愛も垂らす
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「いやよくないでしょうッ!」
「……何、急に」
午後10時。カリスマの住む家、そのリビングでそう叫んで頭を抱えた天彦を、テラがじとりと睨みつけた。
「……テラさん。僕はそんなにセフレがいそうに見えますか」
「は? 知らないよ」
「……意中の女性に、セフレがいると勘」
「え、ちょっとストップ、恋バナ!? 面白そうじゃん……依央利くーん!」
冷めた表情から一転、ぱっと笑顔になったテラがその場で呼びかけると、依央利がどこからか駆けつける。
「お呼びですか? テラさん」
「ワインとおつまみ用意して」
「はあい、喜んで♡」
わぉん、とひと鳴きした依央利がキッチンに向かったところでテラがにこにこしながら口を開く。
「で、で? 天彦ってば好きな人ができたの?」
「なっ!? 天彦さんに好きな人!?」
「うわ、早」
「奴隷として当然ですから」
どんなスピードで準備したのか、ワインと共にトマトとモッツァレラのカプレーゼをテーブルに置いた依央利は、そのまま会話に入り込む気満々というようにソファに腰掛けた。
「あれ、でも天彦さんって世界中の変態さんが恋人だって言ってなかった?」
「確かに。でもさっき、意中の女性って……」
「ええ、天彦の恋人は世界中の変態さんたちです。ただ、それとは別に一番セクシーな人がいましてね」
「ふーん。天彦の一番だなんて、どんな変態なワケ? SM女王とか? 特殊性癖持った痴女?」
「いいえ、彼女は貴方たちみたいなアブノーマルな人ではありませんよ」
「誰がアブノーマルだ。……っていうか、矛盾してない? 普通のつまんない女を好きになったの? 変態が恋人なのに?」
テラがイラッとしたように眉を潜めたのち、ワインに口をつける。依央利が変わって会話を続けた。
「あー、でもなんとなくわかるかも。僕も僕みたいな奉仕的な子とは絶対うまく行かないもん。奉仕させてくれない子とは相性悪いもんなぁ」
ああ、なるほどね、とテラが呟く。脳裏にはゴミ袋を被った青年が浮かんでいた。
「テラくんってば物分かりが良くて最高だからわかっちゃった。前に言ってた、世界中の変態が恋人ってのはあくまで天彦が勝手に言ってるだけだし、恋愛感情とは違うってことでしょ。ガチで好きになっちゃったのはつまんない女ってワケだ。ないものねだり?」
口内のトマトを飲み込んだ天彦が首を振る。
「そんなことありません。僕にとっては一番セクシーな人なんです。いいですか? 確かに僕はセクシーですが、僕みたいな女性が一番セクシーかと言うとそうではありませんからね。セクシーというものはその人の人柄と相まって生み出されるもので、例えば僕のセクシーさをそのまま真似したところでセクシーとは限りません。それと同じく、セクシーなコンテンツに関わっている人が必ずしもセクシーがどうかは」
「もういいわ、セクシーの定義は。何がよくないのか聞かせてよ。セフレがどうとか言ってなかった?」
テラがしっしっ、というように手を振ると、天彦がコホンと咳払いをする。
「ああ、そうでした。彼女が僕にセフレがいると勘違いしてましてね……」
「え。いないんだ、セフレ」
「依央利さんも僕にセフレがいると思ってるんですか」
「そりゃまあ。ていうか皆思ってると思うよ」
「テラくんみたいに興味ない人もいるかもしれないけど」
「はあ……まだまだ世界セクシー大使のことを誤解している人たちばかりなようだ……」
「あー、それで? その誤解を解きたいって話?」
「いえ、誤解は解けたんです」
面倒くさくなりそうなことを察知したテラは話の続きを急かす。思惑通り、軌道修正に成功し、天彦による世界セクシー大使の説明は引っ込んだ。
誤解は解けたという返事と、面倒くさい説明を除けたこと。それらにホッとしたように、テラが両手を組んでその上に顎を乗せた。
「なんだ、じゃあいいじゃん」
「誤解は解けたのに、付き合う気はないと言われてしまって……」
「ああ……。振られちゃったんだ……」
姿勢はそのままに、テラが今度失恋パーティでもしようか、と言い、依央利が色めきだった瞬間にまたもや天彦が否定の言葉を口にする。
「振られてはいません。好きだと言ってくれましたから」
「は?」
「は?」
「それに、これまでと変わらずセックスもします。昨日もしたし」
「は?」
「は?」
「でも、付き合う気はないと……」
依央利とテラがお互いの顔を見合ったあとに、同時に天彦を指さした。
「「セフレにされてるってこと?」」
「…………やっぱり、そうなりますか……」
「前言撤回。つまんない女じゃない。好きだと言いながら付き合う気はないなんて……とんだクズだね」
「ほんと、つまんないどころじゃないよ。天彦さん、そんな人好きになっちゃったの……? ああでも、それもある種の負荷……?!」
目をカッと見開いてわなわなと震えだした依央利をよそに、テラはひょいひょいとカプレーゼを口に運ぶ。
「うーん、いくらテラくんほど完璧な人間は他にいないといってもさあ……その女はどうかと思うよ。いくらきみが変態でもさ。悩んでるってことはプレイとして楽しんでるワケじゃないんでしょ」
「…………」
「天彦はどうしたいのさ」
「……彼女の特別になりたい。もし彼女に他に好きな人ができて、僕との関係が終わりになったらきっと、とても辛い」
「天彦……」
カプレーゼを取る手を止め、テラが心配そうな表情を見せたのも束の間。天彦が髪をかき上げながら吐息を漏らした。
「今の関係もセクシーですが……あぁ、よりセクシーな関係になりたいと思っています……ハァハァ……ああっ……」
「あーもうこの辺がわかんねえんだよな! 君の使うセクシーにはいろんな意味がありすぎる」
「それならばテラさん。よければ天彦がひとつひとつ教えて差し上げましょう。手取り足取り……」
「キモい。誰彼構わずそういうコト言ってるからセフレにされんだよ」
「うぅっ!」
天彦が胸を押さえて項垂れる。クリーンヒットしたようだ。
「すぐ脱ぐし」
「すぐ人のお尻見つめてくるし」
「すぐ風呂に乱入してくるし」
「すぐポールダンスするし」
「酷い女だと思ったけど……」
「こんな男と付き合いたいって思わないか〜」
「きゃっきゃっ」
「きゃっきゃっ」
「…………」
天彦の素行を並べた後はしゃぐ依央利とテラ。項垂れたままの天彦。
すると突然、その空間に笛の音が響き渡った。他の誰でもない、理解である。
「コラ! うるさいと思ったらあなたたちはまた夜ふかしして……! この不良! もうとっくに寝る時間ですよ!」
「はあ……夜中に笛吹く方がうるさいよ、理解」
「そうだそうだ〜」
「そうです。僕は世界セクシー大使。何と言われようと脱ぐのも尻を見るのも風呂に乱入するのもポールダンスも止めない……!」
「は?」
「は?」
「は?」
テラと依央利に続いて理解に抗議するかと思いきや、謎の(性のカリスマの言葉としては聞き慣れた)宣言をする天彦に、3人は「は?」と繰り返すしかない。
その間にも床からポールが出現し、妖艶な音楽が流れ、天彦が銀の棒に手をかける。
「いいでしょう。物事がうまく行かないこともまたセクシー……。むしろすぐに振り向かれてしまってはセクシーさに欠ける……。天堂天彦、ご指名されるそのときまで……ふふ………!」
くるくると踊る天彦を、鮮やかな光に照らされた3人が見上げる。テラと依央利の表情は死んでいた。
「……ねえ、何だったの、この時間」
「結局惚気だよね」
「マジで無駄な時間だったんだけど」
「いい負荷だった」
「おお……セクシーとは、やはり私にはまだまだわからないことばかりです、先生……!」
「おい、何しに来たのか目的を見失うな」
「寝ろ」
尊敬の眼差しでポールダンスに見惚れる理解をテラと依央利が彼の部屋まで引きずっていく。天彦をリビングに残したまま夜は更けていくのだった。