愛も垂らす
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「世界中の変態が恋人なんだって。はは、うけるな」
「なんだ、やっぱりセフレいるんじゃんね」
「ね」
「別に怒ったりしないし、隠さないで本当のこと言ってくれていいのに」
「セフレの何が悪いのか俺にはわかんない」
「お互い納得してればいいでしょ。天彦さんに他にどんなセフレがいるのか気になる」
「インパクトありそう」
「そうそう、ストライクゾーン広いから、いろんな変態が揃ってそう」
「アンタはどんな変態なの?」
「……そこなんだよね。天彦さんは何のカテゴリで私をセフレにしたんだろう」
「ふがっ……!? な、何でいるんですか!?」
「あ、天彦。この人見た目もこうして話してる感じも普通なんだけど、どこら辺が変態なの」
天彦がリビングに降りると、目に入ったのはふみやと名無しが話をする姿。うっすらと自分の名前が聞こえたのは聞き間違いではないだろう。名無しの知り合いはこのカリスマハウスの住人では天彦しかいないはずだからだ。
こういうときに限って、理解はいないのか未だ気づいていないのか。ふみやに問われた内容からして、誰にも邪魔されず随分好き勝手に話していたらしい。
「……そりゃあまあ、性的嗜好で言えば」
とは言っても。この質問に答えないのは性のカリスマの名が廃ると天彦が口を開くと、名無しがそれを制する。
「天彦さん?」
「ああ、ちゃんとフェチがある変態なんだ。人前で言うのは恥ずかしいよな」
「っああ、エクスタシー……エクスタシーですがっ……!」
嗜好をバラそうとした自分をじとりと睨みつける名無し、フェチという単語、恥ずかしいと言うふみや。天彦にとって“セクシー”な要素ばかりだ。それなのに、いつもなら思いっきり叫べる言葉も歯切れが悪くなる。
「……それで、何で名無しさんがここにいるんですか」
「まぁまぁまぁ」
「カフェでスイーツ食べまくったあとに話しかけてきてね。財布ないって困ってたから。建て替えたお金返してもらうために着いてきたの」
「まぁまぁまぁで済ますことじゃないでしょうふみやさん……。助けてくれた人が名無しさんだなんてそんな偶然が」
「偶然じゃない。俺はこの人が天彦のセフレだって知ってた。あ、同じカフェにいたのは偶然だけど」
「そう。だって一言目が『アンタ、天彦のセフレだよな?』だもん」
「何て!?」
「だから、アンタ天彦のセフレだろって」
「何で知ってるんですかって意味……いや違います、彼女はセフレでは……」
「嘘つき」
「なっ……」
謎にまみれているふみやの行動に、またもや振り回されている。そう考えながら順番にツッコもうとしたところで、名無しに嘘つきと呼ばれ天彦の顔は引きつった。
続いた「世界中の変態が恋人なんでしょ?」という名無しの問いにはすぐには答えず、ふみやを見やる。
「……ふみやさん」
「言っちゃ駄目? でも天彦が自分で言ってたことだし」
「それはそうですけど……タイミングが悪い」
「タイミング? 何もかも自分の都合のいいタイミングで出来事が起こるはずなんてない。時は待っちゃくれないんだから。それに、どうせいつ言おうかなんて考えてなかっただろ。そもそも、いつ言おうが事実は変わらない」
「……確かに、天彦の恋人は世界中の変態さんです」
「ほら。私以外にもセフレいるじゃん」
ふみやに言いくるめられた天彦に、名無しがそう追い打ちをかける。
「ッ、だから、前にも言ったでしょう! 僕にはセフレはいないし、貴方はセフレとかそういう枠に当てはめるような人では」
「いいじゃん、セフレ。羨ましい」
「ふ、ふみやさんそれは天彦のセフレになれるなんて羨ましいという意味ですか……!? なんと……エクスタシー……!」
「忙しいなこの人」
名無しの言葉通り、天彦の好意の矛先は世界中の変態、名無し、ふみやへと忙しなく変わる。
ただし、天彦に悪気はない。今話題に上がった全てに好意を持っているのは口からでまかせではない。
名無しにとってもそれはマイナス要因ではなく、当然の事実として受け入れられるものであった。だから尚更、自分に固執することがわからないのである。「忙しいなこの人」も面白がって出た言葉だ。
そんな中ふみやが首を横に振った。
「違う。俺は女がいい。名無し貸してよ」
「え」
「ええ、私天彦さん以外とセックスする気ないんだけど」
「え。セフレ肯定派じゃないの」
「それは本当ですか名無しさん……! 天彦以外とセックスする気ないんですか……!」
「前にも言ったでしょ、天彦さんのこと好きだって。私は天彦さんのセフレなのはいいけど、他の人のセフレになる気はないの。他に好きな人ができたらできたでそっちに一途になるかもだけど」
「俺が言うのもなんだけど、すごいメチャクチャなこと言うねこの人」
ふみやが「なんだ、つまらない」と背もたれに深く体を預ける。そもそも、名無しをセフレとして貸して欲しいという言葉もどこまで本気だったかわからないが。
そんなふみやをヨソに、天彦は名無しの足元に身をかがめる。名無しを見上げる青い瞳はゆらゆらと揺れていた。
名無しも上体を軽く倒し、天彦のその瞳を見返した。
「でも天彦さんはふみやくんとセフレになれるんだ」「違います。この天彦とセフレになりたいと思う気持ちがセクシーなのであってそれを受け入れるか、そして実際にセフレがいるかは別の話で……」
「いや、受け入れるも何も天彦のセフレになりたいなんて言ってないんだけど。勝手にフるな」
「というより、名無しさん。もしかして嫉妬してくれたんですか」
「……別に。天彦さんがふみやくんとセフレになろうと関係ない」
「いや、ならない」
「いいえ、さっきの拗ねた貴方の表情はとてもセクシーだった。天彦は、貴方が望むならいつだって貴方のものに」
「だから、違うって。拗ねてない。天彦さん、この時間だけでも何回もふみやくんにセクシー感じてるでしょ。私のものにしたところで天彦さんが他の人にセクシーを感じることは変わらない。それでいいと思ってる。じゃあ関係を変える必要なんて」
「俺にセクシーを感じないでくれ。っていうかセクシーを感じるってなんだ」
「ふふ、随分饒舌ですね……。そんなに必死に言い訳を探すほど、天彦のことが好きなんですか」
「二人共俺の話聞いてないよな」
「だから、見苦しい女になりたくないんだってば。わかってよ。嫉妬したくないの」
「嫉妬『しない』、じゃなくて『したくない』の時点で、答えが出ていませんか」
「…………」
「…………」
「…………俺は何を見せられてんの?」
「……名無しさん、天彦はあなたのものだと言」
天彦がそこまで口にしたところで、散々無視されたふみやが手をメガホン代わりに口に当て、天井に向かって声を張る。
「わー、なんて破廉恥な会話なんだー。秩序が乱れるー」
「何ですその棒読」
「PPPPPPPPP〜!」
大きな笛の音に天彦の声は掻き消され、間髪入れず理解がリビングに現れた。
「コラ! 秩序を乱してるのは誰ですか!?」
「笛うるさっ……! この人何?!」
「理解さんです。秩序を守るセクシーな方なのですが……今は邪魔して欲しくなかったですね」
名無しは耳を塞ぎ、その足元に傅いていた天彦が苦々しい表情をしながら立ち上がる。二人をふみやが指差した。
「理解。天彦が女を連れ込んでいかがわしいことを」
「なっ……!? ななななな!? 女っ……連れこ……! ふぁ〜〜〜!?」
「わ、理解がバグった」
「ふみやさんの所為でしょう」
「え、ソッチの所為でしょ」
天彦とふみやが責任を押し付け合う合間にも、理解が顔を紅白、ついでに青色にもしながら叫びまわり笛を鳴らす。
「とにかく、ここは一旦離れましょう」
「う、うん……」
理解の怒号と笛の音を背に、天彦が名無しの腕を引く。責任があるかどうかはともかく、ここは自分たちがこの場を離れる他に理解のバグを治す方法はなさそうだと天彦は判断した。
「……あ、スイーツ代返し忘れた」
ふみやの呟きは、誰の耳にも届かない。
▼▼▼
理解の叫びがとうに聞こえないほどカリスマハウスから離れたところで、天彦と名無しは立ち止まり、路肩のベンチに座り込んだ。
もう夜が近い夕暮れ時、辺りに人気はない。
「疲れたあ……」
「……そうですね。本当に、疲れます。……名無しさんがまだ僕にセフレがいると思っているなんて」
「だってさ」
皮肉めいた天彦の顔を、名無しが手のひらを上に向ける形で指差す。むくれた顔を見るのも、何度目になるだろうか。名無しは、天彦にこんな顔をさせたい訳ではないのだが。
「世界中の変態が恋人なんでしょ」
「そうです」
「セフレがいるってことじゃん」
「違います」
「わかんな……あ、もしかしてセフレじゃなくて全員真剣に愛してますとかそういう言葉遊び?」
「違います。愛してるのは貴方だけです」
「…………」
「セクシーな方はたくさんいますが、愛してるのは貴方だけです」
「…………」
「そして、天彦を貴方のものにして欲しい」
「……はは、天彦さんみたいな素敵な人を私が独り占めしたら、バチが当たっちゃう」
指を指したまま暫く口を結んでいた名無しは、息を吐き出すのと同時に乾いた笑いを零す。手を引っ込め、天彦の方に向けていた体を正面に戻した。
天彦は名無しへ体を向けたまま、名無しと入れ替わるように唇をギュッと結ぶ。
「…………」
「仲良くセックスして、お互い性欲発散して、それじゃ駄目なの? 前は恋人になる必要はないって言ってなかった?」
「恋人になる必要はありませんが、貴方と心で繋がりたいんです」
「……。じゃあさ。天彦さんが私としたいこと、具体的に教えて。セックス以外で」
「……例えば……そうですね、一緒に日用品の買い出しに行くとか」
「いいよ」
「朝食を共にしたいです」
「わかった、今度モーニング食べに行こう」
「海へ行ったり」
「海かあ……。水着は自信ないんだけど」
「きっととてもセクシーですよ」
「うん、天彦さんならそう言ってくれるよね」
「もちろんです。ああそうだ、もっと早くに言うべきでした。共にポールダンスを踊りませんか」
「踊ったことなくてもいいなら」
「大丈夫です。天彦が手取り足取り教えましょう」
「ありがとう」
「お風呂は……」
「乱入もされるし最初から一緒に入ったりもするね」
「……添い寝、とか」
「あは、今更だね。セックスせずにただ一緒に寝る日作ろうか」
「…………」
「天彦さんを私のものにしなくても、天彦さんの希望は叶えてあげられそうだね?」
名無しの言う通り、名無しとしたいことは何でも叶うのなら、このままでもいいのかもしれない。
ただ、それならば尚更。なぜ名無しは、名無しだけを愛しているという自分の言葉を信じてくれないのかと、天彦は不満を感じてしまう。
嫉妬心も何もかも曝け出して欲しいのに、本心はいつも隠されている。
天彦自身も、だんだん自分が何を一番望んでいるのかわからなくなってきていた。今までの相手とは、どうしていて、なぜそれで満足していたのかも、わからない。
先程口にした『心で繋がりたい』という表現も的確なものか天彦自身にもわからない。
「……今日は、あの家に帰るのは止めておきます。理解さんを刺激してしまいそうですから」
「そうだね、そうしたほうがいいよ」
「貴方の家に、泊めて下さい」
天彦は懇願した。
気持ちが通じていないのではと悩みを抱えている天彦だが、名無しは、この天彦の懇願を蔑ろにできないくらいにはちゃんと天彦のことが好きだった。その好き、が天彦の望むものとは少し違うだけで。
だから、どこか寂しそうな相手の表情が変わるように、精一杯の明るい声で答える。
「……あはは。男の人用の着替え、ないよ」
この言葉はそのままの意味しか持っておらず、暗に断っている訳ではありません、と。
「セクシー……全裸で構いません」
「構うわ」
「構わないでしょう」
きちんと名無しの意図を読み取り、そう真剣に言い放つ天彦とこれ以上押し問答するのは時間の無駄である。
「せめて下着くらいは買って行こ」
「ああっ……! 名無しさんの手で、この天彦に履かせたいものを選んで下さい……!」
「コンビニで売ってるやつしか選択肢として用意してない」
「コンビニで必要なものを揃えるシチュエーションこそセクシーじゃないですか」
「……確かに。それも一理あるか。下着やらお泊りセットやらゴムやらを一緒に買うのはセックスしますって言ってるのと同義だもんね」
「あぁ、エクスタシー!」
天彦が感嘆の余り立ち上がる。買い物して帰るのならそろそろ腰を上げる必要がある。丁度いい頃合いだと名無しも合わせて立ち上がり、家の方向に向かって歩き出すと、天彦が浮いた足取りで隣に寄り添った。
「名無しさんの家に泊まるのは初めてですね。初めて……! なんとセクシーな響き……」
「天彦さんの別荘みたいな広くて綺麗なところじゃないよ」
「それがイイんです」
「皮肉?」
「そんな訳ないでしょう! 愛する人の部屋、それだけで最高にセクシーです……ハァハァ……」
「天彦さんが楽しそうで何より」
「ふふ、貴方といるからですよ」
「…………」
「……もしかして、誰にでも言っていると思ってませんか」
「バレた?」
黙っている名無しの顔を、天彦が眉を潜め、目を細めて覗き込む。
名無しはすっとぼけた。
らしくないほど真っ直ぐで純真な天彦の言葉にあてられただけで、軽い言葉だなんて一切思っていなかったが、それを伝えるとまたややこしくなりそうなので黙っていることにしたのだ。名無しも名無しで、面倒くさい性格をしている。
以前、テラや依央利が天彦から話を聞いて、会ってもいない名無しに難色を示したのもあながち間違いではない。
「本当に名無しさんはわからず屋で困ります」
「へえ……。じゃあわからせてよ」
名無しのからかうような素振りにため息をついていた天彦だったが、この言葉にまた種類の違うため息を漏らす。
「わからせ……!? あはぁっ……わかりました、今夜はそういうプレイをお望みと。ご指名ありがとうございます。天堂天彦です」
「知ってる」
エクスタシー! と天彦が叫んだ声に驚いたのか、鳥が数羽飛んで行った。
警察に通報されてないといいけど。そう心中呟く名無しだった。