あくまで例題です
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「よっ! ナルホドー、貸した金を返してもらいにきたで!」
突然、大きなオレンジ色のアフロヘアーが事務所に飛び込んできた。
事務所にいた私と成歩堂くんは視線だけをその髪型に向け、固まってしまう。
この髪型は忘れられない。この人は確か……。
「ナ、ナツミさん……? 何ですかいきなり。お金なんか借りてないですよ」
「嘘ついたらあかんでぇ! アンタこの間ウチとジュースの飲み比べして負けたんやからな! あの時はどっちが何杯飲んだかわからんかったけど……思い出したんや!」
あまりの剣幕に成歩堂くんは呆気にとられている。
私もびっくりして思考が停止しかけたが、何かが引っ掛かる。ジュースの飲み比べ……?
「忘れたとは言わせへん。負けた方が奢るって勝負したやないかい!」
「ウチが300円のグラスで、ナルホドーが200円」
「いやー、いい方飲んでてよかったわぁ。ほら、約束通り払わんかい!」
マシンガンのように話していたナツミさんが、ふと私の存在に気づいたらしくこちらに話しかけてきた。
「お、なんやネェチャン、ナルホドーの秘書か? 依頼人か? アンタも言ったりな、弁護士のくせに約束破るなって」
ふつふつと沸き上がるこの気持ちは、決していいものではない。きっと、隠すのが最適解なのだろうけれど。
せいぜい薄っぺらい笑顔を浮かべることしかできなかった。
「……はじめまして。成歩堂くんの、カノジョ、です」
カノジョ、の部分が思っていた以上に刺々しくなった。が、それを謝るほど大人になれなかった。
「は? カノジョ? ナルホドーの?」
「ええ、ただ、あなたみたいにそんな楽しそうな飲み比べなんてしたことないんですけど」
成歩堂くんを見やると冷や汗をだらだらと流している。一体どういう意味で流しているのかきっちり説明していだきたいものだ。
「で、成歩堂くんが負けたと仰いますけれども、その時のお会計確認させてもらっていいですか?」
駄目だ。どんなに抑えようとしても言葉の節々から苛立ちが滲み出している。嫌な女だ。
ナツミさんの勢いも削がれ、アフロヘアも何だか小さくなったように見える。
彼女からお会計とグラスの数を聞き、メモ帳に計算式を書く。
「ん? ……成歩堂くんの方が多く飲んでいませんかね?」
「え、そ、そうなん?」
「ええ、だってそもそもあなたの言う通り200円が4杯、300円が5杯にするとお会計が合わな……」
「あ、あちゃあ……ウチまた早とちりしたかもしれんな! ええわええわ、悪かったな。金払わんでええからな!」
落ち着いて計算したらすぐわかってしまうものだ。彼女も気づいたようで説明の途中で頭を掻きながら出ていってしまった。
嵐が去ったあとの静けさの中、成歩堂くんがやれやれといったように呟く。
「……払わんでええからな、って……。むしろナツミさんの方がぼくに払うべきなんじゃ」
「割り勘でいいでしょ、変な賭け事しないでよ」
「ぐ……す、すみません……」
ピシャリと言い放つと成歩堂くんはばつが悪そうに謝った。
こんな言い方本当はしたくないのに。なんだか裏切られた気分だ。
「……ジュースの飲み比べ、ねえ」
「…………」
「そんなに仲良しなんだ? 私とはそんな遊びしてくれたことないのに」
「い、いや、そんな楽しいもんじゃ」
「じゃあ何でするのよ」
「……あの、勘違いしないで欲しいんだけど、ナツミさんって」
「知ってる。法廷で証人として立ってたよね。そそっかしい……」
「そ、そうなんだよ! だから今回も勢いだけで乗り込んできただろ? 事件にも首を突っ込んでくるから面識があるだけで、きみが勘違いするような仲じゃ」
「だから、それなら尚更何でそんな人とそんな賭け事するのよ」
「…………ぐう」
「ジュース、なんて良い言い方だよね? ……二人で飲みに行くなら、せめてちゃんと言ってくれたら」
「ま、待った! 誤解だよ名無しちゃん! 二人で飲みに行ったんじゃない」
うつむくと慌てて止められたので、再び顔を上げた。
「……そうなの?」
「御剣と矢張と飲みに行ったときにたまたま鉢合わせたんだよ。それで天才検事がどうだのジャーナリズムがどうだの……御剣のスクープでも狙ってたんじゃないかな」
「…………」
「で、もう一人のお調子者がいるだろ。アイツが焚き付けていつの間にかそんな勝負をする羽目に……。……ぼくも既に酔ってて冷静じゃなかったのもあるけど……」
「…………」
「ね? だから機嫌直して欲しい……」
「…………」
「です……」
「…………」
「……ええと」
成歩堂くんはおろおろと私の様子を伺っている。行き場のない右手が可哀想だったので、その手を握ると少し驚かれてしまった。
「……わかった、ごめん」
そう伝えるとほっとしたような表情に変わる。
はなから浮気だなんて思っていた訳ではない。たまたまそういう流れになってしまっただけで、彼にもナツミさんにも、一切悪気もやましい気持ちもないのはわかっている。
でも、彼は時々妙に無頓着なところがあるから。
元カノのセーター着るところとか、人妻だろうとなんだろうと女の子のことを名前で呼ぶところとか。ナツミさんだって、下の名前だ。
ただ、同時にヤキモチ妬く必要もないこともわかっていたつもりだったのに。
「ごめんね、名無しちゃん」
それでも彼は申し訳なさそうに謝ってくれる。
「ううん、ちょっと羨ましかっただけなの、そういうの」
「? そういうのって?」
「友達っぽいっていうか、仲良さそうだなって」
成歩堂くんはピンとこないようで首を捻っている。
「そ、そうかな……? でもきみは友達じゃなくて彼女だし」
「……うん」
至極真っ当なことを言われてしまった。どうしてこう、成歩堂くんが絡むと幼稚になってしまうのだろう。
握っていた手を離して自分の額に当てた。
「……あー、本当にごめん。しょうもないことで怒っちゃった……。ナツミさんにも、酷い態度とっちゃったし」
「大丈夫だよ、あの人は気にしてないと思う」
「でも、次会ったら謝らないと」
「……その時はきっと何かしらの事件のときだね」
謝ってるヒマなんかないかもよ、と成歩堂くんは笑った。
「それと、ぼくはきみにヤキモチ妬いてもらうの好きだから。そっちも気にしないで」
「…………うぁ……」
声にならない声で唸ってしまった。両手で顔を覆う。見えなくとも彼が嬉しそうに口角をあげているのがわかった。
数日後。再び事務所にナツミさんが訪れた。
この間のことを謝ろうとしたのだが、ナツミさんは全く話を聞いてくれるようなテンションではない。多分、怒っているからではなく、成歩堂くんの言った通りに気にしていないか忘れているか、どちらかだろう。
「な! な! 写真撮らせてーな!」
「あ、あの、ナツミさん、私この間酷いことを」
「ええから! そんなことよりスクープ……」
「あの、ナツミさん。スクープって……?」
成歩堂くんがナツミさんを遮ると、彼女はニカッと笑う。
「世間はな、ヒトサマの恋愛とかしょーもないことに食いつくもんなんや」
「は、はあ」
「ナルホドー、あんたもちょっとは有名なんやで。法曹界の“い”の辺りで」
「……(それは法曹界の隅で、という意味だろうか)」
「その彼女ともなれば、ちょっとはスクープに……!」
成歩堂くんと2人、ため息をつく。
なんとか説得して、記事にするのを諦めて貰えたのはそれからしばらく経ってからだった。
1/1ページ