愛も垂らす
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「ああ……今日もとってもセクシーでした……!」
「あは、……天彦さんこそ」
天彦の別荘のベッドの中、ピロートークに勤しむ。
天彦と名無しは定期的に体を重ねる仲だ。どうしてこういう関係になったのかは、天彦が性のカリスマで、名無しがそれに惹かれた凡人だからという他ない。
名無しが天彦の汗で張り付いた前髪を払ってあげると、眉をひそめてまたもや感嘆の吐息を漏らす。
「あぁっ……名無しさん……」
「シャワー、浴びる?」
「な……なんてセクシーなお誘い……! ぜひ!」
「今日はもうシャワー浴びるだけだからね」
「……わかりました。いいでしょう、それもまたセクシー」
「はいはい」
「ふふふ……」
名無しの後ろを、上機嫌な天彦がぴたりと着いていく。
浴室で踊り出す天彦の話は、ここでは割愛することとしよう。
▼▼▼
天彦と名無しがそれぞれ身なりを整えたのは翌日の夕暮れ時だ。
一日中、食事も疎かにして情事に明け暮れていた。
「そろそろ帰りましょう。送ります」
「……うう、体がだるい……」
「あっはっは、流石に疲れましたか」
「まあね……お腹も空いた」
「たくさん体を動かしましたからね。よければ、どこかで夕飯も食べませんか」
「食べたい!」
「じゃあそうしましょう。何が食べたいですか?」
「お昼まともに食べてないし、しっかり食べたいな……丼モノとか」
「いいですね。ただそろそろ油物がキツくなってきたのが……」
「わかる。親子丼とかとろろ丼とかにしようかな」
「……何ですって?」
「え? 親子丼とかとろろ丼……」
「親子丼!? とろろ丼!? ああ……! エクスタシー!」
「……とろろ丼はともかく親子丼でエクスタシーはちょっと生々しいな……」
お店ではそういうの言わないでね、と釘を刺して別荘を後にするのだった。
▼▼▼
そんな逢瀬は、月一から月二、月二から毎週と増えていった。天彦からの誘いが増えたのだ。
というより、これまでもそもそも天彦が名無しを誘うばかりで、名無しから声をかけることなどなかったが。
名無しは天彦のことを好いているが、恋心は抱いていない。カリスマ性に魅せられているだけである。恋人になりたい訳でも、甘いデートをしたい訳でもない。
自分を抱いて欲しい。彼に求めるのはそれだけだった。
天彦は誰に対してもその人の持つ魅力を認め、肯定してくれる。美しい。綺麗だ。エロい。可愛い。セクシーだ。そう言ってもらえることで心が満たされた。
恋人にありがちな、普段からの面倒な言葉のやりとりはいらない。
会っている間はほぼほぼセックスしているだけなのが、とてつもなく楽だった。
そしてそのセックスも、ひたすらに気持ちがいい。風俗のようにお金を払う必要もない。性欲を発散するには、最高すぎる条件だ。
天彦も、そんな自分の淡白さが気に入ったのだろうか、と名無しは考える。
性のカリスマなのだから、性別問わず数多くの人とセックスしているのだろうと思っていたし、それでこそ天彦だと思っていたのだが。こんなに自分と逢う頻度が高いなら、他の人と逢う頻度は減っているのでは、と思ったところでハッとする。
相手はカリスマだ。自分と同じように他の人の頻度も上がっている可能性だって十分にある。曜日で決めているのではないか。だとすると七人のセフレがいるということになる。
名無しは初めて天彦の交遊関係が気になった。
▼▼▼
いつも通り、情事を終えてそろそろ別荘を出るというとき、「また一週間後、同じ時間でいいですか」と約束を取り付ける天彦に名無しが尋ねる。
「天彦さん、もしかしてセフレが丁度七人になったの?」
「え?」
「私と逢う頻度が週一になって、毎週同じ曜日だから。もしかして丁度七人になったからそうしたのかなって」
「……セフレ?」
「うん」
「僕にセフレがいると思ってるんですか?」
「え、逆にいない訳ないじゃん。そんなに顔が良くてセックス上手くて、何より性のカリスマなんでしょ?」
「…………」
天彦が眉間に皺を寄せる。快感を得ているときのものとは違う、怒った表情は名無しが初めて見るものだった。
曜日で担当が決められている七人のセフレが本当だったら、なんて面白いんだろう。月曜日は可愛い系、火曜日はセクシー系、なんて七つのタイプいたりしたらもっと面白い。
自分は天彦にとって何タイプに分類されているのか聞いてやろうなんて思っていた名無しにとっては予想外の展開だった。
予想を外した名無しは、もう一つの考えを口にする。
「じゃあ、他のセフレと逢う頻度減らしたの? あ、頻度減らしたどころかセフレが減ったとか?」
「…………」
「あ、……ごめん。詮索されるのは嫌だよね。私と逢う頻度が上がった理由が気になっちゃって……つい。言いたくなければいいの。気を悪くさせてごめんね。帰ろう?」
ますます厳しい表情になった天彦に、名無しは自分がマズい対応をしたと知る。
非を謝って、上着を手に部屋を出ようとしたところで、扉の前に天彦が立ち塞がった。
「僕が愛しているのは貴方だけなんですが」
「……は……?」
「セフレがいるなんて、僕は一言も言っていない」
「……い、いや、でも、それなら私は」
「勝手に決めつけるなんて、セクシーじゃないですね。……今日はまだ、帰すわけにいかなくなりました」
天彦がガチャリと扉の鍵を閉める。内鍵なので本来であれば当然名無しにも簡単に開けられるが、それを許してもらえる空気ではないことはわかりきっていた。
「……セフレ、いないの?」
「いません」
「性のカリスマなのに?」
「ふう……勘違いしていますね。ワールドセクシーアンバサダー、世界セクシー大使は、セックスすることが仕事ではありません。セクシーというものは、なにもセックスだけを指しているものではないんです」
「……はあ」
天彦の表情や態度に緊張していた体が緩む。何度聞いても凡人である名無しには理解しきれないものなので、言及するのは別の部分にすることにした。
「でも、私はセフレでしょ?」
「違います」
「いやいや、それは流石に嘘。だって私たち付き合ってないよ」
「そうですね」
「ほら。セフレじゃん」
「恋人とか、セフレとか、そういう枠に囚われるのはセクシーじゃない」
「……じゃあ私は、天彦さんの何なの?」
「セクシーな愛しい人です」
「…………い」
「恋人になろうがなるまいが、それは変わらない。貴方が僕のことをどう思おうと、僕にとっては愛しい人です」
「……初めて聞いた」
「初めて言いましたから」
天彦は悪びれもせずそう答える。
名無しが口元に手を当てて、考え込む素振りを見せた。暫くそうしたあと、天彦を見上げて口を開く。
「私、天彦さんの恋人になりたいって思ったことないの。今も考えてみたけど……好きとか嫌いとか、嫉妬とか、恋人になったことで取り巻く感情を持ちたくないから、今の関係を変えたいとは思わない」
「それでもいいですよ、貴方が望まないなら恋人になる必要なんてない」
「私に他に好きな人ができたら?」
「それでも同じです。僕にとって愛しい人だということは変わらない」
「セックスできなくなるよ。それどころか、逢えなくなるかも」
「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
仮定の話なんて意味のないものですよ、と天彦は言った。そこでやっと、いつもの穏やかな表情に戻る。
「……そうだね。勘違いしてて、ごめん」
「わかってくれればいいんです」
「それと」
「うん?」
「さっき、天彦さんと恋人になるつもりはないって言ったけど、それは悪い意味じゃないから。天彦さんのことは好きだし、天彦さんとするセックスも好き。今の関係ですごく幸せなの」
「ああ……ふふ、とってもセクシーですね」
天彦が名無しの頬に触れ、そのままついばむようなキスを繰り返す。
天彦とのキスは、もっとディープなものばかりであったのに、こんな愛情しか孕んでいないキスをされることになろうとは。
これまでと関係を変えないと言った矢先に、もう何かが変化してしまっていることに気づきながらも、名無しは天彦が満足するまで身を委ねることにした。
どうせカリスマである天彦の思考も行動も自分には理解できないのだから、抗うだけ無駄なのである。
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