炎のゴブレット
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クリスマスの翌日はみんな起きるのが遅かった。ナマエは一人で朝食をかき込み、チチオヤから受け取った記憶の小瓶を持って、校長室に向かった。
──早すぎただろうか。
ナマエは校長室の前のガーゴイル像を見つめた。話にはここが校長室だと聞いていたが、どうすれば中に入れるのかさっぱりわからなかった。ナマエがガーゴイルとにらめっこしていると、背後から穏やかな声がした。
「おはよう、ナマエ。パーティは楽しめたかね?」
振り返ると、ダンブルドアがいた。ナマエはびっくりして飛び上がった。ダンブルドアはフォッフォッと笑った。
「先生!」
「どうやら、元気なようじゃの。さあ、おいで──『ゴキブリ・ゴソゴソ豆板』」
ダンブルドアが唱えると、ガーゴイルが飛びのき、背後の壁が二つに割れた。二人はそこに現れた動く螺旋階段に乗り、滑らかな円を描きながら上に運ばれて、真鍮のドア・ノッカーがついたダンブルドアの校長室の扉の前に出た。
ナマエはダンブルドアに続いて中に入った。円形の校長室の壁には歴代校長の魔女や魔法使いの肖像画があり、額の中で居眠りしていた。ダンブルドアの不死鳥は、止まり木からキラキラと興味深げにナマエを見ていた。
ダンブルドアのピカピカの机の上に、浅い石の水盆が置かれていた。縁にぐるりと不思議な彫り物が施してある。銀の光は、水盆の中から射している。中には液体なのか、気体なのか、明るい白っぽい銀色の物質が、絶え間なく動いている。ナマエがそれを見つめていると、ダンブルドアが言った。
「これは、『憂いの篩』──ペンシーブじゃ。ここに、きみが父君にもらったものを注いでみなさい」
ナマエは言われた通り、小瓶に入った銀色の不思議な物質を盆に注いで、中を覗き込んだ。不可思議な物質の表面を通して見えたのは、ナマエの知らない街並みだった。
「チチオヤはわしに、きみと共にチチオヤの記憶の小道を辿ることを許してくれた──準備は良いかな?」
「はい」
何の準備かはわからなかったが、ナマエは即答した。
「では、先に行くが良い。その水盆に顔をつけるのじゃ」
ナマエは言われるがまま、前屈みになり、銀色の物質の中に顔を突っ込んだ。両足が校長室の床を離れるのを感じた。渦巻く闇の中を、下へ、下へと落ちていった。
そして、突然の眩しい陽の光に、ナマエは目を瞬いた。目が慣れないうちに、ダンブルドアがナマエの傍らに降り立った。
二人はマグルの街中に立っていた。道の両側に建物が立ち並び、まばらに人が行き交っていた。ナマエは、夏休みの初日にチチオヤに連れられて行った、シリウスが捕まった場所に似ていると思った。
「──ここはチチオヤの記憶の中じゃ」
ダンブルドアが言った。二人の二、三メートル先の路地に、男が歩いていた。──チチオヤだ。ワールドカップのときに見たグレーのフロックコートを着て、黒い革手袋をはめている。ナマエのよく知っている眉間に刻まれた皺はなく、生き生きと野心的な顔つきに見えた。すると、チチオヤの行手から、大声で、焦ったように叫んでいる男の声がした。
「どうかしてるぞ、こんなに気味の悪い女を店に置くなんて!」
マグルの小太りの男が、店の前の狭い歩道で喚き散らしていた。その先には、尻餅をついたような格好で地面に座り込んでいる女性と、その周りにクサリヘビがいた。蛇は男に「立ち去れ!」と叫んで牙を剥いていた。
「うわっ、よせ!この薄気味悪いヘビをひっこめろ!」
「──何をしているんです」
チチオヤが静かに割って入った。男はチチオヤと蛇を見比べて、何か言いたそうに口をパクパクさせたが、舌打ちをして、荒々しく歩き去った。
チチオヤは男の後ろ姿を一瞥してから、座り込んでいる女性に手を差し伸べて、話しかけた。
「蛇の言葉がわかるのですね」
チチオヤは柔和な笑顔を浮かべていた。女性は手を取らず、じっとチチオヤを見た。チチオヤはちらっと建物に目をやった。寂れたティールームの扉が開きっぱなしになっていた。
「ここで紅茶をいただいても?」
女性は手を借りずに立ち上がり、返事の代わりにチチオヤを睨みつけた。蛇も、今度はチチオヤに向かって威嚇した。
「……あなたは──魔法使いね?」
母だ、とナマエは直感した。ハハオヤは、黒い絹のような髪ををひとまとめに結いあげていた。質の悪そうな前掛けの泥を払い、ハハオヤはチチオヤにさっと頭を下げた。そのまま顔を上げず、冷たい声音で言った。
「──先ほどのことはお礼申し上げます。でも、帰ってください。私は魔法使いが嫌いなの。とくに、男の人の魔法使いが」
チチオヤは笑顔を崩して、眉を下げた。
「──あなたは誤解している」
「いいえ、していません。私自身がそれを証明しています」
「証明、というと──?」
チチオヤが尋ねると、蛇が彼女を守るように間に立った。ハハオヤはチチオヤには答えず、蛇に「ありがとう、下がっていてね」と告げた。蛇はチチオヤを睨め付けながらゆっくりと体をくねらせ、排水溝に姿を消した。チチオヤはハハオヤの姿を感心したように見ていた。ナマエは、チチオヤにはハハオヤの言葉がシューシューという蛇の息遣いにしか聞こえないのだろうと気がついた。
ハハオヤはチチオヤをじっと観察して言った。
「……私が蛇と話すと──皆、気味悪がります。母は癇癪を起こしていました。──生前の話ですが」
ハハオヤは、そうしないチチオヤにほんの少し警戒心を緩めたように見えた。ハハオヤはほんの少し迷って、店に手を向けた。
「──どうぞ、今は店主も他の客もおりません。あの子達以外には」
ハハオヤは蛇が潜んでいる排水溝をちらりと見て、むっつりと牽制するように言った。チチオヤはにこりと笑った。
ナマエとダンブルドアも店の中に入った。寂れた飲食店のようだった。小さなボックス席が二席と、カウンターしかないこぢんまりとした店内で、チチオヤはカウンターに腰掛けた。
ハハオヤが紅茶を淹れて差し出した。
「なぜ、魔法使いを嫌うのか──お聞きしても?」
チチオヤは手袋をはめたまま、カップを受け取って尋ねた。ハハオヤは眉根を寄せた。「しつこい」、はっきり顔にそう書いてあるようだった。
「私の母は、貴方がたのような魔法使いに──一方的に乱暴されました。私が生まれたのは、そのせいです」
ハハオヤは突き放すように淡々と告げた。ナマエは驚き、思わずダンブルドアを見上げたが、ダンブルドアは神妙に二人を見つめていた。
「それは── すみません、私は──なんという無神経なことを」
チチオヤは失言に焦ったように、ガシャッと音を立ててカップを置き、深々と頭を下げた。ハハオヤはため息をついた。諦めたようにも、目の前の男に同情したようにも感じた。
「いいえ、こちらこそ──実は、魔法使いに会ったのは初めてなんです。だから、当てつけでした。すみません」
ハハオヤも眉を下げて、かすかに笑った。ナマエは不思議な気持ちで二人の様子を見ていた。チチオヤが店に入る前に発していたギラギラした威圧感も、ハハオヤの冷たい壁も消え失せ、二人はささやかに心を通わせているように感じた。それから二人は、それぞれの仕事や、生活の話をぽつりぽつりと穏やかに語り合っていた。
「──私の母はリトル・ハングルトンにある屋敷に出入りする、小間使いだったと聞いています。父親は面識もない、誰だかわからない暴漢だと」
「でも、この子たちが私に教えてくれました。私の父は──モーフィン・ゴーント、彼は魔法使い。彼もまた、私と同じように蛇と会話ができるのだと」
チチオヤは聞き入るように深く頷いた。その目はに再び、鷹のような鋭い光がギラギラ燃えていた。
「でも……彼に、娘がいると言う自覚があるのかはわかりません。今どこにいるのか、生きているのかも知りません」
「私は、ひと目見てみたくなったのです。父がどんな姿で、どんな暮らしをしているのか」
「モーフィンを知っていると言う蛇に案内してもらいました。ひどい場所だった……まるで朽ちた豚小屋のようでした。とても人が住める場所ではありませんでした。でも、そこで──あるものを見つけました」
ハハオヤはポケットから小さな巾着袋を取り出して、カウンターの上で口を開いた。巾着からは、黒い石が付いた大きな金の指輪が転がり出てきた。すると、チチオヤはあっと声を上げた。目には興奮の色が窺えた。ナマエはわけがわからず、ふとダンブルドアを見上げると、ダンブルドアのブルーの瞳も指輪に釘付けになっていた。
「この指輪は──」
チチオヤは高揚を押し殺すように呟いた。しかし、指輪を見つめるチチオヤは次第に険しい顔つきになった。
「モーフィンがつけているのを見た、という子がいたんです。それで──いえ、いけませんね。まるで盗人のようなことを」
チチオヤの表情を見て、ハハオヤは恥いるように顔を逸らせた。しかし、チチオヤは焦燥したようにがたりと立ち上がり、ハハオヤに詰め寄った。
「まさか、これを、指にはめたことはありませんね?他の誰にも触れさせたことは、ありませんね?」
ハハオヤはその剣幕に困惑した。
「ええ、はい、──どうして?」
チチオヤはほっとしたように息を吐き、椅子に座り直した。
「……この指輪には──非常に強力な呪いが込められています。身につけた者の──命を蝕む類いの呪いです」
ハハオヤは息を呑んだ。
「まさか──なぜそんな呪いが?では──モーフィンは、どうなったのです?」
「わかりません……ですが、モーフィン・ゴーントは、マグルに──非魔法使いのことですが──マグルに危害を加えた咎で、アズカバンという監獄で終身刑を言い渡されています。今もそこにいるはずです」
「そうですか──」
ハハオヤは、言葉を飲み込むように息を漏らし、指輪を恐々と見つめた。チチオヤはハハオヤを見つめた。
「……差し出がましいことですが、お嫌でなければ、私が指輪を預かりましょうか?呪いを解く──ことができるかは、分かりませんが……」
「……そうですね。私が持っていても、どうにもできませんもの。ごめんなさい、押し付けるようなことを」
「とんでもない!──あなたとまたお会いする口実ができた」
チチオヤは安心させるようににっこり笑った。奇しくも、ナマエはその仕草を見て、父親と自分が似ているのかもしれないと初めて思った。ハハオヤもふっと顔を緩めた。
「きっと、またお話ししにいらしてください」
「ええ、すぐに来ます──今夜にでも……」
「──ナマエ、ここまでのようじゃ」
ダンブルドアがそう言って、ナマエの肘をぐいと引いた。次の瞬間、二人は無重力の暗闇の中を舞い上がり、やがて、ダンブルドアの部屋に、正確に着地した。ナマエはダンブルドアを見上げた。
「ダンブルドア先生、今のは──俺の両親が出会ったときの記憶、ですよね?」
ダンブルドアは今見たものを噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
「きみが、『秘密の部屋』から戻ってきた夜に、わしに話してくれたじゃろう。きみの母君は、スリザリンの血筋だと」
「はい」
「きみは、ゴーント家がどういうものか知っているかね?」
「スリザリンの直系で──トム・リドル──例のあの人も、その子孫だと」
「さよう。モーフィン・ゴーントの妹、メローピー・ゴーントこそ、ヴォルデモートの母親じゃ」
ナマエは、その名前を聞いて身震いした。しかし同時に、ナマエが自分の血筋をハリーに打ち明けた時に、ハリーが「ヴォルデモートおじさん」と言ったのを思い出して、奇妙な気持ちになった。
「わしは長い年月をかけて──今もじゃが、ヴォルデモートに関する記憶を集めておる。そして、きみの話を聞いて……チチオヤにも、協力を得ることができた。──この記憶は、きみにも見せることを条件に、わしも見る許可を得たのじゃ」
「でも、先生にとって、この記憶が何の役に立つのですか?あの指輪が、ヴォ──ヴォルデ、モート……に、関係していると?」
ナマエが恐る恐る名を口にした。ダンブルドアは優しく笑った。
「わしはそう考えておる」
ダンブルドアは篩を両手で持ち、揺らした。中の銀白色の物体が揺らめき、さまざまな風景が垣間見えた。ナマエが黙ってダンブルドアの言葉を待っていると、ダンブルドアは篩からナマエに目を向けた。
「じゃが……まだ、これ以上は語るほどの確信のない推量にすぎぬ。事実、わしは多くの者より──不遜な言い方じゃが、並外れて賢い。それゆえに誤りもより大きくなりがちじゃ。ナマエ──ここで見た記憶は、チチオヤ以外に口外するでないぞ」
ナマエは目を瞬いた。ダンブルドアが、一瞬だけ、急に老け込んだように見えたのだ。
「はい──えっと、すみません。ハリーにも?」
ナマエはおずおず聞いた。
「さよう、この記憶はチチオヤのものじゃ」
ダンブルドアが答えた。
「わかりました。あの──ありがとうございました、先生」
ダンブルドアは、ナマエを見透かすように瞳をキラキラさせて微笑んだ。
ナマエは校長室を出て、歩き出した。さっき見た記憶を何度も思い出して、細部まで記憶に留めようとした。
もう日は高く昇り、昼食の時間を過ぎていた。ハッと気がつくと、ナマエは無意識に大広間に戻っていた。
グリフィンドールのテーブルに目をやると、ハリー、ロン、ハーマイオニーが横並びに座っていた。ハーマイオニーは、昨晩のような真っ直ぐな髪ではなく、いつものふわふわ頭になっていた。ナマエはセドリックの伝言をハリーに伝えていないことを思い出して、三人の席に向かった。
「よう」
ナマエが声をかけると、ハリーが顔を上げて「やあ」と答えた。ロンはナマエと目が合うとぎこちなく頷いて、ハーマイオニーはニコッと笑ったが、すぐに顔を逸らした。少し耳が赤くなっているような気がした。ナマエはぎこちない空気を取り繕うように笑った。
「アー、ハリー。ちょっと来てくれないか。ヘドウィグを借りたいんだ──」
ナマエはハリーに目配せした。ハリーは頷いた。
「すぐ食べるよ、待ってて」
ハリーはそう言ってチキン・キャセロールを自分の皿に盛った。ナマエはハリーたちの向かいに座って、ハリーが食べ終わるのを待つことにした。ふと、ハーマイオニーに目線を戻した。
「──髪の毛、元に戻したんだ?」
「ああ──ええ、昨日は『スリーク・イージーの直毛薬』を使ってたのよ。だけど、面倒くさくって、とても毎日やる気にならないわ」
「そう……」
ナマエは、なぜかほっとしたような気持ちになった。ナマエは頬杖をついて、顔が赤くなっているのを少しでも隠そうとした。ハーマイオニーは自分の髪を手で撫で付けて、諦めたように笑った。
「あなたは髪が真っ直ぐで、羨ましいわ」
「……俺は──あんたのふわふわした髪の方が好きだけど」
ナマエがぽつりとそう言うと、ハーマイオニーは口をもごもごさせて俯いた。それを見たロンは、一瞬ぽかんとしてから、からかうように笑って言った。
「あはは!ハーマイオニー、真に受けることないぜ。ナマエは根っからキザなんだ!」
「──真に受けてくれなきゃ困る」
ナマエがムッと言い返したが、ハリーがガチャンと食器を置いて遮るように立ち上がった。
「お待たせ、行こう。ナマエ」
「ああ……」
ナマエとハリーは大広間を出てふくろう小屋に歩き出した。
「ロン、まだ俺に腹を立ててるのか?」
ナマエが言った。
「え?ああ、まあ──ハーマイオニーにとやかく言うのはやめたみたいだね」
ハリーが曖昧に言うと、ナマエは目を丸くした。
「ハーマイオニー?──まさか、ロンもダンスを申し込んでたのか」
「まあ、ウーン……そうなるのかな──ロンは……ハーマイオニーがクラムと踊るのが気に食わなかったみたい。──君こそ、なんでフラーと踊ってたの?」
西塔への階段を上りながら、ハリーは出し抜けに尋ねた。ナマエは歯切れ悪く答えた。
「えっと……向こうから、申し込まれたんだ。それで──その……アー、あんただからこの際、正直に言うよ。ハーマイオニーがクラムと踊るってわかってたから……フラーと踊れば、その、近くにいられるかなって……」
今度はハリーが目をぱちくりさせて、奇妙なものを見るようにナマエを眺めた。
「君、ちょっと……健気すぎるんじゃない?──僕は、チョウがセドリックと二人でいるところなんか、ちっとも見たくなかったよ……」
ハリーとナマエは、お互いに決まりの悪そうな顔をして、それがおかしくなって笑った。ハリーと女の子の話をするのは、不思議な感覚だった。
ふくろう小屋は雪が入り込んで、隙間風で凍えるような寒さだった。ヘドウィグがはたはたとハリーの肩に降りて、誇り高く「ホーッ」と一声鳴いた。
「それで、ヘドウィグをどこへやるんだい?」
「アー、そうだったな……親父に手紙を送りたくて」
ナマエは、ハリーを連れ出す口実にヘドウィグの名前を出しただけだったが、父親に手紙を送ってもいいだろうという気持ちになった。
ナマエは、第一の課題のときに父親に会ったこと、クリスマスプレゼントをもらったことをハリーに話した。ダンブルドアの言いつけ通り、憂いの篩については触れなかった。ハリーはナマエの耳をまじまじと見た。
「それ、プレゼントだったんだ。よかったね」
「似合うだろ?」
「うん……ウィーズリーおばさんは嫌がりそうだけど」
ナマエは笑って、ポケットからくしゃくしゃの羊皮紙を一枚取り出して杖で叩いた。じわりと黒いインクが浮かび上がり、「クリスマスプレゼントありがとう」という短い文が作られた。ナマエはそれをヘドウィグの足にくくりつけた。
「頼むよ、ヘドウィグ」
ナマエとハリーの指を甘噛みして、ヘドウィグは飛び立った。ヘドウィグの真っ白な体は、雪景色に溶け込んですぐに見えなくなった。来た道を戻った。ナマエは周りに人がいないことを確認して、ハリーに話しかけた。
「──ハリー、第二の課題の謎は解けたのか?卵がヒントなんだろ?」
「ああ……本当にさっぱり。卵を開くと泣き叫ぶんだ……マンドレイクとか、バンシーみたいに。──ねえ、持ってくるから、こっそり聞いてみてくれない?」
ハリーは困り果てたように言った。ナマエは眉を下げた。
「あの──俺……パーティーの時に、セドリックからあんたに伝言を頼まれたんだ」
「セドリックから?」
ハリーは露骨に嫌そうな声を上げた。
「うん。──卵を持って風呂に入れ。そして──えーと、監督生の風呂場がある。六階の『ボケのボリス』の像の左側、四つ目のドア。合言葉は『パイン・フレッシュ、松の香爽やか』」
ナマエはセドリックの言葉を思い出しながら口にした。ハリーは困惑したような、怒ったような顔をした。
「どういうこと?セドリックは僕をからかってるつもりかい?」
「知らないけど、あんたに借りがあるからって。どういう意味だ?」
ナマエが肩をすくめると、ハリーは呻いた。
「ああ……セドリックにドラゴンのことを教えたんだ。フラーとクラムも知ってたから、その──フェアじゃない気がして」
ハリーはそうしたのを後悔するように言った。ナマエはハリーの肩を叩いた。
「そういうの、あんたのいいところだよ」
ハリーはうなだれたままだった。ナマエはふふっと笑った。
「俺に褒められても嬉しくないって?」
「……君こそ──僕より、ハーマイオニーにかっこいいって思われたいんじゃない?」
ハリーが言い返すと、ナマエはきょとんとしてから悪戯っぽく笑った。
「ふぅん、ハリーは俺のことをかっこいいと思ってるのか」
ハリーはおえーっと吐くふりをして笑った。
「やっぱりロンの言うとおり、君はきざっぽいよ」
──早すぎただろうか。
ナマエは校長室の前のガーゴイル像を見つめた。話にはここが校長室だと聞いていたが、どうすれば中に入れるのかさっぱりわからなかった。ナマエがガーゴイルとにらめっこしていると、背後から穏やかな声がした。
「おはよう、ナマエ。パーティは楽しめたかね?」
振り返ると、ダンブルドアがいた。ナマエはびっくりして飛び上がった。ダンブルドアはフォッフォッと笑った。
「先生!」
「どうやら、元気なようじゃの。さあ、おいで──『ゴキブリ・ゴソゴソ豆板』」
ダンブルドアが唱えると、ガーゴイルが飛びのき、背後の壁が二つに割れた。二人はそこに現れた動く螺旋階段に乗り、滑らかな円を描きながら上に運ばれて、真鍮のドア・ノッカーがついたダンブルドアの校長室の扉の前に出た。
ナマエはダンブルドアに続いて中に入った。円形の校長室の壁には歴代校長の魔女や魔法使いの肖像画があり、額の中で居眠りしていた。ダンブルドアの不死鳥は、止まり木からキラキラと興味深げにナマエを見ていた。
ダンブルドアのピカピカの机の上に、浅い石の水盆が置かれていた。縁にぐるりと不思議な彫り物が施してある。銀の光は、水盆の中から射している。中には液体なのか、気体なのか、明るい白っぽい銀色の物質が、絶え間なく動いている。ナマエがそれを見つめていると、ダンブルドアが言った。
「これは、『憂いの篩』──ペンシーブじゃ。ここに、きみが父君にもらったものを注いでみなさい」
ナマエは言われた通り、小瓶に入った銀色の不思議な物質を盆に注いで、中を覗き込んだ。不可思議な物質の表面を通して見えたのは、ナマエの知らない街並みだった。
「チチオヤはわしに、きみと共にチチオヤの記憶の小道を辿ることを許してくれた──準備は良いかな?」
「はい」
何の準備かはわからなかったが、ナマエは即答した。
「では、先に行くが良い。その水盆に顔をつけるのじゃ」
ナマエは言われるがまま、前屈みになり、銀色の物質の中に顔を突っ込んだ。両足が校長室の床を離れるのを感じた。渦巻く闇の中を、下へ、下へと落ちていった。
そして、突然の眩しい陽の光に、ナマエは目を瞬いた。目が慣れないうちに、ダンブルドアがナマエの傍らに降り立った。
二人はマグルの街中に立っていた。道の両側に建物が立ち並び、まばらに人が行き交っていた。ナマエは、夏休みの初日にチチオヤに連れられて行った、シリウスが捕まった場所に似ていると思った。
「──ここはチチオヤの記憶の中じゃ」
ダンブルドアが言った。二人の二、三メートル先の路地に、男が歩いていた。──チチオヤだ。ワールドカップのときに見たグレーのフロックコートを着て、黒い革手袋をはめている。ナマエのよく知っている眉間に刻まれた皺はなく、生き生きと野心的な顔つきに見えた。すると、チチオヤの行手から、大声で、焦ったように叫んでいる男の声がした。
「どうかしてるぞ、こんなに気味の悪い女を店に置くなんて!」
マグルの小太りの男が、店の前の狭い歩道で喚き散らしていた。その先には、尻餅をついたような格好で地面に座り込んでいる女性と、その周りにクサリヘビがいた。蛇は男に「立ち去れ!」と叫んで牙を剥いていた。
「うわっ、よせ!この薄気味悪いヘビをひっこめろ!」
「──何をしているんです」
チチオヤが静かに割って入った。男はチチオヤと蛇を見比べて、何か言いたそうに口をパクパクさせたが、舌打ちをして、荒々しく歩き去った。
チチオヤは男の後ろ姿を一瞥してから、座り込んでいる女性に手を差し伸べて、話しかけた。
「蛇の言葉がわかるのですね」
チチオヤは柔和な笑顔を浮かべていた。女性は手を取らず、じっとチチオヤを見た。チチオヤはちらっと建物に目をやった。寂れたティールームの扉が開きっぱなしになっていた。
「ここで紅茶をいただいても?」
女性は手を借りずに立ち上がり、返事の代わりにチチオヤを睨みつけた。蛇も、今度はチチオヤに向かって威嚇した。
「……あなたは──魔法使いね?」
母だ、とナマエは直感した。ハハオヤは、黒い絹のような髪ををひとまとめに結いあげていた。質の悪そうな前掛けの泥を払い、ハハオヤはチチオヤにさっと頭を下げた。そのまま顔を上げず、冷たい声音で言った。
「──先ほどのことはお礼申し上げます。でも、帰ってください。私は魔法使いが嫌いなの。とくに、男の人の魔法使いが」
チチオヤは笑顔を崩して、眉を下げた。
「──あなたは誤解している」
「いいえ、していません。私自身がそれを証明しています」
「証明、というと──?」
チチオヤが尋ねると、蛇が彼女を守るように間に立った。ハハオヤはチチオヤには答えず、蛇に「ありがとう、下がっていてね」と告げた。蛇はチチオヤを睨め付けながらゆっくりと体をくねらせ、排水溝に姿を消した。チチオヤはハハオヤの姿を感心したように見ていた。ナマエは、チチオヤにはハハオヤの言葉がシューシューという蛇の息遣いにしか聞こえないのだろうと気がついた。
ハハオヤはチチオヤをじっと観察して言った。
「……私が蛇と話すと──皆、気味悪がります。母は癇癪を起こしていました。──生前の話ですが」
ハハオヤは、そうしないチチオヤにほんの少し警戒心を緩めたように見えた。ハハオヤはほんの少し迷って、店に手を向けた。
「──どうぞ、今は店主も他の客もおりません。あの子達以外には」
ハハオヤは蛇が潜んでいる排水溝をちらりと見て、むっつりと牽制するように言った。チチオヤはにこりと笑った。
ナマエとダンブルドアも店の中に入った。寂れた飲食店のようだった。小さなボックス席が二席と、カウンターしかないこぢんまりとした店内で、チチオヤはカウンターに腰掛けた。
ハハオヤが紅茶を淹れて差し出した。
「なぜ、魔法使いを嫌うのか──お聞きしても?」
チチオヤは手袋をはめたまま、カップを受け取って尋ねた。ハハオヤは眉根を寄せた。「しつこい」、はっきり顔にそう書いてあるようだった。
「私の母は、貴方がたのような魔法使いに──一方的に乱暴されました。私が生まれたのは、そのせいです」
ハハオヤは突き放すように淡々と告げた。ナマエは驚き、思わずダンブルドアを見上げたが、ダンブルドアは神妙に二人を見つめていた。
「それは── すみません、私は──なんという無神経なことを」
チチオヤは失言に焦ったように、ガシャッと音を立ててカップを置き、深々と頭を下げた。ハハオヤはため息をついた。諦めたようにも、目の前の男に同情したようにも感じた。
「いいえ、こちらこそ──実は、魔法使いに会ったのは初めてなんです。だから、当てつけでした。すみません」
ハハオヤも眉を下げて、かすかに笑った。ナマエは不思議な気持ちで二人の様子を見ていた。チチオヤが店に入る前に発していたギラギラした威圧感も、ハハオヤの冷たい壁も消え失せ、二人はささやかに心を通わせているように感じた。それから二人は、それぞれの仕事や、生活の話をぽつりぽつりと穏やかに語り合っていた。
「──私の母はリトル・ハングルトンにある屋敷に出入りする、小間使いだったと聞いています。父親は面識もない、誰だかわからない暴漢だと」
「でも、この子たちが私に教えてくれました。私の父は──モーフィン・ゴーント、彼は魔法使い。彼もまた、私と同じように蛇と会話ができるのだと」
チチオヤは聞き入るように深く頷いた。その目はに再び、鷹のような鋭い光がギラギラ燃えていた。
「でも……彼に、娘がいると言う自覚があるのかはわかりません。今どこにいるのか、生きているのかも知りません」
「私は、ひと目見てみたくなったのです。父がどんな姿で、どんな暮らしをしているのか」
「モーフィンを知っていると言う蛇に案内してもらいました。ひどい場所だった……まるで朽ちた豚小屋のようでした。とても人が住める場所ではありませんでした。でも、そこで──あるものを見つけました」
ハハオヤはポケットから小さな巾着袋を取り出して、カウンターの上で口を開いた。巾着からは、黒い石が付いた大きな金の指輪が転がり出てきた。すると、チチオヤはあっと声を上げた。目には興奮の色が窺えた。ナマエはわけがわからず、ふとダンブルドアを見上げると、ダンブルドアのブルーの瞳も指輪に釘付けになっていた。
「この指輪は──」
チチオヤは高揚を押し殺すように呟いた。しかし、指輪を見つめるチチオヤは次第に険しい顔つきになった。
「モーフィンがつけているのを見た、という子がいたんです。それで──いえ、いけませんね。まるで盗人のようなことを」
チチオヤの表情を見て、ハハオヤは恥いるように顔を逸らせた。しかし、チチオヤは焦燥したようにがたりと立ち上がり、ハハオヤに詰め寄った。
「まさか、これを、指にはめたことはありませんね?他の誰にも触れさせたことは、ありませんね?」
ハハオヤはその剣幕に困惑した。
「ええ、はい、──どうして?」
チチオヤはほっとしたように息を吐き、椅子に座り直した。
「……この指輪には──非常に強力な呪いが込められています。身につけた者の──命を蝕む類いの呪いです」
ハハオヤは息を呑んだ。
「まさか──なぜそんな呪いが?では──モーフィンは、どうなったのです?」
「わかりません……ですが、モーフィン・ゴーントは、マグルに──非魔法使いのことですが──マグルに危害を加えた咎で、アズカバンという監獄で終身刑を言い渡されています。今もそこにいるはずです」
「そうですか──」
ハハオヤは、言葉を飲み込むように息を漏らし、指輪を恐々と見つめた。チチオヤはハハオヤを見つめた。
「……差し出がましいことですが、お嫌でなければ、私が指輪を預かりましょうか?呪いを解く──ことができるかは、分かりませんが……」
「……そうですね。私が持っていても、どうにもできませんもの。ごめんなさい、押し付けるようなことを」
「とんでもない!──あなたとまたお会いする口実ができた」
チチオヤは安心させるようににっこり笑った。奇しくも、ナマエはその仕草を見て、父親と自分が似ているのかもしれないと初めて思った。ハハオヤもふっと顔を緩めた。
「きっと、またお話ししにいらしてください」
「ええ、すぐに来ます──今夜にでも……」
「──ナマエ、ここまでのようじゃ」
ダンブルドアがそう言って、ナマエの肘をぐいと引いた。次の瞬間、二人は無重力の暗闇の中を舞い上がり、やがて、ダンブルドアの部屋に、正確に着地した。ナマエはダンブルドアを見上げた。
「ダンブルドア先生、今のは──俺の両親が出会ったときの記憶、ですよね?」
ダンブルドアは今見たものを噛み締めるように、ゆっくりと頷いた。
「きみが、『秘密の部屋』から戻ってきた夜に、わしに話してくれたじゃろう。きみの母君は、スリザリンの血筋だと」
「はい」
「きみは、ゴーント家がどういうものか知っているかね?」
「スリザリンの直系で──トム・リドル──例のあの人も、その子孫だと」
「さよう。モーフィン・ゴーントの妹、メローピー・ゴーントこそ、ヴォルデモートの母親じゃ」
ナマエは、その名前を聞いて身震いした。しかし同時に、ナマエが自分の血筋をハリーに打ち明けた時に、ハリーが「ヴォルデモートおじさん」と言ったのを思い出して、奇妙な気持ちになった。
「わしは長い年月をかけて──今もじゃが、ヴォルデモートに関する記憶を集めておる。そして、きみの話を聞いて……チチオヤにも、協力を得ることができた。──この記憶は、きみにも見せることを条件に、わしも見る許可を得たのじゃ」
「でも、先生にとって、この記憶が何の役に立つのですか?あの指輪が、ヴォ──ヴォルデ、モート……に、関係していると?」
ナマエが恐る恐る名を口にした。ダンブルドアは優しく笑った。
「わしはそう考えておる」
ダンブルドアは篩を両手で持ち、揺らした。中の銀白色の物体が揺らめき、さまざまな風景が垣間見えた。ナマエが黙ってダンブルドアの言葉を待っていると、ダンブルドアは篩からナマエに目を向けた。
「じゃが……まだ、これ以上は語るほどの確信のない推量にすぎぬ。事実、わしは多くの者より──不遜な言い方じゃが、並外れて賢い。それゆえに誤りもより大きくなりがちじゃ。ナマエ──ここで見た記憶は、チチオヤ以外に口外するでないぞ」
ナマエは目を瞬いた。ダンブルドアが、一瞬だけ、急に老け込んだように見えたのだ。
「はい──えっと、すみません。ハリーにも?」
ナマエはおずおず聞いた。
「さよう、この記憶はチチオヤのものじゃ」
ダンブルドアが答えた。
「わかりました。あの──ありがとうございました、先生」
ダンブルドアは、ナマエを見透かすように瞳をキラキラさせて微笑んだ。
ナマエは校長室を出て、歩き出した。さっき見た記憶を何度も思い出して、細部まで記憶に留めようとした。
もう日は高く昇り、昼食の時間を過ぎていた。ハッと気がつくと、ナマエは無意識に大広間に戻っていた。
グリフィンドールのテーブルに目をやると、ハリー、ロン、ハーマイオニーが横並びに座っていた。ハーマイオニーは、昨晩のような真っ直ぐな髪ではなく、いつものふわふわ頭になっていた。ナマエはセドリックの伝言をハリーに伝えていないことを思い出して、三人の席に向かった。
「よう」
ナマエが声をかけると、ハリーが顔を上げて「やあ」と答えた。ロンはナマエと目が合うとぎこちなく頷いて、ハーマイオニーはニコッと笑ったが、すぐに顔を逸らした。少し耳が赤くなっているような気がした。ナマエはぎこちない空気を取り繕うように笑った。
「アー、ハリー。ちょっと来てくれないか。ヘドウィグを借りたいんだ──」
ナマエはハリーに目配せした。ハリーは頷いた。
「すぐ食べるよ、待ってて」
ハリーはそう言ってチキン・キャセロールを自分の皿に盛った。ナマエはハリーたちの向かいに座って、ハリーが食べ終わるのを待つことにした。ふと、ハーマイオニーに目線を戻した。
「──髪の毛、元に戻したんだ?」
「ああ──ええ、昨日は『スリーク・イージーの直毛薬』を使ってたのよ。だけど、面倒くさくって、とても毎日やる気にならないわ」
「そう……」
ナマエは、なぜかほっとしたような気持ちになった。ナマエは頬杖をついて、顔が赤くなっているのを少しでも隠そうとした。ハーマイオニーは自分の髪を手で撫で付けて、諦めたように笑った。
「あなたは髪が真っ直ぐで、羨ましいわ」
「……俺は──あんたのふわふわした髪の方が好きだけど」
ナマエがぽつりとそう言うと、ハーマイオニーは口をもごもごさせて俯いた。それを見たロンは、一瞬ぽかんとしてから、からかうように笑って言った。
「あはは!ハーマイオニー、真に受けることないぜ。ナマエは根っからキザなんだ!」
「──真に受けてくれなきゃ困る」
ナマエがムッと言い返したが、ハリーがガチャンと食器を置いて遮るように立ち上がった。
「お待たせ、行こう。ナマエ」
「ああ……」
ナマエとハリーは大広間を出てふくろう小屋に歩き出した。
「ロン、まだ俺に腹を立ててるのか?」
ナマエが言った。
「え?ああ、まあ──ハーマイオニーにとやかく言うのはやめたみたいだね」
ハリーが曖昧に言うと、ナマエは目を丸くした。
「ハーマイオニー?──まさか、ロンもダンスを申し込んでたのか」
「まあ、ウーン……そうなるのかな──ロンは……ハーマイオニーがクラムと踊るのが気に食わなかったみたい。──君こそ、なんでフラーと踊ってたの?」
西塔への階段を上りながら、ハリーは出し抜けに尋ねた。ナマエは歯切れ悪く答えた。
「えっと……向こうから、申し込まれたんだ。それで──その……アー、あんただからこの際、正直に言うよ。ハーマイオニーがクラムと踊るってわかってたから……フラーと踊れば、その、近くにいられるかなって……」
今度はハリーが目をぱちくりさせて、奇妙なものを見るようにナマエを眺めた。
「君、ちょっと……健気すぎるんじゃない?──僕は、チョウがセドリックと二人でいるところなんか、ちっとも見たくなかったよ……」
ハリーとナマエは、お互いに決まりの悪そうな顔をして、それがおかしくなって笑った。ハリーと女の子の話をするのは、不思議な感覚だった。
ふくろう小屋は雪が入り込んで、隙間風で凍えるような寒さだった。ヘドウィグがはたはたとハリーの肩に降りて、誇り高く「ホーッ」と一声鳴いた。
「それで、ヘドウィグをどこへやるんだい?」
「アー、そうだったな……親父に手紙を送りたくて」
ナマエは、ハリーを連れ出す口実にヘドウィグの名前を出しただけだったが、父親に手紙を送ってもいいだろうという気持ちになった。
ナマエは、第一の課題のときに父親に会ったこと、クリスマスプレゼントをもらったことをハリーに話した。ダンブルドアの言いつけ通り、憂いの篩については触れなかった。ハリーはナマエの耳をまじまじと見た。
「それ、プレゼントだったんだ。よかったね」
「似合うだろ?」
「うん……ウィーズリーおばさんは嫌がりそうだけど」
ナマエは笑って、ポケットからくしゃくしゃの羊皮紙を一枚取り出して杖で叩いた。じわりと黒いインクが浮かび上がり、「クリスマスプレゼントありがとう」という短い文が作られた。ナマエはそれをヘドウィグの足にくくりつけた。
「頼むよ、ヘドウィグ」
ナマエとハリーの指を甘噛みして、ヘドウィグは飛び立った。ヘドウィグの真っ白な体は、雪景色に溶け込んですぐに見えなくなった。来た道を戻った。ナマエは周りに人がいないことを確認して、ハリーに話しかけた。
「──ハリー、第二の課題の謎は解けたのか?卵がヒントなんだろ?」
「ああ……本当にさっぱり。卵を開くと泣き叫ぶんだ……マンドレイクとか、バンシーみたいに。──ねえ、持ってくるから、こっそり聞いてみてくれない?」
ハリーは困り果てたように言った。ナマエは眉を下げた。
「あの──俺……パーティーの時に、セドリックからあんたに伝言を頼まれたんだ」
「セドリックから?」
ハリーは露骨に嫌そうな声を上げた。
「うん。──卵を持って風呂に入れ。そして──えーと、監督生の風呂場がある。六階の『ボケのボリス』の像の左側、四つ目のドア。合言葉は『パイン・フレッシュ、松の香爽やか』」
ナマエはセドリックの言葉を思い出しながら口にした。ハリーは困惑したような、怒ったような顔をした。
「どういうこと?セドリックは僕をからかってるつもりかい?」
「知らないけど、あんたに借りがあるからって。どういう意味だ?」
ナマエが肩をすくめると、ハリーは呻いた。
「ああ……セドリックにドラゴンのことを教えたんだ。フラーとクラムも知ってたから、その──フェアじゃない気がして」
ハリーはそうしたのを後悔するように言った。ナマエはハリーの肩を叩いた。
「そういうの、あんたのいいところだよ」
ハリーはうなだれたままだった。ナマエはふふっと笑った。
「俺に褒められても嬉しくないって?」
「……君こそ──僕より、ハーマイオニーにかっこいいって思われたいんじゃない?」
ハリーが言い返すと、ナマエはきょとんとしてから悪戯っぽく笑った。
「ふぅん、ハリーは俺のことをかっこいいと思ってるのか」
ハリーはおえーっと吐くふりをして笑った。
「やっぱりロンの言うとおり、君はきざっぽいよ」