不死鳥の騎士団
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朝食の大広間は、ふくろうの羽音と食器の音で騒がしかった。
ナマエがかぼちゃジュースに手を伸ばしたとき、グリフィンドールのテーブルから名前を呼ばれた。
「ナマエ!」
ハーマイオニーだった。新聞を広げたまま、ひどく硬い顔をしている。ナマエは椅子から立ち上がり、彼女のそばへ寄った。
紙面には、大きな見出しが躍っていた。
聖マンゴ癒者・ホグワーツ特任校医を拘束
危険生物との癒着、犯罪者隠匿の疑い
魔法省は先日、ホグワーツ魔法魔術学校の特任校医を務めるヒーラー、チチオヤ・ミョウジ氏を拘束した。
魔法法執行部によれば、ミョウジ氏には複数の重大な嫌疑がかけられているという。
現在判明しているものには、狼人間および巨人との不適切な関係、逃亡犯への便宜供与、ならびに職務放棄が含まれる。
魔法省上級次官の ドローレス・アンブリッジ 氏は本紙の取材に対し、
「子供たちの教育環境に関わる人物に、このような疑惑が持ち上がったことは極めて遺憾です」と語った。
関係者によれば、ミョウジ氏はこれまで狼人間との接触を繰り返していたほか、巨人との交流も疑われているという。
また、かつて魔法省の管理下に置かれるべきだった人物を適切な法的手続きに委ねず、医療機関へ収容した疑いについても調査が進められている。
この人物は、かつて数多くの魔法使いに危害を加えたことで知られる元著名人であるとされる。
さらにミョウジ氏は、聖マンゴ魔法疾患傷害病院在任中にも度重なる長期不在を繰り返していたとの指摘を受けており、魔法省はその行動についても詳しく調べている。
加えて、先日発生したミョウジ氏宅の爆発事件については、捜査に関連する資料の隠滅を目的とした可能性も含め、調査が継続されている。
ミョウジ氏はすべての容疑を否認している。
しかし魔法省は、
「児童の安全および魔法界の秩序を守るため、徹底的な捜査が必要である」
との声明を発表している。
関係者によれば、魔法法執行部は逃亡および証拠隠滅のおそれがあるとして、ミョウジ氏を審理終了までの一か月間、アズカバンに拘留するよう魔法法廷に求めている。魔法法廷は現在、この申請について審理を進めている。
ナマエは最後の一行を読んだあと、しばらく何も言わなかった。ハーマイオニーが心配そうにナマエの顔を覗き込んだ。
「ナマエ、大丈夫?」
ナマエは新聞の端を握った。薄い紙が、指の下で嫌な音を立てた。
「アンブリッジは人外が嫌いなのよ」
ハーマイオニーは言った。声は抑えていたが、言葉の端はひどく鋭かった。
「狼人間の就職をほとんど不可能にした法律の草案を書いたのも、あの人でしょう?それに、チチオヤ先生は脱狼薬の研究者たちにも助言していたはずよ。だからこの記事は、ただの疑惑じゃないわ。アンブリッジが嫌っているものを全部、チチオヤ先生に結びつけようとしているの」
ナマエは顔を上げた。
「……詳しいな」
「去年の『週間魔女』に載っていたの」
ハーマイオニーは一瞬だけナマエを見た。説明を続けていいのか、迷ったようだった。けれどナマエが何も言わなかったので、また紙面に視線を落とした。
「完全な脱狼薬は完成間近だった。けれど、ロックハートが研究者たちの手柄を奪うために、彼らに忘却術をかけたのよ。だからこの『元著名人』って、きっとロックハートのことだわ。今も聖マンゴに入院しているはずだもの」
ロンがロックハートについて何かいいたげにハーマイオニーを見たが、口をつぐんだ。代わりにハリーが言った。
「あいつを守ってるって?ロックハートが自分で忘却術を失敗したんだ」
「新聞はそう書いてないわ」
ハーマイオニーは唇を噛んだ。
「書き方ひとつで、チチオヤ先生が犯罪者をかばっているみたいに見える。実際には、記憶を失った患者を病院に置いているだけなのに」
ロンが新聞を覗き込んだ。
「でもさ、こっちの『逃亡犯への便宜』って、シリウスのことじゃないか?魔法省はどこまでつかんでるんだ?」
「きっと、ルシウス・マルフォイだ」
ハリーが答えた。ナマエは返事をしなかった。
ぎっしり文字が詰まった紙面の上で、チチオヤの名前だけがやけにはっきりしていた。
「こんな浅い理由で……アズカバンに送られるのか」
ナマエがつぶやいた。誰もすぐには答えなかった。大広間のざわめきが、急に遠のいたようだった。ハーマイオニーは新聞を畳みかけて、途中でやめた。
「ナマエ」
ハーマイオニーは、何か言おうとして、口を閉じてから鞄の中に手を入れた。少し迷うように指を動かしてから、なにかを取り出した。毛糸の帽子だ。
真っ白な毛糸で編まれていて、なんとなくヘドウィグが思い浮かんだ。耳当てから飾り紐が伸びていて、てっぺんは少し丸く、縁のところだけ、きつく編まれている。
「これ」
ハーマイオニーが差し出した。
ナマエは帽子を見て、それからハーマイオニーを見た。
「帽子よ」
「それはわかる」
ハーマイオニーは少しだけ頬を赤くした。
ロンは何も言っていないという顔をしたが、顔にははっきり何か言いたそうなことが書いてあった。
ハーマイオニーはそれを無視して、帽子をナマエの方へ押し出した。
「あなた、最近ずっと耳を気にしているでしょう」
ナマエは思わず耳元に手をやった。
「それに」
ハーマイオニーは早口になった。
「外は寒いし、湖の方から風も吹くし、これから夜に出歩くことが増えるなら」
「俺が夜に出歩くって決めつけてる」
「決めつけていないわ。可能性の話よ」
「……あんたが俺のために編んだ?」
ナマエが言うと、ハーマイオニーは一瞬黙った。
それから、少しむっとしたように顎を上げた。
「そうよ」
あまりにはっきりした返事だったので、ナマエの方が言葉に詰まった。
ハリーは気まずそうにかぼちゃジュースを飲み、ロンは今度こそ何か言いかけたが、ハーマイオニーに睨まれて黙った。
ナマエは帽子を受け取った。
毛糸は思ったより柔らかかった。編み目はほとんど揃っていたが、ところどころだけ少しきつい。ハーマイオニーが何度も編み直したのかもしれないと思うと、胸の奥が変に詰まった。
ナマエは帽子をかぶった。少し深くて、額に毛糸が落ちてくる。指で押し上げると、ハーマイオニーが真剣な顔で見た。
「変?」
「いいえ」
ハーマイオニーはすぐに首を振った。
「似合っているわ」
その言い方があまりにまじめだったので、ナマエは少し困った。
ナマエは帽子の縁を指で直した。
「……ありがとう」
ハーマイオニーは笑ってから、小さく、けれどはっきりと言った。
「私たちにできることをしましょう。今日の会合のこと、ほかのみんなにも伝えなきゃ。ハリーが場所を見つけたの」
ナマエはしばらく帽子を被ったまま手でその感触を確かめた。それから、こくんと頷いた。
⚡️───────
ハリーたちは、ドビーの──チチオヤの助言通り、「必要の部屋」にいた。
そのまま素直に従ったわけではない。ハリーは鏡でシリウスにも相談してみた。シリウスはこの会合のことをとてもいい考えだと褒めた。そして、「必要の部屋」のアイデアにも賛成だったのだ。
広々とした部屋は、地下教室のように、揺らめく松明に照らされていた。壁際には木の本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションが床に置かれている。一番奥の棚には、いろいろな道具が収められていた。「かくれん防止器」、「秘密発見器」、それに、先学期、偽ムーディの部屋に掛かっていたものに違いないと思われるひびの入った大きな「敵鏡」。
「これ、『失神術』を練習するときにいいよ」
ロンが足でクッションを一枚突きながら、夢中になって言った。
扉が開き、今度はナマエたちが入ってきた。キョロキョロあたりを見渡して、感心したように口を開けている。
ハリーは思わず声をかけそうになったが、すぐに口を閉じた。
──今後は、ナマエに必要以上に関わらないでくれ──
チチオヤの声が、不意に頭の中で響いた。あのときの静かな顔、差し出された鏡、そして理由を言わないまま押しつけられた頼み。ハリーはむっとして、わざと本棚の方へ目をやった。チチオヤに命令される筋合いはない。そう思うのに、ナマエを見ると、どうしても一瞬だけ迷ってしまう。
「ナマエ!こっちを見て!この本!」
ハーマイオニーが興奮して呼んだ。ナマエはすぐにそちらへ歩いていった。
ハリーは少しほっとした。ほっとした自分に、また腹が立った。
「『通常の呪いとその逆呪い概論』……『闇の魔術の裏をかく』……『自己防衛呪文学』……ウワーッ……」
ハーマイオニーは興奮して、大きな革張りの学術書の背表紙に次々と指を走らせ、顔を輝かせてナマエを見た。ナマエは笑ってから、ハリーに顔を向けた。
「すごいな、こんな部屋どうやって見つけたんだ?」
ハリーは一瞬、まともにナマエの目を見られなかった。ナマエは何も知らない顔をしている。チチオヤとここに来たことも、自分の父親がハリーに妙な頼みをしたことも、たぶん覚えていない。
「──えっと、まあね」
ハリーは曖昧に答えた。
ナマエは少し不思議そうにしたが、すぐに本棚の方へ目を戻した。ハリーは胸の奥がざわつくのを感じた。チチオヤは、ナマエに何をしたいのだろう。
生徒たちはそれぞれ部屋の中を見回していた。フレッドとジョージは棚の道具に近づき、チョウは友達と小声で何か話している。ネビルはクッションの上に腰を下ろそうとして、結局立ったまま杖を握り直した。
ハリーは、全員が自分を待っていることに気づいて、少し居心地が悪くなった。助けを求めるようにハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーは咳払いした。
「──リーダーを選出すべきだと思います」
ハーマイオニーが声を張り上げて言った。ナマエがきょとんとした。
「え?ハリーじゃないの?」
「ハリーがリーダーよ」
チョウもすかさず言った。ハーマイオニーを、どうかしているんじゃないのという目で見ている。ハリーは胃袋がとんぼ返りした。
「そうよ。でも、ちゃんと投票すべきだと思うの」
ハーマイオニーが怯まず言った。
「それで正式になるし、ハリーに権限が与えられるもの。じゃ、ハリーが私たちのリーダーになるべきだと思う人?」
みんなが挙手した。ザカリアス・スミスでさえ、不承不承だったが手を挙げた。ハリーは顔が熱くなるのを感じた。
「──それと、名前をつけるべきだと思います」
ハーマイオニーが生き生きと続けた。
「そうすれば、チームの団結精神も高まると思わない?」
「反アンブリッジ連盟ってつけられない?」
アンジェリーナが期待を込めて発言した。
「じゃなきゃ、『魔法省はみんな間抜け』、MMMはどうだ?」
フレッド言うと、数人が笑った。
「私、考えてたんだけど」
ハーマイオニーがフレッドを睨みながら言った。
「どっちかっていうと、私たちの目的が誰にもわからないような名前よ。この集会の外でも安全に名前を呼べるように」
「防衛協会は?」
ナマエが言った。
「頭文字を取ってDA。DADA とも似てるし」
「うん、DAっていうのはいいわね」
ジニーが言った。
「でも、ダンブルドア・アーミーの頭文字、DAね。だって、魔法省が一番恐いのはダンブルドア軍団でしょ?」
あちこちから、いいぞ、いいぞと呟く声や笑い声が上がった。
「DAに賛成の人?」
ハーマイオニーが取り仕切り、クッションに膝立ちになって数を数えた。
「可決!」
ハーマイオニーはみんなが署名した羊皮紙を壁にピンで止め、その一番上に大きな字で「ダンブルドア軍団」と書き加えた。
「じゃ」
ハーマイオニーが座ったとき、ハリーが言った。
「それじゃ、練習しようか?僕が考えたのは、まず最初にやるべきなのは、『エクスペリアームス、武器よ去れ』、そう、『武装解除術』だ。かなり基本的な呪文だっていうことは知っている。だけど、本当に役立つ──」
「おい、おい、頼むよ」
ザカリアス・スミスが腕組みし、呆れたように目を天井に向けた。
「『例のあの人』に対して、『武器よ去れ』が僕たちを守ってくれると思うのかい?」
「僕はやつに対してこれを使った」
ハリーは落ち着いていた。
「六月に、この呪文が僕の命を救った」
スミスはぽかんと口を開いた。ほかのみんなは黙っていた。
「それじゃ、全員、二人ずつ組になって練習しよう。もうできる人はできない人と組んで」
指令を出すのはなんだかむず痒かったが、みんながそれに従うのはそれよりずっとむず痒かった。みんながさっと立ち上がり、組になった。ちらっと見ると、ネビルは、やっぱり相手がいなくて取り残された。
「俺とやろう」
ハリーが声をかける前に、ナマエが言った。
部屋中が、「エクスペリアームス」の叫びで一杯になった。
ナマエはネビルの構えを直して言った。
「腕だけで振るなよ。杖先がぶれる。相手の杖を弾くつもりで、まっすぐ」
ネビルは真剣に頷いた。
「エクスペリアームス!」
ナマエの杖が手から離れ、クッションの上に落ちた。ネビルは一瞬、自分がやったことを信じられないように目を丸くした。
「ほら、できた」
ナマエが笑うと、ネビルは耳まで赤くなった。
ハリーは少し安心した。ナマエがネビルと組んでくれたおかげで、ネビルは最初から萎縮せずに済んだようだった。
周りをざっと見ると、基本から始めるべきだという考えが正しかったことがわかった。お粗末な呪文が飛び交っていた。相手をまったく武装解除できず、弱い呪文が通り過ぎるときに、相手を二、三歩後ろに跳び退かせるとか、顔をしかめさせるだけの例が多かった。一回りして戻ってくると、ナマエは武装解除した杖を三本も持っていた。ハリーに気がつくと、ナマエは肩をすくめた。
「──フレッドとジョージが、ザカリアスにちょっかいかけるからさあ」
ハリーは、ナマエにはもう練習の必要がなさそうだと思った。
「ナマエ、君も周りに助言していってくれる?」
「オーケー」
ナマエは軽く頷き、近くで杖を取り落としていた二年生のところへ歩いていった。ハリーも反対側へ回った。最初はぎこちなかった「エクスペリアームス」の声も、しばらくすると少しずつ揃ってきた。誰かの杖がクッションの山へ飛び込み、別の誰かが勢い余って相手の袖を焦がした。フレッドとジョージはナマエに小言を言われつつ、ザカリアス・スミスを相手に、必要以上に楽しそうに武装解除術を繰り返していた。
「そこまで!」
ハリーは少し大きな声を出した。思ったよりよく響いたので、自分でも驚いた。
「今日はこれで終わりにしよう。次までに、できる人は練習しておいて」
数人が笑い、何人かはまだ興奮したように杖を握り直していた。ハリーは鞄から忍びの地図を取り出し、廊下と階段をざっと見た。アンブリッジの名前は遠く、三階の廊下にあった。フィルチは玄関ホールのあたりをうろついている。ミセス・ノリスは別の階だ。
「大丈夫。今なら出られる」
ハーマイオニーがすぐに頷いた。
「一度に出ないで。二、三人ずつ、時間をずらして」
その言葉で、ようやくみんなが帰り支度を始めた。チョウとマリエッタは小声で話しながら扉へ向かい、ネビルは自分の杖を二度も確認してから鞄にしまった。アンソニーとテリーは、今の呪文のコツについてまだ議論している。ロンはクッションを蹴って端へ寄せ、少し得意そうに部屋を見回した。
ハリーは地図を畳みながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。少なくとも、今日はうまくいった。誰もアンブリッジに見つからず、誰も逃げ出さなかった。
その時、部屋の隅でナマエとフレッド、ジョージ、リーが何やら話し込んでいるのが見えた。
「──けど、その商品は用途が限られ過ぎてるぜ」
リーが神妙に言った。ナマエは頷いた。
「何の話?」
「ハリー!」
ナマエの顔がパッと明るくなった。ハリーは少しの罪悪感を覚えた。
ナマエは紙に包んだ四角い菓子を取り出した。見た目は薄茶色のタフィーだが、指で押すと妙にふかふかしている。
「これ、『スポンジタフィー』だ。俺が作った。悪戯っていうより、アンブリッジの罰則対策なんだ」
フレッドが身を乗り出した。
「食べるとどうなる?」
「口の中に入れておけば、あのインクがこいつを喉だと勘違いする。このタフィーがスポンジみたいにインクを吸ってくれて、溺れずに済むはずだ。罰則の後はそのまま吐き出してもいいし──」
ナマエは興奮して捲し立てた。
「インクを吸って、そのまま食えるのか?」
ジョージが疑わしそうに言った。
「たぶん」
「そこは試しておけよ」
リーが笑った。ナマエはハリーの方を見た。
「ハリーの罰則の方もなにか考えてみるよ、まだ受けてるんだろ──」
「大丈夫だよ、僕は慣れてきたし」
少し冷たく聞こえただろうか。ナマエは残念そうに「そうか」とだけ言った。
フレッドとジョージはスポンジタフィーをもう一度つまみ、妙に真剣な顔で匂いを嗅いだ。
「試作品が完成したら知らせろよ」
「販売前に、まず死人が出ないか確かめようぜ」
「量産してくれるなら、売り物にしてもいい」
ナマエが言い返すと、双子は同時ににやりと笑い、扉の向こうへ消えた。リーの笑い声も遠ざかっていく。
部屋の中は少し静かになった。ハリーはクッションを端へ寄せながら、まだ胸の奥が妙に落ち着かないのを感じていた。人に教えるというのは、思ったより疲れる。
そのとき、ハーマイオニーがナマエのそばへ歩いていった。
「ナマエ、ちょっといい?」
ハリーは何となく顔を上げた。ロンも気づいたらしく、すぐ隣でわざとらしくクッションを蹴った。
「何だよ、また二人で秘密の相談か」
「ロン」
ハーマイオニーが眉を寄せた。
「違うわ。次の集会のことよ」
ロンはむっつり黙ったが、明らかに機嫌を損ねていた。ハリーは聞かないふりをしようとしたが、二人の声はすぐそばから聞こえてきた。
ハーマイオニーはカバンから小さな布袋を取り出し、金色のガリオン金貨を一枚、ナマエの手のひらに落とした。
「本物?」
ナマエが言った。
「いいえ、偽物よ。金貨の縁に数字があるでしょう?」
「本物のガリオン金貨には、それを鋳造した小鬼を示す続き番号が打ってあるわ。だけど、この偽金貨の数字は、次の集会の日付と時間に応じて変化させたらどうかと思って」
ナマエは金貨をつまみ、松明の光にかざした。
「……『変幻自在術』を掛けるのか?」
「ええ。よくわかったわね!その魔法はかなり複雑なの。手伝ってもらえる?」
「もちろん。でも、信じられないな」
ナマエは金貨を返しながら言った。
「俺のポケットの『検知不能拡大呪文』に目くじらを立ててたあんたが?」
「やっぱりそうだったのね!」
ハーマイオニーが鋭く言った。ナマエは両手を上げた。
「褒めてるんだぜ。いいアイデアだ。金貨なら誰が持っててもおかしくないし、これならアンブリッジにもばれない」
ハーマイオニーは少しだけ得意そうにした。
「でしょう? ただし、なくさないでね」
「俺が?まさか」
「あなた、羽根ペンも本もよく置きっぱなしにするもの」
「それは濡れ衣だ」
「昨日も図書館に辞書を忘れていたわ」
ナマエは言い返せなくなった。
ハリーは思わず少し笑いそうになった。けれど隣のロンを見ると、笑いは引っ込んだ。ロンは耳を赤くして、二人を見ないようにしている。見ないようにしているのに、明らかに耳はハーマイオニーたちのほうを向いていた。
「すごいよ、ハーマイオニー」
ハリーは慌てて言った。
「それ、本当に便利だと思う」
ハーマイオニーはぱっと顔を明るくした。
「ありがとう、ハリー」
ロンはまだ黙っていた。ナマエがその様子に気づいたのか、金貨から手を離して、少しだけ後ろへ下がった。
「じゃ、俺も寮に戻るよ」
そう言ってナマエは離れていった。ハーマイオニーは一瞬だけナマエの背中を見たが、すぐに金貨を布袋へ戻した。
ハリーは、ロンが何か言うのではないかと思った。けれどロンはただ、床のクッションを足で押しやりながら、むっつりとした顔で言った。
「まあ、便利なんじゃない」
その言い方は、少しも便利そうには聞こえなかった。
ナマエがかぼちゃジュースに手を伸ばしたとき、グリフィンドールのテーブルから名前を呼ばれた。
「ナマエ!」
ハーマイオニーだった。新聞を広げたまま、ひどく硬い顔をしている。ナマエは椅子から立ち上がり、彼女のそばへ寄った。
紙面には、大きな見出しが躍っていた。
聖マンゴ癒者・ホグワーツ特任校医を拘束
危険生物との癒着、犯罪者隠匿の疑い
魔法省は先日、ホグワーツ魔法魔術学校の特任校医を務めるヒーラー、チチオヤ・ミョウジ氏を拘束した。
魔法法執行部によれば、ミョウジ氏には複数の重大な嫌疑がかけられているという。
現在判明しているものには、狼人間および巨人との不適切な関係、逃亡犯への便宜供与、ならびに職務放棄が含まれる。
魔法省上級次官の ドローレス・アンブリッジ 氏は本紙の取材に対し、
「子供たちの教育環境に関わる人物に、このような疑惑が持ち上がったことは極めて遺憾です」と語った。
関係者によれば、ミョウジ氏はこれまで狼人間との接触を繰り返していたほか、巨人との交流も疑われているという。
また、かつて魔法省の管理下に置かれるべきだった人物を適切な法的手続きに委ねず、医療機関へ収容した疑いについても調査が進められている。
この人物は、かつて数多くの魔法使いに危害を加えたことで知られる元著名人であるとされる。
さらにミョウジ氏は、聖マンゴ魔法疾患傷害病院在任中にも度重なる長期不在を繰り返していたとの指摘を受けており、魔法省はその行動についても詳しく調べている。
加えて、先日発生したミョウジ氏宅の爆発事件については、捜査に関連する資料の隠滅を目的とした可能性も含め、調査が継続されている。
ミョウジ氏はすべての容疑を否認している。
しかし魔法省は、
「児童の安全および魔法界の秩序を守るため、徹底的な捜査が必要である」
との声明を発表している。
関係者によれば、魔法法執行部は逃亡および証拠隠滅のおそれがあるとして、ミョウジ氏を審理終了までの一か月間、アズカバンに拘留するよう魔法法廷に求めている。魔法法廷は現在、この申請について審理を進めている。
ナマエは最後の一行を読んだあと、しばらく何も言わなかった。ハーマイオニーが心配そうにナマエの顔を覗き込んだ。
「ナマエ、大丈夫?」
ナマエは新聞の端を握った。薄い紙が、指の下で嫌な音を立てた。
「アンブリッジは人外が嫌いなのよ」
ハーマイオニーは言った。声は抑えていたが、言葉の端はひどく鋭かった。
「狼人間の就職をほとんど不可能にした法律の草案を書いたのも、あの人でしょう?それに、チチオヤ先生は脱狼薬の研究者たちにも助言していたはずよ。だからこの記事は、ただの疑惑じゃないわ。アンブリッジが嫌っているものを全部、チチオヤ先生に結びつけようとしているの」
ナマエは顔を上げた。
「……詳しいな」
「去年の『週間魔女』に載っていたの」
ハーマイオニーは一瞬だけナマエを見た。説明を続けていいのか、迷ったようだった。けれどナマエが何も言わなかったので、また紙面に視線を落とした。
「完全な脱狼薬は完成間近だった。けれど、ロックハートが研究者たちの手柄を奪うために、彼らに忘却術をかけたのよ。だからこの『元著名人』って、きっとロックハートのことだわ。今も聖マンゴに入院しているはずだもの」
ロンがロックハートについて何かいいたげにハーマイオニーを見たが、口をつぐんだ。代わりにハリーが言った。
「あいつを守ってるって?ロックハートが自分で忘却術を失敗したんだ」
「新聞はそう書いてないわ」
ハーマイオニーは唇を噛んだ。
「書き方ひとつで、チチオヤ先生が犯罪者をかばっているみたいに見える。実際には、記憶を失った患者を病院に置いているだけなのに」
ロンが新聞を覗き込んだ。
「でもさ、こっちの『逃亡犯への便宜』って、シリウスのことじゃないか?魔法省はどこまでつかんでるんだ?」
「きっと、ルシウス・マルフォイだ」
ハリーが答えた。ナマエは返事をしなかった。
ぎっしり文字が詰まった紙面の上で、チチオヤの名前だけがやけにはっきりしていた。
「こんな浅い理由で……アズカバンに送られるのか」
ナマエがつぶやいた。誰もすぐには答えなかった。大広間のざわめきが、急に遠のいたようだった。ハーマイオニーは新聞を畳みかけて、途中でやめた。
「ナマエ」
ハーマイオニーは、何か言おうとして、口を閉じてから鞄の中に手を入れた。少し迷うように指を動かしてから、なにかを取り出した。毛糸の帽子だ。
真っ白な毛糸で編まれていて、なんとなくヘドウィグが思い浮かんだ。耳当てから飾り紐が伸びていて、てっぺんは少し丸く、縁のところだけ、きつく編まれている。
「これ」
ハーマイオニーが差し出した。
ナマエは帽子を見て、それからハーマイオニーを見た。
「帽子よ」
「それはわかる」
ハーマイオニーは少しだけ頬を赤くした。
ロンは何も言っていないという顔をしたが、顔にははっきり何か言いたそうなことが書いてあった。
ハーマイオニーはそれを無視して、帽子をナマエの方へ押し出した。
「あなた、最近ずっと耳を気にしているでしょう」
ナマエは思わず耳元に手をやった。
「それに」
ハーマイオニーは早口になった。
「外は寒いし、湖の方から風も吹くし、これから夜に出歩くことが増えるなら」
「俺が夜に出歩くって決めつけてる」
「決めつけていないわ。可能性の話よ」
「……あんたが俺のために編んだ?」
ナマエが言うと、ハーマイオニーは一瞬黙った。
それから、少しむっとしたように顎を上げた。
「そうよ」
あまりにはっきりした返事だったので、ナマエの方が言葉に詰まった。
ハリーは気まずそうにかぼちゃジュースを飲み、ロンは今度こそ何か言いかけたが、ハーマイオニーに睨まれて黙った。
ナマエは帽子を受け取った。
毛糸は思ったより柔らかかった。編み目はほとんど揃っていたが、ところどころだけ少しきつい。ハーマイオニーが何度も編み直したのかもしれないと思うと、胸の奥が変に詰まった。
ナマエは帽子をかぶった。少し深くて、額に毛糸が落ちてくる。指で押し上げると、ハーマイオニーが真剣な顔で見た。
「変?」
「いいえ」
ハーマイオニーはすぐに首を振った。
「似合っているわ」
その言い方があまりにまじめだったので、ナマエは少し困った。
ナマエは帽子の縁を指で直した。
「……ありがとう」
ハーマイオニーは笑ってから、小さく、けれどはっきりと言った。
「私たちにできることをしましょう。今日の会合のこと、ほかのみんなにも伝えなきゃ。ハリーが場所を見つけたの」
ナマエはしばらく帽子を被ったまま手でその感触を確かめた。それから、こくんと頷いた。
⚡️───────
ハリーたちは、ドビーの──チチオヤの助言通り、「必要の部屋」にいた。
そのまま素直に従ったわけではない。ハリーは鏡でシリウスにも相談してみた。シリウスはこの会合のことをとてもいい考えだと褒めた。そして、「必要の部屋」のアイデアにも賛成だったのだ。
広々とした部屋は、地下教室のように、揺らめく松明に照らされていた。壁際には木の本棚が並び、椅子の代わりに大きな絹のクッションが床に置かれている。一番奥の棚には、いろいろな道具が収められていた。「かくれん防止器」、「秘密発見器」、それに、先学期、偽ムーディの部屋に掛かっていたものに違いないと思われるひびの入った大きな「敵鏡」。
「これ、『失神術』を練習するときにいいよ」
ロンが足でクッションを一枚突きながら、夢中になって言った。
扉が開き、今度はナマエたちが入ってきた。キョロキョロあたりを見渡して、感心したように口を開けている。
ハリーは思わず声をかけそうになったが、すぐに口を閉じた。
──今後は、ナマエに必要以上に関わらないでくれ──
チチオヤの声が、不意に頭の中で響いた。あのときの静かな顔、差し出された鏡、そして理由を言わないまま押しつけられた頼み。ハリーはむっとして、わざと本棚の方へ目をやった。チチオヤに命令される筋合いはない。そう思うのに、ナマエを見ると、どうしても一瞬だけ迷ってしまう。
「ナマエ!こっちを見て!この本!」
ハーマイオニーが興奮して呼んだ。ナマエはすぐにそちらへ歩いていった。
ハリーは少しほっとした。ほっとした自分に、また腹が立った。
「『通常の呪いとその逆呪い概論』……『闇の魔術の裏をかく』……『自己防衛呪文学』……ウワーッ……」
ハーマイオニーは興奮して、大きな革張りの学術書の背表紙に次々と指を走らせ、顔を輝かせてナマエを見た。ナマエは笑ってから、ハリーに顔を向けた。
「すごいな、こんな部屋どうやって見つけたんだ?」
ハリーは一瞬、まともにナマエの目を見られなかった。ナマエは何も知らない顔をしている。チチオヤとここに来たことも、自分の父親がハリーに妙な頼みをしたことも、たぶん覚えていない。
「──えっと、まあね」
ハリーは曖昧に答えた。
ナマエは少し不思議そうにしたが、すぐに本棚の方へ目を戻した。ハリーは胸の奥がざわつくのを感じた。チチオヤは、ナマエに何をしたいのだろう。
生徒たちはそれぞれ部屋の中を見回していた。フレッドとジョージは棚の道具に近づき、チョウは友達と小声で何か話している。ネビルはクッションの上に腰を下ろそうとして、結局立ったまま杖を握り直した。
ハリーは、全員が自分を待っていることに気づいて、少し居心地が悪くなった。助けを求めるようにハーマイオニーを見ると、ハーマイオニーは咳払いした。
「──リーダーを選出すべきだと思います」
ハーマイオニーが声を張り上げて言った。ナマエがきょとんとした。
「え?ハリーじゃないの?」
「ハリーがリーダーよ」
チョウもすかさず言った。ハーマイオニーを、どうかしているんじゃないのという目で見ている。ハリーは胃袋がとんぼ返りした。
「そうよ。でも、ちゃんと投票すべきだと思うの」
ハーマイオニーが怯まず言った。
「それで正式になるし、ハリーに権限が与えられるもの。じゃ、ハリーが私たちのリーダーになるべきだと思う人?」
みんなが挙手した。ザカリアス・スミスでさえ、不承不承だったが手を挙げた。ハリーは顔が熱くなるのを感じた。
「──それと、名前をつけるべきだと思います」
ハーマイオニーが生き生きと続けた。
「そうすれば、チームの団結精神も高まると思わない?」
「反アンブリッジ連盟ってつけられない?」
アンジェリーナが期待を込めて発言した。
「じゃなきゃ、『魔法省はみんな間抜け』、MMMはどうだ?」
フレッド言うと、数人が笑った。
「私、考えてたんだけど」
ハーマイオニーがフレッドを睨みながら言った。
「どっちかっていうと、私たちの目的が誰にもわからないような名前よ。この集会の外でも安全に名前を呼べるように」
「防衛協会は?」
ナマエが言った。
「頭文字を取ってDA。
「うん、DAっていうのはいいわね」
ジニーが言った。
「でも、ダンブルドア・アーミーの頭文字、DAね。だって、魔法省が一番恐いのはダンブルドア軍団でしょ?」
あちこちから、いいぞ、いいぞと呟く声や笑い声が上がった。
「DAに賛成の人?」
ハーマイオニーが取り仕切り、クッションに膝立ちになって数を数えた。
「可決!」
ハーマイオニーはみんなが署名した羊皮紙を壁にピンで止め、その一番上に大きな字で「ダンブルドア軍団」と書き加えた。
「じゃ」
ハーマイオニーが座ったとき、ハリーが言った。
「それじゃ、練習しようか?僕が考えたのは、まず最初にやるべきなのは、『エクスペリアームス、武器よ去れ』、そう、『武装解除術』だ。かなり基本的な呪文だっていうことは知っている。だけど、本当に役立つ──」
「おい、おい、頼むよ」
ザカリアス・スミスが腕組みし、呆れたように目を天井に向けた。
「『例のあの人』に対して、『武器よ去れ』が僕たちを守ってくれると思うのかい?」
「僕はやつに対してこれを使った」
ハリーは落ち着いていた。
「六月に、この呪文が僕の命を救った」
スミスはぽかんと口を開いた。ほかのみんなは黙っていた。
「それじゃ、全員、二人ずつ組になって練習しよう。もうできる人はできない人と組んで」
指令を出すのはなんだかむず痒かったが、みんながそれに従うのはそれよりずっとむず痒かった。みんながさっと立ち上がり、組になった。ちらっと見ると、ネビルは、やっぱり相手がいなくて取り残された。
「俺とやろう」
ハリーが声をかける前に、ナマエが言った。
部屋中が、「エクスペリアームス」の叫びで一杯になった。
ナマエはネビルの構えを直して言った。
「腕だけで振るなよ。杖先がぶれる。相手の杖を弾くつもりで、まっすぐ」
ネビルは真剣に頷いた。
「エクスペリアームス!」
ナマエの杖が手から離れ、クッションの上に落ちた。ネビルは一瞬、自分がやったことを信じられないように目を丸くした。
「ほら、できた」
ナマエが笑うと、ネビルは耳まで赤くなった。
ハリーは少し安心した。ナマエがネビルと組んでくれたおかげで、ネビルは最初から萎縮せずに済んだようだった。
周りをざっと見ると、基本から始めるべきだという考えが正しかったことがわかった。お粗末な呪文が飛び交っていた。相手をまったく武装解除できず、弱い呪文が通り過ぎるときに、相手を二、三歩後ろに跳び退かせるとか、顔をしかめさせるだけの例が多かった。一回りして戻ってくると、ナマエは武装解除した杖を三本も持っていた。ハリーに気がつくと、ナマエは肩をすくめた。
「──フレッドとジョージが、ザカリアスにちょっかいかけるからさあ」
ハリーは、ナマエにはもう練習の必要がなさそうだと思った。
「ナマエ、君も周りに助言していってくれる?」
「オーケー」
ナマエは軽く頷き、近くで杖を取り落としていた二年生のところへ歩いていった。ハリーも反対側へ回った。最初はぎこちなかった「エクスペリアームス」の声も、しばらくすると少しずつ揃ってきた。誰かの杖がクッションの山へ飛び込み、別の誰かが勢い余って相手の袖を焦がした。フレッドとジョージはナマエに小言を言われつつ、ザカリアス・スミスを相手に、必要以上に楽しそうに武装解除術を繰り返していた。
「そこまで!」
ハリーは少し大きな声を出した。思ったよりよく響いたので、自分でも驚いた。
「今日はこれで終わりにしよう。次までに、できる人は練習しておいて」
数人が笑い、何人かはまだ興奮したように杖を握り直していた。ハリーは鞄から忍びの地図を取り出し、廊下と階段をざっと見た。アンブリッジの名前は遠く、三階の廊下にあった。フィルチは玄関ホールのあたりをうろついている。ミセス・ノリスは別の階だ。
「大丈夫。今なら出られる」
ハーマイオニーがすぐに頷いた。
「一度に出ないで。二、三人ずつ、時間をずらして」
その言葉で、ようやくみんなが帰り支度を始めた。チョウとマリエッタは小声で話しながら扉へ向かい、ネビルは自分の杖を二度も確認してから鞄にしまった。アンソニーとテリーは、今の呪文のコツについてまだ議論している。ロンはクッションを蹴って端へ寄せ、少し得意そうに部屋を見回した。
ハリーは地図を畳みながら、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。少なくとも、今日はうまくいった。誰もアンブリッジに見つからず、誰も逃げ出さなかった。
その時、部屋の隅でナマエとフレッド、ジョージ、リーが何やら話し込んでいるのが見えた。
「──けど、その商品は用途が限られ過ぎてるぜ」
リーが神妙に言った。ナマエは頷いた。
「何の話?」
「ハリー!」
ナマエの顔がパッと明るくなった。ハリーは少しの罪悪感を覚えた。
ナマエは紙に包んだ四角い菓子を取り出した。見た目は薄茶色のタフィーだが、指で押すと妙にふかふかしている。
「これ、『スポンジタフィー』だ。俺が作った。悪戯っていうより、アンブリッジの罰則対策なんだ」
フレッドが身を乗り出した。
「食べるとどうなる?」
「口の中に入れておけば、あのインクがこいつを喉だと勘違いする。このタフィーがスポンジみたいにインクを吸ってくれて、溺れずに済むはずだ。罰則の後はそのまま吐き出してもいいし──」
ナマエは興奮して捲し立てた。
「インクを吸って、そのまま食えるのか?」
ジョージが疑わしそうに言った。
「たぶん」
「そこは試しておけよ」
リーが笑った。ナマエはハリーの方を見た。
「ハリーの罰則の方もなにか考えてみるよ、まだ受けてるんだろ──」
「大丈夫だよ、僕は慣れてきたし」
少し冷たく聞こえただろうか。ナマエは残念そうに「そうか」とだけ言った。
フレッドとジョージはスポンジタフィーをもう一度つまみ、妙に真剣な顔で匂いを嗅いだ。
「試作品が完成したら知らせろよ」
「販売前に、まず死人が出ないか確かめようぜ」
「量産してくれるなら、売り物にしてもいい」
ナマエが言い返すと、双子は同時ににやりと笑い、扉の向こうへ消えた。リーの笑い声も遠ざかっていく。
部屋の中は少し静かになった。ハリーはクッションを端へ寄せながら、まだ胸の奥が妙に落ち着かないのを感じていた。人に教えるというのは、思ったより疲れる。
そのとき、ハーマイオニーがナマエのそばへ歩いていった。
「ナマエ、ちょっといい?」
ハリーは何となく顔を上げた。ロンも気づいたらしく、すぐ隣でわざとらしくクッションを蹴った。
「何だよ、また二人で秘密の相談か」
「ロン」
ハーマイオニーが眉を寄せた。
「違うわ。次の集会のことよ」
ロンはむっつり黙ったが、明らかに機嫌を損ねていた。ハリーは聞かないふりをしようとしたが、二人の声はすぐそばから聞こえてきた。
ハーマイオニーはカバンから小さな布袋を取り出し、金色のガリオン金貨を一枚、ナマエの手のひらに落とした。
「本物?」
ナマエが言った。
「いいえ、偽物よ。金貨の縁に数字があるでしょう?」
「本物のガリオン金貨には、それを鋳造した小鬼を示す続き番号が打ってあるわ。だけど、この偽金貨の数字は、次の集会の日付と時間に応じて変化させたらどうかと思って」
ナマエは金貨をつまみ、松明の光にかざした。
「……『変幻自在術』を掛けるのか?」
「ええ。よくわかったわね!その魔法はかなり複雑なの。手伝ってもらえる?」
「もちろん。でも、信じられないな」
ナマエは金貨を返しながら言った。
「俺のポケットの『検知不能拡大呪文』に目くじらを立ててたあんたが?」
「やっぱりそうだったのね!」
ハーマイオニーが鋭く言った。ナマエは両手を上げた。
「褒めてるんだぜ。いいアイデアだ。金貨なら誰が持っててもおかしくないし、これならアンブリッジにもばれない」
ハーマイオニーは少しだけ得意そうにした。
「でしょう? ただし、なくさないでね」
「俺が?まさか」
「あなた、羽根ペンも本もよく置きっぱなしにするもの」
「それは濡れ衣だ」
「昨日も図書館に辞書を忘れていたわ」
ナマエは言い返せなくなった。
ハリーは思わず少し笑いそうになった。けれど隣のロンを見ると、笑いは引っ込んだ。ロンは耳を赤くして、二人を見ないようにしている。見ないようにしているのに、明らかに耳はハーマイオニーたちのほうを向いていた。
「すごいよ、ハーマイオニー」
ハリーは慌てて言った。
「それ、本当に便利だと思う」
ハーマイオニーはぱっと顔を明るくした。
「ありがとう、ハリー」
ロンはまだ黙っていた。ナマエがその様子に気づいたのか、金貨から手を離して、少しだけ後ろへ下がった。
「じゃ、俺も寮に戻るよ」
そう言ってナマエは離れていった。ハーマイオニーは一瞬だけナマエの背中を見たが、すぐに金貨を布袋へ戻した。
ハリーは、ロンが何か言うのではないかと思った。けれどロンはただ、床のクッションを足で押しやりながら、むっつりとした顔で言った。
「まあ、便利なんじゃない」
その言い方は、少しも便利そうには聞こえなかった。
