アズカバンの囚人
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「闇の魔術に対する防衛術」は、たちまちほとんど全生徒の一番人気の授業になり、「魔法生物飼育学」の授業は、最初のあの大活劇のあと、とてつもなくつまらないものになった。レタス食い虫の世話をするだけの授業を、誰も心から好きにはなれなかった。ハグリッドは自信を失ったらしい。ナマエと顔を合わせるたび、ハグリッドはさめざめと謝罪をした。ナマエは毎回、丁寧にハグリッドをはげました。
マルフォイは、ナマエが怪我をしてから、いつもよりも大人しくしているようだった。しかし、ナマエの包帯が取れたあたりから、また元気にハリーの前で吸魂鬼の真似をするようになっていた。
ナマエの腕はほとんど以前と変わらない状態にまで戻っていた。傷跡は、よく見るとうすくミミズ腫れが残っていたが、ほとんど気にならなかった。
ナマエは午前の授業を終えてハーマイオニーと二人で大広間に向かった。二人で「古代ルーン文字学」の復習をしながら、グリフィンドールのテーブルで昼食を食べることにした。
席についてしばらくすると、なんとなく誰かに見られている気がした。パドマの双子の姉妹、パーバディと、ラベンダー・ブラウンがこちらを見てなにやら耳打ちしていた。
「ハーマイオニー、俺、あっちのテーブルに戻った方がいいのかな……」
「ほっときなさい」
ナマエが聞くと、ハーマイオニーが不自然にぴしゃりと言った。ナマエが訝しんでいると、ロンとハリーが向かいに座って、こちらを見た。ロンはどうも機嫌が悪そうだった。
「──君たち、付き合ってるんだって?」
「なん、何だって?」
ナマエはあやうくパンを取り落としそうになった。周りの女子たちがおしゃべりをやめて、聞き耳を立てているのがわかった。
「そんなんじゃないって言ってるでしょう!しつこいわよ、ロン」
「どうだか、二人でこそこそ空き教室に入るのを何度も見たって、フレッドとジョージが言ってたぜ」
ナマエはなぜだか顔が熱くなった。
「授業に一緒に出てるだけだ……」
しかし、ナマエの言葉はロンの耳に入らないようだった。
「ナマエからも、ハーマイオニーに化け猫のしつけをどうにかしろって言ってくれよ。ボーイフレンドの言うことなら聞くだろ?」
「お言葉ですけど!猫はネズミを追うものよ!」
「君の猫の本能のせいで、僕のスキャバーズはいくつ命があっても足りないんだ!」
ナマエは眉を下げてハリーを見た。ハリーは肩をすくめてかぼちゃジュースのゴブレットを煽った。
「俺は誰とも付き合ってないって。なあ、ハリー」
「僕は別に、そんなこと思ってないよ」
ハリーが苦笑いをした。ハーマイオニーはロンとの言い争いをしながら、席を立った。
ハーマイオニーは一人、カツカツと踵を響かせながら大広間を出て行った。ロンは悪態をついた。
ナマエは居心地の悪さを感じて、サンドイッチを口に詰め込んだ。
ナマエは、去年の日刊預言者新聞に、自分がハリーのガールフレンドだと書かれたことを思い出した。
──そのときは、こんな気恥ずかしい思いはしなかった気がした。
ハロウィーンの朝、三年生は初めてのホグズミード行きの日だった。ナマエはわくわくしながらみんなと朝食を取り、談話室に戻ってくると、四年生のチョウとマリエッタに取り囲まれた。その後ろには、パドマがなにやら可愛らしいキルトのポーチを持って立っていた。
「どうかした?」
「私、ずっとナマエにやってみてほしいことがあったのよ」
チョウがずいっとナマエに詰め寄って切り出した。
「──もしかしてクィディッチ?絶対に嫌だからな」
ナマエはうんざりした顔をした。チョウはレイブンクローのクィディッチチームのシーカーだった。チョウとマリエッタはニヤニヤしながら、困惑するナマエににじり寄った。
「あら、いいえ。違うわ──でも、先輩の言うことは聞けるわよね?」
ナマエが助けを求めて、一緒にいたマイケルたちのほうをみると、すでに男子寮に退散してしまっていた。
──二時間後、ナマエは女子生徒たちの玩具になっていた。先ほどまで履いていたジーンズではなく、パドマの私服のスカートを履かされ、髪はいつもよりしっかりと櫛を入れられてつやを放ち、ハーフアップにまとめられた。顔にパウダーをはたき、眉を整え、まつ毛をくるりと上にあげて薄くリップまで塗った力作だった。レイブンクロー寮生がわらわらと集まって、ナマエが変身させられる様子を笑いながら見物していた。最後に、チョウがナマエの前髪を整えると、女子たちの歓声と、男子たちの笑い声があがった。
「すごいわ、とっても可愛い!」
パドマが興奮気味に手鏡をナマエに手渡した。
「──これが、わたしっ?」
ナマエがわざと裏声を出したので、みんなが笑い転げた。
「あははは!いや、でも本当にかわいい。黙ってホグズミードを歩いてみろよ。絶対に声をかけられるぜ」
テリーは笑いながら言った。
「なあ、テリーのガールフレンドだって言って誰かを驚かせよう」
マイケルが軽口を叩くとマリエッタが乗った。
「ロジャー!いらっしゃいよ」
ちょうどロジャー・デイビースが寝室から出てきて、談話室に現れた。
「テリーったら、この子と付き合ってるそうよ」
マリエッタがくすくす笑いながらナマエを紹介した。ナマエがわざとらしく、にっこりと上品に微笑んだ。ナマエが乗り気なことがおかしくてチョウやパドマもクスクス笑いを噛み締めていた。
「テリーが……え?きみ……本当にレイブンクロー?」
ロジャーの頬がぽっと緊張したようにピンク色になった。ロジャーがどぎまぎしている様子を見て全員が口元を動かさないよう耐えていた。
「俺だよ、俺。ナマエだ」
ナマエはいつも通りの声で答えたので、全員が吹き出した。ロジャーだけは口をあんぐりと開けて固まっていた。ナマエも大笑いして手を叩いた。
パドマたちは散々ナマエを寮生に見せびらかして、満足したようだった。
そろそろホグズミードに行こうと、寮を出ると、フリットウィック先生に出くわした。
「──おお、ミスター・ミョウジ?その格好は一体……まあ、その、早くお行き」
ナマエは完全に調子に乗っていたので、フリットウィック先生の態度で少し冷静になった。
「気を遣われると、気まずいな……」
ナマエが頭を掻くと、きっちり結われたハーフアップが少し崩れた。
「──ナマエ、その格好で過ごすつもりなら、もう少し脚を閉じて歩いてくれる?そんな歩き方の女子はいないよ」
アンソニーが大股で歩くナマエを嗜めたが、その指摘がおかしくてマイケルとテリーはまた笑った。
「無理だ、ちょっと着替えてくる。先行ってて!」
ナマエは急いで寮に戻ってズボンに履き替えた。ホグズミードに向かって、門まで階段を駆け降りると、前の方にロンとハーマイオニーを見つけた。
「ローン!ハーマイオニー!」
ナマエの声でロンとハーマイオニーは振り返ったが、怪訝な顔でナマエの姿を見つめた。
「君………ナマエ?」
ロンがナマエの顔をまじまじと見つめた。ナマエはにっこり頷いた。
「なんだかいつもと違うよな?」
「ナマエ、あなた、どうしてお化粧してるの?すごく可愛いわ!」
ハーマイオニーは口に手を当てて驚き、ナマエを褒めた。
ナマエはハーマイオニーの言葉に複雑な気持ちになった。なぜか、チョウたちに褒められた時ほどは愉快な気持ちにはならなかった。
「パドマたちの力作だよ……これって、魔法で落とせる?」
「特に魔法がかかってないなら、落とせると思うわ。でも──」
「スコージファイ、清めよ」
ナマエはハーマイオニーの言葉を待たずに自分の顔に杖を向けた。
みるみるうちにナマエの顔から化粧が剥がれ落ち、杖先に吸い込まれていった。
「あーっ、もったいない!」
ハーマイオニーが残念そうな声を出した。
「あーあ、それでマルフォイを騙してやればよかったのに」ロンが言った。
「気づくだろ、さすがに」
ナマエは頭を振った。さっぱりした気分になったが、あることに気がついた。
「あれ?ハリーは?」
「あー……叔父さんに許可証のサインを頂けなかったの」
ハーマイオニーとロンは気の毒そうな顔をした。
「そうか……」
ナマエは、二人がハリーに気遣って喧嘩をやめたことを悟った。
「──じゃ、俺はマイケルたちを探すよ、またな」
そう言い残してナマエは通りへ向かった。マイケルたちはすぐに見つかった。
「どこから行く?」アンソニーだ。
「『ゾンコの悪戯専門店』と『ハニーデュークス』は絶対!」テリーが言うと、マイケルが頷いた。
「俺は『ダービシュ・アンド・バングズ』に行ってみたいな……買い物が済んだら『三本の箒』に行こうぜ」ナマエも言った。
ナマエたちは両腕にお菓子や魔法道具の買い物を抱えて、パブ「三本の箒」に向かった。中は人でごった返し、うるさくて、いい匂いがした。カウンターの向こうに、小粋な顔をした曲線美の女性がいて、バーにたむろしている魔法使いたちに飲み物を出していた。
テリーがバタービールを買いに行き、ナマエはマイケルとアンソニーと一緒に奥の空いている小さなテーブルのほうへと進んだ。少しすると、テリーが大ジョッキ四本を抱えてやってきた。泡立った熱いバタービールだ。
「ハッピー・ハロウィン!」
四人は大ジョッキを挙げた。ナマエはグビッと飲んだ。こんなにおいしいものは、いままで飲んだことがない。体の芯から隅々まで暖まる心地だった。
急に、風が吹き付けてナマエの髪を乱した。「三本の箒」のドアが開いていた。大ジョッキの縁から戸口に目をやったナマエは、むせ込んだ。
──ナマエの父親、チチオヤが入ってきたのだ。
「どうした?ナマエ」
「げほっ、げほっ、──ち、父上が、……親父がいる!」
ナマエが小声で言いながら、父に見つからないように身をかがめた。チチオヤはナマエの知らない背の高い男性と一緒だった。
「……しまった、今日はホグワーツ生がくる日だったのか」
チチオヤはそう言いながら周囲を見渡したので、ナマエは顔を背けて、聞き耳を立てた。このとき初めて、談話室での格好のまま来るべきだったと後悔した。
「やあ、マダム・ロスメルタ」
「あら、こんにちは。キングズリー、それにチチオヤさん。何になさいます?」
「私はギリーウォーターを」キングズリーと呼ばれた男が言った。
「私はブランデーをお願いします。マダム、好きなものを飲んで下さい」
チチオヤは言いながら、誰か立ち聞きしていないかチェックしている様子だった。チチオヤの体が椅子の上で捩れるのが見えた。
「例の件で──シリウス・ブラックの件で、警備を強化することに」
「まあ!まあまあ、まさかこの近くに?」
「そう遠くないところでマグルに目撃されておりますので、ホグズミードにも吸魂鬼が出入りすることになるやもしれません」
キングズリーの声は重々しかった。
「なんてこと!そんなことになったら、商売上がったりですのよ」
「念のため、聖マンゴからはこちらを配給しています」
チチオヤの声だった。ナマエがちらりとカウンターを盗み見ると、チチオヤが聖マンゴの骨と交差した杖の紋章が入った大きな袋を、カウンターにどさりと乗せた。
「チョコレートです。吸魂鬼に吸われた幸福感を取り戻すのに有効ですので──」
「ハニーデュークスでは突き返されたのではないですか?」
ロスメルタの声はとげとげしさがあった。聖マンゴのチョコレートよりも、ハニーデュークスのチョコレートのほうが幸福感を取り戻せそうだと、ナマエも思った。
チチオヤはキングズリーをチラリと見てから、ため息をついた。
「……私としても、吸魂鬼を増やしてどうこうなる問題ではないとは、何度も魔法省に進言しているのです。そもそも、ブラックは吸魂鬼を出し抜いて脱獄している。奴らに任せていられるものか。だからこうして、足を伸ばして捜索しているんです」
チチオヤの声には疲れと怒りが入り混じったような重さがあった。しかしなぜ、病院勤務のチチオヤが、シリウス・ブラックの捜索をしているのだろう?ナマエは戸惑った。
そのとき、再び、店の扉が勢いよく開いた。
「おお!チチオヤ!」
ハグリッドの声だった。ナマエはそっと顔をカウンターに向けた。チチオヤとキングズリーが座っている席に、ハグリッドが他の椅子を蹴倒す勢いで駆け寄っていた。ハグリッドのもじゃもじゃ顔はいつもより赤く、すでに酔っているような表情だった。
「すまんかった、俺の授業のせいで、お前さんの息子にひでえ怪我をさせちまった!」
チチオヤは一瞬顔を顰めたが、優しい声でハグリッドを制した。
「──いいや、気にしないでくれ。愚息はそんなに柔ではないよ。ポッピーも、ナマエの怪我に問題はないと手紙をくれた」
ナマエは、マダム・ポンフリーと父親がやりとりしていることにも、ハグリッドと面識があることにも驚いた。
「──では私は、ここらで失礼します」
チチオヤがハグリッドと入れ替わるように立ち上がった。ハグリッドを邪険にしているような気がして、ナマエはうっすら苛立った。
「今日は息子さんもいらっしゃるのでは?会って行かれては?」
キングズリーが言った。ナマエはぎくりとしたが、チチオヤは顔を顰めた。
「──いやいや、折角の休日に、親の顔など見たくないでしょうよ。むしろ、こんなことになるなら、許可証にサインするべきではなかった」
チチオヤはそう言って席を立った。ナマエが父親の後を追うか逡巡していると、ハグリッドが唸るように話し出した。
「チチオヤもブラックに身内をやられちょるんだ、この近くに奴がいると知ってきたんじゃろう?キングズリー」
ナマエは思わずジョッキを取り落とした。テーブルの上にバタービールの泡が広がった。マイケルがナマエの足を蹴って、机を清めた。
カウンターでは、キングズリーが話を続けていた。
「ええ、その通り。彼は非常に、過剰に協力的ですよ。ただ、チチオヤはブラックを捕まえるどころか、殺しかねない」
「俺だってそうする!」
ハグリッドが大声で吠えたので、店中の目がハグリッドに集まった。
「──私も、そろそろお暇します」
視線を受けたキングズリーが遠慮がちに言って立ち上がった。
「早いことブラックを捕まえとくれよ、キングズリー」
ハグリッドの声がして、また扉が開いて、閉まる音がした。
ナマエの心臓がバクバクと早鐘を打った。
──知らない。ナマエは、父親と、屋敷しもべ以外の家族を知らない。
ナマエは一年生のときに見た、みぞの鏡に映った母の顔を思い出した。それが最後に、そして初めて見た母の顔だった。生きている父親のことすら、たいして知らなかった。チチオヤの身内が、シリウス・ブラックに殺されただって?ハグリッドは当たり前のように知っていたのに。ナマエの頭の中にはいろんな疑問と、怒りと、謎が渦巻いた。
「ナマエ──」
マイケル、テリー、アンソニーがナマエを心配そうに見つめていた。
マルフォイは、ナマエが怪我をしてから、いつもよりも大人しくしているようだった。しかし、ナマエの包帯が取れたあたりから、また元気にハリーの前で吸魂鬼の真似をするようになっていた。
ナマエの腕はほとんど以前と変わらない状態にまで戻っていた。傷跡は、よく見るとうすくミミズ腫れが残っていたが、ほとんど気にならなかった。
ナマエは午前の授業を終えてハーマイオニーと二人で大広間に向かった。二人で「古代ルーン文字学」の復習をしながら、グリフィンドールのテーブルで昼食を食べることにした。
席についてしばらくすると、なんとなく誰かに見られている気がした。パドマの双子の姉妹、パーバディと、ラベンダー・ブラウンがこちらを見てなにやら耳打ちしていた。
「ハーマイオニー、俺、あっちのテーブルに戻った方がいいのかな……」
「ほっときなさい」
ナマエが聞くと、ハーマイオニーが不自然にぴしゃりと言った。ナマエが訝しんでいると、ロンとハリーが向かいに座って、こちらを見た。ロンはどうも機嫌が悪そうだった。
「──君たち、付き合ってるんだって?」
「なん、何だって?」
ナマエはあやうくパンを取り落としそうになった。周りの女子たちがおしゃべりをやめて、聞き耳を立てているのがわかった。
「そんなんじゃないって言ってるでしょう!しつこいわよ、ロン」
「どうだか、二人でこそこそ空き教室に入るのを何度も見たって、フレッドとジョージが言ってたぜ」
ナマエはなぜだか顔が熱くなった。
「授業に一緒に出てるだけだ……」
しかし、ナマエの言葉はロンの耳に入らないようだった。
「ナマエからも、ハーマイオニーに化け猫のしつけをどうにかしろって言ってくれよ。ボーイフレンドの言うことなら聞くだろ?」
「お言葉ですけど!猫はネズミを追うものよ!」
「君の猫の本能のせいで、僕のスキャバーズはいくつ命があっても足りないんだ!」
ナマエは眉を下げてハリーを見た。ハリーは肩をすくめてかぼちゃジュースのゴブレットを煽った。
「俺は誰とも付き合ってないって。なあ、ハリー」
「僕は別に、そんなこと思ってないよ」
ハリーが苦笑いをした。ハーマイオニーはロンとの言い争いをしながら、席を立った。
ハーマイオニーは一人、カツカツと踵を響かせながら大広間を出て行った。ロンは悪態をついた。
ナマエは居心地の悪さを感じて、サンドイッチを口に詰め込んだ。
ナマエは、去年の日刊預言者新聞に、自分がハリーのガールフレンドだと書かれたことを思い出した。
──そのときは、こんな気恥ずかしい思いはしなかった気がした。
ハロウィーンの朝、三年生は初めてのホグズミード行きの日だった。ナマエはわくわくしながらみんなと朝食を取り、談話室に戻ってくると、四年生のチョウとマリエッタに取り囲まれた。その後ろには、パドマがなにやら可愛らしいキルトのポーチを持って立っていた。
「どうかした?」
「私、ずっとナマエにやってみてほしいことがあったのよ」
チョウがずいっとナマエに詰め寄って切り出した。
「──もしかしてクィディッチ?絶対に嫌だからな」
ナマエはうんざりした顔をした。チョウはレイブンクローのクィディッチチームのシーカーだった。チョウとマリエッタはニヤニヤしながら、困惑するナマエににじり寄った。
「あら、いいえ。違うわ──でも、先輩の言うことは聞けるわよね?」
ナマエが助けを求めて、一緒にいたマイケルたちのほうをみると、すでに男子寮に退散してしまっていた。
──二時間後、ナマエは女子生徒たちの玩具になっていた。先ほどまで履いていたジーンズではなく、パドマの私服のスカートを履かされ、髪はいつもよりしっかりと櫛を入れられてつやを放ち、ハーフアップにまとめられた。顔にパウダーをはたき、眉を整え、まつ毛をくるりと上にあげて薄くリップまで塗った力作だった。レイブンクロー寮生がわらわらと集まって、ナマエが変身させられる様子を笑いながら見物していた。最後に、チョウがナマエの前髪を整えると、女子たちの歓声と、男子たちの笑い声があがった。
「すごいわ、とっても可愛い!」
パドマが興奮気味に手鏡をナマエに手渡した。
「──これが、わたしっ?」
ナマエがわざと裏声を出したので、みんなが笑い転げた。
「あははは!いや、でも本当にかわいい。黙ってホグズミードを歩いてみろよ。絶対に声をかけられるぜ」
テリーは笑いながら言った。
「なあ、テリーのガールフレンドだって言って誰かを驚かせよう」
マイケルが軽口を叩くとマリエッタが乗った。
「ロジャー!いらっしゃいよ」
ちょうどロジャー・デイビースが寝室から出てきて、談話室に現れた。
「テリーったら、この子と付き合ってるそうよ」
マリエッタがくすくす笑いながらナマエを紹介した。ナマエがわざとらしく、にっこりと上品に微笑んだ。ナマエが乗り気なことがおかしくてチョウやパドマもクスクス笑いを噛み締めていた。
「テリーが……え?きみ……本当にレイブンクロー?」
ロジャーの頬がぽっと緊張したようにピンク色になった。ロジャーがどぎまぎしている様子を見て全員が口元を動かさないよう耐えていた。
「俺だよ、俺。ナマエだ」
ナマエはいつも通りの声で答えたので、全員が吹き出した。ロジャーだけは口をあんぐりと開けて固まっていた。ナマエも大笑いして手を叩いた。
パドマたちは散々ナマエを寮生に見せびらかして、満足したようだった。
そろそろホグズミードに行こうと、寮を出ると、フリットウィック先生に出くわした。
「──おお、ミスター・ミョウジ?その格好は一体……まあ、その、早くお行き」
ナマエは完全に調子に乗っていたので、フリットウィック先生の態度で少し冷静になった。
「気を遣われると、気まずいな……」
ナマエが頭を掻くと、きっちり結われたハーフアップが少し崩れた。
「──ナマエ、その格好で過ごすつもりなら、もう少し脚を閉じて歩いてくれる?そんな歩き方の女子はいないよ」
アンソニーが大股で歩くナマエを嗜めたが、その指摘がおかしくてマイケルとテリーはまた笑った。
「無理だ、ちょっと着替えてくる。先行ってて!」
ナマエは急いで寮に戻ってズボンに履き替えた。ホグズミードに向かって、門まで階段を駆け降りると、前の方にロンとハーマイオニーを見つけた。
「ローン!ハーマイオニー!」
ナマエの声でロンとハーマイオニーは振り返ったが、怪訝な顔でナマエの姿を見つめた。
「君………ナマエ?」
ロンがナマエの顔をまじまじと見つめた。ナマエはにっこり頷いた。
「なんだかいつもと違うよな?」
「ナマエ、あなた、どうしてお化粧してるの?すごく可愛いわ!」
ハーマイオニーは口に手を当てて驚き、ナマエを褒めた。
ナマエはハーマイオニーの言葉に複雑な気持ちになった。なぜか、チョウたちに褒められた時ほどは愉快な気持ちにはならなかった。
「パドマたちの力作だよ……これって、魔法で落とせる?」
「特に魔法がかかってないなら、落とせると思うわ。でも──」
「スコージファイ、清めよ」
ナマエはハーマイオニーの言葉を待たずに自分の顔に杖を向けた。
みるみるうちにナマエの顔から化粧が剥がれ落ち、杖先に吸い込まれていった。
「あーっ、もったいない!」
ハーマイオニーが残念そうな声を出した。
「あーあ、それでマルフォイを騙してやればよかったのに」ロンが言った。
「気づくだろ、さすがに」
ナマエは頭を振った。さっぱりした気分になったが、あることに気がついた。
「あれ?ハリーは?」
「あー……叔父さんに許可証のサインを頂けなかったの」
ハーマイオニーとロンは気の毒そうな顔をした。
「そうか……」
ナマエは、二人がハリーに気遣って喧嘩をやめたことを悟った。
「──じゃ、俺はマイケルたちを探すよ、またな」
そう言い残してナマエは通りへ向かった。マイケルたちはすぐに見つかった。
「どこから行く?」アンソニーだ。
「『ゾンコの悪戯専門店』と『ハニーデュークス』は絶対!」テリーが言うと、マイケルが頷いた。
「俺は『ダービシュ・アンド・バングズ』に行ってみたいな……買い物が済んだら『三本の箒』に行こうぜ」ナマエも言った。
ナマエたちは両腕にお菓子や魔法道具の買い物を抱えて、パブ「三本の箒」に向かった。中は人でごった返し、うるさくて、いい匂いがした。カウンターの向こうに、小粋な顔をした曲線美の女性がいて、バーにたむろしている魔法使いたちに飲み物を出していた。
テリーがバタービールを買いに行き、ナマエはマイケルとアンソニーと一緒に奥の空いている小さなテーブルのほうへと進んだ。少しすると、テリーが大ジョッキ四本を抱えてやってきた。泡立った熱いバタービールだ。
「ハッピー・ハロウィン!」
四人は大ジョッキを挙げた。ナマエはグビッと飲んだ。こんなにおいしいものは、いままで飲んだことがない。体の芯から隅々まで暖まる心地だった。
急に、風が吹き付けてナマエの髪を乱した。「三本の箒」のドアが開いていた。大ジョッキの縁から戸口に目をやったナマエは、むせ込んだ。
──ナマエの父親、チチオヤが入ってきたのだ。
「どうした?ナマエ」
「げほっ、げほっ、──ち、父上が、……親父がいる!」
ナマエが小声で言いながら、父に見つからないように身をかがめた。チチオヤはナマエの知らない背の高い男性と一緒だった。
「……しまった、今日はホグワーツ生がくる日だったのか」
チチオヤはそう言いながら周囲を見渡したので、ナマエは顔を背けて、聞き耳を立てた。このとき初めて、談話室での格好のまま来るべきだったと後悔した。
「やあ、マダム・ロスメルタ」
「あら、こんにちは。キングズリー、それにチチオヤさん。何になさいます?」
「私はギリーウォーターを」キングズリーと呼ばれた男が言った。
「私はブランデーをお願いします。マダム、好きなものを飲んで下さい」
チチオヤは言いながら、誰か立ち聞きしていないかチェックしている様子だった。チチオヤの体が椅子の上で捩れるのが見えた。
「例の件で──シリウス・ブラックの件で、警備を強化することに」
「まあ!まあまあ、まさかこの近くに?」
「そう遠くないところでマグルに目撃されておりますので、ホグズミードにも吸魂鬼が出入りすることになるやもしれません」
キングズリーの声は重々しかった。
「なんてこと!そんなことになったら、商売上がったりですのよ」
「念のため、聖マンゴからはこちらを配給しています」
チチオヤの声だった。ナマエがちらりとカウンターを盗み見ると、チチオヤが聖マンゴの骨と交差した杖の紋章が入った大きな袋を、カウンターにどさりと乗せた。
「チョコレートです。吸魂鬼に吸われた幸福感を取り戻すのに有効ですので──」
「ハニーデュークスでは突き返されたのではないですか?」
ロスメルタの声はとげとげしさがあった。聖マンゴのチョコレートよりも、ハニーデュークスのチョコレートのほうが幸福感を取り戻せそうだと、ナマエも思った。
チチオヤはキングズリーをチラリと見てから、ため息をついた。
「……私としても、吸魂鬼を増やしてどうこうなる問題ではないとは、何度も魔法省に進言しているのです。そもそも、ブラックは吸魂鬼を出し抜いて脱獄している。奴らに任せていられるものか。だからこうして、足を伸ばして捜索しているんです」
チチオヤの声には疲れと怒りが入り混じったような重さがあった。しかしなぜ、病院勤務のチチオヤが、シリウス・ブラックの捜索をしているのだろう?ナマエは戸惑った。
そのとき、再び、店の扉が勢いよく開いた。
「おお!チチオヤ!」
ハグリッドの声だった。ナマエはそっと顔をカウンターに向けた。チチオヤとキングズリーが座っている席に、ハグリッドが他の椅子を蹴倒す勢いで駆け寄っていた。ハグリッドのもじゃもじゃ顔はいつもより赤く、すでに酔っているような表情だった。
「すまんかった、俺の授業のせいで、お前さんの息子にひでえ怪我をさせちまった!」
チチオヤは一瞬顔を顰めたが、優しい声でハグリッドを制した。
「──いいや、気にしないでくれ。愚息はそんなに柔ではないよ。ポッピーも、ナマエの怪我に問題はないと手紙をくれた」
ナマエは、マダム・ポンフリーと父親がやりとりしていることにも、ハグリッドと面識があることにも驚いた。
「──では私は、ここらで失礼します」
チチオヤがハグリッドと入れ替わるように立ち上がった。ハグリッドを邪険にしているような気がして、ナマエはうっすら苛立った。
「今日は息子さんもいらっしゃるのでは?会って行かれては?」
キングズリーが言った。ナマエはぎくりとしたが、チチオヤは顔を顰めた。
「──いやいや、折角の休日に、親の顔など見たくないでしょうよ。むしろ、こんなことになるなら、許可証にサインするべきではなかった」
チチオヤはそう言って席を立った。ナマエが父親の後を追うか逡巡していると、ハグリッドが唸るように話し出した。
「チチオヤもブラックに身内をやられちょるんだ、この近くに奴がいると知ってきたんじゃろう?キングズリー」
ナマエは思わずジョッキを取り落とした。テーブルの上にバタービールの泡が広がった。マイケルがナマエの足を蹴って、机を清めた。
カウンターでは、キングズリーが話を続けていた。
「ええ、その通り。彼は非常に、過剰に協力的ですよ。ただ、チチオヤはブラックを捕まえるどころか、殺しかねない」
「俺だってそうする!」
ハグリッドが大声で吠えたので、店中の目がハグリッドに集まった。
「──私も、そろそろお暇します」
視線を受けたキングズリーが遠慮がちに言って立ち上がった。
「早いことブラックを捕まえとくれよ、キングズリー」
ハグリッドの声がして、また扉が開いて、閉まる音がした。
ナマエの心臓がバクバクと早鐘を打った。
──知らない。ナマエは、父親と、屋敷しもべ以外の家族を知らない。
ナマエは一年生のときに見た、みぞの鏡に映った母の顔を思い出した。それが最後に、そして初めて見た母の顔だった。生きている父親のことすら、たいして知らなかった。チチオヤの身内が、シリウス・ブラックに殺されただって?ハグリッドは当たり前のように知っていたのに。ナマエの頭の中にはいろんな疑問と、怒りと、謎が渦巻いた。
「ナマエ──」
マイケル、テリー、アンソニーがナマエを心配そうに見つめていた。