不死鳥の騎士団
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モリーさんは、ナマエ、ロン、ハリーが部屋に入ると、ピシャッと勢いよくドアを閉めた。
ナマエは自分のベッドに腰を下ろした。ヘドウィグとピッグウィジョンが洋箪笥の上で、カタカタ動き回り、落ち着かない様子で羽を擦り合わせていたので、ロンは、おとなしくさせるのに「ふくろうフーズ」を投げながらハリーに言った。
「あいつらを毎晩狩りに出してやるわけにはいかないんだ。ダンブルドアは、この広場のあたりで、あんまりたくさんふくろうが飛び回るのはよくないって。怪しまれるから」
そう言うとロンはパジャマに着替えた。
ハリーは眼鏡をはずしてヘドウィグを撫でていた。ナマエは思い出して言った。
「……あ、ハリー。部屋の鍵は掛けておいてくれ」
「どうして?」
「クリーチャーさ」
ロンが明かりを消しながら言った。
「僕がここに来た最初の夜、クリーチャーが夜中の三時にふらふら入ってきたんだ。目が覚めたとき、あいつが部屋の中をうろついてるのを見たらさ、まじ、いやだぜ。ところで……」
ロンはベッドに潜り込んで上掛けをかけ、暗い中で言った。
「どう思う?」
「うーん、僕たちが考えつかないようなことは、あんまり教えてくれなかったよね?」
ハリーは言った。ナマエは頷いた。
「あんたの言うとおりだ。シリウスが話したことは、俺たち、だいたいもう知ってた。ただ、一つだけ初耳だった」
「そう、武器のこと。うっかり口が滑ったって感じだった──なんだと思う?」
ロンが言った。ナマエは唸った。
「うーん……なあ、マグルは──『戦車』とか、『大砲』とか?そういう武器が使われるって、マグル学でやったけど……正直、殺したり痛めつけたりは、魔法使いなら杖さえあれば十分できることだ」
ナマエは言いながら確認するようにハリーを見た。
「確かに──あ、『賢者の石』みたいなものは?」
「それって武器かな?長生きできてもダンブルドアに勝てなきゃ意味ないぞ──シーッ!」
ロンが急に毛布を被った。耳を澄ますと、三秒後にドアの前の廊下の床が軋む音がした。モリーさんだろう。ヘドウィグとピッグウィジョンが哀れっぽく鳴いた。床板がまた軋み、今度は女子部屋を調べに行くようだった。足音が遠のいたのを確認して、ナマエはハリーに囁いた。
「それよりまず明日の尋問だな、ハリー。正当防衛だってちゃんと証言すれば大丈夫だって、ハーマイオニーがいろいろ調べてた……」
「アー……そうだね、助かるな」
ハリーの顔はよく見えなかったが、暗い声が返ってきた。励ましたつもりが、かえってプレッシャーをかけてしまったかもしれないと思いつつ、ナマエもベッドに身を預けた。
ハーマイオニーは武器が何か思いついただろうか──「きっとこれだわ……」──ハーマイオニーが小さなS.P.E.W.のバッジを掲げた。クリーチャーが誇らしげにバッジを胸につけて恭しくお辞儀をして、顔を上げた……その顔は紛れもなくミョウジ家の屋敷しもべ、シノビーになっていた。ナマエが喜んで名前を叫ぶと、シノビーはパチンと指を鳴らしてバッジを残して消えてしまった。
ナマエはふと目を覚ました。時刻はまだ四時半だった。
隣のベッドではハリーの寝息が聞こえ、その向こうのベッドのロンは大の字で口を開けていた。ハリーの寝顔は、夢の中で何かと戦っているのか、わずかに眉間に皺が寄っている。ナマエは彼らを起こさないように気をつけて着替えた。
ハーマイオニーに貰った豚毛のブラシで髪を梳かし、きゅっと一つ結びを作った。トランクから使い込まれた小鍋と、銀の蓋が並ぶ数本の小瓶を取り出した。ナマエはトランクを閉じる音に気を配りながら、腕に道具を抱えて部屋を抜け出した。
まだ誰もいない廊下は、まだ夜中のように真っ暗だった。ナマエは杖灯りを頼りに、影が蠢く蛇のような手すりを横目に厨房へと降りた。
ナマエは杖を振って部屋のガスキャンドルを灯した。誰もいない厨房は、初日までの陰惨な雰囲気はなく、ナマエによって磨き上げられた石造りの壁が不気味に灯火を反射させていた。
ナマエは調理台に道具を広げて調合を始めた。目指すのは強力な骨生え薬 だ。闇の帝王復活のため、クラウチ・ジュニアの手によって奪われたナマエの肋骨はいまだに元に戻っていなかった。医務室で飲んだ骨生え薬では全く効果がないのだった。
この薬は少々匂いが強く、同室のロンにも、ヴァルブルガ夫人の部屋にいるバックビークにも嫌がられてしまうので、こうして朝早く厨房に立つのだった。
ナマエは小鍋を煮立たせないように注意しながら材料を加えて行った。マンドレイクの根の粉末を注意深く計って加え、二角獣の角の髄を細かく刻んで入れた。特有の刺激臭が漂い、ナマエは腕で額を擦った。
火を強くして緑色のドラゴンの血を思い切って加えると、さらに酷い匂いに頭がくらくらした。
思わず顔を背けると、足音が近づいていることに気がついた。
振り返ると、そこにはダンブルドアが立っていた。その後ろには、魔法の義眼を絶え間なく動かすマッド-アイが控えている。
ダンブルドアはナマエが手にしていた緑色の小瓶を見て、目をキラリとさせた。
「おはよう、ナマエ。朝早くから励んでいるようじゃの──ほう。ドラゴンの血の還元反応を、別の触媒で代用するのかね?素晴らしい試みじゃ」
ダンブルドアはフォッフォッと楽しそうに笑った。ナマエは面食らいつつ、努めて冷静な声を絞り出した。
「先生の論文を参考にしました──あの、先生。父のことですが、チチオヤの足取りについて何か掴んでいらっしゃるのではありませんか? 先生なら、騎士団が把握していないことでも……」
食い下がるナマエに対し、ダンブルドアは眼鏡の奥の瞳で一瞬だけナマエを捉えたが、その表情に変化はなかった。
「チチオヤの用心深さは、時にこのわしですら感心させられるほどじゃ。それよりも、今日はハリーの尋問について、アーサーと緊急の打ち合わせがあってのう……」
ナマエの問いは、まるで行き止まりに突き当たったかのように霧散した。そこへ、ちょうどパジャマの上にガウンを羽織ったアーサーさんが階段を下りてきた。
「ああ、ダンブルドア。すみません、お待たせした」
二人はナマエの存在を意識の外に置いたかのように、少し離れた場所ですぐに低い声で話し込み始めた。
「……若造」
その時、横からしゃがれた声が聞こえた。マッド-アイだ。彼はアーサーたちの話には加わらず、魔法の義眼はぐつぐつ煮える小鍋を捉え、もう片方の目はナマエを凝視していた。
「なぜ耳飾りを外している。お前にとってそれは、肌身離さず持っておくべき物ではないのか?」
「え?」
ナマエはきょとんとして作業の手を止め、マッド-アイの本物の方の目を見つめた。
「……どういう意味ですか?」
自分でも声が硬くなるのがわかった。マッド-アイを警戒しすぎている自覚はある。肋骨を奪ったのは目の前の男ではなく、彼に化けていたクラウチ・ジュニアだ。そう自分に言い聞かせても、どうしても身体がこわばるのを止められなかった。
マッド-アイは喉の奥で唸るように言った。
「チチオヤが贈ったものだろう? え?」
魔法の義眼が、ナマエの空白の耳たぶを凝視した。ナマエは訳が分からずそのまま答えた。
「えーと、ずっと付けてると痒いんで……」
怪訝な顔をしているのが自分でも分かった。特に意味はない。シャワーを浴びる時に邪魔だとか、どうせ掃除しかしないのに、つけるのが面倒だとかで外している日もある──それがたまたま今だ──ただそれだけだった。
しかし、マッド-アイは、まるでナマエがことの重大さをわかっていないような重々しい口ぶりだった。
「……今後は外さない方が良いやもしれん」
ナマエは眉を寄せた。
「なぜですか?あのピアスに何かあるんですか」
マッド-アイは無骨な手で杖を握り直し、低い声で言った。
「──わしの勘だ。チチオヤとの付き合いは貴様が生まれる前からあるが……あいつが他人に物を贈る時、それがただの装飾品であった試しなど一度もない」
彼は義眼を再び激しく回転させ、密談を続けるダンブルドアたちの背後に視線を移した。
マッド-アイはそれ以上何も語らず、杖を突きながらダンブルドアの後を追って去っていった。
ナマエは、その背中が完全に消えるまで、手に持っていた小瓶を強く握りしめた。……遅れて、なんとなく腹が立ってきた。
(……息子へのクリスマスプレゼントなのに、何か理由がいるのかよ?)
階段を上っていく彼らの足音が消えると、厨房には再び、小鍋がボコボコと煮える不気味な音と、鼻を刺すような異臭だけが残された。
「……またこんなところで! ナマエ、顔を出しなさい、煙で何も見えないわ!」
階段を駆け下りてきたモリーさんが、充満した異臭と蒸気に顔をしかめて声を上げた。杖で煙を払い、目が合うと、モリーさんは今度は優しくにっこりした。
「もう朝食を作るから、その鍋は片付けてちょうだい。いいわね?」
「はい、モリーさん」
ナマエもにっこり返事をした。有無を言わせぬ口調で叱られるのは、ナマエにとって決して悪い気分ではなかった。実の息子になったかのような暖かい気持ちが、苛立ちを鎮めてくれるような気がした。
「うわあ、なに、この匂い。トロールの靴下でも煮てるの?」
階段の角から、トンクスがあくびをしながら現れた。
「わたし、ず──ず──ずっと起きてたの」
「おはよう、トンクス」
ナマエはトンクスにひっくり返される前に、手際よく出来上がったばかりの琥珀色の液体をゴブレットに注ぎ分けた。残りの材料を片付け、小鍋を魔法で洗浄して端に寄せた。
ナマエがテーブルにつき、立ち上る独特の臭気を放つゴブレットを手に取ったところで、また数人が厨房に入ってきた。シリウス、ルーピン、アーサーさんだ。ナマエは不思議に思った。
「アーサーさん!ダンブルドア先生とマッド-アイは?」
「ああ、二人はもう発たれたよ──トンクス、明日の夜勤は私が代わろう。どうせ報告書を一つ仕上げなきゃならないし」
アーサーさんは寝ぼけて椅子をひっくり返したトンクスに優しく声をかけた。
次に厨房の扉を開いたのはハリーだった。モリーさんが気がついてきびきびと声を上げた。
「おはよう、ハリー。朝食ね!」
ハリーは見るからに不安でいっぱいのぎこちない笑顔を返した。心ここに在らずといった様子でぼんやりとナマエの隣に座ったが、すぐに後悔したように顔を顰めた。
「……その地獄みたいな匂いの飲み物が、何に効くの?」
ハリーが怪訝そうな顔で覗き込んできた。ナマエはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いた。
「骨生え薬にちょっと手を加えたんだ。やつらに盗られたあばらが生えてこないから」
ナマエは薬から立ちのぼる湯気を手で煽って匂いを嗅いだ。ヤギのミルクと魚を混ぜて腐らせたようなひどい匂いがした。
「まあべつに、骨が無くても困ってないんだけど……ほら。気持ち悪いだろ?取られっぱなしだと思うと」
ナマエはそう言ってゴブレットを煽った。
一口飲み込んでから、ナマエは思わず手を止めた。
──前と味が違う。この薬は本来、泥を啜っているような、耐え難いえぐみがあるはずだった。それなのに──このひどい匂いに反して、今は驚くほど口当たりが滑らかで、口に含んだ瞬間に泥臭い風味がすっと甘く変わったのだ。
突然、ナマエの頭にふと、これまでの違和感が頭をよぎった。
──医務室で出されたオートミールのポリッジ。味気のない糊のような食感で飲み込むのがやっとだった──毎年食べていたはずの冬のホグワーツの夕食のブラック・プディングも、去年は血生臭くてたまらなかった──それまで、ナマエは食事を不味いと思ったことは一度もなかったというのに。
ナマエはそれらの記憶を思い起こして首を傾げた。
ちょうどそこへモリーさんが鍋にたっぷりのポリッジを持ってきた。ハリーはスプーンを上げたり下げたりするだけでちっとも口に運んでいなかった。ナマエは見かねて声をかけた。
「大丈夫さ、ハリー。退学になんてなりっこないって」
「ああ──うん、ありがとう。でも──君はなんとでも言えるよ」
「じゃあ、もしあんたが退学になったら、俺も一緒に辞めてもいいぜ」
ナマエがにっこりしても、ハリーはため息で答えた。ナマエはポリッジをすぐに平らげた。それを見たハリーは自分の皿をナマエの方に寄せた。
「僕のも食べていいよ、食欲がないんだ」
「はちみつ掛けたら?」
ナマエの助言にハリーは首を振った。
「あとで腹減るぞ」
ナマエは言いながらも食べ始めた。モリーさんのポリッジは、料理の腕なのか、オート麦のいやな風味はなく滑らかで、美味しかった。ナマエはもう一度ゴブレットの薬と見比べて、また首を傾げた。
「すぐ終わるよ、数時間後には無罪放免だ」
アーサーさんはハリーを元気づけるように言った。アーサーさんをよく見ると、いつものローブではなく、マグルの格好のような細縞のズボンに、袖口と腰の締まったジャケットのようなものを着ていた。
ハリーは黙っていた。ナマエはなんとなく、バックビークの裁判の前のハグリッドを思い出した。
「尋問は、私の事務所と同じ階で、アメリア・ボーンズの部屋だ。魔法法執行部の部長で、君の尋問を担当する魔女だがね」
「アメリア・ボーンズは大丈夫よ、ハリー」
トンクスがまじめに言った。
「公平な魔女だから。ちゃんと聞いてくれるわよ」
ハリーは頷いた。
「カッとなるなよ」
突然シリウスが言った。
「礼儀正しくして、事実だけを言うんだ」
ハリーはまた頷いた。
「法律は君に有利だ」
ルーピンが静かに言った。
「未成年魔法使いでも、命を脅かされる状況では魔法を使うことが許される」
アーサーさんは懐中時計を開いて、ハリーのほうを見た。
「そろそろ出かけよう。少し早いが、ここでぐずぐずしているより、魔法省に行っていたほうがいいだろう」
「オーケー」
ハリーはトーストを離し、反射的に答えながら立ち上がった。
「大丈夫よ、ハリー」
トンクスがハリーの腕をポンポンと叩いた。
「がんばれ」
ルーピンが言った。ナマエも頷いた。
「必ずうまくいくさ」
「そうじゃなかったら」
シリウスが恐い顔で言った。
「わたしが君のためにアメリア・ボーンズに一泡吹かせてやる……」
ハリーは弱々しく笑った。モリーさんがハリーを抱き締めた。
「みんなでお祈りしてますよ」
「それじゃ」
ハリーが言った。
「あの……行ってきます」
ハリーとアーサーは厨房を出て階段を上がっていった。
「──尋問ってそんなにひどいわけ?」
ナマエは振り返って残った大人たちに尋ねた。
「ハリーは前も叔母さんを魔法で風船にして飛ばしたのに、尋問どころかお咎めなしだったじゃないか」
「そのときは、ファッジがまともだったからね」
ルーピンが答えた。ナマエは合点が入って項垂れた。
「たしかに、なるほど……」
ナマエが頭をガシガシ掻くと、出し抜けにシリウスが言った。
「ナマエ、ピアスはどうした?」
ナマエは一瞬眉を上げてからシリウスの顔を見て、あっと声を上げた。ナマエは薬が残ったゴブレットを持って、シリウスの袖を掴んだ。
「──シリウス、ちょっと来て!」
ナマエは戸惑うシリウスをぐいぐいと引き寄せ、まだ朝食の熱気が残る厨房を後にした。階段を駆け上がろうとしたところで、ちょうど降りてきたロン、ハーマイオニーとジニーに出くわした。
「あ、ナマエ。おはよう。ハリーは……ねえ、シリウスをどこへ連れて行くの?」
ハーマイオニーが怪訝そうに眉を寄せた。ロンは薬の刺激臭におえーっと吐くまねをした。ハリーを見送って不安なはずの彼女たちの目には、ナマエがシリウスを半ば強制的に連行している様子が奇妙に映ったのだろう。
「ちょっと、大事な相談があるんだ。あとで!」
ナマエは立ち止まらず、短い返事だけで二人をすり抜けた。
自室に入ると、枕元に置いてあったベルベット張りの小箱を手に取った。
シリウスは部屋の入り口で立ち止まり、ポケットに手を突っ込んだまま、居心地が悪そうにナマエの動作を眺めていた。ナマエは箱の蓋を開けて、黒いダイヤの耳飾りをシリウスの目の前に突き出した。
「これに何か魔法がかかってる?」
「それは……かもしれないな」
シリウスは形のいい眉を歪めて、ナマエを見た。
ナマエはシリウスの返事を聞くと、耳飾りの小箱を一旦ポケットにしまい、もう片方の手にまだ持っていた乳白色の液体が入ったゴブレットを、シリウスの前に突き出した。シリウスは臭いに顔を顰めたが、ナマエは言った。
「これ、飲んでみて!どんな味か教えて」
「おい、ナマエ、それはきみの──」
「いいから、一口。大丈夫、ただの──ただの、ちょっとだけ強力な骨生え薬だから」
ナマエの真剣な眼差しに押され、シリウスは困惑しながらもゴブレットを受け取った。鼻を突く強烈な刺激臭に眉をひそめ、覚悟を決めたように一口、口をつけた。
直後、シリウスは猛烈に顔を歪め、危うく吹き出しそうになった。
「げほっ! ……最悪だ。トロールの鼻水みたいな味がするぞ。よくこんなものを……」
シリウスは心底嫌そうにゴブレットを突き返した。ナマエはその言葉を繰り返した。
「……トロールの鼻水?」
「ああ。ひどいもんだ。」
ナマエはゴブレットを握りしめて、自分でももう一度薬を口に含んだ。
「俺には、ホットミルクみたいに感じるんだ。……今は」
「なんだって?」
ナマエは小箱から黒石のピアスを取り出した。鏡も見ずに、慣れた手つきで耳たぶの穴に針を通す。パチン、と小さな金属音がした。シリウスは不思議そうにナマエの動きを見守った。
ナマエはもう一度、ゴブレットを口に運んだ。
「……っ、うげ……」
口の中には耐え難いえぐみと、酸っぱい不快な臭気だけが広がった。
「……本当だ。ゲロみたいな味がする」
ナマエはゴブレットをサイドテーブルに置き、シリウスを振り返った。
「シリウス──これ、このピアスを作るの手伝ったって言ってたよな。」
シリウスはゆっくりナマエの側まで歩いて、重い体を預けるようにベッドに腰掛けると、声を潜めて答えた。
「ああそうだ。だが──わたしが手伝ったのは、その石と銀の錬金くらいだ。悪いが……詳しいことは知らん。チチオヤは、きみへのプレゼントだってこと以外は大して話さなかったからな。それさえ知っていれば、わたしが手伝うと分かっていたんだろう」
シリウスは、少しだけ苦い顔をして言葉を続けた。
「チチオヤが、力を貸せと言ったんだ──どうせわたしには時間があった──そいつを作るのにかなり時間がかかっていたようだった。その石も銀も、手ずから錬金したものだ──チチオヤはいろいろと『仕事』があったからな……」
シリウスは言葉を選んでいるようだったが、隠し事をしているというよりは、息子のナマエの前で、父であるチチオヤを非難しすぎないように努力しているように見えた。シリウスは続けた。
「──で、そのピアスをつけてると骨生え薬が不味くなるのか?」
ナマエは頷いてから首を傾げた。
「そうだけど……いや、逆かも……」
「逆?」
「──ピアスを外してると、不味くなくなる」
ナマエは唇に手を当てて考え込んだ。
「俺、食べ物を不味いと思ったことないんだよ。百味ビーンズのミミズ味も、オートミールも、ハグリッドの岩みたいなケーキも、薬だってたいてい普通に飲める──でも、このピアスをつけてると、ポリッジが苦手になる」
シリウスは、わずかに首をかしげ、目を細めてナマエの様子を観察した。怪訝さと警戒心が混じった鋭い眼光でナマエの耳元にある、自分が研磨を手伝ったはずの黒石をまじまじと見つめ、何か言いたげに口を動かすが、結局は吐き出すような溜息に変わった。
「チチオヤは──きみに何がしたいんだ?」
「俺が聞きたいよ、気持ち悪いことしやがって」
ナマエはどさりとベッドに倒れ込んだ。シリウスの方に背を向けて、文句を言った。
「──今朝、マッド-アイに耳飾りを外すなって言われたんだ。……親父は意味なく人にプレゼントなんか寄越さないってさ」
「そうか?息子にやるために張り切っているように見えたが」
シリウスはフォローするように答えたが、ナマエはムーディのほうが正しいように思えた。
ナマエはサイドテーブルのゴブレットを、まるで毒物でも見るかのような目で見つめた。
口の中には、まだ吐き気を催すような味がこびりついている。
ナマエは指先で、耳たぶの黒石に触れた。
冷たい。
これまでは、父がくれたお守りのような、自分の一部だと思っていた。けれど今は、得体の知れない異物が身体に食い込んでいるような、形容しがたい嫌悪感がこみ上げてくる。
「骨は……どうだ?」
シリウスが、ナマエの腹部あたりに視線を落として聞いた。
ナマエは我に返り、起き上がってセーターを捲り、自分の左脇腹を触った。
「……変わらない。一本、足りないままだ」
改良版の骨生え薬をもってしても、奪われた肋骨は再生していない。
耳飾りを外して飲めば美味しく感じたからといって、薬としての効果が変わるわけではなかった。
「そうか……」
シリウスは短く答えた。彼は何かを言いかけて、だがやはり飲み込むようにして視線を逸らした。
ナマエはベッドに座ったまま、耳たぶの「重み」を意識せずにはいられなかった。
ナマエは前髪をふーっと吹いて、明るい声を出してみた。
「なあ、シリウス。親父の話をもっと聞かせてくれない?あ、悪口でもいいよ」
「ばかなことを。……チチオヤは優秀な癒者だよ、ナマエ。少し──偏屈で、傲慢で、秘密主義で、陰険で──そう、少し無愛想なだけだ」
ナマエは自分のベッドに腰を下ろした。ヘドウィグとピッグウィジョンが洋箪笥の上で、カタカタ動き回り、落ち着かない様子で羽を擦り合わせていたので、ロンは、おとなしくさせるのに「ふくろうフーズ」を投げながらハリーに言った。
「あいつらを毎晩狩りに出してやるわけにはいかないんだ。ダンブルドアは、この広場のあたりで、あんまりたくさんふくろうが飛び回るのはよくないって。怪しまれるから」
そう言うとロンはパジャマに着替えた。
ハリーは眼鏡をはずしてヘドウィグを撫でていた。ナマエは思い出して言った。
「……あ、ハリー。部屋の鍵は掛けておいてくれ」
「どうして?」
「クリーチャーさ」
ロンが明かりを消しながら言った。
「僕がここに来た最初の夜、クリーチャーが夜中の三時にふらふら入ってきたんだ。目が覚めたとき、あいつが部屋の中をうろついてるのを見たらさ、まじ、いやだぜ。ところで……」
ロンはベッドに潜り込んで上掛けをかけ、暗い中で言った。
「どう思う?」
「うーん、僕たちが考えつかないようなことは、あんまり教えてくれなかったよね?」
ハリーは言った。ナマエは頷いた。
「あんたの言うとおりだ。シリウスが話したことは、俺たち、だいたいもう知ってた。ただ、一つだけ初耳だった」
「そう、武器のこと。うっかり口が滑ったって感じだった──なんだと思う?」
ロンが言った。ナマエは唸った。
「うーん……なあ、マグルは──『戦車』とか、『大砲』とか?そういう武器が使われるって、マグル学でやったけど……正直、殺したり痛めつけたりは、魔法使いなら杖さえあれば十分できることだ」
ナマエは言いながら確認するようにハリーを見た。
「確かに──あ、『賢者の石』みたいなものは?」
「それって武器かな?長生きできてもダンブルドアに勝てなきゃ意味ないぞ──シーッ!」
ロンが急に毛布を被った。耳を澄ますと、三秒後にドアの前の廊下の床が軋む音がした。モリーさんだろう。ヘドウィグとピッグウィジョンが哀れっぽく鳴いた。床板がまた軋み、今度は女子部屋を調べに行くようだった。足音が遠のいたのを確認して、ナマエはハリーに囁いた。
「それよりまず明日の尋問だな、ハリー。正当防衛だってちゃんと証言すれば大丈夫だって、ハーマイオニーがいろいろ調べてた……」
「アー……そうだね、助かるな」
ハリーの顔はよく見えなかったが、暗い声が返ってきた。励ましたつもりが、かえってプレッシャーをかけてしまったかもしれないと思いつつ、ナマエもベッドに身を預けた。
ハーマイオニーは武器が何か思いついただろうか──「きっとこれだわ……」──ハーマイオニーが小さなS.P.E.W.のバッジを掲げた。クリーチャーが誇らしげにバッジを胸につけて恭しくお辞儀をして、顔を上げた……その顔は紛れもなくミョウジ家の屋敷しもべ、シノビーになっていた。ナマエが喜んで名前を叫ぶと、シノビーはパチンと指を鳴らしてバッジを残して消えてしまった。
ナマエはふと目を覚ました。時刻はまだ四時半だった。
隣のベッドではハリーの寝息が聞こえ、その向こうのベッドのロンは大の字で口を開けていた。ハリーの寝顔は、夢の中で何かと戦っているのか、わずかに眉間に皺が寄っている。ナマエは彼らを起こさないように気をつけて着替えた。
ハーマイオニーに貰った豚毛のブラシで髪を梳かし、きゅっと一つ結びを作った。トランクから使い込まれた小鍋と、銀の蓋が並ぶ数本の小瓶を取り出した。ナマエはトランクを閉じる音に気を配りながら、腕に道具を抱えて部屋を抜け出した。
まだ誰もいない廊下は、まだ夜中のように真っ暗だった。ナマエは杖灯りを頼りに、影が蠢く蛇のような手すりを横目に厨房へと降りた。
ナマエは杖を振って部屋のガスキャンドルを灯した。誰もいない厨房は、初日までの陰惨な雰囲気はなく、ナマエによって磨き上げられた石造りの壁が不気味に灯火を反射させていた。
ナマエは調理台に道具を広げて調合を始めた。目指すのは強力な
この薬は少々匂いが強く、同室のロンにも、ヴァルブルガ夫人の部屋にいるバックビークにも嫌がられてしまうので、こうして朝早く厨房に立つのだった。
ナマエは小鍋を煮立たせないように注意しながら材料を加えて行った。マンドレイクの根の粉末を注意深く計って加え、二角獣の角の髄を細かく刻んで入れた。特有の刺激臭が漂い、ナマエは腕で額を擦った。
火を強くして緑色のドラゴンの血を思い切って加えると、さらに酷い匂いに頭がくらくらした。
思わず顔を背けると、足音が近づいていることに気がついた。
振り返ると、そこにはダンブルドアが立っていた。その後ろには、魔法の義眼を絶え間なく動かすマッド-アイが控えている。
ダンブルドアはナマエが手にしていた緑色の小瓶を見て、目をキラリとさせた。
「おはよう、ナマエ。朝早くから励んでいるようじゃの──ほう。ドラゴンの血の還元反応を、別の触媒で代用するのかね?素晴らしい試みじゃ」
ダンブルドアはフォッフォッと楽しそうに笑った。ナマエは面食らいつつ、努めて冷静な声を絞り出した。
「先生の論文を参考にしました──あの、先生。父のことですが、チチオヤの足取りについて何か掴んでいらっしゃるのではありませんか? 先生なら、騎士団が把握していないことでも……」
食い下がるナマエに対し、ダンブルドアは眼鏡の奥の瞳で一瞬だけナマエを捉えたが、その表情に変化はなかった。
「チチオヤの用心深さは、時にこのわしですら感心させられるほどじゃ。それよりも、今日はハリーの尋問について、アーサーと緊急の打ち合わせがあってのう……」
ナマエの問いは、まるで行き止まりに突き当たったかのように霧散した。そこへ、ちょうどパジャマの上にガウンを羽織ったアーサーさんが階段を下りてきた。
「ああ、ダンブルドア。すみません、お待たせした」
二人はナマエの存在を意識の外に置いたかのように、少し離れた場所ですぐに低い声で話し込み始めた。
「……若造」
その時、横からしゃがれた声が聞こえた。マッド-アイだ。彼はアーサーたちの話には加わらず、魔法の義眼はぐつぐつ煮える小鍋を捉え、もう片方の目はナマエを凝視していた。
「なぜ耳飾りを外している。お前にとってそれは、肌身離さず持っておくべき物ではないのか?」
「え?」
ナマエはきょとんとして作業の手を止め、マッド-アイの本物の方の目を見つめた。
「……どういう意味ですか?」
自分でも声が硬くなるのがわかった。マッド-アイを警戒しすぎている自覚はある。肋骨を奪ったのは目の前の男ではなく、彼に化けていたクラウチ・ジュニアだ。そう自分に言い聞かせても、どうしても身体がこわばるのを止められなかった。
マッド-アイは喉の奥で唸るように言った。
「チチオヤが贈ったものだろう? え?」
魔法の義眼が、ナマエの空白の耳たぶを凝視した。ナマエは訳が分からずそのまま答えた。
「えーと、ずっと付けてると痒いんで……」
怪訝な顔をしているのが自分でも分かった。特に意味はない。シャワーを浴びる時に邪魔だとか、どうせ掃除しかしないのに、つけるのが面倒だとかで外している日もある──それがたまたま今だ──ただそれだけだった。
しかし、マッド-アイは、まるでナマエがことの重大さをわかっていないような重々しい口ぶりだった。
「……今後は外さない方が良いやもしれん」
ナマエは眉を寄せた。
「なぜですか?あのピアスに何かあるんですか」
マッド-アイは無骨な手で杖を握り直し、低い声で言った。
「──わしの勘だ。チチオヤとの付き合いは貴様が生まれる前からあるが……あいつが他人に物を贈る時、それがただの装飾品であった試しなど一度もない」
彼は義眼を再び激しく回転させ、密談を続けるダンブルドアたちの背後に視線を移した。
マッド-アイはそれ以上何も語らず、杖を突きながらダンブルドアの後を追って去っていった。
ナマエは、その背中が完全に消えるまで、手に持っていた小瓶を強く握りしめた。……遅れて、なんとなく腹が立ってきた。
(……息子へのクリスマスプレゼントなのに、何か理由がいるのかよ?)
階段を上っていく彼らの足音が消えると、厨房には再び、小鍋がボコボコと煮える不気味な音と、鼻を刺すような異臭だけが残された。
「……またこんなところで! ナマエ、顔を出しなさい、煙で何も見えないわ!」
階段を駆け下りてきたモリーさんが、充満した異臭と蒸気に顔をしかめて声を上げた。杖で煙を払い、目が合うと、モリーさんは今度は優しくにっこりした。
「もう朝食を作るから、その鍋は片付けてちょうだい。いいわね?」
「はい、モリーさん」
ナマエもにっこり返事をした。有無を言わせぬ口調で叱られるのは、ナマエにとって決して悪い気分ではなかった。実の息子になったかのような暖かい気持ちが、苛立ちを鎮めてくれるような気がした。
「うわあ、なに、この匂い。トロールの靴下でも煮てるの?」
階段の角から、トンクスがあくびをしながら現れた。
「わたし、ず──ず──ずっと起きてたの」
「おはよう、トンクス」
ナマエはトンクスにひっくり返される前に、手際よく出来上がったばかりの琥珀色の液体をゴブレットに注ぎ分けた。残りの材料を片付け、小鍋を魔法で洗浄して端に寄せた。
ナマエがテーブルにつき、立ち上る独特の臭気を放つゴブレットを手に取ったところで、また数人が厨房に入ってきた。シリウス、ルーピン、アーサーさんだ。ナマエは不思議に思った。
「アーサーさん!ダンブルドア先生とマッド-アイは?」
「ああ、二人はもう発たれたよ──トンクス、明日の夜勤は私が代わろう。どうせ報告書を一つ仕上げなきゃならないし」
アーサーさんは寝ぼけて椅子をひっくり返したトンクスに優しく声をかけた。
次に厨房の扉を開いたのはハリーだった。モリーさんが気がついてきびきびと声を上げた。
「おはよう、ハリー。朝食ね!」
ハリーは見るからに不安でいっぱいのぎこちない笑顔を返した。心ここに在らずといった様子でぼんやりとナマエの隣に座ったが、すぐに後悔したように顔を顰めた。
「……その地獄みたいな匂いの飲み物が、何に効くの?」
ハリーが怪訝そうな顔で覗き込んできた。ナマエはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いた。
「骨生え薬にちょっと手を加えたんだ。やつらに盗られたあばらが生えてこないから」
ナマエは薬から立ちのぼる湯気を手で煽って匂いを嗅いだ。ヤギのミルクと魚を混ぜて腐らせたようなひどい匂いがした。
「まあべつに、骨が無くても困ってないんだけど……ほら。気持ち悪いだろ?取られっぱなしだと思うと」
ナマエはそう言ってゴブレットを煽った。
一口飲み込んでから、ナマエは思わず手を止めた。
──前と味が違う。この薬は本来、泥を啜っているような、耐え難いえぐみがあるはずだった。それなのに──このひどい匂いに反して、今は驚くほど口当たりが滑らかで、口に含んだ瞬間に泥臭い風味がすっと甘く変わったのだ。
突然、ナマエの頭にふと、これまでの違和感が頭をよぎった。
──医務室で出されたオートミールのポリッジ。味気のない糊のような食感で飲み込むのがやっとだった──毎年食べていたはずの冬のホグワーツの夕食のブラック・プディングも、去年は血生臭くてたまらなかった──それまで、ナマエは食事を不味いと思ったことは一度もなかったというのに。
ナマエはそれらの記憶を思い起こして首を傾げた。
ちょうどそこへモリーさんが鍋にたっぷりのポリッジを持ってきた。ハリーはスプーンを上げたり下げたりするだけでちっとも口に運んでいなかった。ナマエは見かねて声をかけた。
「大丈夫さ、ハリー。退学になんてなりっこないって」
「ああ──うん、ありがとう。でも──君はなんとでも言えるよ」
「じゃあ、もしあんたが退学になったら、俺も一緒に辞めてもいいぜ」
ナマエがにっこりしても、ハリーはため息で答えた。ナマエはポリッジをすぐに平らげた。それを見たハリーは自分の皿をナマエの方に寄せた。
「僕のも食べていいよ、食欲がないんだ」
「はちみつ掛けたら?」
ナマエの助言にハリーは首を振った。
「あとで腹減るぞ」
ナマエは言いながらも食べ始めた。モリーさんのポリッジは、料理の腕なのか、オート麦のいやな風味はなく滑らかで、美味しかった。ナマエはもう一度ゴブレットの薬と見比べて、また首を傾げた。
「すぐ終わるよ、数時間後には無罪放免だ」
アーサーさんはハリーを元気づけるように言った。アーサーさんをよく見ると、いつものローブではなく、マグルの格好のような細縞のズボンに、袖口と腰の締まったジャケットのようなものを着ていた。
ハリーは黙っていた。ナマエはなんとなく、バックビークの裁判の前のハグリッドを思い出した。
「尋問は、私の事務所と同じ階で、アメリア・ボーンズの部屋だ。魔法法執行部の部長で、君の尋問を担当する魔女だがね」
「アメリア・ボーンズは大丈夫よ、ハリー」
トンクスがまじめに言った。
「公平な魔女だから。ちゃんと聞いてくれるわよ」
ハリーは頷いた。
「カッとなるなよ」
突然シリウスが言った。
「礼儀正しくして、事実だけを言うんだ」
ハリーはまた頷いた。
「法律は君に有利だ」
ルーピンが静かに言った。
「未成年魔法使いでも、命を脅かされる状況では魔法を使うことが許される」
アーサーさんは懐中時計を開いて、ハリーのほうを見た。
「そろそろ出かけよう。少し早いが、ここでぐずぐずしているより、魔法省に行っていたほうがいいだろう」
「オーケー」
ハリーはトーストを離し、反射的に答えながら立ち上がった。
「大丈夫よ、ハリー」
トンクスがハリーの腕をポンポンと叩いた。
「がんばれ」
ルーピンが言った。ナマエも頷いた。
「必ずうまくいくさ」
「そうじゃなかったら」
シリウスが恐い顔で言った。
「わたしが君のためにアメリア・ボーンズに一泡吹かせてやる……」
ハリーは弱々しく笑った。モリーさんがハリーを抱き締めた。
「みんなでお祈りしてますよ」
「それじゃ」
ハリーが言った。
「あの……行ってきます」
ハリーとアーサーは厨房を出て階段を上がっていった。
「──尋問ってそんなにひどいわけ?」
ナマエは振り返って残った大人たちに尋ねた。
「ハリーは前も叔母さんを魔法で風船にして飛ばしたのに、尋問どころかお咎めなしだったじゃないか」
「そのときは、ファッジがまともだったからね」
ルーピンが答えた。ナマエは合点が入って項垂れた。
「たしかに、なるほど……」
ナマエが頭をガシガシ掻くと、出し抜けにシリウスが言った。
「ナマエ、ピアスはどうした?」
ナマエは一瞬眉を上げてからシリウスの顔を見て、あっと声を上げた。ナマエは薬が残ったゴブレットを持って、シリウスの袖を掴んだ。
「──シリウス、ちょっと来て!」
ナマエは戸惑うシリウスをぐいぐいと引き寄せ、まだ朝食の熱気が残る厨房を後にした。階段を駆け上がろうとしたところで、ちょうど降りてきたロン、ハーマイオニーとジニーに出くわした。
「あ、ナマエ。おはよう。ハリーは……ねえ、シリウスをどこへ連れて行くの?」
ハーマイオニーが怪訝そうに眉を寄せた。ロンは薬の刺激臭におえーっと吐くまねをした。ハリーを見送って不安なはずの彼女たちの目には、ナマエがシリウスを半ば強制的に連行している様子が奇妙に映ったのだろう。
「ちょっと、大事な相談があるんだ。あとで!」
ナマエは立ち止まらず、短い返事だけで二人をすり抜けた。
自室に入ると、枕元に置いてあったベルベット張りの小箱を手に取った。
シリウスは部屋の入り口で立ち止まり、ポケットに手を突っ込んだまま、居心地が悪そうにナマエの動作を眺めていた。ナマエは箱の蓋を開けて、黒いダイヤの耳飾りをシリウスの目の前に突き出した。
「これに何か魔法がかかってる?」
「それは……かもしれないな」
シリウスは形のいい眉を歪めて、ナマエを見た。
ナマエはシリウスの返事を聞くと、耳飾りの小箱を一旦ポケットにしまい、もう片方の手にまだ持っていた乳白色の液体が入ったゴブレットを、シリウスの前に突き出した。シリウスは臭いに顔を顰めたが、ナマエは言った。
「これ、飲んでみて!どんな味か教えて」
「おい、ナマエ、それはきみの──」
「いいから、一口。大丈夫、ただの──ただの、ちょっとだけ強力な骨生え薬だから」
ナマエの真剣な眼差しに押され、シリウスは困惑しながらもゴブレットを受け取った。鼻を突く強烈な刺激臭に眉をひそめ、覚悟を決めたように一口、口をつけた。
直後、シリウスは猛烈に顔を歪め、危うく吹き出しそうになった。
「げほっ! ……最悪だ。トロールの鼻水みたいな味がするぞ。よくこんなものを……」
シリウスは心底嫌そうにゴブレットを突き返した。ナマエはその言葉を繰り返した。
「……トロールの鼻水?」
「ああ。ひどいもんだ。」
ナマエはゴブレットを握りしめて、自分でももう一度薬を口に含んだ。
「俺には、ホットミルクみたいに感じるんだ。……今は」
「なんだって?」
ナマエは小箱から黒石のピアスを取り出した。鏡も見ずに、慣れた手つきで耳たぶの穴に針を通す。パチン、と小さな金属音がした。シリウスは不思議そうにナマエの動きを見守った。
ナマエはもう一度、ゴブレットを口に運んだ。
「……っ、うげ……」
口の中には耐え難いえぐみと、酸っぱい不快な臭気だけが広がった。
「……本当だ。ゲロみたいな味がする」
ナマエはゴブレットをサイドテーブルに置き、シリウスを振り返った。
「シリウス──これ、このピアスを作るの手伝ったって言ってたよな。」
シリウスはゆっくりナマエの側まで歩いて、重い体を預けるようにベッドに腰掛けると、声を潜めて答えた。
「ああそうだ。だが──わたしが手伝ったのは、その石と銀の錬金くらいだ。悪いが……詳しいことは知らん。チチオヤは、きみへのプレゼントだってこと以外は大して話さなかったからな。それさえ知っていれば、わたしが手伝うと分かっていたんだろう」
シリウスは、少しだけ苦い顔をして言葉を続けた。
「チチオヤが、力を貸せと言ったんだ──どうせわたしには時間があった──そいつを作るのにかなり時間がかかっていたようだった。その石も銀も、手ずから錬金したものだ──チチオヤはいろいろと『仕事』があったからな……」
シリウスは言葉を選んでいるようだったが、隠し事をしているというよりは、息子のナマエの前で、父であるチチオヤを非難しすぎないように努力しているように見えた。シリウスは続けた。
「──で、そのピアスをつけてると骨生え薬が不味くなるのか?」
ナマエは頷いてから首を傾げた。
「そうだけど……いや、逆かも……」
「逆?」
「──ピアスを外してると、不味くなくなる」
ナマエは唇に手を当てて考え込んだ。
「俺、食べ物を不味いと思ったことないんだよ。百味ビーンズのミミズ味も、オートミールも、ハグリッドの岩みたいなケーキも、薬だってたいてい普通に飲める──でも、このピアスをつけてると、ポリッジが苦手になる」
シリウスは、わずかに首をかしげ、目を細めてナマエの様子を観察した。怪訝さと警戒心が混じった鋭い眼光でナマエの耳元にある、自分が研磨を手伝ったはずの黒石をまじまじと見つめ、何か言いたげに口を動かすが、結局は吐き出すような溜息に変わった。
「チチオヤは──きみに何がしたいんだ?」
「俺が聞きたいよ、気持ち悪いことしやがって」
ナマエはどさりとベッドに倒れ込んだ。シリウスの方に背を向けて、文句を言った。
「──今朝、マッド-アイに耳飾りを外すなって言われたんだ。……親父は意味なく人にプレゼントなんか寄越さないってさ」
「そうか?息子にやるために張り切っているように見えたが」
シリウスはフォローするように答えたが、ナマエはムーディのほうが正しいように思えた。
ナマエはサイドテーブルのゴブレットを、まるで毒物でも見るかのような目で見つめた。
口の中には、まだ吐き気を催すような味がこびりついている。
ナマエは指先で、耳たぶの黒石に触れた。
冷たい。
これまでは、父がくれたお守りのような、自分の一部だと思っていた。けれど今は、得体の知れない異物が身体に食い込んでいるような、形容しがたい嫌悪感がこみ上げてくる。
「骨は……どうだ?」
シリウスが、ナマエの腹部あたりに視線を落として聞いた。
ナマエは我に返り、起き上がってセーターを捲り、自分の左脇腹を触った。
「……変わらない。一本、足りないままだ」
改良版の骨生え薬をもってしても、奪われた肋骨は再生していない。
耳飾りを外して飲めば美味しく感じたからといって、薬としての効果が変わるわけではなかった。
「そうか……」
シリウスは短く答えた。彼は何かを言いかけて、だがやはり飲み込むようにして視線を逸らした。
ナマエはベッドに座ったまま、耳たぶの「重み」を意識せずにはいられなかった。
ナマエは前髪をふーっと吹いて、明るい声を出してみた。
「なあ、シリウス。親父の話をもっと聞かせてくれない?あ、悪口でもいいよ」
「ばかなことを。……チチオヤは優秀な癒者だよ、ナマエ。少し──偏屈で、傲慢で、秘密主義で、陰険で──そう、少し無愛想なだけだ」
