賢者の石
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ナマエはハリーが残した透明マントを被って、廊下を走っていた。
いろんな感情がないまぜになっていた。強く自覚していたのは疎外感と苛立ちだった。
「一時間も待ってられるか」
ナマエはまっすぐにふくろう小屋に向かった。
「ヘドウィグ!いるのか、ヘドウィグ!」
ナマエがマントをかなぐり捨てて叫ぶと、あたりのふくろうがキーっと鳴き出した。
喧騒の中から白いふくろうがばさばさと近づいてきた。
「……ごめん、大声だったな」
ナマエはポケットから羊皮紙の切れ端を取り出し、杖で叩いた。
すると、羊皮紙にじんわりと少し読みにくい文字が浮かび上がった。
『ダンブルドア先生 ホグワーツで危機 石を ハリー・ポッターが守っている』
「上出来だろ」
ナマエは出来上がった手紙の文を確認すると、ヘドウィグに巻きつけた。
「ダンブルドアに大急ぎで頼むよ、お前の主人を助けてくれるように」
ヘドウィグの背中を手の甲でひと撫ですると、ヘドウィグはすぐさま夜の闇の中に飛び去った。
ナマエはそれを見届けると再び透明マントを被り、ふくろう小屋の階段を駆け降りた。
ナマエはできるだけ足音を立てないように再び禁じられた廊下へと走った。すると、廊下の向こうから灯りと足音が近づいてくる気配を感じた。
ナマエは壁に身を寄せ、上がった息をゆっくり整えた。コツコツと足音が近づいてくる。見回りの教師のようだった。
足音が大きくなる。すぐ側まで来た。頼む、通り過ぎてくれ。
ナマエは思わず息を呑んだ。現れた人物はぴたりと足を止めた。
──スネイプだ。
スネイプは灯りをかざし、ナマエのいるあたりをじっと見たが、そのまま歩き去っていった。ナマエは混乱した。
(フラッフィーを出し抜いたのはスネイプじゃなかった……!)
じゃあ、ハリーたちが向かった先にいるのは、もしかしたら……
──もしかしたら、『例のあの人』が?
ナマエの心臓がぎゅっと痛くなった。
スネイプの気配が消えると、ナマエは再び全速力でフラッフィーの部屋に戻った。
フラッフィーはまだすやすや眠っていた。
「はあ、はあっ…る、ルーモスっ!」
杖に灯りを灯し、ハリー達が降りて行った扉の中に向けたが、何も見えない。
ナマエはハリーたちが無事に着地したことを思い出して気を落ち着かせた。
意を決して、ナマエは暗闇の中に飛び込んだ。
そのまま垂直にほとんど落下といえるスピードで降りていった。
ぱふんと柔らかいクッションに着地した。
杖を向けると、柔らかい蔦のようなものが蠢いていた。
杖灯りを怖がっているようだった。
ナマエは杖を蔦に向けて振り回しながら奥に進んだ。
通路の出口に出ると、眩い光が目を眩ました。天井の広い部屋には宝石のようにキラキラ光る小鳥が部屋いっぱいに飛び回っていた。
「ハリー!ローン!ハーマイオニー!」
ナマエは叫んだが返答はなかった。その部屋を通り抜けようとすると、部屋の床に箒が何本か乱雑に置いてあることに気がついた。
「……これで上に戻れるな」
ナマエが次の部屋に足を踏み入れると、目を疑うような光景が広がっていた。
大きなチェス盤がある。同じく巨大な駒は、ナマエの背丈よりもずっと大きく、全員不気味なのっぺらぼうだった。駒は盤の左右に整列していたが、そこかしこに壊された駒が散らばっている。ふと壊れた駒たちの中に、赤い毛が見えた。ナマエは青ざめた。
「ロン!ロンおい、大丈夫か、ロン!」
ナマエはロンに駆け寄って抱き上げた。頭を強く打っているようで、意識がない。
ナマエはロンの頭を膝に乗せ、杖を向けた。
「……リナベイト!……エピスキー!癒えよ!」
ナマエは泣きそうになりながら半分当てずっぽうで自分の知る限りの治癒術を掛けまくった。
すると、ロンの瞼がピクリと動いた。
「……ナマエ?」
ナマエがほっと息をついて頷いた。その時、奥の扉からハーマイオニーが現れた。
「ああ、ナマエ!ロン!ロンは無事なのね?」
「うん、多分。ハーマイオニー、ハリーは?」
「ハリーは──」
答えかけたハーマイオニーが言葉を切り、ナマエの背後に目をやった。
「──ハリーは行ってしまったようじゃの」
「あ……ダンブルドア……校長!」
ナマエが振り返ると、ダンブルドアが立っていた。
ナマエたちが何か言う前ににこりと微笑んだ。
「ようやった。さあ、ハリーはわしに任せて。マダム・ポンフリーのもとへ行きなさい」
「先生!石を盗もうとしてるのは、ハリーが向かったのは、例のあの──」
ダンブルドアはナマエを手で制して頷き、矢のように走り去った。
ナマエ、ロン、ハーマイオニーはダンブルドアの言いつけ通りに来た道を引き返した。
「箒に乗れる?ロン」
「ああ……ナマエよりは」
「また気を失いたいのか?」
ロンは笑ったが傷が痛むのかすぐに顔をしかめた。
「ナマエ、乗れる?ごめんなさい、私は二人乗りの自信がないし、ロンは怪我を──」
「自分で何とかするってば」
ナマエは投げやりに答えて箒が転がる床を見た。
「上がれ!」
何も起こらない。ロンはほらな、という顔でハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは無視した。
ナマエは黙って箒を拾い上げると、成功を祈って箒の柄にキスを落とした。
「……頼むよ、相棒」
ナマエは箒にまたがり、柄をぎゅっとにぎった。すると、少しだけ地面から浮いた。
「浮いた!!!!」
ナマエは興奮してロンとハーマイオニーを見たが、二人はその様子を見てかえって不安になった。
ナマエはゆっくりその場で旋回し、飛行術の初成功に喜んだ。
「愛してるよ、相棒!ロン、ハーマイオニー。先に行ってくれ!」
「わかったけど、僕のあとに君が来い。そのあとハーマイオニーだ」
「そうね、そうしましょう」
ロンとハーマイオニーは、ゆらゆら不安定に飛ぶナマエをはさんで箒で脱出し、フラッフィーのいる部屋に戻ってきた。
ナマエのオカリナはまだ鳴り続けて、フラッフィーを寝かしつけていた。ナマエたちは三人で医務室に向かった。
──そこからはてんやわんやだった。
マダム・ポンフリーはロンを治療するためにナマエとハーマイオニーを追い出した。ナマエたち二人は駆けつけたマクゴナガル先生とスネイプに事情を説明していると、ダンブルドアがハリーを抱いて医務室に入って行った。
ナマエたちはダンブルドアに経緯を聞きたかったが、「ハリーは無事じゃ、君たちも休みなさい」と一蹴されてしまった。
「おやすみ、ハーマイオニー」
「おやすみなさい」
ナマエとハーマイオニーはそれぞれ寮へ戻り、それから自室のベッドに潜り込んだ。
翌朝、ナマエは心ゆくまで眠り込む算段だったが、テリー達に叩き起こされた。
「ナマエ、おい!昨日の晩どこに行ってたって!?」
テリーとアンソニー、マイケルが興奮気味にナマエのベッドを囲んでいた。
どうやら、城中がすでに昨晩の話題で持ちきりらしかった。テリーたちは大広間での朝食で聞き齧ってきたらしい。
誰が誰に聞いたのか、むしろナマエよりもみんなの方が詳しかった。
ハリーが賢者の石を守るために対峙したのは、実はクィレルだったこと。クィレルの頭のターバンの中には例のあの人が棲みついていたこと。ナマエはその話を聞いて新鮮に驚いたため、テリー達は拍子抜けしたようだった。
「ナマエもハリー・ポッターと一緒に行ったって聞いたから、もっと詳しく知ってると思ったのに」
「俺はダンブルドアに知らせに行っただけなんだ、詳しくは知らないんだって。ほんとに。だからもういい加減、着替えさせてくれ」
ナマエは頭を掻いた。ハリー達に会いたい。
ナマエはテリー達を押しのけ、急いで着替えて医務室に向かった。
医務室の前ではマダム・ポンフリーとハーマイオニーが闘っていた。
「いいえ。絶対にいけません」
「ダンブルドア先生は入れてくださったのに……」
「そりゃ、校長先生ですから、あなたとは違います」
「──五分でいいんです。お願い、マダム・ポンフリー」
ナマエはひょこっと加勢した。
ハーマイオニーは驚いて振り返ったがすぐに笑顔になった。
マダム・ポンフリーはナマエをジロリと睨んでからため息をついた。
「……でも、五分だけですよ」
二人は病室に入れてもらえた。
「ハリー!ロン!」
ハーマイオニーは二人並んだベッドの間に駆け寄った。
ハリーはまだ疲れているようだったが、思ったよりも元気そうだった。ナマエはベッドの脇に積み上げられている見舞いの品をみてニヤッと笑った。
「ハリーには俺からも、どうぞ」
ナマエは預かっていたハリーの透明マントを渡した。ハリーはにっこりして受け取った。
「学校中があんたの話でもちきりだ、ハリー。実際、何があったんだ?」
ナマエが尋ねると、ロンもぐいと身を乗り出した。
ハリーたちはナマエにことの次第を話して聞かせた。
スプラウトの悪魔の罠、マダム・フーチの鍵小鳥、マクゴナガルの巨大チェス、スネイプの魔法薬、そしてダンブルドアの──
「みぞの鏡……」
ナマエは反芻した。みぞの鏡。望みを写すまじないの鏡。賢者の石を見つけたいと願うと手に入り、石を使いたいと願うものには手に入らない仕掛けが施されていたと、ハリーは説明した。自分なら、どうだっただろうか?きっと……ナマエなら、ただ母親を写すだけだったかもしれない。
クィレルもとい「例のあの人」は、賢者の石を使って復活を望んだ彼には、これだけは破れなかったらしい。
「ダンブルドアは、ニコラス・フラメルと話し合って、石を破壊することにしたと言ってたよ」
ハリーは一通りを説明し終え、また疲れたようにベッドに寝転んだ。
「明日は学年末のパーティーがあるから元気になって起きていかなくちゃ。ま、スリザリンが優勝だろうけど」
ロンが元気付けるように言った。
ナマエはそうだ、と思い出してニヤッと歯を見せた。
「あんたがすっぽかした今日の、今シーズン最後のクィディッチ試合は、我がレイブンクローの勝利だったらしいぜ」
ハーマイオニーとロンが水を差すなと咎めるようにナマエを睨んだ。
ちょうどその時マダム・ポンフリーが勢いよく入ってきて、キッパリと言った。
「もう十五分も経ちましたよ。さあ、出なさい」
学年末パーティの日、大広間は生徒でいっぱいだった。
スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いに、広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られていた。
「また一年が過ぎた!」ダンブルドアがほがらかに言った。
「一同、ごちそうにかぶりつく前に、ここで寮対抗杯の表彰を行おう」
スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音があがった。
「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」とダンブルドアが言った。
部屋全体がシーンとなった。スリザリン寮生の笑いが少し消えた。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう」
ダンブルドアが咳払いをした。
「ロナルド・ウィーズリー」
ロンの顔が赤くなった。
「この何年間か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに五〇点を与える」
「次に……ハーマイオニー・グレンジャー……火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに五〇点を与える」
ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。きっとうれし泣きしているに違いないとナマエは思った。
グリフィンドールの寮生が、テーブルのあちこちで我を忘れて狂喜している……一〇〇点も増えた。
「三番目はハリー・ポッター……」
部屋中が水を打ったようにシーンとなった。
「……その完璧な精神力と、並はずれた勇気を称え、グリフィンドールに六〇点を与える」
耳をつんざく大騒音だった。ダンブルドアはほほえんだ。
「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に一〇点を与えたい」
何かが爆発したのかと思うほどの歓声がグリフィンドールから湧き上がった。
レイブンクロー、ハッフルパフすらスリザリンを引き摺り下ろしたグリフィンドールに喝采をあげた。
ナマエはなんとなく口元だけ笑って乾いた拍手をした。
「──最後に」
ダンブルドアの声が響くと、お祭り騒ぎだった大広間が水を打ったようにシーンとなった。
「ナマエ……ミョウジ」
広間中の全員がナマエを見た。
ナマエの心臓が激しく動いた。視線が痛い。ハリーはいつもこんな注目を浴び続けているのか。ナマエはそこで初めて思い知った。
「友人の危機を冷静に把握し、最善の行動を最短の時間で行い、被害を最小限に止めた。冷静な判断力を称え、レイブンクローに五十点を与える」
レイブンクローは割れんばかりの歓声を上げた。
ナマエはあまり寮杯の計算をしていなかったのだが、なんとレイブンクローが首位に躍り出たらしかった。
ナマエはあれよあれよとレイブンクロー生たちに胴上げをされていた。ぐるぐる回る視界でダンブルドアを見ると、ダンブルドアはパン!と手を鳴らした。大広間の装飾が緑から青に変わった。
ナマエは胴上げを早く終わらせて欲しかった。もちろん、もともと点を稼いでいたレイブンクロー生に罪はないが……最後に加点されるべきはどう考えても自分じゃない。ハリー達だった。せめて、俺を最初に発表してくれれば、グリフィンドールをがっかりさせなかったのに。そんな考えがどうしても拭えなかった。
ナマエはダンブルドアを恨めしげに見た。愉快そうに見えて、余計に腹が立った。
数日経って、ほとんど忘れていた試験の結果が発表された。
ナマエは飛行術を除けばほとんど満点と言えるほど良い成績だった。レイブンクローの一年生の中では首位だと思ったが、もちろん学年トップはハーマイオニーだった。
「なんで百点満点のテストで百二十点も取れるんだよ?」
ナマエが項垂れると、ハーマイオニーは得意げに笑った。
あっという間に帰宅の日がやってきた。荷造り中に、見覚えのない赤い玉を見つけた。
ナマエは手に取って掲げ、隣で荷造りしているアンソニーに尋ねた。
「これ、誰の?」
「それ、『思い出し玉』じゃないか?何か忘れていると、赤くなるんだ」
「あっ!」
ネビルの思い出し玉だった。返すのをうっかり忘れていたのだ。
途端に玉の中に煙のようなものが湧き、白くなった。
ハグリッドが湖を渡る船に生徒たちを乗せ、そして全員ホグワーツ特急に乗り込んだ。
ナマエは汽車の通路を飛び跳ねていたヒキガエルを危うく踏んづけそうになり、「うわっ」と叫んだ。
「トレバー!」
持ち主のネビルが情けない顔でカエルを追ってやってきて、トレバーを抱き抱えると、ほっとしたように笑った。
「ネビル!ごめん。これあんたのだろ?」
ナマエはごそごそとポケットをまさぐり、思い出し玉をネビルに渡した。
「ちょっと前に拾ったんだけど、返すのを忘れてた」
「うわあ、ありがとう!ナマエ」
ネビルが思い出し玉を受け取ると、たちまち玉は赤くなった。
夏休みの間に魔法を使えない分、ナマエはテリー、マイケル、アンソニーたちと同じコンパートメント内で杖から火花を散らして遊んだり、お互いの杖の振り方にケチをつけたりした。
ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームに到着した。プラットフォームを出るときに、ナマエはハリー、ロン、ハーマイオニーに出くわした。
「夏休みに三人とも家に泊まりにきてよ。ふくろう便を送るよ」とロンが言った。
「ほんとか!」
ナマエとハリーは目を輝かせた。
四人は一緒に改札口を出た。迎えの家族や駅を利用するマグルで駅はごった返していた。
「忙しい一年だった?」
ロンの母親らしき女性がロンとハリーに笑いかけた。
「ええ、とても。お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん」とハリーが答えた。
「まあ、どういたしまして」
ウィーズリーおばさんの後ろで、赤毛の小さな女の子がハリーをちらちらと覗いていた。
「こんにちは」
ナマエとハーマイオニーはウィーズリーおばさんとロンの妹らしき女の子に挨拶した。
ロンの妹らしき小さな女の子が、ナマエと目が合ったとたんに飛び跳ねてウィーズリーおばさんの背中に隠れた。
ナマエはきょとんとしてからロンを見た。なぜかロンは吹き出した。
「笑い事か?」
「ジニーったら!ごめんなさいねえ、照れ屋さんなのよ」
「ただ面食いなんだよ」
ロンがうんざりして言った。
ナマエは照れて困ったように笑ってから辺りを見回すと、ハリーはいつのまにか怒りっぽい太っちょのマグルに引っ張られてどこかに消えてしまっていた。
ハーマイオニーも遠くに自分の両親を見つけたらしく、大きく手を振ってからナマエに振り返った。
「ナマエのご家族は迎えにいらっしゃるの?」
「ああ、うーん。駅を出たら屋敷しもべが迎えに来るかな」
多分、とナマエは言った。
──父親はマグルが嫌いだから、絶対にこんな駅までやってこないんだ。
そんな説明をハーマイオニーにできるはずがなかった。
「じゃあ、夏休みに会おう!」
ナマエは手を振った。
いろんな感情がないまぜになっていた。強く自覚していたのは疎外感と苛立ちだった。
「一時間も待ってられるか」
ナマエはまっすぐにふくろう小屋に向かった。
「ヘドウィグ!いるのか、ヘドウィグ!」
ナマエがマントをかなぐり捨てて叫ぶと、あたりのふくろうがキーっと鳴き出した。
喧騒の中から白いふくろうがばさばさと近づいてきた。
「……ごめん、大声だったな」
ナマエはポケットから羊皮紙の切れ端を取り出し、杖で叩いた。
すると、羊皮紙にじんわりと少し読みにくい文字が浮かび上がった。
『ダンブルドア先生 ホグワーツで危機 石を ハリー・ポッターが守っている』
「上出来だろ」
ナマエは出来上がった手紙の文を確認すると、ヘドウィグに巻きつけた。
「ダンブルドアに大急ぎで頼むよ、お前の主人を助けてくれるように」
ヘドウィグの背中を手の甲でひと撫ですると、ヘドウィグはすぐさま夜の闇の中に飛び去った。
ナマエはそれを見届けると再び透明マントを被り、ふくろう小屋の階段を駆け降りた。
ナマエはできるだけ足音を立てないように再び禁じられた廊下へと走った。すると、廊下の向こうから灯りと足音が近づいてくる気配を感じた。
ナマエは壁に身を寄せ、上がった息をゆっくり整えた。コツコツと足音が近づいてくる。見回りの教師のようだった。
足音が大きくなる。すぐ側まで来た。頼む、通り過ぎてくれ。
ナマエは思わず息を呑んだ。現れた人物はぴたりと足を止めた。
──スネイプだ。
スネイプは灯りをかざし、ナマエのいるあたりをじっと見たが、そのまま歩き去っていった。ナマエは混乱した。
(フラッフィーを出し抜いたのはスネイプじゃなかった……!)
じゃあ、ハリーたちが向かった先にいるのは、もしかしたら……
──もしかしたら、『例のあの人』が?
ナマエの心臓がぎゅっと痛くなった。
スネイプの気配が消えると、ナマエは再び全速力でフラッフィーの部屋に戻った。
フラッフィーはまだすやすや眠っていた。
「はあ、はあっ…る、ルーモスっ!」
杖に灯りを灯し、ハリー達が降りて行った扉の中に向けたが、何も見えない。
ナマエはハリーたちが無事に着地したことを思い出して気を落ち着かせた。
意を決して、ナマエは暗闇の中に飛び込んだ。
そのまま垂直にほとんど落下といえるスピードで降りていった。
ぱふんと柔らかいクッションに着地した。
杖を向けると、柔らかい蔦のようなものが蠢いていた。
杖灯りを怖がっているようだった。
ナマエは杖を蔦に向けて振り回しながら奥に進んだ。
通路の出口に出ると、眩い光が目を眩ました。天井の広い部屋には宝石のようにキラキラ光る小鳥が部屋いっぱいに飛び回っていた。
「ハリー!ローン!ハーマイオニー!」
ナマエは叫んだが返答はなかった。その部屋を通り抜けようとすると、部屋の床に箒が何本か乱雑に置いてあることに気がついた。
「……これで上に戻れるな」
ナマエが次の部屋に足を踏み入れると、目を疑うような光景が広がっていた。
大きなチェス盤がある。同じく巨大な駒は、ナマエの背丈よりもずっと大きく、全員不気味なのっぺらぼうだった。駒は盤の左右に整列していたが、そこかしこに壊された駒が散らばっている。ふと壊れた駒たちの中に、赤い毛が見えた。ナマエは青ざめた。
「ロン!ロンおい、大丈夫か、ロン!」
ナマエはロンに駆け寄って抱き上げた。頭を強く打っているようで、意識がない。
ナマエはロンの頭を膝に乗せ、杖を向けた。
「……リナベイト!……エピスキー!癒えよ!」
ナマエは泣きそうになりながら半分当てずっぽうで自分の知る限りの治癒術を掛けまくった。
すると、ロンの瞼がピクリと動いた。
「……ナマエ?」
ナマエがほっと息をついて頷いた。その時、奥の扉からハーマイオニーが現れた。
「ああ、ナマエ!ロン!ロンは無事なのね?」
「うん、多分。ハーマイオニー、ハリーは?」
「ハリーは──」
答えかけたハーマイオニーが言葉を切り、ナマエの背後に目をやった。
「──ハリーは行ってしまったようじゃの」
「あ……ダンブルドア……校長!」
ナマエが振り返ると、ダンブルドアが立っていた。
ナマエたちが何か言う前ににこりと微笑んだ。
「ようやった。さあ、ハリーはわしに任せて。マダム・ポンフリーのもとへ行きなさい」
「先生!石を盗もうとしてるのは、ハリーが向かったのは、例のあの──」
ダンブルドアはナマエを手で制して頷き、矢のように走り去った。
ナマエ、ロン、ハーマイオニーはダンブルドアの言いつけ通りに来た道を引き返した。
「箒に乗れる?ロン」
「ああ……ナマエよりは」
「また気を失いたいのか?」
ロンは笑ったが傷が痛むのかすぐに顔をしかめた。
「ナマエ、乗れる?ごめんなさい、私は二人乗りの自信がないし、ロンは怪我を──」
「自分で何とかするってば」
ナマエは投げやりに答えて箒が転がる床を見た。
「上がれ!」
何も起こらない。ロンはほらな、という顔でハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーは無視した。
ナマエは黙って箒を拾い上げると、成功を祈って箒の柄にキスを落とした。
「……頼むよ、相棒」
ナマエは箒にまたがり、柄をぎゅっとにぎった。すると、少しだけ地面から浮いた。
「浮いた!!!!」
ナマエは興奮してロンとハーマイオニーを見たが、二人はその様子を見てかえって不安になった。
ナマエはゆっくりその場で旋回し、飛行術の初成功に喜んだ。
「愛してるよ、相棒!ロン、ハーマイオニー。先に行ってくれ!」
「わかったけど、僕のあとに君が来い。そのあとハーマイオニーだ」
「そうね、そうしましょう」
ロンとハーマイオニーは、ゆらゆら不安定に飛ぶナマエをはさんで箒で脱出し、フラッフィーのいる部屋に戻ってきた。
ナマエのオカリナはまだ鳴り続けて、フラッフィーを寝かしつけていた。ナマエたちは三人で医務室に向かった。
──そこからはてんやわんやだった。
マダム・ポンフリーはロンを治療するためにナマエとハーマイオニーを追い出した。ナマエたち二人は駆けつけたマクゴナガル先生とスネイプに事情を説明していると、ダンブルドアがハリーを抱いて医務室に入って行った。
ナマエたちはダンブルドアに経緯を聞きたかったが、「ハリーは無事じゃ、君たちも休みなさい」と一蹴されてしまった。
「おやすみ、ハーマイオニー」
「おやすみなさい」
ナマエとハーマイオニーはそれぞれ寮へ戻り、それから自室のベッドに潜り込んだ。
翌朝、ナマエは心ゆくまで眠り込む算段だったが、テリー達に叩き起こされた。
「ナマエ、おい!昨日の晩どこに行ってたって!?」
テリーとアンソニー、マイケルが興奮気味にナマエのベッドを囲んでいた。
どうやら、城中がすでに昨晩の話題で持ちきりらしかった。テリーたちは大広間での朝食で聞き齧ってきたらしい。
誰が誰に聞いたのか、むしろナマエよりもみんなの方が詳しかった。
ハリーが賢者の石を守るために対峙したのは、実はクィレルだったこと。クィレルの頭のターバンの中には例のあの人が棲みついていたこと。ナマエはその話を聞いて新鮮に驚いたため、テリー達は拍子抜けしたようだった。
「ナマエもハリー・ポッターと一緒に行ったって聞いたから、もっと詳しく知ってると思ったのに」
「俺はダンブルドアに知らせに行っただけなんだ、詳しくは知らないんだって。ほんとに。だからもういい加減、着替えさせてくれ」
ナマエは頭を掻いた。ハリー達に会いたい。
ナマエはテリー達を押しのけ、急いで着替えて医務室に向かった。
医務室の前ではマダム・ポンフリーとハーマイオニーが闘っていた。
「いいえ。絶対にいけません」
「ダンブルドア先生は入れてくださったのに……」
「そりゃ、校長先生ですから、あなたとは違います」
「──五分でいいんです。お願い、マダム・ポンフリー」
ナマエはひょこっと加勢した。
ハーマイオニーは驚いて振り返ったがすぐに笑顔になった。
マダム・ポンフリーはナマエをジロリと睨んでからため息をついた。
「……でも、五分だけですよ」
二人は病室に入れてもらえた。
「ハリー!ロン!」
ハーマイオニーは二人並んだベッドの間に駆け寄った。
ハリーはまだ疲れているようだったが、思ったよりも元気そうだった。ナマエはベッドの脇に積み上げられている見舞いの品をみてニヤッと笑った。
「ハリーには俺からも、どうぞ」
ナマエは預かっていたハリーの透明マントを渡した。ハリーはにっこりして受け取った。
「学校中があんたの話でもちきりだ、ハリー。実際、何があったんだ?」
ナマエが尋ねると、ロンもぐいと身を乗り出した。
ハリーたちはナマエにことの次第を話して聞かせた。
スプラウトの悪魔の罠、マダム・フーチの鍵小鳥、マクゴナガルの巨大チェス、スネイプの魔法薬、そしてダンブルドアの──
「みぞの鏡……」
ナマエは反芻した。みぞの鏡。望みを写すまじないの鏡。賢者の石を見つけたいと願うと手に入り、石を使いたいと願うものには手に入らない仕掛けが施されていたと、ハリーは説明した。自分なら、どうだっただろうか?きっと……ナマエなら、ただ母親を写すだけだったかもしれない。
クィレルもとい「例のあの人」は、賢者の石を使って復活を望んだ彼には、これだけは破れなかったらしい。
「ダンブルドアは、ニコラス・フラメルと話し合って、石を破壊することにしたと言ってたよ」
ハリーは一通りを説明し終え、また疲れたようにベッドに寝転んだ。
「明日は学年末のパーティーがあるから元気になって起きていかなくちゃ。ま、スリザリンが優勝だろうけど」
ロンが元気付けるように言った。
ナマエはそうだ、と思い出してニヤッと歯を見せた。
「あんたがすっぽかした今日の、今シーズン最後のクィディッチ試合は、我がレイブンクローの勝利だったらしいぜ」
ハーマイオニーとロンが水を差すなと咎めるようにナマエを睨んだ。
ちょうどその時マダム・ポンフリーが勢いよく入ってきて、キッパリと言った。
「もう十五分も経ちましたよ。さあ、出なさい」
学年末パーティの日、大広間は生徒でいっぱいだった。
スリザリンが七年連続で寮対抗杯を獲得したお祝いに、広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られていた。
「また一年が過ぎた!」ダンブルドアがほがらかに言った。
「一同、ごちそうにかぶりつく前に、ここで寮対抗杯の表彰を行おう」
スリザリンのテーブルから嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音があがった。
「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」とダンブルドアが言った。
部屋全体がシーンとなった。スリザリン寮生の笑いが少し消えた。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう」
ダンブルドアが咳払いをした。
「ロナルド・ウィーズリー」
ロンの顔が赤くなった。
「この何年間か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに五〇点を与える」
「次に……ハーマイオニー・グレンジャー……火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに五〇点を与える」
ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。きっとうれし泣きしているに違いないとナマエは思った。
グリフィンドールの寮生が、テーブルのあちこちで我を忘れて狂喜している……一〇〇点も増えた。
「三番目はハリー・ポッター……」
部屋中が水を打ったようにシーンとなった。
「……その完璧な精神力と、並はずれた勇気を称え、グリフィンドールに六〇点を与える」
耳をつんざく大騒音だった。ダンブルドアはほほえんだ。
「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしはネビル・ロングボトム君に一〇点を与えたい」
何かが爆発したのかと思うほどの歓声がグリフィンドールから湧き上がった。
レイブンクロー、ハッフルパフすらスリザリンを引き摺り下ろしたグリフィンドールに喝采をあげた。
ナマエはなんとなく口元だけ笑って乾いた拍手をした。
「──最後に」
ダンブルドアの声が響くと、お祭り騒ぎだった大広間が水を打ったようにシーンとなった。
「ナマエ……ミョウジ」
広間中の全員がナマエを見た。
ナマエの心臓が激しく動いた。視線が痛い。ハリーはいつもこんな注目を浴び続けているのか。ナマエはそこで初めて思い知った。
「友人の危機を冷静に把握し、最善の行動を最短の時間で行い、被害を最小限に止めた。冷静な判断力を称え、レイブンクローに五十点を与える」
レイブンクローは割れんばかりの歓声を上げた。
ナマエはあまり寮杯の計算をしていなかったのだが、なんとレイブンクローが首位に躍り出たらしかった。
ナマエはあれよあれよとレイブンクロー生たちに胴上げをされていた。ぐるぐる回る視界でダンブルドアを見ると、ダンブルドアはパン!と手を鳴らした。大広間の装飾が緑から青に変わった。
ナマエは胴上げを早く終わらせて欲しかった。もちろん、もともと点を稼いでいたレイブンクロー生に罪はないが……最後に加点されるべきはどう考えても自分じゃない。ハリー達だった。せめて、俺を最初に発表してくれれば、グリフィンドールをがっかりさせなかったのに。そんな考えがどうしても拭えなかった。
ナマエはダンブルドアを恨めしげに見た。愉快そうに見えて、余計に腹が立った。
数日経って、ほとんど忘れていた試験の結果が発表された。
ナマエは飛行術を除けばほとんど満点と言えるほど良い成績だった。レイブンクローの一年生の中では首位だと思ったが、もちろん学年トップはハーマイオニーだった。
「なんで百点満点のテストで百二十点も取れるんだよ?」
ナマエが項垂れると、ハーマイオニーは得意げに笑った。
あっという間に帰宅の日がやってきた。荷造り中に、見覚えのない赤い玉を見つけた。
ナマエは手に取って掲げ、隣で荷造りしているアンソニーに尋ねた。
「これ、誰の?」
「それ、『思い出し玉』じゃないか?何か忘れていると、赤くなるんだ」
「あっ!」
ネビルの思い出し玉だった。返すのをうっかり忘れていたのだ。
途端に玉の中に煙のようなものが湧き、白くなった。
ハグリッドが湖を渡る船に生徒たちを乗せ、そして全員ホグワーツ特急に乗り込んだ。
ナマエは汽車の通路を飛び跳ねていたヒキガエルを危うく踏んづけそうになり、「うわっ」と叫んだ。
「トレバー!」
持ち主のネビルが情けない顔でカエルを追ってやってきて、トレバーを抱き抱えると、ほっとしたように笑った。
「ネビル!ごめん。これあんたのだろ?」
ナマエはごそごそとポケットをまさぐり、思い出し玉をネビルに渡した。
「ちょっと前に拾ったんだけど、返すのを忘れてた」
「うわあ、ありがとう!ナマエ」
ネビルが思い出し玉を受け取ると、たちまち玉は赤くなった。
夏休みの間に魔法を使えない分、ナマエはテリー、マイケル、アンソニーたちと同じコンパートメント内で杖から火花を散らして遊んだり、お互いの杖の振り方にケチをつけたりした。
ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅の9と4分の3番線ホームに到着した。プラットフォームを出るときに、ナマエはハリー、ロン、ハーマイオニーに出くわした。
「夏休みに三人とも家に泊まりにきてよ。ふくろう便を送るよ」とロンが言った。
「ほんとか!」
ナマエとハリーは目を輝かせた。
四人は一緒に改札口を出た。迎えの家族や駅を利用するマグルで駅はごった返していた。
「忙しい一年だった?」
ロンの母親らしき女性がロンとハリーに笑いかけた。
「ええ、とても。お菓子とセーター、ありがとうございました。ウィーズリーおばさん」とハリーが答えた。
「まあ、どういたしまして」
ウィーズリーおばさんの後ろで、赤毛の小さな女の子がハリーをちらちらと覗いていた。
「こんにちは」
ナマエとハーマイオニーはウィーズリーおばさんとロンの妹らしき女の子に挨拶した。
ロンの妹らしき小さな女の子が、ナマエと目が合ったとたんに飛び跳ねてウィーズリーおばさんの背中に隠れた。
ナマエはきょとんとしてからロンを見た。なぜかロンは吹き出した。
「笑い事か?」
「ジニーったら!ごめんなさいねえ、照れ屋さんなのよ」
「ただ面食いなんだよ」
ロンがうんざりして言った。
ナマエは照れて困ったように笑ってから辺りを見回すと、ハリーはいつのまにか怒りっぽい太っちょのマグルに引っ張られてどこかに消えてしまっていた。
ハーマイオニーも遠くに自分の両親を見つけたらしく、大きく手を振ってからナマエに振り返った。
「ナマエのご家族は迎えにいらっしゃるの?」
「ああ、うーん。駅を出たら屋敷しもべが迎えに来るかな」
多分、とナマエは言った。
──父親はマグルが嫌いだから、絶対にこんな駅までやってこないんだ。
そんな説明をハーマイオニーにできるはずがなかった。
「じゃあ、夏休みに会おう!」
ナマエは手を振った。
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