不死鳥の騎士団
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チチオヤが魔法省に呼び出されたことは瞬く間に学校中に伝わった。フレッドとジョージは明らかに落胆して、開発途中のずる休みスナックボックスを抱えてナマエのところにやってきた。
「センセはいつ帰ってくるんだ?」
「……知らない」
ハーマイオニーは双子の手元を咎めるような目つきで睨んでいたが、ナマエは気づかないふりをした。
ナマエがしばらく新しい耳飾りをつけて過ごしていても、アンブリッジに没収されることはなかった。
「石がついていないからじゃない?」
一部始終をハーマイオニーに話すと、彼女はこともなげに言った。
「そんなニフラーみたいに……」
「あの人は先生方の査察に夢中だもの。マクゴナガル先生なんか、ほとんど爆発寸前だったわ」
ハーマイオニーは言った。ナマエが受けているクラスではまだアンブリッジの査察は無かったが、聞く限りではその場で授業に身が入るとは思えなかった。アンブリッジはわざと教師の答えにくい質問で粗探しをし、文句を見つけては気に入らない教師を追い出すつもりに違いない──査察を見た生徒はみんなそのようなことを話していた。想像に難くなかった。
ナマエは査察がハグリッドがいない間で良かったかもしれない、と思ってから、少し後ろめたくなった。
ナマエは図書館でいつものようにハーマイオニーと向かい合って勉強に励んでいた。デートとは言い難いかもしれない。二人はそれから言葉を交わさずにひたすらルーン文字の翻訳に勤しんだ。カリカリという羽根ペンの音と、ページを捲る音以外はなかった。最近はナマエを見かけても二人の邪魔をしようと考える女子生徒はほとんどいなくなっていた。
ナマエはふと、顔を上げずにハーマイオニーの方を見た。ハーマイオニーは同じ行を三度ほど読み返しているようだった。羽根ペンの先が羊皮紙の上で止まり、また動き、結局何も書かないままインク壺の縁を軽く叩いた。ナマエはそれに気づいていたが、彼女が自分から話し出すまで待った。
「──あのね」
ハーマイオニーがためらいがちに言った。
「私、今日考えていたんだけど。あのね……そろそろ潮時じゃないかしら。むしろ自分たちでやるのよ」
ナマエは羽根ペンを止めて顔を上げた。真剣な顔のハーマイオニーを見て、注意深く耳を傾けた。
「『闇の魔術に対する防衛術』を自習するの」
ハーマイオニーが言った。
「自習」
ナマエが繰り返すと、突然ハーマイオニーの顔は、S.P.E.W.の話をするときにいつも見せる、迸るような情熱で輝きはじめた。
「それはね、自分を鍛えるってことなのよ。ハリーが最初のアンブリッジの授業で言ったの。外の世界で待ち受けているものに対して準備をするのよ。それは、私たちが確実に自己防衛できるようにするということなの。もしこの一年間、私たちが何にも学ばなかったら──私たち、本からだけ学ぶという段階は通り越してしまったと思うわ」
ハーマイオニーが言った。ナマエはレポートを諦めて羊皮紙を丸めた。
「つまり、何か考えがあるんだな?」
「私たちに必要なのは、先生よ。ちゃんとした先生。呪文の使い方を教えてくれて、間違ったら直してくれる先生」
ナマエは少し考え、頼れそうな大人を何人か浮かべてみようと試みた。
「……親父のことじゃないよな?」
「それも考えたわ。けど、チチオヤ先生はアンブリッジ先生に目を付けられているでしょう?それに、いつ戻ってくるかもわからないわ。それで──ああ、わからない?」
ナマエは眉を下げた。
「……あんたが教える?」
「違うわ!──ハリーに教わるのよ!」
ナマエは一瞬目を丸くしてから、顎に手を当てて考え込んだ。ハリーが誰かにものを教えているところは、正直あまり想像できなかった。むしろ、追い詰められて怒鳴っている姿の方が先に浮かんだ。けれど、闇の魔術に対する防衛術でハリー以上に実戦経験のある生徒など、ホグワーツ中を探してもいないだろう。
「ハリーは……アー……ハリーは確かに……そうだな……防衛術の成績は学年一位だった」
苦々しく言ったナマエとは裏腹に、ハーマイオニーの顔が明るくなった。ナマエは唸った。
「けど、ハリーが『よし、わかった』って引き受けるとは思えないな……」
「わたし、今夜話してみるわ──ハリーはまた罰則を受けているから、帰ってきたら」
「また?授業もろくにしないくせに、最低のばばあだ」
ナマエの乱暴な言葉遣いを珍しくハーマイオニーは咎めなかった。
「どうかしら、あなたの知り合いでハリーに教わりたいって人はいる?」
「うん。少なくともレイブンクローはこのまま実技を受けたいと思わないだろうな。テリー、アンソニー、マイケル、パドマ、ルーナ、チョウに──」
ナマエは指折り数えてから顔を顰めた。
「この人数が集まるのはまずいな」
「今度のホグズミード行きがあるでしょう?その時に集まるのはどう?」
ハーマイオニーが言った。ナマエはわざとらしくむくれた。
「二人でデートができると思ってたのに──わかった。あんたがハリーの説得に成功したら、声をかけておくよ」
「あなたも説得してくれないの?」
「するよ、する。まあ、ハーマイオニーの言うことを聞かないのに、俺の言うことを聞くとは思えないけど」
「あら、弱気ね」
「だって……」
ドラコだけでなく、ハリーまでも最近はナマエを避けている気がした。ナマエとハーマイオニーが付き合っていることが周知の事実となってから、ロンがナマエを膿を見るような目で見ているからだろうか。ハリーはロンほど露骨ではなかったが、話しかける前に一瞬だけ迷うようになった。
それがナマエには、思ったより堪えた。
ハーマイオニーは何も言わず、ナマエの前髪を整えた。指先が額に触れて、ナマエは少しだけ目を伏せた。
それから、ハーマイオニーは頬にキスをした。
ナマエは眉を緩めてはにかんだ。
「……俺を慰めるのがうまいな」
「ふふ」
ホグズミード行きの日までに、ハーマイオニーは見事にハリーを説得したらしかった。志願者を連れてホッグズ・ヘッドに来るように告げられ、ナマエはレイブンクローの友人たちと、そしてナマエに何度か声をかけてきた女子生徒数名にそれを伝えた。
アンソニー、テリー、マイケルとホッグズ・ヘッドの扉を開けると、以前と変わらず、古びて掃除の行き届いていない、薄暗いバーだった。床はべたつき、窓は長いあいだ拭かれていないように曇っていた。カウンターの上には欠けたグラスが並び、暖炉の火はあるのに、店の中は少しも暖かく感じられなかった。
うっすらとヤギのような匂いがして、カウンターにはヴェールを被った魔女と、むっつりと愛想のなさそうなバーテンダーが場違いな生徒たちを睨め付けていた。ナマエたちは、どう考えても目立っていた。
「ナマエ、あんまりジロジロ見ちゃだめだ。絡まれるよ」
アンソニーが言った。
カウンターから視線を外すと、店の奥の暖炉の前に人だかりができていることに気がついた。ホグワーツの生徒たちだ。ざっと三十人近く集まっていた。その真ん中にハリー、ハーマイオニー、ロンがいた。
ナマエはアンソニーたちを引き連れ、生徒をかき分けてハリーたちに近づくと、ハリーが信じられないという顔をしてナマエを見た。
「君はいったい、みんなに何て言ったんだ?」
ハリーは低い声で聞いた。久しぶりにハリーが真っ直ぐにナマエに話しかけているような気がした。
「いったい、みんな、何を期待してるんだ?」
ハリーが心底不思議そうに言うので、ナマエは肩をすくめた。
「俺はただちょっと──ハリーは、有体の守護霊を作り出せるらしいとか、それと──アンブリッジの悪口とか──そういう話を少ししただけだぜ?」
ナマエはレイブンクローの生徒の方を見てから、ハリーににっこり笑った。しかし、なぜかハリーの顔は晴れなかった。チョウを連れてきたことでハリーの気分が良くなるだろうと踏んでいたので、ナマエは不思議に思った。
ハーマイオニーが興奮した様子で割り込んだ。
「ハリー、最初は私とナマエが話すわ」
「えっ、いや。俺よりあんたのほうがスピーチがうまいと思う」
ナマエが即座に拒否すると、ハーマイオニーは一瞬眉を寄せたが、少し気をよくしたようだとわかった。
「えー」
ハーマイオニーは緊張で、いつもより声が少し上ずっていた。
「それでは……えー、こんにちは」
みんなが、こんどはハーマイオニーのほうに注意を集中したが、目はときどきハリーのほうに走らせていた。
「さて……えーと……じゃあ、みなさん、なぜここに集まったか、わかっているでしょう。えーと……じゃあ、ここにいるハリーの考えでは──」
ハリーがハーマイオニーをきつい目で見ると、ハーマイオニーは慌てて言い直した。
「私──私とナマエの考えでは──いい考えだと思うんだけど、『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が──つまり、アンブリッジが教えてるようなクズじゃなくて、本物を勉強したい人という意味だけど」
ハーマイオニーの声が急に自信に満ち、力強くなった。
「なぜなら、あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とは言えません」
そうだ、そうだ、とアンソニーが合いの手を入れ、ハーマイオニーは気をよくしたようだった。
「それで、いい考えだと思うのですが、私は、ええと、この件は自分たちで自主的にやってはどうかと考えました」
ハーマイオニーはひと息ついてハリーを横目で見てから言葉を続けた。
「そして、つまりそれは、適切な自己防衛を学ぶということであり、単なる理論ではなく、本物の呪文を──試験だけでなく、私はきちんと身を護る訓練を受けたいの。なぜなら……なぜなら……」
ハーマイオニーは大きく息を吸い込んで最後の言葉を言った。
「なぜならヴォルデモートが戻ってきたからです」
たちまち予想どおりの反応があった。マリエッタは金切り声を上げ、バタービールをこぼして自分の服にひっかけた。テリー、アンソニー、マイケルも少し顔が強張り、パドマは身震いし、ネビルはヒエッと奇声を発しかけたが、咳をしてなんとかごまかした。しかし、全員がますますらんらんとした目でハリーを見つめた。ナマエはハリーの顔色を窺って、テリー、アンソニー、マイケルがあからさまな反応をしないことに安堵した。
「じゃ……とにかく、そういう計画です」
ハーマイオニーが言った。
「みなさんが一緒にやりたければ、どうやってやるかを決めなければなりません」
「『例のあの人』が戻ってきたっていう証拠がどこにあるんだ?」
ハッフルパフ生が、食ってかかるような声で言った。以前、ナマエが沈黙呪文を喰らわせた上級生だった。
「まず、ダンブルドアがそう信じていますし──」
ハーマイオニーが言いかけた。
「ダンブルドアがその人を信じてるって意味だろ」
今度はハッフルパフのザカリアスがハリーのほうに顎をしゃくった。ナマエは口をパクパクさせて「よせ」と伝えようとしたが、ザカリアスは気がついていないようだった。
「君、いったい誰?」
ナマエが何か口を挟む前に、ロンがぶっきらぼうに聞いた。
「ザカリアス・スミス」
ザカリアスが答えた。
「それに僕たちは、ハリーがなぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」
ロンが怒って一歩前に出ようとすると、ハリーが制した。
「かまわないよ」
ナマエはハリーを見た。ハリーはまるで何も気にしていないような顔をしていたが、握り込まれた拳が震えていた。
「僕はやつを見たんだ。だけど、先学期ダンブルドアが、何が起きたのかを全校生に話した。だから、君がそのときダンブルドアを信じなかったのなら、僕のことも信じないだろう。僕は誰かを信用させるために、午後一杯をむだにするつもりはない」
ハリーが話す間、全員が息を殺しているようだった。バーテンまでも聞き耳を立てているような気がした。ナマエはちらりとカウンターに目をやった。ヴェールを被った魔女がじっと聞き耳を立てていた。ナマエはなんとなく違和感を覚えた。魔女だと思ったのは、その人物が女性用のレースのような意匠をあしらったローブを身につけていたからだ。いかにも値打ちのありそうな厚いローブだが、乱暴に扱ったのかあちこちがほつれている。それに、ロックグラスに添えられた手はいやにふしくれだって赤黒かった。まるで男の手だ。
「ヴォルデモートがどんなふうに人を殺すのかをはっきり聞きたいからここに来たのなら、生憎だったな」
ハリーの声でナマエの意識は会合に引き戻された。
ハリーの癇癪はこのごろいつも爆発寸前だったが、いまもだんだん沸騰しているのがわかった。ハリーはザカリアスの挑戦的な顔から目を離さなかった。
「僕は、セドリック・ディゴリーのことを話したくない。わかったか!だから、もしみんながそのためにここに来たなら、すぐ出て行ったほうがいい」
ハリーは言い切っても、誰も席を立たなかった。そのとき、アンソニーが思い切って聞いた。
「──君は有体の守護霊を創り出せるって本当?」
集まった生徒が関心を示してざわめいた。
「うん」
ハリーは少し身構えるように答えると、途端、あちこちから感嘆の声が上がった。
「それに、君はダンブルドアの校長室にある剣でバジリスクを殺したのかい?」
テリーが言って、ナマエを見た。
「そうやって、ナマエを連れ戻したって」
「まあ、そうだ、うん」
ハリーが言った。それから、みんな口々にハリーがやってのけたことを挙げた。そして極め付けに、チョウも口を開いた。
「三校対抗試合でも、ハリーはどんなにいろいろな課題をやり遂げたか、みんな見ていたでしょう」
ハリーは得意げな顔に見えないように取り繕っていた。マイケルが追い討ちをかけた。
「ドラゴンの課題の飛行は、本当に良い飛びっぷりだった」
「僕、でも僕一人の力じゃないんだ。いろんな助けがあった、ドラゴンの課題も、水中人の課題も──」
ハリーがちらりとナマエを見た。
「実際、やり遂げたのはあんただぜ。もし俺が──俺や、他の誰かがあんたの立場になっても、あんなに見事に箒には乗れなかったし、泳いで人を助けたりもできなかった」
ナマエはハリーの謙遜を遮った。
「じゃあ、決まりだな?みんなハリーに教わりたい。そうだよな?」
ナマエは生徒たちに問いかけた。まばらに賛成の声が上がり、反対の声はなかった。
「週に一度、全員でどこかに集まろう──もちろん、クィディッチも、ゴブストーンクラブも、合唱クラブもない日に」
ナマエは抗議の声が上がる前に付け加えた。
ハーマイオニーはカバンを探って羊皮紙と羽根ペンを取り出し、それからちょっとためらった。何かを言おうとして、意を決しているかのようだった。
「私、考えたんだけど、ここに全員名前を書いてほしいの、誰が来たかわかるように。それと」
ハーマイオニーは大きく息を吸い込んだ。
「私たちのしていることを言いふらさないと、全員が約束するべきだわ。名前を書けば、私たちの考えていることを、アンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになります」
フレッドが羊皮紙に手を伸ばし、嬉々として名前を書いた。しかし、何人かは、リストに名前を連ねることにあまり乗り気ではないようだった。ナマエはそんな生徒たちを促すように率先して羽根ペンを手に取ったが、羊皮紙に触れた手が止まった。
「なんだ、名前を忘れたのか?」
ロンが鼻で笑いながら言った。ナマエは無視して自分の名前を書いた。
ナマエは羽根ペンを握ったまま、羊皮紙を見下ろした。字面はただの名簿に見えるが、見えない膜を張ったような違和感があった。──間違いなく、ハーマイオニーはこの羊皮紙に何か魔法をかけている。詳しくはわからなかったが、ナマエは半ば感心しながらハーマイオニーを見てにっこりした。ハーマイオニーも笑みを返したので、ロンはナマエにしか見えないようにわざとらしく視線を天井に向けた。
「まあ、なかなかうまくいったわね」
数分後、ハリー、ロンと一緒にホッグズ・ヘッドを出て、眩しい陽の光の中に戻ったとき、ハーマイオニーが満足げに言った。
「あのザカリアスの野郎、癪なやつだ」
遠くに小さく姿が見えるザカリアス・スミスの背中を睨みつけながら、ロンが言った。
「私もあの人はあんまり好きじゃない」
ハーマイオニーが言った。ナマエは肩をすくめた。彼を呼んだのはナマエだった。
「ハッフルパフの女子に話してたら、あいつも来たいって言うから。でも、そんなに悪いやつじゃないと思うぜ。ただちょっと、誰に対しても批判的なだけだ──な、別にいいだろ?」
「君に言わせれば、マルフォイの野郎もちょっと皮肉屋なだけで、悪いやつじゃないものな?」
ロンはそう言い放ったが、ハーマイオニーがいまにも火花を散らしそうなロンとナマエを睨んでから咳払いをした。
「まあ、そうね。正直、人数が多いに越したことはないわ──たとえば、マイケル・コーナーなんかは、ジニーと付き合っていなかったら来なかったでしょうし」
「なんだって?僕の妹と──マイケル・コーナーが?」
ロンが真っ赤に怒りながら言った。
「いつからなんだ──どいつだ?」
「レイブンクローの髪が黒い方。クィディッチで戦えるかもな」
ナマエは、マイケルがどうかロンをこてんぱんにやっつけて欲しいと願いながら言った。
「だけど!ジニーはハリーを好きだと思ってた」
ナマエはその言葉を聞いて、ジニーがハリーと目を合わせられないくらい緊張していた頃を思い出した。ハーマイオニーは哀れむような目でロンを見て、首を振った。
「ジニーはハリーが好きだったわ。だけど、もうずいぶん前に諦めたの。ハリー、あなたのこと好きじゃないってわけではないのよ、もちろん」
ハーマイオニーはハリーにそう付け加えたが、ハリーは上の空だった。ナマエには、ハリーがチョウの一挙手一投足を思い返すのに夢中だとすぐにわかった。チョウはホッグズ・ヘッドでハリーを見つめっぱなしだったのだ。
ナマエはできるだけさりげない声音を心がけて口を開いた。
「……ハーマイオニー、ふたりでスクリベンシャフトの店に行かないか?羽根ペンを新しくしたいんだ」
「ええ、いきましょう」
ロンは何か言いたげにナマエを睨んだが、ナマエは気づかないふりをした。
スクリベンシャフトの店は、ホッグズ・ヘッドとはまるで別世界だった。棚には色とりどりの羽根ペンが整然と並び、窓際の小瓶には金色や緑色のインクが光っている。店の中には紙とインクの匂いがして、ナマエはようやく少し息をついた。
ナマエは黒い羽根と金色の羽根を見比べながら、さっきから胸に引っかかっていたことを、どう言えば喧嘩にならないか考えていた。ナマエは思い切って言った。
「……なあ、ハーマイオニー。マイケルは──ちゃんとハリーのことを信じてるんだぜ。別にジニーと付き合ってなくたって──」
ハーマイオニーは急に動きを止めると、ぐるんとナマエの方を向いてから、恥入るように目を伏せた。
「ごめんなさい、私──」
「いやっ──いいんだ。わかってる……」
ナマエもバツが悪くなって眉を下げた。マイケルたちを信用してほしいだけで、ハーマイオニーを責めたい気持ちはなかった。ハーマイオニーが慎重になる理由もわかっている。ホグワーツの中にも外にも、ハリーを疑う人間が多すぎるのだ。
「な、どっちがいいかな?」
ナマエは明るい声で黒と金の羽根ペンを指差した。ハーマイオニーは顔を上げ、じっくり見てからどちらでもない羽根ペンを手に取った。
「……うーん、私はこっちが好きよ」
ナマエはハーマイオニーの手元を見た。白と灰の見事なまばら模様で、繊細な柄があしらわれた高そうな銀のペン先がついていた。
「俺が使うには上品すぎないか?」
「あなた、そういうことを言うわりに、綺麗なものが似合うのよ」
ハーマイオニーは少し得意そうに言った。
「センセはいつ帰ってくるんだ?」
「……知らない」
ハーマイオニーは双子の手元を咎めるような目つきで睨んでいたが、ナマエは気づかないふりをした。
ナマエがしばらく新しい耳飾りをつけて過ごしていても、アンブリッジに没収されることはなかった。
「石がついていないからじゃない?」
一部始終をハーマイオニーに話すと、彼女はこともなげに言った。
「そんなニフラーみたいに……」
「あの人は先生方の査察に夢中だもの。マクゴナガル先生なんか、ほとんど爆発寸前だったわ」
ハーマイオニーは言った。ナマエが受けているクラスではまだアンブリッジの査察は無かったが、聞く限りではその場で授業に身が入るとは思えなかった。アンブリッジはわざと教師の答えにくい質問で粗探しをし、文句を見つけては気に入らない教師を追い出すつもりに違いない──査察を見た生徒はみんなそのようなことを話していた。想像に難くなかった。
ナマエは査察がハグリッドがいない間で良かったかもしれない、と思ってから、少し後ろめたくなった。
ナマエは図書館でいつものようにハーマイオニーと向かい合って勉強に励んでいた。デートとは言い難いかもしれない。二人はそれから言葉を交わさずにひたすらルーン文字の翻訳に勤しんだ。カリカリという羽根ペンの音と、ページを捲る音以外はなかった。最近はナマエを見かけても二人の邪魔をしようと考える女子生徒はほとんどいなくなっていた。
ナマエはふと、顔を上げずにハーマイオニーの方を見た。ハーマイオニーは同じ行を三度ほど読み返しているようだった。羽根ペンの先が羊皮紙の上で止まり、また動き、結局何も書かないままインク壺の縁を軽く叩いた。ナマエはそれに気づいていたが、彼女が自分から話し出すまで待った。
「──あのね」
ハーマイオニーがためらいがちに言った。
「私、今日考えていたんだけど。あのね……そろそろ潮時じゃないかしら。むしろ自分たちでやるのよ」
ナマエは羽根ペンを止めて顔を上げた。真剣な顔のハーマイオニーを見て、注意深く耳を傾けた。
「『闇の魔術に対する防衛術』を自習するの」
ハーマイオニーが言った。
「自習」
ナマエが繰り返すと、突然ハーマイオニーの顔は、S.P.E.W.の話をするときにいつも見せる、迸るような情熱で輝きはじめた。
「それはね、自分を鍛えるってことなのよ。ハリーが最初のアンブリッジの授業で言ったの。外の世界で待ち受けているものに対して準備をするのよ。それは、私たちが確実に自己防衛できるようにするということなの。もしこの一年間、私たちが何にも学ばなかったら──私たち、本からだけ学ぶという段階は通り越してしまったと思うわ」
ハーマイオニーが言った。ナマエはレポートを諦めて羊皮紙を丸めた。
「つまり、何か考えがあるんだな?」
「私たちに必要なのは、先生よ。ちゃんとした先生。呪文の使い方を教えてくれて、間違ったら直してくれる先生」
ナマエは少し考え、頼れそうな大人を何人か浮かべてみようと試みた。
「……親父のことじゃないよな?」
「それも考えたわ。けど、チチオヤ先生はアンブリッジ先生に目を付けられているでしょう?それに、いつ戻ってくるかもわからないわ。それで──ああ、わからない?」
ナマエは眉を下げた。
「……あんたが教える?」
「違うわ!──ハリーに教わるのよ!」
ナマエは一瞬目を丸くしてから、顎に手を当てて考え込んだ。ハリーが誰かにものを教えているところは、正直あまり想像できなかった。むしろ、追い詰められて怒鳴っている姿の方が先に浮かんだ。けれど、闇の魔術に対する防衛術でハリー以上に実戦経験のある生徒など、ホグワーツ中を探してもいないだろう。
「ハリーは……アー……ハリーは確かに……そうだな……防衛術の成績は学年一位だった」
苦々しく言ったナマエとは裏腹に、ハーマイオニーの顔が明るくなった。ナマエは唸った。
「けど、ハリーが『よし、わかった』って引き受けるとは思えないな……」
「わたし、今夜話してみるわ──ハリーはまた罰則を受けているから、帰ってきたら」
「また?授業もろくにしないくせに、最低のばばあだ」
ナマエの乱暴な言葉遣いを珍しくハーマイオニーは咎めなかった。
「どうかしら、あなたの知り合いでハリーに教わりたいって人はいる?」
「うん。少なくともレイブンクローはこのまま実技を受けたいと思わないだろうな。テリー、アンソニー、マイケル、パドマ、ルーナ、チョウに──」
ナマエは指折り数えてから顔を顰めた。
「この人数が集まるのはまずいな」
「今度のホグズミード行きがあるでしょう?その時に集まるのはどう?」
ハーマイオニーが言った。ナマエはわざとらしくむくれた。
「二人でデートができると思ってたのに──わかった。あんたがハリーの説得に成功したら、声をかけておくよ」
「あなたも説得してくれないの?」
「するよ、する。まあ、ハーマイオニーの言うことを聞かないのに、俺の言うことを聞くとは思えないけど」
「あら、弱気ね」
「だって……」
ドラコだけでなく、ハリーまでも最近はナマエを避けている気がした。ナマエとハーマイオニーが付き合っていることが周知の事実となってから、ロンがナマエを膿を見るような目で見ているからだろうか。ハリーはロンほど露骨ではなかったが、話しかける前に一瞬だけ迷うようになった。
それがナマエには、思ったより堪えた。
ハーマイオニーは何も言わず、ナマエの前髪を整えた。指先が額に触れて、ナマエは少しだけ目を伏せた。
それから、ハーマイオニーは頬にキスをした。
ナマエは眉を緩めてはにかんだ。
「……俺を慰めるのがうまいな」
「ふふ」
ホグズミード行きの日までに、ハーマイオニーは見事にハリーを説得したらしかった。志願者を連れてホッグズ・ヘッドに来るように告げられ、ナマエはレイブンクローの友人たちと、そしてナマエに何度か声をかけてきた女子生徒数名にそれを伝えた。
アンソニー、テリー、マイケルとホッグズ・ヘッドの扉を開けると、以前と変わらず、古びて掃除の行き届いていない、薄暗いバーだった。床はべたつき、窓は長いあいだ拭かれていないように曇っていた。カウンターの上には欠けたグラスが並び、暖炉の火はあるのに、店の中は少しも暖かく感じられなかった。
うっすらとヤギのような匂いがして、カウンターにはヴェールを被った魔女と、むっつりと愛想のなさそうなバーテンダーが場違いな生徒たちを睨め付けていた。ナマエたちは、どう考えても目立っていた。
「ナマエ、あんまりジロジロ見ちゃだめだ。絡まれるよ」
アンソニーが言った。
カウンターから視線を外すと、店の奥の暖炉の前に人だかりができていることに気がついた。ホグワーツの生徒たちだ。ざっと三十人近く集まっていた。その真ん中にハリー、ハーマイオニー、ロンがいた。
ナマエはアンソニーたちを引き連れ、生徒をかき分けてハリーたちに近づくと、ハリーが信じられないという顔をしてナマエを見た。
「君はいったい、みんなに何て言ったんだ?」
ハリーは低い声で聞いた。久しぶりにハリーが真っ直ぐにナマエに話しかけているような気がした。
「いったい、みんな、何を期待してるんだ?」
ハリーが心底不思議そうに言うので、ナマエは肩をすくめた。
「俺はただちょっと──ハリーは、有体の守護霊を作り出せるらしいとか、それと──アンブリッジの悪口とか──そういう話を少ししただけだぜ?」
ナマエはレイブンクローの生徒の方を見てから、ハリーににっこり笑った。しかし、なぜかハリーの顔は晴れなかった。チョウを連れてきたことでハリーの気分が良くなるだろうと踏んでいたので、ナマエは不思議に思った。
ハーマイオニーが興奮した様子で割り込んだ。
「ハリー、最初は私とナマエが話すわ」
「えっ、いや。俺よりあんたのほうがスピーチがうまいと思う」
ナマエが即座に拒否すると、ハーマイオニーは一瞬眉を寄せたが、少し気をよくしたようだとわかった。
「えー」
ハーマイオニーは緊張で、いつもより声が少し上ずっていた。
「それでは……えー、こんにちは」
みんなが、こんどはハーマイオニーのほうに注意を集中したが、目はときどきハリーのほうに走らせていた。
「さて……えーと……じゃあ、みなさん、なぜここに集まったか、わかっているでしょう。えーと……じゃあ、ここにいるハリーの考えでは──」
ハリーがハーマイオニーをきつい目で見ると、ハーマイオニーは慌てて言い直した。
「私──私とナマエの考えでは──いい考えだと思うんだけど、『闇の魔術に対する防衛術』を学びたい人が──つまり、アンブリッジが教えてるようなクズじゃなくて、本物を勉強したい人という意味だけど」
ハーマイオニーの声が急に自信に満ち、力強くなった。
「なぜなら、あの授業は誰が見ても『闇の魔術に対する防衛術』とは言えません」
そうだ、そうだ、とアンソニーが合いの手を入れ、ハーマイオニーは気をよくしたようだった。
「それで、いい考えだと思うのですが、私は、ええと、この件は自分たちで自主的にやってはどうかと考えました」
ハーマイオニーはひと息ついてハリーを横目で見てから言葉を続けた。
「そして、つまりそれは、適切な自己防衛を学ぶということであり、単なる理論ではなく、本物の呪文を──試験だけでなく、私はきちんと身を護る訓練を受けたいの。なぜなら……なぜなら……」
ハーマイオニーは大きく息を吸い込んで最後の言葉を言った。
「なぜならヴォルデモートが戻ってきたからです」
たちまち予想どおりの反応があった。マリエッタは金切り声を上げ、バタービールをこぼして自分の服にひっかけた。テリー、アンソニー、マイケルも少し顔が強張り、パドマは身震いし、ネビルはヒエッと奇声を発しかけたが、咳をしてなんとかごまかした。しかし、全員がますますらんらんとした目でハリーを見つめた。ナマエはハリーの顔色を窺って、テリー、アンソニー、マイケルがあからさまな反応をしないことに安堵した。
「じゃ……とにかく、そういう計画です」
ハーマイオニーが言った。
「みなさんが一緒にやりたければ、どうやってやるかを決めなければなりません」
「『例のあの人』が戻ってきたっていう証拠がどこにあるんだ?」
ハッフルパフ生が、食ってかかるような声で言った。以前、ナマエが沈黙呪文を喰らわせた上級生だった。
「まず、ダンブルドアがそう信じていますし──」
ハーマイオニーが言いかけた。
「ダンブルドアがその人を信じてるって意味だろ」
今度はハッフルパフのザカリアスがハリーのほうに顎をしゃくった。ナマエは口をパクパクさせて「よせ」と伝えようとしたが、ザカリアスは気がついていないようだった。
「君、いったい誰?」
ナマエが何か口を挟む前に、ロンがぶっきらぼうに聞いた。
「ザカリアス・スミス」
ザカリアスが答えた。
「それに僕たちは、ハリーがなぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」
ロンが怒って一歩前に出ようとすると、ハリーが制した。
「かまわないよ」
ナマエはハリーを見た。ハリーはまるで何も気にしていないような顔をしていたが、握り込まれた拳が震えていた。
「僕はやつを見たんだ。だけど、先学期ダンブルドアが、何が起きたのかを全校生に話した。だから、君がそのときダンブルドアを信じなかったのなら、僕のことも信じないだろう。僕は誰かを信用させるために、午後一杯をむだにするつもりはない」
ハリーが話す間、全員が息を殺しているようだった。バーテンまでも聞き耳を立てているような気がした。ナマエはちらりとカウンターに目をやった。ヴェールを被った魔女がじっと聞き耳を立てていた。ナマエはなんとなく違和感を覚えた。魔女だと思ったのは、その人物が女性用のレースのような意匠をあしらったローブを身につけていたからだ。いかにも値打ちのありそうな厚いローブだが、乱暴に扱ったのかあちこちがほつれている。それに、ロックグラスに添えられた手はいやにふしくれだって赤黒かった。まるで男の手だ。
「ヴォルデモートがどんなふうに人を殺すのかをはっきり聞きたいからここに来たのなら、生憎だったな」
ハリーの声でナマエの意識は会合に引き戻された。
ハリーの癇癪はこのごろいつも爆発寸前だったが、いまもだんだん沸騰しているのがわかった。ハリーはザカリアスの挑戦的な顔から目を離さなかった。
「僕は、セドリック・ディゴリーのことを話したくない。わかったか!だから、もしみんながそのためにここに来たなら、すぐ出て行ったほうがいい」
ハリーは言い切っても、誰も席を立たなかった。そのとき、アンソニーが思い切って聞いた。
「──君は有体の守護霊を創り出せるって本当?」
集まった生徒が関心を示してざわめいた。
「うん」
ハリーは少し身構えるように答えると、途端、あちこちから感嘆の声が上がった。
「それに、君はダンブルドアの校長室にある剣でバジリスクを殺したのかい?」
テリーが言って、ナマエを見た。
「そうやって、ナマエを連れ戻したって」
「まあ、そうだ、うん」
ハリーが言った。それから、みんな口々にハリーがやってのけたことを挙げた。そして極め付けに、チョウも口を開いた。
「三校対抗試合でも、ハリーはどんなにいろいろな課題をやり遂げたか、みんな見ていたでしょう」
ハリーは得意げな顔に見えないように取り繕っていた。マイケルが追い討ちをかけた。
「ドラゴンの課題の飛行は、本当に良い飛びっぷりだった」
「僕、でも僕一人の力じゃないんだ。いろんな助けがあった、ドラゴンの課題も、水中人の課題も──」
ハリーがちらりとナマエを見た。
「実際、やり遂げたのはあんただぜ。もし俺が──俺や、他の誰かがあんたの立場になっても、あんなに見事に箒には乗れなかったし、泳いで人を助けたりもできなかった」
ナマエはハリーの謙遜を遮った。
「じゃあ、決まりだな?みんなハリーに教わりたい。そうだよな?」
ナマエは生徒たちに問いかけた。まばらに賛成の声が上がり、反対の声はなかった。
「週に一度、全員でどこかに集まろう──もちろん、クィディッチも、ゴブストーンクラブも、合唱クラブもない日に」
ナマエは抗議の声が上がる前に付け加えた。
ハーマイオニーはカバンを探って羊皮紙と羽根ペンを取り出し、それからちょっとためらった。何かを言おうとして、意を決しているかのようだった。
「私、考えたんだけど、ここに全員名前を書いてほしいの、誰が来たかわかるように。それと」
ハーマイオニーは大きく息を吸い込んだ。
「私たちのしていることを言いふらさないと、全員が約束するべきだわ。名前を書けば、私たちの考えていることを、アンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになります」
フレッドが羊皮紙に手を伸ばし、嬉々として名前を書いた。しかし、何人かは、リストに名前を連ねることにあまり乗り気ではないようだった。ナマエはそんな生徒たちを促すように率先して羽根ペンを手に取ったが、羊皮紙に触れた手が止まった。
「なんだ、名前を忘れたのか?」
ロンが鼻で笑いながら言った。ナマエは無視して自分の名前を書いた。
ナマエは羽根ペンを握ったまま、羊皮紙を見下ろした。字面はただの名簿に見えるが、見えない膜を張ったような違和感があった。──間違いなく、ハーマイオニーはこの羊皮紙に何か魔法をかけている。詳しくはわからなかったが、ナマエは半ば感心しながらハーマイオニーを見てにっこりした。ハーマイオニーも笑みを返したので、ロンはナマエにしか見えないようにわざとらしく視線を天井に向けた。
「まあ、なかなかうまくいったわね」
数分後、ハリー、ロンと一緒にホッグズ・ヘッドを出て、眩しい陽の光の中に戻ったとき、ハーマイオニーが満足げに言った。
「あのザカリアスの野郎、癪なやつだ」
遠くに小さく姿が見えるザカリアス・スミスの背中を睨みつけながら、ロンが言った。
「私もあの人はあんまり好きじゃない」
ハーマイオニーが言った。ナマエは肩をすくめた。彼を呼んだのはナマエだった。
「ハッフルパフの女子に話してたら、あいつも来たいって言うから。でも、そんなに悪いやつじゃないと思うぜ。ただちょっと、誰に対しても批判的なだけだ──な、別にいいだろ?」
「君に言わせれば、マルフォイの野郎もちょっと皮肉屋なだけで、悪いやつじゃないものな?」
ロンはそう言い放ったが、ハーマイオニーがいまにも火花を散らしそうなロンとナマエを睨んでから咳払いをした。
「まあ、そうね。正直、人数が多いに越したことはないわ──たとえば、マイケル・コーナーなんかは、ジニーと付き合っていなかったら来なかったでしょうし」
「なんだって?僕の妹と──マイケル・コーナーが?」
ロンが真っ赤に怒りながら言った。
「いつからなんだ──どいつだ?」
「レイブンクローの髪が黒い方。クィディッチで戦えるかもな」
ナマエは、マイケルがどうかロンをこてんぱんにやっつけて欲しいと願いながら言った。
「だけど!ジニーはハリーを好きだと思ってた」
ナマエはその言葉を聞いて、ジニーがハリーと目を合わせられないくらい緊張していた頃を思い出した。ハーマイオニーは哀れむような目でロンを見て、首を振った。
「ジニーはハリーが好きだったわ。だけど、もうずいぶん前に諦めたの。ハリー、あなたのこと好きじゃないってわけではないのよ、もちろん」
ハーマイオニーはハリーにそう付け加えたが、ハリーは上の空だった。ナマエには、ハリーがチョウの一挙手一投足を思い返すのに夢中だとすぐにわかった。チョウはホッグズ・ヘッドでハリーを見つめっぱなしだったのだ。
ナマエはできるだけさりげない声音を心がけて口を開いた。
「……ハーマイオニー、ふたりでスクリベンシャフトの店に行かないか?羽根ペンを新しくしたいんだ」
「ええ、いきましょう」
ロンは何か言いたげにナマエを睨んだが、ナマエは気づかないふりをした。
スクリベンシャフトの店は、ホッグズ・ヘッドとはまるで別世界だった。棚には色とりどりの羽根ペンが整然と並び、窓際の小瓶には金色や緑色のインクが光っている。店の中には紙とインクの匂いがして、ナマエはようやく少し息をついた。
ナマエは黒い羽根と金色の羽根を見比べながら、さっきから胸に引っかかっていたことを、どう言えば喧嘩にならないか考えていた。ナマエは思い切って言った。
「……なあ、ハーマイオニー。マイケルは──ちゃんとハリーのことを信じてるんだぜ。別にジニーと付き合ってなくたって──」
ハーマイオニーは急に動きを止めると、ぐるんとナマエの方を向いてから、恥入るように目を伏せた。
「ごめんなさい、私──」
「いやっ──いいんだ。わかってる……」
ナマエもバツが悪くなって眉を下げた。マイケルたちを信用してほしいだけで、ハーマイオニーを責めたい気持ちはなかった。ハーマイオニーが慎重になる理由もわかっている。ホグワーツの中にも外にも、ハリーを疑う人間が多すぎるのだ。
「な、どっちがいいかな?」
ナマエは明るい声で黒と金の羽根ペンを指差した。ハーマイオニーは顔を上げ、じっくり見てからどちらでもない羽根ペンを手に取った。
「……うーん、私はこっちが好きよ」
ナマエはハーマイオニーの手元を見た。白と灰の見事なまばら模様で、繊細な柄があしらわれた高そうな銀のペン先がついていた。
「俺が使うには上品すぎないか?」
「あなた、そういうことを言うわりに、綺麗なものが似合うのよ」
ハーマイオニーは少し得意そうに言った。
