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阿部野みはるは、自身が巫女として身を置く寺で修行する男の変化に気づいていた。
ストリートファイトの強さや修行の成果についてではない。かなりの有名人らしい彼程の境地に達した相手の変化など、自分なんぞにはそう細かくはわからない。初めて会ったとき既に他と比べものにならない強さの持ち主なのだから。
みはるが気づいていたのは、弟子である名無しに対する心情の変化の方だ。名無しがリュウに対して積極的なのは、当然知っている。
「身体づくりを学ぶ為に俺の身体を触りたいらしいが、頼んできた癖に最終的には断られてしまった。強くなる為に研究熱心だとは思うんだが、どうも何を考えているのかよくわからん」とはこの間みはるがリュウに言われた言葉だ。大方彼の筋肉を触りたいという下心による頼み事であろうが、いざ触れと言われて怖気づいたのだろう。いわゆるヘタレだ。
「男女では体つきがどうしても異なりますから、それに気付いて止めたんじゃないですか」と答えたことを名無しには感謝して欲しい。
毎日毎日、石鹸だのタオルだのをわざわざ入浴中に届け、替えの服を届け洗濯物を預かるのも丁度着替えているときを狙っているというのに、名無しの奇行に対してリュウは笑うか戸惑うかするばかりで、咎めたり怒ったりすることはみはるが見る限りでは一度もない。
……ちなみに。リュウが脱いだ後の服を名無しがどうしているかについては、みはるは考えないようにしている。
そんな、笑うか戸惑うかしていたリュウの態度の変化にみはるが確信を持ったきっかけは、何を隠そうリュウ本人からの申し出によるものだ。
知人から頂いた羊羹を、目を閉じて瞑想をしているリュウの前にそっとお供えして離れようとしたとき、不意に声をかけられた。
「……俺の弟子の名無しと手合わせしたり話したりしているよな」
「えっ、ああ、たまにですけど」
「……君に突然こんなことを話すのはおかしいかもしれないが、聞いてくれるか」
「? はい、構いません」
「……最近、彼女を見るのが辛いんだ」
「……辛い?」
「胸が苦しくなる」
マジか、と思わずぽかんと口を開けてしまった。
態度の変化に勘づいていたとは言え、実際に彼の口から聞くと驚いてしまった。あの女のどこに惹かれてしまったのか。
そしてたちの悪いことにリュウ自身は恋心を自覚しておらず、みはるがそれをどうするか左右できる立場になってしまっている。
それは恋だと告げてしまうのも、わかっていて教えないのも、止めておけと言うのも、どれも無責任な気がして困ってしまった。
リュウもみはるも無言になってしまい、ただただ気まずいまま下を向いていると、不意に水を踏む音が聞こえて両者が顔を上げた。
「あれ、おやつ休憩中でした?」
名無しがそう言いながら、リュウの前に供えられた羊羹を指す。なんとタイミングの良い女だろう。
「羊羹が好きなのイイですよね、可愛い」
「可愛い……というより、エネルギー補給に適しているからな。前にも言わなかったか。格闘家には甘党も多いぞ」
「聞きましたけど、リュウさんが羊羹お供えされてるの何度見てもイイんですもん」
名無しがにこにこと答える。阿部野みはるは自分がやきもきするのが馬鹿らしくなった。勝手にやってくれ。
「名無しさんにも持ってくるから、羊羹。二人で食べて」
「え、でも」
いいから、と名無しを制して踵を返した。
数分後、みはるが名無しの分の羊羹を取って戻ると、リュウと名無しは隣り合って石の上に座っていた。リュウは律儀に自分の分には手を付けず待っているようだ。
もう一つの羊羹を“お供え”しながら、みはるはリュウに言ってやる。
「さっきの話、本人にした方がいいですよ」
「む? そうか?」
「え、何の話ですか!」
名無しがわくわくとリュウの顔を見つめたところで、みはるはさっさとその場を離れたのだった。
「それで、私本人にした方がいいってどんな話なんですか?」
食べ終わった羊羹の皿を脇に避けながら、名無しが口を開く。
「ああ、実は」
「あっ、もしかしてお説教です……!? みはるさんに愚痴とか……」
「俺は陰口など言わない」
「そ、そうですよねごめんなさい! でもそれなら何の……」
「君を見ると胸が痛くて」
「……え?」
「こう……何と言うのだろうか、締め付けられるような……」
「…………」
「ああ、病気ではないと思うぞ? 体力や食欲が落ちている訳ではないからな。だからそんな心配そうな顔をしなくてもいい」
「……それって」
どこか的外れなことを言うリュウに対して、名無しが複雑な表情を浮かべる。まさかという気持ちと期待が入り交ざっていた。喉をごくりと鳴らす。
「それって、私のこと好きだったりします……?」
「…………うん?」
「その、おこがましいんですけど、恋愛的な意味で……」
「……な、なるほど……そういう……確かに言われてみれば」
「ほ、本当に!? 本当に好きなんですか!?」
「俺も気づかなかった」
「気づかなかったって……」
呆れたような声を出す名無しに、リュウが申し訳無さそうに立派な眉を少しだけ下げる。
「歳の差もあるし、そもそも師匠である相手からこんなこと言われたら困るか……。すまない。俺は弟子である君に不埒な感情を抱いてしまっていたんだな」
その言葉に慌てて首を横に振る。
「私は困らないんですけど! リュウさんが困るかと!」
「俺が?」
「リュウさんの身が危ないというか……! どうなっても知らないというか……!」
「俺をどうにかするつもりなのか?」
「ぐうっ……! そういうことを……言うから……」
名無しが顔を覆って呻くとリュウが首を傾げる。不埒なのは貴方ではなく私だ。
「結局、俺みたいな男に好かれても迷惑ではないということでいいのか」
「もちろんです! 嬉しいですけど……!」
「その『けど』というのが気になる」
「だから、私の理性との闘いなんですって……!」
恋仲になればあんなことやこんなことが合意の上で行えてしまう。それこそいつだかに約束した、胸筋を揉……もとい研究させてもらうことだって、条件など無しに可能になってしまうだろう。願ったり叶ったりな状況のはずだが、数少ない良心がチクチクと痛んでしまった。リュウの好きと名無しの好きでは純粋さがまるっきり違う。
「……とりあえず、少し考えさせてくださ……ああでも! できれば考えてる間に他の人を好きにならないでくれると嬉しいです……!」
「もちろんだ。好い返事を待っている」
「…………好き…………」
身勝手な返事にも爽やかに笑ってくれるものだから、思わず顔を覆ったまま、結局心の返答が漏れ出てしまったが。
「好きだけど俺がどうにかなるから付き合えないと言われている」「彼氏にしてしまったら今以上に遠慮がなくなってしまう」とリュウと名無しそれぞれから相談されたみはるが苛立ちながら仲を取り持つのはそう遠くない未来の話だ。
ストリートファイトの強さや修行の成果についてではない。かなりの有名人らしい彼程の境地に達した相手の変化など、自分なんぞにはそう細かくはわからない。初めて会ったとき既に他と比べものにならない強さの持ち主なのだから。
みはるが気づいていたのは、弟子である名無しに対する心情の変化の方だ。名無しがリュウに対して積極的なのは、当然知っている。
「身体づくりを学ぶ為に俺の身体を触りたいらしいが、頼んできた癖に最終的には断られてしまった。強くなる為に研究熱心だとは思うんだが、どうも何を考えているのかよくわからん」とはこの間みはるがリュウに言われた言葉だ。大方彼の筋肉を触りたいという下心による頼み事であろうが、いざ触れと言われて怖気づいたのだろう。いわゆるヘタレだ。
「男女では体つきがどうしても異なりますから、それに気付いて止めたんじゃないですか」と答えたことを名無しには感謝して欲しい。
毎日毎日、石鹸だのタオルだのをわざわざ入浴中に届け、替えの服を届け洗濯物を預かるのも丁度着替えているときを狙っているというのに、名無しの奇行に対してリュウは笑うか戸惑うかするばかりで、咎めたり怒ったりすることはみはるが見る限りでは一度もない。
……ちなみに。リュウが脱いだ後の服を名無しがどうしているかについては、みはるは考えないようにしている。
そんな、笑うか戸惑うかしていたリュウの態度の変化にみはるが確信を持ったきっかけは、何を隠そうリュウ本人からの申し出によるものだ。
知人から頂いた羊羹を、目を閉じて瞑想をしているリュウの前にそっとお供えして離れようとしたとき、不意に声をかけられた。
「……俺の弟子の名無しと手合わせしたり話したりしているよな」
「えっ、ああ、たまにですけど」
「……君に突然こんなことを話すのはおかしいかもしれないが、聞いてくれるか」
「? はい、構いません」
「……最近、彼女を見るのが辛いんだ」
「……辛い?」
「胸が苦しくなる」
マジか、と思わずぽかんと口を開けてしまった。
態度の変化に勘づいていたとは言え、実際に彼の口から聞くと驚いてしまった。あの女のどこに惹かれてしまったのか。
そしてたちの悪いことにリュウ自身は恋心を自覚しておらず、みはるがそれをどうするか左右できる立場になってしまっている。
それは恋だと告げてしまうのも、わかっていて教えないのも、止めておけと言うのも、どれも無責任な気がして困ってしまった。
リュウもみはるも無言になってしまい、ただただ気まずいまま下を向いていると、不意に水を踏む音が聞こえて両者が顔を上げた。
「あれ、おやつ休憩中でした?」
名無しがそう言いながら、リュウの前に供えられた羊羹を指す。なんとタイミングの良い女だろう。
「羊羹が好きなのイイですよね、可愛い」
「可愛い……というより、エネルギー補給に適しているからな。前にも言わなかったか。格闘家には甘党も多いぞ」
「聞きましたけど、リュウさんが羊羹お供えされてるの何度見てもイイんですもん」
名無しがにこにこと答える。阿部野みはるは自分がやきもきするのが馬鹿らしくなった。勝手にやってくれ。
「名無しさんにも持ってくるから、羊羹。二人で食べて」
「え、でも」
いいから、と名無しを制して踵を返した。
数分後、みはるが名無しの分の羊羹を取って戻ると、リュウと名無しは隣り合って石の上に座っていた。リュウは律儀に自分の分には手を付けず待っているようだ。
もう一つの羊羹を“お供え”しながら、みはるはリュウに言ってやる。
「さっきの話、本人にした方がいいですよ」
「む? そうか?」
「え、何の話ですか!」
名無しがわくわくとリュウの顔を見つめたところで、みはるはさっさとその場を離れたのだった。
「それで、私本人にした方がいいってどんな話なんですか?」
食べ終わった羊羹の皿を脇に避けながら、名無しが口を開く。
「ああ、実は」
「あっ、もしかしてお説教です……!? みはるさんに愚痴とか……」
「俺は陰口など言わない」
「そ、そうですよねごめんなさい! でもそれなら何の……」
「君を見ると胸が痛くて」
「……え?」
「こう……何と言うのだろうか、締め付けられるような……」
「…………」
「ああ、病気ではないと思うぞ? 体力や食欲が落ちている訳ではないからな。だからそんな心配そうな顔をしなくてもいい」
「……それって」
どこか的外れなことを言うリュウに対して、名無しが複雑な表情を浮かべる。まさかという気持ちと期待が入り交ざっていた。喉をごくりと鳴らす。
「それって、私のこと好きだったりします……?」
「…………うん?」
「その、おこがましいんですけど、恋愛的な意味で……」
「……な、なるほど……そういう……確かに言われてみれば」
「ほ、本当に!? 本当に好きなんですか!?」
「俺も気づかなかった」
「気づかなかったって……」
呆れたような声を出す名無しに、リュウが申し訳無さそうに立派な眉を少しだけ下げる。
「歳の差もあるし、そもそも師匠である相手からこんなこと言われたら困るか……。すまない。俺は弟子である君に不埒な感情を抱いてしまっていたんだな」
その言葉に慌てて首を横に振る。
「私は困らないんですけど! リュウさんが困るかと!」
「俺が?」
「リュウさんの身が危ないというか……! どうなっても知らないというか……!」
「俺をどうにかするつもりなのか?」
「ぐうっ……! そういうことを……言うから……」
名無しが顔を覆って呻くとリュウが首を傾げる。不埒なのは貴方ではなく私だ。
「結局、俺みたいな男に好かれても迷惑ではないということでいいのか」
「もちろんです! 嬉しいですけど……!」
「その『けど』というのが気になる」
「だから、私の理性との闘いなんですって……!」
恋仲になればあんなことやこんなことが合意の上で行えてしまう。それこそいつだかに約束した、胸筋を揉……もとい研究させてもらうことだって、条件など無しに可能になってしまうだろう。願ったり叶ったりな状況のはずだが、数少ない良心がチクチクと痛んでしまった。リュウの好きと名無しの好きでは純粋さがまるっきり違う。
「……とりあえず、少し考えさせてくださ……ああでも! できれば考えてる間に他の人を好きにならないでくれると嬉しいです……!」
「もちろんだ。好い返事を待っている」
「…………好き…………」
身勝手な返事にも爽やかに笑ってくれるものだから、思わず顔を覆ったまま、結局心の返答が漏れ出てしまったが。
「好きだけど俺がどうにかなるから付き合えないと言われている」「彼氏にしてしまったら今以上に遠慮がなくなってしまう」とリュウと名無しそれぞれから相談されたみはるが苛立ちながら仲を取り持つのはそう遠くない未来の話だ。