不死鳥の騎士団
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
警笛が鳴った。まだホームにいた生徒たちが、急いで汽車に乗り込みはじめた。
「早く、早く」
モリーさんが、慌ててみんなを次々抱き締め、ハリーが二度も捕まっていたが、ナマエも同じだった。
「手紙ちょうだい……いい子でね……忘れ物があったら送りますよ……汽車に乗って、さあ、早く……」
ほんの一瞬、大きな黒犬が後ろ脚で立ち上がり、前脚をハリーの両肩に掛けた。しかし、モリーさんがハリーを汽車のドアのほうに押しやった。
「さよなら!」
汽車が動き出し、ハリーが開けた窓から呼びかけた。ナマエも手を振った。トンクス、ルーピン、ムーディ、ウィーズリー夫妻の姿があっという間に小さくなった。しかし黒犬は、尻尾を振り、窓のそばを汽車と一緒に走った。飛び去って行くホームの人影が、汽車を追いかける犬を笑いながら見ていた。汽車がカーブを曲がり、シリウスの姿が見えなくなった。
「シリウスは一緒に来るべきじゃなかったわ」
ハーマイオニーが心配そうな声で言った。
「おい、気軽にいこうぜ」
ロンが言った。
「もう何ヵ月も陽の光を見てないんだぞ、かわいそうに」
「さーてと」
フレッドが両手を打ち鳴らした。
「一日中むだ話をしているわけにはいかない。リーと仕事の話があるんだ。またあとでな」
フレッドとジョージは、通路を右へと消えた。汽車は速度を増し、窓の外を家々が飛ぶように過ぎ去り、立っていると皆ぐらぐら揺れた。
ナマエは痺れを切らして、これ見よがしに頭を振って言った。
「本当に、気が付かないわけ?」
ハーマイオニーがあっと声を上げて顔を赤くした。
「もちろん──気づいてたわよ!」
それを聞いて、ナマエは満足げに首を傾げた。
「似合う?」
ロンとハーマイオニーが監督生になってから、ナマエは開き直っていた。
あの屋敷に閉じ込められてロンと二人きりなら、また別だったかもしれないが──ロンの不機嫌が降りかからないホグワーツでなら、ロンからどう思われようとかまわないとすら思っていた。
「ええ──」
「まったく、この忙しい時に、髪の長さなんかに構ってられるわけないだろ?」
ロンがぶっきらぼうに遮って言った。ナマエがなにか言い返す前に、ハリーが割って入った。
「──それじゃ、コンパートメントを探そうか?」
ロンとハーマイオニーが目配せし合った。
「えーと……ロンと私はね、監督生の車両に行くことになってるの」
ハーマイオニーが言いにくそうに言った。
「えっ」
ナマエが目を丸くした。ロンはこれみよがしにニンマリした。
「あっ。そうか、いいよ」
ハリーが言った。
「ずーっとそこにいなくともいいと思うわ」
ハーマイオニーが急いで言った。
「手紙によると、男女それぞれの首席の生徒から指示を受けて、ときどき車内の通路をパトロールすればいいんだって」
「えーと、それじゃ、またあとでね」
ハリーが気まずさを隠すように言った。
二人はコンパートメントのガラス戸越しに中を覗きながら、通路をゴトゴト歩いた。どこも満席だった。興味深げに二人を見つめ返す生徒が多いことに、気がついた。何人かは隣の生徒を小突いてハリーを指差した。ナマエは「日刊予言者新聞」のことを思い出した。新聞はこの夏中、読者に対して、ハリーが嘘つきの目立ちたがり屋だと吹聴していたのだ。ナマエは早くコンパートメントに入ろうと、ある席を見つけた。
「ルーナ!隣いい?」
ナマエは扉を開けて言った。レイブンクローの四年生、ルーナ・ラブグッドが一人で座っていた。杖を左耳に挟み、バタービールのコルクをつなぎ合わせたネックレスをかけて、「ザ・クィブラー」を逆さまにして開いていた。ルーナは大きな目をナマエに向けて、頷いた。ナマエはトランクをコンパートメントに入れ、ハリーも入るように促した。
「──あんた、髪切ったんだね。ナーグル避け?」
「違う。似合ってないって意味?」
「ううん、でも、あたしは前の方が好きだな」
「あ、そう」
ナマエはぼすんとルーナの向かいに座った。ルーナは視線をハリーに向けた。
「あんた、ハリー・ポッターだ」
「そうだよ」
戸惑うハリーの代わりにナマエが答えた。
ちょうどそのとき、コンパートメントの戸が開いた。
「あら……こんにちは、ハリー……」
レイブンクローのクィディッチのシーカー、チョウ・チャンだ。
「あ……やあ」
ハリーは何の意味もない返事をして、チョウが口ごもった。ナマエがにやにやを堪えて肩を揺らしていると、ハリーはできるだけチョウに気づかれないように肘で小突いた。
「あの……挨拶しようと思っただけ──あら。あなた、ナマエ?」
「くっくっ……よう、気づかれないかと思った」
ナマエはできるだけ普通の顔を貼り付けて答えた。
「髪、切ったのね。いいと思うわ……じゃあ、また」
頬をほんのり染めて、チョウはハリーをチラリと見てから戸を閉めて行ってしまった。チョウがコンパートメントの戸を閉めて去ったあと、ハリーはしばらくの間、閉まった戸の向こう側に意識を飛ばしていた。
「ふぅん?ハリーにわざわざ挨拶だって」
ナマエはニヤニヤしながらそう言った。ハリーは短くなったナマエの襟足を横目で見てから、自分のくせっ毛を指でなぞっていた。ナマエは、ハリーが照れているのだと思っていたが、ハリーは急に真面目な顔をして声を潜めた。
「……ところでナマエ。さっき、駅で言いかけたことなんだけど」
「えっと、何だっけ」
ハリーはルーナをちらっと見て、聞こえないようにナマエに顔を近づけた。
「君のパパと、マルフォイの父親が……昔、取引をしたって話、本当なの?」
ナマエのニヤニヤとした笑みが、一瞬で引きつった。
「ああ……うん。俺も去年知ったけど」
「……ムーディが言ってたんだ。君を連れ戻すために、君のパパがルシウス・マルフォイに協力したって。……そんなの、ありえないだろ?」
「俺が知るかよ……って言いたいところだけど……わかるだろ?俺の親父はそういう人間かもしれないって。あの純血主義で、秘密主義の、それから、その他もろもろの悪辣主義の──そんなやつが、根っからの善人だと思うか?」
ナマエは前髪を乱暴にかき上げた。グリフィンドールらしい騎士道精神なのか、ハリーの目には、父親のその行動が「死喰い人との協力」という、取り返しのつかない裏切りに見えているのが居心地悪かった。
「君はそれでいいの?相手は死喰い人なんだぞ!僕たちの……」
「いいわけない。けど、じゃあ、親父が何もしなかったら──俺は死んでたか、良くてマルフォイ家のしもべ妖精になってたかもしれないだろ」
ナマエは吐き捨てるように言い、窓の外へと視線を逃がした。
ハリーはそれ以上何も言わず、強張った顔で沈黙した。ナマエは、ハリーがチチオヤを疑っているのか、それとも自分に幻滅したのか、わからなかった。
気まずさをごまかすように新しい教科書を読んでいるふりをして過ごし、一時間近く経った後、ハーマイオニーとロンが現れた。
「腹へって死にそうだ」
ロンはピッグウィジョンをヘドウィグの隣にしまい込み、ハリーから蛙チョコをひったくり、ハリーの横にドサリと座った。包み紙を剥ぎ取り、蛙の頭を噛み切り、午前中だけで精魂尽き果てたかのように、ロンは目を閉じて椅子の背に寄り掛かった。
「あのね、五年生は各寮に二人ずつ監督生がいるの」
ハーマイオニーは、この上なく不機嫌な顔で椅子に掛けた。
「それで、スリザリンの監督生は誰だと思う?」
ロンが目を閉じたまま言った。
「マルフォイ」
ハリーが即座に答えた。
「大当たり」
ロンが残りの蛙チョコを口に押し込み、もう一つ摘みながら、苦々しげに言った。
「あんた、ドラコ・マルフォイと雪合戦してた」
不意に、ルーナが「ザ・クィブラー」の上から声を上げた。全員がルーナを見たが、ルーナの大きな目はナマエを見つめていた。ナマエは気まずそうにハリーをチラリと伺ってから、肩をすくめた。
「ああ……で、他の寮はどうだった?」
ナマエはあからさまに話を逸らし、ハリーから視線を外してロンを促した。
「ハッフルパフはアーニー・マクミランとハンナ・アボット」
ロンが口一杯のまま答えた。
「それから、レイブンクローは、ナマエが言っていた通りよ。アンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル」
ハーマイオニーが言った。ナマエはどこか自慢げに頷いた。
「やっぱり、適任」
「──あんたは、ユールボールにパドマ・パチルと行った」
ぼーっとした声が言った。みんな一斉にまたルーナを見た。ルーナは瞬きもせずにロンを見つめた。ロンは口一杯の蛙をゴクッと飲み込んだ。
「ああ、そうだけど」
「あの子、あんまり楽しくなかったって」
ルーナがロンに教えた。
「あんたがあの子とダンスしなかったから、ちゃんと扱ってくれなかったって思ってるんだ。初めからナマエと踊れば良かったって。でも、あたしだったら気にしなかったよ」
ルーナは思慮深げに言葉を続けた。
「ダンスはあんまり好きじゃないもン」
ルーナはまた「ザ・クィブラー」の陰に引っ込んだ。ナマエはルーナとロンをそわそわと見比べた。ロンはしばらく口をぽっかり開けたまま、雑誌の表紙を見つめていたが、頭を振り、それから腕時計を見た。
「一定時間ごとに通路を見回ることになってるんだ……それから、態度が悪いやつには罰則を与えることができる。クラッブとゴイルに難癖つけてやるのが待ち切れないよ……」
「ロン、立場を濫用してはダメ!」
ハーマイオニーが厳しく言った。
「ああ、そうだとも。だって、マルフォイは絶対濫用しないからな」
ロンが皮肉たっぷりに言った。ナマエは深くため息をついた。
「ルーナ、それ読んでいい?」
ナマエが「ザ・クィブラー」を指さすと、ルーナは頷いた。見出しには一見、興味をそそるタイトルが掲載されていた。
ファッジのグリンゴッツ乗っ取りはどのくらい乗っているか?
シリウス・ブラック──加害者か、被害者か?
古代ルーン文字の秘密解明
聖マンゴの汚職──魔法省の隠れ蓑
ナマエは雑誌をパラパラめくると、シリウスの正体は実は失踪したシンガーだとか、聖マンゴで違法の魔法薬を生産しているだとか、インチキ記事のオンパレードだった。ナマエが雑誌を閉じると、今度はハリーが読みたがった。
「ねえ、僕も読んでいい?」
「読む価値ないわ」
ナマエが答える前に、ハーマイオニーが辛辣に言った。
「『ザ・クィブラー』って、クズよ。みんな知ってるわ」
「あら」
ルーナの声が急に夢見心地でなくなった。
「あたしのパパが編集してるんだけど」
「私──あ」
ハーマイオニーが困った顔をした。ナマエもこれには驚いた。
「あの……ちょっとおもしろいものも……つまり、とっても……」
「返してちょうだい。はい、どうも」
ルーナは冷たく言うと、身を乗り出すようにしてナマエの手から雑誌をひったくった。ページをパラパラめくって開き、上下を逆さまに持ち直すと、その陰に隠れた。
ちょうどそのとき、コンパートメントの戸が開いた。三度目だ。
ナマエが振り返ると、思ったとおりの展開だった。ドラコ・マルフォイのニヤニヤ笑いと、両脇にいる腰巾着のクラッブ、ゴイルだ。
「なんだい?」
マルフォイが口を開く前に、ハリーが突っかかった。
「礼儀正しくだ、ポッター。さもないと、罰則だぞ」
ドラコが気取った声で言った。
「おわかりだろうが、君と違って僕は監督生だ。つまり、君と違って罰則を与える権限がある」
「こっちにも二人、監督生がいるぞ」
ナマエが言った。ドラコは一瞬怪訝な顔をしてから、眉を上げた。髪を切ったせいで、ナマエに気がついていなかったようだ。
「誰かと思えば──相変わらず、マグル生まれの女と貧乏人の下で、ポッターの護衛に勤しんでいるようだねえ、ミョウジ」
「……これでも仲良しに見えるのか?ルーナ」
ナマエはドラコを無視してルーナに話しかけた。しかし、ルーナもまたナマエを無視した。
ドラコは続けた。
「まあ、気をつけることだな、ポッター。なにしろ僕は、君の足が規則の一線を踏み越えないように、犬のように追け回すからね」
ナマエはひやりとしてドラコを見た。ニタニタとしたり顔だ。
「出ていきなさい!」
ハーマイオニーが立ち上がった。ニタニタしたまま、ドラコはハリーに憎々しげな一瞥を投げて出て行った。クラッブとゴイルがドスドスとあとに続いた。
──ドラコはシリウスに気が付いたんだ。ハーマイオニーとハリーとナマエは顔を見合わせた。
「もひとつ蛙を投げてくれ」
ロンは何にも気づかなかったらしい。ナマエは、ひんやりした車窓に顔をくっつけて考えた。シリウスは本当についてくるべきではなかったのかもしれない──でも、あんな屋敷に閉じ込められて気が狂うくらいなら、危険でも外に出たいと思うのは仕方がない気もした。
それからまた二人が見回りに出かけると、ナマエはまだ読んでいなかった新しい防衛術の教科書も取り出した。呪文の一つも書いていない、頭でっかちの理論書だった。
「新しい呪文はどんなの?」
「……呪文のことは書いてない。防衛理論だけ」
「その理論って、どんな役に立つの?」
ハリーはうんざりしたように言った。ナマエは、教科書をぱらぱらめくってから、この本の有用性を見出そうとした。難解な言葉をこねくり回して書かれた文字を眺めていると、だんだん興味が失せていくのがわかった。ナマエは理論を学ぶこと自体に抵抗はなかったが、それにしても、五年生の授業に必要な教科書かは甚だ疑問だった。なにより、今年の試験が不安になった。
「今年は普通魔法レベルの試験があるのに」
ナマエはうめいたが、ハリーはナマエほど試験に気を取られていないようだった。
ホグズミード駅のぬかるんだホームに降り立つと、夜の冷気が短くなった襟足に直接触れた。
なぜかハグリッドの姿はなく、グラブリー‐プランク先生がカンテラを揺らしながら一年生を引率していた。怪訝に思いながら、荷物の少ないナマエは先にトランクを引き、空いている馬車を見つけた。
「ハリー!こっちだ!」
ナマエはそう声をかけて乗り込み、座席に深く腰を下ろした。しかし、ハリーたちが乗ってこない。何をぐずぐずしているんだろうと、振り返った直後、車体が大きく沈んだ。
乗り込んできたのは、ハリーたちではない。ドラコ・マルフォイと、その背後に控えるクラッブ、ゴイルだった。
「……ハリーは?」
ドラコがナマエの正面にどっかと座り、ニヤニヤとした笑みを向けた。馬車がガタガタと音を立てて城へと動き出した。ナマエはクラッブとゴイルの巨体に挟まれ、ほとんど身動きがとれなくなった。
「愛しのポッティじゃなくてすまないね、ミョウジ」
「……わかったわかった。たまには、脳みそが詰まってる相手と会話したいよな」
ナマエはクラッブとゴイルを一瞥して言った。その途端に、両脇の二人の体積が増えたような気がした。ドラコはいつもの意地の悪いにやつき方をした。
「髪は売ったのかい?──家が無くなってしまって、さぞ困っているんだろうね」
「切っただけだ、似合うだろう」
ナマエは平然と答えた。ドラコはふっと笑みを消した。
「僕の父上が、君のところの屋敷がずいぶんと静かになったと気に病んでいたから、親切心で聞いてあげたのさ」
ドラコは身を乗り出し、ナマエを逃がさないように見据えた。ナマエは身じろぎせず答えた。
「あんたの親父は、他人の庭の心配をする暇があるとは思えないけど?……なにせ、昔のご主人が帰還したところだもんな」
ナマエの低い声に、ドラコの顔がこわばった。
「……君の父親はどこにいるんだ」
「はあ?なんであんたに教えなきゃいけないんだ」
ナマエはあからさまに怪訝な顔をした。
──そもそも、なぜ知りたいんだ?ナマエの脳裏に、「チチオヤは無事だ」と繰り返す大人たちの不透明な言葉がフラッシュバックした。ほとんど無意識に、ドラコを問い詰めるために立ちあがろうとした。しかし、横に控えていたクラッブとゴイルが、示し合わせたような素早さでナマエの両腕を掴み、座席へと力任せに押し戻した。
「……離せよ……!」
ナマエは抗ったが、力の差は歴然だった。巨漢二人の力は岩のように動かず、あっさりと組み伏せられた。
「相変わらず、頭以外は使い物にならないようだねえ、ミョウジ」
ドラコは座席にふんぞり返ったまま、喉を鳴らして笑った。ナマエはドラコを睨みつけながら、考えを巡らせた。ドラコの灰色の目が、ナマエの視線を逃さぬよう鋭く細められた。
「僕は教えてくれと頼んでいるんじゃない、ミョウジ。僕の質問に答えろ」
ドラコは忌々しそうに鼻を鳴らして背もたれに体を預けた。
「……あんたの言うことを聞いたら、ヴォルデモート叔父さんが俺に骨を返してくれるわけ?親父が俺の元に帰ってくるわけ?」
ナマエはクラッブとゴイルに押さえつけられたまま、絞り出すように言った。ドラコが顎で合図すると、クラッブとゴイルはようやくナマエを抑える力を緩めた。ドラコは冷笑とも、どこか憐れみとも、焦りともつかない複雑な眼差しでナマエを見下ろした。
「……いいか、遊びじゃないんだ。あの方がお戻りになった今、ふくろう一羽飛ばさずに姿を消していられる場所など、この国のどこにもないはずだ」
ドラコは身を乗り出し、座席の背に肘をついてナマエとの距離を詰めた。ナマエは鼻を鳴らした。
「……あっそう、じゃあアフリカにでもいるんじゃないの」
皮肉を返してから、自分もチチオヤの居場所を知らないとドラコに暴露してしまったことを後悔した。ナマエの態度にドラコは舌打ちをした。
「いい気になるなよ、ミョウジ。君がどれほど愚かなことか、すぐに思い知ることになる。……愚かなポッターと一緒にいれば、君の家も、君自身も、巻き込まれて終わるんだぞ」
ナマエもつられて苛立った。しかし、両脇の巨漢がナマエがそれを示すことを許さなかった。
「そんなことを言うために、三人がかりでやってきたのか?じゃあ徒労に終わって残念だったな。おあいにくさま」
馬車が大きく揺れ、石畳の振動が足元から伝わってきた。馬車の動きが止まると、ドラコはクラッブとゴイルを顎でしゃくった。解放された衝撃で座席に深く沈み込んだナマエは、悪態をついて乱れた制服の襟元を整えた。
クラッブとゴイルは馬車を降りたが、ドラコは広くなった座席に座ったまま、降りようとせず俯いていた。ナマエはドラコの挙動を探るように注視していると、ドラコはゆっくり口を開いた。
「──僕の父が」
ドラコは俯いたまま、とても小さな声でぽつりと言った。ナマエは驚いたが、一言も聞き漏らさないように黙った。
「……父上が、お前の父親と懇意だったことを、あの方は知っている──君の父が、僕の父の無実を証明する見返りに、赤子だったお前を取り返したと言うことも。──あの方は全部知っているんだ……」
ナマエはシルバーブロンドの頭を見つめた。ドラコがいったいどんな表情をしているのか、皆目見当がつかなかった。それきりドラコは押し黙った。
「……あんたは俺に、どうして欲しいんだ」
ドラコは答えなかった。馬車の外の生徒たちの話し声も聞こえなくなり、ナマエはなんとなく哀れな気持ちになってしまった。
「……もう、降りよう。ドラコ」
しかし、ドラコは動かなかった。ナマエは少し心配になり、ドラコの肩を叩いた。
「ドラコ、もう俺たちだけだ。あんた監督生だろ、引率が──」
「触るなっ!」
ドラコは一瞬怯えたように灰色の目を歪ませた。ナマエは予想外の反応に驚いて手を引いた。
「えっ……と、ごめん」
行き場のない手でナマエは短くなった襟足を指先でなぞった。ドラコは逃げるように馬車を降りていった。ナマエは呆然とその後ろ姿を見つめた。
「ナマエ! 大丈夫?」
大広間に入ると、ハリーが駆け寄ってきた。
「うん、平気」
ナマエは肩をすくめ、笑みを浮かべて見せた。
「あいつら、僕たちが乗ろうとした直前に、クラッブとゴイルの奴らが無理やり割り込んできて、僕らを突き飛ばしたんだ。ハーマイオニーが抗議したけど、そのまま君だけ乗せて行っちゃうし……」
ナマエの腕にはまだクラッブたちに掴まれた時の鈍い痛みが残っていた。ハリーはナマエの顔をじっと見つめ、何かを見透かそうとするように目を細めた。
「……何もなかったの?」
「どういう意味?」
「君がマルフォイと仲良しだからさ」
棘のある言い方だった。ナマエはいつものようにやり過ごそうと肩をすくめた。
「妬かせる気はなかった」
「そういうの、いいから」
ハリーは冷たく言った。ナマエは困って短く息をついた。
「……俺もよくわからないけど……親父のこと聞かれた」
もしかしたら、ナマエの家を襲ったのはルシウス・マルフォイかもしれない。ナマエはそう思っていた。
ルシウスはヴォルデモートがいなくなると同時に蝙蝠のように態度を翻し、ヴォルデモートを裏切り、チチオヤを頼って無実を訴えた。しかし、ヴォルデモートが復活した今、闇の帝王がルシウスの忠誠を疑うのは自然だろう。ルシウスは、恭順の意を今一度示したいはずだ。たとえば──チチオヤの死を土産に。
ナマエは目を細めて遠くの教員席を見た。ハグリッドの姿は、ここにもなかった。その代わり、どぎついピンク色のローブを着た魔女が、貼り付けたような笑みを浮かべて座っていた。
「早く、早く」
モリーさんが、慌ててみんなを次々抱き締め、ハリーが二度も捕まっていたが、ナマエも同じだった。
「手紙ちょうだい……いい子でね……忘れ物があったら送りますよ……汽車に乗って、さあ、早く……」
ほんの一瞬、大きな黒犬が後ろ脚で立ち上がり、前脚をハリーの両肩に掛けた。しかし、モリーさんがハリーを汽車のドアのほうに押しやった。
「さよなら!」
汽車が動き出し、ハリーが開けた窓から呼びかけた。ナマエも手を振った。トンクス、ルーピン、ムーディ、ウィーズリー夫妻の姿があっという間に小さくなった。しかし黒犬は、尻尾を振り、窓のそばを汽車と一緒に走った。飛び去って行くホームの人影が、汽車を追いかける犬を笑いながら見ていた。汽車がカーブを曲がり、シリウスの姿が見えなくなった。
「シリウスは一緒に来るべきじゃなかったわ」
ハーマイオニーが心配そうな声で言った。
「おい、気軽にいこうぜ」
ロンが言った。
「もう何ヵ月も陽の光を見てないんだぞ、かわいそうに」
「さーてと」
フレッドが両手を打ち鳴らした。
「一日中むだ話をしているわけにはいかない。リーと仕事の話があるんだ。またあとでな」
フレッドとジョージは、通路を右へと消えた。汽車は速度を増し、窓の外を家々が飛ぶように過ぎ去り、立っていると皆ぐらぐら揺れた。
ナマエは痺れを切らして、これ見よがしに頭を振って言った。
「本当に、気が付かないわけ?」
ハーマイオニーがあっと声を上げて顔を赤くした。
「もちろん──気づいてたわよ!」
それを聞いて、ナマエは満足げに首を傾げた。
「似合う?」
ロンとハーマイオニーが監督生になってから、ナマエは開き直っていた。
あの屋敷に閉じ込められてロンと二人きりなら、また別だったかもしれないが──ロンの不機嫌が降りかからないホグワーツでなら、ロンからどう思われようとかまわないとすら思っていた。
「ええ──」
「まったく、この忙しい時に、髪の長さなんかに構ってられるわけないだろ?」
ロンがぶっきらぼうに遮って言った。ナマエがなにか言い返す前に、ハリーが割って入った。
「──それじゃ、コンパートメントを探そうか?」
ロンとハーマイオニーが目配せし合った。
「えーと……ロンと私はね、監督生の車両に行くことになってるの」
ハーマイオニーが言いにくそうに言った。
「えっ」
ナマエが目を丸くした。ロンはこれみよがしにニンマリした。
「あっ。そうか、いいよ」
ハリーが言った。
「ずーっとそこにいなくともいいと思うわ」
ハーマイオニーが急いで言った。
「手紙によると、男女それぞれの首席の生徒から指示を受けて、ときどき車内の通路をパトロールすればいいんだって」
「えーと、それじゃ、またあとでね」
ハリーが気まずさを隠すように言った。
二人はコンパートメントのガラス戸越しに中を覗きながら、通路をゴトゴト歩いた。どこも満席だった。興味深げに二人を見つめ返す生徒が多いことに、気がついた。何人かは隣の生徒を小突いてハリーを指差した。ナマエは「日刊予言者新聞」のことを思い出した。新聞はこの夏中、読者に対して、ハリーが嘘つきの目立ちたがり屋だと吹聴していたのだ。ナマエは早くコンパートメントに入ろうと、ある席を見つけた。
「ルーナ!隣いい?」
ナマエは扉を開けて言った。レイブンクローの四年生、ルーナ・ラブグッドが一人で座っていた。杖を左耳に挟み、バタービールのコルクをつなぎ合わせたネックレスをかけて、「ザ・クィブラー」を逆さまにして開いていた。ルーナは大きな目をナマエに向けて、頷いた。ナマエはトランクをコンパートメントに入れ、ハリーも入るように促した。
「──あんた、髪切ったんだね。ナーグル避け?」
「違う。似合ってないって意味?」
「ううん、でも、あたしは前の方が好きだな」
「あ、そう」
ナマエはぼすんとルーナの向かいに座った。ルーナは視線をハリーに向けた。
「あんた、ハリー・ポッターだ」
「そうだよ」
戸惑うハリーの代わりにナマエが答えた。
ちょうどそのとき、コンパートメントの戸が開いた。
「あら……こんにちは、ハリー……」
レイブンクローのクィディッチのシーカー、チョウ・チャンだ。
「あ……やあ」
ハリーは何の意味もない返事をして、チョウが口ごもった。ナマエがにやにやを堪えて肩を揺らしていると、ハリーはできるだけチョウに気づかれないように肘で小突いた。
「あの……挨拶しようと思っただけ──あら。あなた、ナマエ?」
「くっくっ……よう、気づかれないかと思った」
ナマエはできるだけ普通の顔を貼り付けて答えた。
「髪、切ったのね。いいと思うわ……じゃあ、また」
頬をほんのり染めて、チョウはハリーをチラリと見てから戸を閉めて行ってしまった。チョウがコンパートメントの戸を閉めて去ったあと、ハリーはしばらくの間、閉まった戸の向こう側に意識を飛ばしていた。
「ふぅん?ハリーにわざわざ挨拶だって」
ナマエはニヤニヤしながらそう言った。ハリーは短くなったナマエの襟足を横目で見てから、自分のくせっ毛を指でなぞっていた。ナマエは、ハリーが照れているのだと思っていたが、ハリーは急に真面目な顔をして声を潜めた。
「……ところでナマエ。さっき、駅で言いかけたことなんだけど」
「えっと、何だっけ」
ハリーはルーナをちらっと見て、聞こえないようにナマエに顔を近づけた。
「君のパパと、マルフォイの父親が……昔、取引をしたって話、本当なの?」
ナマエのニヤニヤとした笑みが、一瞬で引きつった。
「ああ……うん。俺も去年知ったけど」
「……ムーディが言ってたんだ。君を連れ戻すために、君のパパがルシウス・マルフォイに協力したって。……そんなの、ありえないだろ?」
「俺が知るかよ……って言いたいところだけど……わかるだろ?俺の親父はそういう人間かもしれないって。あの純血主義で、秘密主義の、それから、その他もろもろの悪辣主義の──そんなやつが、根っからの善人だと思うか?」
ナマエは前髪を乱暴にかき上げた。グリフィンドールらしい騎士道精神なのか、ハリーの目には、父親のその行動が「死喰い人との協力」という、取り返しのつかない裏切りに見えているのが居心地悪かった。
「君はそれでいいの?相手は死喰い人なんだぞ!僕たちの……」
「いいわけない。けど、じゃあ、親父が何もしなかったら──俺は死んでたか、良くてマルフォイ家のしもべ妖精になってたかもしれないだろ」
ナマエは吐き捨てるように言い、窓の外へと視線を逃がした。
ハリーはそれ以上何も言わず、強張った顔で沈黙した。ナマエは、ハリーがチチオヤを疑っているのか、それとも自分に幻滅したのか、わからなかった。
気まずさをごまかすように新しい教科書を読んでいるふりをして過ごし、一時間近く経った後、ハーマイオニーとロンが現れた。
「腹へって死にそうだ」
ロンはピッグウィジョンをヘドウィグの隣にしまい込み、ハリーから蛙チョコをひったくり、ハリーの横にドサリと座った。包み紙を剥ぎ取り、蛙の頭を噛み切り、午前中だけで精魂尽き果てたかのように、ロンは目を閉じて椅子の背に寄り掛かった。
「あのね、五年生は各寮に二人ずつ監督生がいるの」
ハーマイオニーは、この上なく不機嫌な顔で椅子に掛けた。
「それで、スリザリンの監督生は誰だと思う?」
ロンが目を閉じたまま言った。
「マルフォイ」
ハリーが即座に答えた。
「大当たり」
ロンが残りの蛙チョコを口に押し込み、もう一つ摘みながら、苦々しげに言った。
「あんた、ドラコ・マルフォイと雪合戦してた」
不意に、ルーナが「ザ・クィブラー」の上から声を上げた。全員がルーナを見たが、ルーナの大きな目はナマエを見つめていた。ナマエは気まずそうにハリーをチラリと伺ってから、肩をすくめた。
「ああ……で、他の寮はどうだった?」
ナマエはあからさまに話を逸らし、ハリーから視線を外してロンを促した。
「ハッフルパフはアーニー・マクミランとハンナ・アボット」
ロンが口一杯のまま答えた。
「それから、レイブンクローは、ナマエが言っていた通りよ。アンソニー・ゴールドスタインとパドマ・パチル」
ハーマイオニーが言った。ナマエはどこか自慢げに頷いた。
「やっぱり、適任」
「──あんたは、ユールボールにパドマ・パチルと行った」
ぼーっとした声が言った。みんな一斉にまたルーナを見た。ルーナは瞬きもせずにロンを見つめた。ロンは口一杯の蛙をゴクッと飲み込んだ。
「ああ、そうだけど」
「あの子、あんまり楽しくなかったって」
ルーナがロンに教えた。
「あんたがあの子とダンスしなかったから、ちゃんと扱ってくれなかったって思ってるんだ。初めからナマエと踊れば良かったって。でも、あたしだったら気にしなかったよ」
ルーナは思慮深げに言葉を続けた。
「ダンスはあんまり好きじゃないもン」
ルーナはまた「ザ・クィブラー」の陰に引っ込んだ。ナマエはルーナとロンをそわそわと見比べた。ロンはしばらく口をぽっかり開けたまま、雑誌の表紙を見つめていたが、頭を振り、それから腕時計を見た。
「一定時間ごとに通路を見回ることになってるんだ……それから、態度が悪いやつには罰則を与えることができる。クラッブとゴイルに難癖つけてやるのが待ち切れないよ……」
「ロン、立場を濫用してはダメ!」
ハーマイオニーが厳しく言った。
「ああ、そうだとも。だって、マルフォイは絶対濫用しないからな」
ロンが皮肉たっぷりに言った。ナマエは深くため息をついた。
「ルーナ、それ読んでいい?」
ナマエが「ザ・クィブラー」を指さすと、ルーナは頷いた。見出しには一見、興味をそそるタイトルが掲載されていた。
ファッジのグリンゴッツ乗っ取りはどのくらい乗っているか?
シリウス・ブラック──加害者か、被害者か?
古代ルーン文字の秘密解明
聖マンゴの汚職──魔法省の隠れ蓑
ナマエは雑誌をパラパラめくると、シリウスの正体は実は失踪したシンガーだとか、聖マンゴで違法の魔法薬を生産しているだとか、インチキ記事のオンパレードだった。ナマエが雑誌を閉じると、今度はハリーが読みたがった。
「ねえ、僕も読んでいい?」
「読む価値ないわ」
ナマエが答える前に、ハーマイオニーが辛辣に言った。
「『ザ・クィブラー』って、クズよ。みんな知ってるわ」
「あら」
ルーナの声が急に夢見心地でなくなった。
「あたしのパパが編集してるんだけど」
「私──あ」
ハーマイオニーが困った顔をした。ナマエもこれには驚いた。
「あの……ちょっとおもしろいものも……つまり、とっても……」
「返してちょうだい。はい、どうも」
ルーナは冷たく言うと、身を乗り出すようにしてナマエの手から雑誌をひったくった。ページをパラパラめくって開き、上下を逆さまに持ち直すと、その陰に隠れた。
ちょうどそのとき、コンパートメントの戸が開いた。三度目だ。
ナマエが振り返ると、思ったとおりの展開だった。ドラコ・マルフォイのニヤニヤ笑いと、両脇にいる腰巾着のクラッブ、ゴイルだ。
「なんだい?」
マルフォイが口を開く前に、ハリーが突っかかった。
「礼儀正しくだ、ポッター。さもないと、罰則だぞ」
ドラコが気取った声で言った。
「おわかりだろうが、君と違って僕は監督生だ。つまり、君と違って罰則を与える権限がある」
「こっちにも二人、監督生がいるぞ」
ナマエが言った。ドラコは一瞬怪訝な顔をしてから、眉を上げた。髪を切ったせいで、ナマエに気がついていなかったようだ。
「誰かと思えば──相変わらず、マグル生まれの女と貧乏人の下で、ポッターの護衛に勤しんでいるようだねえ、ミョウジ」
「……これでも仲良しに見えるのか?ルーナ」
ナマエはドラコを無視してルーナに話しかけた。しかし、ルーナもまたナマエを無視した。
ドラコは続けた。
「まあ、気をつけることだな、ポッター。なにしろ僕は、君の足が規則の一線を踏み越えないように、犬のように追け回すからね」
ナマエはひやりとしてドラコを見た。ニタニタとしたり顔だ。
「出ていきなさい!」
ハーマイオニーが立ち上がった。ニタニタしたまま、ドラコはハリーに憎々しげな一瞥を投げて出て行った。クラッブとゴイルがドスドスとあとに続いた。
──ドラコはシリウスに気が付いたんだ。ハーマイオニーとハリーとナマエは顔を見合わせた。
「もひとつ蛙を投げてくれ」
ロンは何にも気づかなかったらしい。ナマエは、ひんやりした車窓に顔をくっつけて考えた。シリウスは本当についてくるべきではなかったのかもしれない──でも、あんな屋敷に閉じ込められて気が狂うくらいなら、危険でも外に出たいと思うのは仕方がない気もした。
それからまた二人が見回りに出かけると、ナマエはまだ読んでいなかった新しい防衛術の教科書も取り出した。呪文の一つも書いていない、頭でっかちの理論書だった。
「新しい呪文はどんなの?」
「……呪文のことは書いてない。防衛理論だけ」
「その理論って、どんな役に立つの?」
ハリーはうんざりしたように言った。ナマエは、教科書をぱらぱらめくってから、この本の有用性を見出そうとした。難解な言葉をこねくり回して書かれた文字を眺めていると、だんだん興味が失せていくのがわかった。ナマエは理論を学ぶこと自体に抵抗はなかったが、それにしても、五年生の授業に必要な教科書かは甚だ疑問だった。なにより、今年の試験が不安になった。
「今年は普通魔法レベルの試験があるのに」
ナマエはうめいたが、ハリーはナマエほど試験に気を取られていないようだった。
ホグズミード駅のぬかるんだホームに降り立つと、夜の冷気が短くなった襟足に直接触れた。
なぜかハグリッドの姿はなく、グラブリー‐プランク先生がカンテラを揺らしながら一年生を引率していた。怪訝に思いながら、荷物の少ないナマエは先にトランクを引き、空いている馬車を見つけた。
「ハリー!こっちだ!」
ナマエはそう声をかけて乗り込み、座席に深く腰を下ろした。しかし、ハリーたちが乗ってこない。何をぐずぐずしているんだろうと、振り返った直後、車体が大きく沈んだ。
乗り込んできたのは、ハリーたちではない。ドラコ・マルフォイと、その背後に控えるクラッブ、ゴイルだった。
「……ハリーは?」
ドラコがナマエの正面にどっかと座り、ニヤニヤとした笑みを向けた。馬車がガタガタと音を立てて城へと動き出した。ナマエはクラッブとゴイルの巨体に挟まれ、ほとんど身動きがとれなくなった。
「愛しのポッティじゃなくてすまないね、ミョウジ」
「……わかったわかった。たまには、脳みそが詰まってる相手と会話したいよな」
ナマエはクラッブとゴイルを一瞥して言った。その途端に、両脇の二人の体積が増えたような気がした。ドラコはいつもの意地の悪いにやつき方をした。
「髪は売ったのかい?──家が無くなってしまって、さぞ困っているんだろうね」
「切っただけだ、似合うだろう」
ナマエは平然と答えた。ドラコはふっと笑みを消した。
「僕の父上が、君のところの屋敷がずいぶんと静かになったと気に病んでいたから、親切心で聞いてあげたのさ」
ドラコは身を乗り出し、ナマエを逃がさないように見据えた。ナマエは身じろぎせず答えた。
「あんたの親父は、他人の庭の心配をする暇があるとは思えないけど?……なにせ、昔のご主人が帰還したところだもんな」
ナマエの低い声に、ドラコの顔がこわばった。
「……君の父親はどこにいるんだ」
「はあ?なんであんたに教えなきゃいけないんだ」
ナマエはあからさまに怪訝な顔をした。
──そもそも、なぜ知りたいんだ?ナマエの脳裏に、「チチオヤは無事だ」と繰り返す大人たちの不透明な言葉がフラッシュバックした。ほとんど無意識に、ドラコを問い詰めるために立ちあがろうとした。しかし、横に控えていたクラッブとゴイルが、示し合わせたような素早さでナマエの両腕を掴み、座席へと力任せに押し戻した。
「……離せよ……!」
ナマエは抗ったが、力の差は歴然だった。巨漢二人の力は岩のように動かず、あっさりと組み伏せられた。
「相変わらず、頭以外は使い物にならないようだねえ、ミョウジ」
ドラコは座席にふんぞり返ったまま、喉を鳴らして笑った。ナマエはドラコを睨みつけながら、考えを巡らせた。ドラコの灰色の目が、ナマエの視線を逃さぬよう鋭く細められた。
「僕は教えてくれと頼んでいるんじゃない、ミョウジ。僕の質問に答えろ」
ドラコは忌々しそうに鼻を鳴らして背もたれに体を預けた。
「……あんたの言うことを聞いたら、ヴォルデモート叔父さんが俺に骨を返してくれるわけ?親父が俺の元に帰ってくるわけ?」
ナマエはクラッブとゴイルに押さえつけられたまま、絞り出すように言った。ドラコが顎で合図すると、クラッブとゴイルはようやくナマエを抑える力を緩めた。ドラコは冷笑とも、どこか憐れみとも、焦りともつかない複雑な眼差しでナマエを見下ろした。
「……いいか、遊びじゃないんだ。あの方がお戻りになった今、ふくろう一羽飛ばさずに姿を消していられる場所など、この国のどこにもないはずだ」
ドラコは身を乗り出し、座席の背に肘をついてナマエとの距離を詰めた。ナマエは鼻を鳴らした。
「……あっそう、じゃあアフリカにでもいるんじゃないの」
皮肉を返してから、自分もチチオヤの居場所を知らないとドラコに暴露してしまったことを後悔した。ナマエの態度にドラコは舌打ちをした。
「いい気になるなよ、ミョウジ。君がどれほど愚かなことか、すぐに思い知ることになる。……愚かなポッターと一緒にいれば、君の家も、君自身も、巻き込まれて終わるんだぞ」
ナマエもつられて苛立った。しかし、両脇の巨漢がナマエがそれを示すことを許さなかった。
「そんなことを言うために、三人がかりでやってきたのか?じゃあ徒労に終わって残念だったな。おあいにくさま」
馬車が大きく揺れ、石畳の振動が足元から伝わってきた。馬車の動きが止まると、ドラコはクラッブとゴイルを顎でしゃくった。解放された衝撃で座席に深く沈み込んだナマエは、悪態をついて乱れた制服の襟元を整えた。
クラッブとゴイルは馬車を降りたが、ドラコは広くなった座席に座ったまま、降りようとせず俯いていた。ナマエはドラコの挙動を探るように注視していると、ドラコはゆっくり口を開いた。
「──僕の父が」
ドラコは俯いたまま、とても小さな声でぽつりと言った。ナマエは驚いたが、一言も聞き漏らさないように黙った。
「……父上が、お前の父親と懇意だったことを、あの方は知っている──君の父が、僕の父の無実を証明する見返りに、赤子だったお前を取り返したと言うことも。──あの方は全部知っているんだ……」
ナマエはシルバーブロンドの頭を見つめた。ドラコがいったいどんな表情をしているのか、皆目見当がつかなかった。それきりドラコは押し黙った。
「……あんたは俺に、どうして欲しいんだ」
ドラコは答えなかった。馬車の外の生徒たちの話し声も聞こえなくなり、ナマエはなんとなく哀れな気持ちになってしまった。
「……もう、降りよう。ドラコ」
しかし、ドラコは動かなかった。ナマエは少し心配になり、ドラコの肩を叩いた。
「ドラコ、もう俺たちだけだ。あんた監督生だろ、引率が──」
「触るなっ!」
ドラコは一瞬怯えたように灰色の目を歪ませた。ナマエは予想外の反応に驚いて手を引いた。
「えっ……と、ごめん」
行き場のない手でナマエは短くなった襟足を指先でなぞった。ドラコは逃げるように馬車を降りていった。ナマエは呆然とその後ろ姿を見つめた。
「ナマエ! 大丈夫?」
大広間に入ると、ハリーが駆け寄ってきた。
「うん、平気」
ナマエは肩をすくめ、笑みを浮かべて見せた。
「あいつら、僕たちが乗ろうとした直前に、クラッブとゴイルの奴らが無理やり割り込んできて、僕らを突き飛ばしたんだ。ハーマイオニーが抗議したけど、そのまま君だけ乗せて行っちゃうし……」
ナマエの腕にはまだクラッブたちに掴まれた時の鈍い痛みが残っていた。ハリーはナマエの顔をじっと見つめ、何かを見透かそうとするように目を細めた。
「……何もなかったの?」
「どういう意味?」
「君がマルフォイと仲良しだからさ」
棘のある言い方だった。ナマエはいつものようにやり過ごそうと肩をすくめた。
「妬かせる気はなかった」
「そういうの、いいから」
ハリーは冷たく言った。ナマエは困って短く息をついた。
「……俺もよくわからないけど……親父のこと聞かれた」
もしかしたら、ナマエの家を襲ったのはルシウス・マルフォイかもしれない。ナマエはそう思っていた。
ルシウスはヴォルデモートがいなくなると同時に蝙蝠のように態度を翻し、ヴォルデモートを裏切り、チチオヤを頼って無実を訴えた。しかし、ヴォルデモートが復活した今、闇の帝王がルシウスの忠誠を疑うのは自然だろう。ルシウスは、恭順の意を今一度示したいはずだ。たとえば──チチオヤの死を土産に。
ナマエは目を細めて遠くの教員席を見た。ハグリッドの姿は、ここにもなかった。その代わり、どぎついピンク色のローブを着た魔女が、貼り付けたような笑みを浮かべて座っていた。
