賢者の石
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十二月も半ば、みんなクリスマス休暇が待ち遠しいようで浮足立っていた。
「かわいそうに、家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」
魔法薬の授業の時間、マルフォイがスネイプに聞こえないように言った。
「ホームシックでママが恋しいって素直に言えよ、マルフォイ」
ナマエは噛み付いたが、マルフォイは不意を突かれたようだった。
ナマエは自分を標的にされたとばかり思っていたが、マルフォイはハリーをけしかけたつもりだったらしい。
それに気づいたナマエは、自ら「家に帰ってくるなと言われてホグワーツに居残る子」だと暴露してしまったことに少し顔を赤くした。
賢明なハリーはマルフォイを無視してカサゴの粉末を計っていたが、ナマエの言葉に思わずクスクスと笑った。
「君もクリスマスはホグワーツで過ごすのかい?ロンもなんだ」
授業の後、ハリーはナマエに言った。
「うん、ああ、よかった!テリーもマイケルもアンソニーも……レイブンクローはみんな帰っちまうって」
聞くと、ロンの両親はロンの兄のチャーリーに会うため、ルーマニアに行くらしく、フレッド、ジョージ、パーシーも学校に残るのだそうだ。
ナマエはクリスマスを友人と過ごせることを嬉しく思った。
クリスマスまでの間、ハーマイオニーはハリー、ロンを連れて図書館で「ニコラス・フラメル」についてしらみ潰しに探していた。
ハーマイオニーに手伝うように言われたが、ナマエは、そっちは人手が足りてるだろう。と言った。
「俺は談話室の本棚を調べてるよ。レイブンクローには本棚があるんだ」
ナマエがそう言うとハーマイオニーが目を輝かせた。
「まあ、そうなの。素敵だわ。グリフィンドールにもあればいいのに」
ハリーとロンは勘弁してくれという顔をした。
「私が帰っている間も探すでしょう?見つけたらふくろうで知らせてね」
「ああ、見つからなくてもクリスマスカードを送るよ」
「楽しみだわ」
ハーマイオニーはマグルの歯医者をしている両親の元へと帰っていった。
クリスマス休暇になると、楽しいことがいっぱいだった。寮は閑散としていたが、ハリーとロンとともに、マルフォイを退学にさせる作戦について話し合ったり、チェスに興じた。
ハリーは新米プレイヤーだったので駒に反抗されていたが、ロンがなかなか手強かった。
「ああ、クソっ!」
ナマエとロンの白熱した戦いは、辛くもロンの勝利に終わった。
クリスマスの朝、目を覚ますと真っ先に、ベッドの足元に置かれた小さなプレゼントの山が目に入った。
「メリークリスマス」
ナマエは一人きりの寝室で誰にともなくそう言って、うきうきしながらプレゼントの開封に取り掛かった。
蛙チョコレート、これはテリーからだ。マイケルとアンソニーからもそれぞれハッカ飴の詰め合わせと、大鍋ケーキをもらった。
次に包みを開くと、ハグリッドからの手作りのオカリナだった。ナマエが吹いてみるとピュウと軽く澄んだ音が響いた。
チョウからは「安全な箒のまたがり方」という本だったので、思わず苦笑した。
こんなにたくさん贈ってもらえるとは思ってもみなかったので驚いたが、皆、ナマエがレイブンクロー寮で一人残ることを心配してくれているようだった。
ハーマイオニーからはマグルの歯磨き粉に可愛らしいクリスマスカードがついていた。
ナマエは最後に、いまいましそうに父親からの手紙を開いた。
マグルに成績で負けるなんて恥さらしもいいところだ。
次の学期は挽回するよう努めなさい。
メリークリスマス
それだけ書かれていた。
ナマエは苛立ってくしゃりと手紙を丸めてくずかごに投げた。
しかし、狙いは逸れて紙玉は床に転がった。
ナマエは杖を取り出して唱えた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
紙玉は宙に浮いた。ナマエはゆっくり杖を振り、紙玉をくずかごに落とした。
ふう、と息をついた。
「見ろ、俺にだってできる」
ナマエは、トロールと対峙した後の無力感を思い出した。
ハーマイオニーの成績を追い越すことも、ロンやハリーのように咄嗟に動くこともできない自分に嫌気がさしていた。
一気に気持ちが萎んで、ベッドに再び倒れ込んだ。
昼過ぎにようやく起き上がって中庭に出ると、フレッドとジョージが放った雪玉の豪速球を浴びた。
それを皮切りに、ウィーズリー四兄弟とハリーとナマエは猛烈な雪合戦を楽しんだ。
ナマエの玉はほとんど明後日の方向に飛び、一球だけパーシーの顔面にぶつけることができた。
逆に、みんながナマエに投げる玉はきれいにヒットして、服はぐっしょり濡れて凍えかけていた。
「フリペンド!」
ナマエは投げられる雪玉に向かって闇雲に唱えると、雪玉がいっせいに吹き飛んで空中で白く煌めいた。
全員が同じくびしょ濡れになって、それぞれの談話室に戻ることになった。
ナマエは、杖を複雑に振りながら自分に向けて服を乾かしながら歩いた。
先ほどまではしゃぎ騒いでいたことも相まって、しんとした城は物珍しかった。
ナマエはなんとなしに遠回りして戻ることにした。どうせ、自分を待つものは夕食以外にはなにもないのだ。
ナマエは歩いたことがない廊下をのんびり歩いた。しんとした城内に大理石を歩く音が響き渡った。
自分の足音を聞きながら、ふと思い出してポケットをまさぐった。
ナマエはハグリッドにもらったオカリナを吹きながらその反響を楽しんだ。
そうやってどこを歩いているのかわからず進んで辿り着いたのは、しばらく使われていない教室のような部屋だった。
机と椅子が壁際に高く積み上げられ、役目を果たしていないことが明らかで、いつも授業をする教室よりもやけに広く感じた。
ところが、反対側の壁にはこの部屋にそぐわないものが立てかけてあった。
天井まで届くような背の高い見事な鏡だ。金の装飾の枠には、二本の鈎爪状の脚がついている。枠の上の方に字が彫ってある。
「 すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ 」
ナマエは文字を読みながら鏡にゆっくりと近づいた。
思わず手に持ったオカリナを取り落としそうになった。
とっさに後ろを振り返り、あたりを見回した。父親からの手紙を読んだ時よりもずっと激しい動悸がした──鏡に映ったのはナマエだけではなかった。ナマエによく似た美しい女性がナマエの肩を抱いてにっこりと微笑んでいたのだ。
しかし、部屋には誰もいない。ナマエは何度も目を瞬かせ、鏡を見た。
ナマエの肩におかれた女性の手に触れようと手を伸ばしたが、自分の肩を掴んだだけだった。
「母さん……」
ナマエはぎゅうと母の手を…自分の肩を握りしめた。
ナマエは自分の母を見たことがなかった。物心ついたころには、母はすでにこの世を去っていた。ナマエと父親が二人で住んでいる屋敷には、母の存在した形跡すら一切残されていなかった。
父親はナマエが母のことを尋ねるとひどい癇癪を起こしたし、屋敷しもべ妖精も父に禁じられているのか何も教えてはくれなかった。
──それでもナマエにはわかった。鏡に写っているのは紛れもなく自分の母親だ。
ナマエは胸が痛くなった。鏡に手を伸ばした。この中から母を連れ出せたらいいのに。
しばらく鏡の中の母親と見つめ合った。突然ぐうと腹が鳴り、ナマエは我に帰った。体が芯まで冷え切っていた。
「また来るよ」
その言葉通り、ナマエは夕食後も次の日もほとんど鏡の前で過ごした。日が落ちると寮に戻って鏡のことを考えながら眠りについた。鏡以外の誰とも顔を合わせなかった。
三日目、ナマエは魔法で真っ青な暖かい炎を作り出し、空き瓶に閉じ込めて暖を取りながら鏡を眺めた。
壁に積まれた机を一つと椅子を二つ引っ張り出し、クリスマスにもらった大鍋ケーキといくつか本を広げた。
鏡の中の母は、ナマエが用意した椅子に座り、微笑んだ。
ナマエはそこで、大鍋を浮遊させてみせたり、本に載っている呪文を試したりして母親に見せた。母親は小さく拍手してにっこり笑った。
ナマエは幸福だった。母は自分を褒めてくれている。
その時、近くで足音が耳に入った。
ナマエははっとして窓を見ると、既にとっぷりと日が暮れていた。
まずい、とナマエが立ち上がった途端、部屋の扉が開いた。
ナマエは反射的に杖を向けたが、誰もいなかった。
「誰だ」
ナマエが言うと、何もないと思われた空間にハリーが現れた。
「ハリー?」
ナマエは目を丸くして杖を下ろした。
「どうしてここに?」
二人はお互いに困惑した。ハリーが持っているのは透明マントだ。しかも、本物のようだった。
ハリーはというと、鏡の前にナマエが設置した椅子たちとナマエを交互に見て状況を探っていた。
「ああ、えっと……ハリーこそ」
ナマエは何と説明すればよいか分からず、問いで返した。ハリーは、毎晩この鏡を見に来ていること、自分の両親が鏡に写っていることを簡単に説明した。そして、透明マントはハリーの父の遺品だということも話してくれた。
「俺も同じだ」
ナマエは声が弾んだ。
「入れ違いだったんだな、ハリー。俺もここ三日ずっと鏡を見ていた。寝る時間以外は……。俺の母さんがいるんだ」
「──ふたりとも、また来たのかい」
ハリーの後ろから声が聞こえた。
ダンブルドアだ。足音は聞こえなかった。二人はさっと身体が冷えるのを感じた。
しかし、ダンブルドアが微笑んで近づいてくるのを見て二人はほっとした。
ナマエはちらとお菓子や本、青い炎の瓶などで散らかった机が目に入って、居座っていたことが少し恥ずかしくなった。
「君たちだけじゃない。何百人も君と同じように、『みぞの鏡』の虜になった」
二人が黙っていると、ダンブルドアが静かに言った。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。この鏡は知識や真実を示してくれるものではない。みんな鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりするんじゃよ」
二人はダンブルドアのキラキラした青い目を見つめた。鏡への執着心がゆっくり和らいでいく気がした。
「この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい」
「さぁて、ハリー。そのすばらしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな。ナマエは、少し片付ける時間が必要そうじゃのう」
ナマエは少し頬をピンク色にして机に駆け寄った。
背後でハリーがダンブルドアに尋ねるのが聞こえた。
「──先生なら、この鏡で何が見えるんですか」
「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える──」
ナマエはそれを聞いて毒気が抜かれたような気がした。
ダンブルドアの答えは嘘だったのかもしれない。そう思ったのはベッドに入った後だった。
「かわいそうに、家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」
魔法薬の授業の時間、マルフォイがスネイプに聞こえないように言った。
「ホームシックでママが恋しいって素直に言えよ、マルフォイ」
ナマエは噛み付いたが、マルフォイは不意を突かれたようだった。
ナマエは自分を標的にされたとばかり思っていたが、マルフォイはハリーをけしかけたつもりだったらしい。
それに気づいたナマエは、自ら「家に帰ってくるなと言われてホグワーツに居残る子」だと暴露してしまったことに少し顔を赤くした。
賢明なハリーはマルフォイを無視してカサゴの粉末を計っていたが、ナマエの言葉に思わずクスクスと笑った。
「君もクリスマスはホグワーツで過ごすのかい?ロンもなんだ」
授業の後、ハリーはナマエに言った。
「うん、ああ、よかった!テリーもマイケルもアンソニーも……レイブンクローはみんな帰っちまうって」
聞くと、ロンの両親はロンの兄のチャーリーに会うため、ルーマニアに行くらしく、フレッド、ジョージ、パーシーも学校に残るのだそうだ。
ナマエはクリスマスを友人と過ごせることを嬉しく思った。
クリスマスまでの間、ハーマイオニーはハリー、ロンを連れて図書館で「ニコラス・フラメル」についてしらみ潰しに探していた。
ハーマイオニーに手伝うように言われたが、ナマエは、そっちは人手が足りてるだろう。と言った。
「俺は談話室の本棚を調べてるよ。レイブンクローには本棚があるんだ」
ナマエがそう言うとハーマイオニーが目を輝かせた。
「まあ、そうなの。素敵だわ。グリフィンドールにもあればいいのに」
ハリーとロンは勘弁してくれという顔をした。
「私が帰っている間も探すでしょう?見つけたらふくろうで知らせてね」
「ああ、見つからなくてもクリスマスカードを送るよ」
「楽しみだわ」
ハーマイオニーはマグルの歯医者をしている両親の元へと帰っていった。
クリスマス休暇になると、楽しいことがいっぱいだった。寮は閑散としていたが、ハリーとロンとともに、マルフォイを退学にさせる作戦について話し合ったり、チェスに興じた。
ハリーは新米プレイヤーだったので駒に反抗されていたが、ロンがなかなか手強かった。
「ああ、クソっ!」
ナマエとロンの白熱した戦いは、辛くもロンの勝利に終わった。
クリスマスの朝、目を覚ますと真っ先に、ベッドの足元に置かれた小さなプレゼントの山が目に入った。
「メリークリスマス」
ナマエは一人きりの寝室で誰にともなくそう言って、うきうきしながらプレゼントの開封に取り掛かった。
蛙チョコレート、これはテリーからだ。マイケルとアンソニーからもそれぞれハッカ飴の詰め合わせと、大鍋ケーキをもらった。
次に包みを開くと、ハグリッドからの手作りのオカリナだった。ナマエが吹いてみるとピュウと軽く澄んだ音が響いた。
チョウからは「安全な箒のまたがり方」という本だったので、思わず苦笑した。
こんなにたくさん贈ってもらえるとは思ってもみなかったので驚いたが、皆、ナマエがレイブンクロー寮で一人残ることを心配してくれているようだった。
ハーマイオニーからはマグルの歯磨き粉に可愛らしいクリスマスカードがついていた。
ナマエは最後に、いまいましそうに父親からの手紙を開いた。
マグルに成績で負けるなんて恥さらしもいいところだ。
次の学期は挽回するよう努めなさい。
メリークリスマス
それだけ書かれていた。
ナマエは苛立ってくしゃりと手紙を丸めてくずかごに投げた。
しかし、狙いは逸れて紙玉は床に転がった。
ナマエは杖を取り出して唱えた。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
紙玉は宙に浮いた。ナマエはゆっくり杖を振り、紙玉をくずかごに落とした。
ふう、と息をついた。
「見ろ、俺にだってできる」
ナマエは、トロールと対峙した後の無力感を思い出した。
ハーマイオニーの成績を追い越すことも、ロンやハリーのように咄嗟に動くこともできない自分に嫌気がさしていた。
一気に気持ちが萎んで、ベッドに再び倒れ込んだ。
昼過ぎにようやく起き上がって中庭に出ると、フレッドとジョージが放った雪玉の豪速球を浴びた。
それを皮切りに、ウィーズリー四兄弟とハリーとナマエは猛烈な雪合戦を楽しんだ。
ナマエの玉はほとんど明後日の方向に飛び、一球だけパーシーの顔面にぶつけることができた。
逆に、みんながナマエに投げる玉はきれいにヒットして、服はぐっしょり濡れて凍えかけていた。
「フリペンド!」
ナマエは投げられる雪玉に向かって闇雲に唱えると、雪玉がいっせいに吹き飛んで空中で白く煌めいた。
全員が同じくびしょ濡れになって、それぞれの談話室に戻ることになった。
ナマエは、杖を複雑に振りながら自分に向けて服を乾かしながら歩いた。
先ほどまではしゃぎ騒いでいたことも相まって、しんとした城は物珍しかった。
ナマエはなんとなしに遠回りして戻ることにした。どうせ、自分を待つものは夕食以外にはなにもないのだ。
ナマエは歩いたことがない廊下をのんびり歩いた。しんとした城内に大理石を歩く音が響き渡った。
自分の足音を聞きながら、ふと思い出してポケットをまさぐった。
ナマエはハグリッドにもらったオカリナを吹きながらその反響を楽しんだ。
そうやってどこを歩いているのかわからず進んで辿り着いたのは、しばらく使われていない教室のような部屋だった。
机と椅子が壁際に高く積み上げられ、役目を果たしていないことが明らかで、いつも授業をする教室よりもやけに広く感じた。
ところが、反対側の壁にはこの部屋にそぐわないものが立てかけてあった。
天井まで届くような背の高い見事な鏡だ。金の装飾の枠には、二本の鈎爪状の脚がついている。枠の上の方に字が彫ってある。
「 すつうをみぞののろここのたなあくなはでおかのたなあはしたわ 」
ナマエは文字を読みながら鏡にゆっくりと近づいた。
思わず手に持ったオカリナを取り落としそうになった。
とっさに後ろを振り返り、あたりを見回した。父親からの手紙を読んだ時よりもずっと激しい動悸がした──鏡に映ったのはナマエだけではなかった。ナマエによく似た美しい女性がナマエの肩を抱いてにっこりと微笑んでいたのだ。
しかし、部屋には誰もいない。ナマエは何度も目を瞬かせ、鏡を見た。
ナマエの肩におかれた女性の手に触れようと手を伸ばしたが、自分の肩を掴んだだけだった。
「母さん……」
ナマエはぎゅうと母の手を…自分の肩を握りしめた。
ナマエは自分の母を見たことがなかった。物心ついたころには、母はすでにこの世を去っていた。ナマエと父親が二人で住んでいる屋敷には、母の存在した形跡すら一切残されていなかった。
父親はナマエが母のことを尋ねるとひどい癇癪を起こしたし、屋敷しもべ妖精も父に禁じられているのか何も教えてはくれなかった。
──それでもナマエにはわかった。鏡に写っているのは紛れもなく自分の母親だ。
ナマエは胸が痛くなった。鏡に手を伸ばした。この中から母を連れ出せたらいいのに。
しばらく鏡の中の母親と見つめ合った。突然ぐうと腹が鳴り、ナマエは我に帰った。体が芯まで冷え切っていた。
「また来るよ」
その言葉通り、ナマエは夕食後も次の日もほとんど鏡の前で過ごした。日が落ちると寮に戻って鏡のことを考えながら眠りについた。鏡以外の誰とも顔を合わせなかった。
三日目、ナマエは魔法で真っ青な暖かい炎を作り出し、空き瓶に閉じ込めて暖を取りながら鏡を眺めた。
壁に積まれた机を一つと椅子を二つ引っ張り出し、クリスマスにもらった大鍋ケーキといくつか本を広げた。
鏡の中の母は、ナマエが用意した椅子に座り、微笑んだ。
ナマエはそこで、大鍋を浮遊させてみせたり、本に載っている呪文を試したりして母親に見せた。母親は小さく拍手してにっこり笑った。
ナマエは幸福だった。母は自分を褒めてくれている。
その時、近くで足音が耳に入った。
ナマエははっとして窓を見ると、既にとっぷりと日が暮れていた。
まずい、とナマエが立ち上がった途端、部屋の扉が開いた。
ナマエは反射的に杖を向けたが、誰もいなかった。
「誰だ」
ナマエが言うと、何もないと思われた空間にハリーが現れた。
「ハリー?」
ナマエは目を丸くして杖を下ろした。
「どうしてここに?」
二人はお互いに困惑した。ハリーが持っているのは透明マントだ。しかも、本物のようだった。
ハリーはというと、鏡の前にナマエが設置した椅子たちとナマエを交互に見て状況を探っていた。
「ああ、えっと……ハリーこそ」
ナマエは何と説明すればよいか分からず、問いで返した。ハリーは、毎晩この鏡を見に来ていること、自分の両親が鏡に写っていることを簡単に説明した。そして、透明マントはハリーの父の遺品だということも話してくれた。
「俺も同じだ」
ナマエは声が弾んだ。
「入れ違いだったんだな、ハリー。俺もここ三日ずっと鏡を見ていた。寝る時間以外は……。俺の母さんがいるんだ」
「──ふたりとも、また来たのかい」
ハリーの後ろから声が聞こえた。
ダンブルドアだ。足音は聞こえなかった。二人はさっと身体が冷えるのを感じた。
しかし、ダンブルドアが微笑んで近づいてくるのを見て二人はほっとした。
ナマエはちらとお菓子や本、青い炎の瓶などで散らかった机が目に入って、居座っていたことが少し恥ずかしくなった。
「君たちだけじゃない。何百人も君と同じように、『みぞの鏡』の虜になった」
二人が黙っていると、ダンブルドアが静かに言った。
「鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い『のぞみ』じゃ。それ以上でもそれ以下でもない。この鏡は知識や真実を示してくれるものではない。みんな鏡に映る姿に魅入られてしまったり、発狂したりするんじゃよ」
二人はダンブルドアのキラキラした青い目を見つめた。鏡への執着心がゆっくり和らいでいく気がした。
「この鏡は明日よそに移す。もうこの鏡を探してはいけないよ。夢に耽ったり、生きることを忘れてしまうのはよくない。それをよく覚えておきなさい」
「さぁて、ハリー。そのすばらしいマントを着て、ベッドに戻ってはいかがかな。ナマエは、少し片付ける時間が必要そうじゃのう」
ナマエは少し頬をピンク色にして机に駆け寄った。
背後でハリーがダンブルドアに尋ねるのが聞こえた。
「──先生なら、この鏡で何が見えるんですか」
「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える──」
ナマエはそれを聞いて毒気が抜かれたような気がした。
ダンブルドアの答えは嘘だったのかもしれない。そう思ったのはベッドに入った後だった。