不死鳥の騎士団
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「ああ、そうか」
キングスクロス駅でみんなと別れたナマエは、マグルのいない暗い路地裏でぽつりとつぶやいた。いつもなら、屋敷しもべ妖精のシノビーがここでナマエを待っている。しかし、今はシノビーも、ましてや父親のチチオヤも迎えになど来れるはずがなかった。
二人とも、今頃どこで何をしているのだろう──無事に生きているのだろうか。
ナマエは頭を振って路地から大通りに戻った。今は家に帰ることが先決だ。
しかし、ナマエはロンドンのマグルの街中を歩いたことがほとんどなかった。漏れ鍋がどこにあるのかもわからなかった。家から近くの街に降りたことはあっても、こんな都会から家まで帰れるだろうか。
ダンブルドアとて、ナマエがまさか家までの道を知らないだなんて思いもしなかっただろう。ナマエは恥ずかしくなった。
できるだけ不自然に見えないように歩いているつもりでも、マグルからジロジロ見られているような気がして落ち着かなかった。まさか魔法使いだとは思われていないだろうが、大きなトランクを抱えている自分は、家出少年か迷子か何かだと思われているに違いないと思った。
だんだんと日が落ちてきた。ナマエはキングスクロス駅の周りをしばらく歩いて、夕陽に照らされて運河に停泊しているナロー・ボートを眺め、溜息をついた。マグルの街には面白いものがたくさんあるが、見慣れない風景は帰れないとなるとただ不安を煽る一方だ。
諦めて、もう少し暗くなったら「夜の騎士バス」を呼ぼうと決めたときだった。
「ナマエ!何しているの?」
どこからかハーマイオニーの声が聞こえた。ナマエがキョロキョロとあたりを見回すと、路傍の車の中からハーマイオニーが身を乗り出して手を振っていた。
「ハーマイオニー!」
ナマエは顔をぱっと明るくして駆け寄った。運転座席にはハーマイオニーの両親もいて、ナマエが会釈をすると笑顔で応えた。籠に入れられたクルックシャンクスがちらりとナマエの顔を見た。
「私たち、少しお買い物をしてたの。ナマエ、どうしたの?」
ハーマイオニーが心配そうに聞くと、ナマエは情けなくも今の状況を話した。
ハーマイオニーは「まあ」と声を上げ、少し考えてから運転席にいる両親に何かを話し出した。そして、ハーマイオニーは両親の頬に順番にキスをすると、にっこりしてナマエを振り返った。
「ナマエ、お腹空いてない?」
ナマエが戸惑いながら答えると、ハーマイオニーは後部座席のドアを開けて道路に降り立った。
「さっきバーガーセットを買ったの、一緒に食べましょう」
ハーマイオニーは小さな声で言った。
「ママったらお買い物が長いから──ママたちはまだ用があるから、後で迎えにきてもらうわ」
「えっ?」
ナマエは目を瞬いて、ハーマイオニーとハーマイオニーの両親を見比べた。みんなニッコリ笑っていた。
「あの、ハーマイオニー、俺……すごく嬉しい」
ナマエが興奮で震える声で言ったので、ハーマイオニーはくすくす笑った。
「あっ」
ナマエは突然あることを思い出して自分のポケットをまさぐった。そして、コインの入った袋を取り出した。中からガリオン金貨を何枚か掴み、申し訳なさそうにハーマイオニーに差し出した。
「待って、ごめん。マグルのお金を持ってないんだ。どのくらいで足りるかわからない──」
「いいのよ、そんなに高くないから……」
ハーマイオニーはくすくす笑った。
二人はキングスクロス駅から近い広場のベンチに腰を下ろした。
周囲には、あちこちに鉄骨でできた巨大な竿のような機械がワイヤーを垂らしているのが見えた。ナマエがハーマイオニーを質問攻めにすると、マグルが奇妙な目でナマエたちの会話に聞き耳を立てていたので、ハーマイオニーは慌てて、バーガーの紙袋を広げた。
「なんか悪いな、あんたのパパとママの分だ」
ナマエは人数分のバーガーとポテトを見て言った。
「いいのよ、二人ともバーガーはそれほど好きじゃないし……ほら、歯医者なのよ。私は好きだけど」
ハーマイオニーが言った。
「マグルの街を見たいって言ってたから、ちょうどいいかなって思ったの」
「ありがとう。さっきよりずっと楽しい」
二人とも少し冷めたバーガーに口をつけた。初めて食べたマグルの食べ物は魔法界のものとさほど変わらず、美味しかった。
ペロリと平らげたナマエを見て、ハーマイオニーは笑った。
「そういえば、ハーマイオニー」
ナマエは食べ終わったバーガーの包み紙を丸めると、首元のシャツをぐいっと下げて、欠けてしまったメダイを見せた。
「ごめん、前にもらったのに壊しちゃった」
「ああ。付けてくれていたのね、いいのよ」
「でも、これ、本当に魔力があるみたいだぜ」
ハーマイオニーはそんなはずはないと言いたげな顔をした。
「まさか!マグルの教会のものよ?普通に売っているものだし……」
「ダンブルドアとマダム・ポンフリーが言ってたんだ──俺がクラウチ・ジュニアに骨を抜かれた後、何かが俺の傷を治そうとしたはずだって──でなきゃ、失血死しててもおかしくない状態だったって」
ナマエが言った。ハーマイオニーは少し目を赤くした。
「……昔、このメダイが配られたときは、マグルの間で流行っていた病が治ったり、罹らなかったりしたそうよ。……ただの迷信だと思っていたけど……」
ハーマイオニーは目を潤ませた。ナマエは穏やかに笑った。
「ありがと、ハーマイオニー」
「私は──何もしてないわ。でも、あなたが無事で本当によかった!」
ハーマイオニーは思い出したようにわっと声を上げてナマエに抱きついた。メダイを見せようとして、ハーマイオニーに傷跡が見えてしまったのだろうか。心配させるつもりはなかったが、ナマエの無事を喜んでくれて嬉しかった。ただ、おそらく自分だけが抱いている友情とは別の感情から、ナマエはどぎまぎしながらハーマイオニーの肩を両手で掴んで、距離を取った。
「あっ、ごめんなさい……」
ナマエは顔が熱いのを隠そうと顔を逸らすと、ハーマイオニーが罰の悪い顔をした。ナマエはしまった、と思った。
「や、嫌とかじゃない……」
ハーマイオニーは目を擦って伺うようにナマエの顔を覗き込んだ。ナマエは観念したように両手を上げた。諦めたというよりも、早く楽になりたいような気持ちだった。
「……クラムと付き合ってる?」
唐突な質問にハーマイオニーは目をぱちくりさせて、少し怒ったように言った。
「付き合ってないわよ、急にどうしたの」
からかわれていると思ったのだろうか。ナマエはほっと息をついて、手を下ろした。そして、勢いに任せてもう一度聞いた。
「じゃあ、ロンとは?」
「どうしてロンが出てくるのっ?」
ナマエに負けず劣らずハーマイオニーも真っ赤になっていた。
「いや……なんとなく」
ナマエは力が抜けて座り直した。早口で捲し立てる割に、違うとは言わないんだな、と思った。ハーマイオニーはそれ以上何も答えず、ナマエも追及はしなかった。気まずい沈黙が流れた。しばらくして、ナマエが口を開いた。
「……ハーマイオニー。そろそろ、俺が男の子だって気がつく頃なんじゃないか?」
適当にごまかして別の話題を振ったり、視線を運河へ飛ばして気まずい空間をやりすごしたりの方法がナマエの頭に無かったわけではない。ただ、ロンの名前に慌てふためくハーマイオニーを見たく無かった。そんな彼女の態度に白けるような気持ちを抱く自分が心地悪かった。その代わりに、自分の言葉に揺すぶられてはくれないかと、他愛もない賭けに出たまでだった。
ハーマイオニーは顔を真っ赤にほてらせて口をもごもごさせてから小さな声で言った。
「……フィニート、しないの?」
ナマエは目を瞬いた。
ユールボールの夜、ナマエはハーマイオニーに告白も同然の問いかけをして、情けなくも取り消した。自分とハーマイオニーとの距離を縮めたかったのに、間合いを勝手に測って、勝手に逃げた。それが不誠実なことだったのかもしれないと、今更になって思い至った。ナマエは真剣な顔でハーマイオニーを見た。
「しない。それに──効かなかったし」
「……そのようね」
本音ではあるが、軽口に聞こえてもいいと思っていた。逃げ道を塞いで気まずくなるなら、そのほうがずっといいと、まだ思っていた。
ハーマイオニーは急にクスクス笑って、立ち上がった。ナマエは感情を消化できないまま、その姿をぼんやり眺めると、ふと、目が合った。ハーマイオニーは両手をナマエの方に広げてにっこり言った。
「いいわよ、ハグしても。……男の子として」
最後の方は聞き取れないほど小さな声だった。反対に、ナマエは大きな声で聞き返した。
「っ本当に?」
「別に、したくないならいいの」
ハーマイオニーはぷいと横を向いた。日が落ち始めた中でも分かるほど、ハーマイオニーのふわふわした髪から覗く耳が紅く染まっていた。ナマエは堪らなくなって、立ち上がってしがみつくようにぎゅっとハーマイオニーを抱きしめた。思えば、自分からハーマイオニーを抱きしめたのは初めてかもしれない。
ハーマイオニーがどんな表情をしているかはわからなかった。柔らかくて温かい。腕の中でハーマイオニーの小さな肩を抱いている、ナマエはその事実にしっかり浮かれていた。
「──こんばんは、ナマエ」
だから、自分たち以外の人間のことはすっかり頭から抜け落ちていた。聞き覚えのある深い声がした。マグルの格好をした背の高い男が、いつのまにかナマエたちのそばにいた。
ナマエは反射的にぱっとハーマイオニーを離した。
「えっと」
見覚えがあるような気がした。表情の作り方が分からず、上擦った声が出た。ハーマイオニーも困って恥ずかしそうに顔を引き締める努力をしていた。
「キングズリーだ。ダンブルドアの命により君を探していた。君の家は帰れる状態にないのだ」
キングズリーは何も見ていなかったかのように告げた。そして、間をおいて言葉の意味がナマエの頭に入ってきた。
「あー、……えっ?」
目の前にあるのはまさしく廃墟だった。かろうじて建物が残っていた形跡が、所々の焼け落ちた柱で見てとれた。まるで何年も、何十年も前から人に見捨てられたかのようだった。しかし、木材の焼ける焦げ臭いにおいがはっきりとナマエの鼻に届いていた。
「──君の迎えを頼まれていた。念のため、早めに到着したのだが」
キングズリーが重々しく言った。ロンドンにキングズリーが現れてから、志麻はすぐに付き添い姿現しで家に帰ってきた。ハーマイオニーは、また連絡すると約束して、迎えにきた両親の車に乗り込んで行った。目の前の光景に呆然と立ち尽くしていると、ホグワーツを出発したのも、二人でいたことさえ今日のこととは思えなかった。
「念のため聞いておきたい、心当たりは?」
あると言えばあるし、ないと言えばない。チチオヤが死喰い人の恨みを買っているのは明白だ。本当に死喰い人の仕業なら、もし、自分が真っ直ぐに帰宅していたら、この頭上に闇の印が打ち上げられていたかもしれない。
「……あなたが考えている以上のことは、無いです」
ナマエは言った。
この家に執着があるとは自覚していなかったが、突然帰る場所が無くなってしまった喪失感がじわりと胸に染み込んだ。ふと、ネビルと約束したえら昆布がダメになってしまったな、と思った。
「あの……シリウスは無事?」
「ああ、既に新しい拠点に移動している。君も、そこで過ごしてもらう予定だ。今日のところはまだ何が起こるか分からない。調査は魔法省でも行うが、すぐに移動しよう」
キングズリーはそう言ってナマエに紙切れを手渡した。
「声を出さずに読んで──読んだね?よし」
ナマエが二の句をつぐ前にキングズリーは紙をしまい、腕を出した。ナマエはトランクを握り直して、もう片方の手で大人しくその腕に捕まった。
「では、行こう」