炎のゴブレット
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🐦⬛─────
みんな疲労困憊していて、テントで数時間眠ってすぐに「隠れ穴」に戻った。
「ああ!よかった。ほんとによかった!」
家の前でずっと待っていたのだろう。モリーさんが、真っ青な顔を引きつらせ、手に丸めた「日刊予言者新聞」をしっかり握り締めて、スリッパのまま走ってきた。
「アーサー!心配したわ──ほんとに心配したわ──ああ、おまえたち……」
驚いたことに、夫人はフレッドとジョージをつかんで、思いっ切りきつく抱き締めた。
「イテッ!ママ、窒息しちゃうよ──」
「家を出るときにおまえたちにガミガミ言って!」
夫人の手から「日刊予言者新聞」が滑り落ちた。ナマエはそれを拾い上げると、新聞の見出しが目に入った。「クィディッチ・ワールドカップでの恐怖」。モノクロ写真には、梢の上空に「闇の印」がチカチカ輝いている。
みんなで夫人をなだめながら家の中に入った。
狭いキッチンにみんなでぎゅうぎゅう詰めになり、シノビーがみんなに濃い紅茶を入れた。アーサーさんが紅茶にオールド・ファイア・ウイスキーをたっぷり注ぎながら言った。
「ナマエ、その新聞を渡してくれるかね」
ナマエが手渡すと、アーサーさんは一面にざっと目を通し、パーシーがその肩越しに新聞を覗き込んだ。
「思ったとおりだ」
アーサーさんが重苦しい声で言った。
「魔法省のヘマ……犯人を取り逃がす……警備の甘さ……闇の魔法使い、やりたい放題……国家的恥辱……いったい誰が書いてるんだ?ああ……やっぱり……リータ・スキーターだ」
「あの女!魔法省に恨みでもあるのか!」
パーシーが怒りだし、アーサーさんは深いため息をついた。
「これから役所に行かないと。善後策を講じなければなるまい──」
「ウィーズリーおばさん」
ハリーが唐突に聞いた。
「ヘドウィグが僕宛の手紙を持ってきませんでしたか?」
「ヘドウィグですって?」
夫人はよく呑み込めずに聞き返した。
「いいえ……来ませんよ。郵便は全然来ていませんよ」
ナマエ、そしてロンとハーマイオニーもどうしたことかとハリーを見た。
「そうですか、それじゃ──部屋に戻ろう」
ハリーは三人に目配せした。そして四人はさっさとキッチンを出て、階段を上った。
「ハリー、ヘドウィグはシリウスのところだろ?」
ナマエは屋根裏部屋のドアを閉めたとたんに聞いた。 ハリーは頷いた。
「君たちにまだ話してないことがあるんだ」
ハリーが言った。
「土曜日の朝のことだけど、僕、また傷が痛んで目が覚めたんだ。そのことをシリウスに手紙で相談したんだ」
三人は息を呑んだ。
「僕はあいつの夢を見たんだ……あいつとピーターの──ほら、あのワームテールだよ。もう全部は思い出せないけど、あいつら、企んでたんだ。殺すって……誰かを」
「それは、あんたを?」
ハリーが言い淀んだことをナマエが付け加えると、ハーマイオニーが小さく悲鳴を上げた。ナマエは口に出したことを少し後悔したが、ハリーは頷いた。
「たぶん、僕と──邪魔になる誰か」
「誰か?」ナマエが言った。
「たかが夢だろ」
ロンが励ますように言ってベッドに腰掛けた。
「ウン、だけど、ほんとにそうなのかな?」
ハリーは窓のほうを向いて、明け染めてゆく空を見た。
「……確かに──」
ナマエがぽつりと言うと、三人がいっせいにナマエの顔を見た。ナマエは考えながら口を開いた。
「えっと……俺の親父は、『例のあの人』が復活するかもって思ってる」
ナマエは夏休み初日の父親の言動を思い出していた。ハーマイオニーが言った。
「あなたのお父様、どうしてそう考えてらっしゃるの?」
「わからない、けど……夏休みの初日に、ペテグリューが爆発を起こした場所に連れて行かれて、言われたんだ。気をつけろって。ここで母上が死んだって、母上は『例のあの人』に狙われてたって──」
「君のママが?」
ロンが驚いて口を挟んだ。ナマエは頷いた。
「──『闇の帝王は自分が凡庸であることを許さない』、父上はそう言ってた。『例のあの人』は、俺の母親のことが──スクイブで、しかもマグルの世界で生きているような平凡な女が──自分と同じように蛇語を使えるのが、気に食わなかったんじゃないかな」
「そんな理由で人を殺すなんて」
ハーマイオニーが言った。ハリーが頭を横に振った。
「あいつらはそんな理由で人を殺すよ。ワームテールは逃げるためだけに関係ないマグルを十人以上殺したし、ヴォルデモートは僕を殺すために僕の両親を殺したんだ」
全員がしんと黙りこくった。突然、ロンが膝を叩いて立ち上がった。
「さあ!──ハリー、果樹園でクィディッチして遊ぼうよ。三対三で、ビルとチャーリー、フレッドとジョージの組で、やろうよ」
「俺は?」
ナマエが尋ねると、ロンがとぼけた顔をして答えた。
「エート、じゃあ君は審判──」
「ロン、ナマエ。ハリーはいま、クィディッチをする気分じゃないわ……心配だし、疲れてるし……みんなも眠らなくちゃ……」
ハーマイオニーは「まったくなんて鈍感なの」という声で言った。
「ううん、僕、クィディッチしたい」
ハリーが出し抜けに言った。
「待ってて。ファイアボルトを取ってくる」
ハーマイオニーは何だかブツブツ言いながら部屋を出ていった。「まったく、男の子ったら」とかなんとか聞こえた。
それから一週間、アーサーさんもパーシーも、ほとんど家にいなかった。二人とも朝はみんなが起き出す前に家を出て、夜は夕食後遅くまで帰らなかった。
いよいよホグワーツに戻る前の日、部屋で荷物をまとめていると、ロンがいかにもいやそうな声を上げた。
「これって、いったい何のつもりだい?」
ロンが摘み上げているのは、ナマエには栗色のビロードの長いドレスのように見えた。襟のところにレースのフリルがついていて、袖口にもそれに合ったレースがついている。ドアをノックする音がして、モリーさんが洗い立てのホグワーツの制服を抱えて入ってきた。
「ママ、間違えてジニーの新しい洋服を僕によこしたよ」
ロンがドレスを差し出した。
「間違えてなんかいませんよ」
モリーさんが言った。
「それ、あなたのですよ。パーティ用のドレスローブ」
「エーッ!」
ロンが恐怖に打ちのめされた顔をした。
「学校からのリストに、今年はドレスローブを準備することって書いてあったわ──正装用のローブをね」
「悪い冗談だよ」
ロンは信じられないという口調だ。
「こんなもの、ぜぇったい着ないから」
「ロン、みんな着るんですよ!」
モリーさんが不機嫌な声を出した。
「パーティ用のローブなんて、みんなそんなものです!お父様もちょっと正式なパーティ用に何枚か持ってらっしゃいます!」
「こんなもの着るぐらいなら、僕、裸で行くよ」
ロンが意地を張った。
「聞き分けのないことを言うんじゃありません。ドレスローブを持っていかなくちゃならないんです。リストにあるんですから!ハリーにも買ってあげたわ……ナマエ、あなたのはシノビーが用意したそうですよ」
ナマエがトランクに向かって「アクシオ、ドレスローブ!」と唱えると、濃紺の上質そうな布がナマエの手に飛び込んだ。ハリーもがさごそと荷物をひっくり返してドレスローブを取り出した。ハリーとナマエのローブはレースがまったくついていない。制服とそんなに変わりなかった。
「そんなのだったらいいよ!」
ロンがナマエたちのローブを見て怒ったように言った。
「どうして僕にもおんなじようなのを買ってくれないの?」
「それは……その、あなたのは古着屋で買わなきゃならなかったの。あんまりいろいろ選べなかったんです!」
モリーさんの顔がサッと赤くなった。ハリーとナマエは目を逸らせた。
「僕、絶対着ないからね」
ロンが頑固に言い張った。
「ぜーったい」
「勝手におし」
モリーさんはバタンとドアを閉めて出ていった。
「ひどいよ、なんで僕だけこうなんだ!ねえ、ナマエ、君のと替えてよ」
「ええ……まあ、いいけど」
「エッ、本気っ?」
ナマエがけろっとした顔で返事をすると、ハリーとロンは口をあんぐりあけた。ナマエはロンの手からレースの塊を取り上げた。
「これ、そんなに変か?」
「すっごく変だよ!テシーおばさんの服みたい」
「あんたの髪の色に合ってると思うけど……」
ナマエはそう言いながらローブに袖を通した。
ナマエはくるりと回って姿見の前に立った。フリルが襟元まで詰まっていて、まるでビスクドールの衣装のようだった。
「なあ、あんたが言うほど悪くないんじゃないか?ロン」
「そりゃ、僕の頭にも女の子の顔がついてたらね」
ロンが不服そうに言った。ナマエはカラッと笑った。
「ロン、あんたの方が背が高いから──俺だと袖が余る。それに、この色もきっと赤毛の方が映えると思うぜ。なあ、ハリー」
「本当にそう思う?」
ロンは疑わしそうに、しかしさっきよりも希望を持って言った。
「アー、そうだね。確かに。目の色にも合ってる」
ハリーは言葉に詰まりながらも頷いた。
部屋のドアがノックされて、今度はハーマイオニーとジニーが入ってきた。ハーマイオニーは慌てふためいた様子だ。
「ねえ、ナマエ──まあ!」
二人とも、ナマエを見て言葉を失っていた。二人が開けたドアの後ろからフレッドとジョージが部屋を覗いて、ヒュウと口笛を鳴らした。
「お姫様みたい」
ジニーが言った。ハーマイオニーも用事を忘れて頷いていた。
「違う、えっと──これはロンのだ」
ナマエが言い逃れるように言うと、ジニーと双子が吹き出した。ハーマイオニーははっとしてナマエに言った。
「ナマエ、シノビーが泣いてるの。私、そんなつもりはなかったのだけど──シノビーを傷つけてしまったかも」
「私たちが話しかけても聞こえてないみたいなの」
ジニーも言った。
「本当?──シノビー!」
ナマエがローブを脱ぎながらシノビーの名前を呼ぶと、ハーマイオニーは「乱暴に呼びつけるなんて」といったような非難がましい表情でナマエを見た。
パチンと音がして、ナマエの足元にシノビーが現れた。シノビーはうずくまるような哀れな体勢でナマエを見上げた。大きな目玉から涙の粒がボロボロとこぼれ落ちていた。
「ご、ご──ひっく、ご用でしょうか、ナマエさ、ナマエさま!」
「本当だ……シノビー、どうして泣いてるんだ」
ナマエは狼狽えた。ここまで落ち込んでいるシノビーは見たことがなかった。ナマエがシノビーの前に膝をつくと、シノビーは自分のまとっている布切れに顔をうずめて、いっそう大きな声で泣いた。
「シノビー、どうしたんだ。俺に話してくれ」
シノビーはわんわん泣くばかりだった。
ナマエはゆっくりシノビーの手を布から剥がして、握りしめた。指先に優しくキスを落としてシノビーの顔を覗き込むと、シノビーはぴたりと呻くのをやめた。
「うえーっ、きざだなあ!」
ロンがからかうと、ハーマイオニーがキッとロンを睨んだ。
シノビーはナマエにすがるように膝を折った。
「ナマエさま、シノビーは──シノビーは良いしもべ妖精です!シノビーは、お休みだとか、お給料を望んだことは一度もありません!決して、決して!これからも!」
ナマエは目をぱちくりさせて、ハーマイオニーを見た。ハーマイオニーはおろおろして、何か言いたそうにしていた。ナマエはなんとなく察しがついて、シノビーに視線を戻した。
「──ああ、わかってるよ……シノビー。お前は働き者で、いっとう良いしもべ妖精だ。だから泣く必要なんてない」
ナマエがシノビーを励ますと、フレッドがいかにもロマンチックな鼻歌を歌い始め、それに合わせてジョージが「ああ、わたしの大鍋を混ぜてちょうだい──」と歌い始めた。ナマエは無視することに決めた。
「な、シノビー、──お前ほど勤勉なしもべはほかに見たことないよ。ほら、みーんなそう思ってる。──わかった?」
シノビーはこくこくと頷いた。
「よし、じゃあ……モリーさんの手伝いをしてきてくれ。それが終わったらみんなに紅茶を入れて」
シノビーはよろよろと部屋を出て、その後を双子が歌いながら出て行った。
パタンと戸が閉まると、ハーマイオニーが困惑したようにナマエに言った。
「ナマエ、わたし──わたし、シノビーがあんまり働き詰めだから、『少し休んだら』って言ったのよ」
「あー、なるほど……」
「あなたも、『髪が絡まった』だとか『ココアが飲みたい』だとかってシノビーをすぐ呼びつけるし──」
ハーマイオニーがちくちく言うと、ナマエは肩をすくめて弁解した。
「屋敷しもべはそういう生き物なんだよ、無償無休で働くのが幸せなんだ」
「無償無休!」
ハーマイオニーは驚きのあまり口をぱくぱくさせた。
「そんな──お給料は?お休みは?病欠とか──年金とか──いろいろは?」
「ハーマイオニー、さっきのを見ただろう。あんたが優しさで言ったのは俺にはわかるけど、しもべにとっては休みや報酬は侮辱なんだ。シノビーはプライドを傷つけられたと思ったんだよ」
「それは、彼らに啓蒙がされてないからよ!」
ハーマイオニーが熱くなった。ナマエが困り果てたようにハリーとロンとジニーを見たが、三人ともナマエから顔をそむけ、ロンのドレスローブを広げて話し始めた。ナマエは頭をガシガシ掻いた。
「ハーマイオニー。だいたい、ホグワーツにだってしもべはいるだろ。そいつらだって──」
「まさか!──見たことないわ、本当に?」
「じゃなきゃ、誰が掃除して食事を作ってると思う?」
ハーマイオニーはさらに衝撃を受けていた。気が付かなかった自分にショックを受けているようだった。ナマエはなるたけ穏やかに付け加えた。
「存在に気が付かれないのはいい屋敷しもべだって証だよ。シノビーには、俺が頼んでるんだ。『気配を隠さないでくれ』って。家に一人でいると寂しいからさ……」
ハーマイオニーは不服そうにナマエを見たが、それ以上は何も言わなかった。ナマエはほっとしたが、ハーマイオニーが小さく「奴隷労働」と呟いたのが聞こえた。
みんな疲労困憊していて、テントで数時間眠ってすぐに「隠れ穴」に戻った。
「ああ!よかった。ほんとによかった!」
家の前でずっと待っていたのだろう。モリーさんが、真っ青な顔を引きつらせ、手に丸めた「日刊予言者新聞」をしっかり握り締めて、スリッパのまま走ってきた。
「アーサー!心配したわ──ほんとに心配したわ──ああ、おまえたち……」
驚いたことに、夫人はフレッドとジョージをつかんで、思いっ切りきつく抱き締めた。
「イテッ!ママ、窒息しちゃうよ──」
「家を出るときにおまえたちにガミガミ言って!」
夫人の手から「日刊予言者新聞」が滑り落ちた。ナマエはそれを拾い上げると、新聞の見出しが目に入った。「クィディッチ・ワールドカップでの恐怖」。モノクロ写真には、梢の上空に「闇の印」がチカチカ輝いている。
みんなで夫人をなだめながら家の中に入った。
狭いキッチンにみんなでぎゅうぎゅう詰めになり、シノビーがみんなに濃い紅茶を入れた。アーサーさんが紅茶にオールド・ファイア・ウイスキーをたっぷり注ぎながら言った。
「ナマエ、その新聞を渡してくれるかね」
ナマエが手渡すと、アーサーさんは一面にざっと目を通し、パーシーがその肩越しに新聞を覗き込んだ。
「思ったとおりだ」
アーサーさんが重苦しい声で言った。
「魔法省のヘマ……犯人を取り逃がす……警備の甘さ……闇の魔法使い、やりたい放題……国家的恥辱……いったい誰が書いてるんだ?ああ……やっぱり……リータ・スキーターだ」
「あの女!魔法省に恨みでもあるのか!」
パーシーが怒りだし、アーサーさんは深いため息をついた。
「これから役所に行かないと。善後策を講じなければなるまい──」
「ウィーズリーおばさん」
ハリーが唐突に聞いた。
「ヘドウィグが僕宛の手紙を持ってきませんでしたか?」
「ヘドウィグですって?」
夫人はよく呑み込めずに聞き返した。
「いいえ……来ませんよ。郵便は全然来ていませんよ」
ナマエ、そしてロンとハーマイオニーもどうしたことかとハリーを見た。
「そうですか、それじゃ──部屋に戻ろう」
ハリーは三人に目配せした。そして四人はさっさとキッチンを出て、階段を上った。
「ハリー、ヘドウィグはシリウスのところだろ?」
ナマエは屋根裏部屋のドアを閉めたとたんに聞いた。 ハリーは頷いた。
「君たちにまだ話してないことがあるんだ」
ハリーが言った。
「土曜日の朝のことだけど、僕、また傷が痛んで目が覚めたんだ。そのことをシリウスに手紙で相談したんだ」
三人は息を呑んだ。
「僕はあいつの夢を見たんだ……あいつとピーターの──ほら、あのワームテールだよ。もう全部は思い出せないけど、あいつら、企んでたんだ。殺すって……誰かを」
「それは、あんたを?」
ハリーが言い淀んだことをナマエが付け加えると、ハーマイオニーが小さく悲鳴を上げた。ナマエは口に出したことを少し後悔したが、ハリーは頷いた。
「たぶん、僕と──邪魔になる誰か」
「誰か?」ナマエが言った。
「たかが夢だろ」
ロンが励ますように言ってベッドに腰掛けた。
「ウン、だけど、ほんとにそうなのかな?」
ハリーは窓のほうを向いて、明け染めてゆく空を見た。
「……確かに──」
ナマエがぽつりと言うと、三人がいっせいにナマエの顔を見た。ナマエは考えながら口を開いた。
「えっと……俺の親父は、『例のあの人』が復活するかもって思ってる」
ナマエは夏休み初日の父親の言動を思い出していた。ハーマイオニーが言った。
「あなたのお父様、どうしてそう考えてらっしゃるの?」
「わからない、けど……夏休みの初日に、ペテグリューが爆発を起こした場所に連れて行かれて、言われたんだ。気をつけろって。ここで母上が死んだって、母上は『例のあの人』に狙われてたって──」
「君のママが?」
ロンが驚いて口を挟んだ。ナマエは頷いた。
「──『闇の帝王は自分が凡庸であることを許さない』、父上はそう言ってた。『例のあの人』は、俺の母親のことが──スクイブで、しかもマグルの世界で生きているような平凡な女が──自分と同じように蛇語を使えるのが、気に食わなかったんじゃないかな」
「そんな理由で人を殺すなんて」
ハーマイオニーが言った。ハリーが頭を横に振った。
「あいつらはそんな理由で人を殺すよ。ワームテールは逃げるためだけに関係ないマグルを十人以上殺したし、ヴォルデモートは僕を殺すために僕の両親を殺したんだ」
全員がしんと黙りこくった。突然、ロンが膝を叩いて立ち上がった。
「さあ!──ハリー、果樹園でクィディッチして遊ぼうよ。三対三で、ビルとチャーリー、フレッドとジョージの組で、やろうよ」
「俺は?」
ナマエが尋ねると、ロンがとぼけた顔をして答えた。
「エート、じゃあ君は審判──」
「ロン、ナマエ。ハリーはいま、クィディッチをする気分じゃないわ……心配だし、疲れてるし……みんなも眠らなくちゃ……」
ハーマイオニーは「まったくなんて鈍感なの」という声で言った。
「ううん、僕、クィディッチしたい」
ハリーが出し抜けに言った。
「待ってて。ファイアボルトを取ってくる」
ハーマイオニーは何だかブツブツ言いながら部屋を出ていった。「まったく、男の子ったら」とかなんとか聞こえた。
それから一週間、アーサーさんもパーシーも、ほとんど家にいなかった。二人とも朝はみんなが起き出す前に家を出て、夜は夕食後遅くまで帰らなかった。
いよいよホグワーツに戻る前の日、部屋で荷物をまとめていると、ロンがいかにもいやそうな声を上げた。
「これって、いったい何のつもりだい?」
ロンが摘み上げているのは、ナマエには栗色のビロードの長いドレスのように見えた。襟のところにレースのフリルがついていて、袖口にもそれに合ったレースがついている。ドアをノックする音がして、モリーさんが洗い立てのホグワーツの制服を抱えて入ってきた。
「ママ、間違えてジニーの新しい洋服を僕によこしたよ」
ロンがドレスを差し出した。
「間違えてなんかいませんよ」
モリーさんが言った。
「それ、あなたのですよ。パーティ用のドレスローブ」
「エーッ!」
ロンが恐怖に打ちのめされた顔をした。
「学校からのリストに、今年はドレスローブを準備することって書いてあったわ──正装用のローブをね」
「悪い冗談だよ」
ロンは信じられないという口調だ。
「こんなもの、ぜぇったい着ないから」
「ロン、みんな着るんですよ!」
モリーさんが不機嫌な声を出した。
「パーティ用のローブなんて、みんなそんなものです!お父様もちょっと正式なパーティ用に何枚か持ってらっしゃいます!」
「こんなもの着るぐらいなら、僕、裸で行くよ」
ロンが意地を張った。
「聞き分けのないことを言うんじゃありません。ドレスローブを持っていかなくちゃならないんです。リストにあるんですから!ハリーにも買ってあげたわ……ナマエ、あなたのはシノビーが用意したそうですよ」
ナマエがトランクに向かって「アクシオ、ドレスローブ!」と唱えると、濃紺の上質そうな布がナマエの手に飛び込んだ。ハリーもがさごそと荷物をひっくり返してドレスローブを取り出した。ハリーとナマエのローブはレースがまったくついていない。制服とそんなに変わりなかった。
「そんなのだったらいいよ!」
ロンがナマエたちのローブを見て怒ったように言った。
「どうして僕にもおんなじようなのを買ってくれないの?」
「それは……その、あなたのは古着屋で買わなきゃならなかったの。あんまりいろいろ選べなかったんです!」
モリーさんの顔がサッと赤くなった。ハリーとナマエは目を逸らせた。
「僕、絶対着ないからね」
ロンが頑固に言い張った。
「ぜーったい」
「勝手におし」
モリーさんはバタンとドアを閉めて出ていった。
「ひどいよ、なんで僕だけこうなんだ!ねえ、ナマエ、君のと替えてよ」
「ええ……まあ、いいけど」
「エッ、本気っ?」
ナマエがけろっとした顔で返事をすると、ハリーとロンは口をあんぐりあけた。ナマエはロンの手からレースの塊を取り上げた。
「これ、そんなに変か?」
「すっごく変だよ!テシーおばさんの服みたい」
「あんたの髪の色に合ってると思うけど……」
ナマエはそう言いながらローブに袖を通した。
ナマエはくるりと回って姿見の前に立った。フリルが襟元まで詰まっていて、まるでビスクドールの衣装のようだった。
「なあ、あんたが言うほど悪くないんじゃないか?ロン」
「そりゃ、僕の頭にも女の子の顔がついてたらね」
ロンが不服そうに言った。ナマエはカラッと笑った。
「ロン、あんたの方が背が高いから──俺だと袖が余る。それに、この色もきっと赤毛の方が映えると思うぜ。なあ、ハリー」
「本当にそう思う?」
ロンは疑わしそうに、しかしさっきよりも希望を持って言った。
「アー、そうだね。確かに。目の色にも合ってる」
ハリーは言葉に詰まりながらも頷いた。
部屋のドアがノックされて、今度はハーマイオニーとジニーが入ってきた。ハーマイオニーは慌てふためいた様子だ。
「ねえ、ナマエ──まあ!」
二人とも、ナマエを見て言葉を失っていた。二人が開けたドアの後ろからフレッドとジョージが部屋を覗いて、ヒュウと口笛を鳴らした。
「お姫様みたい」
ジニーが言った。ハーマイオニーも用事を忘れて頷いていた。
「違う、えっと──これはロンのだ」
ナマエが言い逃れるように言うと、ジニーと双子が吹き出した。ハーマイオニーははっとしてナマエに言った。
「ナマエ、シノビーが泣いてるの。私、そんなつもりはなかったのだけど──シノビーを傷つけてしまったかも」
「私たちが話しかけても聞こえてないみたいなの」
ジニーも言った。
「本当?──シノビー!」
ナマエがローブを脱ぎながらシノビーの名前を呼ぶと、ハーマイオニーは「乱暴に呼びつけるなんて」といったような非難がましい表情でナマエを見た。
パチンと音がして、ナマエの足元にシノビーが現れた。シノビーはうずくまるような哀れな体勢でナマエを見上げた。大きな目玉から涙の粒がボロボロとこぼれ落ちていた。
「ご、ご──ひっく、ご用でしょうか、ナマエさ、ナマエさま!」
「本当だ……シノビー、どうして泣いてるんだ」
ナマエは狼狽えた。ここまで落ち込んでいるシノビーは見たことがなかった。ナマエがシノビーの前に膝をつくと、シノビーは自分のまとっている布切れに顔をうずめて、いっそう大きな声で泣いた。
「シノビー、どうしたんだ。俺に話してくれ」
シノビーはわんわん泣くばかりだった。
ナマエはゆっくりシノビーの手を布から剥がして、握りしめた。指先に優しくキスを落としてシノビーの顔を覗き込むと、シノビーはぴたりと呻くのをやめた。
「うえーっ、きざだなあ!」
ロンがからかうと、ハーマイオニーがキッとロンを睨んだ。
シノビーはナマエにすがるように膝を折った。
「ナマエさま、シノビーは──シノビーは良いしもべ妖精です!シノビーは、お休みだとか、お給料を望んだことは一度もありません!決して、決して!これからも!」
ナマエは目をぱちくりさせて、ハーマイオニーを見た。ハーマイオニーはおろおろして、何か言いたそうにしていた。ナマエはなんとなく察しがついて、シノビーに視線を戻した。
「──ああ、わかってるよ……シノビー。お前は働き者で、いっとう良いしもべ妖精だ。だから泣く必要なんてない」
ナマエがシノビーを励ますと、フレッドがいかにもロマンチックな鼻歌を歌い始め、それに合わせてジョージが「ああ、わたしの大鍋を混ぜてちょうだい──」と歌い始めた。ナマエは無視することに決めた。
「な、シノビー、──お前ほど勤勉なしもべはほかに見たことないよ。ほら、みーんなそう思ってる。──わかった?」
シノビーはこくこくと頷いた。
「よし、じゃあ……モリーさんの手伝いをしてきてくれ。それが終わったらみんなに紅茶を入れて」
シノビーはよろよろと部屋を出て、その後を双子が歌いながら出て行った。
パタンと戸が閉まると、ハーマイオニーが困惑したようにナマエに言った。
「ナマエ、わたし──わたし、シノビーがあんまり働き詰めだから、『少し休んだら』って言ったのよ」
「あー、なるほど……」
「あなたも、『髪が絡まった』だとか『ココアが飲みたい』だとかってシノビーをすぐ呼びつけるし──」
ハーマイオニーがちくちく言うと、ナマエは肩をすくめて弁解した。
「屋敷しもべはそういう生き物なんだよ、無償無休で働くのが幸せなんだ」
「無償無休!」
ハーマイオニーは驚きのあまり口をぱくぱくさせた。
「そんな──お給料は?お休みは?病欠とか──年金とか──いろいろは?」
「ハーマイオニー、さっきのを見ただろう。あんたが優しさで言ったのは俺にはわかるけど、しもべにとっては休みや報酬は侮辱なんだ。シノビーはプライドを傷つけられたと思ったんだよ」
「それは、彼らに啓蒙がされてないからよ!」
ハーマイオニーが熱くなった。ナマエが困り果てたようにハリーとロンとジニーを見たが、三人ともナマエから顔をそむけ、ロンのドレスローブを広げて話し始めた。ナマエは頭をガシガシ掻いた。
「ハーマイオニー。だいたい、ホグワーツにだってしもべはいるだろ。そいつらだって──」
「まさか!──見たことないわ、本当に?」
「じゃなきゃ、誰が掃除して食事を作ってると思う?」
ハーマイオニーはさらに衝撃を受けていた。気が付かなかった自分にショックを受けているようだった。ナマエはなるたけ穏やかに付け加えた。
「存在に気が付かれないのはいい屋敷しもべだって証だよ。シノビーには、俺が頼んでるんだ。『気配を隠さないでくれ』って。家に一人でいると寂しいからさ……」
ハーマイオニーは不服そうにナマエを見たが、それ以上は何も言わなかった。ナマエはほっとしたが、ハーマイオニーが小さく「奴隷労働」と呟いたのが聞こえた。