雨の中、飴を
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「いやー、ぎりぎりセーフだった」
ボーダー本部までの連絡通路内、外と繋がるドアから数歩中に入ったところでそう一人呟く。
棒付き飴の包み紙を破いて口に含んだ。壁によりかかり、指先で棒をもてあます。
職場に常備しているおやつ、それも仕事しながらでもこっそり食べられる飴を切らしてしまったため、休憩時間に外に出た。飴くらい我慢しろ、と思われるかもしれないが、特にこんなじめじめした日には何かを口に入れていたくなるのだ。
空模様は怪しかったが、連絡通路を使えばほぼ濡れないだろうと思って傘は持たなかった。
ちょうど連絡通路についたころに雨は強くなり、すぐにバケツをひっくり返したような土砂降りとなる。
救護室からかっぱらってきたフェイスタオルで毛先を拭くだけで済んだのは幸いだ。
休憩中とはいえ、棒付き飴を咥えてるのは流石に見た目が悪い。かといって外で舐めて一般人に見られるのも嫌だ。近頃はレスキュー隊員、国や市の役員が缶コーヒーを飲んでいるだけでクレームを入れられるケースがあるという。確か、ボーダーにもそういったクレームが数件あったはずだ。休憩くらいさせてくれよ、と思うが世間には色々な人がいる。他人の考えを変えるよりも、こうして自分からトラブルの種を避けた方が楽なのだ。少しムカつくけれど。
そんなことを考えていると、突然連絡通路の扉が開く。ガチャ、という音に飛び跳ね、慌てて口から飴を出した。
「……名無しくんか」
「なんだ、忍田本部長ですか」
「なんだとはなんだ」
「いいえ、ただ忍田本部長ならこのまま飴食べててもいいかなと思っただけです」
「きみなあ……まあ構わないが」
「それより忍田本部長、降られちゃったんですね」
「ん? ああ。はは、やられたよ」
忍田さんが水滴の滴る髪を摘み、ネクタイを少し緩める。
(うわー……これは目に毒……)
自らの邪な心を隠すため、目線を向かいの壁に向け、飴を口に戻した。そんな私の気持ちはつゆ知らず、忍田さんはけろりと話しかけてくる。
「走れば濡れないと思ったんだがな」
「どういう理屈ですかそれ」
「もう少しスピードを身につければ……」
「新幹線だってジェット機だって濡れるんですから、スピードの問題じゃないですよ」
「! ……それもそうだな」
この人は聡明なはずなのに時々おかしなことを言う。天才となんとやらは、というやつのような、それとはまた違うもののような。
「とにかく拭いてください」
そう言って持っていたタオルを渡すと、「ありがとう」と答え濡れた髪や体を拭き出した。
「きみはこんなところで休憩か」
「買ってきたこの飴だけ食べてしまいたくて。こういうの、人目がない方が食べやすいんですよ」
「そうか」
ごくごく簡単に理由を伝える。それでもなんとなく察してくれたようだ。
「忍田本部長も食べます? ありますよ」
「そうだな……もう少し服を乾かしたいからな、貰おうか」
レジ袋から棒付きの飴を取り出し、忍田さんに渡す。
「しかし、わざわざ雨の中飴を買いに行くなんて。本当に好きだな」
「…………」
「…………」
「……忍田本部長」
「……違う、そういうつもりじゃなかった」
「そもそも私は雨の降らないうちにここに帰ってこられているので。雨の中、飴を買いに行ってないですね」
「…………」
「あはは。ごめんなさい、虐めすぎました」
「……全くだ」
少し拗ねたように言いながら飴を咥える。
これは、私だけが見られる忍田さんだ。
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