不死鳥の騎士団
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「あ──ハグリッドが帰ってきた!」
ロンの声に、ナマエは顔を上げた。
雪のちらつく校庭の向こう、森の端近くにある小屋から、かすかな煙が上がっている。窓の一つに、ぼんやりと灯りがともっていた。
「本当だ」
ナマエが言うと、ロンはもう立ち上がっていた。まだ少しふらついている。
「僕、ハリーとハーマイオニーにも知らせなきゃ」
ロンは急に血の気を取り戻したようだった。さっきまで辞めるだの何だのと落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「じゃあ、俺は先にハグリッドのとこに行ってるぜ」
そう言ってナマエは小屋へ向かった。近づくにつれ、煙の匂いと、湿った毛皮のような匂いが強くなった。扉の前には、見慣れた巨大な足跡が雪の上にべったり残っている。ナマエは扉を叩いた。
「ハグリッド。俺だ、ナマエ!ロンがハリーとハーマイオニーも連れてくる!」
「ナマエか!」
どら声がした。
「帰ってからまだ三秒と経ってねえのに……ファング、どけ、どけ……どけっちゅうに、このバカタレ……」
閂がはずされ、扉がギーッと開いて、ハグリッドの頭が隙間から現れた。ナマエはぎょっとした。
「ひどい怪我だ、どうしたんだ!誰にやられたんだ?」
「なんでもねえ。なんでもねえったら!」
ハグリッドは慌ててそう言うと、ナマエを入れて戸を閉め、急いでカーテンを全部閉めた。しかし、ナマエは驚愕してハグリッドを見つめ続けた。ハグリッドの髪はべっとりと血で固まり、顔は紫色やどす黒い傷だらけで、腫れ上がった左目が細い筋のように見える。顔も手も切り傷だらけで、まだ血が出ているところもある。そろりそろりと歩く様子から、肋骨が折れているのではないかと思った。たしかに、いま旅から帰ったばかりらしい。分厚い黒の旅行マントが椅子の背に掛けてあり、小さな子供なら数人運べそうな雑嚢が戸のそばに立て掛けてあった。ハグリッド自身は、普通の人の二倍はある体で、足を引きずりながら暖炉に近づき、銅のヤカンを火にかけていた。
「そんじゃ……茶、飲むか?」
「ハグリッド、わかった。聞かないから、先に傷を見せてくれ。お茶なんかいい。治せるのは俺が治すから」
その有様を見ていると、ナマエは心臓がきゅっと縮まるような気がした。人の何倍も頑丈なハグリッドがこんな大怪我をするなんて、ダンブルドアの任務はどれほど危険だったのだろう。
「おまえさん、チチオヤみてえな口を利くな」
ハグリッドの中のチチオヤはそうなんだろうか。ナマエは返事をせず、腕を捲った。
ロンがハリーとハーマイオニーを連れて駆けつけるころには、ハグリッドはようやく椅子に腰を下ろしていた。
ハグリッドを見るなり、ハーマイオニーは思わず叫び声を上げた。ロンとハリーも驚いてしつこく追求し、ついにハグリッドはぽつぽつと話した。ダンブルドアに頼まれて巨人を探しに行ったこと。マダム・マクシームと一緒だったこと。巨人たちのもとにも、死喰い人の影が伸びていたこと。
ナマエはそれを聞きながらも、疑問が湧いた。
暖炉の光の中で、グリッドの傷がいっそうひどく見えた。ナマエは血と汚れを注意深く浄め、止血し、折れた骨に魔法をかけていった。
話を聞く限り、ハグリッドたちは巨人と交渉は決裂したものの、こんな大怪我を負うような事態には陥らなかったように聞こえた。わざとその部分の話題を口にしていないだけだろうか。
ハリーたちもハグリッドの話に耳を傾けながらも、どうしてもナマエの手元を見てしまうようだった。 ロンは巨人の話に青ざめ、ハーマイオニーは何か質問したそうに唇を結び、ハリーは、ときどきナマエの横顔を探るように見た。 ナマエはその視線を気にしないようにして、ハグリッドに集中した。
「呪いはかけられてないみたいだけど──マートラップ液はある?」
「ドラゴンの肉がある、取ってくれや」
ナマエはハグリッドの指差した布巾をぐいと引いた。その下から、トロールの拳ほどもありそうな、血の滴る緑がかった生肉が現れた。
ナマエは杖で肉と布巾をつついた。二つは宙に浮き、ぺろりとめくれた布に肉がぴったりと均一に貼りついて、湿布のような形になった。
「ちょっと材料が足りないけど」
ナマエはそう言って湿布を差し出してハグリッドを見上げた。ハグリッドは感心したようにも、不安そうにも見えた。
「しかし、おまえさんたち、ここにいるのが見つかったらまずい」
「もうまずいことだらけだ。アンブリッジっていう魔法省の役人がホグワーツにいるんだ。こんな大怪我してるのが見つかったら、怪しまれるに決まってる。それに、父上──親父も目をつけられて、アズカバンに入れられてる──そう新聞に書いてあった」
「チチオヤが?」
ハグリッドは腫れた目を少し見開いた。
「奴がそんなヘマを打つはずがねえ──」
そのあとの言葉は、ファングがキャンキャン鳴く声でかき消された。四人全員が戸口の脇の窓を見つめた。
「ああ、もう来た。アンブリッジはハグリッドを前から怪しんでた」
ナマエが囁いた。
「この中に入って!」
ハリーは早口にそう言いながら、透明マントをつかんでハーマイオニーにさっと被せ、ロンもテーブルを急いで回り込んで、マントの中に飛び込んだ。
「四人は入れないよ!」
ロンが言った。
「待って」
ナマエは人差し指を口の前に立てて静かにするように言うと、ハリーたちにしか聞こえない小さな声で呪文を唱えた。呪文を唱え終えるやいなや、ナマエの杖先から黒い糸の塊のようなものが吐き出された。床に落ちたそれは、八本の足をわさわさと動かしていた。蜘蛛だ。ハリーは咄嗟にロンの口を押さえて黙らせた。
「オパグノ」
ナマエが再び小さな声で唱えると、蜘蛛は扉に向かって床を這った。それを確認すると、ナマエはカササギに変化してハリーのマントに飛び込んだ。
ハグリッドは四人が完全に消えたことを確認して、扉を開けた。やはり、アンブリッジだった。アンブリッジは口をぎゅっと結び、のけ反ってハグリッドを見上げた。背丈がハグリッドの臍にも届いていなかった。
「あなたがハグリッドなの?」
アンブリッジがゆっくり、大きな声で言った。まるで耳の遠い人に話しかけるかのようだった。
「あー失礼だとは思うが」
ハグリッドが言った。
「いったいおまえさんは誰ですかい?」
「わたくしはドローレス・アンブリッジです。魔法省の要請で『闇の魔術に対する防衛術』の教師を務めております──キャア!」
アンブリッジが甲高い少女のような悲鳴をあげて飛び上がった。ナマエの蜘蛛がアンブリッジの足元を這い回っていた。アンブリッジは足をばたつかせて蜘蛛を追い払おうとした。
「──それに、高等尋問官として、残念ながら、わたくしは同僚の先生方を査察するという義務があることを、認識していただきましょう!」
アンブリッジは一息に言うとくるりと向きを変え、戸の取っ手に手を掛けながら、実に不愉快そうに振り返った。
「魔法省はね、ハグリッド、教師として不適切な者を取り除く覚悟です。では、おやすみ」
アンブリッジは戸をバタンと閉めて足早に立ち去った。
ハグリッドはドスンドスンと小屋を横切り、カーテンをわずかに開けた。
「城に帰っていきおる」
ハグリッドが小声で言った。
「なんと……査察だと?あいつが?」
「そうなんだ」
ハリーが透明マントを剥ぎ取りながら言った。
「もうトレローニーが停職候補になった……」
「それよりナマエ!ナマエ──あなた、変身術よね?それ、まさか──動物もどきじゃないわよね?」
ハーマイオニーの言葉で、ハグリッドとロンもハリーの腕の中のカササギを見た。
ナマエはギャギャっと笑うように鳴いてから、床に飛び降りて人の姿に戻った。
「……さあ、どうだろう」
ナマエはとぼけてみせると、またハグリッドの傷口へ向き直った。
追求したそうなハーマイオニーを遮って、ハリーが助け舟を出した。
「あの、ハグリッド。授業でどんなものを教えるつもり?」
「おう、心配するな。授業の計画はどっさりあるぞ」
ハグリッドは大欠伸をして、小屋の隅の巨大なベッドに片目を向け、眠たそうな目つきで答えた。ハーマイオニーははっとして捲し立てた。
「ハグリッド、アンブリッジの査察に合格しなきゃならないのよ。そのためには、ポーロックの世話の仕方とか、ナールとハリネズミの見分け方とか、そういうのを教えているところを見せたほうが絶対いいの!」
「だけんど、ハーマイオニー、それじゃぁおもしろくもなんともねえ」
ハグリッドが言った。
「俺の持ってるのは、もっとすごいぞ。何年もかけて育ててきたんだ。俺のは、イギリスでただ一つっちゅう飼育種だな」
「ハグリッド……お願い……」
ハーマイオニーの声には、必死の思いがこもっていた。
「アンブリッジは、ダンブルドアに近い先生方を追い出すための口実を探しているのよ。お願い、ハグリッド、OWLに必ず出てくるような、つまらないものを教えてちょうだい」
「ええか、俺のことは心配すんな。俺が帰ってきたからには、おまえさんたちの授業用に計画しとった、ほんにすんばらしいやつを持ってきてやる。まかしとけ……さあ、もう城に帰ったほうがええ。足跡を残さねえように、消すのを忘れるなよ」
「ハグリッドに通じたかどうか怪しいな」
しばらくして、ロンが言った。
透明マントに隠れた三人と、「目くらまし呪文」をかけたナマエは、ますます降り積もる雪の中を「消却呪文」で足跡を消しながら城に向かって歩いていた。
「だったら、私、明日も来るわ」
ハーマイオニーの声がした。
「いざとなれば、私がハグリッドの授業計画を作ってあげる。トレローニーがアンブリッジに放り出されたってかまわないけど、ハグリッドは追放させやしない!」
⚡️──────
「オッケー」
休暇前の最後のDA会合で、ハリーはみんなに注目するよう呼びかけた。
「今夜はこれまでやったことを復習するだけにしようと思う。休暇前の最後の会合だから、これから三週間も空いてしまうのに、新しいことを始めても意味がないし──」
「新しいことは何にもしないのか?」
ザカリアス・スミスが不服そうに呟いた。部屋中に聞こえるほど大きな声だった。
「そのこと知ってたら、来なかったのに……」
「いやぁ、ハリーが君にお知らせ申し上げなかったのは、我々全員にとって、まことに残念だったよ」
フレッドが大声で言った。グリフィンドールの何人かが意地悪く笑った。
「そんなこと言うなよ、あんたは皆勤じゃないか」
ナマエが取り持つように言うと、ザカリアス・スミスはぷいとそっぽを向いた。フレッドとジョージが、声を殺して笑っている。ザカリアスはむっつり黙った。だが、出ていこうとはしなかった。
ハリーはそれを見て、ふと妙なことを思った。
ナマエは、ザカリアスによく話しかけている。誰かが腹を立てる前に、あるいはザカリアス自身がそれ以上嫌われる前に、さりげなく言葉を挟む。庇っているというほどではない。その感じを、ハリーは前にも見たことがあった。マルフォイといる時だ。
マルフォイがどれほど嫌なことを言っても、ナマエは時々、妙に辛抱強かった。あいつはそういう奴だから、と諦めているようでいて、それだけで終わらせたくないようにも見えた。
ハリーには、よく分からなかった。
ザカリアスもマルフォイも、たとえハリーではなくても、進んで近づきたい相手ではないと思っていた。けれどナマエは、そういう相手ほど、どこかで放っておけないらしい。「きざなうえに、しつこくお節介なんだ」ロンはときたまナマエのことをそうやってぐちぐち話していた。
「なあ、それじゃあ──ナマエとハリーの決闘を見てみたいと思わないか?君たちはいつも教え役ばっかりだ」
突拍子もなく、ニヤリと笑うリーが言った。部屋中の視線がハリーとナマエに集まった。ハリーも思わずナマエを見た。そんなことをするより練習が大事だと、そう言うつもりだったが──ナマエは不敵に笑った。
「実は俺、決闘クラブに参加してみたかったんだよな」
──必要の部屋の中央で、ハリーは杖を握り直した。壁際の鏡には、期待に満ちた表情でこちらを見つめるチョウ・チャンの姿が映っている。彼女の視線を背中に感じると、ハリーの耳の付け根が熱くなった。いいところを見せなければという焦燥感が、指先に余計な力を込めさせた。
ナマエはいつものきざっぽい笑みを浮かべて、ゆっくり頭を下げた。ハリーもニヤッとして同じようにした。クィディッチを禁止されて以来の胸の高揚だった。
「──エクスペリアームス!」
先制したハリーの放った武装解除呪文は、これまでの中でも最高の出来だった。赤い閃光が真っ直ぐにナマエへと向かった。周囲の歓声がハリーの神経をいっそう昂らせた。
しかし、ナマエは動じなかった。呪文を唱えることさえせず、杖の一振りでハリーの呪文の軌道を叩いた。
カツン、と乾いた音が響き、渾身の赤光は見えない鏡に反射したかのように、斜め後ろの壁へと弾け飛んだ。
「無言呪文だ!」
群衆は盛り上がった。六年生で習うはずの盾呪文は、ナマエの一番の得意技だった。なにしろ、ルーピンや偽ムーディーをも盾呪文で防いだほどだ。
「エクスペリアームス!」
続けてナマエが叫んだ。ハリーは猫のようにひらりとその呪文を避けると、床に火花が散った。
ナマエのほうが呪文をたくさん知ってはいるだろうが、呪文の強さでは自分も負けていない。ハリーはそう確信した。それに、聞こえた呪文を避けるだけなら、クィディッチのブラッジャーを避けるよりも簡単だ。ナマエが飛ばす呪文を、ハリーは難なく避け続けた。
わざわざナマエのように盾を作らずとも、当てられなければ負けないんだ。
ハリーは気持ちに余裕が生まれた。チョウが驚いたように口元に手を当てているのが見えた。
負けたくない、という思いがハリーを突き動かした。一歩踏み込み、勝負をかけようとしたその時、ナマエの杖先がハリーの体ではなく、足元を指した。
「グラシアス!凍れ!」
ハリーの足元の床が、一瞬で鏡のように凍りついた。踏ん張ろうとしたが、靴底がつるりと滑り、杖を構え直すのが一拍遅れた。
続けざまに、聞き慣れない呪文が飛んだ。ハリーが身をよじるより早く、右腕に奇妙な感覚が走った。腕から、ふっと感覚が消えた。痛みはない。しかし、動かない。指先から麻酔のように力が抜け、ハリーの杖は無情にも床を転がっていった。
「──俺の勝ちだな?」
ナマエが高らかに告げると、部屋の中は水を打ったように静まり返った。
ハリーは痺れる腕を左手でさすりながら、ナマエの戦法を思い返した。そういえば、三校対抗試合でドラゴンに箒で挑む案を考えたのもナマエだった。チョウの前で完敗した恥ずかしさと、感嘆がごちゃごちゃになって胸の中で渦を巻いていた。
ナマエは杖を収めると、得意げな表情でハリーに歩み寄ってきた。
ハリーが敗北を認め、ナマエの差し出した手を取ろうとした、その時だった。
「うわっ!?」
ナマエの足が、妙な角度で宙を舞った。
あんなにかっこよく決めていたナマエの体が、豪快に後ろへとひっくり返ったのだ。
原因は、さきほどナマエ自身がハリーを追い詰めるために作った凍った床だった。
ドシーンという激しい音とともに、ナマエはハリーの手を掴んだまま仰向けに転倒した。手足を無様にバタつかせている姿に、先ほどまでの面影はどこにもなかった。
「……っぷ、あはははは!」
最初に笑い声を上げたのは、チョウだった。
彼女が楽しそうに、鈴を転がすような声で笑っている。
それを合図に、ロンやハーマイオニー、部屋中の全員が爆笑の渦に包まれた。
「せっかく勝ったのに、くそ……」
ナマエは顔を真っ赤にして、床に這いつくばりながらぼやいた。
その情けない姿を見て、ハリーの胸にあった悔しさは、どこかへ消えてしまった。
「大丈夫? ナマエ」
ハリーが苦笑しながら感覚が戻ったほうの手を貸すと、ナマエは赤くなった耳を隠すように前髪を吹き飛ばし、「大丈夫……」と不機嫌そうに呟いた。
チョウがまだクスクス笑いながら二人を見ている。
かっこいいところは見せられなかったが、ハリーは、この部屋の空気がこれまでで一番温かいものになっているのを感じていた。
ハーマイオニーがナマエに聞いた。
「ねえ、最後の呪文はなんなの?」
「癒術だよ、体の一部の感覚を無くすんだ。理論はステューピファイと似てるけど──」
続いて、興奮したチビのデニス・クリービーが尋ねた。
「ねえ!どうしたら君みたいな戦い方ができるの?盾の呪文とか、その、もっといろいろ覚えて特訓すべきなの?」
ナマエはハリーを見て少し考えてから、デニスの前にしゃがみ込んだ。
「覚えるのに越したことはないけど──俺はきっと、ハリーに真正面から戦っても勝てないんだよ。見てたように、ハリーは俺よりも素早いし、大胆だ。それはたとえば、死喰い人もそう。──じゃあ、使える手はなんだって使うんだ。防衛術以外の科目で習うものも──アクシオ!」
ナマエはそう言って一年生の「呪文学」の教科書を呼び寄せて、デニスに渡した。
「敵わないなら、逃げるのもいい。逃げるために何ができるか考えるんだ。たとえば、今はハリーが地に足をつけていたからなんとかなったけど、もしも箒に乗られたら、俺は手も足も出なかった。俺は今、ハリーの呪文を盾の呪文で防いだけど、もしもハリーが『死の呪い』を使ったら、そうはいかない。そんなふうに、自分が使える呪文が何の役に立つのか、考え続けるんだ。──だよな?」
ナマエは同意を求めるようにハリーを見上げた。ハリーも頷いて、付け加えた。
「僕がヴォルデモートから逃げる時、呼び寄せ呪文を使った」
デニスは不安そうに口を開いた。
「でも──じゃあ、僕はまだ……浮遊呪文とか、そんなのしか使えない」
ナマエが頷くと、テリーが思いついたようにデニスにささやいた。
「デニス!ほら、ナマエにレヴィオーソをかけてみろ」
上級生に囲まれて真っ赤になりながら、デニスはナマエに杖を向けた。
「えっと──レヴィオーソ!!!」
ナマエの髪がふわりと風に靡いたが、ナマエの両足は地面についたままだった。テリーはデニスの杖腕を優しく支えた。
「自分より大きなものを浮かべるときは杖をこう構えるんだ……ほら、もう一回」
「──レヴィオーソ!!!」
「うわっ」
ナマエは体勢を崩しながら浮かび上がった。テリーが続けてデニスに言った。
「いいぞ。そしたら敵は、浮かされて杖を構えるのが遅くな──」
「エクスペリアームス!」
テリーが言い終わる前に、コリンが覚えたばかりの武装解除呪文を唱えると、ナマエの杖が手から離れた。
「お見事!」
テリーが叫んだ。クリービー兄弟は大はしゃぎだ。ナマエが浮かされながら言った。
「手加減してるんだ、本番はこうはいかないぞ」
「じゃあ、今度は手加減なしでやって!」 「僕も!」
ナマエは浮かされたまま、にやりと笑った。
「よおし、二人で来い」
ナマエたちが後輩たちの相手をしている間、ハリーはほかの生徒たちに教えて回ることができた。
ナマエは後輩に懐かれて嬉しそうにしていた。ハリーはクリービー兄弟の自分への心酔っぷりにうんざりしていたので、助かったような気持ちになった。
その陰で、フレッド、ジョージ、リーはハーマイオニーに見つからないようにこそこそと話していた。賭けをしていたらしい。
「ねえ、どっちに賭けてたの?」
ハリーが尋ねた。
「もちろん、君だ」
「もちろん、ナマエさ」
フレッドとジョージが言った。
ハリーが言い返そうとしたとき、ハーマイオニーが鋭く咳払いをした。双子はそろって肩をすくめ、リーを連れて出口の方へ消えていった。リーが笑いながら後を追い、ナマエはクリービー兄弟にせがまれて、まだ何かを実演している。 やがて、部屋から人が少しずつ減っていった。
ハリーは忍びの地図を鞄にしまおうとして、チョウ・チャンが最後にまだ残っていることに気づいた。彼女は壁際に立ち、いつものような笑顔を浮かべようとしていたが、どこかうまくいっていないようだった。
「ハリー、少しだけいい?」
ハリーの喉が、きゅっと鳴った。 頷いたつもりだったが、ちゃんと頷けていたかどうかはわからない。
チョウはゆっくり近づいてきた。二人の間に、言葉にするには少し難しい沈黙が落ちた。
そのとき、必要の部屋の天井から、白い実をつけたヤドリギが、音もなく垂れ下がった。ハリーはそれを見上げ、それからチョウを見た。チョウも、同じものを見ていた。
扉の向こうで、最後の足音が遠ざかっていった。
ロンの声に、ナマエは顔を上げた。
雪のちらつく校庭の向こう、森の端近くにある小屋から、かすかな煙が上がっている。窓の一つに、ぼんやりと灯りがともっていた。
「本当だ」
ナマエが言うと、ロンはもう立ち上がっていた。まだ少しふらついている。
「僕、ハリーとハーマイオニーにも知らせなきゃ」
ロンは急に血の気を取り戻したようだった。さっきまで辞めるだの何だのと落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「じゃあ、俺は先にハグリッドのとこに行ってるぜ」
そう言ってナマエは小屋へ向かった。近づくにつれ、煙の匂いと、湿った毛皮のような匂いが強くなった。扉の前には、見慣れた巨大な足跡が雪の上にべったり残っている。ナマエは扉を叩いた。
「ハグリッド。俺だ、ナマエ!ロンがハリーとハーマイオニーも連れてくる!」
「ナマエか!」
どら声がした。
「帰ってからまだ三秒と経ってねえのに……ファング、どけ、どけ……どけっちゅうに、このバカタレ……」
閂がはずされ、扉がギーッと開いて、ハグリッドの頭が隙間から現れた。ナマエはぎょっとした。
「ひどい怪我だ、どうしたんだ!誰にやられたんだ?」
「なんでもねえ。なんでもねえったら!」
ハグリッドは慌ててそう言うと、ナマエを入れて戸を閉め、急いでカーテンを全部閉めた。しかし、ナマエは驚愕してハグリッドを見つめ続けた。ハグリッドの髪はべっとりと血で固まり、顔は紫色やどす黒い傷だらけで、腫れ上がった左目が細い筋のように見える。顔も手も切り傷だらけで、まだ血が出ているところもある。そろりそろりと歩く様子から、肋骨が折れているのではないかと思った。たしかに、いま旅から帰ったばかりらしい。分厚い黒の旅行マントが椅子の背に掛けてあり、小さな子供なら数人運べそうな雑嚢が戸のそばに立て掛けてあった。ハグリッド自身は、普通の人の二倍はある体で、足を引きずりながら暖炉に近づき、銅のヤカンを火にかけていた。
「そんじゃ……茶、飲むか?」
「ハグリッド、わかった。聞かないから、先に傷を見せてくれ。お茶なんかいい。治せるのは俺が治すから」
その有様を見ていると、ナマエは心臓がきゅっと縮まるような気がした。人の何倍も頑丈なハグリッドがこんな大怪我をするなんて、ダンブルドアの任務はどれほど危険だったのだろう。
「おまえさん、チチオヤみてえな口を利くな」
ハグリッドの中のチチオヤはそうなんだろうか。ナマエは返事をせず、腕を捲った。
ロンがハリーとハーマイオニーを連れて駆けつけるころには、ハグリッドはようやく椅子に腰を下ろしていた。
ハグリッドを見るなり、ハーマイオニーは思わず叫び声を上げた。ロンとハリーも驚いてしつこく追求し、ついにハグリッドはぽつぽつと話した。ダンブルドアに頼まれて巨人を探しに行ったこと。マダム・マクシームと一緒だったこと。巨人たちのもとにも、死喰い人の影が伸びていたこと。
ナマエはそれを聞きながらも、疑問が湧いた。
暖炉の光の中で、グリッドの傷がいっそうひどく見えた。ナマエは血と汚れを注意深く浄め、止血し、折れた骨に魔法をかけていった。
話を聞く限り、ハグリッドたちは巨人と交渉は決裂したものの、こんな大怪我を負うような事態には陥らなかったように聞こえた。わざとその部分の話題を口にしていないだけだろうか。
ハリーたちもハグリッドの話に耳を傾けながらも、どうしてもナマエの手元を見てしまうようだった。 ロンは巨人の話に青ざめ、ハーマイオニーは何か質問したそうに唇を結び、ハリーは、ときどきナマエの横顔を探るように見た。 ナマエはその視線を気にしないようにして、ハグリッドに集中した。
「呪いはかけられてないみたいだけど──マートラップ液はある?」
「ドラゴンの肉がある、取ってくれや」
ナマエはハグリッドの指差した布巾をぐいと引いた。その下から、トロールの拳ほどもありそうな、血の滴る緑がかった生肉が現れた。
ナマエは杖で肉と布巾をつついた。二つは宙に浮き、ぺろりとめくれた布に肉がぴったりと均一に貼りついて、湿布のような形になった。
「ちょっと材料が足りないけど」
ナマエはそう言って湿布を差し出してハグリッドを見上げた。ハグリッドは感心したようにも、不安そうにも見えた。
「しかし、おまえさんたち、ここにいるのが見つかったらまずい」
「もうまずいことだらけだ。アンブリッジっていう魔法省の役人がホグワーツにいるんだ。こんな大怪我してるのが見つかったら、怪しまれるに決まってる。それに、父上──親父も目をつけられて、アズカバンに入れられてる──そう新聞に書いてあった」
「チチオヤが?」
ハグリッドは腫れた目を少し見開いた。
「奴がそんなヘマを打つはずがねえ──」
そのあとの言葉は、ファングがキャンキャン鳴く声でかき消された。四人全員が戸口の脇の窓を見つめた。
「ああ、もう来た。アンブリッジはハグリッドを前から怪しんでた」
ナマエが囁いた。
「この中に入って!」
ハリーは早口にそう言いながら、透明マントをつかんでハーマイオニーにさっと被せ、ロンもテーブルを急いで回り込んで、マントの中に飛び込んだ。
「四人は入れないよ!」
ロンが言った。
「待って」
ナマエは人差し指を口の前に立てて静かにするように言うと、ハリーたちにしか聞こえない小さな声で呪文を唱えた。呪文を唱え終えるやいなや、ナマエの杖先から黒い糸の塊のようなものが吐き出された。床に落ちたそれは、八本の足をわさわさと動かしていた。蜘蛛だ。ハリーは咄嗟にロンの口を押さえて黙らせた。
「オパグノ」
ナマエが再び小さな声で唱えると、蜘蛛は扉に向かって床を這った。それを確認すると、ナマエはカササギに変化してハリーのマントに飛び込んだ。
ハグリッドは四人が完全に消えたことを確認して、扉を開けた。やはり、アンブリッジだった。アンブリッジは口をぎゅっと結び、のけ反ってハグリッドを見上げた。背丈がハグリッドの臍にも届いていなかった。
「あなたがハグリッドなの?」
アンブリッジがゆっくり、大きな声で言った。まるで耳の遠い人に話しかけるかのようだった。
「あー失礼だとは思うが」
ハグリッドが言った。
「いったいおまえさんは誰ですかい?」
「わたくしはドローレス・アンブリッジです。魔法省の要請で『闇の魔術に対する防衛術』の教師を務めております──キャア!」
アンブリッジが甲高い少女のような悲鳴をあげて飛び上がった。ナマエの蜘蛛がアンブリッジの足元を這い回っていた。アンブリッジは足をばたつかせて蜘蛛を追い払おうとした。
「──それに、高等尋問官として、残念ながら、わたくしは同僚の先生方を査察するという義務があることを、認識していただきましょう!」
アンブリッジは一息に言うとくるりと向きを変え、戸の取っ手に手を掛けながら、実に不愉快そうに振り返った。
「魔法省はね、ハグリッド、教師として不適切な者を取り除く覚悟です。では、おやすみ」
アンブリッジは戸をバタンと閉めて足早に立ち去った。
ハグリッドはドスンドスンと小屋を横切り、カーテンをわずかに開けた。
「城に帰っていきおる」
ハグリッドが小声で言った。
「なんと……査察だと?あいつが?」
「そうなんだ」
ハリーが透明マントを剥ぎ取りながら言った。
「もうトレローニーが停職候補になった……」
「それよりナマエ!ナマエ──あなた、変身術よね?それ、まさか──動物もどきじゃないわよね?」
ハーマイオニーの言葉で、ハグリッドとロンもハリーの腕の中のカササギを見た。
ナマエはギャギャっと笑うように鳴いてから、床に飛び降りて人の姿に戻った。
「……さあ、どうだろう」
ナマエはとぼけてみせると、またハグリッドの傷口へ向き直った。
追求したそうなハーマイオニーを遮って、ハリーが助け舟を出した。
「あの、ハグリッド。授業でどんなものを教えるつもり?」
「おう、心配するな。授業の計画はどっさりあるぞ」
ハグリッドは大欠伸をして、小屋の隅の巨大なベッドに片目を向け、眠たそうな目つきで答えた。ハーマイオニーははっとして捲し立てた。
「ハグリッド、アンブリッジの査察に合格しなきゃならないのよ。そのためには、ポーロックの世話の仕方とか、ナールとハリネズミの見分け方とか、そういうのを教えているところを見せたほうが絶対いいの!」
「だけんど、ハーマイオニー、それじゃぁおもしろくもなんともねえ」
ハグリッドが言った。
「俺の持ってるのは、もっとすごいぞ。何年もかけて育ててきたんだ。俺のは、イギリスでただ一つっちゅう飼育種だな」
「ハグリッド……お願い……」
ハーマイオニーの声には、必死の思いがこもっていた。
「アンブリッジは、ダンブルドアに近い先生方を追い出すための口実を探しているのよ。お願い、ハグリッド、OWLに必ず出てくるような、つまらないものを教えてちょうだい」
「ええか、俺のことは心配すんな。俺が帰ってきたからには、おまえさんたちの授業用に計画しとった、ほんにすんばらしいやつを持ってきてやる。まかしとけ……さあ、もう城に帰ったほうがええ。足跡を残さねえように、消すのを忘れるなよ」
「ハグリッドに通じたかどうか怪しいな」
しばらくして、ロンが言った。
透明マントに隠れた三人と、「目くらまし呪文」をかけたナマエは、ますます降り積もる雪の中を「消却呪文」で足跡を消しながら城に向かって歩いていた。
「だったら、私、明日も来るわ」
ハーマイオニーの声がした。
「いざとなれば、私がハグリッドの授業計画を作ってあげる。トレローニーがアンブリッジに放り出されたってかまわないけど、ハグリッドは追放させやしない!」
⚡️──────
「オッケー」
休暇前の最後のDA会合で、ハリーはみんなに注目するよう呼びかけた。
「今夜はこれまでやったことを復習するだけにしようと思う。休暇前の最後の会合だから、これから三週間も空いてしまうのに、新しいことを始めても意味がないし──」
「新しいことは何にもしないのか?」
ザカリアス・スミスが不服そうに呟いた。部屋中に聞こえるほど大きな声だった。
「そのこと知ってたら、来なかったのに……」
「いやぁ、ハリーが君にお知らせ申し上げなかったのは、我々全員にとって、まことに残念だったよ」
フレッドが大声で言った。グリフィンドールの何人かが意地悪く笑った。
「そんなこと言うなよ、あんたは皆勤じゃないか」
ナマエが取り持つように言うと、ザカリアス・スミスはぷいとそっぽを向いた。フレッドとジョージが、声を殺して笑っている。ザカリアスはむっつり黙った。だが、出ていこうとはしなかった。
ハリーはそれを見て、ふと妙なことを思った。
ナマエは、ザカリアスによく話しかけている。誰かが腹を立てる前に、あるいはザカリアス自身がそれ以上嫌われる前に、さりげなく言葉を挟む。庇っているというほどではない。その感じを、ハリーは前にも見たことがあった。マルフォイといる時だ。
マルフォイがどれほど嫌なことを言っても、ナマエは時々、妙に辛抱強かった。あいつはそういう奴だから、と諦めているようでいて、それだけで終わらせたくないようにも見えた。
ハリーには、よく分からなかった。
ザカリアスもマルフォイも、たとえハリーではなくても、進んで近づきたい相手ではないと思っていた。けれどナマエは、そういう相手ほど、どこかで放っておけないらしい。「きざなうえに、しつこくお節介なんだ」ロンはときたまナマエのことをそうやってぐちぐち話していた。
「なあ、それじゃあ──ナマエとハリーの決闘を見てみたいと思わないか?君たちはいつも教え役ばっかりだ」
突拍子もなく、ニヤリと笑うリーが言った。部屋中の視線がハリーとナマエに集まった。ハリーも思わずナマエを見た。そんなことをするより練習が大事だと、そう言うつもりだったが──ナマエは不敵に笑った。
「実は俺、決闘クラブに参加してみたかったんだよな」
──必要の部屋の中央で、ハリーは杖を握り直した。壁際の鏡には、期待に満ちた表情でこちらを見つめるチョウ・チャンの姿が映っている。彼女の視線を背中に感じると、ハリーの耳の付け根が熱くなった。いいところを見せなければという焦燥感が、指先に余計な力を込めさせた。
ナマエはいつものきざっぽい笑みを浮かべて、ゆっくり頭を下げた。ハリーもニヤッとして同じようにした。クィディッチを禁止されて以来の胸の高揚だった。
「──エクスペリアームス!」
先制したハリーの放った武装解除呪文は、これまでの中でも最高の出来だった。赤い閃光が真っ直ぐにナマエへと向かった。周囲の歓声がハリーの神経をいっそう昂らせた。
しかし、ナマエは動じなかった。呪文を唱えることさえせず、杖の一振りでハリーの呪文の軌道を叩いた。
カツン、と乾いた音が響き、渾身の赤光は見えない鏡に反射したかのように、斜め後ろの壁へと弾け飛んだ。
「無言呪文だ!」
群衆は盛り上がった。六年生で習うはずの盾呪文は、ナマエの一番の得意技だった。なにしろ、ルーピンや偽ムーディーをも盾呪文で防いだほどだ。
「エクスペリアームス!」
続けてナマエが叫んだ。ハリーは猫のようにひらりとその呪文を避けると、床に火花が散った。
ナマエのほうが呪文をたくさん知ってはいるだろうが、呪文の強さでは自分も負けていない。ハリーはそう確信した。それに、聞こえた呪文を避けるだけなら、クィディッチのブラッジャーを避けるよりも簡単だ。ナマエが飛ばす呪文を、ハリーは難なく避け続けた。
わざわざナマエのように盾を作らずとも、当てられなければ負けないんだ。
ハリーは気持ちに余裕が生まれた。チョウが驚いたように口元に手を当てているのが見えた。
負けたくない、という思いがハリーを突き動かした。一歩踏み込み、勝負をかけようとしたその時、ナマエの杖先がハリーの体ではなく、足元を指した。
「グラシアス!凍れ!」
ハリーの足元の床が、一瞬で鏡のように凍りついた。踏ん張ろうとしたが、靴底がつるりと滑り、杖を構え直すのが一拍遅れた。
続けざまに、聞き慣れない呪文が飛んだ。ハリーが身をよじるより早く、右腕に奇妙な感覚が走った。腕から、ふっと感覚が消えた。痛みはない。しかし、動かない。指先から麻酔のように力が抜け、ハリーの杖は無情にも床を転がっていった。
「──俺の勝ちだな?」
ナマエが高らかに告げると、部屋の中は水を打ったように静まり返った。
ハリーは痺れる腕を左手でさすりながら、ナマエの戦法を思い返した。そういえば、三校対抗試合でドラゴンに箒で挑む案を考えたのもナマエだった。チョウの前で完敗した恥ずかしさと、感嘆がごちゃごちゃになって胸の中で渦を巻いていた。
ナマエは杖を収めると、得意げな表情でハリーに歩み寄ってきた。
ハリーが敗北を認め、ナマエの差し出した手を取ろうとした、その時だった。
「うわっ!?」
ナマエの足が、妙な角度で宙を舞った。
あんなにかっこよく決めていたナマエの体が、豪快に後ろへとひっくり返ったのだ。
原因は、さきほどナマエ自身がハリーを追い詰めるために作った凍った床だった。
ドシーンという激しい音とともに、ナマエはハリーの手を掴んだまま仰向けに転倒した。手足を無様にバタつかせている姿に、先ほどまでの面影はどこにもなかった。
「……っぷ、あはははは!」
最初に笑い声を上げたのは、チョウだった。
彼女が楽しそうに、鈴を転がすような声で笑っている。
それを合図に、ロンやハーマイオニー、部屋中の全員が爆笑の渦に包まれた。
「せっかく勝ったのに、くそ……」
ナマエは顔を真っ赤にして、床に這いつくばりながらぼやいた。
その情けない姿を見て、ハリーの胸にあった悔しさは、どこかへ消えてしまった。
「大丈夫? ナマエ」
ハリーが苦笑しながら感覚が戻ったほうの手を貸すと、ナマエは赤くなった耳を隠すように前髪を吹き飛ばし、「大丈夫……」と不機嫌そうに呟いた。
チョウがまだクスクス笑いながら二人を見ている。
かっこいいところは見せられなかったが、ハリーは、この部屋の空気がこれまでで一番温かいものになっているのを感じていた。
ハーマイオニーがナマエに聞いた。
「ねえ、最後の呪文はなんなの?」
「癒術だよ、体の一部の感覚を無くすんだ。理論はステューピファイと似てるけど──」
続いて、興奮したチビのデニス・クリービーが尋ねた。
「ねえ!どうしたら君みたいな戦い方ができるの?盾の呪文とか、その、もっといろいろ覚えて特訓すべきなの?」
ナマエはハリーを見て少し考えてから、デニスの前にしゃがみ込んだ。
「覚えるのに越したことはないけど──俺はきっと、ハリーに真正面から戦っても勝てないんだよ。見てたように、ハリーは俺よりも素早いし、大胆だ。それはたとえば、死喰い人もそう。──じゃあ、使える手はなんだって使うんだ。防衛術以外の科目で習うものも──アクシオ!」
ナマエはそう言って一年生の「呪文学」の教科書を呼び寄せて、デニスに渡した。
「敵わないなら、逃げるのもいい。逃げるために何ができるか考えるんだ。たとえば、今はハリーが地に足をつけていたからなんとかなったけど、もしも箒に乗られたら、俺は手も足も出なかった。俺は今、ハリーの呪文を盾の呪文で防いだけど、もしもハリーが『死の呪い』を使ったら、そうはいかない。そんなふうに、自分が使える呪文が何の役に立つのか、考え続けるんだ。──だよな?」
ナマエは同意を求めるようにハリーを見上げた。ハリーも頷いて、付け加えた。
「僕がヴォルデモートから逃げる時、呼び寄せ呪文を使った」
デニスは不安そうに口を開いた。
「でも──じゃあ、僕はまだ……浮遊呪文とか、そんなのしか使えない」
ナマエが頷くと、テリーが思いついたようにデニスにささやいた。
「デニス!ほら、ナマエにレヴィオーソをかけてみろ」
上級生に囲まれて真っ赤になりながら、デニスはナマエに杖を向けた。
「えっと──レヴィオーソ!!!」
ナマエの髪がふわりと風に靡いたが、ナマエの両足は地面についたままだった。テリーはデニスの杖腕を優しく支えた。
「自分より大きなものを浮かべるときは杖をこう構えるんだ……ほら、もう一回」
「──レヴィオーソ!!!」
「うわっ」
ナマエは体勢を崩しながら浮かび上がった。テリーが続けてデニスに言った。
「いいぞ。そしたら敵は、浮かされて杖を構えるのが遅くな──」
「エクスペリアームス!」
テリーが言い終わる前に、コリンが覚えたばかりの武装解除呪文を唱えると、ナマエの杖が手から離れた。
「お見事!」
テリーが叫んだ。クリービー兄弟は大はしゃぎだ。ナマエが浮かされながら言った。
「手加減してるんだ、本番はこうはいかないぞ」
「じゃあ、今度は手加減なしでやって!」 「僕も!」
ナマエは浮かされたまま、にやりと笑った。
「よおし、二人で来い」
ナマエたちが後輩たちの相手をしている間、ハリーはほかの生徒たちに教えて回ることができた。
ナマエは後輩に懐かれて嬉しそうにしていた。ハリーはクリービー兄弟の自分への心酔っぷりにうんざりしていたので、助かったような気持ちになった。
その陰で、フレッド、ジョージ、リーはハーマイオニーに見つからないようにこそこそと話していた。賭けをしていたらしい。
「ねえ、どっちに賭けてたの?」
ハリーが尋ねた。
「もちろん、君だ」
「もちろん、ナマエさ」
フレッドとジョージが言った。
ハリーが言い返そうとしたとき、ハーマイオニーが鋭く咳払いをした。双子はそろって肩をすくめ、リーを連れて出口の方へ消えていった。リーが笑いながら後を追い、ナマエはクリービー兄弟にせがまれて、まだ何かを実演している。 やがて、部屋から人が少しずつ減っていった。
ハリーは忍びの地図を鞄にしまおうとして、チョウ・チャンが最後にまだ残っていることに気づいた。彼女は壁際に立ち、いつものような笑顔を浮かべようとしていたが、どこかうまくいっていないようだった。
「ハリー、少しだけいい?」
ハリーの喉が、きゅっと鳴った。 頷いたつもりだったが、ちゃんと頷けていたかどうかはわからない。
チョウはゆっくり近づいてきた。二人の間に、言葉にするには少し難しい沈黙が落ちた。
そのとき、必要の部屋の天井から、白い実をつけたヤドリギが、音もなく垂れ下がった。ハリーはそれを見上げ、それからチョウを見た。チョウも、同じものを見ていた。
扉の向こうで、最後の足音が遠ざかっていった。
