これ以降「出待ち行為お断り致します」の注意書きを足しました
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龍一くんが講師を務める講演会のあった夜、リビングで二人過ごしていたとき。私はモヤモヤを抱えていた。
「龍一くんはスキだらけなんだよ」
「急にどうしたの、ぼくのことがスキって話?」
「…………」
何を言ってるんだ、そう意味を込めた視線を送ると彼は苦笑いを浮かべる。
「じょ、冗談です……。……ええと、ぼくが隙だらけだって?」
「そう。今日だって、出待ちをいちいち相手にしちゃってさ」
弁護士として名の知れた彼は、時々大学や公民館で講演を行っている。
伝説の弁護士、なんて肩書きを持つ彼に憧れを抱いて、所謂ファン化した人たちが訪れることも少なくない。
実を言えば、いや、本人たちには言わないけれど、昔マコちゃんに初めて会ったときですらいい気分はしなかった。あの後龍一くんにねだって私も電話番号を書いた名刺を貰ったほどに。
「ぼくの電話番号なんてとっくに知ってるだろ」と不思議な顔をされたのを覚えている。
そんな心の狭い私が、講演終わりに出待ちしていた女性ファンと、それにバカ正直に対応するお人好しの彼にモヤモヤしない訳がない。
「出待ちってマナー違反なんだから相手しちゃダメなんだよ。施設にだって迷惑がかかるし」
「ごめんごめん、次から気をつけるから」
弁護士目指してるなんて言われたら無碍にもできなくてさ。
そう言う彼は一切気づいていないのだろう。
弁護士を目指しているかどうかは知ったことではないが、あの女の子の目は明らかに龍一くんを男として見ていた。
それとは逆に、私にくれた一瞥はずいぶんと冷めていたのだ。
まあ、私もそこで怯むような性格ではないので、しっかり睨み返してやったが。
「もう少し自覚持ってくれないと困るなあ……」
「自覚?」
「……モテる自覚」
そう答えると彼はけらけらと笑う。
……ダメだ。これじゃあいつまで経っても自覚してくれないだろう。
ツボに入ったのか笑い続ける彼に、私のモヤモヤは膨らむばかりだ。
「私、本気で言ってるんだけど」
「わかってる、わかってるよ……はは……」
「そんなに笑うことじゃないでしょ」
「いや、だって……ふふ、ぼくに好きだなんて言ってるのは、ずっときみだけじゃないか。自慢じゃないけど、ぼくはモテないよ」
本当にこの人は。
好きだと伝えないからと言って気持ちがないとは限らないじゃないか。
7、8年前に再会したときのあやめさんの気持ちにも気づいてないのだろう。
私がいなければ龍一くんの心は今頃誰のものだっただろうか。
今だって、私だけのものだなんて確証はないのに。
彼の心から、彼女は消えていないのに……なんてダメだ。どうして私はこうなのだろう。信用していないみたいで失礼だし、可愛げがない。
黙ってしまった私に気づいて、龍一くんは斜め上を見上げて顎をさする。
「ううん、ぼくは名無しちゃんに好かれてればそれでいいからなあ。自覚も何も、他の女の子は目に入らないよ」
「…………」
……うう、好き。好きだけどムカつく。
「あっ!」
「?」
突然彼が大きな声を出したと思ったら、しまった、とでもいう顔で私を見た。
不思議に思っていると、ゆっくり話し出す。
「……ごめん、みぬきは目に入れても痛くない……」
出た、親バカ。……それに関しては私だって同じだけど。
「わかってる、さっきのは恋愛対象としての話でしょ」
「そうそう。それに、ぼくが裏切りを嫌ってるのは知ってるだろ?」
「……そうだね」
「だから、きみ以外に目移りしないよ」
「……ごめん」
「いいんだ。きみにヤキモチ妬いてもらうの、悪くないしね」
「…………」
龍一くんが私の頬を人差し指の背で撫でる。
彼は昔より随分余裕を持つようになった。
私の扱いがうまくなったとも言うかもしれない。
どっちにしても、自分との差を感じてしまい少し寂しい気持ちになる。
「なんなら、講演会のあと、手でも繋いでおくかい?」
「やめてよ、下世話な週刊誌のネタにでもされたらどうするの」
そう、良くも悪くも、彼の話題を取り上げる記事は新聞の片隅の小さな記事では済まなくなってしまった。
彼の手を優しく離しながら、わざとらしく笑い話にしようとするので精一杯だった。
なんだか自分が幼稚で恥ずかしくなったので、話を切り上げるためにその場を離れようとしたとき、手首を掴まれる。
「な、なに?」
「まだ納得してないだろ」
「そんなこと、ないよ」
「嘘だ」
こういうときの龍一くんは、なかなか諦めてくれないことを知っている。
無言のままの私を見つめた目は、決して鋭くはないが全て見抜かれてしまいそうな、そんな目だ。
「……龍一くん、オトナになったなあって」
「? きみも大人だろ」
「年齢の話じゃなくてさ。……なんていうか、遠くに感じるっていうか……」
出待ちするファンがいるほど、成歩堂龍一は弁護士として名が知られてしまった。
かつての3年間には有り得なかったことだ。
伝説の弁護士、だなんて仰々しい肩書き、私は好きじゃない。成歩堂龍一は伝説なんかじゃないのに。
龍一くんが弁護士として活躍してくれるのは嬉しい。それを世間が評価してくれているのも嬉しい。
でも、時々、本当に時々。少しだけ。
ピアニストだった頃の彼が恋しくなってしまうときがある。
罪深い気持ちだ。抱いていいものではない。私と一緒に、止まっててよ。なんて。
そもそも、ピアニストだった頃の彼も止まってなどいなかったのに。
どうしようもなく面倒な女になってしまった。
「ぼくは遠くになんて行かないよ」
「……うん、わかってる。わかってるの。ごめんね」
「……」
困ったように笑われると、ますます自己嫌悪に陥る。
そんな顔をさせるつもりじゃなかったのに。
「……あのさ」
「ん?」
「キスしたい」
「えっ!?」
突然の申し出に驚いてしまう。
「言葉だけじゃ足りないみたいだから」
「だ、大丈夫だって。もう変なこと考えたりしないから!」
「それならそれで。理由がなきゃダメってことないだろ」
「それは、そうだけど……! あ、待って」
私が返事をする間もなく、腕を引かれてバランスを崩しかけたところを抱き留められる。
そのまま、唇を重ねられた。
抵抗してもよかったのだが、私は彼の肩に両手を置いて目を閉じた。……ずるい。やっぱり龍一くんはずるくて、かっこいい。
長いような短いような時間が過ぎ、そっと身体を離される。
「……これで納得した?」
「うーん……」
「え、まさか不満?」
眉を寄せると、彼は冷や汗を浮かべる。
結局、龍一くんの方が優勢なのが腑に落ちない。
「そういうわけじゃないけど……。うーん……」
「きみが納得しないなら何度でもする」
再び近寄ってきた顔に慌てて制止をかける。
「わ、わかった。満足したから!」
「本当かなあ」
疑いの目を向ける彼に必死で訴えると、渋々といった様子だが離れてくれた。
「……ごめんね、疑って」
「いいよ。不安なのはお互い様だし」
そう言って微笑む彼の笑顔は、昔よりもずっと穏やかになった。……私もいつかこうなれるのだろうか。
「ねえ、名無しちゃん」
「?」
「きみが浮気したら、……ぼくはどんな反応するんだろうね」
「……」
その質問は、私の心を揺らすには十分すぎるものだった。
「ごめん、意地悪だったね。気にしないで」と、頭を撫でられる。
いつもなら子供扱いされているようで嫌なはずなのに、今はそれが心地よく感じてしまった。
「……泣いたりするんじゃない?」
「え」
「大泣きしちゃうでしょ? ふふ」
冗談めかすように言うと、彼は面食らったあとに苦笑いを浮かべた。
「……じゃあ、そんなことにならないようにお願いするよ」
そう言いながら、もう一度口づけを落とす彼の首に手を回しながら、この人の隣を絶対に譲ったりするものか、と心の中で呟いた。
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