不死鳥の騎士団
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闇の魔術に対する防衛術では、相変わらず中身のない授業がまかり通っていた。
レイブンクローの五年生のほとんどは既に教科書を読み終えていたので、こっそり別の教科書を読んだり、見つからないように課題を進めている生徒もちらほらいた。
今日のナマエは、できるだけ殊勝な生徒に見えるように背筋を伸ばして座り、片耳のピアスも外していた。
授業が終わると、他の生徒たちはため息混じりに教室を出ていった。ナマエは少し遅れて立ち上がり、意を決して教卓の前まで歩いていった。
「アンブリッジ先生」
アンブリッジは、羊皮紙を揃える手を止めた。
「何かしら?」
「以前没収されたピアスを返していただけませんか」
アンブリッジは、丸い顔にゆっくりと笑みを浮かべた。
「ピアス?」
「はい。両耳につけていた、黒い石のピアスです。先生が校則違反だと言って、取り上げました」
「まあ」
アンブリッジは小首をかしげた。
「私が?」
彼女はナマエをギョロ目で舐めるように見た。
「変ですわねえ。私は危険なものを生徒から預かることはありますけれど、ただの装飾品を取り上げるようなことはいたしませんわ」
教室の外から、生徒たちの足音が遠ざかっていく。
ナマエは拳を握った。
「大切なものです。返してください!」
「大切なものなら」
アンブリッジの声はいっそう柔らかくなった。
「学校へ持ってくるべきではありませんでしたわね」
「罰則は受けました」
「罰則」
アンブリッジはおかしそうに繰り返した。
「あなた方は、少し注意されると、それで全部が済んだと思うのですね。ですが、学校には秩序があります。今は特に、生徒たちを不適切な影響から守らなければならない時期ですから」
ナマエは顔を上げた。
「父は関係ありません」
「そんな名前は出しておりませんわ」
アンブリッジは、にっこりした。ナマエは息を止めた。
ここで怒れば、きっと彼女の思う通りになる。ナマエは声を落とした。
「……そうですか」
アンブリッジは満足げに瞬きをした。
この女は耳飾りを返す気はない。それだけははっきりわかった。
しばらくナマエはどこか気もそぞろだった。
チチオヤが魔法薬の泡の数を数えるような言いがかりでアズカバン送りにされた。魔法省がおかしくなっていることは、もう新聞の中だけの話ではなかった。
まわりでヒソヒソ話が増え、ナマエはピリピリすることが多くなった。ぽっかりあいた片耳のピアス穴も、ナマエの不安を煽った。
そんな中のDAの集会は、気を紛らわせるのにとても役に立った。
ハリーが全体の監督をして、ナマエが細かい指導を行うのが恒例になりつつあった。グリフィンドールのコリン・クリービーは努力を重ね、三回目の練習日に「妨害の呪い」を習得するに至り、ナマエも喜んだ。
ロンは相変わらずナマエに嫌味な態度をとっていたが、DAの間は顔に出すのを堪えているようだった。ハリーも、この時間はいつもよりもナマエに声をかけることが多かった。
しかし、シーズン最初のクィディッチ試合が近づいてくると、DA集会は棚上げになった。無事に四寮のクィディッチ・チームが承認され、どのチームもほとんど毎日練習すると主張したからだ。クィディッチ杯を賭けた試合がここしばらくなかったという事実が、来るべき試合への周囲の関心と興奮をいやが上にも高めていた。
「いいぞ、マイケル!」
歓声が沸き起こり、ナマエの思考は目の前の光景に引き戻された。今日はレイブンクロー対ハッフルパフの試合だった。マイケルは見事にビーターの役目をまっとうしていた。チョウが鮮やかな箒さばきでスニッチを取り、この日の試合はレイブンクローの勝利に終わった。
談話室でみんなが今日の試合を振り返って楽しげに笑い合っていた。選手たちが着替えて凱旋すると、生徒たちはよりいっそう湧き立った。
テリーがマイケルに駆け寄った。
「よかったよ、マイケル!代打じゃなくてずっとやればいいのに。ね?」
テリーが同意を求めると、アンソニーが言った。
「うん、初めて試合に出たとは思えない」
マイケルは照れたように唇を歪ませた。
「ナマエとの練習の甲斐があった」
「そうかな……マイケルの地力だよ」
ナマエはぼうっとブラッジャーに殴られたことを思い出した。あの日はホグワーツにチチオヤがいた最後の日だった。マイケルはふうっと長く息を吐くと、突然両手でナマエの頭を掴んだ。
「うわっ」
「髪、また伸ばすのか?」
そのままマイケルはナマエの頭をもみくちゃにかき回して、突然解放した。
「何するんだよ!」
「辛気臭い顔をするなよ。見てるこっちまで、吸魂鬼にやられた気分になる」
「…………」
ナマエはぶすっとマイケルを睨みつけてから、片目を閉じて綺麗にウインクをした。
「あっはは!そうそう、それだよ」
「ふふ、馬鹿っぽいな……」
マイケルが笑ったので、ナマエもつられて少し笑った。
次の週末はグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合だった。両寮ともに一触即発の雰囲気は毎年のことだったが、今回はやけにスリザリンのにやにやが目につくような気がした。
「おはよう」
大広間で朝食を取り終えると、夢見るようなぼーっとした声がした。
ナマエが目を上げた。ルーナだ。
大勢の生徒がルーナをじろじろ見ているし、何人かは指差してあけすけに笑っていた。どこでどう手に入れたのか、ルーナは実物大の獅子の頭の形をした帽子を、ぐらぐらさせながら頭の上に載っけていた。
「いつもの鷲は?」
テリーが笑って尋ねた。
「あたし、今日はグリフィンドールを応援するんだ」
ルーナは、わざわざ獅子頭を指しながら言った。
「これ、よく見てて……」
ルーナが帽子に手を伸ばし、杖で軽く叩くと、獅子頭がカッと口を開け、本物顔負けに吠えた。周りのみんなが飛び上がった。
「いいでしょう?」
ルーナがうれしそうに言った。
「スリザリンを表す蛇を、ほら、こいつに噛み砕かせたかったんだぁ。でも、時間がなかったの。じゃ、応援しに行かなくちゃ」
「俺も行こうかな」
ナマエはルーナの獅子頭を興味津々で眺めながら、グリフィンドールの長机に向かった。ハリーたちは朝食を終え、立ち上がったところだった。
ロンは朝食を取れたのか疑わしいほど血の気のない顔で、呆然と立ち尽くしていた。ハリーはなんとかロンの気をスリザリンの野次から逸らそうとしていて、さすがのナマエもロンを哀れに思った。──その時だった。
「──がんばってね、ロン」
ハーマイオニーは爪先立ちになって、ロンの頬にキスした。
ナマエは冷や水を浴びせられたようなショックを受けて立ち尽くした。
ハーマイオニーはそんなことには気づいていないらしく、「少し神経質なくらいがちょうどいいわ」と、いつもの調子で早口に付け加えている。
試合を前に、死にたそうな顔のロンを励ましただけだ。ナマエにも、それは分かっていた。
分かっていた、というのがまた厄介だった。
嫉妬するような場面ではない。怒るようなことでもない。ハーマイオニーはロンのことを心配して、ただ勇気づけただけだ。ナマエの頭の中では、きちんと正しい答えが並んでいた。
それなのに、胸の奥では大鍋がひっくり返っていた。
「……へえ」
自分でも驚くくらい、間の抜けた声が出た。
ハリーがそれに気づき、二人の間を見比べて、何かを察したような顔をした。
「ナマエ、ロンは初めての試合で緊張してるんだ」
「分かってる」
ナマエは視線を逸らした。
ハーマイオニーは、勝つために必要なことをしただけだ。ロンがグリフィンドールのキーパーとして、少しでも堂々と飛べるように。
それだけだ。それだけなのに、ナマエの胸の中では、誰かが「それだけ」で済ませるなと杖を振り回していた。なにせ、相手がハリーだったらこうは思わなかった。ロンだから問題なのだ。
「ナマエ?」
ハーマイオニーがナマエに気がついた。
「あなた、どうかした?」
「別に」
即答してから、後悔した。
「えっと──ただ、ロンがうまくやれるように祈ってるだけだ」
本心は逆だったが、ナマエはセーターの袖口を直すふりをして、息をひとつ吐いた。ロンはわずかに意識を取り戻した様子だった。ロンはハーマイオニーがさっきキスしたところを触り、不思議そうな顔をした。たったいま何が起こったのか、よくわからない様子だ。ナマエはハーマイオニーにもらった帽子をぎゅっと被り直した。
「がんばれぇ、ロナルド!」
ルーナの声と獅子頭の吠え声が重なった。ナマエだけはロンに応援の言葉をかけることができなかった。
ナマエはロンから目を背け、ふとスリザリンのテーブルを見た。みんなが揃いの王冠形のバッジをつけている。「ウィーズリーこそ我が王者」という文字が刻まれていた。これがよい意味であるはずがなかった。
ルーナと共に競技場の観客席に向かうと、すでにスリザリン・チームは芝生の上に並んで待っていた。選手も王冠形の銀バッジを着けている。新キャプテンのモンタギューは、その後ろにのっそり控えるクラッブとゴイルと、ほとんど同じくらいでかかった。マルフォイはプラチナ・ブロンドの髪を輝かせて、その脇に立っていた。
グリフィンドールチームも並ぶと、マダム・フーチがホイッスルを口にくわえ、吹き鳴らした。ボールが放たれ、選手十四人が一斉に飛翔した。
リー・ジョーダンの解説が、競技場に鳴り響いた。
「──ワリントンをかわした。ブラッジャーをかわした──危なかった、アリシア──観客が沸いています。お聞きください。この歌は何でしょう?」
リーが歌を聞くのに解説を中断したとき、スタンドの緑と銀のスリザリン陣営から、大きく、はっきりと歌声が立ち上がった。
♪ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない だから歌うぞ、スリザリン
ウィーズリーこそ我が王者
ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃しだ
おかげで我らは大勝利 ウィーズリーこそ我が王者
「──そしてアリシアからアンジェリーナにパスが返った」
リーが叫んだ。歌が聞こえないようにリーが声を張り上げているのがわかった。
ナマエはだんだん試合を見ていられなくなっていた。ロンがゴールを許すたび、スリザリンの歓声は大きくなり、またロンの動きが鈍る悪循環に陥っていた。ハリーでさえも、ロンに気を取られてスニッチを探すことを忘れているようだった。
ルーナの滑稽な獅子頭帽子が、グリフィンドールの歓声の最中に吠えた。ハリーはロンを見るのをやめ、スニッチを探して箒を走らせ始めた。
ついに、ハリーが見つけたようだった。急降下するファイアボルトを追って、ドラコも矢のように飛び、左側につけた。 抜きつ抜かれつ、地面から数十センチのところで、ハリーは右手をファイアボルトから離し、スニッチに向かって手を伸ばした。ドラコの腕も伸びる。
──勝負は終わった。もがくスニッチを握ったまま、ハリーは箒の先を引き上げた。
グリフィンドール応援団が絶叫した。
次の瞬間、ブラッジャーがハリーの腰にまともに当たった。──クラッブだ。
ハリーは箒から前のめりに放り出された。幸い、スニッチを追って深く急降下していたおかげで、地上から二メートルと離れていなかった。マダム・フーチのホイッスルが鋭く鳴り、スタンドからの非難、怒鳴り声、野次がごうごうと鳴った。
「あの野郎……」
そう言いながらも、ナマエは手に汗を握っていたことに気がつき、ふっと力を抜いて腰を下ろした。やはり試合を見るのは得意ではない。自分で箒に乗るのも大概だったが、誰かの勝ち負けに胸を掻き乱され続けるのは、それとは別の疲れがあった。
「インペディメンタ!妨害せよ!」
その時、マダム・フーチの怒鳴り声が耳に入った。ナマエが再びピッチに目を向けると、ドラコが体を丸めて地上に転がり、唸ったり、大袈裟にヒンヒン泣いたりしていた。鼻血が出ている。ハリーは息を上げ、ジョージは唇が腫れ上がっていた。フレッドは三人のチェイサーにがっちり抑えられたままだった。クラッブがその背後でケタケタ笑っている。
「こんな不始末は初めてです──城に戻りなさい。まっすぐ寮監の部屋に行きなさい!さあ!いますぐ!」
マダム・フーチは憤ってグリフィンドール生に言った。
──きっとまた、ドラコがけしかけたんだ。
ナマエは直感して呻き声をあげた。
「だから、あいつは救いようがないクズだって、最初っから僕はそう言ってる」
その日の夕食の大広間で、マイケルが腹立たしそうに言った。
「ウィーズリーやハリーの両親を侮辱したんだ、殴ったって気が済まない言い方で──」
「もういいよ、飯が不味くなる」
ナマエが投げやりに言った。マイケルはまだ何か言いたそうだったが口を閉じた。
「ポッターとウィーズリーの双子は今後終身クィディッチ禁止だそうだ!かわいそうに!」
背後のモンタギューの声で、スリザリンのテーブルはバカ笑いで沸いた。
「クラッブはポッターに、試合後にブラッジャーを喰らわせたけど、書取り罰だけで済んだそうだ──日頃の行いかな?」
ドラコが言い、スリザリンはまた笑った。
ナマエは、その書き取り罰はハリーのとは違って本当にただの書き取りだろうとわかっていた。
「負け犬の遠吠えだ」
ナマエははっきりそう言った。ドラコの方は見なかった。彼にナマエの言葉が聞こえたのかすらわからなかった。ナマエは食事をする気になれず、席を立った。
「……先に戻るよ」
アンソニーたちは手を挙げて見送った。
少し喧騒から離れた廊下の途中で、ナマエは足を止めた。窓辺に、銀色の影が立っていた。灰色のレディは外を見ていて、こちらを振り返りもしなかった。
「誰かいるの、レディ」
そう聞くと、灰色のレディはいつもの不機嫌そうな顔でナマエを見てから、窓の外を指差した。窓には点々と雪片が付いていた。
その先には、真紅のローブを着た誰かがとぼとぼ濡れながら歩いていた。
「──ロン?」
ナマエは素っ頓狂な声を上げた。
ナマエは少しだけ迷ってから、城の外に足を向けた。 一人でずっと歩き回っていたのか、ロンは真っ青な顔をして、髪には雪がついていた。まだクィディッチのユニフォーム姿のままだ。ナマエが近づくと、ロンははっとしてその場で動かなくなった。
「戻らないのか」
声をかけると、ロンはびくっとした。
「……戻るさ、今すぐじゃないだけだ」
ロンはむっつり言った。
「凍えるぞ」
ナマエはそう言ってロンを屋根のある場所まで引っ張った。
「あんたは寮監に呼び出されてないだろ?何してたんだ」
「歩いてた」
ロンはぼうっとした声で言った。ナマエはロンに嫉妬していたことが馬鹿馬鹿しい気持ちと、打ちひしがれた姿を哀れに思う気持ちで眉を下げた。ロンの頬に触れると氷のように冷たかった。
「冷たっ、もう凍えてるじゃないか」
ナマエはロンをベンチに座らせ、杖先から暖かい風を出したり、いろいろ試してロンを暖めようと試みた。当のロンは試合のショックで何をされているのかも頭に入らない様子だった。
「見てたならわかるだろ。ひどかった──僕、やめるよ、僕もう──たくさんだ──」
ロンはそう言いながらだんだん顔色が戻ってきた。ナマエは聞き流した。
「まあ、辞めたいなら辞めたらいいと思うけど」
「みんな笑ってるんだろ」
ロンが言った。
「まあ、スリザリンの連中は」
ナマエはあっさり答えた。ロンはかっとして顔を上げた。ナマエは両手を上げた。
「だって、嘘ついたってしょうがないだろ。おかげで夕食が台無しだ」
スリザリンとグリフィンドールの不仲にはいいかげんうんざりしていた。ロンのうじうじにも、態度を改めないドラコにも、無性に腹が立っていた。ナマエはすこし乱暴にロンを乾かし終えると、ロンの前に仁王立ちになった。
「ハリーとフレッドとジョージはクィディッチ禁止になったってさ。今後、一生、ずっと!」
「ヒェッ?」
ロンが叫んだ。
「みんな僕のせいだ──あの歌で上がっちゃって──」
「ハリーは、あんたが緊張してたからドラコをどついたわけじゃないだろ」
ナマエは世話を焼くつもりはあっても、ロンを慰めてやる気はあまりなかった。
「あんたが辞めたって──俺はぜんぜん、全く、かまわないけど──きっとスリザリンは大喜びするだろうな」
ロンは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
しばらくして、ぶっきらぼうに言った。
「……ハーマイオニーに言われたのか」
「はあ?」
ナマエは予想外の言葉に目を瞬いた。
「僕を見に行けって」
「まさか、何を言い出すんだ」
ナマエは少しだけ眉を上げた。
「俺は──誰かさんが落ち込んでとぼとぼ歩いてるのが、情けなくって見てられなかっただけだ。それに、ハーマイオニーなら自分でやる。俺に任せたりしない……」
ナマエは言いながら、そうならなくてよかったと思った。
ロンは顔を背けた。ナマエもしばらく黙っていたが、じっと校庭を眺めていたロンが急に声を上げた。
「あ──ハグリッドが帰ってきた!」
レイブンクローの五年生のほとんどは既に教科書を読み終えていたので、こっそり別の教科書を読んだり、見つからないように課題を進めている生徒もちらほらいた。
今日のナマエは、できるだけ殊勝な生徒に見えるように背筋を伸ばして座り、片耳のピアスも外していた。
授業が終わると、他の生徒たちはため息混じりに教室を出ていった。ナマエは少し遅れて立ち上がり、意を決して教卓の前まで歩いていった。
「アンブリッジ先生」
アンブリッジは、羊皮紙を揃える手を止めた。
「何かしら?」
「以前没収されたピアスを返していただけませんか」
アンブリッジは、丸い顔にゆっくりと笑みを浮かべた。
「ピアス?」
「はい。両耳につけていた、黒い石のピアスです。先生が校則違反だと言って、取り上げました」
「まあ」
アンブリッジは小首をかしげた。
「私が?」
彼女はナマエをギョロ目で舐めるように見た。
「変ですわねえ。私は危険なものを生徒から預かることはありますけれど、ただの装飾品を取り上げるようなことはいたしませんわ」
教室の外から、生徒たちの足音が遠ざかっていく。
ナマエは拳を握った。
「大切なものです。返してください!」
「大切なものなら」
アンブリッジの声はいっそう柔らかくなった。
「学校へ持ってくるべきではありませんでしたわね」
「罰則は受けました」
「罰則」
アンブリッジはおかしそうに繰り返した。
「あなた方は、少し注意されると、それで全部が済んだと思うのですね。ですが、学校には秩序があります。今は特に、生徒たちを不適切な影響から守らなければならない時期ですから」
ナマエは顔を上げた。
「父は関係ありません」
「そんな名前は出しておりませんわ」
アンブリッジは、にっこりした。ナマエは息を止めた。
ここで怒れば、きっと彼女の思う通りになる。ナマエは声を落とした。
「……そうですか」
アンブリッジは満足げに瞬きをした。
この女は耳飾りを返す気はない。それだけははっきりわかった。
しばらくナマエはどこか気もそぞろだった。
チチオヤが魔法薬の泡の数を数えるような言いがかりでアズカバン送りにされた。魔法省がおかしくなっていることは、もう新聞の中だけの話ではなかった。
まわりでヒソヒソ話が増え、ナマエはピリピリすることが多くなった。ぽっかりあいた片耳のピアス穴も、ナマエの不安を煽った。
そんな中のDAの集会は、気を紛らわせるのにとても役に立った。
ハリーが全体の監督をして、ナマエが細かい指導を行うのが恒例になりつつあった。グリフィンドールのコリン・クリービーは努力を重ね、三回目の練習日に「妨害の呪い」を習得するに至り、ナマエも喜んだ。
ロンは相変わらずナマエに嫌味な態度をとっていたが、DAの間は顔に出すのを堪えているようだった。ハリーも、この時間はいつもよりもナマエに声をかけることが多かった。
しかし、シーズン最初のクィディッチ試合が近づいてくると、DA集会は棚上げになった。無事に四寮のクィディッチ・チームが承認され、どのチームもほとんど毎日練習すると主張したからだ。クィディッチ杯を賭けた試合がここしばらくなかったという事実が、来るべき試合への周囲の関心と興奮をいやが上にも高めていた。
「いいぞ、マイケル!」
歓声が沸き起こり、ナマエの思考は目の前の光景に引き戻された。今日はレイブンクロー対ハッフルパフの試合だった。マイケルは見事にビーターの役目をまっとうしていた。チョウが鮮やかな箒さばきでスニッチを取り、この日の試合はレイブンクローの勝利に終わった。
談話室でみんなが今日の試合を振り返って楽しげに笑い合っていた。選手たちが着替えて凱旋すると、生徒たちはよりいっそう湧き立った。
テリーがマイケルに駆け寄った。
「よかったよ、マイケル!代打じゃなくてずっとやればいいのに。ね?」
テリーが同意を求めると、アンソニーが言った。
「うん、初めて試合に出たとは思えない」
マイケルは照れたように唇を歪ませた。
「ナマエとの練習の甲斐があった」
「そうかな……マイケルの地力だよ」
ナマエはぼうっとブラッジャーに殴られたことを思い出した。あの日はホグワーツにチチオヤがいた最後の日だった。マイケルはふうっと長く息を吐くと、突然両手でナマエの頭を掴んだ。
「うわっ」
「髪、また伸ばすのか?」
そのままマイケルはナマエの頭をもみくちゃにかき回して、突然解放した。
「何するんだよ!」
「辛気臭い顔をするなよ。見てるこっちまで、吸魂鬼にやられた気分になる」
「…………」
ナマエはぶすっとマイケルを睨みつけてから、片目を閉じて綺麗にウインクをした。
「あっはは!そうそう、それだよ」
「ふふ、馬鹿っぽいな……」
マイケルが笑ったので、ナマエもつられて少し笑った。
次の週末はグリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合だった。両寮ともに一触即発の雰囲気は毎年のことだったが、今回はやけにスリザリンのにやにやが目につくような気がした。
「おはよう」
大広間で朝食を取り終えると、夢見るようなぼーっとした声がした。
ナマエが目を上げた。ルーナだ。
大勢の生徒がルーナをじろじろ見ているし、何人かは指差してあけすけに笑っていた。どこでどう手に入れたのか、ルーナは実物大の獅子の頭の形をした帽子を、ぐらぐらさせながら頭の上に載っけていた。
「いつもの鷲は?」
テリーが笑って尋ねた。
「あたし、今日はグリフィンドールを応援するんだ」
ルーナは、わざわざ獅子頭を指しながら言った。
「これ、よく見てて……」
ルーナが帽子に手を伸ばし、杖で軽く叩くと、獅子頭がカッと口を開け、本物顔負けに吠えた。周りのみんなが飛び上がった。
「いいでしょう?」
ルーナがうれしそうに言った。
「スリザリンを表す蛇を、ほら、こいつに噛み砕かせたかったんだぁ。でも、時間がなかったの。じゃ、応援しに行かなくちゃ」
「俺も行こうかな」
ナマエはルーナの獅子頭を興味津々で眺めながら、グリフィンドールの長机に向かった。ハリーたちは朝食を終え、立ち上がったところだった。
ロンは朝食を取れたのか疑わしいほど血の気のない顔で、呆然と立ち尽くしていた。ハリーはなんとかロンの気をスリザリンの野次から逸らそうとしていて、さすがのナマエもロンを哀れに思った。──その時だった。
「──がんばってね、ロン」
ハーマイオニーは爪先立ちになって、ロンの頬にキスした。
ナマエは冷や水を浴びせられたようなショックを受けて立ち尽くした。
ハーマイオニーはそんなことには気づいていないらしく、「少し神経質なくらいがちょうどいいわ」と、いつもの調子で早口に付け加えている。
試合を前に、死にたそうな顔のロンを励ましただけだ。ナマエにも、それは分かっていた。
分かっていた、というのがまた厄介だった。
嫉妬するような場面ではない。怒るようなことでもない。ハーマイオニーはロンのことを心配して、ただ勇気づけただけだ。ナマエの頭の中では、きちんと正しい答えが並んでいた。
それなのに、胸の奥では大鍋がひっくり返っていた。
「……へえ」
自分でも驚くくらい、間の抜けた声が出た。
ハリーがそれに気づき、二人の間を見比べて、何かを察したような顔をした。
「ナマエ、ロンは初めての試合で緊張してるんだ」
「分かってる」
ナマエは視線を逸らした。
ハーマイオニーは、勝つために必要なことをしただけだ。ロンがグリフィンドールのキーパーとして、少しでも堂々と飛べるように。
それだけだ。それだけなのに、ナマエの胸の中では、誰かが「それだけ」で済ませるなと杖を振り回していた。なにせ、相手がハリーだったらこうは思わなかった。ロンだから問題なのだ。
「ナマエ?」
ハーマイオニーがナマエに気がついた。
「あなた、どうかした?」
「別に」
即答してから、後悔した。
「えっと──ただ、ロンがうまくやれるように祈ってるだけだ」
本心は逆だったが、ナマエはセーターの袖口を直すふりをして、息をひとつ吐いた。ロンはわずかに意識を取り戻した様子だった。ロンはハーマイオニーがさっきキスしたところを触り、不思議そうな顔をした。たったいま何が起こったのか、よくわからない様子だ。ナマエはハーマイオニーにもらった帽子をぎゅっと被り直した。
「がんばれぇ、ロナルド!」
ルーナの声と獅子頭の吠え声が重なった。ナマエだけはロンに応援の言葉をかけることができなかった。
ナマエはロンから目を背け、ふとスリザリンのテーブルを見た。みんなが揃いの王冠形のバッジをつけている。「ウィーズリーこそ我が王者」という文字が刻まれていた。これがよい意味であるはずがなかった。
ルーナと共に競技場の観客席に向かうと、すでにスリザリン・チームは芝生の上に並んで待っていた。選手も王冠形の銀バッジを着けている。新キャプテンのモンタギューは、その後ろにのっそり控えるクラッブとゴイルと、ほとんど同じくらいでかかった。マルフォイはプラチナ・ブロンドの髪を輝かせて、その脇に立っていた。
グリフィンドールチームも並ぶと、マダム・フーチがホイッスルを口にくわえ、吹き鳴らした。ボールが放たれ、選手十四人が一斉に飛翔した。
リー・ジョーダンの解説が、競技場に鳴り響いた。
「──ワリントンをかわした。ブラッジャーをかわした──危なかった、アリシア──観客が沸いています。お聞きください。この歌は何でしょう?」
リーが歌を聞くのに解説を中断したとき、スタンドの緑と銀のスリザリン陣営から、大きく、はっきりと歌声が立ち上がった。
♪ウィーズリーは守れない 万に一つも守れない だから歌うぞ、スリザリン
ウィーズリーこそ我が王者
ウィーズリーの生まれは豚小屋だ いつでもクアッフルを見逃しだ
おかげで我らは大勝利 ウィーズリーこそ我が王者
「──そしてアリシアからアンジェリーナにパスが返った」
リーが叫んだ。歌が聞こえないようにリーが声を張り上げているのがわかった。
ナマエはだんだん試合を見ていられなくなっていた。ロンがゴールを許すたび、スリザリンの歓声は大きくなり、またロンの動きが鈍る悪循環に陥っていた。ハリーでさえも、ロンに気を取られてスニッチを探すことを忘れているようだった。
ルーナの滑稽な獅子頭帽子が、グリフィンドールの歓声の最中に吠えた。ハリーはロンを見るのをやめ、スニッチを探して箒を走らせ始めた。
ついに、ハリーが見つけたようだった。急降下するファイアボルトを追って、ドラコも矢のように飛び、左側につけた。 抜きつ抜かれつ、地面から数十センチのところで、ハリーは右手をファイアボルトから離し、スニッチに向かって手を伸ばした。ドラコの腕も伸びる。
──勝負は終わった。もがくスニッチを握ったまま、ハリーは箒の先を引き上げた。
グリフィンドール応援団が絶叫した。
次の瞬間、ブラッジャーがハリーの腰にまともに当たった。──クラッブだ。
ハリーは箒から前のめりに放り出された。幸い、スニッチを追って深く急降下していたおかげで、地上から二メートルと離れていなかった。マダム・フーチのホイッスルが鋭く鳴り、スタンドからの非難、怒鳴り声、野次がごうごうと鳴った。
「あの野郎……」
そう言いながらも、ナマエは手に汗を握っていたことに気がつき、ふっと力を抜いて腰を下ろした。やはり試合を見るのは得意ではない。自分で箒に乗るのも大概だったが、誰かの勝ち負けに胸を掻き乱され続けるのは、それとは別の疲れがあった。
「インペディメンタ!妨害せよ!」
その時、マダム・フーチの怒鳴り声が耳に入った。ナマエが再びピッチに目を向けると、ドラコが体を丸めて地上に転がり、唸ったり、大袈裟にヒンヒン泣いたりしていた。鼻血が出ている。ハリーは息を上げ、ジョージは唇が腫れ上がっていた。フレッドは三人のチェイサーにがっちり抑えられたままだった。クラッブがその背後でケタケタ笑っている。
「こんな不始末は初めてです──城に戻りなさい。まっすぐ寮監の部屋に行きなさい!さあ!いますぐ!」
マダム・フーチは憤ってグリフィンドール生に言った。
──きっとまた、ドラコがけしかけたんだ。
ナマエは直感して呻き声をあげた。
「だから、あいつは救いようがないクズだって、最初っから僕はそう言ってる」
その日の夕食の大広間で、マイケルが腹立たしそうに言った。
「ウィーズリーやハリーの両親を侮辱したんだ、殴ったって気が済まない言い方で──」
「もういいよ、飯が不味くなる」
ナマエが投げやりに言った。マイケルはまだ何か言いたそうだったが口を閉じた。
「ポッターとウィーズリーの双子は今後終身クィディッチ禁止だそうだ!かわいそうに!」
背後のモンタギューの声で、スリザリンのテーブルはバカ笑いで沸いた。
「クラッブはポッターに、試合後にブラッジャーを喰らわせたけど、書取り罰だけで済んだそうだ──日頃の行いかな?」
ドラコが言い、スリザリンはまた笑った。
ナマエは、その書き取り罰はハリーのとは違って本当にただの書き取りだろうとわかっていた。
「負け犬の遠吠えだ」
ナマエははっきりそう言った。ドラコの方は見なかった。彼にナマエの言葉が聞こえたのかすらわからなかった。ナマエは食事をする気になれず、席を立った。
「……先に戻るよ」
アンソニーたちは手を挙げて見送った。
少し喧騒から離れた廊下の途中で、ナマエは足を止めた。窓辺に、銀色の影が立っていた。灰色のレディは外を見ていて、こちらを振り返りもしなかった。
「誰かいるの、レディ」
そう聞くと、灰色のレディはいつもの不機嫌そうな顔でナマエを見てから、窓の外を指差した。窓には点々と雪片が付いていた。
その先には、真紅のローブを着た誰かがとぼとぼ濡れながら歩いていた。
「──ロン?」
ナマエは素っ頓狂な声を上げた。
ナマエは少しだけ迷ってから、城の外に足を向けた。 一人でずっと歩き回っていたのか、ロンは真っ青な顔をして、髪には雪がついていた。まだクィディッチのユニフォーム姿のままだ。ナマエが近づくと、ロンははっとしてその場で動かなくなった。
「戻らないのか」
声をかけると、ロンはびくっとした。
「……戻るさ、今すぐじゃないだけだ」
ロンはむっつり言った。
「凍えるぞ」
ナマエはそう言ってロンを屋根のある場所まで引っ張った。
「あんたは寮監に呼び出されてないだろ?何してたんだ」
「歩いてた」
ロンはぼうっとした声で言った。ナマエはロンに嫉妬していたことが馬鹿馬鹿しい気持ちと、打ちひしがれた姿を哀れに思う気持ちで眉を下げた。ロンの頬に触れると氷のように冷たかった。
「冷たっ、もう凍えてるじゃないか」
ナマエはロンをベンチに座らせ、杖先から暖かい風を出したり、いろいろ試してロンを暖めようと試みた。当のロンは試合のショックで何をされているのかも頭に入らない様子だった。
「見てたならわかるだろ。ひどかった──僕、やめるよ、僕もう──たくさんだ──」
ロンはそう言いながらだんだん顔色が戻ってきた。ナマエは聞き流した。
「まあ、辞めたいなら辞めたらいいと思うけど」
「みんな笑ってるんだろ」
ロンが言った。
「まあ、スリザリンの連中は」
ナマエはあっさり答えた。ロンはかっとして顔を上げた。ナマエは両手を上げた。
「だって、嘘ついたってしょうがないだろ。おかげで夕食が台無しだ」
スリザリンとグリフィンドールの不仲にはいいかげんうんざりしていた。ロンのうじうじにも、態度を改めないドラコにも、無性に腹が立っていた。ナマエはすこし乱暴にロンを乾かし終えると、ロンの前に仁王立ちになった。
「ハリーとフレッドとジョージはクィディッチ禁止になったってさ。今後、一生、ずっと!」
「ヒェッ?」
ロンが叫んだ。
「みんな僕のせいだ──あの歌で上がっちゃって──」
「ハリーは、あんたが緊張してたからドラコをどついたわけじゃないだろ」
ナマエは世話を焼くつもりはあっても、ロンを慰めてやる気はあまりなかった。
「あんたが辞めたって──俺はぜんぜん、全く、かまわないけど──きっとスリザリンは大喜びするだろうな」
ロンは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
しばらくして、ぶっきらぼうに言った。
「……ハーマイオニーに言われたのか」
「はあ?」
ナマエは予想外の言葉に目を瞬いた。
「僕を見に行けって」
「まさか、何を言い出すんだ」
ナマエは少しだけ眉を上げた。
「俺は──誰かさんが落ち込んでとぼとぼ歩いてるのが、情けなくって見てられなかっただけだ。それに、ハーマイオニーなら自分でやる。俺に任せたりしない……」
ナマエは言いながら、そうならなくてよかったと思った。
ロンは顔を背けた。ナマエもしばらく黙っていたが、じっと校庭を眺めていたロンが急に声を上げた。
「あ──ハグリッドが帰ってきた!」
