落花流水
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「いい加減ななぐさめを言うのは、キライなんだ」
そっと唇を落とした後に、彼はそう呟いた。
言葉の代わりに口づけをするなんてキザなこと、彼らしくもない。
空が赤く染まる頃、依頼人も来ず、真宵ちゃんや春美ちゃんも遊びに来ていない、静まり返った事務所のソファで外を眺めていた。
夕日が恐ろしいほど綺麗だった。ただでさえセンチメンタルになりやすい秋だ。
事務所の静けさもそれを助長させたのだろう。いつの間にか目元が潤んでいたらしい。
ソファに座っている私の前にいつの間にか立っていた彼が、少し屈んで唇で触れたのだった。
口づけの後、男性的でゴツゴツとした指が私の目元を優しく拭う。
「まあ、真宵ちゃんにも同じこと言ったんだけど」
先程私の涙を拭った指をそのままいつもの調子で顎に添えて告げられる事実に、当然待ったをかける。
「……ちょっと待って、じゃあ真宵ちゃんにもこういうことしたってこと?」
「いやいや、こういうことするのはきみだけだよ」
当たり前だろ、そうカラカラと笑った後に彼は続ける。
「で、何で泣いてたの?」
「………」
「ぼくには言えないこと?」
「……そういう訳じゃ、ないけど」
説明のしようなんてない。時々無性に泣きたくなるときがあるのだ。
未来への漠然とした不安と、今の幸せとの板挟みとなって。
当たり前のように続いている今が、唐突に終わるような気がして。
「誰かになにかされたんだったら、弁護してあげるよ。もちろん無料で」
「当たり前でしょ、ぼくと付き合う特権だなんて自分で言ってるんだから」
そう茶化すことで理由を言わないことを誤魔化した。
彼も誤魔化すことを許してくれた。
「……今日、成歩堂くんちに泊めてよ」
「いいけど、随分急だね」
「…………」
返事の代わりに、彼のスーツの袖を掴む。焦燥感が拭えないのだ。なぜだかわからないけれど、彼が変わってしまうような、あるいはいなくなってしまうような、そんな気がした。
そんな私の様子を見て、何も言わず頭を撫でてくれる。
そんなことをされたら、また泣いてしまいそうになった。
顔をあげられない私に対して、今度はしゃがんで目線を合わせようとしてくる。
目の端に映る弁護士バッジは、夕陽が反射して眩しかった。
今思えば、虫の知らせ、だったのだろうかと思う。
すっかり暖かい季節となった今、夕暮れの事務所で半年ほど前の出来事を思い出していた。
彼の胸に光るものは、無くなってしまった。青もすっかり色褪せて、灰色になった。
ただ、光るものが無くても、色褪せても、私が成歩堂くんの傍にいることは変わらせない。
「……ぼくは証拠を捏造した弁護士だ、一緒にいてもロクなことないよ」
ソファに座って別れ話をしようとする彼へ、一歩近づく。
「しばらくはマスコミにも追われるかもしれない」
一歩、また近づく。
「きみも辛い思いをするだけだ」
彼の前に立つ。
「今ならまだ、……!」
いつぞやの彼のように、そっと唇を重ねる。
「いい加減ななぐさめを言うのは、キライなの」
「名無しちゃん……」
「一緒にいさせてよ」
「……それでいいの?」
「成歩堂くんと離れることの方がよっぽど不幸だわ」
私を不幸にしたくないなら、傍において。これはなぐさめではなく、私のワガママだ。
「……ありがとう……」
彼の目に薄く浮かぶ涙は、光ってとても綺麗だった。
【落花流水】
落ちた花が水に従って流れる意で、ゆく春の景色。転じて、物事の衰えゆくことのたとえ。時がむなしく過ぎ去るたとえ。
また、男女の気持ちが互いに通じ合い、相思相愛の状態にあること。
散る花は流水に乗って流れ去りたいと思い、流れ去る水は落花を乗せて流れたいと思う心情を、それぞれ男と女に移し変えて生まれた語。
転じて、水の流れに身をまかせたい落花を男に、落花を浮かべたい水の流れを女になぞらえて、男に女を思う情があれば、女もその男を慕う情が生ずるということ。
そっと唇を落とした後に、彼はそう呟いた。
言葉の代わりに口づけをするなんてキザなこと、彼らしくもない。
空が赤く染まる頃、依頼人も来ず、真宵ちゃんや春美ちゃんも遊びに来ていない、静まり返った事務所のソファで外を眺めていた。
夕日が恐ろしいほど綺麗だった。ただでさえセンチメンタルになりやすい秋だ。
事務所の静けさもそれを助長させたのだろう。いつの間にか目元が潤んでいたらしい。
ソファに座っている私の前にいつの間にか立っていた彼が、少し屈んで唇で触れたのだった。
口づけの後、男性的でゴツゴツとした指が私の目元を優しく拭う。
「まあ、真宵ちゃんにも同じこと言ったんだけど」
先程私の涙を拭った指をそのままいつもの調子で顎に添えて告げられる事実に、当然待ったをかける。
「……ちょっと待って、じゃあ真宵ちゃんにもこういうことしたってこと?」
「いやいや、こういうことするのはきみだけだよ」
当たり前だろ、そうカラカラと笑った後に彼は続ける。
「で、何で泣いてたの?」
「………」
「ぼくには言えないこと?」
「……そういう訳じゃ、ないけど」
説明のしようなんてない。時々無性に泣きたくなるときがあるのだ。
未来への漠然とした不安と、今の幸せとの板挟みとなって。
当たり前のように続いている今が、唐突に終わるような気がして。
「誰かになにかされたんだったら、弁護してあげるよ。もちろん無料で」
「当たり前でしょ、ぼくと付き合う特権だなんて自分で言ってるんだから」
そう茶化すことで理由を言わないことを誤魔化した。
彼も誤魔化すことを許してくれた。
「……今日、成歩堂くんちに泊めてよ」
「いいけど、随分急だね」
「…………」
返事の代わりに、彼のスーツの袖を掴む。焦燥感が拭えないのだ。なぜだかわからないけれど、彼が変わってしまうような、あるいはいなくなってしまうような、そんな気がした。
そんな私の様子を見て、何も言わず頭を撫でてくれる。
そんなことをされたら、また泣いてしまいそうになった。
顔をあげられない私に対して、今度はしゃがんで目線を合わせようとしてくる。
目の端に映る弁護士バッジは、夕陽が反射して眩しかった。
今思えば、虫の知らせ、だったのだろうかと思う。
すっかり暖かい季節となった今、夕暮れの事務所で半年ほど前の出来事を思い出していた。
彼の胸に光るものは、無くなってしまった。青もすっかり色褪せて、灰色になった。
ただ、光るものが無くても、色褪せても、私が成歩堂くんの傍にいることは変わらせない。
「……ぼくは証拠を捏造した弁護士だ、一緒にいてもロクなことないよ」
ソファに座って別れ話をしようとする彼へ、一歩近づく。
「しばらくはマスコミにも追われるかもしれない」
一歩、また近づく。
「きみも辛い思いをするだけだ」
彼の前に立つ。
「今ならまだ、……!」
いつぞやの彼のように、そっと唇を重ねる。
「いい加減ななぐさめを言うのは、キライなの」
「名無しちゃん……」
「一緒にいさせてよ」
「……それでいいの?」
「成歩堂くんと離れることの方がよっぽど不幸だわ」
私を不幸にしたくないなら、傍において。これはなぐさめではなく、私のワガママだ。
「……ありがとう……」
彼の目に薄く浮かぶ涙は、光ってとても綺麗だった。
【落花流水】
落ちた花が水に従って流れる意で、ゆく春の景色。転じて、物事の衰えゆくことのたとえ。時がむなしく過ぎ去るたとえ。
また、男女の気持ちが互いに通じ合い、相思相愛の状態にあること。
散る花は流水に乗って流れ去りたいと思い、流れ去る水は落花を乗せて流れたいと思う心情を、それぞれ男と女に移し変えて生まれた語。
転じて、水の流れに身をまかせたい落花を男に、落花を浮かべたい水の流れを女になぞらえて、男に女を思う情があれば、女もその男を慕う情が生ずるということ。
1/1ページ