ああもうくだらない!
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好きとか愛してるとか、くだらない。
人を信じても自分が傷つくだけだ。最初から信じなければ、傷つくことはない。
あの人に裏切られて、やっとそのことに気づいた。
それなのに、まとわりついてくるのだ。こいつらは。
おそ松の場合。
「名無しちゃーん! 遊ぼうぜ! オレ今日金あるからさ、奢っちゃうよ? モツ煮とか」
「……競馬はやらない」
「えー」
不満げな顔をしているのは、いつもふらふら、パチンコだの競馬だの、遊んでばっかりの奴だ。
「お馬さんが嫌なら……ボートにする?」
そうじゃない。呆れて返事もしなかったが、勝手に腕を取られて連れて行かれてしまった。
「負けた〜!」
「……うるさいな」
屋台で買った、紙の器に入ったモツ煮を並んで食べる。なんだかんだ、ヤツの描いた図になってしまった。
「ひでえ! 負けて傷心してんだから優しく慰めてくれよ〜」
「自業自得」
「ちぇっ」
「結局奢ってくれなかったし」
「てへ。いや〜、ボートに嫌われちゃったからさあ。しかたなくね?」
相変わらずクズなおそ松と一緒に食べる温かいモツ煮は、妙に美味しかった。
カラ松の場合。
「やあマイハニー。オレに会いたかっただろ? んー?」
「……別に」
「照れ屋さんなんだな、ふふ」
「…………」
「……そんな冷たい目で見ないでください……」
たまたま公園で会っただけなのに、自信満々に話しかけてきた。その自信がもはや羨ましくも感じる。
絶対に訪れないカラ松ガールとやら待ってここにいるのだろう。無視して去ろうとすると目の前に回り込まれた。
「ここで会ったのも運命だ。デートしようぜ、ハニー?」
「嫌」
「ぐおぉっ」
グサリ、と頭に矢を受けて倒れる。相変わらず馬鹿馬鹿しい反応だ。
「うう、手厳しいなハニーは……」
ていうか、ハニーじゃないし。
「私、行くから」
「待て待てハニー、オレもお供しよう。レディが一人じゃ危ないからな。さあ、どこに行くんだ?」
「どこに……」
行くアテなんかなかった。家にいたら、1人でいたら、とんでもない行動に出てしまいそうだったから。それで、なんとなく、出歩いただけで。
「……ハニー?」
頭の中がこんがらがりそうになったとき、声をかけられてハッとする。いかんいかん、こんな奴に弱みを見せては。
「……別に。どこだっていいでしょ」
「……ふ、そうだな。キミの行きたいところならどこだって構わないさ」
結局ついて来る気満々かよ。そう思いながらも、「来るな」と冷たく突き放すことはできなかった。
チョロ松の場合。
「あれ、君もにゃーちゃんのライブに来たの?」
街を歩いていると、頭にハチマキを巻き、ペンライトを握ったチョロ松に話しかけられた。
「は? にゃーちゃん?」
「あれ、違った? 今からここでライブがあるから、てっきり」
自分の好きなものを他の人も好きだと決めつけるな。
「知らない、興味ないし」
「ええ、もったいないよ! 彼女はとても素敵なアイドルで……。そうだ、ライブ券余ってるから君も来なよ! へへ、CD積んだんだよね。ファンとして新規を取り入れるのも務め……」
ベラベラと喋っている彼には、私の白けた表情が目に入らないらしい。
「あの、だから行かな……」
「ちょっとちょっと! もう始まっちゃうから入るなら早く入って! 邪魔だよ!」
行かない、そう言おうとしたときに後ろからきたオタク(見た目で判断して悪いが、でもきっと間違っていない)にライブハウスに続く階段へ半ば押されるようにして促される。
「ちょっ……私は違……!」
そんな抗議は、届かなかった。
「アメショ! ペルシャ! ミケ! マンチカン! スコ! シャム! ロシアンブルー!」
「………………」
うわ。それが第一印象だ。
アイドルとは言っても所謂地下アイドル。お客さんはまばらで、みんなあからさまにオタクですって感じで。
……でも、可愛かった。そりゃそんだけ可愛ければチヤホヤされるよね。私なんかと違って、自己肯定感高いんだろうな。猫耳アイドルやっちゃうくらいだし。
「みんにゃー! 今日も来てくれてありがとー!」
「にゃーちゃーん! 世界一可愛いよー!」
「にゃーん♡ ……あれ、女の子が来てくれてる? わあ、とっても嬉しいにゃん」
「え、私?」
そう言って自分を指差すと、猫耳アイドルは可愛らしい笑顔でうんうんと頷く。
「貴女が笑顔になってくれるよう、一生懸命歌うから、ぜひ楽しんでいって欲しいにゃ。……よーし、じゃあ次の曲いっくにゃー!」
「名無しさん、どうだった? にゃーちゃんからファンサ貰えるなんて羨ましいよ」
「…………」
人に笑顔になって欲しくて歌うなんて、私にはわからない。そんなの、上っ面だ。アイドルなんだからあれくらいの猫かぶり、得意だろう。
「ぼくも、君が笑顔になってくれたら嬉しいよ」
……こいつも、猫かぶりが得意なんだろうか。
やめてほしい、私に優しくするのは。もう、傷つきたくない。
一松の場合。
「…………」
「…………」
猫の集会所となっている空き地に行くと、紫の服を着た先客がいた。
お互い顔を見てギクリとするが、その場を離れるのもそれはそれで気まずくて、離れた場所でそれぞれ猫と戯れる。
猫は裏切らない。たまにここに来て猫を見るだけで、落ち着く。もしかしたら、一松もそうなのかも。
「……猫缶」
「……え?」
「……猫缶、そっちの猫にもあげて」
私の側に来た一松が猫缶を差し出す。
「わ、わかった……」
おずおずと受け取ると、周りの猫たちが期待してにゃーにゃーとすり寄ってくる。
「ああもう、あげるから、みんな待って」
プシ、と猫缶の蓋を取り、中身を猫たちに与える。
んみゃんみゃ、喋りながら食べる猫が可愛くて、思わず頬が緩む。その瞬間、隣に一松がいたことを思い出して慌てて口角をきゅっと結んでから奴を見た。
「ふへ……あっ」
私と目があった一松は、慌てて緩んだ顔を戻す。
「…………」
「…………」
再び黙り込んでしまった私たちと、にゃーにゃー鳴いている猫。
本当は、1人の方が落ち着くんだけど。今日くらいまあいっか。なんて。
十四松の場合。
「名無しちゃん! 野球やりましょうぜ!」
「……何時だと思ってるの、今」
「……え? 5時!」
「そう、《朝の》ね」
朝の5時。チャイムを連打されて目が覚めた。スマホを片手に恐る恐るのぞき窓を見ると、真っ黄色。
「十四松でっす!」という声が聞こえたのは、その直後だった。
「目が覚めちゃった」
「目が覚めちゃったからって朝早くに私のところに来ないで」
「だって他のみんなは遊んでくれなかったし……名無しちゃんなら遊んでくれるかなって!」
「迷惑」
「!?」
ぴしゃりと言い放つと、十四松はガーン、と顔を青ざめさせた。
「自分だって眠いときに叩き起こされたら嫌でしょ」
「……確かに!」
「……はあ」
「……ごめんなさい……」
しゅん、と小さくなられて、何故か罪悪感を抱く。どう考えても非常識なのは相手なのに。
十四松は、六つ子の中でも軍を抜いて変わっている。ただ、同時に純真だ。人を疑うとか、傷つけてやろうとか、そういう気持ちは持っていない。今回だって本当に私と遊びたかっただけだ。……こんな私と。
「明日」
「えっ?」
「明日なら、遊んであげる。朝じゃなくて、昼」
「ほんとっすか!? やったー!」
私の言葉を聞いた十四松は、わっしょい! わっしょい! と大騒ぎをしながら帰っていった。ご近所から苦情が来なきゃいいけど。
……次の日、十四松の野球(と呼べるのかわからない何か)に付き合わされた私は、しっかり後悔することになる。
トド松の場合。
有名コーヒー店でコーヒーを飲む私の向かいには、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべたトド松が座っている。間違っても、約束した訳では無い。
「えへへ、やっぱりスタバァのフラペチーノは美味しいな。きみと一緒だから余計美味しいのかも」
「……1人で飲んでも味は変わらないと思うけど」
「え〜、そんなことないよう」
うるうると瞳を潤ませる様は、私より女の子らしいかもしれない。
たまたま、コーヒーを飲みに来たら、この男が勝手に目の前に座ったのだ。なんて図々しい。
「名無しちゃんもせっかくなら季節限定のフレーバーにしたらいいのに」
「普通のコーヒーでいいの」
「うーん。もちろんここはコーヒーだって美味しいけど……ね、ぼくの一口飲んでみなよ」
「……遠慮しとく」
美味しいのにい、と相変わらず可愛らしくほっぺたを膨らませる。
「あ、それならこっちあげる」
トド松が自分の目の前の小皿を私の方に寄せた。綺麗な焼色をしたクッキーが乗っている。
「遠慮しないで。女の子なんだから」
何が女の子なんだから、だ。性別なんて関係ないだろう。そんな私の考えが顔に出たのだろうか。
「あ、ごめん。女の子なんだから、ってのは違ったかも。名無しちゃんだから、かな」
「なにそれ」
「ぼくが、名無しちゃんにあげたいと思ったからってこと!」
「……なにそれ」
「もう、言わせないでよ。ぼくが、名無しちゃんのこと好きだからってこと」
私のことが好きだなんて。あの人に裏切られる前なら受け入れられたかもしれないが、今は無理だ。どうせまた裏切られるに決まっている。
「あっそう」
そう言われて一瞬表情が曇ったトド松だが、「名無しちゃんは一筋縄ではいかないなあ、そこがまた魅力的なんだけど」とすぐにいつもの調子を取り戻していた。
✽✽✽
「ふう……くだらないこと、思い出しちゃってたな」
台に登ったあと、6人の顔がよぎっていた。6人といっても、皆同じ顔だから1種類だが。
あの六つ子のはちゃめちゃでしょうもない生き方、羨ましかった。一瞬そう思うが、あの人に裏切られた穴を埋めてくれやしないのだ。6人もいるくせに。
「……うん、辛い気持ちの方が大きいや」
そう呟いてロープを掴んだときだった。
「うおおおあああぁ!!」
大きな声がして、ドーンと大きな音と共に扉が開く。
今まさに輪の中に首をかけようとしていた私は動けなくなってしまった。
「ちょ……名無しちゃん!」
「兄さんたち、早く!」
「わかってるぜブラザー! 名無し、ほら、こっちに……」
「俺の手掴んでいーよ、……うん、よかった」
おそ松に手をひかれ、カラ松に支えられながら台から降りる。
大丈夫? とチョロ松が声をかけてくれた。
「……何で」
何で助けたのよ。そう思っていると十四松がきょとんとしたあとににぱっと笑顔になって言う。
「だって、明日も一緒に遊びたいから!」
「……は?」
「明日も一緒に遊ぶ! ハッスルハッスル!」
能天気な顔で余っている袖をぶんぶん振り回している。
「死にたくなる気持ちは、わかんなくもないけど。俺も、生きててもしょーがないって思うとき、あるし」
「でもね、こんなゴミみたいな兄さんたちでも生きてるんだ。名無しちゃんも生きようよ。ね?」
「うわでたよ、ドライモンスター」
一松、トド松、チョロ松が各々勝手なことを話す。
「……何よ……あんたたち……」
私の言葉に6人はお互い顔を見合わせる。
「何……って言われると困るなあ」
「うーん、兄さんたちとは違うぼくのことなら、可愛くてコミュ力もあってオシャレで……」
「認めろよトッティ。全員ただのニートだろ」
「そしてクズ」
「おまけに童貞! あはは!」
「そしてオレはナイスガイだ」
「んなわけねーだろクソ松」
ニートでクズで童貞。さっきまで私しかいなかった空間は、そんな6人が増えたせいでぎゅうぎゅうだ。うるさい。うるさいのに、安心してしまった。
揃いも揃って、最低な奴らのはずなのに。
「ねー、腹減らない?」
おそ松がそう私に話しかける。まるで何事もなかったかのように。
「……減った……かも、しれない」
「じゃあメシ行こうぜ! 俺ハンバーグ食べたい!」
「駄目だよおそ松兄さん、ここは名無しちゃんの意見を尊重するべきだ」
「ね、何食べたい? ぼくならオシャレなカフェ知ってるよ?」
「パッフェ! パッフェ!」
「じゃあもうファミレスでいいんじゃない。全部あるでしょ」
「流石フォースブラザー、いい提案だ」
「きも」
「きもくない!」
「大丈夫? 兄さんたちがうるさくてごめんね? さ、行こう名無しちゃん」
「おいこら抜け駆けすんな!!」
トド松に手を取られて、部屋から出ると、後ろからぎゃいぎゃい騒ぎながら残り5人が追いかけてくる。
「ぷ……ふふっ」
「お、笑った」
「名無しちゃん楽しかったすか!? 元気出た!? ハッスルハッスル!?」
「うるさいのよ、あんたたち」
もう私にロープは必要なさそうだ。多分。こいつらがうるさいうちは。
人を信じても自分が傷つくだけだ。最初から信じなければ、傷つくことはない。
あの人に裏切られて、やっとそのことに気づいた。
それなのに、まとわりついてくるのだ。こいつらは。
おそ松の場合。
「名無しちゃーん! 遊ぼうぜ! オレ今日金あるからさ、奢っちゃうよ? モツ煮とか」
「……競馬はやらない」
「えー」
不満げな顔をしているのは、いつもふらふら、パチンコだの競馬だの、遊んでばっかりの奴だ。
「お馬さんが嫌なら……ボートにする?」
そうじゃない。呆れて返事もしなかったが、勝手に腕を取られて連れて行かれてしまった。
「負けた〜!」
「……うるさいな」
屋台で買った、紙の器に入ったモツ煮を並んで食べる。なんだかんだ、ヤツの描いた図になってしまった。
「ひでえ! 負けて傷心してんだから優しく慰めてくれよ〜」
「自業自得」
「ちぇっ」
「結局奢ってくれなかったし」
「てへ。いや〜、ボートに嫌われちゃったからさあ。しかたなくね?」
相変わらずクズなおそ松と一緒に食べる温かいモツ煮は、妙に美味しかった。
カラ松の場合。
「やあマイハニー。オレに会いたかっただろ? んー?」
「……別に」
「照れ屋さんなんだな、ふふ」
「…………」
「……そんな冷たい目で見ないでください……」
たまたま公園で会っただけなのに、自信満々に話しかけてきた。その自信がもはや羨ましくも感じる。
絶対に訪れないカラ松ガールとやら待ってここにいるのだろう。無視して去ろうとすると目の前に回り込まれた。
「ここで会ったのも運命だ。デートしようぜ、ハニー?」
「嫌」
「ぐおぉっ」
グサリ、と頭に矢を受けて倒れる。相変わらず馬鹿馬鹿しい反応だ。
「うう、手厳しいなハニーは……」
ていうか、ハニーじゃないし。
「私、行くから」
「待て待てハニー、オレもお供しよう。レディが一人じゃ危ないからな。さあ、どこに行くんだ?」
「どこに……」
行くアテなんかなかった。家にいたら、1人でいたら、とんでもない行動に出てしまいそうだったから。それで、なんとなく、出歩いただけで。
「……ハニー?」
頭の中がこんがらがりそうになったとき、声をかけられてハッとする。いかんいかん、こんな奴に弱みを見せては。
「……別に。どこだっていいでしょ」
「……ふ、そうだな。キミの行きたいところならどこだって構わないさ」
結局ついて来る気満々かよ。そう思いながらも、「来るな」と冷たく突き放すことはできなかった。
チョロ松の場合。
「あれ、君もにゃーちゃんのライブに来たの?」
街を歩いていると、頭にハチマキを巻き、ペンライトを握ったチョロ松に話しかけられた。
「は? にゃーちゃん?」
「あれ、違った? 今からここでライブがあるから、てっきり」
自分の好きなものを他の人も好きだと決めつけるな。
「知らない、興味ないし」
「ええ、もったいないよ! 彼女はとても素敵なアイドルで……。そうだ、ライブ券余ってるから君も来なよ! へへ、CD積んだんだよね。ファンとして新規を取り入れるのも務め……」
ベラベラと喋っている彼には、私の白けた表情が目に入らないらしい。
「あの、だから行かな……」
「ちょっとちょっと! もう始まっちゃうから入るなら早く入って! 邪魔だよ!」
行かない、そう言おうとしたときに後ろからきたオタク(見た目で判断して悪いが、でもきっと間違っていない)にライブハウスに続く階段へ半ば押されるようにして促される。
「ちょっ……私は違……!」
そんな抗議は、届かなかった。
「アメショ! ペルシャ! ミケ! マンチカン! スコ! シャム! ロシアンブルー!」
「………………」
うわ。それが第一印象だ。
アイドルとは言っても所謂地下アイドル。お客さんはまばらで、みんなあからさまにオタクですって感じで。
……でも、可愛かった。そりゃそんだけ可愛ければチヤホヤされるよね。私なんかと違って、自己肯定感高いんだろうな。猫耳アイドルやっちゃうくらいだし。
「みんにゃー! 今日も来てくれてありがとー!」
「にゃーちゃーん! 世界一可愛いよー!」
「にゃーん♡ ……あれ、女の子が来てくれてる? わあ、とっても嬉しいにゃん」
「え、私?」
そう言って自分を指差すと、猫耳アイドルは可愛らしい笑顔でうんうんと頷く。
「貴女が笑顔になってくれるよう、一生懸命歌うから、ぜひ楽しんでいって欲しいにゃ。……よーし、じゃあ次の曲いっくにゃー!」
「名無しさん、どうだった? にゃーちゃんからファンサ貰えるなんて羨ましいよ」
「…………」
人に笑顔になって欲しくて歌うなんて、私にはわからない。そんなの、上っ面だ。アイドルなんだからあれくらいの猫かぶり、得意だろう。
「ぼくも、君が笑顔になってくれたら嬉しいよ」
……こいつも、猫かぶりが得意なんだろうか。
やめてほしい、私に優しくするのは。もう、傷つきたくない。
一松の場合。
「…………」
「…………」
猫の集会所となっている空き地に行くと、紫の服を着た先客がいた。
お互い顔を見てギクリとするが、その場を離れるのもそれはそれで気まずくて、離れた場所でそれぞれ猫と戯れる。
猫は裏切らない。たまにここに来て猫を見るだけで、落ち着く。もしかしたら、一松もそうなのかも。
「……猫缶」
「……え?」
「……猫缶、そっちの猫にもあげて」
私の側に来た一松が猫缶を差し出す。
「わ、わかった……」
おずおずと受け取ると、周りの猫たちが期待してにゃーにゃーとすり寄ってくる。
「ああもう、あげるから、みんな待って」
プシ、と猫缶の蓋を取り、中身を猫たちに与える。
んみゃんみゃ、喋りながら食べる猫が可愛くて、思わず頬が緩む。その瞬間、隣に一松がいたことを思い出して慌てて口角をきゅっと結んでから奴を見た。
「ふへ……あっ」
私と目があった一松は、慌てて緩んだ顔を戻す。
「…………」
「…………」
再び黙り込んでしまった私たちと、にゃーにゃー鳴いている猫。
本当は、1人の方が落ち着くんだけど。今日くらいまあいっか。なんて。
十四松の場合。
「名無しちゃん! 野球やりましょうぜ!」
「……何時だと思ってるの、今」
「……え? 5時!」
「そう、《朝の》ね」
朝の5時。チャイムを連打されて目が覚めた。スマホを片手に恐る恐るのぞき窓を見ると、真っ黄色。
「十四松でっす!」という声が聞こえたのは、その直後だった。
「目が覚めちゃった」
「目が覚めちゃったからって朝早くに私のところに来ないで」
「だって他のみんなは遊んでくれなかったし……名無しちゃんなら遊んでくれるかなって!」
「迷惑」
「!?」
ぴしゃりと言い放つと、十四松はガーン、と顔を青ざめさせた。
「自分だって眠いときに叩き起こされたら嫌でしょ」
「……確かに!」
「……はあ」
「……ごめんなさい……」
しゅん、と小さくなられて、何故か罪悪感を抱く。どう考えても非常識なのは相手なのに。
十四松は、六つ子の中でも軍を抜いて変わっている。ただ、同時に純真だ。人を疑うとか、傷つけてやろうとか、そういう気持ちは持っていない。今回だって本当に私と遊びたかっただけだ。……こんな私と。
「明日」
「えっ?」
「明日なら、遊んであげる。朝じゃなくて、昼」
「ほんとっすか!? やったー!」
私の言葉を聞いた十四松は、わっしょい! わっしょい! と大騒ぎをしながら帰っていった。ご近所から苦情が来なきゃいいけど。
……次の日、十四松の野球(と呼べるのかわからない何か)に付き合わされた私は、しっかり後悔することになる。
トド松の場合。
有名コーヒー店でコーヒーを飲む私の向かいには、にこにこと人懐っこい笑みを浮かべたトド松が座っている。間違っても、約束した訳では無い。
「えへへ、やっぱりスタバァのフラペチーノは美味しいな。きみと一緒だから余計美味しいのかも」
「……1人で飲んでも味は変わらないと思うけど」
「え〜、そんなことないよう」
うるうると瞳を潤ませる様は、私より女の子らしいかもしれない。
たまたま、コーヒーを飲みに来たら、この男が勝手に目の前に座ったのだ。なんて図々しい。
「名無しちゃんもせっかくなら季節限定のフレーバーにしたらいいのに」
「普通のコーヒーでいいの」
「うーん。もちろんここはコーヒーだって美味しいけど……ね、ぼくの一口飲んでみなよ」
「……遠慮しとく」
美味しいのにい、と相変わらず可愛らしくほっぺたを膨らませる。
「あ、それならこっちあげる」
トド松が自分の目の前の小皿を私の方に寄せた。綺麗な焼色をしたクッキーが乗っている。
「遠慮しないで。女の子なんだから」
何が女の子なんだから、だ。性別なんて関係ないだろう。そんな私の考えが顔に出たのだろうか。
「あ、ごめん。女の子なんだから、ってのは違ったかも。名無しちゃんだから、かな」
「なにそれ」
「ぼくが、名無しちゃんにあげたいと思ったからってこと!」
「……なにそれ」
「もう、言わせないでよ。ぼくが、名無しちゃんのこと好きだからってこと」
私のことが好きだなんて。あの人に裏切られる前なら受け入れられたかもしれないが、今は無理だ。どうせまた裏切られるに決まっている。
「あっそう」
そう言われて一瞬表情が曇ったトド松だが、「名無しちゃんは一筋縄ではいかないなあ、そこがまた魅力的なんだけど」とすぐにいつもの調子を取り戻していた。
✽✽✽
「ふう……くだらないこと、思い出しちゃってたな」
台に登ったあと、6人の顔がよぎっていた。6人といっても、皆同じ顔だから1種類だが。
あの六つ子のはちゃめちゃでしょうもない生き方、羨ましかった。一瞬そう思うが、あの人に裏切られた穴を埋めてくれやしないのだ。6人もいるくせに。
「……うん、辛い気持ちの方が大きいや」
そう呟いてロープを掴んだときだった。
「うおおおあああぁ!!」
大きな声がして、ドーンと大きな音と共に扉が開く。
今まさに輪の中に首をかけようとしていた私は動けなくなってしまった。
「ちょ……名無しちゃん!」
「兄さんたち、早く!」
「わかってるぜブラザー! 名無し、ほら、こっちに……」
「俺の手掴んでいーよ、……うん、よかった」
おそ松に手をひかれ、カラ松に支えられながら台から降りる。
大丈夫? とチョロ松が声をかけてくれた。
「……何で」
何で助けたのよ。そう思っていると十四松がきょとんとしたあとににぱっと笑顔になって言う。
「だって、明日も一緒に遊びたいから!」
「……は?」
「明日も一緒に遊ぶ! ハッスルハッスル!」
能天気な顔で余っている袖をぶんぶん振り回している。
「死にたくなる気持ちは、わかんなくもないけど。俺も、生きててもしょーがないって思うとき、あるし」
「でもね、こんなゴミみたいな兄さんたちでも生きてるんだ。名無しちゃんも生きようよ。ね?」
「うわでたよ、ドライモンスター」
一松、トド松、チョロ松が各々勝手なことを話す。
「……何よ……あんたたち……」
私の言葉に6人はお互い顔を見合わせる。
「何……って言われると困るなあ」
「うーん、兄さんたちとは違うぼくのことなら、可愛くてコミュ力もあってオシャレで……」
「認めろよトッティ。全員ただのニートだろ」
「そしてクズ」
「おまけに童貞! あはは!」
「そしてオレはナイスガイだ」
「んなわけねーだろクソ松」
ニートでクズで童貞。さっきまで私しかいなかった空間は、そんな6人が増えたせいでぎゅうぎゅうだ。うるさい。うるさいのに、安心してしまった。
揃いも揃って、最低な奴らのはずなのに。
「ねー、腹減らない?」
おそ松がそう私に話しかける。まるで何事もなかったかのように。
「……減った……かも、しれない」
「じゃあメシ行こうぜ! 俺ハンバーグ食べたい!」
「駄目だよおそ松兄さん、ここは名無しちゃんの意見を尊重するべきだ」
「ね、何食べたい? ぼくならオシャレなカフェ知ってるよ?」
「パッフェ! パッフェ!」
「じゃあもうファミレスでいいんじゃない。全部あるでしょ」
「流石フォースブラザー、いい提案だ」
「きも」
「きもくない!」
「大丈夫? 兄さんたちがうるさくてごめんね? さ、行こう名無しちゃん」
「おいこら抜け駆けすんな!!」
トド松に手を取られて、部屋から出ると、後ろからぎゃいぎゃい騒ぎながら残り5人が追いかけてくる。
「ぷ……ふふっ」
「お、笑った」
「名無しちゃん楽しかったすか!? 元気出た!? ハッスルハッスル!?」
「うるさいのよ、あんたたち」
もう私にロープは必要なさそうだ。多分。こいつらがうるさいうちは。
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