第五学年 不死鳥の騎士団
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OWLの最終日は午前中の魔法史と、午後の占い学だった。午前中はさんざんあやふやな回答を作り出すのに一苦労した。
占い学に対するハリーの期待ももともと低かったが、水晶玉は頑として何も見せてくれず、机の上で絵が動くのを見る努力をしたほうがまだましだと思った。手相学では挽回しようと、ハリーは目を閉じた。ノートが見えるように、思い出せるように……生命線は親指と人差し指の間から手首に向かって伸びる線。そうだ。でも、それは頭脳線かもしれなかった……それならもう書いてしまった……。考えるんだ。両手で顔を覆い、ハリーは自分自身に言い聞かせた。周囲で羽根ペンがカリカリと、果てしのない答えを書き続けている。正面の砂時計の砂がサラサラと落ちていく……。
ハリーはまたしても、神秘部の冷たく暗い廊下を歩いていた。目的に向かうしっかりとした足取りで、時折走った。こんどこそ目的地に到達するのだ……いつものように、黒い扉がパッと開いてハリーを入れた。
ハリーは、大聖堂のような広い部屋にいた。棚が立ち並び、たくさんのガラスの球が置いてある……心臓がいまや激しく鼓動している……こんどこそ、そこに着く……九十七番に着いたとき、ハリーは左に曲がり、二列の棚の間の通路を急いだ……。しかし、突き当たりの床に人影がある。黒い影が、手負いの獣のように蠢いている……ハリーの胃が恐怖で縮んだ……いや興奮で……。
ハリーの口から声が出た。甲高い、冷たい、人間らしい思いやりのかけらもない声……。
「それを取れ。ヴォルデモート卿のために……私は触れることができぬ……しかし、おまえにはできる……」
床の黒い影がわずかに動いた。指の長い白い手が、ハリー自身の腕の先についている。その手が杖をつかんで上がるのが見えた……甲高い冷たい声がした。
「クルーシオ!苦しめ!」
そう唱えるのを、ハリーは聞いた。床の少年が苦痛に叫び声を漏らし、立とうとしたが、髪を振り乱してのた打ち回った。ハリーは笑っていた。ハリーは杖を下ろした。呪いが消え、少年は呻き声を上げて動かなくなった。
「さあ、あまり長く待たせるな……」
床の少年は、両腕をわなわなと震わせ、ゆっくりと肩をわずかに持ち上げ、黒い髪を擡げた。血まみれの、青白い顔が、苦痛に歪んでいた……。
「いやだ……もう、殺せばいいだろ」
ナマエが微かな震える声で言った。
「言われずとも最後はそうしてやろう」
冷たい声が言った。
「ナマエ、まず私のためにそれを取るのだ……これまでの痛みが本当の痛みだと思っているのか?考え直せ……時間はたっぷりある。誰にも貴様の叫び声は聞こえない……」
ところが、ヴォルデモートが再び杖を下ろしたとき、誰かが叫んだ。誰かが大声を上げ、熱い机から冷たい石の床へと横ざまに落ちた。床にぶつかり、ハリーは目を覚ました。まだ大声で叫んでいた。傷痕が火のように熱く、ハリーの周りで、大広間は騒然となっていた──。
「行きません……医務室に行く必要はありません……大丈夫です……」
心配気なトフティ教授を振りほどこうとしながら、ハリーは切れ切れに言葉を吐いた。
「試験のプレッシャーじゃな!」
老魔法使いは、わなわなする手でハリーの肩を軽く叩きながら、同情するように言った。
「私が君の答案用紙を集めようの。君はゆっくり横になるがよい」
「そうします」
ハリーはこっくりと頷いて大広間を出た。
「ハリー!」
試験を終えたロンが、引きつった表情ですぐさま追ってきた。
「どうしたんだよ」
「一緒に来て」
ハリーは急き込んで言った。ロンを連れて足早に歩きながら、声を潜めた。
「ナマエがヴォルデモートに捕まった」
「えーっ?」
「見たんだ。ついさっき。試験中に眠った時に」
「でも、そんなはずない。ナマエは午前中まで試験を受けてたんだぜ。どこかでハーマイオニーといるんじゃ──?」
「私がどうかした?」
角を曲がったところで、ハーマイオニーが本を胸に抱えて立っていた。ハリーは前置きもせずに言った。
「ナマエはどこだい?」
「さあ、レイブンクローの談話室じゃないの?魔法史の試験は午前中で終わったもの」
「それだ、そうだと思う」
ロンが言った。
「違う。神秘部にいるんだ。僕は見たんだ」
ハリーが言った。
「ナマエを使って、何だか知らないけど、そこにある、自分の手に入れたいものを取らせようとしてるんだ……あいつがナマエを拷問してる……最後には殺すって言ってるんだ!」
言いながら、ハリーは自分の膝が震え、声まで震えているのに気づいた。
「僕たち、どうやったらそこへ行けるかな?」
一瞬、沈黙が流れた。やがてロンが言った。
「そこへ、い──行くって?」
「神秘部に行くんだ。ナマエを助けに!」
ハリーは大声を出した。
「でも──ハリー……」
ロンの声が細くなった。
「なんだ?なんだよ?」
ハリーは言った。まるで自分が理不尽なことを言っているかのように、二人が呆気に取られた顔で自分を見ているのが、ハリーには理解できなかった。ハーマイオニーの声は、どこか怖がっているようだった。
「あの……どうやって……ヴォルデモートはどうやって、誰にも気づかれずにホグワーツからナマエを連れ出すの?しかも、神秘部に」
「僕が知るわけないだろ?」
ハリーが声を荒げた。
「僕たちがどうやってそこに入るかが問題なんだ!」
「でも……ハリー、ちょっと──」
ハーマイオニーは言いかけて、廊下の向こうを見た。
「ああ、ねえ!」
少し先の階段の踊り場に、アンソニー・ゴールドスタイン、テリー・ブート、マイケル・コーナーがいた。三人は試験の問題について話していたらしく、ハーマイオニーに呼び止められると、同時に振り返った。マイケルはハーマイオニーの顔を見るなり、少し不機嫌そうな顔をした。例の名簿のこともあったし、レイブンクローがクィディッチで負けたばかりでもあった。
「あなたたち、ナマエを見なかった?」
ハーマイオニーが聞いた。
「見てないよ」
アンソニーが答えた。
「てっきり、君たちといるのかと思ってたけど」
「いつから見てないの?」
「さあ、昼食にはいなかったよね?」
テリーがマイケルを見た。「ああ」とマイケルが言った。
「まあ、あいつは──たまに一人でふらふらしてる日もあるし。何かに熱中してたりすると、食事を抜くこともあるけど」
「一度も?」
ハリーが言った。
「昼から一度も見てないの?」
アンソニーの表情が固くなった。
「そういえば、試験の後はすぐにいなくなってたね。君とデートでもしてるのかと思ってた」
ハーマイオニーはさっと顔をこわばらせたが、何も言わなかった。
「うん、談話室でも見てないな」
テリーが言った。
「ナマエがいたらすぐにわかるよ。ポケットがじゃらじゃらうるさいんだもん」
「それで、ナマエがどうかしたの?」
アンソニーが聞いた。
「会ったら何か伝えておこうか?でも、もうすぐ夕食だから戻ってくるんじゃないかな」
「戻ってこれるもんか!」
ハリーは言った。
三人のレイブンクロー生が、ぎょっとしてハリーを見た。ハーマイオニーはハリーの腕を掴み、人の少ない空き教室へ引っ張り込んだ。ロンも後に続いた。
「ハリー、落ち着いて」
「落ち着いてる場合か?」
ハリーはハーマイオニーに一歩詰め寄った。真正面から怒鳴りつけ、肩を掴んでがたがた揺すぶってやりたい衝動を、ぎりぎりでこらえた。
ハーマイオニーはほとんど捨て鉢で言った。
「聞くけど、ヴォルデモートが武器だか何だかを取らせるのに、いったいなぜナマエを使いたいわけ?」
「知るもんか。理由は山ほどあるだろ!」
ハリーが怒鳴った。ヴォルデモートがナマエの父親に報復したがっていること、ナマエが申し訳なさそうに魅了の呪いの話を打ち明けたこと、ゴーント家の血筋であること、理由はいくらでも想像はできた。
「それに、ナマエの一人や二人痛めつけたって、ヴォルデモートは何とも感じないんだろう!それに、ここにナマエがいない以上、神秘部にいない証拠にはならない!」
「ハーマイオニー、ハリーは二人を見たんだ!」
ロンが急にハーマイオニーに詰め寄った。ハーマイオニーはちょっと迷ったように口を開いた。
「ハリー……あなたを批判するつもりじゃないのよ!でも、あなたって……何て言うか……つまり……ちょっと、そういうところがあるんじゃないかって──その──人助け癖っていうか……」
ハリーはハーマイオニーを睨みつけた。
「それ、どういう意味なんだ?『人助け癖』って?」
「あの……あなたって……」
ハーマイオニーはますます不安そうな顔をした。
「つまり……たとえば去年も……湖で……三校対抗試合の時……すべきじゃなかったのに……つまり、ナマエを助ける必要はなかったのに……あなた、少し……やりすぎて……」
ちくちくするような熱い怒りが、ハリーの体を駆け巡った。こんな時に、あの失敗を思い出させるなんて、どういうつもりだ?
ハリーの表情を見てすくみ上がり、ハーマイオニーが慌てて言い直した。。
「私が言いたいのは──ハリー、ヴォルデモートはあなたのことを知っているわ。ナマエを秘密の部屋に連れて行ったのは、あなたを誘い出すためだった。あの人は知ってるのよ、あなたが、ナマエを救いに行くような人間だって!」
「ハーマイオニー、あいつが僕をあそこに行かせるためにやったかどうかなんて、どうでもいいんだ。マクゴナガルは聖マンゴに連れて行かれたし、僕たちが話のできる騎士団は、もうホグワーツに一人もいない。そして、もし僕が行かなければ、ナマエは殺されるんだ!」
ハーマイオニーはびくっとして、ハリーから離れるように後退りした。
「君はわかってない!何のための閉心術だったと思う?ダンブルドアがなぜ僕にこういうことを見ないようにさせたかったと思う?なぜなら、全部本当のことだからなんだ、ハーマイオニー。ロンのパパのときと同じだ。僕はナマエを見たんだ。ヴォルデモートに捕まったんだ。どうやったかなんて今はどうでもいい。君がやりたくないなら、いいさ。だけど、僕は行く。わかったね?」
ハーマイオニーは唇を噛んだ。ロンは青ざめた顔で、二人を交互に見ていた。
「……忍びの地図を見ましょう」
ハーマイオニーが言った。
「せめて、ナマエが本当に学校にいないか確かめるの」
ハリーは返事をしなかった。もう走り出していた。ロンとハーマイオニーが慌てて後を追ってくる。肖像画の前で合言葉を叫び、太った婦人が驚いて文句を言うのも聞かず、ハリーは穴をくぐり抜けた。
談話室は、試験の終わった五年生たちでざわついていた。暖炉のそばで誰かが羽根ペンを投げて遊んでいたし、三年生らしい女子が占い学の水晶玉を膝に抱えて笑っていた。ハリーはその中を突っ切り、男子寝室へ駆け上がった。
「ハリー、待てよ!」
ロンの声が階段の下から追ってきた。
ハリーはトランクを乱暴に開けた。羊皮紙、靴下、古い教科書、クィディッチ用手袋が床に散らばって、指がうまく動かなかった。頭の中では、さっき見たナマエの顔が何度もよみがえっていた。
「どこだ……どこだよ……」
DAがなくなって以来、忍びの地図を使うのは久しぶりだった。ようやく、底のほうから古びた羊皮紙を引っぱり出した。ハリーはそれを掴んで階段を駆け下りた。ハーマイオニーが暖炉のそばで待っていた。顔は青ざめている。
ハリーは空いている隅のテーブルへ地図を広げ、杖先で羊皮紙を叩いた。
細い線が、たちまち羊皮紙の上を走りはじめた。廊下、階段、教室、塔、地下牢。城が紙の上に浮かび上がり、小さな黒い点があちこちで動いている。ハリーは顔を近づけ、名前を追った。
ナマエ・ミョウジの名前は、どこにもなかった。
「ない」
ハリーは言った。
「どこにもない」
「レイブンクロー塔は?」
ロンが横から覗き込んだ。
「ない。図書館にも、医務室にも、大広間にもいない」
ハリーはさらに地図へ顔を近づけた。目が痛くなるほど名前を追った。アンソニー・ゴールドスタイン。テリー・ブート。マイケル・コーナー。チョウ・チャン。けれど、ナマエの名前だけがない。
「必要の部屋は?」
ハーマイオニーが小さく言った。
ハリーは地図を乱暴に畳んだ。
「ハリー、待って。必要の部屋にいて、地図に映らないだけかもしれないわ。だから、慎重に──」
「慎重にしてるあいだに殺されたらどうするんだ!」
談話室が一瞬静まり返った。近くにいた三年生が、ぎょっとしてハリーを見た。ハーマイオニーはすぐに唇を引き結んだ。
「わかったわ、じゃあ、急いで必要の部屋にいきましょう。それから、神秘部への行き方を考えるの。いい?」
ロンが青ざめた顔で頷いた。
三人は談話室を飛び出した。ハリーは廊下を走った。階段が動きかけるのを待てず、隙間を飛び越えるようにして上へ向かった。ロンが後ろで何か叫んだが、ハリーにはほとんど聞こえなかった。頭の中には、ナマエの顔と、ヴォルデモートの声だけがあった。
七階へ上がる階段を駆け上がり、ハリーは息を切らしながら、必要の部屋の入口があるはずの壁の前で足を止めた。
廊下は空っぽだった。少なくとも、見える範囲には誰もいない。ハリーはほとんどよろめくように必要の部屋の壁の前を歩き出した。
しかし、壁には何も起こらなかった。
「もう一回」
ハーマイオニーが囁いた。声は小さかったが、恐ろしいほど緊張していた。
ハリーは二度目を歩いた。
壁は、ただの壁のままだった。
「出ない」
ロンが青ざめた顔で言った。
「ここにはいないんだ」
ハリーは言った。声が自分のものではないように聞こえた。
三度目を歩いた。足がもつれた。頭の中で、床をのたうつナマエと、ヴォルデモートの声がぐるぐる回っている。それでも扉は現れなかった。必要の部屋は、まるで最初からそこに何もなかったかのように、冷たい石壁のままだった。
その時、背後で、ミセス・ノリスが甲高く鳴いた。
ハリーは振り返った。
廊下の先に、フィルチがいた。猫背の体を満足気にゆらし、ミセス・ノリスを足元に従えている。その後ろには、スリザリンの生徒が二人、腕を組んで立っていた。
「まずいわ」
ハーマイオニーが囁いた。
ハリーは反射的に踵を返した。だが、背後の角からも足音がした。ひとつではない。いくつもの靴音が、ゆっくり、こちらを追い詰めるように近づいてくる。スリザリンの尋問官親衛隊だ。クラッブ、ゴイル、ワリントン、ブルストロード──しかし、マルフォイの姿がなかった。マルフォイなら、絶対に来るはずだった。ハリーが捕まるところを見るためなら、夜中の天文学塔にだって現れかねないやつだ。なのに、いない。
「よくもまあ」
妙だと思ったのは、ほんの一瞬だった。次の瞬間には、だだっ広い顔を怒りで蒼白にしたアンブリッジが後ろからハリーの肩を掴んだ。
「まだあの馬鹿げた軍団の活動を続けていたのね?わたくしのこの学校の中で!さあ、こいつらの杖を取り上げなさい──何を企んでいるのか──今度こそ、はっきりさせてあげましょう!」
占い学に対するハリーの期待ももともと低かったが、水晶玉は頑として何も見せてくれず、机の上で絵が動くのを見る努力をしたほうがまだましだと思った。手相学では挽回しようと、ハリーは目を閉じた。ノートが見えるように、思い出せるように……生命線は親指と人差し指の間から手首に向かって伸びる線。そうだ。でも、それは頭脳線かもしれなかった……それならもう書いてしまった……。考えるんだ。両手で顔を覆い、ハリーは自分自身に言い聞かせた。周囲で羽根ペンがカリカリと、果てしのない答えを書き続けている。正面の砂時計の砂がサラサラと落ちていく……。
ハリーはまたしても、神秘部の冷たく暗い廊下を歩いていた。目的に向かうしっかりとした足取りで、時折走った。こんどこそ目的地に到達するのだ……いつものように、黒い扉がパッと開いてハリーを入れた。
ハリーは、大聖堂のような広い部屋にいた。棚が立ち並び、たくさんのガラスの球が置いてある……心臓がいまや激しく鼓動している……こんどこそ、そこに着く……九十七番に着いたとき、ハリーは左に曲がり、二列の棚の間の通路を急いだ……。しかし、突き当たりの床に人影がある。黒い影が、手負いの獣のように蠢いている……ハリーの胃が恐怖で縮んだ……いや興奮で……。
ハリーの口から声が出た。甲高い、冷たい、人間らしい思いやりのかけらもない声……。
「それを取れ。ヴォルデモート卿のために……私は触れることができぬ……しかし、おまえにはできる……」
床の黒い影がわずかに動いた。指の長い白い手が、ハリー自身の腕の先についている。その手が杖をつかんで上がるのが見えた……甲高い冷たい声がした。
「クルーシオ!苦しめ!」
そう唱えるのを、ハリーは聞いた。床の少年が苦痛に叫び声を漏らし、立とうとしたが、髪を振り乱してのた打ち回った。ハリーは笑っていた。ハリーは杖を下ろした。呪いが消え、少年は呻き声を上げて動かなくなった。
「さあ、あまり長く待たせるな……」
床の少年は、両腕をわなわなと震わせ、ゆっくりと肩をわずかに持ち上げ、黒い髪を擡げた。血まみれの、青白い顔が、苦痛に歪んでいた……。
「いやだ……もう、殺せばいいだろ」
ナマエが微かな震える声で言った。
「言われずとも最後はそうしてやろう」
冷たい声が言った。
「ナマエ、まず私のためにそれを取るのだ……これまでの痛みが本当の痛みだと思っているのか?考え直せ……時間はたっぷりある。誰にも貴様の叫び声は聞こえない……」
ところが、ヴォルデモートが再び杖を下ろしたとき、誰かが叫んだ。誰かが大声を上げ、熱い机から冷たい石の床へと横ざまに落ちた。床にぶつかり、ハリーは目を覚ました。まだ大声で叫んでいた。傷痕が火のように熱く、ハリーの周りで、大広間は騒然となっていた──。
「行きません……医務室に行く必要はありません……大丈夫です……」
心配気なトフティ教授を振りほどこうとしながら、ハリーは切れ切れに言葉を吐いた。
「試験のプレッシャーじゃな!」
老魔法使いは、わなわなする手でハリーの肩を軽く叩きながら、同情するように言った。
「私が君の答案用紙を集めようの。君はゆっくり横になるがよい」
「そうします」
ハリーはこっくりと頷いて大広間を出た。
「ハリー!」
試験を終えたロンが、引きつった表情ですぐさま追ってきた。
「どうしたんだよ」
「一緒に来て」
ハリーは急き込んで言った。ロンを連れて足早に歩きながら、声を潜めた。
「ナマエがヴォルデモートに捕まった」
「えーっ?」
「見たんだ。ついさっき。試験中に眠った時に」
「でも、そんなはずない。ナマエは午前中まで試験を受けてたんだぜ。どこかでハーマイオニーといるんじゃ──?」
「私がどうかした?」
角を曲がったところで、ハーマイオニーが本を胸に抱えて立っていた。ハリーは前置きもせずに言った。
「ナマエはどこだい?」
「さあ、レイブンクローの談話室じゃないの?魔法史の試験は午前中で終わったもの」
「それだ、そうだと思う」
ロンが言った。
「違う。神秘部にいるんだ。僕は見たんだ」
ハリーが言った。
「ナマエを使って、何だか知らないけど、そこにある、自分の手に入れたいものを取らせようとしてるんだ……あいつがナマエを拷問してる……最後には殺すって言ってるんだ!」
言いながら、ハリーは自分の膝が震え、声まで震えているのに気づいた。
「僕たち、どうやったらそこへ行けるかな?」
一瞬、沈黙が流れた。やがてロンが言った。
「そこへ、い──行くって?」
「神秘部に行くんだ。ナマエを助けに!」
ハリーは大声を出した。
「でも──ハリー……」
ロンの声が細くなった。
「なんだ?なんだよ?」
ハリーは言った。まるで自分が理不尽なことを言っているかのように、二人が呆気に取られた顔で自分を見ているのが、ハリーには理解できなかった。ハーマイオニーの声は、どこか怖がっているようだった。
「あの……どうやって……ヴォルデモートはどうやって、誰にも気づかれずにホグワーツからナマエを連れ出すの?しかも、神秘部に」
「僕が知るわけないだろ?」
ハリーが声を荒げた。
「僕たちがどうやってそこに入るかが問題なんだ!」
「でも……ハリー、ちょっと──」
ハーマイオニーは言いかけて、廊下の向こうを見た。
「ああ、ねえ!」
少し先の階段の踊り場に、アンソニー・ゴールドスタイン、テリー・ブート、マイケル・コーナーがいた。三人は試験の問題について話していたらしく、ハーマイオニーに呼び止められると、同時に振り返った。マイケルはハーマイオニーの顔を見るなり、少し不機嫌そうな顔をした。例の名簿のこともあったし、レイブンクローがクィディッチで負けたばかりでもあった。
「あなたたち、ナマエを見なかった?」
ハーマイオニーが聞いた。
「見てないよ」
アンソニーが答えた。
「てっきり、君たちといるのかと思ってたけど」
「いつから見てないの?」
「さあ、昼食にはいなかったよね?」
テリーがマイケルを見た。「ああ」とマイケルが言った。
「まあ、あいつは──たまに一人でふらふらしてる日もあるし。何かに熱中してたりすると、食事を抜くこともあるけど」
「一度も?」
ハリーが言った。
「昼から一度も見てないの?」
アンソニーの表情が固くなった。
「そういえば、試験の後はすぐにいなくなってたね。君とデートでもしてるのかと思ってた」
ハーマイオニーはさっと顔をこわばらせたが、何も言わなかった。
「うん、談話室でも見てないな」
テリーが言った。
「ナマエがいたらすぐにわかるよ。ポケットがじゃらじゃらうるさいんだもん」
「それで、ナマエがどうかしたの?」
アンソニーが聞いた。
「会ったら何か伝えておこうか?でも、もうすぐ夕食だから戻ってくるんじゃないかな」
「戻ってこれるもんか!」
ハリーは言った。
三人のレイブンクロー生が、ぎょっとしてハリーを見た。ハーマイオニーはハリーの腕を掴み、人の少ない空き教室へ引っ張り込んだ。ロンも後に続いた。
「ハリー、落ち着いて」
「落ち着いてる場合か?」
ハリーはハーマイオニーに一歩詰め寄った。真正面から怒鳴りつけ、肩を掴んでがたがた揺すぶってやりたい衝動を、ぎりぎりでこらえた。
ハーマイオニーはほとんど捨て鉢で言った。
「聞くけど、ヴォルデモートが武器だか何だかを取らせるのに、いったいなぜナマエを使いたいわけ?」
「知るもんか。理由は山ほどあるだろ!」
ハリーが怒鳴った。ヴォルデモートがナマエの父親に報復したがっていること、ナマエが申し訳なさそうに魅了の呪いの話を打ち明けたこと、ゴーント家の血筋であること、理由はいくらでも想像はできた。
「それに、ナマエの一人や二人痛めつけたって、ヴォルデモートは何とも感じないんだろう!それに、ここにナマエがいない以上、神秘部にいない証拠にはならない!」
「ハーマイオニー、ハリーは二人を見たんだ!」
ロンが急にハーマイオニーに詰め寄った。ハーマイオニーはちょっと迷ったように口を開いた。
「ハリー……あなたを批判するつもりじゃないのよ!でも、あなたって……何て言うか……つまり……ちょっと、そういうところがあるんじゃないかって──その──人助け癖っていうか……」
ハリーはハーマイオニーを睨みつけた。
「それ、どういう意味なんだ?『人助け癖』って?」
「あの……あなたって……」
ハーマイオニーはますます不安そうな顔をした。
「つまり……たとえば去年も……湖で……三校対抗試合の時……すべきじゃなかったのに……つまり、ナマエを助ける必要はなかったのに……あなた、少し……やりすぎて……」
ちくちくするような熱い怒りが、ハリーの体を駆け巡った。こんな時に、あの失敗を思い出させるなんて、どういうつもりだ?
ハリーの表情を見てすくみ上がり、ハーマイオニーが慌てて言い直した。。
「私が言いたいのは──ハリー、ヴォルデモートはあなたのことを知っているわ。ナマエを秘密の部屋に連れて行ったのは、あなたを誘い出すためだった。あの人は知ってるのよ、あなたが、ナマエを救いに行くような人間だって!」
「ハーマイオニー、あいつが僕をあそこに行かせるためにやったかどうかなんて、どうでもいいんだ。マクゴナガルは聖マンゴに連れて行かれたし、僕たちが話のできる騎士団は、もうホグワーツに一人もいない。そして、もし僕が行かなければ、ナマエは殺されるんだ!」
ハーマイオニーはびくっとして、ハリーから離れるように後退りした。
「君はわかってない!何のための閉心術だったと思う?ダンブルドアがなぜ僕にこういうことを見ないようにさせたかったと思う?なぜなら、全部本当のことだからなんだ、ハーマイオニー。ロンのパパのときと同じだ。僕はナマエを見たんだ。ヴォルデモートに捕まったんだ。どうやったかなんて今はどうでもいい。君がやりたくないなら、いいさ。だけど、僕は行く。わかったね?」
ハーマイオニーは唇を噛んだ。ロンは青ざめた顔で、二人を交互に見ていた。
「……忍びの地図を見ましょう」
ハーマイオニーが言った。
「せめて、ナマエが本当に学校にいないか確かめるの」
ハリーは返事をしなかった。もう走り出していた。ロンとハーマイオニーが慌てて後を追ってくる。肖像画の前で合言葉を叫び、太った婦人が驚いて文句を言うのも聞かず、ハリーは穴をくぐり抜けた。
談話室は、試験の終わった五年生たちでざわついていた。暖炉のそばで誰かが羽根ペンを投げて遊んでいたし、三年生らしい女子が占い学の水晶玉を膝に抱えて笑っていた。ハリーはその中を突っ切り、男子寝室へ駆け上がった。
「ハリー、待てよ!」
ロンの声が階段の下から追ってきた。
ハリーはトランクを乱暴に開けた。羊皮紙、靴下、古い教科書、クィディッチ用手袋が床に散らばって、指がうまく動かなかった。頭の中では、さっき見たナマエの顔が何度もよみがえっていた。
「どこだ……どこだよ……」
DAがなくなって以来、忍びの地図を使うのは久しぶりだった。ようやく、底のほうから古びた羊皮紙を引っぱり出した。ハリーはそれを掴んで階段を駆け下りた。ハーマイオニーが暖炉のそばで待っていた。顔は青ざめている。
ハリーは空いている隅のテーブルへ地図を広げ、杖先で羊皮紙を叩いた。
細い線が、たちまち羊皮紙の上を走りはじめた。廊下、階段、教室、塔、地下牢。城が紙の上に浮かび上がり、小さな黒い点があちこちで動いている。ハリーは顔を近づけ、名前を追った。
ナマエ・ミョウジの名前は、どこにもなかった。
「ない」
ハリーは言った。
「どこにもない」
「レイブンクロー塔は?」
ロンが横から覗き込んだ。
「ない。図書館にも、医務室にも、大広間にもいない」
ハリーはさらに地図へ顔を近づけた。目が痛くなるほど名前を追った。アンソニー・ゴールドスタイン。テリー・ブート。マイケル・コーナー。チョウ・チャン。けれど、ナマエの名前だけがない。
「必要の部屋は?」
ハーマイオニーが小さく言った。
ハリーは地図を乱暴に畳んだ。
「ハリー、待って。必要の部屋にいて、地図に映らないだけかもしれないわ。だから、慎重に──」
「慎重にしてるあいだに殺されたらどうするんだ!」
談話室が一瞬静まり返った。近くにいた三年生が、ぎょっとしてハリーを見た。ハーマイオニーはすぐに唇を引き結んだ。
「わかったわ、じゃあ、急いで必要の部屋にいきましょう。それから、神秘部への行き方を考えるの。いい?」
ロンが青ざめた顔で頷いた。
三人は談話室を飛び出した。ハリーは廊下を走った。階段が動きかけるのを待てず、隙間を飛び越えるようにして上へ向かった。ロンが後ろで何か叫んだが、ハリーにはほとんど聞こえなかった。頭の中には、ナマエの顔と、ヴォルデモートの声だけがあった。
七階へ上がる階段を駆け上がり、ハリーは息を切らしながら、必要の部屋の入口があるはずの壁の前で足を止めた。
廊下は空っぽだった。少なくとも、見える範囲には誰もいない。ハリーはほとんどよろめくように必要の部屋の壁の前を歩き出した。
しかし、壁には何も起こらなかった。
「もう一回」
ハーマイオニーが囁いた。声は小さかったが、恐ろしいほど緊張していた。
ハリーは二度目を歩いた。
壁は、ただの壁のままだった。
「出ない」
ロンが青ざめた顔で言った。
「ここにはいないんだ」
ハリーは言った。声が自分のものではないように聞こえた。
三度目を歩いた。足がもつれた。頭の中で、床をのたうつナマエと、ヴォルデモートの声がぐるぐる回っている。それでも扉は現れなかった。必要の部屋は、まるで最初からそこに何もなかったかのように、冷たい石壁のままだった。
その時、背後で、ミセス・ノリスが甲高く鳴いた。
ハリーは振り返った。
廊下の先に、フィルチがいた。猫背の体を満足気にゆらし、ミセス・ノリスを足元に従えている。その後ろには、スリザリンの生徒が二人、腕を組んで立っていた。
「まずいわ」
ハーマイオニーが囁いた。
ハリーは反射的に踵を返した。だが、背後の角からも足音がした。ひとつではない。いくつもの靴音が、ゆっくり、こちらを追い詰めるように近づいてくる。スリザリンの尋問官親衛隊だ。クラッブ、ゴイル、ワリントン、ブルストロード──しかし、マルフォイの姿がなかった。マルフォイなら、絶対に来るはずだった。ハリーが捕まるところを見るためなら、夜中の天文学塔にだって現れかねないやつだ。なのに、いない。
「よくもまあ」
妙だと思ったのは、ほんの一瞬だった。次の瞬間には、だだっ広い顔を怒りで蒼白にしたアンブリッジが後ろからハリーの肩を掴んだ。
「まだあの馬鹿げた軍団の活動を続けていたのね?わたくしのこの学校の中で!さあ、こいつらの杖を取り上げなさい──何を企んでいるのか──今度こそ、はっきりさせてあげましょう!」
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