拗ねた唇も、俺だけのもの
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街中のバスケットコート、そこで走り回るミニョクの頬や首を伝う汗はきらきらと光っている。
ゴールを決めれば黄色い歓声が上がった。
「今の見た? 超かっこいい……!」
「何であんなに動けるの? あんなの見せられたら好きになっちゃうよ!」
「わかる~!」
「…………」
フェンスの外、きゃあきゃあとはしゃぐ女子に囲まれた私の態度は、彼女たちとは対照的だった。
腕を組んで話題をかっさらっている男を見る。
ミニョクの顔が良いのも運動ができるのもわかっていたが、面白くない。
「今日は友達とバスケをするんだが、お前も来てくれないか? お前に応援してもらえたら頑張れるよ」
そう言っていたが、私の応援など霞んで消えてしまう程囃し立てられていた。
そのときちょうどミニョクと目が合った。にこりと笑う彼に私の周りの女子がまた一段と盛り上がる。
「嘘、私のこと見た!」
「これワンチャンあるよね? 連絡先交換できないかな?」
「…………」
そんな調子のまま試合が終わると、女子達が我先にと彼に駆け寄っていく。
「お疲れ様~!」
「格好良かったよ!」
「ねえねえ! 連絡先交換しよ? あ、この後ご飯とか行かない?」
自分を口説いてくる女子にミニョクは見向きもしない。そんな様子に安心したのもつかの間。
「あの、これ、良かったら」
「ああ、ありがとう」
おずおずと差し出されたボトルを、ミニョクはあっさりと受け取った。
相変わらずフェンスの外にいた私は思わず、え、と声が出る。
ボトルを差し出した女子は比較的大人しく、ボトルを渡しただけで満足なのかそれ以上話しかけはしない。
だからと言ってじゃあいいか、と気にしないでいられるほど私の心は広くなかった。
地獄で散々悪魔と過ごしたのだ。当然である。
それに、ああいうタイプの女が一番怖いパターンだって珍しくはない。
「……つまんな」
私はそう呟くと、背を向けてその場を離れた。
――それから暫くして。
「……あれ?」
ボトルを持ち主に返し、連絡先を聞いてくる女子を再度あしらって恋人の姿を探すミニョクだが、どこを探しても見当たらない。彼女の名前を呼んでも反応はなかった。
そんなミニョクに一緒にバスケをしていた友人が声をかける。
「ミニョク、もしかして連れの子を探しているのか?」
「ああ、そうだよ。確かにいたはずなのに」
「お前が女の子に囲まれている間にどっか行っちまってだけど。トイレとか、それじゃなきゃもう帰ったんじゃないか?」
「それ、本当か?」
ミニョクが慌ててスマホを取り出す。確認するも彼女からの連絡はなかった。
「あーあ、お前が他の女にデレデレしてるから」
「してないだろ!」
「確かに。連絡先教えてもらえなかった子、残念がってたもんな。ま、ミーハーだろうからすぐケロッとしちまうんだろうけど」
「ああもう、とにかく帰らなきゃ」
「ははは、気を付けて帰れよ。彼女のフォローもしっかりな!」
「わかってるよ!」
友人への挨拶もそこそこに鞄をひっつかむと、ミニョクは家まで走るのだった。
家に着くと玄関には彼女の靴があった。やはり先に家に帰っていたらしい。
名前を呼びながら歩き進め、自室のドアノブに手をかけると鍵がかかっていた。
返事がないがここにいることは明らかだ。
「おい、中にいるんだろ? どうして鍵をかけてる? というかそもそも何で先に帰ったんだ?」
「…………」
「おいって……、ん?」
ミニョクが中の様子を窺おうと聞き耳を立てると、何やら物音が聞こえる。
荒い息と悩ましい声で彼女が中で何をしているのか一気に理解した。
「俺の声が聞こえないのはヘッドホンをしてるからかよ……!」
苛立ったミニョクがドンドンとドアを叩いた。
自分を置いて帰ったのは自慰をしたかったから、だなんて理由も気に食わない。
「……なに、うるさい」
流石に気づいたのか、ドア越しだがやっと彼女からの返事があった。
「うるさいじゃないだろ。終わったら一緒に飯食おうって約束してたのに……」
「…………」
「お前の性欲が強いのは知ってるがいくら何でも酷いんじゃないか」
「…………」
「聞いてるのか? まずは鍵を開けてくれよ」
「…………」
「はあ、わかった。一旦シャワーを浴びてくる。そしたら飯を作ってやるから。だから出て来ておいてくれ」
会話を続けてくれない状況にため息をついたミニョクは、言葉通りシャワールームへ向かった。
一方、ソロモンの娘はとりあえずパソコンの電源を落として、尻の下にひいていて濡れたバスタオルを回収する。
下着とズボンを履きなおしてミニョクのベッドに倒れこんだ。
ヘッドホンなどしていなかった。ミニョクが帰ってきていたのもわかっていたがあえて彼を無視したのだ。
自慰だって彼への当てつけが大半の理由で、あとはイライラを発散したかっただけの乱暴なものだった。
結局オーガズムを迎えても虚しいばかりだったが。
そのうちにミニョクが濡れた髪も乾かさないまま、部屋に戻ってくる。
ただし、いまだに鍵はかかったままだ。それに気づいたミニョクは語気を強くする。
「いい加減にしろよ、鍵を開けろって!」
すると、しばらくしてポケットのスマホから着信音が鳴った。
開いてみると彼女からのメッセージだ。『いやだ』そうただ一言書かれていた。
『何で』
すぐに返信するが、返事は返ってこない。
ミニョクは下唇を噛んだ。それから指を滑らせる。
『頼むから、鍵だけでも開けて欲しい』
『何かあったのか? 怒っているのなら理由を教えてくれ』
『せっかくお前が帰ってきたのに、会えない時間があるなんて嫌だ』
そこまで連続でメッセージを送ると、彼女の名前をぽつりと呼んだ。
それが聞こえたかどうかはわからないが、メッセージは読んだらしい。ソロモンの娘がとうとうドアの鍵を開けた。
ミニョクはほっとするも俯いたままの彼女の様子に不安はなくならない。
「やっと開けてくれた」
「…………」
「なあ、何で先に帰ったんだよ? そんなに一人でヤりたかったのか?」
「……そうだよ、バカミニョク」
「な……」
「私なんか行かなくて良かったじゃん。あんなに相手してくれる女の子がいるんだから」
「はあ? 俺は相手なんかしてない」
「ご飯だって行っちゃえば良かったんだ」
「まさか本気でそう思ってないよな? 俺がお前を放って他の女と飯なんか行くわけないだろ」
「……そんなこと言う割に、差し入れ受け取ってた」
「差し入れ? ああ、あの飲み物か。あれは……」
ミニョクは口ごもった。確かにボトルを差し出されたが、それを受け取ったのは相手に下心があるように思えなかったからだ。
ミニョクにも当然下心はなく、純粋に親切を受け取っただけのつもりだったから、正直相手の顔も覚えていない。
「あの子は別に連絡先を聞いてきたり食事に誘ってきたりしなかったし。単純な親切で……」
「バカミニョク」
再びバカだと罵られたミニョクの顔が引きつる。
しかしソロモンの娘は意に介さず、拗ねた口調のまま続けた。
「あのボトルに何か変なものが入ってたらどうするの? 何も入ってなかったとしても、あなたが口をつけたボトルをどう使うかわかったもんじゃないでしょ」
「変なものって……、しかもどう使うか、だって?」
「体液入れるとか、薬入れるとか、間接キスを楽しむとか、自慰に使うとか……!」
「お前は俺にそういうことをしたいのか」
「は? 私じゃなくて……」
「思いつくってことはそういうことだろ」
「ちが」
「そしてつまり、今日は焼きもち妬いて拗ねて帰っただけってこと?」
「それは」
「あ、わかった、一人でヤったのは悔しくて俺に嫉妬でもさせようと……」
「うるさい! もう黙って!」
ようやく顔を上げた彼女はミニョクの口を押える。その顔は真っ赤になっていた。
ミニョクは嬉しそうに目を細めながら彼女の手首をつかんで外し、そのまま指を絡めて同時にその手を封じ込める。
「試合中もやけに仏頂面してると思ったんだ。ずっと妬いてたんだな」
「黙ってってば」
「今度からは気を付ける。だからもう機嫌を直して」
「どうだか」
「メッセージでも送ったけど、せっかくお前と一緒にいられるようになったんだ。喧嘩して離れる時間なんて作りたくない」
「…………」
「お前が無事に地球に帰ってきてくれたこと、俺を選んでくれたこと。奇跡だと思ってるんだ。だから……」
ミニョクの瞳が揺れる。熱の籠った眼に少しだけ影がかかった。
「……ごめん」
ソロモンの娘が謝ると、ミニョクは彼女の額に自身の額をすり合わせた。
「腹減っただろ。飯作るよ。何が食べたい」
「トッポギ……あと、ミルクファチェも食べたい」
「ああ、わかった」
そう返事をするミニョクだが、絡めた指を解こうとはしない。それどころか唇を重ねて、食むようなキスを繰り返した。
「ん、ねえ、ご飯作るって、ん」
「もう少しだけ」
「ていうか、髪も乾かしてな……っふ、う」
「今更もういいだろ」
キスの合間に彼女が話す言葉も飲み込んでいく。
その行為はとうとう疲れた彼女がミニョクに寄りかかるようになるまで続いたのだった。
拗ねた唇も、俺だけのものだと言わんばかりに。
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