をしなかった。ただ、膝の上で組んだ手を、少しだけ強く握った。
