2012事務所にて
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日曜午前。事務所には私と成歩堂くんだけがいた。依頼もなく、他にすることもない。(乱雑な事務所を片付ける手もあるが、どこから手をつけていいのかわからないのでやめておいた。)
ソファに腰掛けて高いところにかかっているテレビをぼーっと見ていたところ、キャスターが新しくできたというショッピングモールの紹介を始めた。そういえばこれからの季節に合うような洋服や靴が欲しかったところだ。そう思って、隣で同じくぼーっと座っている成歩堂くんに声をかけた。
「ねえ、私ここ行ってみたいかも」
「ふうん、いいんじゃない?」
目線はテレビから外さず、かと言って真剣に見ているわけでもないまま答えられた。成歩堂くんのいいんじゃない、はどうでもいいって意味だってわかってるんだからね、と軽く膨れて相手を見るが、しれっとした表情を崩さない。悔しいので袖を軽く引っ張ってみたがチラリとも見てくれない。これでは私が随分と子供っぽい。大学時代に仲間内で1番大人びていたってのも嘘じゃないのかもしれない。
「たまには一緒に行こうよ、暇そうだし」
「めんどくさいからヤダ。わざわざ人混みに向かいたくない」
「まあ人多いだろうけど……でも御剣検事は真宵ちゃんと春美ちゃん連れて出かけたよ」
「なんだよその組み合わせ……。っていうか真宵ちゃん達がいないと思ったらそういうことだったのか。珍しいな」
「トノサマンショーがあるんだって」
「ああ、なるほどね」
成歩堂くんは心底興味のなさそうな顔をして答えた。あーあ、これは今回もダメそうだな。彼の性格をもう十分にわかっている私は、もはやショッピングモールに拘ってなどいなかったが、たまには不満をぶつけてやろうと口を開いた。
「成歩堂くんをデートに誘っても失敗してばっかりなんだけど」
「それは残念だったね」
間髪入れずに他人事のように返されてそろそろ胸が苦しい。そのトゲトゲ頭は人の心にも棘を刺してくるのね、なんて面白くない冗談を飲み込み、すっかり拗ねた私は続けた。
「私も御剣検事について行けばよかった」
「その通りだよ、行けばよかったじゃないか」
眉毛をピクリと動かしたくせにそっけない言葉を告げられる。成歩堂くんも相当な意地っ張りだ。たまには素直になってくれればいいのに、と自分のことは棚に上げて思う。
「それ、とぼけて言ってる?」
「名無しちゃんだって本気で御剣について行けばよかったって思ってる?」
「…………意地悪」
「ははは」
拗ねることすら続けさせてくれない。どうあがいても私はこの人の掌の上なのだ。「はいはい、他の人と出かけるよりここで成歩堂センセイと一緒の方がいいですよ」と答えて立ち上がろうとすると、腕を掴まれて制止された。
「奇遇だね、ぼくも出かけるより事務所で2人っきりの方が都合がいいよ」
驚きつつ掴まれた腕を見てから横を向くと、思っていた以上に彼の顔が迫っていたせいで更に驚くことになった。
「ちょ、ちょっと、何」
細められた目から逃れようと後ずさるものの、ソファに逃げ場なんてない。端っこに追い詰められただけだった。
「キミからぼくに甘えてきたんじゃないか」
「……甘えた覚えはないんですけど」
「じゃあ袖を引っ張ったのは?」
「ふ、普通に誘っただけ」
「……ぼくが勘違いしてたみたいだ、まさか甘えるどころか誘ってたなんて」
ふう、とため息をついた成歩堂くんがネクタイを緩めたので、慌ててそれを掴んだ。「積極的だね、名無しちゃんが外してくれるの?」なんて抜かす彼は、本当にずるい。
「違う違う! そういう意味じゃないっ!」
「えー」
成歩堂くんがくつくつと喉の奥で笑う。私をからかいたいだけなのだ、この人は。呆れつつ掴んできた手を解き、体を起こした。そしてネクタイを締めなおしてあげる。ふと、新婚さんみたい、と口に出した。何気ない独り言のつもりだったが、頭上で聞こえた「うえっ?」という間抜けな声に顔を上げると、成歩堂くんが顔を真っ赤にして固まっていた。先ほどまでとは随分違う表情にこちらも驚かされる。
「? どうしたの急に」
「いや、だって、新婚だとかなんとか言うから……」
あの、その、と成歩堂くんは落ち着きなく髪を撫で着けている。人をソファに押し倒すくせにこんなことで照れるなんてこの人の基準はどうなってるんだろう。
「あー、別にそういう意味で言ったんじゃないからね? ただふと思っただけっていうか」
「わ、わかってるよ。わかってるけど……」
「否定されるのも悲しいって?」
「……うん」
バツの悪そうな顔をする彼に「私もそういう気持ちになるかな、成歩堂くんにフられると」と返すと、ごめんと眉尻を下げごまかし笑いを向けられた。
ネクタイを締め終わると、一緒に出かける? と彼が聞いてきた。少しは悪かったと思ったらしい。しょぼくれている顔がおかしくて笑うと、笑うなよ、と顔を歪められる。本当に表情が豊かな人だと思う。これでいてポーカーは強いだなんて信じられない。
「いいの、別に。私も人混み嫌いだし買い物なら友達とできるし。成歩堂くんとはこうやって一緒にいるだけで幸せだわ」
「幸せ、ねえ」
「嘘じゃないよ」
もたれかかりながらそう呟くと腰に手を回されてすんなり押し倒される。
「……結局こうなるの?」
いい雰囲気だったのに、と呆れたように言うと彼は悪びれずに答える。
「ぼくも男だからね。据え膳食わぬはなんとやら、って言うでしょ」
「据え膳になったつもりはないんだけど」
「キミだって中途半端に終わったままじゃ嫌だろう?」
「盛ってるのは成歩堂くんだけでしょ、人を巻き込まないで」
「はいはい、どうせ口だけのくせに」
「うるさい」
そう、口だけだ。ムカつくことに私はこの人に惚れ抜いてしまっているから抵抗なんかしない。されるがままでいいのだか素直に口に出すのは気がひける。素直じゃないなあ、なんて言われるのも腹がたつ。
「あのねえ……まだ午前中だし、いつ依頼人が来るかわからないじゃない」
「残念だったね、うちにはそうそう依頼なんてこないよ」
「威張れることじゃないでしょ!」
私のツッコミも空しいかな、成歩堂くんに口を塞がれた。
ああもう。この事務所がこんなに薄暗いのが悪いんだ。
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