炎のゴブレット
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホグワーツから帰ったナマエは、キングスクロス駅でチチオヤに迎えられていた。
父親が息子を迎えに来たというごく当たり前の光景だが、ナマエにとっては青天の霹靂、初めてのことだった。
まず第一に、チチオヤはマグルを快く思っていない。マグルが大勢行き交う駅に出向くなんて、考えられないことだった。そして第二に──チチオヤはナマエに関わりたがらない。
チチオヤは顔を隠すように黒い帽子を被り、まるでマグルの初老の紳士のような格好をしていた。
「ついて来い」
チチオヤは短く告げて歩き出した。ナマエは慌ててトランクを持ち上げ、後を追った。
二人はキングスクロス駅を出た。大通りを通り過ぎ、だんだん人通りがなくなってきた。細い道を歩き、人通りのない路地裏に入り込むと、チチオヤが呟いた。
「シノビー」
どこからともなくパチンと指を鳴らす音がして、屋敷しもべ妖精が煙のように現れた。
「旦那さま、シノビーが参りました」
「ナマエを連れてこい」
チチオヤはシノビーを見もせずに言うと、さっさと「姿くらまし」でいなくなってしまった。シノビーはナマエを見上げて手を差し出した。
「──ナマエさま、どうぞお手を」
「どこに行くんだ?」
ナマエは手を差し出しながら尋ねた。シノビーはもごもごと曖昧な声を出してからその手をうやうやしく握り、空いている手を掲げ、指を鳴らした。
目まぐるしく景色が変わり、身体中があちこちに引っ張られる感覚ののちに、ナマエは再び地面に着地した。
暗くて狭い。建物と建物の間の路地についたようだった。シノビーは再び指を鳴らしてその場を去った。ナマエはチチオヤについて大通りに出ると、そこは見たところ、マグルの街中だった。広い通りの両面に店が並び、歩道にはマグル学の授業で見た「地下鉄」に降りる階段があった。
「──ここは?」
ナマエが尋ねた。
「シリウス・ブラックが捕まった場所だ」
ナマエは息を呑んだ。
シリウス・ブラック。ポッター夫妻を闇の帝王に差し出し、十二人のマグルとピーター・ペテグリューを爆殺した罪を着せられてその場で捕まった。実際は全てペテグリューの犯行で、シリウスは無実だったのだ。
現在、ペテグリューは行方をくらませているが、ハリーは占い学のトレローニー先生の「闇の帝王のしもべが再び馳せ参ずる」という予言を聞いたと言う。この予言が真実なら、ペテグリューは今、闇の帝王と共にあるということだ。
とにかく、シリウスが捕まった場所だと言うことは、ペテグリューの犯行現場で、そして──ナマエの母親の死に所でもあるということだった。ナマエの心臓は主張を強めた。
チチオヤは通りの角を指差した。そこは他と違って店ではなく、倉庫のような人気のない建物が立っていた。建物の前には小さな石碑があり、花束がちらほら地面に並べられていた。
ナマエは近づいて碑文を読んだ。
「が……『ガス爆発事故の犠牲者、安らかに』」
そう銘打たれた碑文の下には、ずらりと犠牲者の名前が記されていた。
「お前の母親はここで殺された。爆発に巻き込まれたマグルのうちの一人だ。そこに名前があるだろう」
ナマエはもう一度石碑に目をやった。そして、その名前を見つけた。目頭が燃えるようだった。──ハハオヤ・ミョウジ。
チチオヤはいつの間にか手に花束を持っていた。白いカメリアの花束だった。チチオヤはそれを碑の前に優しく供えた。
ナマエがチチオヤを見上げると、突然ぎゅっと頭を押さえつけられるように、空中から現れたキャスケットがナマエの頭を深く覆った。
「なに、」
ナマエがよろめいて後ずさると、何かを踏みつけた。チラシのようだった。チチオヤはそれを指差したので、ナマエは訝しみながら拾い上げた。
──行方知れずの赤ちゃん、ナマエくんを探しています──。
ナマエは目を見開いた。おそらく自分であろう赤ん坊が微動だにせず微笑んでいる写真が添えられていた。その下にはマグルが使う電話番号と、住所が書き連ねてあった。
「──お前は赤子の頃、母親と一緒にマグルの世界で生きていた。魔法界は闇の帝王の全盛期だった」
ナマエは、何もかもを問いただしたい気持ちを押し殺して黙って聞いた。初めて父親から、母に関する「スリザリンの血筋だ」という以外の話を聞いたのだ。一言も聞き漏らすまいと思った。
「ハハオヤの父親はスリザリンの末裔──ゴーント家の男子だったが、ハハオヤの母は魔法使いを憎んでいた。だからハハオヤはマグルとして育てられた。そして幸い、ハハオヤに魔法使いの素質はなかった。ただ一つ、蛇と話せることだけがハハオヤの使える魔法だった」
ナマエは母親の得意な魔法を少しだけ受け継いでいた。ナマエは蛇語 を話せこそしないが、だいたいは理解できた。チチオヤは続けた。
「戦争が苛烈になるころ、私は彼女とその周囲のマグルに忘却術をかけた。私のこと、そして魔法界のことを忘れるように」
「…………」
「──しかし、ハハオヤの元にいたお前が死喰い人に攫われてしまった。ハハオヤはお前を探し歩いてここに現れ、そしてペテグリューに殺された」
ナマエは、チチオヤがハハオヤやナマエのことを戦争から遠ざけるような人間だったことに衝撃を受けた。いや、むしろもっと根本的に──あの純血主義者の父親の表情に、ほとんどマグル同然のハハオヤへの慈しみが浮かんでいたことに驚いたのだ。
「なぜ、母上は──母上と俺はどうして狙われたんだ」
ナマエが尋ねた。チチオヤはなぜ今、この話を自分に伝えているのかと言う疑問は飲み込んだ。
「気をつけろ」
チチオヤははっきりとした口調で言った。
「闇の帝王は──自分が凡庸であることを許さない。そして、復活を目論んでいる」
チチオヤは鋭い目でナマエを見た。ナマエが口を開こうとすると、チチオヤが遮った。
「話は以上だ。私は仕事に行かねばならん」
チチオヤはくるりと踵を返し、やってきた路地裏に歩き出した。いつもの冷たい背中だ。しかし、数歩進んでからその背がくるりとこちらを向いた。
「──お前、クィディッチは好きか」
「は?」
思いがけない台詞にナマエは思わず間抜けな声を出した。
「ワールドカップだ。良い席を用意してもらった。お前も来なさい」
「あ……わかった」
ナマエは戸惑いつつも即答した。父親にどこかへ誘われることなど、今までなかった。嬉しい気持ちの反面、息子の興味があるものすら知らない父親に寂しい気持ちになった。ナマエはクィディッチに興味がないのだ。
「どことどこの試合だっけ……」
ナマエは呟いたが、すでにチチオヤは姿くらましでその場を去った後だった。
父親が息子を迎えに来たというごく当たり前の光景だが、ナマエにとっては青天の霹靂、初めてのことだった。
まず第一に、チチオヤはマグルを快く思っていない。マグルが大勢行き交う駅に出向くなんて、考えられないことだった。そして第二に──チチオヤはナマエに関わりたがらない。
チチオヤは顔を隠すように黒い帽子を被り、まるでマグルの初老の紳士のような格好をしていた。
「ついて来い」
チチオヤは短く告げて歩き出した。ナマエは慌ててトランクを持ち上げ、後を追った。
二人はキングスクロス駅を出た。大通りを通り過ぎ、だんだん人通りがなくなってきた。細い道を歩き、人通りのない路地裏に入り込むと、チチオヤが呟いた。
「シノビー」
どこからともなくパチンと指を鳴らす音がして、屋敷しもべ妖精が煙のように現れた。
「旦那さま、シノビーが参りました」
「ナマエを連れてこい」
チチオヤはシノビーを見もせずに言うと、さっさと「姿くらまし」でいなくなってしまった。シノビーはナマエを見上げて手を差し出した。
「──ナマエさま、どうぞお手を」
「どこに行くんだ?」
ナマエは手を差し出しながら尋ねた。シノビーはもごもごと曖昧な声を出してからその手をうやうやしく握り、空いている手を掲げ、指を鳴らした。
目まぐるしく景色が変わり、身体中があちこちに引っ張られる感覚ののちに、ナマエは再び地面に着地した。
暗くて狭い。建物と建物の間の路地についたようだった。シノビーは再び指を鳴らしてその場を去った。ナマエはチチオヤについて大通りに出ると、そこは見たところ、マグルの街中だった。広い通りの両面に店が並び、歩道にはマグル学の授業で見た「地下鉄」に降りる階段があった。
「──ここは?」
ナマエが尋ねた。
「シリウス・ブラックが捕まった場所だ」
ナマエは息を呑んだ。
シリウス・ブラック。ポッター夫妻を闇の帝王に差し出し、十二人のマグルとピーター・ペテグリューを爆殺した罪を着せられてその場で捕まった。実際は全てペテグリューの犯行で、シリウスは無実だったのだ。
現在、ペテグリューは行方をくらませているが、ハリーは占い学のトレローニー先生の「闇の帝王のしもべが再び馳せ参ずる」という予言を聞いたと言う。この予言が真実なら、ペテグリューは今、闇の帝王と共にあるということだ。
とにかく、シリウスが捕まった場所だと言うことは、ペテグリューの犯行現場で、そして──ナマエの母親の死に所でもあるということだった。ナマエの心臓は主張を強めた。
チチオヤは通りの角を指差した。そこは他と違って店ではなく、倉庫のような人気のない建物が立っていた。建物の前には小さな石碑があり、花束がちらほら地面に並べられていた。
ナマエは近づいて碑文を読んだ。
「が……『ガス爆発事故の犠牲者、安らかに』」
そう銘打たれた碑文の下には、ずらりと犠牲者の名前が記されていた。
「お前の母親はここで殺された。爆発に巻き込まれたマグルのうちの一人だ。そこに名前があるだろう」
ナマエはもう一度石碑に目をやった。そして、その名前を見つけた。目頭が燃えるようだった。──ハハオヤ・ミョウジ。
チチオヤはいつの間にか手に花束を持っていた。白いカメリアの花束だった。チチオヤはそれを碑の前に優しく供えた。
ナマエがチチオヤを見上げると、突然ぎゅっと頭を押さえつけられるように、空中から現れたキャスケットがナマエの頭を深く覆った。
「なに、」
ナマエがよろめいて後ずさると、何かを踏みつけた。チラシのようだった。チチオヤはそれを指差したので、ナマエは訝しみながら拾い上げた。
──行方知れずの赤ちゃん、ナマエくんを探しています──。
ナマエは目を見開いた。おそらく自分であろう赤ん坊が微動だにせず微笑んでいる写真が添えられていた。その下にはマグルが使う電話番号と、住所が書き連ねてあった。
「──お前は赤子の頃、母親と一緒にマグルの世界で生きていた。魔法界は闇の帝王の全盛期だった」
ナマエは、何もかもを問いただしたい気持ちを押し殺して黙って聞いた。初めて父親から、母に関する「スリザリンの血筋だ」という以外の話を聞いたのだ。一言も聞き漏らすまいと思った。
「ハハオヤの父親はスリザリンの末裔──ゴーント家の男子だったが、ハハオヤの母は魔法使いを憎んでいた。だからハハオヤはマグルとして育てられた。そして幸い、ハハオヤに魔法使いの素質はなかった。ただ一つ、蛇と話せることだけがハハオヤの使える魔法だった」
ナマエは母親の得意な魔法を少しだけ受け継いでいた。ナマエは
「戦争が苛烈になるころ、私は彼女とその周囲のマグルに忘却術をかけた。私のこと、そして魔法界のことを忘れるように」
「…………」
「──しかし、ハハオヤの元にいたお前が死喰い人に攫われてしまった。ハハオヤはお前を探し歩いてここに現れ、そしてペテグリューに殺された」
ナマエは、チチオヤがハハオヤやナマエのことを戦争から遠ざけるような人間だったことに衝撃を受けた。いや、むしろもっと根本的に──あの純血主義者の父親の表情に、ほとんどマグル同然のハハオヤへの慈しみが浮かんでいたことに驚いたのだ。
「なぜ、母上は──母上と俺はどうして狙われたんだ」
ナマエが尋ねた。チチオヤはなぜ今、この話を自分に伝えているのかと言う疑問は飲み込んだ。
「気をつけろ」
チチオヤははっきりとした口調で言った。
「闇の帝王は──自分が凡庸であることを許さない。そして、復活を目論んでいる」
チチオヤは鋭い目でナマエを見た。ナマエが口を開こうとすると、チチオヤが遮った。
「話は以上だ。私は仕事に行かねばならん」
チチオヤはくるりと踵を返し、やってきた路地裏に歩き出した。いつもの冷たい背中だ。しかし、数歩進んでからその背がくるりとこちらを向いた。
「──お前、クィディッチは好きか」
「は?」
思いがけない台詞にナマエは思わず間抜けな声を出した。
「ワールドカップだ。良い席を用意してもらった。お前も来なさい」
「あ……わかった」
ナマエは戸惑いつつも即答した。父親にどこかへ誘われることなど、今までなかった。嬉しい気持ちの反面、息子の興味があるものすら知らない父親に寂しい気持ちになった。ナマエはクィディッチに興味がないのだ。
「どことどこの試合だっけ……」
ナマエは呟いたが、すでにチチオヤは姿くらましでその場を去った後だった。