アズカバンの囚人
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ナマエはその夜、談話室で本に埋もれて宿題をせっせとこなしていた。
幸い、怪我をしたのは利き腕ではなかったので、羽ペンを走らせることに苦労はなかった。
数占いの宿題を終えて、ナマエは大きなあくびをした。気づけば、もう談話室には誰もいなかった。
ナマエは腕に巻かれた包帯をそっと外してみた。マダム・ポンフリーによれば、傷口が乾いたらもう外してもいいとのことだった。傷口はしっとりピンク色に抉れていて、包帯を外すにはまだ早いようだった。ただ、ナマエには試してみたいことがあった。周囲をきょろきょろ見渡してから、ナマエはきゅっと目を閉じて、椅子の上でカササギの姿に変身した。そのまま翼を広げて飛びあがろうとしたが、ズキンと翼が痛み、思わず人の姿に戻った。急に変化(へんげ)したので、ナマエは椅子ごと床にすっ転がった。
「いっ!たあ……」
ばさばさと羊皮紙や本がナマエの頭に降り注いだ。──なるほど、動物もどきは人の状態を反映するのか。ナマエはふう、と息をついて包帯を巻き直した。
翌日の最初の授業は、「闇の魔術に対する防衛術」だった。生徒たちが最初のクラスにやってきた時には、ルーピン先生はまだ来ていなかった。みんなが座って教科書と羽根ペン、羊皮紙を取り出し、おしゃべりをしていると、やっと先生が教室に入ってきた。ルーピンは曖昧に微笑み、くたびれた古いカバンを先生用の机に置いた。
「教科書はカバンに戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ」
全生徒が教科書をしまう中、何人かは怪訝そうに顔を見合わせた。いままで「闇の魔術に対する防衛術」で実地訓練など受けたことがない。
「さあ、それじゃ」
ルーピン先生はみんなに部屋の奥まで来るように合図した。そこには古い洋箪笥がポツンと置かれていた。ルーピン先生がその脇に立つと、箪笥が急にわなわなと揺れ、バーンと壁から離れた。
「心配しなくていい」
何人かが驚いて飛びのいたが、ルーピン先生は静かに言った。
「中にまね妖怪──ボガートが入ってるんだ」
これは心配するべきことじゃないか、とほとんどの生徒はそう思っているようだった。テリーは、箪笥の取っ手がガタガタいいはじめたのを不安そうに見つめた。
「まね妖怪は暗くて狭いところを好む」
ルーピン先生が語りだした。
「洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など。私は一度、大きな柱時計の中に引っかかっているやつに出会ったことがある。ここにいるのは昨日の午後に入り込んだやつで、三年生の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っておいていただきたいと、校長先生にお願いしたんですよ」
「それでは、最初の問題ですが、まね妖怪のボガートとはなんでしょう?」
ナマエと何人かが手を挙げた。
「では、ナマエ。どうぞ」
「形態模写妖怪です。相手が一番怖いと思うのはこれだと判断すると、それに姿を変えます」
「その通り。まね妖怪を退散させる呪文は簡単だ。しかし精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけるのは、笑いなんだ。君たちは、まね妖怪に、君たちが滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみて……リディクラス、ばかばかしい!」
「リディクラス、ばかばかしい!」
全員がいっせいに唱えた。
「そう。とっても上手だ。みんな、ちょっと考えてくれるかい。何が一番怖いかって。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか、想像してみて……」
部屋が静かになった。ナマエも考えた。この世で一番恐ろしいものはなんだろう。……しかし、自分が何を恐れているのか、わからなかった。力を取り戻した闇の帝王だろうか。それとも、日記の中のトム・リドル?
「みんな、いいかい?」
ルーピン先生だ。ナマエははっとした。まだ準備ができていない。みんなはこっくり頷き、腕まくりをしていた。ナマエはとりあえず、日記の中のハンサムなトム・リドルがナメクジげっぷの呪いにかかる想像をした。
「では、パドマ。前へ!」
パドマがきっとした顔で進み出た。
「いーち、にー、さん、それ!」
ルーピン先生の杖の先から、火花がほとばしり、取っ手のつまみに当たった。洋箪笥が勢いよく開き、中には血まみれの包帯をぐるぐる巻いたミイラが立っていた。目のない顔をパドマに向け、ミイラはゆっくりと、パドマに迫った。足を引きずり、手を棒のように前に突き出して──。
「リディクラス!」
パドマが叫んだ。包帯が一本バラリと解けてミイラの足元に落ちた。それに絡まって、ミイラは顔から先につんのめり、頭が転がり落ちた。
「テリー!」
ルーピン先生が吠えるように呼んだ。テリーがパドマの前に躍り出た。パチン!ミイラのいたところに、床まで届く黒い長髪、骸骨のような緑色がかった顔の女が立っていた──バンシーだ。口を大きく開くと、この世のものとも思われない声が部屋中に響いた。長い、嘆きの悲鳴。ナマエは髪の毛が逆立った。
「リディクラス!」
テリーが叫んだ。バンシーの声がガラガラになり、バンシーは喉を押さえた。声が出なくなったのだ。
パチン!バンシーがネズミになり、自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回りはじめた。と思ったら──パチン!今度はガラガラヘビだ。
「混乱してきたぞ!」
ルーピンが叫んだ。
「もうすぐだ!ナマエ!」
名前を呼ばれ、ナマエは急いで進み出た。ガラガラヘビがぬっと立ち上がった。パチン!
ヘビは人の姿になり、長身の男がこちらに背を向けて立っていた。──トム・リドルではない。ナマエは混乱した。
「──り、リディクラス!」
ナマエは無駄だと分かりながら唱えた。呪文は虚しく響き、男の背中はピクリとも変化しなかった。クラスが少しざわめいた。
ナマエには、まね妖怪が模写したそれが、父親の姿だとわかった。じわりと胃が痛むのを感じた。
──俺は、父の何を恐れているんだ?
「こっちだ!」
急にルーピン先生がそう叫び、急いで前に出てきた。パチン!チチオヤの後ろ姿が消えた。一瞬、どこへ消えたのかと、みんなキョロキョロ見回した。すると、銀白色の玉がルーピンの前に浮かんでいるのが見えた。ルーピンは、ほとんど面倒くさそうに「リディクラス!」と唱えた。
まね妖怪は風船のようにシューっっと音を立てて萎み、洋箪笥のなかに飛び込んだ。
「よーし、みんな、いいクラスだった。宿題だ。ボガートに関する章を読んで、まとめを提出してくれ……月曜までだ。今日はこれでおしまい」
みんな興奮してぺちゃくちゃ言いながら教室を出た。しかし、ナマエは心が弾まなかった。
「僕のバンシーとの対決を見たか?なあ、ナマエにも飛行術以外に苦手な呪文があるんだな」
テリーがふふんと言った。ナマエは何か反論したかったが、実際その通りだったので何も言えなかった。
「君のパパってそんなに恐ろしいの?」
アンソニーが小声で尋ねた。
「ああ、そうみたいだ」
ナマエは沈んだ声で答えた。渡り廊下に出た時、誰かが名前を呼んだ。
「ナマエ!」
ハーマイオニーがぴょんぴょん飛んで、ナマエに手を振って叫んでいた。
「急いで!ナマエ、マグル学のクラスに遅れちゃう!」
ナマエはレイブンクローの生徒の群れを離れて、ハーマイオニーと空き教室を探した。
二人で誰もいない部屋に忍び込むと、ハーマイオニーはがさごそと逆転時計を取り出した。
「……ハーマイオニー、ルーピン先生の授業はもう受けた?」
「まだよ、グリフィンドールは今日の午後ね。どうだった?」
言いながら、ハーマイオニーは少し背伸びをして、逆転時計の鎖をナマエの首にかけた。ナマエはこの時はじめて、ハーマイオニーよりも自分の方が少し背が高くなったことに気がついた。
「──あー、今までで一番いい先生だと思う」
「楽しみだわ」
ハーマイオニーはにっこりして逆転時計を回した。
ナマエはハーマイオニーと1限目の授業を二回受けたあと、二限目と三限目つづきの魔法薬学の授業に急いだ。魔法薬学は、グリフィンドールとスリザリンの合同授業だった。ナマエは、今学期だけはハーマイオニーと一緒に逆転時計を使わなければ時間割をこなせなかったので、このクラスも一緒に受けることになっていた。今日は新しい薬で「縮み薬」を作ることになった。ハリーとロンが同じ机に、ハーマイオニーはネビルを心配してその隣に座った。
ナマエはその後ろの誰もいない机を陣取ると、マルフォイがやってきて、隣に自分の鍋を据えた。ナマエとマルフォイは同じ机で作業することになった。
ナマエはわけがわからずマルフォイを見たが、マルフォイは何も言わずに教科書をめくっていた。ハリーとロンが何事かとちらちらこちらを見て、スネイプに頭をはたかれていた。気まずい沈黙の中、ナマエとマルフォイは一言も交わさずに淡々と魔法薬の材料を用意し、鍋に火をかけた。
この空気に最初に耐えかねたのは、ナマエだった。
「……もっと火を弱くした方がいい」
マルフォイはナマエを睨んでから火を弱めた。そして、おもむろに口を開いた。
「──お前、何のつもりだ?」
「こっちの台詞なんだけど」
ナマエは大袈裟にため息をついて、雛菊の根を細かく刻みながら言った。
「──何ともないのか」
「え?」
顔を上げると、マルフォイは、ナマエが雛菊の根を押さえている方の腕の包帯を見ているのがわかった。
「ああ、うん。ええと、……別に、問題ない」
ナマエは、マルフォイがナマエの怪我を気にかけていることに驚いて、要領を得ない返事をした。
「どうして僕を庇った?何が目的だ?」
「目的っつったって……」
ナマエは眉を寄せた。雛菊の根を鍋に放り込んでから、マルフォイの方を向いた。
「ドラコ、お前が怪我をしたら──お前の父親がハグリッドを辞めさせようとするだろ……」
ナマエは自分の言葉に落ち込んだ。自分の場合は、父親が知ったとしても気にも留めまい。
「あの大男のために?それだけか?なら残念だな、父上は学校の理事会に訴えた。それに、魔法省にも──」
「うるさいな、別にお前じゃなくても庇った。襲われると気づいた時点で、そうした。──早く毛虫を鍋に入れろ、煮立ってるぞ」
ナマエはイライラしながら材料を鍋に入れ、かき混ぜた。ドラコがハグリッドを「大男」呼ばわりして辞職を願っていること、ナマエをしつこく追求すること、この親子の性根はどうあれ、ドラコは父親に愛されているということ、そして自分は──。
「──おい!溢れてるだろう、やめろ!」
ドラコがナマエの肩をどついた。ナマエははっと我に返った。ナマエが無意識に勢いよく鍋をかき混ぜていたので、机の上に魔法薬が飛び散り、材料やナイフや教科書が縮み始めていた。
「あ、ああ。悪い」
ナマエは手を止めて、縮んだものに杖を向けて「エンゴージオ」と唱えた。すると、縮んだものはみるみる元の大きさに戻った。
ナマエは出来上がった薬を瓶に詰めて提出し、誰とも言葉を交わさずにさっさと教室を出た。
「おい、ミョウジ!」
「なんだよ」
マルフォイに呼び止められて、ナマエは苛立ちながら振り返った。マルフォイの後ろからはハリーたちが小走りでこちらに向かってきていた。
マルフォイはナマエを睨んで言った。
「僕は助けてくれなんて頼んでない、お前が勝手にしたことだ!」
「あっそう!わざわざどうも!」
ナマエは吐き捨てて地下の階段を駆け上がった。
「ナマエ!ナマエ!」
一人で足早に大広間に向かっていると、ハリーとロンがナマエに追いついた。ナマエはようやく歩みをゆるめて、落ち着いた。
「おいおい、マルフォイの言うことなんて真に受けるなよ」
ロンが言った。
「マルフォイはどうして君の隣に座ったんだろう」
「俺も知りたいよ」
ハリーが尋ねたので、ナマエはため息をついた。
「何の話をしていたの?」
「ヒッポグリフの件で、やつの父親がハグリッドを辞めさせようとしてるとか、何で自分を助けたんだとか──」
言いながらナマエは自分の腕を見つめた。ドラコに怪我の具合を聞かれたのを思い出したのだ。もしかしたら、気にしていたのか?あのドラコが──。
そのとき、大きなぐるぐるという音が遮った。ナマエの腹の音だった。
「だめだ、腹ぺこ。昼食にいこう」
三人は大広間に向かい、ナマエはレイブンクローのテーブルに向かった。マイケルたちが手を振った。
「よう、ナマエ!聞いたか?」
「何を?」
ナマエは聞きながら席に着いてシェパーズ・パイの大皿を引き寄せた。
「シリウス・ブラックが目撃されたんだ」
アンソニーが「日刊預言者新聞」を広げて言った。テリーも身を乗り出した。
「マグルの女性が目撃したんだ。もち、その人はほんとのことはわかってない。マグルはブラックが普通の犯罪者だと思ってるだろ?だからその人、捜査ホットラインに電話したんだ。魔法省が現場に着いた時にはもぬけの殻さ」
「しかも、ここからそう遠くない。もうすぐホグズミード行きの日なのに」
マイケルがうんざりと言った。
ナマエはパイを頬張りながら、ホグズミード許可証に書かれた父親のサインを思い出していた。
幸い、怪我をしたのは利き腕ではなかったので、羽ペンを走らせることに苦労はなかった。
数占いの宿題を終えて、ナマエは大きなあくびをした。気づけば、もう談話室には誰もいなかった。
ナマエは腕に巻かれた包帯をそっと外してみた。マダム・ポンフリーによれば、傷口が乾いたらもう外してもいいとのことだった。傷口はしっとりピンク色に抉れていて、包帯を外すにはまだ早いようだった。ただ、ナマエには試してみたいことがあった。周囲をきょろきょろ見渡してから、ナマエはきゅっと目を閉じて、椅子の上でカササギの姿に変身した。そのまま翼を広げて飛びあがろうとしたが、ズキンと翼が痛み、思わず人の姿に戻った。急に変化(へんげ)したので、ナマエは椅子ごと床にすっ転がった。
「いっ!たあ……」
ばさばさと羊皮紙や本がナマエの頭に降り注いだ。──なるほど、動物もどきは人の状態を反映するのか。ナマエはふう、と息をついて包帯を巻き直した。
翌日の最初の授業は、「闇の魔術に対する防衛術」だった。生徒たちが最初のクラスにやってきた時には、ルーピン先生はまだ来ていなかった。みんなが座って教科書と羽根ペン、羊皮紙を取り出し、おしゃべりをしていると、やっと先生が教室に入ってきた。ルーピンは曖昧に微笑み、くたびれた古いカバンを先生用の机に置いた。
「教科書はカバンに戻してもらおうかな。今日は実地練習をすることにしよう。杖だけあればいいよ」
全生徒が教科書をしまう中、何人かは怪訝そうに顔を見合わせた。いままで「闇の魔術に対する防衛術」で実地訓練など受けたことがない。
「さあ、それじゃ」
ルーピン先生はみんなに部屋の奥まで来るように合図した。そこには古い洋箪笥がポツンと置かれていた。ルーピン先生がその脇に立つと、箪笥が急にわなわなと揺れ、バーンと壁から離れた。
「心配しなくていい」
何人かが驚いて飛びのいたが、ルーピン先生は静かに言った。
「中にまね妖怪──ボガートが入ってるんだ」
これは心配するべきことじゃないか、とほとんどの生徒はそう思っているようだった。テリーは、箪笥の取っ手がガタガタいいはじめたのを不安そうに見つめた。
「まね妖怪は暗くて狭いところを好む」
ルーピン先生が語りだした。
「洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚など。私は一度、大きな柱時計の中に引っかかっているやつに出会ったことがある。ここにいるのは昨日の午後に入り込んだやつで、三年生の実習に使いたいから、先生方にはそのまま放っておいていただきたいと、校長先生にお願いしたんですよ」
「それでは、最初の問題ですが、まね妖怪のボガートとはなんでしょう?」
ナマエと何人かが手を挙げた。
「では、ナマエ。どうぞ」
「形態模写妖怪です。相手が一番怖いと思うのはこれだと判断すると、それに姿を変えます」
「その通り。まね妖怪を退散させる呪文は簡単だ。しかし精神力が必要だ。こいつを本当にやっつけるのは、笑いなんだ。君たちは、まね妖怪に、君たちが滑稽だと思える姿をとらせる必要がある。初めは杖なしで練習しよう。私に続いて言ってみて……リディクラス、ばかばかしい!」
「リディクラス、ばかばかしい!」
全員がいっせいに唱えた。
「そう。とっても上手だ。みんな、ちょっと考えてくれるかい。何が一番怖いかって。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか、想像してみて……」
部屋が静かになった。ナマエも考えた。この世で一番恐ろしいものはなんだろう。……しかし、自分が何を恐れているのか、わからなかった。力を取り戻した闇の帝王だろうか。それとも、日記の中のトム・リドル?
「みんな、いいかい?」
ルーピン先生だ。ナマエははっとした。まだ準備ができていない。みんなはこっくり頷き、腕まくりをしていた。ナマエはとりあえず、日記の中のハンサムなトム・リドルがナメクジげっぷの呪いにかかる想像をした。
「では、パドマ。前へ!」
パドマがきっとした顔で進み出た。
「いーち、にー、さん、それ!」
ルーピン先生の杖の先から、火花がほとばしり、取っ手のつまみに当たった。洋箪笥が勢いよく開き、中には血まみれの包帯をぐるぐる巻いたミイラが立っていた。目のない顔をパドマに向け、ミイラはゆっくりと、パドマに迫った。足を引きずり、手を棒のように前に突き出して──。
「リディクラス!」
パドマが叫んだ。包帯が一本バラリと解けてミイラの足元に落ちた。それに絡まって、ミイラは顔から先につんのめり、頭が転がり落ちた。
「テリー!」
ルーピン先生が吠えるように呼んだ。テリーがパドマの前に躍り出た。パチン!ミイラのいたところに、床まで届く黒い長髪、骸骨のような緑色がかった顔の女が立っていた──バンシーだ。口を大きく開くと、この世のものとも思われない声が部屋中に響いた。長い、嘆きの悲鳴。ナマエは髪の毛が逆立った。
「リディクラス!」
テリーが叫んだ。バンシーの声がガラガラになり、バンシーは喉を押さえた。声が出なくなったのだ。
パチン!バンシーがネズミになり、自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回りはじめた。と思ったら──パチン!今度はガラガラヘビだ。
「混乱してきたぞ!」
ルーピンが叫んだ。
「もうすぐだ!ナマエ!」
名前を呼ばれ、ナマエは急いで進み出た。ガラガラヘビがぬっと立ち上がった。パチン!
ヘビは人の姿になり、長身の男がこちらに背を向けて立っていた。──トム・リドルではない。ナマエは混乱した。
「──り、リディクラス!」
ナマエは無駄だと分かりながら唱えた。呪文は虚しく響き、男の背中はピクリとも変化しなかった。クラスが少しざわめいた。
ナマエには、まね妖怪が模写したそれが、父親の姿だとわかった。じわりと胃が痛むのを感じた。
──俺は、父の何を恐れているんだ?
「こっちだ!」
急にルーピン先生がそう叫び、急いで前に出てきた。パチン!チチオヤの後ろ姿が消えた。一瞬、どこへ消えたのかと、みんなキョロキョロ見回した。すると、銀白色の玉がルーピンの前に浮かんでいるのが見えた。ルーピンは、ほとんど面倒くさそうに「リディクラス!」と唱えた。
まね妖怪は風船のようにシューっっと音を立てて萎み、洋箪笥のなかに飛び込んだ。
「よーし、みんな、いいクラスだった。宿題だ。ボガートに関する章を読んで、まとめを提出してくれ……月曜までだ。今日はこれでおしまい」
みんな興奮してぺちゃくちゃ言いながら教室を出た。しかし、ナマエは心が弾まなかった。
「僕のバンシーとの対決を見たか?なあ、ナマエにも飛行術以外に苦手な呪文があるんだな」
テリーがふふんと言った。ナマエは何か反論したかったが、実際その通りだったので何も言えなかった。
「君のパパってそんなに恐ろしいの?」
アンソニーが小声で尋ねた。
「ああ、そうみたいだ」
ナマエは沈んだ声で答えた。渡り廊下に出た時、誰かが名前を呼んだ。
「ナマエ!」
ハーマイオニーがぴょんぴょん飛んで、ナマエに手を振って叫んでいた。
「急いで!ナマエ、マグル学のクラスに遅れちゃう!」
ナマエはレイブンクローの生徒の群れを離れて、ハーマイオニーと空き教室を探した。
二人で誰もいない部屋に忍び込むと、ハーマイオニーはがさごそと逆転時計を取り出した。
「……ハーマイオニー、ルーピン先生の授業はもう受けた?」
「まだよ、グリフィンドールは今日の午後ね。どうだった?」
言いながら、ハーマイオニーは少し背伸びをして、逆転時計の鎖をナマエの首にかけた。ナマエはこの時はじめて、ハーマイオニーよりも自分の方が少し背が高くなったことに気がついた。
「──あー、今までで一番いい先生だと思う」
「楽しみだわ」
ハーマイオニーはにっこりして逆転時計を回した。
ナマエはハーマイオニーと1限目の授業を二回受けたあと、二限目と三限目つづきの魔法薬学の授業に急いだ。魔法薬学は、グリフィンドールとスリザリンの合同授業だった。ナマエは、今学期だけはハーマイオニーと一緒に逆転時計を使わなければ時間割をこなせなかったので、このクラスも一緒に受けることになっていた。今日は新しい薬で「縮み薬」を作ることになった。ハリーとロンが同じ机に、ハーマイオニーはネビルを心配してその隣に座った。
ナマエはその後ろの誰もいない机を陣取ると、マルフォイがやってきて、隣に自分の鍋を据えた。ナマエとマルフォイは同じ机で作業することになった。
ナマエはわけがわからずマルフォイを見たが、マルフォイは何も言わずに教科書をめくっていた。ハリーとロンが何事かとちらちらこちらを見て、スネイプに頭をはたかれていた。気まずい沈黙の中、ナマエとマルフォイは一言も交わさずに淡々と魔法薬の材料を用意し、鍋に火をかけた。
この空気に最初に耐えかねたのは、ナマエだった。
「……もっと火を弱くした方がいい」
マルフォイはナマエを睨んでから火を弱めた。そして、おもむろに口を開いた。
「──お前、何のつもりだ?」
「こっちの台詞なんだけど」
ナマエは大袈裟にため息をついて、雛菊の根を細かく刻みながら言った。
「──何ともないのか」
「え?」
顔を上げると、マルフォイは、ナマエが雛菊の根を押さえている方の腕の包帯を見ているのがわかった。
「ああ、うん。ええと、……別に、問題ない」
ナマエは、マルフォイがナマエの怪我を気にかけていることに驚いて、要領を得ない返事をした。
「どうして僕を庇った?何が目的だ?」
「目的っつったって……」
ナマエは眉を寄せた。雛菊の根を鍋に放り込んでから、マルフォイの方を向いた。
「ドラコ、お前が怪我をしたら──お前の父親がハグリッドを辞めさせようとするだろ……」
ナマエは自分の言葉に落ち込んだ。自分の場合は、父親が知ったとしても気にも留めまい。
「あの大男のために?それだけか?なら残念だな、父上は学校の理事会に訴えた。それに、魔法省にも──」
「うるさいな、別にお前じゃなくても庇った。襲われると気づいた時点で、そうした。──早く毛虫を鍋に入れろ、煮立ってるぞ」
ナマエはイライラしながら材料を鍋に入れ、かき混ぜた。ドラコがハグリッドを「大男」呼ばわりして辞職を願っていること、ナマエをしつこく追求すること、この親子の性根はどうあれ、ドラコは父親に愛されているということ、そして自分は──。
「──おい!溢れてるだろう、やめろ!」
ドラコがナマエの肩をどついた。ナマエははっと我に返った。ナマエが無意識に勢いよく鍋をかき混ぜていたので、机の上に魔法薬が飛び散り、材料やナイフや教科書が縮み始めていた。
「あ、ああ。悪い」
ナマエは手を止めて、縮んだものに杖を向けて「エンゴージオ」と唱えた。すると、縮んだものはみるみる元の大きさに戻った。
ナマエは出来上がった薬を瓶に詰めて提出し、誰とも言葉を交わさずにさっさと教室を出た。
「おい、ミョウジ!」
「なんだよ」
マルフォイに呼び止められて、ナマエは苛立ちながら振り返った。マルフォイの後ろからはハリーたちが小走りでこちらに向かってきていた。
マルフォイはナマエを睨んで言った。
「僕は助けてくれなんて頼んでない、お前が勝手にしたことだ!」
「あっそう!わざわざどうも!」
ナマエは吐き捨てて地下の階段を駆け上がった。
「ナマエ!ナマエ!」
一人で足早に大広間に向かっていると、ハリーとロンがナマエに追いついた。ナマエはようやく歩みをゆるめて、落ち着いた。
「おいおい、マルフォイの言うことなんて真に受けるなよ」
ロンが言った。
「マルフォイはどうして君の隣に座ったんだろう」
「俺も知りたいよ」
ハリーが尋ねたので、ナマエはため息をついた。
「何の話をしていたの?」
「ヒッポグリフの件で、やつの父親がハグリッドを辞めさせようとしてるとか、何で自分を助けたんだとか──」
言いながらナマエは自分の腕を見つめた。ドラコに怪我の具合を聞かれたのを思い出したのだ。もしかしたら、気にしていたのか?あのドラコが──。
そのとき、大きなぐるぐるという音が遮った。ナマエの腹の音だった。
「だめだ、腹ぺこ。昼食にいこう」
三人は大広間に向かい、ナマエはレイブンクローのテーブルに向かった。マイケルたちが手を振った。
「よう、ナマエ!聞いたか?」
「何を?」
ナマエは聞きながら席に着いてシェパーズ・パイの大皿を引き寄せた。
「シリウス・ブラックが目撃されたんだ」
アンソニーが「日刊預言者新聞」を広げて言った。テリーも身を乗り出した。
「マグルの女性が目撃したんだ。もち、その人はほんとのことはわかってない。マグルはブラックが普通の犯罪者だと思ってるだろ?だからその人、捜査ホットラインに電話したんだ。魔法省が現場に着いた時にはもぬけの殻さ」
「しかも、ここからそう遠くない。もうすぐホグズミード行きの日なのに」
マイケルがうんざりと言った。
ナマエはパイを頬張りながら、ホグズミード許可証に書かれた父親のサインを思い出していた。