不死鳥の騎士団
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クリスマスの朝、ナマエは絶句した。
「本当の本当に──ボーイフレンドへのクリスマスプレゼントがこれなのかっ?」
ハーマイオニーからのクリスマスプレゼントは、「宿題計画帳」だった。しかも、ハリーとロンにもそれぞれ同じものが用意されていた。日記帳のような本だが、ページを開けるたびに声がした。たとえば、「今日やらないと、明日は後悔!」だとか。ナマエが苦言を呈すと、ハーマイオニーはあっさり答えた。
「だって、あなた──少し計画性がないもの。せっかく立派なレポートが書けるのに、間に合わなくって雑に仕上げたりするでしょう」
ロンはどこか嬉しそうな顔をしているのがナマエの神経を逆撫でた。ナマエが言い返そうとすると、ハリーが遮った。
「それじゃあ、ナマエは何をあげたの?」
「──本だよ、『ルーン文字コデックス』のブルガリア語版。ルーン文字をブルガリア語で引けば、どっちも覚えられて便利だろ?」
「話にならないわね」
ジニーが呆れたように言った。
ナマエはため息を飲み込んでから、モリーさんの新しい手編みのセーターに着替えた。ナマエはあまり服を持っていなかったので、冬の私服といえばほとんどモリーさんのセーターだった。
「チチオヤが迎えにきてくださったわ」
「えっ」
ナマエは思いもよらず、抜けた声を上げた。ぞろぞろとウィーズリー一家とハーマイオニーと一緒に玄関に向かった。
「メリークリスマス」
チチオヤだ。
ナマエは返事をしそこねた。 アズカバンに一ヶ月いたというのが嘘のように、父親は以前とほとんど変わらない姿で立っていた。少し痩せたようにも見える。けれど、背筋はまっすぐで、声もいつも通りだった。
無事でよかった、と言えばいいのか。新聞で見た、と言えばいいのか。
何も出てこないうちに、フレッドとジョージがナマエよりもずっと気さくにチチオヤへ挨拶をして、玄関ホールを横切った。
チチオヤは厚手の灰色のローブを羽織り直し、一瞬だけナマエを見てからすぐに屋敷の外へ視線を向けた。道路にはムーディが立っていて、魔法の目をぎょろぎょろ回してから、問題ないというふうに頷いた。
玄関先に止まっていたのは、黒にも見える深緑の古い車だった。ナマエの後ろで見ていたシリウスが口笛を吹いた。
「へえ。いいサルーンだな。ジャガーか?」
チチオヤは眉を上げた。
「私がマグルの乗り物に詳しいと思うか?シリウス。これは借り物だよ」
車にしてはやけに静かで、外から見るとただの細長い車なのに、後部座席には小さな診療所が一つ隠れているのではないかと思うほど奥行きがあった。
みんなが余裕を持って乗り込むと、最後にチチオヤが運転席に乗り込んだ。ナマエは不思議な気持ちでそれを眺めた。バックミラー越しにチチオヤはちらっと確認するようにナマエを見た。ナマエはなんとなく気まずくて目を逸らした。チチオヤは何事もなかったかのように助手席のモリーさんに話しかけた。
「アーサーには困ったよ、モリー。スメスウィックと示し合わせて、マグルの縫合手術を受けたがるんだ。ただの切り傷ならまだしも……」
道路がとても空いていたので、聖マンゴまでの旅はあっという間だった。人通りのない街路に、病院を訪れるほんの数人の魔法使いや魔女がこそこそと入って行った。みんなもそこで車を降りた。一行は、緑のナイロン製エプロンドレスを着たマネキンが立っているショーウィンドウに向かって、ゆっくりと何気なく歩き、一人ずつウィンドウの中に入った。ナマエがここを訪れるのは、ホグワーツに入学してからは初めてだった。以前に来たのは、ダイアゴン横丁で入学準備をした日だったのをふと思い出した。
受付ロビーは楽しいクリスマス気分に包まれていた。聖マンゴ病院を照らすクリスタルの球は、赤や金色に塗られた輝く巨大な玉飾りになっていた。戸口という戸口にはヒイラギが下がり、魔法の雪や氷柱で覆われた白く輝くクリスマスツリーが、あちこちの隅でキラキラしていた。
アーサーさんはベッドにもたれ掛かっていた。膝に載せた盆に、昼食の七面鳥の食べ残しがあり、なんだかバツの悪そうな顔をしていた。
「あなた、お加減はいかが?」
みんなが挨拶し終り、プレゼントを渡してから、モリーさんが聞いた。
「ああ、とてもいい」
アーサーさんはプレゼントの包みを解きはじめながら、何でもなさそうに答えた。
「みんな、いいクリスマスだったかい?プレゼントは何をもらったのかね?ああ、ハリー。こりゃ、すばらしい!」
アーサーさんはハリーからのプレゼントを開けたところだった。よくわからない硬そうな金属の紐の塊と、こちらもよくわからない鉄の棒のようなものだ。マグルの道具だろうか。
ナマエがそれを眺めていると、チチオヤが耳打ちした。
「ナマエ、ちょっといいか」
ナマエがこくんと頷くと、チチオヤはナマエを連れて廊下を戻り、反対側の廊下を突き進んだ。癒者の肖像画たちが、額縁の中からぶつぶつと奇妙な病状の診断を下したり、恐ろしげな治療法を勧めたりしている。 こじんまりとした物置にたどり着くと、チチオヤはナマエを中へ招き入れ、扉に何やら魔法をかけて、しっかりと閉じた。
「代わりの耳飾りはいつ壊れた?」
「……えっと、たぶんクリーチャーと揉み合いになったとき」
「揉み合い?」
チチオヤは注意深くナマエを見た。怒られるのかと思ったが、その目は叱るためのものではなく、癒者が傷口を見極めるときのようだった。
「何をした」
「何って……」
「手は使ったか」
「使った。暴れてたから、腕を掴んだ」
「両手でか」
「……どうしてそんなことを聞くんだ。わけを説明する気がないなら最初っからそう言えよ」
チチオヤの目が細くなった。
チチオヤは口を開きかけて、眉間に皺を寄せた。それから、おそらく最初に選んだのとは違う言葉を吐き出した。
「前の耳飾りはまだ取り返していないのか」
「ない、けど……なんでそこまでして、あのピアスを俺が身につけなきゃならないんだ」
ナマエは、肝心なことは答えずに質問を繰り返すチチオヤに苛立ち、眉を上げて父親を見上げた。
「……あの耳飾りには、ある種の呪いを封じる魔法をかけている。お前を守るための魔法だ」
「へえ?まずい飯から?」
ナマエは顔をしかめた。
「あれ、去年のクリスマスプレゼントだっただろ」
「そうだ」
「俺、喜んだんだけど」
チチオヤは一瞬だけ黙った。
「それは、よかった」
「そう思ってるなら、なおさら最悪だ。俺はただのプレゼントだと思ってた。あんたが珍しく、俺に似合うものを選んだんだと思ってたのに」
言ってから、思ったより子供じみた響きになったことに気づいた。ナマエは視線を逸らした。
「なのに、理由も言えない呪い避け道具だったわけだ」
チチオヤは否定しなかった。
「お前への贈り物だったことに嘘はない」
「そういう問題じゃない」
ナマエは低く言ったが、チチオヤは音もなくナマエとの距離を詰めた。 ナマエは思わず一歩引こうとしたが、背後にはもう冷たい石壁があった。
「単なる呪い避けじゃない。封じているのは、私の呪い。魅了の呪い だ」
ナマエは、すぐには言葉の意味がわからなかった。
喉の奥がひきつっている。心臓の音ばかりがやけに大きかった。
「お前の味覚に変化があったとシリウスから聞いた。あれは想定外だ。副作用かもしれんが、なぜ起きたのかはわからん。ここから先は、お前自身にも考えてもらわねばならん」
「いったい……何の話をしてるんだ」
「思い通りにならない人間が、不自然にお前に媚び始めたことは?」
ナマエは、うろたえながらもチチオヤを睨みつけた。
「──俺が、あんたみたいに、その魅了の呪いを使ってるって言いたいのか?」
「確信はない」
チチオヤは低く言った。
「魅了の呪いは、もう私の手にはない。ただ、今は──お前がそれを受け継いでいると考えている」
「ありえない」
ナマエの声は、自分でも驚くほど早く出た。
「ありえない。俺はそんなことしてない。してない、はずだ」
「……私も、ハハオヤに出会ってからは一度も使わなかった。誓って一度もだ」
チチオヤはナマエから目を逸らさなかった。
「だが、ある時から、ハハオヤがあらゆる人間に好かれ、媚びられるようになった。身重の彼女を気遣うには、度を越していた。ハハオヤは異変に気づき、私を問いただした。そして、私はすべてを打ち明けた」
「……母上」
思ったよりも、かすれた声が漏れた。
「そうだ……彼女は私にひどく失望した。その頃から、私は少しずつ、無理やり集めた人望を失っていった──当然だ。私は愛情を得ていたのではない。相手の感情を削り取っていただけだ」
ナマエは、喉がひどく乾くのを感じた。
「そんな──そんなこと言ったって、俺の周りは違う!俺のことを好いてくれる人もいるけど、そうでもない奴もいる。みんながみんな、俺に媚びてるわけじゃない。ハーマイオニーだって、ロンだって、ハリーだって……」
「なら、それでいい」
チチオヤはすぐに言った。
「杞憂なら、それでいい。だが万が一がある」
「何が万が一だ……」
「私の呪いは、両の手のすべての指で相手に触れることで発動した。たったそれだけで、相手からの好意を得る。愛、忠誠、執着、庇護欲。形は相手によって違ったが、どれも相手の感情を削り取り、こちらへ向けるものだった」
「……闇の魔術じゃないか、そんなの。まるで服従の呪文だ」
チチオヤは短く息を吐いた。
「そうだな……闇の魔術であり、ある種の古代魔法でもある。本当に心当たりはないのか?」
「ははっ──クラッブを両手で押し返したことはあるけど、あいつが俺を愛しているとは思えないね……思いたくもない」
ナマエが口角を引き攣らせながら言うと、チチオヤはそこで、わずかに顔をしかめた。
「……私がホグワーツにいたのは、呪いを解く方法を探るためでもあった。あの城は古代魔術の要塞だ。禁書の棚、古い治癒魔法の記録、創設者の時代から残る術式の痕跡。何か手がかりがあるかもしれんと思った」
ナマエは思わずチチオヤを見た。
「俺のために、ホグワーツに来たってこと?」
「すべてがそうではない」
チチオヤは即座に言った。けれど、そのすべてを説明する気はないようだった。
「結果は芳しくなかった。アンブリッジの目を盗んで動くには限界があったしな」
チチオヤの声に、わずかに苦いものが混じった。
「もっとも、アズカバンで得たものはあった」
「アズカバン?」
ナマエは眉をひそめた。
「あそこに行ったのは、半分は偶然だ。望んだわけではない。だが、吸魂鬼については調べておきたかった」
「ディメンターを?」
「あれは魂を吸い取る生き物だ。近くにいるだけで、幸福も、希望も、温かい感情も削り取る。私の呪いと、無関係ではない」
「だから、アズカバン送りになったのを利用したって言うのか」
ナマエの声は思ったより低くなった。
「利用できるものは利用する」
チチオヤは何でもないことのように言った。 ナマエは黙った。何か言い返したかったのに、言葉が見つからなかった。
「黒い石の耳飾りは、呪いを消すものではない。お前を通って流れる呪いの力を受け止め、抑えるための器だ。代わりに渡した銀の輪は、急ごしらえの応急処置にすぎない。壊れるのは時間の問題だった」
「待てよ」
ナマエの声が震えた。
「百歩譲って、本当にそうだとして──じゃあ、なんで今まで黙ってた?去年のクリスマスに耳飾りを渡したときも、俺が喜んでつけてたときも、アンブリッジに取り上げられたときも──いや、もっとずっと前から、ずっと!」
喉が詰まった。
「俺が何も知らないまま、誰かに触ってた間も、ずっと?」
チチオヤはすぐには答えなかった。
「知れば、お前は自分を疑う」
「もう疑ってる。今、あんたのせいで!」
ナマエは吐き捨てた。チチオヤは静かに言った。
「正しい判断だったとは言わん」
その言い方が、ナマエの苛立ちを余計に煽った。
ナマエは顔を引き攣らせながら乾いた声で笑った。
「第一、そもそも……あんたが、俺を愛してないじゃないか。俺にそんな力があるのなら、今ごろ──」
「愛している」
チチオヤはまっすぐにナマエを見た。 ナマエは言葉を失った。父親の顔を見ていられなくなり、床を睨んだまま吐き出した。
「じゃあ何で……どうして……今まで、いつも……俺を無碍に扱うんだ。心配してるそぶりも見せないし、俺を家に閉じ込めてばかりだったじゃないか……俺が秘密の部屋に攫われた時も、何も言わなかった!……去年のあの日、俺が骨を取られたとき──クラウチ・ジュニアに言われた。あのイかれた死喰い人と、俺には共通点があるって。俺もあいつも、ヴォルデモートも──親父がクソで、失望してるって!」
「……愛している。本心だ。だが──その愛が本当の愛だと確かめられるか?」
ナマエは顔を上げた。
「は……?」
「証明できるか」
チチオヤの声は冷たくなかった。むしろ、疲れ切っていた。
「自分の感情が、他人から向けられる愛情が、ただの呪いにすぎないかもしれない。そう怯えながら生きる日々を、息子にまで味わわせたいとは思わん」
ナマエは何も言えなかった。
「私がお前を遠ざけた理由が、すべて正しかったとは言わない。だが、私と同じ轍を踏ませたくはなかった」
チチオヤは扉の方へ視線を向けた。 外では、聖マンゴのクリスマスのざわめきが遠く響いている。
「今の私の目的は、お前の呪いを解くことだ。だが、私だけでは足りない。お前も、自分に何が起きているのか見ていかなければならない。誰かがお前に向ける感情が、不自然に変わったとき。相手の態度が変わったとき。それは何がきっかけになったのか」
ナマエは、反射的に耳に触れようとして、そこに何もないことを思い出した。
去年のクリスマス。 耳飾りを受け取ったとき、自分はたしかに嬉しかった。珍しくチチオヤが自分のために選んだものだと思った。似合うかどうか、何度も鏡を見たことまで思い出してしまった。
「……気持ち悪い」
「そうだ」
チチオヤは否定しなかった。
「気持ち悪いものだ。だから解く」
「解けるのか」
「解かなければならん」
「なんで、あんたがわからないんだよ」
ナマエは思わず言った。
「あんたの呪いなんだろ。使ってたんだろ。だったら、解き方ぐらい──」
「呪いは、かける者に親切ではない」
チチオヤはナマエを見た。
「使い方を知っていることと、解き方を知っていることは違う」
その声には、疲れよりも、悔いの方が濃く滲んでいた。
「闇の魔術は、最初はまるで役に立つ万能の力のように見える。欲しいものを与え、足りないものを埋めてくれる。だが、代わりに何を奪われているのかは、後になってからでなければわからない。気づいたときには、たいてい手遅れだ」
チチオヤは手袋を嵌めた左手を軽く握った。 ナマエはその動きに気づいたが、チチオヤはすぐに手をローブの袖へ隠した。
「──ヴォルデモートが狙うのは、お前の中の魅了の呪い の力だ」
物置の中が、しんと静まり返った。ナマエは何か言い返そうとしたが、うまく言葉にならなかった。
しばらく経って、重すぎる沈黙に耐えられなくなったナマエは、ふいに思い出したように言った。
「……じゃあ、今年のは?」
「何?」
チチオヤが眉をひそめた。
「クリスマスプレゼント」
チチオヤは虚を突かれたような顔をした。 ナマエはむっとして腕を組んだ。
「去年のプレゼントが、じつは呪い避けの道具だったんなら。今年は、ちゃんと普通のが欲しい」
「何が欲しい」
あまりにあっさり聞かれたので、今度はナマエの方が言葉に詰まった。
「……マグルのジーンズ」
「ジーンズ」
チチオヤは、まるで聞き慣れない呪文でも聞いたように繰り返した。
「ズボンのことか」
「たぶん、あんたが思ってるよりずっと普通のズボンだよ」
チチオヤは少し考え込んだ。
「私はマグルの服に詳しくない」
「知ってる」
「だが、用意はできる」
「本当に?」
ナマエは思わず聞き返した。 チチオヤは扉の方へ杖を向け、かけていた魔法を解いた。
「サイズを間違えても文句を言うな」
「……言うよ」
ナマエは小さく答えた。
「本当の本当に──ボーイフレンドへのクリスマスプレゼントがこれなのかっ?」
ハーマイオニーからのクリスマスプレゼントは、「宿題計画帳」だった。しかも、ハリーとロンにもそれぞれ同じものが用意されていた。日記帳のような本だが、ページを開けるたびに声がした。たとえば、「今日やらないと、明日は後悔!」だとか。ナマエが苦言を呈すと、ハーマイオニーはあっさり答えた。
「だって、あなた──少し計画性がないもの。せっかく立派なレポートが書けるのに、間に合わなくって雑に仕上げたりするでしょう」
ロンはどこか嬉しそうな顔をしているのがナマエの神経を逆撫でた。ナマエが言い返そうとすると、ハリーが遮った。
「それじゃあ、ナマエは何をあげたの?」
「──本だよ、『ルーン文字コデックス』のブルガリア語版。ルーン文字をブルガリア語で引けば、どっちも覚えられて便利だろ?」
「話にならないわね」
ジニーが呆れたように言った。
ナマエはため息を飲み込んでから、モリーさんの新しい手編みのセーターに着替えた。ナマエはあまり服を持っていなかったので、冬の私服といえばほとんどモリーさんのセーターだった。
「チチオヤが迎えにきてくださったわ」
「えっ」
ナマエは思いもよらず、抜けた声を上げた。ぞろぞろとウィーズリー一家とハーマイオニーと一緒に玄関に向かった。
「メリークリスマス」
チチオヤだ。
ナマエは返事をしそこねた。 アズカバンに一ヶ月いたというのが嘘のように、父親は以前とほとんど変わらない姿で立っていた。少し痩せたようにも見える。けれど、背筋はまっすぐで、声もいつも通りだった。
無事でよかった、と言えばいいのか。新聞で見た、と言えばいいのか。
何も出てこないうちに、フレッドとジョージがナマエよりもずっと気さくにチチオヤへ挨拶をして、玄関ホールを横切った。
チチオヤは厚手の灰色のローブを羽織り直し、一瞬だけナマエを見てからすぐに屋敷の外へ視線を向けた。道路にはムーディが立っていて、魔法の目をぎょろぎょろ回してから、問題ないというふうに頷いた。
玄関先に止まっていたのは、黒にも見える深緑の古い車だった。ナマエの後ろで見ていたシリウスが口笛を吹いた。
「へえ。いいサルーンだな。ジャガーか?」
チチオヤは眉を上げた。
「私がマグルの乗り物に詳しいと思うか?シリウス。これは借り物だよ」
車にしてはやけに静かで、外から見るとただの細長い車なのに、後部座席には小さな診療所が一つ隠れているのではないかと思うほど奥行きがあった。
みんなが余裕を持って乗り込むと、最後にチチオヤが運転席に乗り込んだ。ナマエは不思議な気持ちでそれを眺めた。バックミラー越しにチチオヤはちらっと確認するようにナマエを見た。ナマエはなんとなく気まずくて目を逸らした。チチオヤは何事もなかったかのように助手席のモリーさんに話しかけた。
「アーサーには困ったよ、モリー。スメスウィックと示し合わせて、マグルの縫合手術を受けたがるんだ。ただの切り傷ならまだしも……」
道路がとても空いていたので、聖マンゴまでの旅はあっという間だった。人通りのない街路に、病院を訪れるほんの数人の魔法使いや魔女がこそこそと入って行った。みんなもそこで車を降りた。一行は、緑のナイロン製エプロンドレスを着たマネキンが立っているショーウィンドウに向かって、ゆっくりと何気なく歩き、一人ずつウィンドウの中に入った。ナマエがここを訪れるのは、ホグワーツに入学してからは初めてだった。以前に来たのは、ダイアゴン横丁で入学準備をした日だったのをふと思い出した。
受付ロビーは楽しいクリスマス気分に包まれていた。聖マンゴ病院を照らすクリスタルの球は、赤や金色に塗られた輝く巨大な玉飾りになっていた。戸口という戸口にはヒイラギが下がり、魔法の雪や氷柱で覆われた白く輝くクリスマスツリーが、あちこちの隅でキラキラしていた。
アーサーさんはベッドにもたれ掛かっていた。膝に載せた盆に、昼食の七面鳥の食べ残しがあり、なんだかバツの悪そうな顔をしていた。
「あなた、お加減はいかが?」
みんなが挨拶し終り、プレゼントを渡してから、モリーさんが聞いた。
「ああ、とてもいい」
アーサーさんはプレゼントの包みを解きはじめながら、何でもなさそうに答えた。
「みんな、いいクリスマスだったかい?プレゼントは何をもらったのかね?ああ、ハリー。こりゃ、すばらしい!」
アーサーさんはハリーからのプレゼントを開けたところだった。よくわからない硬そうな金属の紐の塊と、こちらもよくわからない鉄の棒のようなものだ。マグルの道具だろうか。
ナマエがそれを眺めていると、チチオヤが耳打ちした。
「ナマエ、ちょっといいか」
ナマエがこくんと頷くと、チチオヤはナマエを連れて廊下を戻り、反対側の廊下を突き進んだ。癒者の肖像画たちが、額縁の中からぶつぶつと奇妙な病状の診断を下したり、恐ろしげな治療法を勧めたりしている。 こじんまりとした物置にたどり着くと、チチオヤはナマエを中へ招き入れ、扉に何やら魔法をかけて、しっかりと閉じた。
「代わりの耳飾りはいつ壊れた?」
「……えっと、たぶんクリーチャーと揉み合いになったとき」
「揉み合い?」
チチオヤは注意深くナマエを見た。怒られるのかと思ったが、その目は叱るためのものではなく、癒者が傷口を見極めるときのようだった。
「何をした」
「何って……」
「手は使ったか」
「使った。暴れてたから、腕を掴んだ」
「両手でか」
「……どうしてそんなことを聞くんだ。わけを説明する気がないなら最初っからそう言えよ」
チチオヤの目が細くなった。
チチオヤは口を開きかけて、眉間に皺を寄せた。それから、おそらく最初に選んだのとは違う言葉を吐き出した。
「前の耳飾りはまだ取り返していないのか」
「ない、けど……なんでそこまでして、あのピアスを俺が身につけなきゃならないんだ」
ナマエは、肝心なことは答えずに質問を繰り返すチチオヤに苛立ち、眉を上げて父親を見上げた。
「……あの耳飾りには、ある種の呪いを封じる魔法をかけている。お前を守るための魔法だ」
「へえ?まずい飯から?」
ナマエは顔をしかめた。
「あれ、去年のクリスマスプレゼントだっただろ」
「そうだ」
「俺、喜んだんだけど」
チチオヤは一瞬だけ黙った。
「それは、よかった」
「そう思ってるなら、なおさら最悪だ。俺はただのプレゼントだと思ってた。あんたが珍しく、俺に似合うものを選んだんだと思ってたのに」
言ってから、思ったより子供じみた響きになったことに気づいた。ナマエは視線を逸らした。
「なのに、理由も言えない呪い避け道具だったわけだ」
チチオヤは否定しなかった。
「お前への贈り物だったことに嘘はない」
「そういう問題じゃない」
ナマエは低く言ったが、チチオヤは音もなくナマエとの距離を詰めた。 ナマエは思わず一歩引こうとしたが、背後にはもう冷たい石壁があった。
「単なる呪い避けじゃない。封じているのは、私の呪い。
ナマエは、すぐには言葉の意味がわからなかった。
喉の奥がひきつっている。心臓の音ばかりがやけに大きかった。
「お前の味覚に変化があったとシリウスから聞いた。あれは想定外だ。副作用かもしれんが、なぜ起きたのかはわからん。ここから先は、お前自身にも考えてもらわねばならん」
「いったい……何の話をしてるんだ」
「思い通りにならない人間が、不自然にお前に媚び始めたことは?」
ナマエは、うろたえながらもチチオヤを睨みつけた。
「──俺が、あんたみたいに、その魅了の呪いを使ってるって言いたいのか?」
「確信はない」
チチオヤは低く言った。
「魅了の呪いは、もう私の手にはない。ただ、今は──お前がそれを受け継いでいると考えている」
「ありえない」
ナマエの声は、自分でも驚くほど早く出た。
「ありえない。俺はそんなことしてない。してない、はずだ」
「……私も、ハハオヤに出会ってからは一度も使わなかった。誓って一度もだ」
チチオヤはナマエから目を逸らさなかった。
「だが、ある時から、ハハオヤがあらゆる人間に好かれ、媚びられるようになった。身重の彼女を気遣うには、度を越していた。ハハオヤは異変に気づき、私を問いただした。そして、私はすべてを打ち明けた」
「……母上」
思ったよりも、かすれた声が漏れた。
「そうだ……彼女は私にひどく失望した。その頃から、私は少しずつ、無理やり集めた人望を失っていった──当然だ。私は愛情を得ていたのではない。相手の感情を削り取っていただけだ」
ナマエは、喉がひどく乾くのを感じた。
「そんな──そんなこと言ったって、俺の周りは違う!俺のことを好いてくれる人もいるけど、そうでもない奴もいる。みんながみんな、俺に媚びてるわけじゃない。ハーマイオニーだって、ロンだって、ハリーだって……」
「なら、それでいい」
チチオヤはすぐに言った。
「杞憂なら、それでいい。だが万が一がある」
「何が万が一だ……」
「私の呪いは、両の手のすべての指で相手に触れることで発動した。たったそれだけで、相手からの好意を得る。愛、忠誠、執着、庇護欲。形は相手によって違ったが、どれも相手の感情を削り取り、こちらへ向けるものだった」
「……闇の魔術じゃないか、そんなの。まるで服従の呪文だ」
チチオヤは短く息を吐いた。
「そうだな……闇の魔術であり、ある種の古代魔法でもある。本当に心当たりはないのか?」
「ははっ──クラッブを両手で押し返したことはあるけど、あいつが俺を愛しているとは思えないね……思いたくもない」
ナマエが口角を引き攣らせながら言うと、チチオヤはそこで、わずかに顔をしかめた。
「……私がホグワーツにいたのは、呪いを解く方法を探るためでもあった。あの城は古代魔術の要塞だ。禁書の棚、古い治癒魔法の記録、創設者の時代から残る術式の痕跡。何か手がかりがあるかもしれんと思った」
ナマエは思わずチチオヤを見た。
「俺のために、ホグワーツに来たってこと?」
「すべてがそうではない」
チチオヤは即座に言った。けれど、そのすべてを説明する気はないようだった。
「結果は芳しくなかった。アンブリッジの目を盗んで動くには限界があったしな」
チチオヤの声に、わずかに苦いものが混じった。
「もっとも、アズカバンで得たものはあった」
「アズカバン?」
ナマエは眉をひそめた。
「あそこに行ったのは、半分は偶然だ。望んだわけではない。だが、吸魂鬼については調べておきたかった」
「ディメンターを?」
「あれは魂を吸い取る生き物だ。近くにいるだけで、幸福も、希望も、温かい感情も削り取る。私の呪いと、無関係ではない」
「だから、アズカバン送りになったのを利用したって言うのか」
ナマエの声は思ったより低くなった。
「利用できるものは利用する」
チチオヤは何でもないことのように言った。 ナマエは黙った。何か言い返したかったのに、言葉が見つからなかった。
「黒い石の耳飾りは、呪いを消すものではない。お前を通って流れる呪いの力を受け止め、抑えるための器だ。代わりに渡した銀の輪は、急ごしらえの応急処置にすぎない。壊れるのは時間の問題だった」
「待てよ」
ナマエの声が震えた。
「百歩譲って、本当にそうだとして──じゃあ、なんで今まで黙ってた?去年のクリスマスに耳飾りを渡したときも、俺が喜んでつけてたときも、アンブリッジに取り上げられたときも──いや、もっとずっと前から、ずっと!」
喉が詰まった。
「俺が何も知らないまま、誰かに触ってた間も、ずっと?」
チチオヤはすぐには答えなかった。
「知れば、お前は自分を疑う」
「もう疑ってる。今、あんたのせいで!」
ナマエは吐き捨てた。チチオヤは静かに言った。
「正しい判断だったとは言わん」
その言い方が、ナマエの苛立ちを余計に煽った。
ナマエは顔を引き攣らせながら乾いた声で笑った。
「第一、そもそも……あんたが、俺を愛してないじゃないか。俺にそんな力があるのなら、今ごろ──」
「愛している」
チチオヤはまっすぐにナマエを見た。 ナマエは言葉を失った。父親の顔を見ていられなくなり、床を睨んだまま吐き出した。
「じゃあ何で……どうして……今まで、いつも……俺を無碍に扱うんだ。心配してるそぶりも見せないし、俺を家に閉じ込めてばかりだったじゃないか……俺が秘密の部屋に攫われた時も、何も言わなかった!……去年のあの日、俺が骨を取られたとき──クラウチ・ジュニアに言われた。あのイかれた死喰い人と、俺には共通点があるって。俺もあいつも、ヴォルデモートも──親父がクソで、失望してるって!」
「……愛している。本心だ。だが──その愛が本当の愛だと確かめられるか?」
ナマエは顔を上げた。
「は……?」
「証明できるか」
チチオヤの声は冷たくなかった。むしろ、疲れ切っていた。
「自分の感情が、他人から向けられる愛情が、ただの呪いにすぎないかもしれない。そう怯えながら生きる日々を、息子にまで味わわせたいとは思わん」
ナマエは何も言えなかった。
「私がお前を遠ざけた理由が、すべて正しかったとは言わない。だが、私と同じ轍を踏ませたくはなかった」
チチオヤは扉の方へ視線を向けた。 外では、聖マンゴのクリスマスのざわめきが遠く響いている。
「今の私の目的は、お前の呪いを解くことだ。だが、私だけでは足りない。お前も、自分に何が起きているのか見ていかなければならない。誰かがお前に向ける感情が、不自然に変わったとき。相手の態度が変わったとき。それは何がきっかけになったのか」
ナマエは、反射的に耳に触れようとして、そこに何もないことを思い出した。
去年のクリスマス。 耳飾りを受け取ったとき、自分はたしかに嬉しかった。珍しくチチオヤが自分のために選んだものだと思った。似合うかどうか、何度も鏡を見たことまで思い出してしまった。
「……気持ち悪い」
「そうだ」
チチオヤは否定しなかった。
「気持ち悪いものだ。だから解く」
「解けるのか」
「解かなければならん」
「なんで、あんたがわからないんだよ」
ナマエは思わず言った。
「あんたの呪いなんだろ。使ってたんだろ。だったら、解き方ぐらい──」
「呪いは、かける者に親切ではない」
チチオヤはナマエを見た。
「使い方を知っていることと、解き方を知っていることは違う」
その声には、疲れよりも、悔いの方が濃く滲んでいた。
「闇の魔術は、最初はまるで役に立つ万能の力のように見える。欲しいものを与え、足りないものを埋めてくれる。だが、代わりに何を奪われているのかは、後になってからでなければわからない。気づいたときには、たいてい手遅れだ」
チチオヤは手袋を嵌めた左手を軽く握った。 ナマエはその動きに気づいたが、チチオヤはすぐに手をローブの袖へ隠した。
「──ヴォルデモートが狙うのは、お前の中の
物置の中が、しんと静まり返った。ナマエは何か言い返そうとしたが、うまく言葉にならなかった。
しばらく経って、重すぎる沈黙に耐えられなくなったナマエは、ふいに思い出したように言った。
「……じゃあ、今年のは?」
「何?」
チチオヤが眉をひそめた。
「クリスマスプレゼント」
チチオヤは虚を突かれたような顔をした。 ナマエはむっとして腕を組んだ。
「去年のプレゼントが、じつは呪い避けの道具だったんなら。今年は、ちゃんと普通のが欲しい」
「何が欲しい」
あまりにあっさり聞かれたので、今度はナマエの方が言葉に詰まった。
「……マグルのジーンズ」
「ジーンズ」
チチオヤは、まるで聞き慣れない呪文でも聞いたように繰り返した。
「ズボンのことか」
「たぶん、あんたが思ってるよりずっと普通のズボンだよ」
チチオヤは少し考え込んだ。
「私はマグルの服に詳しくない」
「知ってる」
「だが、用意はできる」
「本当に?」
ナマエは思わず聞き返した。 チチオヤは扉の方へ杖を向け、かけていた魔法を解いた。
「サイズを間違えても文句を言うな」
「……言うよ」
ナマエは小さく答えた。
