不死鳥の騎士団
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「ナマエ!元気だった?」
アンソニーがレイブンクローのテーブルで手招きをしていた。胸には監督生のバッジがキラリと光っていた。
「ああ、監督生」
ナマエはニッと笑って隣の席についた。ナマエの周りでわっと声が上がった。
「誰かと思った!」
マイケルがナマエの頭を見て言った。ずいぶん背が伸びていた。向かいの席のパドマも声を弾ませた。
「とってもいいわ!そっちの方が好きよ、わたし」
ナマエがにっこり満足そうに笑うと、テリーがニタニタしながら身を乗り出した。
「ナマエ、失恋でもしたのか?」
「してない。まだね」
ナマエはケロリと返事をした。気がつけば一年生が入場して、いつものように組み分け帽子が歌い始めていた。しかし、今年の歌は妙に長く、そして重かった。
──歴史の示す警告を
ホグワーツ校は危機なるぞ
外なる敵は恐ろしや
我らが内にて固めねば
崩れ落ちなん、内部より
すでに告げたり警告を
私は告げたり警告を……
いざいざ始めん、組分けを──
帽子は再び動かなくなった。拍手が湧き起こったが、呟きと囁きで萎みがちだった。
「今年はちょっと守備範囲が広がったと思わないか?」
マイケルが眉を吊り上げて言った。
「まったくだ」
テリーが同意した。組分け帽子は通常、ホグワーツの四つの寮の持つそれぞれの特性を述べ、帽子自身の役割を語るに留まっていた。学校に対して警告を発するなど、ナマエの記憶ではこれまでなかったことだ。なんとなく不安になった。ナマエがぼうっと上の空で、挙動不審なドラコや、行方がわからないチチオヤのこと。チチオヤにもらった耳飾りのこと、そして、復活したヴォルデモートのこと。それらを順番に思い出しては、なんとかそれらを結びつけようとしたが、ビリーウィグを素手で掴むようだった。
ゆっくりと一年生の列が短くなり、気づけばマクゴナガル先生が帽子と丸椅子を取り上げてきびきびと歩き去ると、ダンブルドア校長が立ち上がった。ナマエは、考え事のリストの中に、ダンブルドアがハリーを避けていることを挙げ忘れていたと気がついた。
「新入生よ」
ダンブルドアは唇に微笑を湛え、両腕を大きく広げて朗々と言った。
「おめでとう!古顔の諸君よ──お帰り!挨拶するには時がある。いまはその時にあらずじゃ。掻っ込め!」
うれしそうな笑い声が上がり、拍手が湧いた。目の前には、どこからともなく食べ物が現れていた。大きな肉料理、パイ、野菜料理、パン、ソース、かぼちゃジュースの大瓶。五卓のテーブルが重さに唸った。
ナマエは考えるのをやめて、骨付きチキンの皿を引き寄せた。
マイケルが思い出したように言った。
「そういえばナマエ。手紙で言ってたけど、家が火事になったって?」
「んーん、ほんほはかひひゃない──火事じゃない。多分、死喰い人に襲われた」
マイケルはフォークを動かすのを止めて声を低くした。
「君さ──もし、ハリー・ポッターがいなくても、そう思うのか?」
「思うさ。じゃなきゃ、毎年あんなに医務室の世話になったりしない」
「そう──」
テリーがマッシュポテトをマイケルとナマエの皿に山盛り乗せて、明るい声を出した。
「まあ、ナマエが無事でよかった!うん。ねっ、トニー」
「うん。本当に──」
話を振られたアンソニーが遠慮がちに笑った。すると、パドマが身を乗り出した。
「アンソニーったら、ナマエに何かあったから自分が監督生になったんじゃないかって、そう言うのよ」
ナマエは目を丸くしてアンソニーを見た。アンソニーはバツが悪そうな顔をした。
「まさか!どう考えたって、俺より向いてるのに!……まあ、成績は俺の方がいいかもしれないけど」
ナマエが付け加えると、アンソニーはほっとしたように笑った。
「確かに、ナマエよかアンソニーの方が世話焼きだもんね──ねえ、それ食べないの?」
テリーはナマエの目の前にあるブラック・プディングの皿を指差した。
「これ、苦手」
「ええ、今まで食べてたのに──じゃあ、もらいっ」
ナマエが答えると、テリーは大皿を自分の方にぐいっと寄せた。
生徒が食べ終わり、大広間のガヤガヤがまた立ち昇ってきたとき、ダンブルドアが立ち上がった。ナマエは満腹で眠気を感じながら、いつもの、禁じられた森には立ち入り禁止の説明や──フィルチの禁止事項についての話を聞いた。
「──今年は先生が二人替わった。グラブリー‐プランク先生がお戻りになったのを、心から歓迎申し上げる。『魔法生物飼育学』の担当じゃ。さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教授じゃ」
ナマエは目をぱちりと開いた。
「やった!プランク先生の授業、好きだわ!」
パドマが言った。ハリーたちが聞いたら怒るだろうなと思った。しかし──ハグリッドは何をしているのだろうと思いながら、ダンブルドアを見つめた。
「さらに──」
ダンブルドアが言葉を切り、何か用かな、という目でアンブリッジ先生を見た。アンブリッジ先生は立っても座っても同じぐらいの高さだったので、しばらくは、なぜダンブルドアが話をやめたのか誰もわからなかったが、アンブリッジ先生が「ェヘン、ェヘン」と咳払いをしたので、立ち上がっていることとスピーチをしようとしていることが明らかになった。アンブリッジ先生はレースが覗くピンク色のローブを纏い、頭には大きなリボンを飾っていた。薄目で見ると、女の子が遊ぶずんぐりしたおもちゃのお人形のようだった。
「校長先生」
アンブリッジ先生が作り笑いをした。
「歓迎のお言葉恐れ入ります」
女の子のような甲高い、ため息混じりの話し方だ。再び軽い咳払いをして(「ェヘン、ェヘン」)アンブリッジ先生は話を続けた。
「さて、ホグワーツに戻ってこられて、本当にうれしいですわ!そして、みなさんの幸せそうなかわいい顔がわたくしを見上げているのは素敵ですわ!」
アンブリッジ先生はまた咳払いした。ナマエは周りを見て「幸せそうなかわいい顔」をしているか確かめたが、あまりピンと来なかった。アンブリッジ先生が次に話し出そうとした瞬間、大広間の巨大な扉が、重々しい音を立てて左右に開かれた。
すべての生徒の視線が入り口に集中した。
そこに立っていたのは、煤けたような漆黒の旅装を纏った男だった。
どこか浮世離れした空気を漂わせた男は、周囲の視線など一顧だにせず、カツン、カツンと乾いた音を立てて迷いなく中央の通路を歩いて教員席に向かった。
男の顔が近づき、ナマエたちのいる席を通り過ぎた時、ほんの一瞬目が合った。ナマエは驚きのあまり、呼吸を忘れていた。
「…………父上っ?」
ナマエの口から、乾いた声が漏れた。
「マーリンの髭!」
ナマエの言葉を聞いたマイケルが小さく叫んだ。
男は教職員席の前まで来ると、演説を始めようとしていたアンブリッジの目の前でぴたりと止まった。
「ご機嫌よう、ダンブルドア。宴を中断させてしまい申し訳ない」
男──チチオヤは、アンブリッジなど存在しないかのように、ダンブルドアにだけ言葉を投げた。ナマエは呆然とその姿を見つめていた。ナマエの記憶よりも青白く、痩せて頬が窪んでいるが、間違いなくチチオヤだ。
「これはこれは──構いませんぞ、チチオヤ。食事は済んでしまったからのう」
ダンブルドアは目を細めてから穏やかに微笑んだ。
思わず立ち上がりかけたナマエを、アンソニーが席に引き戻した。訳がわからなかった。
ずっと行方知れずで、手紙の一通も寄越さず、生きているのか死んでいるのかもわからなかった父親が、ホグワーツにやってきた。驚きと、安堵と、苛立ちと、不信感。目の前の状況を処理できず、ナマエは拳を白くなるほど握りしめた。
「……ェヘン!」
アンブリッジの、少女のような、それでいてひどく不自然な咳払いが大広間に響き渡った。
チチオヤはゆっくりとアンブリッジの方に向き直り、にこりと愛想よく笑った。
「失礼。ご機嫌よう、ドローレス。よもやこんな場であなたに会えるとは」
「──チチオヤ。随分とお久しぶりですわね。何のご用があってこの学校に?」
「もちろん、仕事だ」
チチオヤは答えた。アンブリッジは、手に持ったピンク色のハンドバッグを握りしめ、口元だけを三日月のように歪めていた。
「まさか……教師をなさるおつもり?魔法省の……つまりコーネリウス・ファッジ大臣の承諾なしに、このような独断的な人事が行われるとは。……校長が適切な候補者を見つけられない場合には、省が指名権を行使することになっておりますの。わたくし、ドローレス・アンブリッジは、そのためにここに遣わされたのですわ」
大広間の生徒たちは二人の大人を交互に見てざわめきつつ、会話を聞き漏らすまいと声を低くしていた。
こんな事態は初めてだ。他の先生も固唾を飲んで二人の様子を見守っていた。
アンブリッジが大きく息を吸って胸を張った。
「魔法省にはホグワーツの人事に介入する正当な権限がございます。わたくし、ドローレス・アンブリッジは、防衛術の教授として……そして省の目として、不適切な者の任用を看過するわけには参りませんの」
彼女の目は、獲物を狙うヒキガエルのようにギラギラとチチオヤを射抜いていた。
「おやおや……勘違いなさるな、ドローレス。私は『教師』としてここに来たのではない」
チチオヤは、ゆっくりと首を振って、生徒の方に向き直った。彼は懐から、銀色の鎖で繋がれた古めかしい記章を取り出した。それを宙に据えると、生徒に向かって仰々しく、しかしどこか慇懃無礼な一礼をした。
「聖マンゴ魔法疾患傷害病院、および国際医療魔術師連盟の要請により、この学校の保健衛生環境を改善するために派遣された──チチオヤ・ミョウジだ。今後は特任校医として──」
「校医……? 医務室にはポピー・ポンフリーがおりますわ!」
チチオヤの声は、ゆったりと低く、大広間の石壁に反響した。それとは反対にアンブリッジの甲高い声が更に上ずった。ミョウジという名前に生徒の何人かがナマエのほうに目を向けているのを感じた。
「もちろん、ポピーのことは存じておりますとも。非常に優秀な女性だ。……しかし、一人の魔女に、数百人の生徒の精神と肉体の管理を任せきりにする。それが魔法省の推奨する『安全な学校』と言えますかな? 」
チチオヤは柔和に微笑んで、先ほどよりも少し声を張り上げた。
「……去年の『三大魔法学校対抗試合』における、セドリック・ディゴリー氏の痛ましい事件。これを受け、医療連盟はホグワーツの安全管理体制に重大な懸念を抱いております。生徒の精神的ケア、および不測の事態に備えた高度な医療体制の構築。これを怠れば、連盟は国際基準に基づき、ホグワーツの認可そのものを再検討せざるを得ない。……これらはすべて、省の怠慢による『医療過誤』と言える──というのが、連盟の見解です」
表情にそぐわない無慈悲な言葉に、アンブリッジはひくりと唇を震わせた。アンブリッジは絶句した。セドリックの死を「事故」だと言い張っているのは魔法省自身だ。その論理を逆手に取られ、彼女は反論の術を失った。セドリックの話が出たことで、大広間の生徒と、教員席が凍りついた。
「結構、結構」
ダンブルドアが手を挙げて二人の前に出た。
「今しがたお二人には自己紹介いただいたが……新しい闇の魔術の防衛術の先生のアンブリッジ先生と──校医のミスターミョウジじゃ。みなの安全と教育のために、尽力してくださる」
拍手はほとんど起こらなかった。チチオヤは会釈して、息子であるナマエには目もくれず教員席を横切って奥のドアに消えていった。そのとき、スネイプがチチオヤを見て立ち上がり、後に続いて大広間を出て行った。ナマエは怪訝にそれを見つめた。
チチオヤ・ミョウジという名前に、生徒の何人かがナマエの方を見てヒソヒソ話しているのを感じた。グリフィンドールのテーブルを見ると、ハリーたちと目が合った。ドラコの方を見ると、口をあんぐり開けてこちらを見ていた。マルフォイ家にとっても、予想外のことだったらしい。
アンブリッジはまたまた「ェヘン、ェヘン」と軽い咳払いをして、チチオヤによって中断された話を再開したが、ナマエの耳にはまるでなにも入ってこなかった。
「ナマエのパパ、なんていうか……あんまり似てないね?」
テリーがナマエにおずおずと言った。ナマエはため息をついた。
「気を遣わなくていいよ。あの人、感じ悪いだろ」
「そうかな?僕はあのピンクの方が嫌だな……あの女、レイブンクロー出身だと思う?」
「嫌味ったらしいし、権威主義だし……スリザリンであって欲しいな。恥晒しはロックハートで十分」
マイケルがおえっとして言った。アンソニーは不安そうな顔をして言った。
「ねえ、魔法省から先生が来たことなんてあった?」
「……たしかに」
ナマエはもう一度アンブリッジのほうに目を向けた。聴衆のざわつきなど気がつかないように話し続けていた。正直、生徒のどれだけが日刊預言者新聞を信じているかはわからなかったが、魔法省がハリーとダンブルドアを敵視していることは明らかだった。
周りがガタガタ騒がしくなった。ダンブルドアがお開きを宣言したらしい。生徒たちが一斉に立ち上がり、それぞれの寮へと流れ出していく。アンソニーとパドマは、慣れない手つきで一年生の引率に加わっていった。
ナマエはその流れに逆らい、教職員席へ向かってツカツカと早足で歩いた。石床を叩く自分の足音が、妙に高く響いた。
「校長先生!」
呼び止めると、ダンブルドアは壇上から降りようとした足を止め、ゆっくりとナマエを振り返った。その動作は、まるでこうなることをずっと待っていたかのようだった。
「──君の言いたいことはわかっておる、ナマエ。しかし、それはわしも同じなのじゃ」
「先生も父上がここに来ることを予想していなかったと?」
ナマエの声には隠しきれない棘が滲んだ。マクゴナガル先生が気遣わしげにこちらを見ていたが、ダンブルドアが手で制すると、他の教員と一緒に奥の扉へと消えた。生徒たちがすっかりいなくなり、二人きりになると、ダンブルドアは三角の眼鏡の奥の目を細めた。
「仮説は何通りも立てておくべきじゃ……君の父君が今夜現れることはわしの想像力を少しばかり上回っておった。しかし、認めよう。いずれチチオヤはホグワーツに来ることはわかっておった」
「……わかっていた」
ナマエはその言葉を、苦い薬のように反芻した。
「……俺は父が死んだかもしれないと毎日思っていました。誰も、父上の生死すら教えてくれなかった。知っていて黙っていたのなら……それはあまりに、不親切じゃないですか」
絞り出すようなナマエの言葉に、大広間の天井に映し出された星空が、一瞬だけ翳ったように見えた。ダンブルドアは以前よりもずっと老いたような顔で、その魔法の星空を仰ぎ見た。
「真実を教えてください。父上は何を隠しているんですか。俺はなんでルシウス・マルフォイに拐われていたんですか」
「真実か」
ダンブルドアはそう言うと深く長い溜め息をついた。
「それはとても美しくも恐ろしいものじゃ。だからこそ注意深く扱わなければなるまい……しかし、答えないほうがいいというはっきりした理由がない限り答えてやりたいが……時がくれば判るじゃろう。自ずとわかるかも知れぬし、チチオヤが話すかもしれん。しかし、それはわしの操れる問題ではないのじゃ」
ダンブルドアの視線がゆっくりと降りてきて、ナマエを見た。
「……そうですか」
ナマエは短く応じた。
喉の奥が熱く焼けるようだったが、これ以上食い下がっても突き崩せないことは明白だった。
「……お引き止めして、すみませんでした。校長先生。おやすみなさい」
ナマエはそれ以上は何も言わずに背を向けた。
石床を叩く自分の靴音がやけに響いた。
ナマエの背後で、大広間の巨大な扉が重々しく閉まる音が聞こえた。
アンソニーがレイブンクローのテーブルで手招きをしていた。胸には監督生のバッジがキラリと光っていた。
「ああ、監督生」
ナマエはニッと笑って隣の席についた。ナマエの周りでわっと声が上がった。
「誰かと思った!」
マイケルがナマエの頭を見て言った。ずいぶん背が伸びていた。向かいの席のパドマも声を弾ませた。
「とってもいいわ!そっちの方が好きよ、わたし」
ナマエがにっこり満足そうに笑うと、テリーがニタニタしながら身を乗り出した。
「ナマエ、失恋でもしたのか?」
「してない。まだね」
ナマエはケロリと返事をした。気がつけば一年生が入場して、いつものように組み分け帽子が歌い始めていた。しかし、今年の歌は妙に長く、そして重かった。
──歴史の示す警告を
ホグワーツ校は危機なるぞ
外なる敵は恐ろしや
我らが内にて固めねば
崩れ落ちなん、内部より
すでに告げたり警告を
私は告げたり警告を……
いざいざ始めん、組分けを──
帽子は再び動かなくなった。拍手が湧き起こったが、呟きと囁きで萎みがちだった。
「今年はちょっと守備範囲が広がったと思わないか?」
マイケルが眉を吊り上げて言った。
「まったくだ」
テリーが同意した。組分け帽子は通常、ホグワーツの四つの寮の持つそれぞれの特性を述べ、帽子自身の役割を語るに留まっていた。学校に対して警告を発するなど、ナマエの記憶ではこれまでなかったことだ。なんとなく不安になった。ナマエがぼうっと上の空で、挙動不審なドラコや、行方がわからないチチオヤのこと。チチオヤにもらった耳飾りのこと、そして、復活したヴォルデモートのこと。それらを順番に思い出しては、なんとかそれらを結びつけようとしたが、ビリーウィグを素手で掴むようだった。
ゆっくりと一年生の列が短くなり、気づけばマクゴナガル先生が帽子と丸椅子を取り上げてきびきびと歩き去ると、ダンブルドア校長が立ち上がった。ナマエは、考え事のリストの中に、ダンブルドアがハリーを避けていることを挙げ忘れていたと気がついた。
「新入生よ」
ダンブルドアは唇に微笑を湛え、両腕を大きく広げて朗々と言った。
「おめでとう!古顔の諸君よ──お帰り!挨拶するには時がある。いまはその時にあらずじゃ。掻っ込め!」
うれしそうな笑い声が上がり、拍手が湧いた。目の前には、どこからともなく食べ物が現れていた。大きな肉料理、パイ、野菜料理、パン、ソース、かぼちゃジュースの大瓶。五卓のテーブルが重さに唸った。
ナマエは考えるのをやめて、骨付きチキンの皿を引き寄せた。
マイケルが思い出したように言った。
「そういえばナマエ。手紙で言ってたけど、家が火事になったって?」
「んーん、ほんほはかひひゃない──火事じゃない。多分、死喰い人に襲われた」
マイケルはフォークを動かすのを止めて声を低くした。
「君さ──もし、ハリー・ポッターがいなくても、そう思うのか?」
「思うさ。じゃなきゃ、毎年あんなに医務室の世話になったりしない」
「そう──」
テリーがマッシュポテトをマイケルとナマエの皿に山盛り乗せて、明るい声を出した。
「まあ、ナマエが無事でよかった!うん。ねっ、トニー」
「うん。本当に──」
話を振られたアンソニーが遠慮がちに笑った。すると、パドマが身を乗り出した。
「アンソニーったら、ナマエに何かあったから自分が監督生になったんじゃないかって、そう言うのよ」
ナマエは目を丸くしてアンソニーを見た。アンソニーはバツが悪そうな顔をした。
「まさか!どう考えたって、俺より向いてるのに!……まあ、成績は俺の方がいいかもしれないけど」
ナマエが付け加えると、アンソニーはほっとしたように笑った。
「確かに、ナマエよかアンソニーの方が世話焼きだもんね──ねえ、それ食べないの?」
テリーはナマエの目の前にあるブラック・プディングの皿を指差した。
「これ、苦手」
「ええ、今まで食べてたのに──じゃあ、もらいっ」
ナマエが答えると、テリーは大皿を自分の方にぐいっと寄せた。
生徒が食べ終わり、大広間のガヤガヤがまた立ち昇ってきたとき、ダンブルドアが立ち上がった。ナマエは満腹で眠気を感じながら、いつもの、禁じられた森には立ち入り禁止の説明や──フィルチの禁止事項についての話を聞いた。
「──今年は先生が二人替わった。グラブリー‐プランク先生がお戻りになったのを、心から歓迎申し上げる。『魔法生物飼育学』の担当じゃ。さらにご紹介するのが、アンブリッジ先生、『闇の魔術に対する防衛術』の新任教授じゃ」
ナマエは目をぱちりと開いた。
「やった!プランク先生の授業、好きだわ!」
パドマが言った。ハリーたちが聞いたら怒るだろうなと思った。しかし──ハグリッドは何をしているのだろうと思いながら、ダンブルドアを見つめた。
「さらに──」
ダンブルドアが言葉を切り、何か用かな、という目でアンブリッジ先生を見た。アンブリッジ先生は立っても座っても同じぐらいの高さだったので、しばらくは、なぜダンブルドアが話をやめたのか誰もわからなかったが、アンブリッジ先生が「ェヘン、ェヘン」と咳払いをしたので、立ち上がっていることとスピーチをしようとしていることが明らかになった。アンブリッジ先生はレースが覗くピンク色のローブを纏い、頭には大きなリボンを飾っていた。薄目で見ると、女の子が遊ぶずんぐりしたおもちゃのお人形のようだった。
「校長先生」
アンブリッジ先生が作り笑いをした。
「歓迎のお言葉恐れ入ります」
女の子のような甲高い、ため息混じりの話し方だ。再び軽い咳払いをして(「ェヘン、ェヘン」)アンブリッジ先生は話を続けた。
「さて、ホグワーツに戻ってこられて、本当にうれしいですわ!そして、みなさんの幸せそうなかわいい顔がわたくしを見上げているのは素敵ですわ!」
アンブリッジ先生はまた咳払いした。ナマエは周りを見て「幸せそうなかわいい顔」をしているか確かめたが、あまりピンと来なかった。アンブリッジ先生が次に話し出そうとした瞬間、大広間の巨大な扉が、重々しい音を立てて左右に開かれた。
すべての生徒の視線が入り口に集中した。
そこに立っていたのは、煤けたような漆黒の旅装を纏った男だった。
どこか浮世離れした空気を漂わせた男は、周囲の視線など一顧だにせず、カツン、カツンと乾いた音を立てて迷いなく中央の通路を歩いて教員席に向かった。
男の顔が近づき、ナマエたちのいる席を通り過ぎた時、ほんの一瞬目が合った。ナマエは驚きのあまり、呼吸を忘れていた。
「…………父上っ?」
ナマエの口から、乾いた声が漏れた。
「マーリンの髭!」
ナマエの言葉を聞いたマイケルが小さく叫んだ。
男は教職員席の前まで来ると、演説を始めようとしていたアンブリッジの目の前でぴたりと止まった。
「ご機嫌よう、ダンブルドア。宴を中断させてしまい申し訳ない」
男──チチオヤは、アンブリッジなど存在しないかのように、ダンブルドアにだけ言葉を投げた。ナマエは呆然とその姿を見つめていた。ナマエの記憶よりも青白く、痩せて頬が窪んでいるが、間違いなくチチオヤだ。
「これはこれは──構いませんぞ、チチオヤ。食事は済んでしまったからのう」
ダンブルドアは目を細めてから穏やかに微笑んだ。
思わず立ち上がりかけたナマエを、アンソニーが席に引き戻した。訳がわからなかった。
ずっと行方知れずで、手紙の一通も寄越さず、生きているのか死んでいるのかもわからなかった父親が、ホグワーツにやってきた。驚きと、安堵と、苛立ちと、不信感。目の前の状況を処理できず、ナマエは拳を白くなるほど握りしめた。
「……ェヘン!」
アンブリッジの、少女のような、それでいてひどく不自然な咳払いが大広間に響き渡った。
チチオヤはゆっくりとアンブリッジの方に向き直り、にこりと愛想よく笑った。
「失礼。ご機嫌よう、ドローレス。よもやこんな場であなたに会えるとは」
「──チチオヤ。随分とお久しぶりですわね。何のご用があってこの学校に?」
「もちろん、仕事だ」
チチオヤは答えた。アンブリッジは、手に持ったピンク色のハンドバッグを握りしめ、口元だけを三日月のように歪めていた。
「まさか……教師をなさるおつもり?魔法省の……つまりコーネリウス・ファッジ大臣の承諾なしに、このような独断的な人事が行われるとは。……校長が適切な候補者を見つけられない場合には、省が指名権を行使することになっておりますの。わたくし、ドローレス・アンブリッジは、そのためにここに遣わされたのですわ」
大広間の生徒たちは二人の大人を交互に見てざわめきつつ、会話を聞き漏らすまいと声を低くしていた。
こんな事態は初めてだ。他の先生も固唾を飲んで二人の様子を見守っていた。
アンブリッジが大きく息を吸って胸を張った。
「魔法省にはホグワーツの人事に介入する正当な権限がございます。わたくし、ドローレス・アンブリッジは、防衛術の教授として……そして省の目として、不適切な者の任用を看過するわけには参りませんの」
彼女の目は、獲物を狙うヒキガエルのようにギラギラとチチオヤを射抜いていた。
「おやおや……勘違いなさるな、ドローレス。私は『教師』としてここに来たのではない」
チチオヤは、ゆっくりと首を振って、生徒の方に向き直った。彼は懐から、銀色の鎖で繋がれた古めかしい記章を取り出した。それを宙に据えると、生徒に向かって仰々しく、しかしどこか慇懃無礼な一礼をした。
「聖マンゴ魔法疾患傷害病院、および国際医療魔術師連盟の要請により、この学校の保健衛生環境を改善するために派遣された──チチオヤ・ミョウジだ。今後は特任校医として──」
「校医……? 医務室にはポピー・ポンフリーがおりますわ!」
チチオヤの声は、ゆったりと低く、大広間の石壁に反響した。それとは反対にアンブリッジの甲高い声が更に上ずった。ミョウジという名前に生徒の何人かがナマエのほうに目を向けているのを感じた。
「もちろん、ポピーのことは存じておりますとも。非常に優秀な女性だ。……しかし、一人の魔女に、数百人の生徒の精神と肉体の管理を任せきりにする。それが魔法省の推奨する『安全な学校』と言えますかな? 」
チチオヤは柔和に微笑んで、先ほどよりも少し声を張り上げた。
「……去年の『三大魔法学校対抗試合』における、セドリック・ディゴリー氏の痛ましい事件。これを受け、医療連盟はホグワーツの安全管理体制に重大な懸念を抱いております。生徒の精神的ケア、および不測の事態に備えた高度な医療体制の構築。これを怠れば、連盟は国際基準に基づき、ホグワーツの認可そのものを再検討せざるを得ない。……これらはすべて、省の怠慢による『医療過誤』と言える──というのが、連盟の見解です」
表情にそぐわない無慈悲な言葉に、アンブリッジはひくりと唇を震わせた。アンブリッジは絶句した。セドリックの死を「事故」だと言い張っているのは魔法省自身だ。その論理を逆手に取られ、彼女は反論の術を失った。セドリックの話が出たことで、大広間の生徒と、教員席が凍りついた。
「結構、結構」
ダンブルドアが手を挙げて二人の前に出た。
「今しがたお二人には自己紹介いただいたが……新しい闇の魔術の防衛術の先生のアンブリッジ先生と──校医のミスターミョウジじゃ。みなの安全と教育のために、尽力してくださる」
拍手はほとんど起こらなかった。チチオヤは会釈して、息子であるナマエには目もくれず教員席を横切って奥のドアに消えていった。そのとき、スネイプがチチオヤを見て立ち上がり、後に続いて大広間を出て行った。ナマエは怪訝にそれを見つめた。
チチオヤ・ミョウジという名前に、生徒の何人かがナマエの方を見てヒソヒソ話しているのを感じた。グリフィンドールのテーブルを見ると、ハリーたちと目が合った。ドラコの方を見ると、口をあんぐり開けてこちらを見ていた。マルフォイ家にとっても、予想外のことだったらしい。
アンブリッジはまたまた「ェヘン、ェヘン」と軽い咳払いをして、チチオヤによって中断された話を再開したが、ナマエの耳にはまるでなにも入ってこなかった。
「ナマエのパパ、なんていうか……あんまり似てないね?」
テリーがナマエにおずおずと言った。ナマエはため息をついた。
「気を遣わなくていいよ。あの人、感じ悪いだろ」
「そうかな?僕はあのピンクの方が嫌だな……あの女、レイブンクロー出身だと思う?」
「嫌味ったらしいし、権威主義だし……スリザリンであって欲しいな。恥晒しはロックハートで十分」
マイケルがおえっとして言った。アンソニーは不安そうな顔をして言った。
「ねえ、魔法省から先生が来たことなんてあった?」
「……たしかに」
ナマエはもう一度アンブリッジのほうに目を向けた。聴衆のざわつきなど気がつかないように話し続けていた。正直、生徒のどれだけが日刊預言者新聞を信じているかはわからなかったが、魔法省がハリーとダンブルドアを敵視していることは明らかだった。
周りがガタガタ騒がしくなった。ダンブルドアがお開きを宣言したらしい。生徒たちが一斉に立ち上がり、それぞれの寮へと流れ出していく。アンソニーとパドマは、慣れない手つきで一年生の引率に加わっていった。
ナマエはその流れに逆らい、教職員席へ向かってツカツカと早足で歩いた。石床を叩く自分の足音が、妙に高く響いた。
「校長先生!」
呼び止めると、ダンブルドアは壇上から降りようとした足を止め、ゆっくりとナマエを振り返った。その動作は、まるでこうなることをずっと待っていたかのようだった。
「──君の言いたいことはわかっておる、ナマエ。しかし、それはわしも同じなのじゃ」
「先生も父上がここに来ることを予想していなかったと?」
ナマエの声には隠しきれない棘が滲んだ。マクゴナガル先生が気遣わしげにこちらを見ていたが、ダンブルドアが手で制すると、他の教員と一緒に奥の扉へと消えた。生徒たちがすっかりいなくなり、二人きりになると、ダンブルドアは三角の眼鏡の奥の目を細めた。
「仮説は何通りも立てておくべきじゃ……君の父君が今夜現れることはわしの想像力を少しばかり上回っておった。しかし、認めよう。いずれチチオヤはホグワーツに来ることはわかっておった」
「……わかっていた」
ナマエはその言葉を、苦い薬のように反芻した。
「……俺は父が死んだかもしれないと毎日思っていました。誰も、父上の生死すら教えてくれなかった。知っていて黙っていたのなら……それはあまりに、不親切じゃないですか」
絞り出すようなナマエの言葉に、大広間の天井に映し出された星空が、一瞬だけ翳ったように見えた。ダンブルドアは以前よりもずっと老いたような顔で、その魔法の星空を仰ぎ見た。
「真実を教えてください。父上は何を隠しているんですか。俺はなんでルシウス・マルフォイに拐われていたんですか」
「真実か」
ダンブルドアはそう言うと深く長い溜め息をついた。
「それはとても美しくも恐ろしいものじゃ。だからこそ注意深く扱わなければなるまい……しかし、答えないほうがいいというはっきりした理由がない限り答えてやりたいが……時がくれば判るじゃろう。自ずとわかるかも知れぬし、チチオヤが話すかもしれん。しかし、それはわしの操れる問題ではないのじゃ」
ダンブルドアの視線がゆっくりと降りてきて、ナマエを見た。
「……そうですか」
ナマエは短く応じた。
喉の奥が熱く焼けるようだったが、これ以上食い下がっても突き崩せないことは明白だった。
「……お引き止めして、すみませんでした。校長先生。おやすみなさい」
ナマエはそれ以上は何も言わずに背を向けた。
石床を叩く自分の靴音がやけに響いた。
ナマエの背後で、大広間の巨大な扉が重々しく閉まる音が聞こえた。
