秘密の部屋
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十月がやってきた。──校庭や城の中に湿った冷たい空気を撒き散らしながら。
銃弾のような大きな雨粒が、何日も続けて城の窓を打ち、湖は水かさを増し、花壇は泥の河のように流れた。
ナマエは最近、なんとなく体調がすぐれない日が続いていた。マイケルにそれを見咎められた。
「ナマエ、顔色が悪いぞ。マダム・ポンフリーが、風邪が大流行してるって言って元気爆発薬を配ってた」
「俺は風邪なんか引かない……」
「ごねるな、ほら、これ飲めよ」
「ええ……いらない」
ナマエはそっぽを向いたが、マイケルはその隙にナマエが飲んでいたかぼちゃジュースに元気爆発薬を注いだ。
ナマエは気付かずにそのゴブレットを煽って、耳から盛大に煙を吹き出すことになった。
しかも、今日まで大事に口に含んでいた、動物もどきになるためのマンドレイクの葉を飲み込んでしまった。
マイケルとテリーはナマエから立ちのぼる煙を見て大笑いし、アンソニーは吹き出しそうなのを堪えていた。
「ご心配どうも!」
ナマエはぷりぷりして立ち上がった。
マンドレイクの葉を飲み込んでしまったので、新しい葉でもう一度、動物もどきの儀式をやり直さないといけない。ああ、あとは満月を待つだけだったのに。せっかくトムに儀式の助言ももらえたのに……。
ナマエは早足で自室に向かった。まだ葉は残っていたはずだ──。
ナマエが渡り廊下を歩いていると、ずぶ濡れで泥だらけの生徒と、半透明のゴーストに出会った。
「ハリー!それに、ニック?」
ナマエが駆け寄ると、『ほとんど首無しニック』が会釈した。ハリーはナマエの耳から吹き出している煙を見ていた。
「ハリー、ずぶ濡れじゃないか。風邪ひくぞ」
さっきマイケルに言われたことを思い出しながら、ナマエは杖先から暖かい風を出してハリーに当てた。
「ありがとう。ナマエ、ねえ君はどうだい?」
「何が?」
ナマエが尋ねると、ニックがハリーの代わりに答えた。
「わたくしの『絶命日パーティ』です!今度のハロウィーンが私の五百回目の絶命日に当たるのです。地下室に世界各国のゴーストが集まります!皆さんが出席していただければ光栄なのですが……」
ニックがちらりとハリーを見た。
「へえ、面白そう。いいよ」
ナマエが二つ返事で答えたので、ハリーは目を丸くした。
「なんと!嬉しいかぎりです」
ニックはにっこりしてその場を去った。ナマエは、ゴーストの集まりに単純に興味がそそられていた。
「ハリーは、なんで誘われてたんだ?」
「ニックが……僕をフィルチから助けてくれたんだ。それで、お礼に何かできることがないかって聞いたら、そのパーティに出てくれないかって」
「なるほど。ゴーストは絶命した日を祝うものなんだな」
ナマエは興味深げに頷いた。トムはこのゴーストの慣習を知っているだろうか?あとで聞いてみよう……。
「ナマエ、何だか顔色が悪いよ?」
すっかり服が乾いたハリーは、心配そうにナマエの顔を覗き込んだ。
「え?気のせいだろ。さっき元気爆発薬を飲まされたのに」
ナマエは耳のそばを手でぱたぱた煽った。煙はもうほとんど出ていなかった。
「ていうことは、飲む前はやっぱり元気がなかったんだね」
「まあ……そうと言えるかもな」
ハリーはなぜだか、人が困っているときの勘が鋭いようだった。ナマエは曖昧に笑ってハリーの肩を叩いた。
「じゃ、またな。絶命日パーティで会おう」
ハロウィーンの日、ナマエが「絶命日パーティ」の話をすると、マイケルたちは驚いて、そのあと同情した。
「絶対に大広間のパーティに来た方が楽しいのに。ゴーストの集会で食べ物が出ると思うのか?」マイケルが言った。
実際、生徒の全員がハロウィーン・パーティを楽しみに待っていた。大広間はいつものように生きたコウモリで飾られ、ハグリッドが作った巨大かぼちゃはくり抜かれて、中に大人三人が十分座れるぐらい大きな提灯になった。ダンブルドア校長がパーティの余興用に「骸骨舞踏団」を予約したとの噂も流れた。
「ハロウィーン・パーティは去年も見たし、来年だってある。でも、ゴーストの絶命日パーティに毎年呼ばれるとは限らないじゃないか」
ナマエはもはやムキになっていた。マイケルはナマエの強がりを見通したように「まあ、パンプキンパイは取っておいてやるよ」と言った。
「──ねえ、いい加減出てってよ!私、一人で泣きたいのよ!」
唐突に甲高い声が響いた。
ナマエの前にずんぐりした女の子のゴーストが浮かんでいた。ナマエがこれまで見た中で一番陰気くさい顔をしていた。その顔も、ダラーッと垂れた猫っ毛と、分厚い乳白色のメガネの陰に半分隠れていた。
まるで、自分で知らないうちに姿現しでもしたようだった。ナマエはさっきまで、談話室にいたのだ。
ナマエは狼狽えて辺りを見渡した。洗面所が並んでいる。トイレのようだった。
「おれ……俺はなんでここに……ここはどこだ?──痛ッ!」
ナマエの左手に痛みが走った。手のひらには、全く覚えのない深い切り傷があった。血がポタポタと溢れている。ナマエは唖然としてその傷を見つめた。
「やだ、その声。あなた、男子だったの?しかも、夢遊病なの?」
ゴーストの女の子は眉根を寄せて、頭にキンキン響く声を出した。非難めいた口調だった。
「ここは女子トイレよ!あなたは最近いつもここにくるわ」
「いつも?俺が、いつもここに?」
「ええ、そうよ!」
ナマエはますます混乱した。全く身に覚えがないのだ。女子トイレに入るなんて、今までたった一度もしたことがない。
「あんた、えっと……俺はナマエだ。あんたは?」
「とぼけないで!みんな私の噂をしてるって、知ってるんだから!太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」
マートルはひときわ甲高い叫び声をあげて、トイレの個室に飛び込んだ。
ナマエはわけがわからず、マートルが飛び込んだ個室に向かって叫んだ。
「待ってくれ!マートル、俺は本当にあんたのことを知らなかったんだ。それに、あんたをそんなふうにいうやつを見たことなんてない」
マートルは啜り泣くだけで、何も答えなかった。
ナマエはズキズキ痛む手のひらに杖を向け、傷を塞いだ。水道で血を洗い流していると、何やらトイレの外が騒がしかったので、ナマエはそっと女子トイレを出た。
廊下には生徒が集まっていた。
「継承者の敵よ、気をつけろ! 次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」
ナマエの耳にドラコ・マルフォイの声が聞こえた。
廊下には沈黙した生徒の群れがあり、その中心にマルフォイがいた。
そして、全員が廊下の壁に釘付けになっていた。窓と窓の間の壁に、高さ三十センチほどの赤黒い文字が塗りつけられ、松明に照らされてちらちらと鈍い光を放っていた。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
マルフォイの大声に引き寄せられたに違いない。アーガス・フィルチが肩で人混みを押し分けてやってきた。
「わたしの猫だ!わたしの猫だ!」
フィルチは金切り声で叫んだ。
ナマエは人垣に混ざり、フィルチの目線を追った。
ミセス・ノリスが、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。板のように硬直し、目はカッと見開いたままだった。
「おまえだな!」フィルチの声が響いた。
フィルチの飛び出した目が、ハリーを捉えていた。ハリーはミセス・ノリスの一番近くに突っ立っていた。側に、ハーマイオニーとロンが見えた。
「おまえだ!おまえがわたしの猫を殺したんだ!俺がおまえを殺してやる!俺が……」
「アーガス!」
ダンブルドアが他に数人の先生を従えて現場に到着した。ダンブルドアは、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。
「アーガス、一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー。君たちもおいで」
ダンブルドアが呼びかけた。
人垣が無言のままパッと左右に割れて、一行を通した。ロックハート、マクゴナガル先生、スネイプ先生もそれに続いた。
生徒たちが監督生の指示で寮に戻り始めた。ナマエは、壁に書かれた赤い文字を見つめて、もう治してしまった自分の手の平の傷を思い出した。
──まさか、まさかそんなこと。関係あるわけがない。
「ナマエ!早く来なさい!」
レイブンクローの監督生のペネロピーが、ナマエを見つけて叱りつけた。ナマエの存在に気がついたマイケル、テリー、アンソニーがナマエに手招きをした。
「ナマエ!ゴーストのパーティは楽しかったかい?その顔だと、満足な食事はでなかったらしいけど」
アンソニーがナマエの蒼白な顔を見て哀れむように言った。
「え?あ、ああうん。刺激的だったよ」
ナマエは咄嗟に嘘をついた。はたして自分は、ゴーストのパーティに行ったのだろうか?もしかして、絶命日パーティで、マートルと知り合ったのかもしれない。ナマエはほとんど自分に言い聞かせるようにそう考えるようにした。
その日の夜も、ナマエはトムの日記を開いた。
トムに自分の記憶があやふやなことと、壁に描かれた文字のことを話した。
『君はまだ十二歳なのに、動物もどきの儀式のような高度な魔法を使おうとしているから、魔力を使い過ぎているように思う。無理はしないで』
ナマエはその言葉にほっと胸を撫でおろした。トムは今やナマエの一番の相談相手になっていた。魔法のことだけではなく、勉強、心配事、親のこと。友達のことまで、トムと話すのが日課になっていた。
それから数日、学校中がミセス・ノリスの襲われた話でもちきりだった。犯人が現場に戻ると考えたのかどうか、フィルチは、猫が襲われた場所を往ったり来たりすることで、みんなの記憶を生々しいものにしていた。文字は相変わらず石壁の上にありありと光を放っていた。
生徒たちの間ではホグワーツの『秘密の部屋』についての噂話が瞬く間に広がった。
「スリザリンは純血主義だった。マグルを入学させたくなかったんだ。それで、スリザリンとグリフィンドールが言い争って、スリザリンが学校を出てった」
テリーがナマエたちに噂話を要約してくれた。
「スリザリンは『秘密の部屋』をつくって、この学校に彼の真の継承者が現れるまで封印したんだ。継承者だけが、その中の恐怖を解き放ち、それを使ってこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するんだって」
「恐怖って、具体的に何?」マイケルが口を挟んだ。
「知らないよ」
テリーが肩をすくめて、ナマエを見て言った。
「そういや、ハッフルパフのジャスティンが、ハリーが継承者じゃないかって言ってたのを聞いたぜ」
「まさか!」ナマエが笑った。
マイケルも鼻で笑って言った。
「スリザリンの継承者がグリフィンドール寮生なんて、とんだお笑い草だよ。それに、マルフォイが言ってたのを聞いただろ?『継承者の敵よ、気をつけろ!』って。まず、あいつが一番怪しい」
ナマエは自分のことで頭がいっぱいになっていたが、確かにそうだと思った。ハリーはマグルに対して偏見がない。
そうだ。絶命日パーティのこと、そしてハリーが石になったミセス・ノリスの近くにいたこと。全てハリーに聞けば何かわかるかもしれない。
ナマエはそう思ったが、躊躇した。「自分が何をしていたか覚えてないんだけど、教えてくれないか?」なんて、馬鹿げた質問だ。
「ナマエ、全然食べてないね。大丈夫?」
アンソニーが心配げにナマエを見た。ナマエは「うん、今食べる」と言って、スプーンでポテトサラダをほんの少しだけ掬った。
銃弾のような大きな雨粒が、何日も続けて城の窓を打ち、湖は水かさを増し、花壇は泥の河のように流れた。
ナマエは最近、なんとなく体調がすぐれない日が続いていた。マイケルにそれを見咎められた。
「ナマエ、顔色が悪いぞ。マダム・ポンフリーが、風邪が大流行してるって言って元気爆発薬を配ってた」
「俺は風邪なんか引かない……」
「ごねるな、ほら、これ飲めよ」
「ええ……いらない」
ナマエはそっぽを向いたが、マイケルはその隙にナマエが飲んでいたかぼちゃジュースに元気爆発薬を注いだ。
ナマエは気付かずにそのゴブレットを煽って、耳から盛大に煙を吹き出すことになった。
しかも、今日まで大事に口に含んでいた、動物もどきになるためのマンドレイクの葉を飲み込んでしまった。
マイケルとテリーはナマエから立ちのぼる煙を見て大笑いし、アンソニーは吹き出しそうなのを堪えていた。
「ご心配どうも!」
ナマエはぷりぷりして立ち上がった。
マンドレイクの葉を飲み込んでしまったので、新しい葉でもう一度、動物もどきの儀式をやり直さないといけない。ああ、あとは満月を待つだけだったのに。せっかくトムに儀式の助言ももらえたのに……。
ナマエは早足で自室に向かった。まだ葉は残っていたはずだ──。
ナマエが渡り廊下を歩いていると、ずぶ濡れで泥だらけの生徒と、半透明のゴーストに出会った。
「ハリー!それに、ニック?」
ナマエが駆け寄ると、『ほとんど首無しニック』が会釈した。ハリーはナマエの耳から吹き出している煙を見ていた。
「ハリー、ずぶ濡れじゃないか。風邪ひくぞ」
さっきマイケルに言われたことを思い出しながら、ナマエは杖先から暖かい風を出してハリーに当てた。
「ありがとう。ナマエ、ねえ君はどうだい?」
「何が?」
ナマエが尋ねると、ニックがハリーの代わりに答えた。
「わたくしの『絶命日パーティ』です!今度のハロウィーンが私の五百回目の絶命日に当たるのです。地下室に世界各国のゴーストが集まります!皆さんが出席していただければ光栄なのですが……」
ニックがちらりとハリーを見た。
「へえ、面白そう。いいよ」
ナマエが二つ返事で答えたので、ハリーは目を丸くした。
「なんと!嬉しいかぎりです」
ニックはにっこりしてその場を去った。ナマエは、ゴーストの集まりに単純に興味がそそられていた。
「ハリーは、なんで誘われてたんだ?」
「ニックが……僕をフィルチから助けてくれたんだ。それで、お礼に何かできることがないかって聞いたら、そのパーティに出てくれないかって」
「なるほど。ゴーストは絶命した日を祝うものなんだな」
ナマエは興味深げに頷いた。トムはこのゴーストの慣習を知っているだろうか?あとで聞いてみよう……。
「ナマエ、何だか顔色が悪いよ?」
すっかり服が乾いたハリーは、心配そうにナマエの顔を覗き込んだ。
「え?気のせいだろ。さっき元気爆発薬を飲まされたのに」
ナマエは耳のそばを手でぱたぱた煽った。煙はもうほとんど出ていなかった。
「ていうことは、飲む前はやっぱり元気がなかったんだね」
「まあ……そうと言えるかもな」
ハリーはなぜだか、人が困っているときの勘が鋭いようだった。ナマエは曖昧に笑ってハリーの肩を叩いた。
「じゃ、またな。絶命日パーティで会おう」
ハロウィーンの日、ナマエが「絶命日パーティ」の話をすると、マイケルたちは驚いて、そのあと同情した。
「絶対に大広間のパーティに来た方が楽しいのに。ゴーストの集会で食べ物が出ると思うのか?」マイケルが言った。
実際、生徒の全員がハロウィーン・パーティを楽しみに待っていた。大広間はいつものように生きたコウモリで飾られ、ハグリッドが作った巨大かぼちゃはくり抜かれて、中に大人三人が十分座れるぐらい大きな提灯になった。ダンブルドア校長がパーティの余興用に「骸骨舞踏団」を予約したとの噂も流れた。
「ハロウィーン・パーティは去年も見たし、来年だってある。でも、ゴーストの絶命日パーティに毎年呼ばれるとは限らないじゃないか」
ナマエはもはやムキになっていた。マイケルはナマエの強がりを見通したように「まあ、パンプキンパイは取っておいてやるよ」と言った。
「──ねえ、いい加減出てってよ!私、一人で泣きたいのよ!」
唐突に甲高い声が響いた。
ナマエの前にずんぐりした女の子のゴーストが浮かんでいた。ナマエがこれまで見た中で一番陰気くさい顔をしていた。その顔も、ダラーッと垂れた猫っ毛と、分厚い乳白色のメガネの陰に半分隠れていた。
まるで、自分で知らないうちに姿現しでもしたようだった。ナマエはさっきまで、談話室にいたのだ。
ナマエは狼狽えて辺りを見渡した。洗面所が並んでいる。トイレのようだった。
「おれ……俺はなんでここに……ここはどこだ?──痛ッ!」
ナマエの左手に痛みが走った。手のひらには、全く覚えのない深い切り傷があった。血がポタポタと溢れている。ナマエは唖然としてその傷を見つめた。
「やだ、その声。あなた、男子だったの?しかも、夢遊病なの?」
ゴーストの女の子は眉根を寄せて、頭にキンキン響く声を出した。非難めいた口調だった。
「ここは女子トイレよ!あなたは最近いつもここにくるわ」
「いつも?俺が、いつもここに?」
「ええ、そうよ!」
ナマエはますます混乱した。全く身に覚えがないのだ。女子トイレに入るなんて、今までたった一度もしたことがない。
「あんた、えっと……俺はナマエだ。あんたは?」
「とぼけないで!みんな私の噂をしてるって、知ってるんだから!太っちょマートル、ブスのマートル、惨め屋・うめき屋・ふさぎ屋マートル!」
マートルはひときわ甲高い叫び声をあげて、トイレの個室に飛び込んだ。
ナマエはわけがわからず、マートルが飛び込んだ個室に向かって叫んだ。
「待ってくれ!マートル、俺は本当にあんたのことを知らなかったんだ。それに、あんたをそんなふうにいうやつを見たことなんてない」
マートルは啜り泣くだけで、何も答えなかった。
ナマエはズキズキ痛む手のひらに杖を向け、傷を塞いだ。水道で血を洗い流していると、何やらトイレの外が騒がしかったので、ナマエはそっと女子トイレを出た。
廊下には生徒が集まっていた。
「継承者の敵よ、気をつけろ! 次はおまえたちの番だぞ、『穢れた血』め!」
ナマエの耳にドラコ・マルフォイの声が聞こえた。
廊下には沈黙した生徒の群れがあり、その中心にマルフォイがいた。
そして、全員が廊下の壁に釘付けになっていた。窓と窓の間の壁に、高さ三十センチほどの赤黒い文字が塗りつけられ、松明に照らされてちらちらと鈍い光を放っていた。
秘密の部屋は開かれたり
継承者の敵よ、気をつけよ
マルフォイの大声に引き寄せられたに違いない。アーガス・フィルチが肩で人混みを押し分けてやってきた。
「わたしの猫だ!わたしの猫だ!」
フィルチは金切り声で叫んだ。
ナマエは人垣に混ざり、フィルチの目線を追った。
ミセス・ノリスが、松明の腕木に尻尾を絡ませてぶら下がっている。板のように硬直し、目はカッと見開いたままだった。
「おまえだな!」フィルチの声が響いた。
フィルチの飛び出した目が、ハリーを捉えていた。ハリーはミセス・ノリスの一番近くに突っ立っていた。側に、ハーマイオニーとロンが見えた。
「おまえだ!おまえがわたしの猫を殺したんだ!俺がおまえを殺してやる!俺が……」
「アーガス!」
ダンブルドアが他に数人の先生を従えて現場に到着した。ダンブルドアは、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。
「アーガス、一緒に来なさい。ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー、ミス・グレンジャー。君たちもおいで」
ダンブルドアが呼びかけた。
人垣が無言のままパッと左右に割れて、一行を通した。ロックハート、マクゴナガル先生、スネイプ先生もそれに続いた。
生徒たちが監督生の指示で寮に戻り始めた。ナマエは、壁に書かれた赤い文字を見つめて、もう治してしまった自分の手の平の傷を思い出した。
──まさか、まさかそんなこと。関係あるわけがない。
「ナマエ!早く来なさい!」
レイブンクローの監督生のペネロピーが、ナマエを見つけて叱りつけた。ナマエの存在に気がついたマイケル、テリー、アンソニーがナマエに手招きをした。
「ナマエ!ゴーストのパーティは楽しかったかい?その顔だと、満足な食事はでなかったらしいけど」
アンソニーがナマエの蒼白な顔を見て哀れむように言った。
「え?あ、ああうん。刺激的だったよ」
ナマエは咄嗟に嘘をついた。はたして自分は、ゴーストのパーティに行ったのだろうか?もしかして、絶命日パーティで、マートルと知り合ったのかもしれない。ナマエはほとんど自分に言い聞かせるようにそう考えるようにした。
その日の夜も、ナマエはトムの日記を開いた。
トムに自分の記憶があやふやなことと、壁に描かれた文字のことを話した。
『君はまだ十二歳なのに、動物もどきの儀式のような高度な魔法を使おうとしているから、魔力を使い過ぎているように思う。無理はしないで』
ナマエはその言葉にほっと胸を撫でおろした。トムは今やナマエの一番の相談相手になっていた。魔法のことだけではなく、勉強、心配事、親のこと。友達のことまで、トムと話すのが日課になっていた。
それから数日、学校中がミセス・ノリスの襲われた話でもちきりだった。犯人が現場に戻ると考えたのかどうか、フィルチは、猫が襲われた場所を往ったり来たりすることで、みんなの記憶を生々しいものにしていた。文字は相変わらず石壁の上にありありと光を放っていた。
生徒たちの間ではホグワーツの『秘密の部屋』についての噂話が瞬く間に広がった。
「スリザリンは純血主義だった。マグルを入学させたくなかったんだ。それで、スリザリンとグリフィンドールが言い争って、スリザリンが学校を出てった」
テリーがナマエたちに噂話を要約してくれた。
「スリザリンは『秘密の部屋』をつくって、この学校に彼の真の継承者が現れるまで封印したんだ。継承者だけが、その中の恐怖を解き放ち、それを使ってこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するんだって」
「恐怖って、具体的に何?」マイケルが口を挟んだ。
「知らないよ」
テリーが肩をすくめて、ナマエを見て言った。
「そういや、ハッフルパフのジャスティンが、ハリーが継承者じゃないかって言ってたのを聞いたぜ」
「まさか!」ナマエが笑った。
マイケルも鼻で笑って言った。
「スリザリンの継承者がグリフィンドール寮生なんて、とんだお笑い草だよ。それに、マルフォイが言ってたのを聞いただろ?『継承者の敵よ、気をつけろ!』って。まず、あいつが一番怪しい」
ナマエは自分のことで頭がいっぱいになっていたが、確かにそうだと思った。ハリーはマグルに対して偏見がない。
そうだ。絶命日パーティのこと、そしてハリーが石になったミセス・ノリスの近くにいたこと。全てハリーに聞けば何かわかるかもしれない。
ナマエはそう思ったが、躊躇した。「自分が何をしていたか覚えてないんだけど、教えてくれないか?」なんて、馬鹿げた質問だ。
「ナマエ、全然食べてないね。大丈夫?」
アンソニーが心配げにナマエを見た。ナマエは「うん、今食べる」と言って、スプーンでポテトサラダをほんの少しだけ掬った。