人の振り見て我が振り直せ
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「わあ……忍田さんって嫉妬するんだ」
「……私に心がないと思っているのか?」
「そうじゃないけど、なんとなく嫉妬しなさそうだなあって思ってた」
どうしてそう思ったのか、明確な根拠はない。
ただ、この人は私と二人でいても平気で他の女の子の名前を出す。
複雑な気持ちにはなるが、「他の女の子の話しないで」なんて面倒なことを言いたくなかったし、忍田さんが気軽に雑談できる相手はそう多くない。部署も違う、ましてや彼女の私に対して、話す内容を制限したくなかった。
当てつけているとか、その女の子に気があるとか、そういうのではないのはわかっている。彼自身嫉妬心が薄いから、と私が考えてもおかしくないと思う。
ソファに並んで座っていた忍田さんがずい、と私に迫る。
「それで、きみは他の男が気になると」
「な、そんなこと言ってない」
「……では、さっきのはどういう意味か私の目を見て説明してくれ」
「えうっ……」
端正な顔立ちを真っ直ぐ見せられて、血が上ってくるのがわかる。疚しいことがあるかないか関係なく、その瞳を見続けることは難しい。こんなの、顔を逸して当然だ。
「……できないのか」
「うぁ、だっ、だって、忍田さん酔ってる」
「酔っていない」
「酔ってる!」
「酔っていたとしても説明できない理由にはならないだろう」
そうほんのり上気した顔で告げられた。そう、この人はあまりお酒に強い方ではないらしい。
明日はオフだからと、晩酌に付き合ってくれた。明日に残らない、寝酒程度と思っていたのだが。予想以上に弱かったらしい。熱に浮かされているようにも、怒っているようにも見える瞳は、ぐうの音も出ない私をそのままじいっと見つめていた。
時間を少し巻き戻すと。
「最初は忍田さんしか意識してなかったけど、今は他の幹部の方も気になっちゃうんだよねえ」
ボーダーのホームページを見ながら他意なく呟いたこの言葉が、事の始まりだった。
独り言みたいなものだったから、返事がなくても全く気にならなかったが、スマホの画面を遮られたことで違和感をもった。
「わ、なに、忍田さん」
「…………」
「忍田さん?」
「……例えば、誰が気になるんだ」
「え? うーん……最近は唐沢さんとよく話すんだよね。喫煙所で一緒になることが割とあって」
「…………」
「あとはやっぱり城戸司令! 滅多にお見かけしないから、見つけたときは目で追っちゃう」
「…………」
「もちろん鬼怒田さんや根付さんも気になるかな。直接的な関わりはないけど……あの人たちがどれだけ尽力されていることか……」
忍田さんはこの人たちとどんなやり取りをしているんだろうとか、自分がそんな人たちと同じ立場の忍田さんと付き合ってる事実をこっそり優越感のような気持ちで噛み締めたりとか。私は性格が悪いのだ。
「一通り気になっているじゃないか」
「そうだね」
「……面白くないな」
「え?」
「きみがあの人たちを気にするのは面白くない」
「わあ……忍田さんって嫉妬するんだ」
回想が終わってもなお、忍田さんはじっと私を見つめている。
チラチラと捉えた表情は、眉間にシワを寄せて、拗ねたようにしている。正直可愛い、がこんな顔をさせてしまうことはよくない。
嫉妬させて面白がったり、気を持たせたりするのは悪手だ。
ふう、と息を吐いて自分を落ち着かせる。それから目を閉じてゆっくり開き、忍田さんの瞳をどうにか捉える。
「……わかった、ごめんね。不安にさせるつもりじゃなかったんだけど」
「…………」
「私が幹部の方を気にするのは、忍田さんと同じような立場の人たちはどんな人なんだろう、っていう忍田さんを軸にしたものでしかないよ」
「……唐沢さんや、城戸司令が好みだということは」
「何言ってるの! 私の好みは忍田さん! ……忍田さんはこの人たちとどう仕事してるのかな、って意味での『気になる』だから」
「……それなら、よかった」
忍田さんが私の肩に顔を埋める。その頭を撫でると大人しく受け入れた。
非の打ち所が無いような、こんなに力のある人なのに、私なんかの気持ちの矛先を気にしてこんなに弱ってしまうなんて。
どうして私を好きになってくれたのか、改めて考えてしまう。
「あー……びっくりした」
「私は嫉妬深いし独占欲が強いぞ」
「……知らなかった」
「だがもうわかっただろう。だから、……あまり他の男の話をしないでほしい」
「…………」
「す……すまない、変なことを言ってしまったな」
こんな言葉がでるなんて思っていなかった私が無言になったことで不安になったのか、忍田さんは顔をあげて、気まずそうにしだした。
「ううん……! 変とか、嫌だったんじゃない。……忍田さんが、そんな風に言ってくれるなんて思ってなくて。……むしろ嬉しい」
「本当か」
「もちろん」
安心したように微笑む彼の頭を抱きしめる。
「わっ……お、おい」
「はー……忍田さん可愛い……大好き……」
「……可愛いはやめてくれ」
「ごめん、そのお願いは却下」
腕の中で居心地の悪そうな、それでいて嬉しそうな忍田さんを堪能する。ああ、本当に好き。
だから特別に、自分だって他の女の子の名前を出すじゃない、とは言わないでおいてあげよう。
「ねえ忍田さん。明日はどうする?」
「ん? どこか行きたいところでもあるのか」
私に頭を抱えられたまま、忍田さんは答える。
「ううん。できれば二人でお家でのんびりしたいなって」
「ああ、私もそう思っていたよ」
「よかった」
明日はお昼までベッドでゴロゴロしようかな。忍田さんもゆっくり寝かせてあげたい。
「じゃあ……ふふ、明日はいっぱい甘えさせてあげようか」
「……聞いたからな」
私しか知らないこの人の一面を、絶対に誰にも見せたくないと思う。私だって嫉妬心が強い。
「あー……忍田さんにお酒飲ませるとこんなに素直になるんだあ……たまんないな……」
そう言いながら腕に力を込めると、「こら」とたしなめられてしまったのだった。
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