とある双子の愛の話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日はお姉さまが珍しく葉桜院にお越しになりました。
特に大きな理由はないのだと思います。
強いて言うなら、計画がうまく進んでいるかの確認でしょう。
私は、大学に通うため、もっと正確に言えば、成歩堂龍一という男性から小瓶を取り返すため、『美柳ちなみ』として生きています。
私が可哀想な成歩堂さまへの手向けのセーターを編んでいるところを訪れたお姉さまは、開口一番「なにそれ、バカじゃないの」とおっしゃった後、畳にゴロリと横たわりました。
訪れるなり横になるなんて、相当お疲れのようです。
「……あの人なら、こんなセーターも喜んでお召しになると思いましたの」
「はっ、そうね。あの甘ったれぼうやなら尻尾振って喜びそうだわ」
「これと交換しましょうって申し出るつもりですわ、あの小瓶」
「ふうん、頼むわ」
「ええ、お姉さま」
1つひとつ、かぎ棒を丁寧に動かしてセーターを編んでいきます。
恋人に手編みのセーターだなんて、いじらしくてなんと可愛らしいことでしょう。
でも、私が編んでいるのは成歩堂さまへの愛ではありません。お姉さまへの愛です。
この1つひとつの編み目に、お姉さまの計画が成功しますように、お姉さまが幸せになりますようにと呪 いを込めているのです。
それから、時計の針の音だけが聞こえる部屋で、1時間が経過しようかというころ、不意にお姉さまが私のお隣に座られました。
私の手元をじっと見つめておられます。
「ねえ、ちょっとそれ貸しなさいな」
「えっ?」
一体どうしたのでしょう。
もしかしてお崩しになるおつもりでしょうか。
お姉さまのお考えに逆らう気はありませんが、ここまで編んだものを解かれてしまうのは少し残念です。
その私のためらいを察してか、お姉さまはふっと息をお吐きになりました。
「別に台無しにしようとしてるんじゃないわ、ただ」
そこで一呼吸置いて、またその美しいお口が開かれます。
「ただ、そうね、私も少し編んでやるって言ってるの」
時が止まりました。
偽りとはいえ、恋人へのセーターをひとかぎでもお編みになろうとするなんて。
「お、お姉さま……?」
「勘違いすんじゃないわよ、アンタのその丁寧な編み方があのぼうやにはもったいないの。あんなヤツに時間かけることないわ」
……本当に、驚きました。
あのお姉さまが、他人の為には決して動かない、あのお姉さまが。
言葉の通り、私を想って交代してくれるというのなら、私の身に余る光栄です。
しかし、それだけでしょうか。
いいえ、双子である私だからわかります、きっと、それだけではないのです。
「わかりましたわ。……それでは、少しお願いします」
そう言って私はお姉さまに編みかけのセーターをお渡ししました。
「で、次はどこに通すわけ?」
「この編み目ですわ、右の棒をこちらに通して……」
やはり、今までのお姉さまとは違います。
編み方もご存知ではないのに、やるとおっしゃるなんて。
いったい、なにが、そうさせるのですか。
まさか、たった一度会っただけのあの男だとでもおっしゃるのですか?
「ほら次、どこに通すの?」
「あ、ええ、次はこっちの穴ですわ。ここに左の棒をお通しになってください」
「………」
「あの、お姉さま……」
「何よ」
私は思わず声をかけてしまいました。
お姉さまはこちらを見ずにお返事してくださいます。
「お聞きになっても……よろしいですの?」
「いいから、さっさと言いなさいな」
「お姉さまは、あの人、……成歩堂さまのこと、どう思ってらっしゃるのですか……?」
するとお姉さまはお手を止めて、私の顔をまっすぐ見ました。
そして、その美しいお顔の眉を少しだけひそめて、吐き捨てるように言います。
「大っキライよ」
……ああ、そんな、お姉さま。
「一目でわかったわ。マヌケで脳天気な男だって」
お姉さま、それは。
「今まで何の苦労もしらないで生きてきた」
その感情は。
「綺麗で可愛いお嬢様に心酔して疑いやしない」
お姉さまが、初めて他人にお持ちになった感情ですわ。
「本当に、大っキライだわ」
「……そう、ですか」
「なにアンタ、まさかあいつに情でも移ったの?」
「いいえ!まさか、違いますわ」
そう、私はただお姉さまの役に立ちたいだけですの。
成歩堂さまのことは可哀想だと思うけれど、ただそれだけなのです。
ほんとうに、それだけ。
ただ、お姉さまは、違うのではないですか。
今まで他人に興味をお持ちにならなかったお姉さまが、一度会っただけでお嫌いになられた。
それは、まるで、一目惚れのような。
ご自分の利益になるかならないかではなく、ハッキリとお嫌いだとおっしゃりました。
お姉さまの心が動かされたのです。嫌いという方向に。
お姉さまはもくもくと編み棒を動かします。
お姉さまはその一つひとつの編み目に何を込めているのですか。
何を思って、そのセーターをお編みになるのですか。
そう思っていると、不意にお姉さまは「飽きたわ」と呟かれました。
「はい、返すわね」
そして私に編みかけのセーターを突き出します。
私がそれを受け取ると、お姉さまは立ち上がって軽く伸びをされました。
よかった、ただの気まぐれだったのですね。
そう、思っていいのですよね。
私以外の人間がお姉さまの心を動かすなんて。
私でさえ動かせない心を動かすなんて。
許せることではありません。
私がまた編み棒を進みようとしたところに、鈴の音のような美しい声が降ってきました。
「あやめ」
「!」
……あやめ。そう、私は葉桜院あやめです。
皆様は美柳ちなみと呼ぶけれど、あの人はちいちゃんと呼ぶけれど。
お姉さまは私のことをあやめ、と呼んでくださるのです。
当たり前だろう、だなんて仰らないでください。
お姉さまの世界に私がいるのは、当たり前なんかじゃないのです。
見上げると、それはそれは高貴で、まるで天女のような微笑みを携えたお姉さまが私を見ておりました。
「アナタのこと信頼してますのよ」
……ああ、なんともったいないお言葉でしょうか。
私は涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて精一杯お返事いたしました。
「……ありがとうございます、お姉さま」
「いい子ね、あやめ」
そう言ったお姉さまに頭を撫でられた瞬間、もう私の中にはお姉さましか残りませんでした。
可哀想な男の人も、私たちのお母様や妹も、本家だの分家だのといった忌々しい生まれも、何もかも溶けてしまったのです。
お姉さまがお帰りになったあとも、私はセーターを編み続けました。
一刻もはやく、お姉さまに小瓶をお渡ししなければなりません。
お姉さまに認めてもらいたいのです。
お姉さまに誉めてもらいたいのです。
お姉さまをお救いすること、それが私のお役目なのです。
「悪く思わないでくださいね。……リュウちゃん」
きっと喜ぶであろう成歩堂さまの顔をおぼろげに、私はまた編み棒を進めていくのでした。
特に大きな理由はないのだと思います。
強いて言うなら、計画がうまく進んでいるかの確認でしょう。
私は、大学に通うため、もっと正確に言えば、成歩堂龍一という男性から小瓶を取り返すため、『美柳ちなみ』として生きています。
私が可哀想な成歩堂さまへの手向けのセーターを編んでいるところを訪れたお姉さまは、開口一番「なにそれ、バカじゃないの」とおっしゃった後、畳にゴロリと横たわりました。
訪れるなり横になるなんて、相当お疲れのようです。
「……あの人なら、こんなセーターも喜んでお召しになると思いましたの」
「はっ、そうね。あの甘ったれぼうやなら尻尾振って喜びそうだわ」
「これと交換しましょうって申し出るつもりですわ、あの小瓶」
「ふうん、頼むわ」
「ええ、お姉さま」
1つひとつ、かぎ棒を丁寧に動かしてセーターを編んでいきます。
恋人に手編みのセーターだなんて、いじらしくてなんと可愛らしいことでしょう。
でも、私が編んでいるのは成歩堂さまへの愛ではありません。お姉さまへの愛です。
この1つひとつの編み目に、お姉さまの計画が成功しますように、お姉さまが幸せになりますようにと
それから、時計の針の音だけが聞こえる部屋で、1時間が経過しようかというころ、不意にお姉さまが私のお隣に座られました。
私の手元をじっと見つめておられます。
「ねえ、ちょっとそれ貸しなさいな」
「えっ?」
一体どうしたのでしょう。
もしかしてお崩しになるおつもりでしょうか。
お姉さまのお考えに逆らう気はありませんが、ここまで編んだものを解かれてしまうのは少し残念です。
その私のためらいを察してか、お姉さまはふっと息をお吐きになりました。
「別に台無しにしようとしてるんじゃないわ、ただ」
そこで一呼吸置いて、またその美しいお口が開かれます。
「ただ、そうね、私も少し編んでやるって言ってるの」
時が止まりました。
偽りとはいえ、恋人へのセーターをひとかぎでもお編みになろうとするなんて。
「お、お姉さま……?」
「勘違いすんじゃないわよ、アンタのその丁寧な編み方があのぼうやにはもったいないの。あんなヤツに時間かけることないわ」
……本当に、驚きました。
あのお姉さまが、他人の為には決して動かない、あのお姉さまが。
言葉の通り、私を想って交代してくれるというのなら、私の身に余る光栄です。
しかし、それだけでしょうか。
いいえ、双子である私だからわかります、きっと、それだけではないのです。
「わかりましたわ。……それでは、少しお願いします」
そう言って私はお姉さまに編みかけのセーターをお渡ししました。
「で、次はどこに通すわけ?」
「この編み目ですわ、右の棒をこちらに通して……」
やはり、今までのお姉さまとは違います。
編み方もご存知ではないのに、やるとおっしゃるなんて。
いったい、なにが、そうさせるのですか。
まさか、たった一度会っただけのあの男だとでもおっしゃるのですか?
「ほら次、どこに通すの?」
「あ、ええ、次はこっちの穴ですわ。ここに左の棒をお通しになってください」
「………」
「あの、お姉さま……」
「何よ」
私は思わず声をかけてしまいました。
お姉さまはこちらを見ずにお返事してくださいます。
「お聞きになっても……よろしいですの?」
「いいから、さっさと言いなさいな」
「お姉さまは、あの人、……成歩堂さまのこと、どう思ってらっしゃるのですか……?」
するとお姉さまはお手を止めて、私の顔をまっすぐ見ました。
そして、その美しいお顔の眉を少しだけひそめて、吐き捨てるように言います。
「大っキライよ」
……ああ、そんな、お姉さま。
「一目でわかったわ。マヌケで脳天気な男だって」
お姉さま、それは。
「今まで何の苦労もしらないで生きてきた」
その感情は。
「綺麗で可愛いお嬢様に心酔して疑いやしない」
お姉さまが、初めて他人にお持ちになった感情ですわ。
「本当に、大っキライだわ」
「……そう、ですか」
「なにアンタ、まさかあいつに情でも移ったの?」
「いいえ!まさか、違いますわ」
そう、私はただお姉さまの役に立ちたいだけですの。
成歩堂さまのことは可哀想だと思うけれど、ただそれだけなのです。
ほんとうに、それだけ。
ただ、お姉さまは、違うのではないですか。
今まで他人に興味をお持ちにならなかったお姉さまが、一度会っただけでお嫌いになられた。
それは、まるで、一目惚れのような。
ご自分の利益になるかならないかではなく、ハッキリとお嫌いだとおっしゃりました。
お姉さまの心が動かされたのです。嫌いという方向に。
お姉さまはもくもくと編み棒を動かします。
お姉さまはその一つひとつの編み目に何を込めているのですか。
何を思って、そのセーターをお編みになるのですか。
そう思っていると、不意にお姉さまは「飽きたわ」と呟かれました。
「はい、返すわね」
そして私に編みかけのセーターを突き出します。
私がそれを受け取ると、お姉さまは立ち上がって軽く伸びをされました。
よかった、ただの気まぐれだったのですね。
そう、思っていいのですよね。
私以外の人間がお姉さまの心を動かすなんて。
私でさえ動かせない心を動かすなんて。
許せることではありません。
私がまた編み棒を進みようとしたところに、鈴の音のような美しい声が降ってきました。
「あやめ」
「!」
……あやめ。そう、私は葉桜院あやめです。
皆様は美柳ちなみと呼ぶけれど、あの人はちいちゃんと呼ぶけれど。
お姉さまは私のことをあやめ、と呼んでくださるのです。
当たり前だろう、だなんて仰らないでください。
お姉さまの世界に私がいるのは、当たり前なんかじゃないのです。
見上げると、それはそれは高貴で、まるで天女のような微笑みを携えたお姉さまが私を見ておりました。
「アナタのこと信頼してますのよ」
……ああ、なんともったいないお言葉でしょうか。
私は涙が溢れそうになるのをぐっとこらえて精一杯お返事いたしました。
「……ありがとうございます、お姉さま」
「いい子ね、あやめ」
そう言ったお姉さまに頭を撫でられた瞬間、もう私の中にはお姉さましか残りませんでした。
可哀想な男の人も、私たちのお母様や妹も、本家だの分家だのといった忌々しい生まれも、何もかも溶けてしまったのです。
お姉さまがお帰りになったあとも、私はセーターを編み続けました。
一刻もはやく、お姉さまに小瓶をお渡ししなければなりません。
お姉さまに認めてもらいたいのです。
お姉さまに誉めてもらいたいのです。
お姉さまをお救いすること、それが私のお役目なのです。
「悪く思わないでくださいね。……リュウちゃん」
きっと喜ぶであろう成歩堂さまの顔をおぼろげに、私はまた編み棒を進めていくのでした。
1/1ページ