猫科
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遠くに閃光が走る。
「……あれ忍田さんの弧月かなあ……。いや、忍田さんはそうそう現場出ないか。じゃあ違うかな……」
名無しはベランダの柵にもたれながら、そう独り言ちた。
10分前、名無しの家、名無しのベッドの上で忍田と二人部屋着で向かい合ったその時。
ゲートが開いたことを知らせる緊急放送が聞こえたかと思えば、名無しの想い人はあっという間にトリガーを起動し、「すまない」とだけ言ってベランダから飛び出して行ってしまった。
自分が生きているのはこういう世界であること、忍田真史がそういう人間であることを、名無しは思い知らされる。
忍田自身はそうそう命を落とすことはないだろうが、街の住人やボーダー隊員及び職員に死人が出ないとは言い切れない。
だから名無しが忍田のことを恨むことはない。人々を護るために一生懸命な彼を、どうして恨むことができようか。
その代わりに、火照る身体を抑え名残を惜しみ、忍田がいるであろう、ゲートが開いたその方向を見つめることだけは許してほしいと、名無しは忍田が出ていったその時からベランダに立ち続けていた。
「……終わったのかな」
閃光や煙が見えなくなって暫くした頃、突然ベランダの柵がガコン、と音を立てて揺れる。
名無しが音のしたほうを見ると、忍田がそこにいた。柵の上でしゃがむような体勢をとっている。
まるで猫のようだ。真っ黒な容姿も相まって、名無しには忍田が近づいてくることが全くわからなかった。
「何をしている……!」
「びっくりした……」
「驚いたのはこっちだ。まさかずっと外にいたのか!?」
忍田がベランダの内部に降り立ち、名無しに詰め寄る。
「だって、見えるから……」
「危ないだろう! 今だって私じゃなく敵だったらどうするんだ? 死んでいたかもしれないんだぞ」
「……そう、だよね。……ごめんなさい」
「あ……いや、すまん。つい熱くなってしまった。叱りにきたつもりじゃなかったんだが」
目を伏せて謝る名無しに、忍田が腰を落としてその顔を覗き込むようにした。声のトーンを落として語りかける。
「悔しいが、きみに何かあっても私が助けてあげられるとは限らない。頼むから、今度からは家の中にいてくれ。必要があれば遠くに避難を」
「うん……わかった。約束する」
「そうしてくれ」
忍田が腰を伸ばすのに合わせて、名無しも顔をあげ、忍田に問いかける。
「……忍田さん。ここにいていいの? 被害は?」
「いや、このままここにはいられないんだが………野暮用があると言って5分だけ時間を貰った。それと、人的被害はないよ。空き家がいくらか壊れてしまったが……トリオン兵もそう多くはなかったしな」
「そう……よかった。それなら忍田さんが出る程じゃなかったってことだよね」
「ああ、本部にいた隊員たちで十分対処できたからな。私は指揮だけだ」
忍田が戦闘服になったのは、あくまで名無しの家から最短時間で本部に行くためだった。そして同じく最短時間で戻るために、戦闘服のままでいたのだろう。
ただ、とバツが悪そうな顔をした忍田が続ける。
「悪いが後始末があるから今夜は戻れないと思う。埋め合わせは必ずするから」
「わざわざそれを……ありがとう。……でも、今度からは状況が落ち着いた後でメールでも電話でもくれれば……。私、それくらいはちゃんとわかってるつもり」
「会う口実くらいくれないか」
忍田が名無しの言葉を遮る。
「本来ならきみと過ごせた時間なんだ。これくらい許してくれ」
「……もしかして、忍田さんも寂しいって思ってくれた?」
「当然だろう」
忍田が名無しの手をとり、軽く握る。
「……きみの顔が見られてよかった。これでこの後も頑張れるよ」
「……うん、行ってらっしゃい。気をつけて」
「ああ。終わったら連絡する」
「……あっ、忍田さん待って!」
忍田が名無しの手を離し、ベランダの柵に足をかけたところで名無しが呼び止める。
慌てて玄関まで走り、戻ってきたその手には忍田の靴があった。
「……なるほど、よく気がついたな」
「スーツの換装も登録してるとは思うんだけど、いくら忍田さんでもずっとトリオン体じゃどんどんトリオン減ってっちゃうでしょ。換装解かなきゃいけなくなったとき裸足じゃ困るかなって。スーツや靴下は本部に置いてるけど、靴はなかったよね?」
「確かにその通りだ。……今度からは靴も置かなくてはな……」
「ふふ、そうだね。……じゃあ今度こそ行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
名無しから靴を受け取った忍田が跳躍する。屋根や壁伝いにボーダー本部の方へ向かう姿も、すぐに夜の闇に溶け込んだ。
天井や壁から謎の足音が、なんて話題にならなければいいが。そんなことを考えながら名無しは部屋の中へ戻った。
「ね、忍田さん」
「なんだ」
「手に靴持って戻ってきたけどさ、靴を脱ぐようなところに野暮用があったの?」
「……迅」
「大丈夫。別に視てないよ。視る気もないし。これは純粋に俺がエリートがゆえの疑問」
「……家に居たからな、そのまま飛び出してきてしまった」
「家、ねえ……」
「何が言いたい」
「わかった、わかったから睨まないでよ。忍田さんの睨んだ顔怖いんだから」
……誰の家なんだか。実力派エリートが心の中で呟いた。
「……あれ忍田さんの弧月かなあ……。いや、忍田さんはそうそう現場出ないか。じゃあ違うかな……」
名無しはベランダの柵にもたれながら、そう独り言ちた。
10分前、名無しの家、名無しのベッドの上で忍田と二人部屋着で向かい合ったその時。
ゲートが開いたことを知らせる緊急放送が聞こえたかと思えば、名無しの想い人はあっという間にトリガーを起動し、「すまない」とだけ言ってベランダから飛び出して行ってしまった。
自分が生きているのはこういう世界であること、忍田真史がそういう人間であることを、名無しは思い知らされる。
忍田自身はそうそう命を落とすことはないだろうが、街の住人やボーダー隊員及び職員に死人が出ないとは言い切れない。
だから名無しが忍田のことを恨むことはない。人々を護るために一生懸命な彼を、どうして恨むことができようか。
その代わりに、火照る身体を抑え名残を惜しみ、忍田がいるであろう、ゲートが開いたその方向を見つめることだけは許してほしいと、名無しは忍田が出ていったその時からベランダに立ち続けていた。
「……終わったのかな」
閃光や煙が見えなくなって暫くした頃、突然ベランダの柵がガコン、と音を立てて揺れる。
名無しが音のしたほうを見ると、忍田がそこにいた。柵の上でしゃがむような体勢をとっている。
まるで猫のようだ。真っ黒な容姿も相まって、名無しには忍田が近づいてくることが全くわからなかった。
「何をしている……!」
「びっくりした……」
「驚いたのはこっちだ。まさかずっと外にいたのか!?」
忍田がベランダの内部に降り立ち、名無しに詰め寄る。
「だって、見えるから……」
「危ないだろう! 今だって私じゃなく敵だったらどうするんだ? 死んでいたかもしれないんだぞ」
「……そう、だよね。……ごめんなさい」
「あ……いや、すまん。つい熱くなってしまった。叱りにきたつもりじゃなかったんだが」
目を伏せて謝る名無しに、忍田が腰を落としてその顔を覗き込むようにした。声のトーンを落として語りかける。
「悔しいが、きみに何かあっても私が助けてあげられるとは限らない。頼むから、今度からは家の中にいてくれ。必要があれば遠くに避難を」
「うん……わかった。約束する」
「そうしてくれ」
忍田が腰を伸ばすのに合わせて、名無しも顔をあげ、忍田に問いかける。
「……忍田さん。ここにいていいの? 被害は?」
「いや、このままここにはいられないんだが………野暮用があると言って5分だけ時間を貰った。それと、人的被害はないよ。空き家がいくらか壊れてしまったが……トリオン兵もそう多くはなかったしな」
「そう……よかった。それなら忍田さんが出る程じゃなかったってことだよね」
「ああ、本部にいた隊員たちで十分対処できたからな。私は指揮だけだ」
忍田が戦闘服になったのは、あくまで名無しの家から最短時間で本部に行くためだった。そして同じく最短時間で戻るために、戦闘服のままでいたのだろう。
ただ、とバツが悪そうな顔をした忍田が続ける。
「悪いが後始末があるから今夜は戻れないと思う。埋め合わせは必ずするから」
「わざわざそれを……ありがとう。……でも、今度からは状況が落ち着いた後でメールでも電話でもくれれば……。私、それくらいはちゃんとわかってるつもり」
「会う口実くらいくれないか」
忍田が名無しの言葉を遮る。
「本来ならきみと過ごせた時間なんだ。これくらい許してくれ」
「……もしかして、忍田さんも寂しいって思ってくれた?」
「当然だろう」
忍田が名無しの手をとり、軽く握る。
「……きみの顔が見られてよかった。これでこの後も頑張れるよ」
「……うん、行ってらっしゃい。気をつけて」
「ああ。終わったら連絡する」
「……あっ、忍田さん待って!」
忍田が名無しの手を離し、ベランダの柵に足をかけたところで名無しが呼び止める。
慌てて玄関まで走り、戻ってきたその手には忍田の靴があった。
「……なるほど、よく気がついたな」
「スーツの換装も登録してるとは思うんだけど、いくら忍田さんでもずっとトリオン体じゃどんどんトリオン減ってっちゃうでしょ。換装解かなきゃいけなくなったとき裸足じゃ困るかなって。スーツや靴下は本部に置いてるけど、靴はなかったよね?」
「確かにその通りだ。……今度からは靴も置かなくてはな……」
「ふふ、そうだね。……じゃあ今度こそ行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
名無しから靴を受け取った忍田が跳躍する。屋根や壁伝いにボーダー本部の方へ向かう姿も、すぐに夜の闇に溶け込んだ。
天井や壁から謎の足音が、なんて話題にならなければいいが。そんなことを考えながら名無しは部屋の中へ戻った。
「ね、忍田さん」
「なんだ」
「手に靴持って戻ってきたけどさ、靴を脱ぐようなところに野暮用があったの?」
「……迅」
「大丈夫。別に視てないよ。視る気もないし。これは純粋に俺がエリートがゆえの疑問」
「……家に居たからな、そのまま飛び出してきてしまった」
「家、ねえ……」
「何が言いたい」
「わかった、わかったから睨まないでよ。忍田さんの睨んだ顔怖いんだから」
……誰の家なんだか。実力派エリートが心の中で呟いた。
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