炎のゴブレット
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「ハグリッドが半巨人だって、知ってたかい?」
新学期の第一日目、「呪文学」の授業中にテリーがおそろしげに言った。ナマエ、テリー、アンソニー、マイケルは、教室のいちばん後ろに机を一つ占領していた。今日は「追い払い呪文」を練習することになっていた。いろいろな物体が教室を飛び回ると、始末の悪い事故にならないともかぎらないので、フリットウィック先生は生徒一人にクッションひと山を与えて練習させた。
私語をするには、このクラスはいい隠れ蓑だった。みんなおもしろがって、四人のことなど気にも止めていないからだ。机には教科書に紛れて「日刊預言者新聞」が広げられていた。アンソニーがクッションを吹き飛ばして言った。
「ハグリッドを初めて見たとき、そうかもって思ったんだ──でも、トロールなんかに比べたら、ハグリッドは全然小さいからさ……」
「肥らせ呪文かなんかに失敗したのかと思ってたよ」
マイケルも言った。ナマエはちらりと記事を流し読みした。リータ・スキーターの記事には、ハグリッドがいかに危険で邪悪な半巨人であるかがまことしやかに書かれており、なんとハグリッドの母親の巨人の名前までつきとめていた。ナマエは唸ってから、とぼけたように記事の一部を読み上げた。
「『ハグリッドは、「尻尾爆発スクリュート」と自ら命名した、マンティコアと火蟹とをかけ合わせた危険極まりない生物を飼育していると認めた』──アー、なるほど。スクリュートはミックスだったのか──」
「そんな話じゃないよ、巨人の生き残りがまだイギリスにいるかもしれないんだぞ?」
テリーが青ざめて上の空で杖を振ったので、クッションは空中で一回転して落ちてきた。ナマエはそのクッションを追い払った。ハグリッドが母親のことを隠してきたのも、周りの反応も、頷けることだった。ナマエはやりきれない気持ちになって言った。
「冗談だよ、わかってる──ルーピン先生の時と同じだ。学校宛にわんさとふくろう便が来るだろうな」
「君のご友人のマルフォイが、また余計なことをしゃべくってるぜ── 『僕たちはみんな、ハグリッドをとても嫌っています。でも怖くて何も言えないのです』だってさ」
マイケルが軽蔑したように記事の一部を読み上げた。どうやら、リータ・スキーターはスリザリンの生徒を手駒にすることに成功したらしい。ナマエはフーッとため息をついた。
翌日になると、グラブリー‐プランク先生という老魔女が、ハグリッドの代理で授業をしていた。困ったことに、グラブリー-プランク先生の授業は──面白かった。得体の知れない怪物ではなく、一角獣のような魔法生物を用いてさまざまな魔法特性を教えてくれた。
「あの女の先生にずっといてほしいわ!」
授業が終わり、昼食をとりにみんなで城に向かう途中、パドマが興奮したように言った。誰も否定しなかった。ナマエはなんとなく、授業を楽しむことに後ろめたさを感じた。ハグリッドの小屋はカーテンで締め切られていたし、その週、ハグリッドの姿はどこにも見当たらなかった。食事のときも教職員テーブルに姿を見せず、校庭で森番の仕事をしている様子もなかった。ほとんどの生徒がグラブリー-プランク先生を歓迎していたが、ハリーは激しく怒っているようだった。昼休みにハリーたちに出会うと、ハリーはナマエが耳にした中で一番口汚くスキーターを罵った。
「ハグリッドがブスのスキーターばばあなんかに話すはずない!僕たちにだって話したことなかったんだ、あの女、どうやって知ったんだ?」
ハリーの剣幕にナマエは気圧されたが、ハーマイオニーが痛烈に言った。
「盗み聞きしてたんじゃないかしら、誰かさんみたいに」
「誰かさん?」
ナマエは思わずハリーとロンを振り返った。ロンは怒ったように赤くなってハーマイオニーを睨んだ。
「盗み聞きしたんじゃない、聞こえたんだ!」
ハリーもイライラしながら言った。
「──パーティの夜、ハグリッドがマダム・マクシームにそう話してたんだ。自分たちは同類……つまり、マダム・マクシームも半巨人じゃないかって。でも、あの人は怒って否定してたけど」
「そうだろうよ──もし漏れたらこうなるとわかってたんだ。とりあえず、ハグリッドの小屋に行ってみよう」
ナマエは眉間を揉みながら言った。しかし、ハグリッドは頑なだった。いくらナマエたちが呼びかけても、戸を叩いても、まったく返事をせず、ファングが戸をガリガリ引っ掻く音が返ってくるだけだった。
一月半ばにホグズミード行きが許された。ナマエは、テリー、マイケル、アンソニーと共に湖に停留しているダームストラングの船のそばを通るとき、ビクトール・クラムがデッキに現れるのが見えた。水泳パンツ一枚の姿だ。船の縁によじ登り、両腕を伸ばしたかと思うと、まっすぐ湖に飛び込んだ。
「凍え死ぬよ!」
それを見たテリーが悲鳴を上げた。しかし、ナマエは湖のほとりに二人の男が立っていることに気を取られていた。一人は長いステッキに寄りかかって立っている──ムーディだ。そして、もう一人を観察して、ナマエは目をぱちくりさせた。
「なあ、あれ。あそこにいるの、マッド-アイと──ああ!親父だ!」
ナマエは言い終わるやいなや、二人の方に向かって歩き出した。その背中にアンソニーが声をかけた。
「ホグズミードに行かなくていいのかい?」
「ああ──うん、先行ってて!」
テリーが呆れたように笑い、アンソニーがたしなめた。自分が父親に固執している姿は、そんなに滑稽に見えるのだろうか。ナマエは気にしないようにして、芝生を踏みしめて父親の元へ歩いた。二人は湖を眺めて、こちらに背を向けたまま会話していた。ナマエが近づくと、会話の内容が聞こえてきた。
「魔法省はようやくバーサ・ジョーキンズの捜索を始めたそうだが?」
ムーディが言った。
「ああ、だが遅すぎる。それだけじゃない、バーティはずっと病欠で姿を見せない。病欠だと表向きに言ってはいるが、聖マンゴには来ていないのだよ──」
次に聞こえてきたのはチチオヤの声だった。ナマエはゆっくり近づいたが、気が付かない様子でチチオヤは続けた。
「ジョーキンズは国際魔法部にいたことがある、今回の三大魔法学校対抗試合についても仔細に知っている……私が何を恐れているのか、君にはわかるだろう?」
「ああ、だが──また後にしよう。おまえの倅が来ているぞ」
ナマエがぎくりと身を引くより早く、ムーディが振り返り、にっと笑った。もしかしたらムーディは、ナマエが二人を見つけた時から気づいていたのかもしれないと思った。
「──ナマエ」
チチオヤが振り返ってこちらを見た。 ペンシーブで過去の姿を見たせいか、目の前のチチオヤは、より一層老け込んで見えた。チチオヤが言った。
「すまないがアラスター、息子と二人にしてくれるか」
「ああ、そうするといい」
ムーディは足を引きずって城の方に戻って行った。ナマエはおずおず聞いた。
「どうしてホグワーツに?」
「ああ、ダンブルドアとマッド-アイに近況報告だ……」
チチオヤはナマエの耳元のピアスに目をやって、深い息をついた。ナマエはくたびれた父親の姿に、少なからず動揺していた。いままで、ナマエにとってチチオヤは得体の知れない父親だった。近寄りがたく、息子に不寛容で冷淡な、打てど響かないような重い岩のような存在だった。ところが、ナマエは今になってようやく、チチオヤもただ一人の人間であると言うことに気がつき始めていた。
チチオヤは重々しく口を開いた。
「マッド-アイから『魅了の呪い』の話を聞いたか?」
ナマエはおずおず頷いた。すると、チチオヤは独り言のように話し始めた。
「……私は欲深い男だ。自分の力を示したくて仕方がなかった。私が、かつて闇の魔術に惹かれたのもそうだ。危険で、難解で、高度であるほど──自分に可能性を感じたら、試したくて仕方がなくなる──」
ナマエはドキッとした。自分の力を証明したいという欲は、身に覚えのある感覚だった。
「『魅了の呪い』──ダンブルドアには『偽りの愛』だと言われたが……その通りだ」
チチオヤは両手を掲げた。
「自分の能力に驕った私は──自分に、この両の手で触れた相手の愛を得る呪いをかけた。権力者の寵愛を受け、万事がうまくいくと思った──。しかし、ダンブルドアと、マッド-アイにだけは、見破られていたようだが……」
ナマエは、目の前のチチオヤと違って、記憶の中のチチオヤは手袋をはめていたことを思い出した。チチオヤは両手を下ろして、ナマエを見た。
「私にできないことはないと思い上がり、自惚れていた。しかし──ひとつ、私に習得し難い能力があることに気がついた」
「……パーセルタングか」
ナマエは静かに言うと、チチオヤが満足そうに微かに笑った。
「そうだ。私はパーセルマウスの女の噂を聞きつけて、ハハオヤの元を訪れた。──私は、スリザリンの血を引く子供が欲しかった。初めは、その女にこの両手の呪いを掛けるつもりでいた。しかし──、私は彼女に惹かれてしまった。」
チチオヤはナマエを見つめたが、どこか遠い目をしていた。息子にハハオヤの姿を重ねているのだろうかと、ナマエは思った。
「私は誓って、ハハオヤには呪いを使わなかった。記憶を見せたのは、それをお前に知って欲しかったからだ。──そして、気がつけば私の『魅了の呪い』の力は消え失せていた」
チチオヤは目を閉じて、もう一度開いた。その目は、今度は確かにナマエを見つめていた。チチオヤはふと目線を切ってナマエの背後に顔を向けた。
「──忙しいところすまなかったの、チチオヤよ」
ダンブルドアの声だった。ナマエが振り返ると、ダンブルドアがにっこり笑って立っていた。
「貴方の頼みとあらば」
チチオヤはいつもの威厳のある声で答えて、ローブを羽織り直した。ナマエが何か言いたそうにしていると、ダンブルドアがナマエに笑いかけた。
「ナマエ、休みの日にすまないが、少しわしに付き合ってくれるかの」
「えっと、どこへ?」
ナマエはきょとんとした。
「ハグリッドと話をせねばならん。生徒の声も届けてやりたいと思っての──来てくれるかね?」
「それは、もちろん──」
ナマエがダンブルドアに答えながら振り返ると、もうチチオヤは姿を消していた。ナマエの胸はざわついた。ダンブルドアが歩き始めたので、ナマエも続いた。ナマエはダンブルドアを見上げて言った。
「あの、先生。先生は──父の『魅了の呪い』に気がついたんですよね?……それは、どうやって?」
「……難しい質問じゃ。わしがチチオヤに気がついたのは、チチオヤが意図的に力を行使していたからじゃ」
二人はゆっくり湖のほとりを歩いた。
「万人に好かれる人間などおらぬ。じゃが、チチオヤは力尽くで、それを覆そうとした──。だが、それはきみの母親に出会うまではの話じゃ。その力は誇れぬことだと己を恥じたのじゃ──」
ダンブルドアは遠く過ぎた日を見るように湖を見ながら言った。その目は、チチオヤの過去よりも遠くを見ているような気がした。
「先生、あの──いえ、ありがとうございます」
ナマエは言葉を飲み込んだ。
ハグリッドの小屋につくと、相変わらずカーテンは締め切られていたが、人の気配に気がついたファングが戸にガリガリと爪を立てる音がした。
「ハグリッド、わしじゃ」
ダンブルドアの投げかけに返事はなかったが、ゆっくりと扉が開いた。ナマエは飛び出してきたファングを受け止めながら、ハグリッドを見上げた。顔は泣いて斑になり、両目は腫れ上がり、髪の毛にいたっては、絡み合った針金のカツラのように見えた。
「こんにちは、ハグリッド」
ダンブルドアが挨拶して、二人は小屋に入った。
「紅茶が必要じゃの」
ダンブルドアは杖を取り出してクルクルッと回した。空中に、紅茶を乗せた回転テーブルが現れ、ケーキを乗せた皿も現れた。ダンブルドアはテーブルの上に回転テーブルを載せ、みんなでテーブルに着いた。ハグリッドからは鼻水を啜る音しか返ってこなかった。
「ハグリッド、なあ──大丈夫だよ」
ナマエはおずおずと言った。
「何も知らない記者が──ハグリッドのことを何て書こうと、俺たちが気にするわけないだろう?」
コガネムシのような真っ黒なハグリッドの目から、大粒の涙が二粒溢れ、モジャモジャ髯をゆっくりと伝って落ちた。 ダンブルドアはじっと天井を見上げたまま言った。
「生徒の親たちから届いた、数え切れないほどの手紙を見せたじゃろう?自分たちが学校にいたころのお前のことをちゃんと覚えていて、もし、わしがお前をクビにしたら、一言言わせてもらうと、はっきりそう書いてよこした──」
「全部が全部じゃねえです」
ハグリッドの声はかすれていた。
「みんながみんな、俺が残ることを望んではいねえです」
「それはの、ハグリッド、世界中の人に好かれようと思うのなら、残念ながらこの小屋にずっと長いこと閉じこもっているほかあるまい」
ダンブルドアは半月メガネの上から、こんどは厳しい目を向けていた。ナマエは、ダンブルドアがナマエをここに連れてきた理由が分かったような気がした。
「わしが校長になってから、学校運営のことで、少なくとも週に一度はふくろう便が苦情を運んでくる。かと言って、わしはどうすればよいのじゃ?校長室に立てこもって、誰とも話さんことにするかの?」
「そんでも──先生は半巨人じゃねえ!」
ハグリッドがしゃがれた声で言った。ナマエはハグリッドの丸太のような腕に手を添えた。
「ハグリッド──じゃあ、俺はスリザリンの子孫だから、純血主義のクソ野郎だと思うのか?」
ナマエは真顔でハグリッドを見つめた。ダンブルドアがフォッフォッと笑った。
「よいところに気づいた──」
すると、突然ファングが外に向かって吠え出し、玄関の戸がガンガン叩かれた。そして怒ったように叫ぶ声がした。
「──ハグリッド!いい加減にして!そこにいることはわかってるわ!あなたのお母さんが巨人だろうと何だろうと、誰も気にしてないわ、ハグリッド!リータみたいな腐った女にやられてちゃダメ!ハグリッド、ここから出るのよ。こんなことしてちゃ──」
ハーマイオニーの声だった。ナマエは目をパチクリさせてから、ハグリッドににっこり笑った。ダンブルドアが立ち上がって、ドアを開けた。ドアの向こうには、ハーマイオニー、ハリー、ロンがいた。ダンブルドアは微笑みかけながら、心地よく言った。
「こんにちは」
「あ──私たち──あの──ハグリッドに会いたくて」
ハーマイオニーの声が小さくなった。
「おお、わしもそうじゃろうと思いましたぞ」
ダンブルドアは目をキラキラさせながら言った。
「さあ、お入り」
「あ……あの……はい」
ハーマイオニーが言った。 ハーマイオニー、ロン、ハリーの三人が小屋に入った。三人はナマエの姿を見つけて一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにハグリッドに駆け寄った。
「戻ってきて、教えてよ、ハグリッド」
ハリーが静かに言った。
「お願いだから、戻ってきて。ハグリッドがいないと、私たちほんとに寂しいわ」
ハーマイオニーも言うと、ハグリッドがゴクッと喉を鳴らした。涙がぼろぼろと頬を伝い、モジャモジャの髯を伝った。ダンブルドアが立ち上がった。
「辞表は受け取れぬぞ、ハグリッド。月曜日に授業に戻るのじゃ」
ダンブルドアが言った。
「明日の朝八時半に、大広間でわしと一緒に朝食じゃ。言い訳は許さぬぞ。それでは皆、元気での」
ダンブルドアは、ファングの耳をカリカリするのにちょっと立ち止まり、小屋を出ていった。その姿を見送り、戸が閉まると、ハグリッドはゴミバケツの蓋ほどもある両手に顔を埋めてすすり泣きはじめた。ハーマイオニーは、ナマエの反対側からハグリッドの腕を軽く叩いて慰めた。やっと顔を上げたハグリッドは、目を真っ赤にして言った。
「偉大なお方だ。ダンブルドアは……偉大なお方だ……」
「うん、そうだね」
ロンが言った。
「ん。あのお方が正しい。おまえさんら、みんな正しい……俺はばかだった……俺の父ちゃんは、俺がこんなことをしてるのを見たら、恥ずかしいと思うに違えねえ……」
またしても涙が溢れ出たが、ハグリッドはさっきよりきっぱりと涙を拭った。
「父ちゃんの写真を見せたことがなかったな? どれ……」
ハグリッドは立ち上がって洋服箪笥のところへ行き、引き出しを開けて写真を取り出した。ハグリッドと同じくくしゃくしゃっとした真っ黒な目の、小柄な魔法使いが、ハグリッドの肩に乗っかってニコニコしていた。そばのりんごの木から判断して、ハグリッドは優に二メートル豊かだが、顔には髯がなく、若くて、丸くて、つるつるだった。
「ホグワーツに入学してすぐに撮ったやつだ」
ハグリッドはしゃがれ声で言った。
「親父は大喜びでなあ……俺が魔法使いじゃねえかもしれんと思ってたからな。ほれ、お袋のことがあるし……うん、まあ、もちろん、俺はあんまり魔法がうまくはなかったな。うん……しかし、少なくとも、親父は俺が退学になるのを見ねえですんだ。死んじまったからな。二年生んときに……」
「親父が死んでから、俺を支えてくれなさったのがダンブルドアだ。森番の仕事をくださった……人をお信じなさる。あの方は。誰にでもやり直しのチャンスをくださる……そこが、ダンブルドアとほかの校長との違うとこだ」
「やり直しのチャンス……」
ナマエは反芻した。ダンブルドアは、チチオヤにもチャンスを与えたのだろうと、ふと思った。
「ハリー、あのなあ」
父親の写真から目を上げたハグリッドが、ハリーを見た。
「おまえさんに初めて会ったときなあ、昔の俺に似てると思った。父ちゃんも母ちゃんも死んで、おまえさんはホグワーツなんかでやっていけねえと思っちょった。覚えとるか? そんな資格があるのかどうか、おまえさんは自信がなかったなあ……ところが、ハリー、どうだ!学校の代表選手だ!」
ハグリッドはハリーをじっと見つめ、それから真顔で言った。
「ハリーよ、俺がいま心から願っちょるのが何だかわかるか?おまえさんに勝ってほしい。ほんとうに勝ってほしい。みんなに見せてやれ……純血じゃなくてもできるんだってな。自分の生まれを恥じることはねえんだ。ダンブルドアが正しいんだっちゅうことを、みんなに見せてやれる。魔法ができる者なら誰でも入学させるのが正しいってな。ハリー、あの卵はどうなってる?」
「大丈夫」
ハリーがすぐさま言った。ハグリッドのしょぼくれた顔が、パッと涙まみれの笑顔になった。しかし、ナマエにはハリーが虚勢を張っているように見えた。
それから四人は、ハグリッドの小屋を出て城に戻った。道すがら、ロンが尋ねた。
「ナマエ。どうして、ハグリッドの小屋にいたんだい?」
「親父がダンブルドアに会いにきてて、俺もちょっとだけ話してたんだ──なあ、ハリー。あんたは泳がなくていいのか?」
「何が?」
ハリーはきょとんとしたが、ナマエも困ったように眉を下げた。
「いや、知らないけど──クラムが湖で泳いでたから、課題に関係あるのかと思っただけ」
「あいつが気狂いなだけさ」
ロンが痛烈に言った。ハーマイオニーがロンを睨んだ。
「あの人はもっと寒いところから来ているのよ。あれでも結構暖かいと感じてるんじゃないかしら」
「ああ、その上、大イカもいるしね」
ロンとハーマイオニーのやりとりを聞きながら、ナマエはこっそりハリーに囁いた。
「なあ、ハリー。セドリックの言ったこと、試してないのかよ」
ハリーは顔をぎゅっとしかめて、決意したように絞り出した。
「──わかった、やる。今夜やるよ──ハグリッドをがっかりさせたくはないんだ、僕だって」
新学期の第一日目、「呪文学」の授業中にテリーがおそろしげに言った。ナマエ、テリー、アンソニー、マイケルは、教室のいちばん後ろに机を一つ占領していた。今日は「追い払い呪文」を練習することになっていた。いろいろな物体が教室を飛び回ると、始末の悪い事故にならないともかぎらないので、フリットウィック先生は生徒一人にクッションひと山を与えて練習させた。
私語をするには、このクラスはいい隠れ蓑だった。みんなおもしろがって、四人のことなど気にも止めていないからだ。机には教科書に紛れて「日刊預言者新聞」が広げられていた。アンソニーがクッションを吹き飛ばして言った。
「ハグリッドを初めて見たとき、そうかもって思ったんだ──でも、トロールなんかに比べたら、ハグリッドは全然小さいからさ……」
「肥らせ呪文かなんかに失敗したのかと思ってたよ」
マイケルも言った。ナマエはちらりと記事を流し読みした。リータ・スキーターの記事には、ハグリッドがいかに危険で邪悪な半巨人であるかがまことしやかに書かれており、なんとハグリッドの母親の巨人の名前までつきとめていた。ナマエは唸ってから、とぼけたように記事の一部を読み上げた。
「『ハグリッドは、「尻尾爆発スクリュート」と自ら命名した、マンティコアと火蟹とをかけ合わせた危険極まりない生物を飼育していると認めた』──アー、なるほど。スクリュートはミックスだったのか──」
「そんな話じゃないよ、巨人の生き残りがまだイギリスにいるかもしれないんだぞ?」
テリーが青ざめて上の空で杖を振ったので、クッションは空中で一回転して落ちてきた。ナマエはそのクッションを追い払った。ハグリッドが母親のことを隠してきたのも、周りの反応も、頷けることだった。ナマエはやりきれない気持ちになって言った。
「冗談だよ、わかってる──ルーピン先生の時と同じだ。学校宛にわんさとふくろう便が来るだろうな」
「君のご友人のマルフォイが、また余計なことをしゃべくってるぜ── 『僕たちはみんな、ハグリッドをとても嫌っています。でも怖くて何も言えないのです』だってさ」
マイケルが軽蔑したように記事の一部を読み上げた。どうやら、リータ・スキーターはスリザリンの生徒を手駒にすることに成功したらしい。ナマエはフーッとため息をついた。
翌日になると、グラブリー‐プランク先生という老魔女が、ハグリッドの代理で授業をしていた。困ったことに、グラブリー-プランク先生の授業は──面白かった。得体の知れない怪物ではなく、一角獣のような魔法生物を用いてさまざまな魔法特性を教えてくれた。
「あの女の先生にずっといてほしいわ!」
授業が終わり、昼食をとりにみんなで城に向かう途中、パドマが興奮したように言った。誰も否定しなかった。ナマエはなんとなく、授業を楽しむことに後ろめたさを感じた。ハグリッドの小屋はカーテンで締め切られていたし、その週、ハグリッドの姿はどこにも見当たらなかった。食事のときも教職員テーブルに姿を見せず、校庭で森番の仕事をしている様子もなかった。ほとんどの生徒がグラブリー-プランク先生を歓迎していたが、ハリーは激しく怒っているようだった。昼休みにハリーたちに出会うと、ハリーはナマエが耳にした中で一番口汚くスキーターを罵った。
「ハグリッドがブスのスキーターばばあなんかに話すはずない!僕たちにだって話したことなかったんだ、あの女、どうやって知ったんだ?」
ハリーの剣幕にナマエは気圧されたが、ハーマイオニーが痛烈に言った。
「盗み聞きしてたんじゃないかしら、誰かさんみたいに」
「誰かさん?」
ナマエは思わずハリーとロンを振り返った。ロンは怒ったように赤くなってハーマイオニーを睨んだ。
「盗み聞きしたんじゃない、聞こえたんだ!」
ハリーもイライラしながら言った。
「──パーティの夜、ハグリッドがマダム・マクシームにそう話してたんだ。自分たちは同類……つまり、マダム・マクシームも半巨人じゃないかって。でも、あの人は怒って否定してたけど」
「そうだろうよ──もし漏れたらこうなるとわかってたんだ。とりあえず、ハグリッドの小屋に行ってみよう」
ナマエは眉間を揉みながら言った。しかし、ハグリッドは頑なだった。いくらナマエたちが呼びかけても、戸を叩いても、まったく返事をせず、ファングが戸をガリガリ引っ掻く音が返ってくるだけだった。
一月半ばにホグズミード行きが許された。ナマエは、テリー、マイケル、アンソニーと共に湖に停留しているダームストラングの船のそばを通るとき、ビクトール・クラムがデッキに現れるのが見えた。水泳パンツ一枚の姿だ。船の縁によじ登り、両腕を伸ばしたかと思うと、まっすぐ湖に飛び込んだ。
「凍え死ぬよ!」
それを見たテリーが悲鳴を上げた。しかし、ナマエは湖のほとりに二人の男が立っていることに気を取られていた。一人は長いステッキに寄りかかって立っている──ムーディだ。そして、もう一人を観察して、ナマエは目をぱちくりさせた。
「なあ、あれ。あそこにいるの、マッド-アイと──ああ!親父だ!」
ナマエは言い終わるやいなや、二人の方に向かって歩き出した。その背中にアンソニーが声をかけた。
「ホグズミードに行かなくていいのかい?」
「ああ──うん、先行ってて!」
テリーが呆れたように笑い、アンソニーがたしなめた。自分が父親に固執している姿は、そんなに滑稽に見えるのだろうか。ナマエは気にしないようにして、芝生を踏みしめて父親の元へ歩いた。二人は湖を眺めて、こちらに背を向けたまま会話していた。ナマエが近づくと、会話の内容が聞こえてきた。
「魔法省はようやくバーサ・ジョーキンズの捜索を始めたそうだが?」
ムーディが言った。
「ああ、だが遅すぎる。それだけじゃない、バーティはずっと病欠で姿を見せない。病欠だと表向きに言ってはいるが、聖マンゴには来ていないのだよ──」
次に聞こえてきたのはチチオヤの声だった。ナマエはゆっくり近づいたが、気が付かない様子でチチオヤは続けた。
「ジョーキンズは国際魔法部にいたことがある、今回の三大魔法学校対抗試合についても仔細に知っている……私が何を恐れているのか、君にはわかるだろう?」
「ああ、だが──また後にしよう。おまえの倅が来ているぞ」
ナマエがぎくりと身を引くより早く、ムーディが振り返り、にっと笑った。もしかしたらムーディは、ナマエが二人を見つけた時から気づいていたのかもしれないと思った。
「──ナマエ」
チチオヤが振り返ってこちらを見た。 ペンシーブで過去の姿を見たせいか、目の前のチチオヤは、より一層老け込んで見えた。チチオヤが言った。
「すまないがアラスター、息子と二人にしてくれるか」
「ああ、そうするといい」
ムーディは足を引きずって城の方に戻って行った。ナマエはおずおず聞いた。
「どうしてホグワーツに?」
「ああ、ダンブルドアとマッド-アイに近況報告だ……」
チチオヤはナマエの耳元のピアスに目をやって、深い息をついた。ナマエはくたびれた父親の姿に、少なからず動揺していた。いままで、ナマエにとってチチオヤは得体の知れない父親だった。近寄りがたく、息子に不寛容で冷淡な、打てど響かないような重い岩のような存在だった。ところが、ナマエは今になってようやく、チチオヤもただ一人の人間であると言うことに気がつき始めていた。
チチオヤは重々しく口を開いた。
「マッド-アイから『魅了の呪い』の話を聞いたか?」
ナマエはおずおず頷いた。すると、チチオヤは独り言のように話し始めた。
「……私は欲深い男だ。自分の力を示したくて仕方がなかった。私が、かつて闇の魔術に惹かれたのもそうだ。危険で、難解で、高度であるほど──自分に可能性を感じたら、試したくて仕方がなくなる──」
ナマエはドキッとした。自分の力を証明したいという欲は、身に覚えのある感覚だった。
「『魅了の呪い』──ダンブルドアには『偽りの愛』だと言われたが……その通りだ」
チチオヤは両手を掲げた。
「自分の能力に驕った私は──自分に、この両の手で触れた相手の愛を得る呪いをかけた。権力者の寵愛を受け、万事がうまくいくと思った──。しかし、ダンブルドアと、マッド-アイにだけは、見破られていたようだが……」
ナマエは、目の前のチチオヤと違って、記憶の中のチチオヤは手袋をはめていたことを思い出した。チチオヤは両手を下ろして、ナマエを見た。
「私にできないことはないと思い上がり、自惚れていた。しかし──ひとつ、私に習得し難い能力があることに気がついた」
「……パーセルタングか」
ナマエは静かに言うと、チチオヤが満足そうに微かに笑った。
「そうだ。私はパーセルマウスの女の噂を聞きつけて、ハハオヤの元を訪れた。──私は、スリザリンの血を引く子供が欲しかった。初めは、その女にこの両手の呪いを掛けるつもりでいた。しかし──、私は彼女に惹かれてしまった。」
チチオヤはナマエを見つめたが、どこか遠い目をしていた。息子にハハオヤの姿を重ねているのだろうかと、ナマエは思った。
「私は誓って、ハハオヤには呪いを使わなかった。記憶を見せたのは、それをお前に知って欲しかったからだ。──そして、気がつけば私の『魅了の呪い』の力は消え失せていた」
チチオヤは目を閉じて、もう一度開いた。その目は、今度は確かにナマエを見つめていた。チチオヤはふと目線を切ってナマエの背後に顔を向けた。
「──忙しいところすまなかったの、チチオヤよ」
ダンブルドアの声だった。ナマエが振り返ると、ダンブルドアがにっこり笑って立っていた。
「貴方の頼みとあらば」
チチオヤはいつもの威厳のある声で答えて、ローブを羽織り直した。ナマエが何か言いたそうにしていると、ダンブルドアがナマエに笑いかけた。
「ナマエ、休みの日にすまないが、少しわしに付き合ってくれるかの」
「えっと、どこへ?」
ナマエはきょとんとした。
「ハグリッドと話をせねばならん。生徒の声も届けてやりたいと思っての──来てくれるかね?」
「それは、もちろん──」
ナマエがダンブルドアに答えながら振り返ると、もうチチオヤは姿を消していた。ナマエの胸はざわついた。ダンブルドアが歩き始めたので、ナマエも続いた。ナマエはダンブルドアを見上げて言った。
「あの、先生。先生は──父の『魅了の呪い』に気がついたんですよね?……それは、どうやって?」
「……難しい質問じゃ。わしがチチオヤに気がついたのは、チチオヤが意図的に力を行使していたからじゃ」
二人はゆっくり湖のほとりを歩いた。
「万人に好かれる人間などおらぬ。じゃが、チチオヤは力尽くで、それを覆そうとした──。だが、それはきみの母親に出会うまではの話じゃ。その力は誇れぬことだと己を恥じたのじゃ──」
ダンブルドアは遠く過ぎた日を見るように湖を見ながら言った。その目は、チチオヤの過去よりも遠くを見ているような気がした。
「先生、あの──いえ、ありがとうございます」
ナマエは言葉を飲み込んだ。
ハグリッドの小屋につくと、相変わらずカーテンは締め切られていたが、人の気配に気がついたファングが戸にガリガリと爪を立てる音がした。
「ハグリッド、わしじゃ」
ダンブルドアの投げかけに返事はなかったが、ゆっくりと扉が開いた。ナマエは飛び出してきたファングを受け止めながら、ハグリッドを見上げた。顔は泣いて斑になり、両目は腫れ上がり、髪の毛にいたっては、絡み合った針金のカツラのように見えた。
「こんにちは、ハグリッド」
ダンブルドアが挨拶して、二人は小屋に入った。
「紅茶が必要じゃの」
ダンブルドアは杖を取り出してクルクルッと回した。空中に、紅茶を乗せた回転テーブルが現れ、ケーキを乗せた皿も現れた。ダンブルドアはテーブルの上に回転テーブルを載せ、みんなでテーブルに着いた。ハグリッドからは鼻水を啜る音しか返ってこなかった。
「ハグリッド、なあ──大丈夫だよ」
ナマエはおずおずと言った。
「何も知らない記者が──ハグリッドのことを何て書こうと、俺たちが気にするわけないだろう?」
コガネムシのような真っ黒なハグリッドの目から、大粒の涙が二粒溢れ、モジャモジャ髯をゆっくりと伝って落ちた。 ダンブルドアはじっと天井を見上げたまま言った。
「生徒の親たちから届いた、数え切れないほどの手紙を見せたじゃろう?自分たちが学校にいたころのお前のことをちゃんと覚えていて、もし、わしがお前をクビにしたら、一言言わせてもらうと、はっきりそう書いてよこした──」
「全部が全部じゃねえです」
ハグリッドの声はかすれていた。
「みんながみんな、俺が残ることを望んではいねえです」
「それはの、ハグリッド、世界中の人に好かれようと思うのなら、残念ながらこの小屋にずっと長いこと閉じこもっているほかあるまい」
ダンブルドアは半月メガネの上から、こんどは厳しい目を向けていた。ナマエは、ダンブルドアがナマエをここに連れてきた理由が分かったような気がした。
「わしが校長になってから、学校運営のことで、少なくとも週に一度はふくろう便が苦情を運んでくる。かと言って、わしはどうすればよいのじゃ?校長室に立てこもって、誰とも話さんことにするかの?」
「そんでも──先生は半巨人じゃねえ!」
ハグリッドがしゃがれた声で言った。ナマエはハグリッドの丸太のような腕に手を添えた。
「ハグリッド──じゃあ、俺はスリザリンの子孫だから、純血主義のクソ野郎だと思うのか?」
ナマエは真顔でハグリッドを見つめた。ダンブルドアがフォッフォッと笑った。
「よいところに気づいた──」
すると、突然ファングが外に向かって吠え出し、玄関の戸がガンガン叩かれた。そして怒ったように叫ぶ声がした。
「──ハグリッド!いい加減にして!そこにいることはわかってるわ!あなたのお母さんが巨人だろうと何だろうと、誰も気にしてないわ、ハグリッド!リータみたいな腐った女にやられてちゃダメ!ハグリッド、ここから出るのよ。こんなことしてちゃ──」
ハーマイオニーの声だった。ナマエは目をパチクリさせてから、ハグリッドににっこり笑った。ダンブルドアが立ち上がって、ドアを開けた。ドアの向こうには、ハーマイオニー、ハリー、ロンがいた。ダンブルドアは微笑みかけながら、心地よく言った。
「こんにちは」
「あ──私たち──あの──ハグリッドに会いたくて」
ハーマイオニーの声が小さくなった。
「おお、わしもそうじゃろうと思いましたぞ」
ダンブルドアは目をキラキラさせながら言った。
「さあ、お入り」
「あ……あの……はい」
ハーマイオニーが言った。 ハーマイオニー、ロン、ハリーの三人が小屋に入った。三人はナマエの姿を見つけて一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにハグリッドに駆け寄った。
「戻ってきて、教えてよ、ハグリッド」
ハリーが静かに言った。
「お願いだから、戻ってきて。ハグリッドがいないと、私たちほんとに寂しいわ」
ハーマイオニーも言うと、ハグリッドがゴクッと喉を鳴らした。涙がぼろぼろと頬を伝い、モジャモジャの髯を伝った。ダンブルドアが立ち上がった。
「辞表は受け取れぬぞ、ハグリッド。月曜日に授業に戻るのじゃ」
ダンブルドアが言った。
「明日の朝八時半に、大広間でわしと一緒に朝食じゃ。言い訳は許さぬぞ。それでは皆、元気での」
ダンブルドアは、ファングの耳をカリカリするのにちょっと立ち止まり、小屋を出ていった。その姿を見送り、戸が閉まると、ハグリッドはゴミバケツの蓋ほどもある両手に顔を埋めてすすり泣きはじめた。ハーマイオニーは、ナマエの反対側からハグリッドの腕を軽く叩いて慰めた。やっと顔を上げたハグリッドは、目を真っ赤にして言った。
「偉大なお方だ。ダンブルドアは……偉大なお方だ……」
「うん、そうだね」
ロンが言った。
「ん。あのお方が正しい。おまえさんら、みんな正しい……俺はばかだった……俺の父ちゃんは、俺がこんなことをしてるのを見たら、恥ずかしいと思うに違えねえ……」
またしても涙が溢れ出たが、ハグリッドはさっきよりきっぱりと涙を拭った。
「父ちゃんの写真を見せたことがなかったな? どれ……」
ハグリッドは立ち上がって洋服箪笥のところへ行き、引き出しを開けて写真を取り出した。ハグリッドと同じくくしゃくしゃっとした真っ黒な目の、小柄な魔法使いが、ハグリッドの肩に乗っかってニコニコしていた。そばのりんごの木から判断して、ハグリッドは優に二メートル豊かだが、顔には髯がなく、若くて、丸くて、つるつるだった。
「ホグワーツに入学してすぐに撮ったやつだ」
ハグリッドはしゃがれ声で言った。
「親父は大喜びでなあ……俺が魔法使いじゃねえかもしれんと思ってたからな。ほれ、お袋のことがあるし……うん、まあ、もちろん、俺はあんまり魔法がうまくはなかったな。うん……しかし、少なくとも、親父は俺が退学になるのを見ねえですんだ。死んじまったからな。二年生んときに……」
「親父が死んでから、俺を支えてくれなさったのがダンブルドアだ。森番の仕事をくださった……人をお信じなさる。あの方は。誰にでもやり直しのチャンスをくださる……そこが、ダンブルドアとほかの校長との違うとこだ」
「やり直しのチャンス……」
ナマエは反芻した。ダンブルドアは、チチオヤにもチャンスを与えたのだろうと、ふと思った。
「ハリー、あのなあ」
父親の写真から目を上げたハグリッドが、ハリーを見た。
「おまえさんに初めて会ったときなあ、昔の俺に似てると思った。父ちゃんも母ちゃんも死んで、おまえさんはホグワーツなんかでやっていけねえと思っちょった。覚えとるか? そんな資格があるのかどうか、おまえさんは自信がなかったなあ……ところが、ハリー、どうだ!学校の代表選手だ!」
ハグリッドはハリーをじっと見つめ、それから真顔で言った。
「ハリーよ、俺がいま心から願っちょるのが何だかわかるか?おまえさんに勝ってほしい。ほんとうに勝ってほしい。みんなに見せてやれ……純血じゃなくてもできるんだってな。自分の生まれを恥じることはねえんだ。ダンブルドアが正しいんだっちゅうことを、みんなに見せてやれる。魔法ができる者なら誰でも入学させるのが正しいってな。ハリー、あの卵はどうなってる?」
「大丈夫」
ハリーがすぐさま言った。ハグリッドのしょぼくれた顔が、パッと涙まみれの笑顔になった。しかし、ナマエにはハリーが虚勢を張っているように見えた。
それから四人は、ハグリッドの小屋を出て城に戻った。道すがら、ロンが尋ねた。
「ナマエ。どうして、ハグリッドの小屋にいたんだい?」
「親父がダンブルドアに会いにきてて、俺もちょっとだけ話してたんだ──なあ、ハリー。あんたは泳がなくていいのか?」
「何が?」
ハリーはきょとんとしたが、ナマエも困ったように眉を下げた。
「いや、知らないけど──クラムが湖で泳いでたから、課題に関係あるのかと思っただけ」
「あいつが気狂いなだけさ」
ロンが痛烈に言った。ハーマイオニーがロンを睨んだ。
「あの人はもっと寒いところから来ているのよ。あれでも結構暖かいと感じてるんじゃないかしら」
「ああ、その上、大イカもいるしね」
ロンとハーマイオニーのやりとりを聞きながら、ナマエはこっそりハリーに囁いた。
「なあ、ハリー。セドリックの言ったこと、試してないのかよ」
ハリーは顔をぎゅっとしかめて、決意したように絞り出した。
「──わかった、やる。今夜やるよ──ハグリッドをがっかりさせたくはないんだ、僕だって」