それは友情か愛情か
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練習を終え、タオルで汗を拭う。
チームメイトである男どもの周りでは、きゃあきゃあと黄色い声をあげる女子生徒がそれぞれお目当ての相手に差し入れをしたり話しかけたりと、忙しない様子が見て取れた。
真帝国学園が沈んだあと、程なくして小鳥遊たちは帝国学園へと編入した。鬼道財閥あたりが絡んでいるらしいが、小鳥遊にとっては女である自分にもそのままサッカーをやらせてくれるならなんだって良かった。……チームメイトと離れ離れにならずに済んだのも。メンドウだから絶対に口には出さないが。
そんな小鳥遊のもとに、一人の女子生徒が近寄る。
「あの、もしよかったら、これ!」
小さなタッパーに、はちみつ漬けにされたレモンが入っていた。分量から見るに部員全員に持ってきた物では無さそうだ。
たまにいるのだ。他のファンの圧に負け、自分を通して差し入れを渡そうとする生徒が。
「ハァ……自分で渡しなさいよねェ。鬼道? 佐久間? 誰にしてもアッチの方にいるわよ」
「い、いいえ! 私、小鳥遊さんに差し入れがしたくて……。苦手じゃなければ食べて貰えると嬉しいです!」
「……あー……」
そのパターンは初めてだ。仲介役ならいつもの通りさっさと断ってやろうと思ったが、勘違いしているとはいえ目的が自分ならばそう無下にもできない。できるだけ威圧的に聞こえないように注意しながら、相手の言葉を訂正することにした。
「あのね、悪いけど女よ、アタシ。佐久間みたいな女顔がいるから紛らわしいかもしれないけどォ」
そう、女と見間違うような容姿をした男選手は他の学校でもそう珍しくはない。
帝国学園サッカー部の紅一点。ただ、それを大っぴらにもしていないので女がいるとは思ってなかったのかもしれない。……制服はスカート履いてるんだけど。もしかしたら学年が違って、ユニフォーム姿以外のアタシを見たことないのかしら。
「あ、えっと、もちろんわかってます。私、男子に負けないプレーをする小鳥遊さんが、かっこよくて綺麗で憧れで……!」
「……ヘェ」
驚いて見つめ返すと、今度は目を逸らされてしまう。それが面白くてわざと顔を近づけると、ふい、と顔を大きく逸らされてしまった。
「なによ、アタシに会いに来たクセにそういう態度とるワケ?」
「あっ……いえ、ごめんなさい、その、緊張して……」
「フ……アハハ! アタシのファンなんて初めて見た。男どもに近づくための嘘かとも思ったけどォ……」
「そんなことしません!」
「みたいねェ。ま、いいわ。そういうことならありがたく受け取ろうかしら」
「じゃあ、これからも応援していいですか……?」
「好きにすればァ?」
答えながらタッパーからレモンを摘む。甘酸っぱい味が口内に広がり、脳に染み渡った。
▼▼▼
「あ、小鳥遊さ、ん……!?」
「お、来た」
「あー、小鳥遊チャンのファンってやつ? モノ好きだねェ」
「…………」
名無しが小さなタッパーを抱えてグラウンドに向かうと、ピンクの髪が遠くに見える。駆け寄ろうとしたところを佐久間と不動に塞がれた。
二人を囲んでいたファンは数m離れたところで動かず待っている。よく躾られているらしい。
「小鳥遊のファンは俺も初めて見たな。しかも女の子か」
「……小鳥遊さん、すごく素敵ですから。性別関係なく」
「フーン」
佐久間の言葉に静かに反論すると、不動がニヤニヤと口角を上げる。何が可笑しいのか。
「あーもう、アンタらどきなさいよ」
そう思ったところに待ち人来たれり、だ。
小鳥遊が二人の間を割って名無しの目の前に現れた。
「今日もレモン漬け持ってきてくれたの? ありがと」
「はい! もし他に何かリクエストがあったら教えて下さい」
タッパーを開けると小鳥遊の小さな手がレモンを摘み、口元へ運ぶ。反対の手で髪をずらす仕草が名無しは好きだった。
「んーん、今のところは大丈夫。コレ、気に入ってるのよ」
「ほんとですか?! 嬉しい……」
「へー、俺たちにも分けてくんね?」
「俺も俺も」
両脇から不動と佐久間が会話に割って入る。1枚ずつくらいなら、と名無しが答えようとしたとき、小鳥遊が名無しごと抱え込むようにタッパーを体で隠した。
「ダメに決まってンでしょ!? これはアタシのモノなの!」
「ケチ」
「ケチ」
「うっさいわねェ、もうアッチ行ってくんない?!」
シッシッ、と小鳥遊が手を降ると二人は素直にその場を離れた。そんなことよりも、だ。名無しは自らの鼓動の高まりに動揺してしまい、それが余計に心拍数を上げていることに焦っていた。
「ホントうざ……。絡まれて迷惑だったでしょ、ごめんねェ」
「い、いえ……」
「……懲りずに、また差し入れしに来てくれる?」
名無しの動揺は、小鳥遊には伝わらなかったらしい。また差し入れに来て欲しいという申し出と合わさって、ホッとした気持ちで大きく頷いた。
「……はい!」
「フッ、そ。じゃあよろしく」
小鳥遊は再度レモンを頬張りながら会話を続ける。
「ていうか、アンタいつまで敬語なの。学年は?」
「あ、小鳥遊さんと同じ、です……」
「じゃあ尚更敬語やめなさいよ」
「……いいの?」
「いいの? じゃなくてェ。やめなさいって言ってんだから従いなさい」
「わ、わかった」
「次からは敬語使ったら返事してあげないから」
「やだあ……」
返事をしてもらえない場面を想像して情けない声を出した名無しを見て、小鳥遊はケラケラと笑った。
▼▼▼
「小鳥遊? 今日は練習に来ていないぞ」
「え?」
いつも通り差し入れに向かったが、目的の人物は見当たらず。休憩していた部員に尋ねたらそもそも練習に来ていないとの返事だった。
「予定とか、体調の問題かと思ってたけど……あんたにも言ってないってことは何かあったか……?」
名無しが小鳥遊のファンであり、小鳥遊も名無しに気を許していることはほとんどの部員が理解していた。
唯一の女子である小鳥遊には、部員に言えない理由で練習を休むこともあるだろう。監督にだけはこっそり伝えているのかもしれないと他の部員たちも敢えて指摘していなかったのだ。
ただ、名無しに伝えていないというのは少々不可解である。男子に劣らずサッカーができるとあれば、小鳥遊の言葉遣いや態度に荒っぽいところはあるかもしれない。だが、毎日のように差し入れにくる名無しに無駄足を踏ませる程気遣いのできない人物ではなかった。
「わかりました……。私、ちょっと校舎を探してきます」
「そうか、俺もキャプテンや監督に聞いておくよ」
「すみません、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、名無しはグラウンドを後にした。
小鳥遊の所属するクラスに行っても、同じ階のトイレに行っても、小鳥遊は見つからない。
体調が悪くて帰ったのかもしれない。そもそも今日は出席していなかったのかも。そう思ったところですれ違った学生の話が耳に入った。
「サッカー部の追っかけが暴走して、なんか女の子をすごい剣幕で裏庭に呼びつけたらしいよ。ヤバくない? ウケる」
▼▼▼
「……ねェ、アタシ練習に行きたいんだけど」
「だから! それが許せないっていってんでしょ!」
「鬼道さんたちにチヤホヤされてんのムカつくんだよねえ〜」
「は? あのねェ……どこをどう見たらチヤホヤなんてされてるように見えんの。っていうか、そんなに羨ましいンだったらアンタたちも入部すればいいじゃない」
「ぐっ……だ、だって、マネージャー募集してないし、だからって選手なんてムリだし!」
「何?! 運動ができるからって自慢?!」
数人の女子生徒が、小鳥遊の前に立ちはだかっている。小鳥遊がそこから抜け出そうとしても囲い込み、それを許さない。
「忍ちゃん!」
名無しが大声で呼ぶと、皆一斉に振り返った。隙間からこちらを覗いた小鳥遊と目が合う。
「名無し、アンタ……何でこんなトコに」
「何? お友達?」
「……そうだよ。あなたたちは、何してるの?」
友達、という表現を今までしたことはなかったが、敬語をやめて欲しいと言われてすぐ、名字呼びも改めさせられた。お互い、名前で呼び合うようになったのだから、友達と言ってもいいはずだ。それに、この場では友達か否かは重要ではない。
「今取り込み中だから邪魔しないでくれる?」
「邪魔してるのはそっちでしょ……。忍ちゃん、練習に行かなきゃいけないのに……!」
「そうよねえ、男に囲まれたいから練習行かなきゃねえ」
「忍ちゃんがそんなくだらない理由でサッカーやってると思ってるの!? どれだけ努力して、どれだけ厳しい環境で頑張ってきたか知らない癖にデタラメ言わないで!」
「名無し、いいよ、コイツラにそんなこと知ってもらわなくても」
「そうそう、知ったこっちゃないな。それに、もうこの子サッカー部辞めるから。戻ってサッカー部の人にそう伝えといてよ」
「ア゛ァ?」
「それは初耳だな」
小鳥遊が唸り声をあげた直後、小鳥遊の背後……名無しとは反対側から明らかに女子のものではない声が聞こえた。
「きっ……鬼道さん……!」
「えっ、どうしてここに、いつの間に」
「鬼道さん! 私たち、その」
小鳥遊を囲んだまま名無しを睨んでいた女子生徒が一斉に声の主を見る。慌てて小鳥遊から離れ、思い思いに話し出した。
「話は職員室で聞こう」
鬼道さんの更に後ろから現れた監督がそう口にする。所詮は中学生。大人の登場に女子生徒たちは項垂れるしかなかった。
▼▼▼
小鳥遊と名無しには、当然お咎めはない。しかし、事情を聞かれない訳はなく、加えて小鳥遊は監督や鬼道にも経緯の説明や何やらをしたらしい。一通り終わった頃には練習が終わる時間だった。
誰もいない空き教室に二人、自販機で買ったパックジュースを飲む。
小鳥遊から聞いた話によると、名無しから小鳥遊のことを聞かれた部員が鬼道に相談し、鬼道が監督に小鳥遊を探すことを提案した。良くも悪くも強豪校。無断欠席するならそれはそれで放っておくスタンスの監督だったそうだが、鬼道の説得に応じ部員数人と一緒に小鳥遊を探してくれたらしい。
最終的に名無しと同じように呼び出しの噂を聞いた鬼道が監督を引き連れて現場に来てくれた、ということだった。
「あーあ。結局練習できなかったわ……」
「忍ちゃん大丈夫? 怪我とかしてない?」
「あんな奴らに怪我させられる程ヤワじゃないわよォ」
「……そうだよね。忍ちゃん、あそこから無理矢理抜けようと思えばできたでしょ? でも、相手に怪我させちゃうからしなかったんだよね」
「……そういうの、全部言わないのォ」
小鳥遊がその奇抜な髪型から覗く片目をじとりと細める。その通り、彼女の身体能力を持ってすれば女子生徒など簡単に蹴散らすことができただろう。ただ、それをしてしまえば相手の思うつぼだ。暴力行為としてあることないこと言われ、退部に追いやられるのが目に見えている。
「ホントしょーもないわァ……。近づきたいヤツがいるなら正々堂々、直接近づきゃいいのに。アンタみたいに」
「えっ、ああ、まあ、そうだね……」
「そうすりゃこうやって仲良くなれるのにねェ」
「えっ!」
自分みたいにすればいいのに、というのは褒められているのだろうか。その迷いから何とも言えない返事をしたら、小鳥遊から明らかに肯定してくれたので思わず大きな声を出してしまった。
「……えっ、て何よ」
「な、仲良いって思ってくれてたんだって……」
「ハァ!? 名無しはそう思ってなかったワケ!?」
さっきまでの迷いをそのまま口にしてしまうと、小鳥遊はその片方しか見えない目を見開いた。サイドロールが揺れる。
「違う違う! ええと、私の一方的な気持ちかな〜みたいな……」
「ハァ……なんか悲しくなるわァ……。アタシが名無しのこと気に入ってるのわかってなかったんだァ……」
「え……う……」
謙遜のしすぎはかえって失礼にあたってしまう。彼女の気持ちを信じていなかったようにとれる自分の言動を反省しつつもそれを弁解するための言葉を発せない名無しに、いい? と小鳥遊が指を突きつけた。
「一方的な片想いじゃなくて両想いよ、覚えておきな」
「……!? 片……両想い……!?」
「そうよ。相思相愛」
「相思!? 相愛!?」
恋愛感情を表す単語を連発されて処理が追いつかず、ただただオウム返しするだけだ。そんな名無しを見て小鳥遊はケタケタと笑う。しばらくした後、処理が終わったらしい名無しがハッとして小鳥遊を見やった。
「忍ちゃん……からかったでしょ」
「気づくのが遅いわ」
涼しい顔でジュースを飲む小鳥遊の横顔をじとりと睨む。
「いいもん別に。忍ちゃんのこと好きなのは本当のことだし」
「当然ね。ファンなんだから」
「む……それだけじゃなくて! 最初に声かけたときより今の方がずっと好きだもん」
「はいはい。ほら、飲み終わったなら帰るわよ。……ああそうだ」
「何?」
「来てくれてありがとう、名無し」
「そんなの当たり前……あっ、待って待って」
立ち上がり教室を出ていく小鳥遊を慌てて追いかける。どういたしましてを言う暇もくれなかった。歩くの早いよ、と言ってもスピードを緩めてもらえなくて、やっと追いついたのは下駄箱に着いた頃だった。そのピンク色の髪のせいで表情はよく見えない。彼女の髪型はだいすきだが、今だけはその髪を退けて表情を曝け出させてしまいたかった。
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「それで、小鳥遊と名無しはくっついたのか」
がやがやと若者や家族連れで賑わうハンバーガーショップにて、この間の『呼び出し事件』が話題になったときに、源田がそう口にした。
佐久間と不動がまさかそんな、という目で源田を見る。
「いや、多分まだ友達止まりだと思うけど……。お前……気付いてたのか……?」
「? ああ。小鳥遊の態度があからさますぎるだろう。名無しが来るまでそわそわしているし、名無しがいるときは機嫌が良い」
「マジかよ……。どう見てもそういうのに鈍感な見た目してんだろ源田クンは」
「失礼だな」
「ええと、スマン。小鳥遊と名無しがくっつくとは……?」
平然と答える源田に佐久間と不動が戸惑うなか、鬼道が疑問符を浮かべながら口を開く。不動が頭に手を当てて軽く上を向いた。
「……こっちが鈍感担当か〜」
「鬼道さんはこういうところがいいんだ! 頭脳明晰なのにこういうとこで鈍いのが!」
「佐久間、もはや悪口だぞ」
「なっ……悪口を言われているのか」
事態を飲み込めておらずそれぞれの顔を見やる鬼道に対して、源田と不動は黙ってストローに口をつける。こういうときの対応は勝手に佐久間がやってくれる。ジュースを飲むことに専念するのがむしろ自然であると言ってもいい。
「……小鳥遊チャンが好きになれる奴がいるなんてなァ」
「良かったな」
佐久間が一生懸命鬼道に説明するなか、不動が零した言葉に源田が返す。
小鳥遊なんかに仲良くできる相手がいるとは思っていなかった、という皮肉ではない。かつて真帝国でサッカーによる勝ち負けだけが価値だった小鳥遊に、甘えられる相手ができたことに元キャプテンとして安心する部分があったのだ。ご立派なキャプテンではなかったから、当時はどうでも良かったけれど、自分の環境も改善された今、そんな生温いことを考えるようになったらしい。正直自分でも気持ち悪い。だから皮肉ともとれる言い方をしたのに、向かいで口をもぐもぐさせている男はどこまでわかってその返事をしたのか。
「ま、小鳥遊チャン素直じゃないから、本人には伝わってなさそうだけどなー」
「不動も佐久間も、もどかしいからといってちょっかいかけるなよ」
「へいへい。そういや前に差し入れ分けてもらおうとしたら小鳥遊チャンにすごい威嚇されたっけ。めっちゃ面白かったわ」
「面白がるな。そういう男は馬に蹴られて死んでしまうぞ」
「それってこーいうときに使う言葉だっけ? だとしても古くねえ?」
「なら訂正しよう。俺が許さん。黙って見守れ」
「はは……こりゃ大層な守護神がついたねェ」
帝国の正ゴールキーパーが守ってくれるらしいぞ、と脳内で独りごちる。本人が知ったら「余計なお世話だ」なんて噛み付いてくるだろう。苦笑しながらしなびたポテトを口に入れた。
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