タイガー睨み
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名無しが忍田の家に泊まるのは、これで3回目だ。
大きなベッドの、ふわふわの毛布の中で、忍田の胸元に頭をぴったりとくっつけて寝るのにも慣れてきた。
お互い大人だから本来はそういう欲があるのだろうが、この二人にはまだ身体の関係はない。
名無しは考えていた。憧れていた人の体温を感じて、目を閉じているだけで十分幸せだ。まだこの段階を楽しんでいたい。この先に進むのは勿体ないと思ってしまう。
それに何より、自分の痴態を曝け出す勇気もない。期待外れだと思われたら。万が一萎えられたりでもしたら。自分はこの人の好みをちゃんと知れていない。
背が高くて、体格が良くて、それでもまだ自己鍛錬が趣味だという忍田の好みに合う体型の女だろうか。いや、そんな自信は一欠片もない。
そんな風に考えてしまうから。まだ、添い寝以上は望まない。
翌朝、名無しと忍田はいつもよりゆっくり起きて、簡単に朝食をとったあとのんびりとインスタントコーヒーを飲みながら過ごしていた。
といっても、名無しの方はコーヒーをゆっくり飲むことで落ち着こうとしている、と言った方が正しい。
読み終わった新聞を置いた忍田に、名無しが声をかける。
「あの、忍田さん」
「ん?」
「お願いがあるんですけど……」
「ああ、なんだろうか」
忍田が居住まいを正す。名無しからのお願いはかなり珍しい。忙しい自分に気を遣っているのだろうか、電話やメール、あるいはデートなど、とにかく何かしらの催促をしてくることはない。何かが欲しいとか、そういう要求も。もう少し甘えてくれていいのにと思うが、それを言うのも彼女の気遣いを無下にする様で言えなかった。
そんな彼女からの申し出に、少しばかり緊張が走る。名無しが手をもじもじと合わせながら口を開いた。
「忍田さんが……虎だとお聞きしまして」
「うん?」
忍田の緊張は一気に解けた。
もしや、とほんの少しだけ不純なお願いを想像した自分が恥ずかしくなる。そろそろ添い寝より先に進んでも良いのか、慎重にタイミングを測っていた頃合いだ。
もちろん、無理強いはしたくないし彼女を大切にしたい気持ちの方が強いから、それはそれでいい。名無しと同じく、一緒に眠るだけでも幸せを感じていた。
彼女がそういったことに積極的でないこともわかっているから、当然、彼女の指す虎を低俗な意味に捉えることもない。
予想通り、彼女が続けた言葉はまるで御伽噺のようだった。
「会議中腕組みで防御力を上げて、狐? や狸? を睨んで撃退すると」
「うん……?」
「私も、忍田さんのそういうお姿見たいなって……」
忍田は眉を潜めてその眉間に手を当てる。一体彼女は何をどう勘違いしているのだろうか。彼女の性格柄からかっている訳ではなく、真面目に言っているだろうからこそ余計に忍田を悩ませた。
「ちょっとだけ……駄目ですか?」
「まあ……駄目ということはないが……」
飼い主の機嫌を伺う犬か猫のように見えてしまい、突っぱねることなどできなくてそう返事をした。すると大層嬉しそうな顔をするものだから、何とも言えない気分になってしまう。
可愛がりたいが何かが違う。どこか腑に落ちない。もっと違うお願いはなかったのだろうか。いや、あるだろうもっと!
そんな忍田の気持ちを知らない名無しは、席を立って忍田の前に移動する。
「ありがとうございます! では……」
「こうか……?」
「……素敵です……」
「はあ……」
腕を組んだ忍田を見て感嘆のため息を漏らす名無しと、指揮をとるときとは真逆の、何も理解できていない返事をする忍田。
「それで、睨んで欲しいんですけど……」
「……きみをか?」
「はい」
「…………」
「…………」
「…………」
「……忍田さん?」
「無理だ」
視線を横に向けていた忍田が頭を振って、腕組みを解く。その腕でそのまま名無しの両肩を優しく掴んだ。
「きみを睨むなんて、私にはできないよ」
「……」
「他のお願いにしてくれるか」
「…………う……」
「……名無しさん?」
謎の言葉を発して突然顔を覆ってしまった名無しに、忍田が戸惑う。
「ま、まさか泣いてるのか?」
「…………」
「すまない。でもいくらきみからのお願いとはいえ睨むなんて私には……」
「……いえ、泣いてない、ですけど……撃退されちゃいました……」
「? 睨んだら撃退されるってことじゃなかったのか……? 睨んでないぞ私は。名無しさん、名無しさん聞いているのか」
「……はあ…………」
名無しは顔を隠したままため息をつくばかりで、会話にならない。忍田は彼女を悲しませてしまったか、怒らせてしまったか、とにかく誤解を生んだのではないかと焦っている。
本部最強と言われる虎のペースをここまで乱すのは、彼女の特権なのかもしれない。
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