猫が餌を強請るまで
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「ええ……? なんだこりゃ」
バーで酒を引っ掛けて帰ると、リビングに主任が落ちていた。
周りに他の人間はおらず、何故こんなところで寝息を立てているのか推し量ることもできない。
「にゃあ」
首を傾げている俺を呼ぶ声に、下を向く。
「お、PT。お前も一緒に寝てたのか?」
机の影になっていて気づかなかったが、一緒にいたらしいPTが足元へすり寄ってきた。俺の気配で目を覚ましたのだろう。
「お前と違ってこっちは危機管理能力ねえなあ」
しゃがんでPTの頭を撫でる。
猫の体温に眠気を誘われたのだろうか。もしそうなら気持ちはわかるが、思春期の男子学生も暮らす寮でこのように無防備に寝てしまうなど悪影響だ。
このまま放っておいてもいいが、後から上司である自分の責任にされるのも面倒臭い。社長のご機嫌はとっておくに限る。
しゃあないな、と心の中で溢しながらその身体を掬い上げる。多少身じろいだが主任はこれでも起きやしなかった。
「危ねえな……手のかかる部下を持つと苦労するぜ」
主任の部屋に向かいながらそう愚痴れば、一緒について来ているPTがまた、「にゃん」と相槌を打つように一鳴きした。
道中誰に会うことなく目的地に着き、ドアノブに手をかける。
鍵がかかっていれば起こそうかと思ったが、これまた不用心なことに部屋に鍵はかかっていなかったようだ。動いたドアをそのまま足で押し開けてベッドに主任を下ろした。
「…………」
ここまで迷惑をかけられたのだから、多少オイシイことがあってもいいんじゃないだろうか。このまま帰ってしまっては恩を売れないのではないか。
脳天気な寝顔を眺めながらそう考えているうちに、PTがベッドに上がりこみ体を丸める。
「なるほど。いい手段だな〜、PT」
入口まで戻り内鍵をかけて、照明を落とす。そのまま愛猫に倣ってベッドに潜り込んだ。酒を飲んだ後で程よく眠気にも襲われている。
女の柔らかさや匂いを久方ぶりに堪能するくらい、許されていいはずだ。
にゃあにゃあ、という声で目を覚ます。朝になってPTが腹を空かせたらしい。
腕の中の主任も同じく猫の鳴き声で目を覚ましたのか、目が合った。
「んー……はよ、主任」
「ねこ……」
「おう、可愛いだろ」
「ん……」
「…………」
「……え……?」
ぼんやりとしていた主任の目が、みるみるうちに丸くなる。
見るからにパニックになっている主任をからかわない手はない。するりと腰に手を回せば大袈裟に飛び起きられてしまった。
「な、なに、何でっ……!?」
「なんだお前、覚えてねえのか?」
「えっ、えっ、嘘、まさか」
「……覚えてねえんだ」
上体を起こしながらわざとらしく悲しんで見せれば、おろおろと手を中に彷徨わせている。
「あれ、でも、お互い服着てますよね……?」
「エロいことするだけとは限らねえだろうが。……ま、そうやって逃げるくらい覚えてねえってのはわかったよ」
「ご……ごめんなさい……」
普段強気な態度の主任が顔色を変えているのが面白くて笑ってしまいそうになるが、主任はからかわれていることに一切気づきそうにもない。
「ま、遊びだったんだろ? いいぜ、それでも。大人だからな」
「あ……」
吹き出すのを誤魔化す為に自嘲気味に笑いながら言えば主任は泣きそうになっている。そろそろ頃合いか。
冗談だ、ただリビングで寝てたお前を運んだだけでそれ以上のことは何も無い、まあこれに懲りたら多少は俺の勤務態度も甘く見てくれよ。
そう種明かしをしようとした瞬間だった。
「遊びじゃないです!」
「……あ?」
腕を掴まれ、縋るように見上げられて間抜けな声が出てしまった。
「私、昨日のこと本当に覚えてなくて、酷いことしてるのはわかってるんですけど……でも、遊びじゃないです……」
「は? え?」
「ダニエルさん、いっつもテキトーで、意地悪だってするけど……ちゃんと好きです……。だから、やり直させてください」
「……マジで?」
「やっぱり怒ってます……?」
「いや、怒っては、ねえけど……」
「じゃあ、遊びで部屋に入れて一緒に寝るような女じゃないって信じてくれます?」
「……あ、ああ……?」
茶化そうにも、その目が必死過ぎて狼狽えてしまう。
「じゃあ、もう一度ちゃんと言いますから、聞いてくださいね?」
「お……おう」
「……好きです」
まっすぐに目を見て告げられては、もう逃げ場などない。
ついさっきまで、こっちが優勢だったはずなのに。
やはりこいつには苦労させられる。
「はー……」
思わず漏れた溜め息に主任の肩が跳ねた。
一晩の添い寝とからかいの代償は、想像よりも高くついてしまったらしい。
「……あのな、主任」
「あ……はい!」
「だから、その……」
「……?」
「あー……なんだ、その……」
「は、はい……」
「……責任とるわ……」
「……! や、やっぱりえっちなこと……」
「してねえって!」
「でも責任とるってそういうことじゃ」
主任の頬がじわじわと赤くなる。
そんな態度を取られてしまえばこちらもつられるというもので。
「だからちげえって言ってんだろ!? それ以上言うと……」
「にゃあ、にゃあっ!」
いっそのこと既成事実を作ってやろうかとしたところで、痺れを切らしたPTによって中断させられたのだった。
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