愛も垂らす
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外は蒸し暑い夏の夜。
それとは反対に涼しくて過ごしやすい天彦の別荘のベッドの上。
天彦と名無しはほぼ裸の状態で毛布に包まっていた。なんとも贅沢なことである。
「ねえ」
「はい」
「天彦さんって夏祭りとか行くタイプ?」
「ええ、この間もぼうやたちと行ってきました」
「ぼうやたち」
「シェアハウスしている皆さんです」
「ああ、ほんと仲良いね。……他は?」
「他?」
「他の人とは行ってないの?」
「行ってませんし行く予定もありませんが……。どうしてそのようなことを聞くんです?」
「住んでるとこの近くでお祭りがあるみたいで、ちょっと興味あるなあと思って」
「つまり、天彦と夏祭りデートがしたいと?」
「デー……ト、かはわかんないけど」
折角の夏だし、少しは夏らしいことをしときたいなって。名無しの言葉は相変わらず言い訳がましく本人にすら本当の気持ちはわからないものだったが、天彦は追及せずに目を弧にして頷いた。
「わかりました。お供致しましょう」
「……ふうん、予定空いてるんだ」
「もちろん。誘っておいてご不満なんですか」
名無しは、どんなに自分のことを好きだと言われていても、夏祭りデートくらいは誰かと行く予定があるのではないかと思っていた。それこそ、名無しのようにとりあえずの相手として選ぶには天彦は見た目が良すぎるくらいである。
誘われたのに断ったのか、あるいは誘われていないのか。そして予定を確認せず即答できるほど他の予定がないのか。それとも予定はあるが自分を優先したのか。……本当に、私一筋なのか。聞いてみたい気もしたが、そんなことを聞くのは自分がなりたくない見苦しい女になってしまうと思い止めた。
「ううん。それより、皆で行ったときは浴衣着た?」
「……ええ。依央利さん……シェアハウスしているセクシーな皆さんのうちの一人なんですが、彼が仕立てて下さって」
「え、すごい! 手作りの浴衣見たい」
「では当日貴方の家まで迎えに行きますね。浴衣もその時にお持ちします」
「ん?」
「ん?」
「いや、浴衣そのものより着てるところが見たいって意味だったんだけど」
「もちろん。持っていくのは貴方の分ですよ」
「何で!?」
驚いた名無しが上半身を起こすと、滑り落ちた毛布から裸体が覗き、「おや、素晴らしい。大変セクシーですね」と天彦が喜ぶ。
名無しはすぐに毛布の中に潜り込んで身体を隠したが、隠しても無駄だと言わんばかりに天彦の手が怪しく身体を這った。
「こら。……で、私の分の浴衣ってどういうこと?」
天彦の手を軽く叩きその動きを止めながら、名無しが話の続きを促す。天彦も特に気分を害することなく応じた。
「依央利さんに、どうしても負荷が欲しいと言われたので頼んでしまいました」
「いやいや、だからって会ったこともない女に浴衣仕立てる!? サイズとか……はまあ和服だから多少は調整効くだろうけど……」
「安心してください。この天彦が責任持って身長やらスリーサイズやらなにやらお伝えしましたので、ぴったり貴方のサイズで仕立ててもらっています」
「ん?」
「ん?」
「身長はなんとなくわかるとしても、スリーサイズなんか教えた記憶ないんだけど」
「ええ、教わっていません。勝手に測りました」
「いつ!?」
今度は起き上がらないよう、代わりに毛布を握りしめることで驚きの感情を示す名無しに、天彦がため息をつく。
「目視と触覚でわかります。何度貴方の身体に触れていると思ってるんですか。ワールドセクシーアンバサダーを見くびらないで下さい」
「何でちょっと怒ってるの」
むっとしたような態度の天彦にそうツッコんだ後、今度は名無しがため息をついた。
天彦が自分の身体に関する数字を知っていることについて疑問を抱き、それを本人にぶつけてしまったのが間違いだったのだ。スルーすべきだった。そう反省した名無しは話題を変える。
「じゃあ今度その依央利さんにお礼しなきゃ」
「んん……どうでしょうねえ。彼は奉仕精神に溢れすぎて施しを受けると瀕死状態になりますから、やめておいた方がいいかもしれません」
「……もしかして、そのシェアハウスって変人しかいないの?」
「ええ、アブノーマルな人ばかりです」
天彦さんに言われたくないと思うよ、という言葉を飲み込んでから、名無しが口を開く。
「それならお礼は天彦さんから伝えておいてよ」
「わかりました。華やかで素敵な生地を選んで頂いたので楽しみにしておいて下さい」
そう言いながら天彦は名無しの身体から離した手で今度は髪を一房摘み、そのまま言葉を紡ぎ続ける。
「いえ、誰よりも楽しみにしているのは僕の方ですね。貴方の浴衣姿を早く見たくてたまらない」
「大袈裟」
照れ臭さからそっけなくするも、天彦は変わらず目を細めたまま名無しの髪を指先で弄んでいる。そんな空気に耐えられなくなったか、名無しもまた言葉を続けた。
「それにしても、最初は天彦さんがわざわざ私の家で浴衣に着替える気かと思ってびっくりした」
その言葉に天彦の指先はぴたりと止まる。
「……いや、それもアリですね……? 天彦の生着替え、是非貴方に見」
「何でもない。やっぱさっきのなし。忘れて」
「あっ、ちょっと名無しさん、どうしてですか。世界セクシー大使の生着替え見たくないんですか。とびっきりのエクスタシーをお約束しますから! 名無しさん!?」
自分の言葉を遮り頭まで毛布の中に入り込んでしまった名無しに、天彦がそう縋るのだった。
▼▼▼
「ああ……! とてもセクシーです名無しさん」
「ありがとう。浴衣が素敵だからだけどね」
「浴衣も素敵ですが、貴方自身も魅力的ですよ」
依央利が名無し用に仕立ててくれた浴衣は、流石というべきか、確かに彼女にぴったりだった。
夏祭り当日の、昼と夕方の間の時間、約束通り天彦が名無しの家まで持ってきてくれたのだ。名無しにとって安心した点は、天彦が既に浴衣を着た状態で訪れてくれたことだ。
「貴方の前で着替えるのもそれはそれはセクシーだと思ったのですが、夏祭りどころじゃなくなりそうなのでやめました」とは天彦の言葉である。
「浴衣の着方がわからなければ、天彦がこの手で丁寧に着せてあげようと思ったのですが」
そう言いながら、天彦が名無しの髪に簪を刺す。着替えが手伝えないならせめて髪を結わせて欲しい、と頼んだのだ。
「残念でした。それにしても半襦袢まで手作りで用意してくれてるなんて」
「そしてそれに戸惑わず、タオルまで巻かれるなんて……本当に着方を知っているのだと少しがっかりしました。いえ、きちんと知識のある名無しさんもとてもセクシーなのですが」
「……待って。何でタオル巻いたの知ってるの?」
「あ、駄目です動いたら。……もちろんきっちり覗いたからに決まってるでしょう」
天彦にとって覗きは隠すべきことではないらしく、一切悪びれる様子もなく答えた。
動くなと言われた名無しは仕方なくその指示に従いながらも、鏡越しに天彦を睨む。
「スケベ」
「ありがとう」
「タオル巻くとこなんか見ないでよ」
「セクシーでした」
「いやどう考えても色気ないでしょ」
「大人しめの下着もいつもと違っていいですね」
「ほんとやだこの人」
名無しの罵りも、天彦には全く堪える様子はない。
「嘘おっしゃい。僕のことは好きだと散々言っているじゃないですか。本当に嫌なんですか?」
「…………」
「ほら、できましたよ」
「……あ……りがとう」
「どういたしまして」
質問にも答えず、お礼にしては歯切れの悪いものだったが、それでも天彦は名無しの頭に刺した簪を満足そうに撫でた。
「さ、そろそろ一緒にいきましょうか」
「……その言い方もなんか嫌」
「酷い」
でもそれも嘘ですよね。そう天彦に言われた名無しは、家の鍵をかけると同時にやっと「お好きな解釈でどうぞ」と答えるのだった。
▼▼▼
祭り提灯や露店で明るく照らされた会場を、並んで歩く。大きな祭りのように混雑して動けない程ではないが、それなりに賑わっており、周囲とぶつからないように注意する必要はあった。
「あー……お祭りの匂いがする」
「お祭りの匂い?」
「より正確に言うなら屋台の煙の匂いかな……。お腹空いた」
「はは、早速ですが何か食べますか」
「食べる!」
何にしようかと辺りを見回す名無しに、天彦がある店を指差して示した。
「名無しさん、チョコバナナがあります……! はぁあ……セクシーですね……!」
「おまわりさん」
「呼ばないで下さい」
「チョコバナナ好きなのにそんなこと言われたら食べづらいじゃん!」
「じゃあやめますか?」
「……後で食べる」
「エクスタシー!」
天を仰ぐ天彦をいなしつつ、名無しはゆっくり歩きながら再度辺りを見回す。
「となると、やっぱりたこ焼きかな」
「たこ焼き……!」
「あ、フランクフルトも美味しそう」
「フランクフルト……!」
「……何?」
「名無しさん……あんなこと言っておいて、玉と棒をチョイスするなんて。わざとですか?」
「ほんとこの人さあ!」
――結局たこ焼きと唐揚げに落ち着き、ある程度腹を満たした二人は約束通りチョコバナナを手に再び空いているベンチへ腰掛ける。
「お祭りの食べ物って何でこんなに美味しいのかなあ」
「名無しさん、天彦がチョコバナナを食べるところ、是非見て下さい……!」
「はいはい」
言動は怪しいが、そう言った割に天彦は至って普通にチョコバナナを食べる。彼には、食べ物で遊ぶという非常識さはない。
シェアハウスでも、一見セクハラばかりしているように見えるが、最年長らしく常識人のように振る舞う姿が見られることは少なくないのだ。
「チョコバナナを食べる名無しさん……ハァ……とてもセクシー……エロい……」
「天彦さんって本当に30歳?」
ただし、それは今のところ名無しに伝わらない。
▼▼▼
食べ終わったごみをまとめる名無しに、天彦が声をかける。
「花火までまだ時間がありますが、どうします? ここで座って休みますか?」
「んー、せっかくだしゴミ箱探すついでに一周ぐるっと周りたい気もするけど、天彦さん疲れた?」
「いえ、天彦はまだまだ元気です。名無しさんこそ、疲れていませんか? 足を痛めたりは?」
「平気。ありがとう」
「歩くのが辛くなったらすぐに言ってください。この腕で抱えます。いえ、やっぱり辛くなくても言ってください。貴方の柔らかい身体をこの腕に」
「かっこいいのにそういうことまで言っちゃうのが天彦さんだよね」
「ありがとう」
「どういたしまして。でも抱えなくて大丈夫だから」
「残念です」
「そういうのは人目のないところでして」
「っあ……!? エクスタシィー!」
名無しの言葉に寂しそうな表情から一転、またもや名無しの言葉でぱっと顔色を明るくした天彦が叫ぶ。
お祭りの騒がしさに紛れ、彼の声を気に留める人はいない。名無しはそのことにほっと息を吐くのだった。
▼▼▼
そう大きくない規模の会場は、天彦も名無しも射的だのくじ引きだの金魚すくいだのに心惹かれないタイプであり、見るだけで満足しまうことも相まって、本当に一周周って終わってしまった。
そろそろ花火が見えそうな場所でのんびりしようか、という名無しの提案で再びベンチに腰掛け、他愛のない話をして時間を過ごす。
「名無しさん、もし花火まで退屈でしたら天彦がポールダンスをお見せしましょうか。街灯でも電柱でも」
「天彦さんのポールダンスは好きだけど、通報されたら花火どころじゃなくなっちゃうから。それも人目のないところで見せて」
「あぁっ……! 本当に名無しさんは僕を喜ばせるのがお上手です」
天彦の口から、今日何度目になるかわからない感嘆の声が漏れた。
「それに、こうやって座って周りの人の服装とか髪型見るのも好きなんだよね。あの人の服お洒落だなとか、あの人すごく綺麗だなとか」
「わかります。ほら、そこのカップルもとてもセクシーですよ」
「確かに。お似合いだね」
「……僕は貴方に似合いませんか」
不意に天彦が真剣な顔で名無しに問いかける。いや、不意ではなかったのかもしれない。天彦がずっと燻ぶらせている感情だ。
「逆だよ。私が天彦さんに似合わないの」
名無しのその言葉に天彦が何かを言い返そうとしたとき、空が光り、どん、という音がなる。
「あ、始まった。思ったより綺麗に花火見える場所で良かったね」
花火のせいで飄々と躱されてしまった天彦にとってはその美しさが却って恨みがましくもあったが、「すぐに振り向かれてしまってはセクシーさに欠ける」という自身の言葉を思い出し、名無しと同じように空を見上げる。
こんなことまでしておいてあくまでセフレだと言い張っても誰も信じないですよ。そもそも天彦の恋人は世界中の変態さんたちなのだから、最初から貴方もその中に入っています。という文句はいつかのために取っておくことにした。
▼▼▼
「セクシーですねぇ……」
「…………」
「ああ、セクシー……!」
「…………」
「っはぁ……ああッ……」
「天彦さん、花火見て」
数発の花火を見送った後、天彦は名無しの横顔に視線を戻していた。花火が打ち上がる度に吐き出される天彦の吐息混じりの低音は、花火に向けられたものではない。
「僕は貴方の瞳越しに花火を見ています」
「何それ……折角なんだから直接見た方が」
名無しが天彦に顔を向けると同時に、花火が上がる。
天彦の青い瞳が花火の光で煌めくのを目の当たりにしてしまい、名無しは「直接見た方が」に続く言葉を発することができなくなってしまった。
「ね? 綺麗でしょう」
「……あ……天彦さんは元から顔がいいから」
「それなら名無しさんもこのまま天彦のことを見ていて下さい」
暫く黙っていた名無しだが、天彦の熱を孕んだ眼差しに負けて「わかった」と答える。
「でもあと2発分だけね」
そう言う間に既に1発の花火が打ち上がった。
「それだけですか」
「だって。花火は今夜だけだけど、天彦さんの顔は今じゃなくても好きなだけ見られるでしょ」
「……ああ、貴方は本当にずるい」
そう天彦が言い終わるや否や、タイムリミットの2発目の花火が上がり、再びその瞳を光らせた。
▼▼▼
花火を堪能した後、人の流れに身を任せて、会場を出る。
人々はそれぞれの帰路を行き、名無しの家に向かう道を歩きながら、周りに誰もいなくなった頃。名無しが横を歩く天彦を見上げた。
「天彦さん、今日はありがとう。夏祭り行けて良かった」
「こちらこそ。誘ってもらえて嬉しかったです。……でも」
「なに?」
「僕はまだ今日を終わらせたくない」
天彦が足を止めたので、名無しも同じように足を止める。天彦がそっと名無しの頬に片手を添えた。
「今夜はこのまま貴方の家に泊まっていいでしょう?」
「……私はもうそのつもりでここまで一緒に歩いてきたんだけどな」
「っエクスタシー……!」
頬を触る天彦の手は片手から両手に代わり、名無しの顔を少しだけ持ち上げる。
天彦が身を屈めようとしたとき、名無しが天彦の唇に触れるか触れないかの位置に手のひらを差し込んだ。
「天彦さん。家までもう少し我慢して」
「名無しさん……あぁ、でも、軽く口づけするくらい」
「駄目」
「焦らしプレイだなんて……はぁっ……」
「焦らしプレイは嫌い?」
「……いいえ、たまらなくセクシーです」
「それは良かった。ならほら、帰ろ」
名無しがそっと天彦の両手を外し、歩き出す。
その横に寄り添った天彦が名無しの左手の甲に自分の右手の甲を合わせ、指だけを絡ませた。
「! ……天彦さん」
「これくらいは良いでしょう。前戯はもう始まってるんですから。ああ……なんてセクシー……」
指先から伝わる天彦の熱にあてられながら、ゆっくり夜道を歩く。
暫しの沈黙の後、ところで、と天彦が切り出した。
「この先の帰り道に薬局かコンビニはありましたっけ」
「ん? どっちもあるよ」
「では寄って帰りましょう」
「使い捨て歯ブラシは置いてあるけど。下着もこの間何着か買っておいたのがあるし」
「ゴムがないでしょう。ナマはセクシーじゃありません」
「……明け透けすぎる」
「わかっていた癖に。だって僕を家に泊めるつもりだったのでしょう? ナニもしないわけがない。……んふふ、貴方のその天邪鬼なところに興奮するようになってしまいました」
「Mなの?」
「Qです」
Qとは何かと名無しが問う間もなく、天彦が話し続ける。
「人目のないところでならという言葉も、天彦の顔を後から好きなだけ見られるという言葉も、全て誘っていたんですよね」
「別に今夜って意味じゃ」
「そうですか? 僕のことをセフレだと言いながら、今夜家に泊めるのにセックスする気がなかったと言うのなら、それはそれで期待してしまいますが」
「……意地悪」
「貴方に言われたくない」
言い返すような言葉を使っておきながら、天彦は上機嫌にくすくすと笑う。
「ね、今度ネットで名無しさんの住所宛にコンドーム頼んでいいですか。コンビニや薬局の容量では毎回いちいち買わなければいけないので」
明日、一緒に決めましょう。と天彦はさり気なく明日の名無しの予定も自分で埋める。
コンドームを置かせるのも、使うためなのは勿論、その残量で名無しに別の相手ができたかどうかを測ろうとしている。
カリスマである天堂天彦が振り回されるばかりで済むはずがないことに名無しは気づいているのかいないのか、「いいよ」と彼の提案を受け入れるのだった。