授業参観に行く話。
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「あのね、名無しさん、これ……」
そういって手渡されたのは、授業参観のお知らせ、と書いてある1枚のプリントだった。
数カ月前、とある事件をきっかけに龍一くんは女の子を養子に迎え入れた。
名前はみぬき。マジシャンの卵である。
まだ8歳という幼さながらその腕前は大人顔負けで、これまでにも何度かマジックを見せてくれた。
人見知りをしない子なのか、新しくパパとなった龍一くんや、その恋人である私にも初めて会ったその日から人懐っこく話しかけてくる様は可愛くて仕方がない。
そんなみぬきちゃんが珍しくもじもじとしながら差し出したのが先程のプリントだった。
「あのね、あのね、名無しさんはまだママじゃないけど、パパと一緒に来てほしいなって思ったの……。だめ?」
眉を下げながらまんまるな瞳で見つめられたら、断ることなどできなかった。
「ううん!だめなんかじゃない、もちろん行くよ。パパには私から話しておくね」
「ほんと?やったあ、ありがとう!」
そう言ってみぬきちゃんはその日やる授業や、得意な科目、担任の先生の話などをそれはもう楽しそうに話してくれた。
その晩、もう日付の変わった頃にボルハチから帰ってきた龍一くんに、リビングと化した事務所でさっそく授業参観のお知らせを見せる。
当然、みぬきちゃんはとうに寝室だ。
「ふうん、授業参観……ね」
そう呟いた彼はなんだか難しい顔をしている。何を考えているかなんとなく察しはついた。
私でさえこのお知らせを見たときに様々な不安が思い浮かんだのだ。
去年までザックさんたちは行っていたんだろうか。もしそれなら親が変わったことを周りの親や子どもたちは不審がるのではないか。
自分たちが悪く言われるのはいくらでも我慢できる。ただ、そのせいでみぬきちゃんがいじめられたり、好奇の目に晒されることは耐えられない……。
しばしの沈黙のあと、私は口を開いた。
「……みぬきちゃん、すごく不安そうにそのプリントを持ってきたの。来てもらえないんじゃないかって思ったんでしょうね。」
「それは……断れないね」
「ふふ、でしょう?行くって返事したらそれはもう嬉しそうで……。でもね、龍一くん」
名前を読んで横を向けば、彼もプリントから目を上げてこちらを向いてくれた。
「あの事件からまだ数カ月しか経ってないし、その……もし龍一くんが行きたくないなら、みぬきちゃんには、うまく話をするけど」
「いや、ぼくも行くよ」
私の心配とは裏腹に、即座に返事をされる。
「確かに、ぼくのことをよく思っていない人が学校にもいるかもしれない。そのせいでみぬきやきみに嫌な思いをさせるかも」
「私は嫌な思いなんて……!」
「……ありがとう、でもきみもぼくと同じ気遣いをしたから、来なくてもいいって言ったんだろう?」
「それは……そうだけど」
「あの事件でぼくは不正なんかしていない。でもぼくに落ち度がなかったかというとそうでもない。自分のしたことだ、多少の悪口は受けて立つよ」
「龍一くん……」
「だから、一緒に行こうよ」
可愛い娘の授業参観に、そう言って微笑む龍一くんは眩しくて目が滲むほどだった。
「パパ!名無しさん!」
授業参観当日、みぬきちゃんのいる教室へ向かうと、すぐに彼女が駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね!」
「もちろん」
「みぬき、手あげるから見ててね!」
「ああ、行っておいで」
約束だよ、と言ってみぬきちゃんが席について数分後、授業が始まった。
教室の後ろの隅でその様子を眺めていたところ、数人の女性のコソコソと話す声が聞こえてきた。
「ねえ、あれがあの元弁護士の……?」
「そうそう、子どもが名字が変わったって言うからまさかと思ったら、不正を働いた弁護士だなんて」
「横にいるのが新しい母親かしら」
「さあ、秘書かなにかをてごめにしたんじゃない?」
「常識がなってないわよねえ、そんなんで育てていけると思ってんのかしら」
「そもそもよく人前に出てこられるわよね」
ふぅ、と小さくため息をつく。
(……子どものいる場でなんて言葉を使ってんのよ)
予想通り、授業参観に訪れた母親たちはこちらをチラチラと見ながら好き勝手に噂話をしている。
(いい年して授業参観中にお喋りをしている人たちに常識を語られたくないわ)
そう思い隣にいた龍一くんを見上げると、目があった。そして、だいじょうぶ、と口パクで伝えてくれる。
そうだ、気にするだけ馬鹿馬鹿しいと思い直した私は軽く微笑んでから、一生懸命黒板を見ているみぬきちゃんへと神経を集中させた。
授業参観はその日最後の授業、5時間目に行われたため帰りの会が終われば生徒たちは下校となる。
みぬきちゃんと一緒に帰ろうと思った私たちは、廊下で待つことにしたが、同じように考えている親も多く、かなりの人が残っていた。
私達をチラチラと見る人たちも少なくない。
「……龍一くん」
「うん?」
「昇降口で待つ?」
「……いいや、もうすぐ終わるだろうし……教室から出てきてぼく達がいなかったらみぬきは悲しむんじゃないかな」
「そう……そうだね」
気にしないとは思ったものの、やはり居心地のいいものではない。
早く終わらないかなあと考えていたら、教室の扉が開いて子どもたちがわらわらと廊下へ出てきた。
そして、元気な声が耳に飛び込んでくる。
「待っててくれたの?」
そう言って膝に抱きついてくるみぬきちゃんの背中をランドセルごと軽く抱きしめた。
「うん、一緒に帰ろうと思って待ってたの」
「ありがとう名無しさん!パパも!」
「忘れ物はないかい?」
「うん!早く帰ろ!」
そう言ってみぬきちゃんは龍一くんの手を握る。教室に背を向け階段へと向かった私の背中には「名前で呼ばせてるってことは結婚してないんじゃないの」という言葉が届いていた。
帰り道、みぬきちゃんを真ん中にして3人で手を繫いで帰る。
みぬきちゃんのランドセルは龍一くんの肩にかかっていた。
「パパが背負うとランドセルちっちゃく見えるね!」
「はは、そう?」
ご機嫌なみぬきちゃんと、それに笑って答える龍一くんは、本当の親子みたいだ。
(私は、なんだろう)
あんな事件があって結婚だの籍を入れるだのといったことができなかったとはいえ、みぬきちゃんのお母さんになる覚悟も決められず、せめて外でそう振る舞うこともできなかった。
(ママって呼ばせてあげればよかったかな)
あの母親たちが自分たちの子どもに何か言うのだろうか。
そしてみぬきちゃんへその子どもたちから心無い言葉が向けられないだろうか。
でも呼ばせるといったって、そもそもみぬきちゃんは私をママと認めてくれるのだろうか。
「名無しさん?どうしたの?」
すっかり黙り込んでしまった私をみぬきちゃんが不思議そうに見上げていた。
「あ……ごめん、みぬきちゃん。ぼーっとしてた」
「ううん、大丈夫だよ。みぬきね、今日は来てくれてありがとうって言いたかっただけなの」
「そんなお礼を言われることの程じゃないわ、だって」
だって、とそこでまた口が止まってしまう。
だって自分の子どもだもの。そう言えればどんなに楽だっただろう。
もちろんみぬきちゃんを我が子として育てていきたいと思っている。今だってみぬきちゃんは私にとって大切な存在だ。
でも、まだ私はみぬきちゃんの親じゃない。親だと宣言してしまえるほどの資格はない。
彼女だけでなく、龍一くんに対してもそう言える自信がない。
性懲りもなくまたとめどなく溢れ出す不安は、彼の声で止められた。
「だって、子どもの授業参観に行くのは親として当然だろう?」
はっとして顔を上げると、「ね?」と笑いかけてくれた。
「……龍一くん」
「ごめんね、名無しちゃん。結婚はまだ先になるだろうけど……法律上のこととか、面倒なことは考えなくていいんじゃないかな」
「……ふふ、やだ、元弁護士なのに法律気にしないなんて」
「元、だからね」
ねえみぬき?と成歩堂くんが視線を落とすと、みぬきちゃんも笑って答えてくれた。
「うん!みぬき、今日はパパと名無しさんがきてくれて嬉しかったよ!」
会話の流れからは若干ズレた答えのはずなのに、その言葉は私の心へぴったりとはまり込んだ。
そう、そうだ、難しく考えることなんかない。普通の親だって不安を抱えるのだから、何も不安がない方がおかしいのだ。
周りに何と思われようと、私が今日授業参観に行ったことで、みぬきちゃんを笑顔にすることができた。
それに、みぬきちゃんにもし何かあれば私達が守ってあげればいい。
うん、と小さく呟いてからみぬきちゃんを見る。
「みぬきちゃん、もし何か嫌なことがあったらすぐ私かパパに言ってね?私もパパも、あなたのこと絶対に守るから」
そう言って小さな手を握る力を少しだけ強めた。
そういって手渡されたのは、授業参観のお知らせ、と書いてある1枚のプリントだった。
数カ月前、とある事件をきっかけに龍一くんは女の子を養子に迎え入れた。
名前はみぬき。マジシャンの卵である。
まだ8歳という幼さながらその腕前は大人顔負けで、これまでにも何度かマジックを見せてくれた。
人見知りをしない子なのか、新しくパパとなった龍一くんや、その恋人である私にも初めて会ったその日から人懐っこく話しかけてくる様は可愛くて仕方がない。
そんなみぬきちゃんが珍しくもじもじとしながら差し出したのが先程のプリントだった。
「あのね、あのね、名無しさんはまだママじゃないけど、パパと一緒に来てほしいなって思ったの……。だめ?」
眉を下げながらまんまるな瞳で見つめられたら、断ることなどできなかった。
「ううん!だめなんかじゃない、もちろん行くよ。パパには私から話しておくね」
「ほんと?やったあ、ありがとう!」
そう言ってみぬきちゃんはその日やる授業や、得意な科目、担任の先生の話などをそれはもう楽しそうに話してくれた。
その晩、もう日付の変わった頃にボルハチから帰ってきた龍一くんに、リビングと化した事務所でさっそく授業参観のお知らせを見せる。
当然、みぬきちゃんはとうに寝室だ。
「ふうん、授業参観……ね」
そう呟いた彼はなんだか難しい顔をしている。何を考えているかなんとなく察しはついた。
私でさえこのお知らせを見たときに様々な不安が思い浮かんだのだ。
去年までザックさんたちは行っていたんだろうか。もしそれなら親が変わったことを周りの親や子どもたちは不審がるのではないか。
自分たちが悪く言われるのはいくらでも我慢できる。ただ、そのせいでみぬきちゃんがいじめられたり、好奇の目に晒されることは耐えられない……。
しばしの沈黙のあと、私は口を開いた。
「……みぬきちゃん、すごく不安そうにそのプリントを持ってきたの。来てもらえないんじゃないかって思ったんでしょうね。」
「それは……断れないね」
「ふふ、でしょう?行くって返事したらそれはもう嬉しそうで……。でもね、龍一くん」
名前を読んで横を向けば、彼もプリントから目を上げてこちらを向いてくれた。
「あの事件からまだ数カ月しか経ってないし、その……もし龍一くんが行きたくないなら、みぬきちゃんには、うまく話をするけど」
「いや、ぼくも行くよ」
私の心配とは裏腹に、即座に返事をされる。
「確かに、ぼくのことをよく思っていない人が学校にもいるかもしれない。そのせいでみぬきやきみに嫌な思いをさせるかも」
「私は嫌な思いなんて……!」
「……ありがとう、でもきみもぼくと同じ気遣いをしたから、来なくてもいいって言ったんだろう?」
「それは……そうだけど」
「あの事件でぼくは不正なんかしていない。でもぼくに落ち度がなかったかというとそうでもない。自分のしたことだ、多少の悪口は受けて立つよ」
「龍一くん……」
「だから、一緒に行こうよ」
可愛い娘の授業参観に、そう言って微笑む龍一くんは眩しくて目が滲むほどだった。
「パパ!名無しさん!」
授業参観当日、みぬきちゃんのいる教室へ向かうと、すぐに彼女が駆け寄ってきた。
「来てくれたんだね!」
「もちろん」
「みぬき、手あげるから見ててね!」
「ああ、行っておいで」
約束だよ、と言ってみぬきちゃんが席について数分後、授業が始まった。
教室の後ろの隅でその様子を眺めていたところ、数人の女性のコソコソと話す声が聞こえてきた。
「ねえ、あれがあの元弁護士の……?」
「そうそう、子どもが名字が変わったって言うからまさかと思ったら、不正を働いた弁護士だなんて」
「横にいるのが新しい母親かしら」
「さあ、秘書かなにかをてごめにしたんじゃない?」
「常識がなってないわよねえ、そんなんで育てていけると思ってんのかしら」
「そもそもよく人前に出てこられるわよね」
ふぅ、と小さくため息をつく。
(……子どものいる場でなんて言葉を使ってんのよ)
予想通り、授業参観に訪れた母親たちはこちらをチラチラと見ながら好き勝手に噂話をしている。
(いい年して授業参観中にお喋りをしている人たちに常識を語られたくないわ)
そう思い隣にいた龍一くんを見上げると、目があった。そして、だいじょうぶ、と口パクで伝えてくれる。
そうだ、気にするだけ馬鹿馬鹿しいと思い直した私は軽く微笑んでから、一生懸命黒板を見ているみぬきちゃんへと神経を集中させた。
授業参観はその日最後の授業、5時間目に行われたため帰りの会が終われば生徒たちは下校となる。
みぬきちゃんと一緒に帰ろうと思った私たちは、廊下で待つことにしたが、同じように考えている親も多く、かなりの人が残っていた。
私達をチラチラと見る人たちも少なくない。
「……龍一くん」
「うん?」
「昇降口で待つ?」
「……いいや、もうすぐ終わるだろうし……教室から出てきてぼく達がいなかったらみぬきは悲しむんじゃないかな」
「そう……そうだね」
気にしないとは思ったものの、やはり居心地のいいものではない。
早く終わらないかなあと考えていたら、教室の扉が開いて子どもたちがわらわらと廊下へ出てきた。
そして、元気な声が耳に飛び込んでくる。
「待っててくれたの?」
そう言って膝に抱きついてくるみぬきちゃんの背中をランドセルごと軽く抱きしめた。
「うん、一緒に帰ろうと思って待ってたの」
「ありがとう名無しさん!パパも!」
「忘れ物はないかい?」
「うん!早く帰ろ!」
そう言ってみぬきちゃんは龍一くんの手を握る。教室に背を向け階段へと向かった私の背中には「名前で呼ばせてるってことは結婚してないんじゃないの」という言葉が届いていた。
帰り道、みぬきちゃんを真ん中にして3人で手を繫いで帰る。
みぬきちゃんのランドセルは龍一くんの肩にかかっていた。
「パパが背負うとランドセルちっちゃく見えるね!」
「はは、そう?」
ご機嫌なみぬきちゃんと、それに笑って答える龍一くんは、本当の親子みたいだ。
(私は、なんだろう)
あんな事件があって結婚だの籍を入れるだのといったことができなかったとはいえ、みぬきちゃんのお母さんになる覚悟も決められず、せめて外でそう振る舞うこともできなかった。
(ママって呼ばせてあげればよかったかな)
あの母親たちが自分たちの子どもに何か言うのだろうか。
そしてみぬきちゃんへその子どもたちから心無い言葉が向けられないだろうか。
でも呼ばせるといったって、そもそもみぬきちゃんは私をママと認めてくれるのだろうか。
「名無しさん?どうしたの?」
すっかり黙り込んでしまった私をみぬきちゃんが不思議そうに見上げていた。
「あ……ごめん、みぬきちゃん。ぼーっとしてた」
「ううん、大丈夫だよ。みぬきね、今日は来てくれてありがとうって言いたかっただけなの」
「そんなお礼を言われることの程じゃないわ、だって」
だって、とそこでまた口が止まってしまう。
だって自分の子どもだもの。そう言えればどんなに楽だっただろう。
もちろんみぬきちゃんを我が子として育てていきたいと思っている。今だってみぬきちゃんは私にとって大切な存在だ。
でも、まだ私はみぬきちゃんの親じゃない。親だと宣言してしまえるほどの資格はない。
彼女だけでなく、龍一くんに対してもそう言える自信がない。
性懲りもなくまたとめどなく溢れ出す不安は、彼の声で止められた。
「だって、子どもの授業参観に行くのは親として当然だろう?」
はっとして顔を上げると、「ね?」と笑いかけてくれた。
「……龍一くん」
「ごめんね、名無しちゃん。結婚はまだ先になるだろうけど……法律上のこととか、面倒なことは考えなくていいんじゃないかな」
「……ふふ、やだ、元弁護士なのに法律気にしないなんて」
「元、だからね」
ねえみぬき?と成歩堂くんが視線を落とすと、みぬきちゃんも笑って答えてくれた。
「うん!みぬき、今日はパパと名無しさんがきてくれて嬉しかったよ!」
会話の流れからは若干ズレた答えのはずなのに、その言葉は私の心へぴったりとはまり込んだ。
そう、そうだ、難しく考えることなんかない。普通の親だって不安を抱えるのだから、何も不安がない方がおかしいのだ。
周りに何と思われようと、私が今日授業参観に行ったことで、みぬきちゃんを笑顔にすることができた。
それに、みぬきちゃんにもし何かあれば私達が守ってあげればいい。
うん、と小さく呟いてからみぬきちゃんを見る。
「みぬきちゃん、もし何か嫌なことがあったらすぐ私かパパに言ってね?私もパパも、あなたのこと絶対に守るから」
そう言って小さな手を握る力を少しだけ強めた。
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