一番に伝えたかった話。
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「話があるんだ」
王泥喜くんが帰り、みぬきはマジックショーのためボルハチへ向かった、夕暮れから夜へと移行する時間。
龍一くんと私の2人だけとなった事務所で声をかけられた。
司法試験を受けてからの龍一くんは、青いスーツを着るようになった。王泥喜くんという部下ができたからっていうのもあるのかもしれない。
無精髭も剃るようになったし、水色のニット帽も被らなくなった。
ただ、かつて弁護士だった頃留めていたボタンは外し、中には薄い青色のベスト、スーツの胸ポケットにはロケットを入れている。
一房垂れた前髪のせいもあるだろうけど、顔つきだって変わった。
9年前と、似ているようで全く違う。
ソファに2人並んで座る。
私は顔だけを龍一くんに向け、言葉を待つ。
話がある、と言った割に彼はなかなか口を開かない。
私はぼうっと横顔を眺めて待つ。
顔つきが変わったと思ったけれど、横顔はそう変わらないなあなんて考えていると、龍一くんが体ごとこちらを向いた。
ポケットに手を入れて、小さな紺色の箱を取り出す。
あっ、と思わず声を出してしまった。
その箱のことはよく知っている、龍一くんがかつて住んでいたアパートの部屋の、テレビ元に置いてあった。その中身は。
蓋を開けると、中には金色に輝くバッジがあった。
向日葵の形だという、久方ぶりに見る、懐かしい新品のバッジ。
成歩堂龍一を、弁護士だと認めてくれるモノだ。
「弁護士、バッジ……」
そこでようやく彼が口を開く。
「司法試験、受かったんだ」
「……うん」
「だから、また」
「……うん……」
「弁護士、やってみるよ」
最後の返事はできなかった。
ボロボロと涙が溢れて、ただ泣きじゃくることしかできない。
弁護士でなくたって別によかった。
ピアニストだろうがギャンブラーだろうが裁判員制度委員会だろうが、なんだってよかった。
でも、証拠ねつ造の罪を押し付けられ、世間から追いやられ、失った弁護士バッジが戻ってくることの意味は計り知れない。
「きみに、一番先に教えたかった」
そう言われて、余計涙が止まらなくなった。
おめでとう、とか、頑張ったね、とか、ありがとう、とか。
伝えたいことはたくさんあるのに言葉にできない。
龍一くんが、胸に弁護士バッジをつける。 約9年ぶりに胸に光るバッジを見て、喉がぐっと詰まる。
「…………おか、えり、なさっ……」
嗚咽を抑えながらもたまらずそう言うと、龍一くんは一瞬驚いた顔をしたのち、笑顔になる。
「ただいま」
しばらくして、ようやく泣き止んだ私に龍一くんは声をかける。
「長い間迷惑かけて、ごめん」
「迷惑なんて、思ったことない」
「……ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
「それはこっちの台詞」
「これからも、よろしく」
「……もちろん」
「……もうひとつ、あるんだ」
龍一くんは先ほどと似たような箱を取り出す。
スペアでも買ったのか、なんてとぼけた考えは0,1秒しない間に浮かんで消える。
まさか、と見上げた龍一くんの顔は真っ赤で、予想はほぼ確信に変わる。
せっかく涙を止めたというのに。
龍一くんが蓋を開けて、箱ごと指輪を差し出してくる。
「結婚しよう、名無しちゃん」
またもや話すことのできなくなった私は、変わりに左手を差し出す。
視界はぼやけ、手は震えてしまった。
ほんとは笑顔で応えたかったのに。
よくある、「こんな私でよければお願いします」なんて言葉なんて添えて。
薬指にはめられた指輪はぴったりで、知らない間に指のサイズを計るなんて芸当が彼にできたのか、なんて思ってしまった。
「……断られなくて、よかった」
「……ばか、断るわけないでしょ」
またもや理想的ではない態度をとってしまう。
一生に一度のプロポーズだというのに。
指輪のはめられた左手を直視することができず、ただただ俯く。
見たら余計涙が止まらなくなりそうだ。
私の目から零れた雫が事務所の床を濡らした。
龍一くんが心配そうにしているのがわかるが、やはり言葉にすることも、顔をあげることもできない。
ごめんなさい、もっと気の利いた反応のできる女なら良かったのに。
優しい彼は何も言わずそっと髪を撫でてくれた。
「ただいま!」
迎えに行った龍一くんと一緒に、ボルハチでのショーを終えたみぬきが帰ってきた。
「おかえり、先にお風呂入ってきたら? その間にご飯温めておくから」
「うん!……って、あれ? 名無しさん、それ……」
台所に立とうとした私の左手をみぬきが掴む。
そして驚きの顔から一転、満面の笑みで私と龍一くんを交互に見た。
「ええええええっ! パパずるいっ! みぬきもプロポーズするとこ見たかったのに!」
「ご、ごめん」
「なんてプロポーズしたの? どこでプロポーズしたの? まさか事務所で……?」
「……はは」
「もーっ、信じられない! それに、名無しさんをちゃんと養ってあげられるの? 生活の基盤はみぬきで成り立ってるのに?」
「……うう」
龍一くんがお得意の冷や汗をかくほど言葉は厳しいが、彼女の顔は嬉しそうなままだ。
「……名無しさんが、正式にみぬきのママになるんだ……!」
「……みぬき……」
「ね、名無しさん。今度結婚式雑誌買ってくるから、一緒に結婚式のプラン立てよ!」
私の方に向き直ってそう言ったみぬきは、スキップしそうな勢いで風呂場へと向かって行った。
その後ろ姿を見送って、龍一くんはふう、とため息をつく。
「我が娘ながら手厳しいなあ」
「あはは、でも喜んでくれてるみたいで良かった」
「……そうだね」
プロポーズされたことで、生活そのものが大きく変わる訳ではない。
しかし、私と龍一くんが結婚することで、初めてみぬきと家族だと認められる。
いくら大事に想おうと、いくら時を共に過ごそうと、今まで、私とあの子は赤の他人だった。
正式に認められる、なんて何だか変な感じだ。
それに結婚式。みぬきはああ言っていたが、すぐ上げられる余裕があるかどうかもわからない。
彼と、彼の娘と過ごせるだけの毎日がとてつもない幸せだった私に、それ以上の幸せが訪れた。
だから、結婚式なんてなくてもいい。
……そう思っていても、実際に実現したらきっとまた幸せを感じてしまうのだろう。
人間の欲は計り知れなくて、怖い程だ。
だって、世間からみぬきと親子だと認められようがいまいが何も変わらないと思っていたはずなのに、私が正式に自分のママとなることを知ったみぬきの笑顔を見てしまったら、やっぱり更なる幸せを感じてしまった。
「結婚、かあ……」
ポツリと龍一くんが呟いた声が、私の思考を止める。
やめよう、とりとめなく思考が溢れ出すのは、私の悪いクセだ。
「……後悔してるとかやめてよ?」
「違う違う! そうじゃなくて!」
「ふふ、絶対返さないからね、指輪」
「だから違うってば……。結婚するとなると、何からすればいいのかなって。……きみに伝えたい気持ちだけで、他は何も考えてなかったんだ。みぬきに伝えることすら」
そして彼は、やっぱり他の人にも報告するべきかなあ……と悩み始めた。
そんな彼を背に私は台所へ立ち、会話を続ける。
「とりあえず、まずは役所に行かなきゃかな」
「どうして?」
「……婚姻届、貰ってる?」
「……あ」
「しっかりしてよ、弁護士復帰するんでしょ?」
「……民事は疎くて」
「そういう問題かなあ」
きっとみぬきも行きたがるだろうな、なんて思いながら、鍋を温めるためにコンロのスイッチを捻った。
王泥喜くんが帰り、みぬきはマジックショーのためボルハチへ向かった、夕暮れから夜へと移行する時間。
龍一くんと私の2人だけとなった事務所で声をかけられた。
司法試験を受けてからの龍一くんは、青いスーツを着るようになった。王泥喜くんという部下ができたからっていうのもあるのかもしれない。
無精髭も剃るようになったし、水色のニット帽も被らなくなった。
ただ、かつて弁護士だった頃留めていたボタンは外し、中には薄い青色のベスト、スーツの胸ポケットにはロケットを入れている。
一房垂れた前髪のせいもあるだろうけど、顔つきだって変わった。
9年前と、似ているようで全く違う。
ソファに2人並んで座る。
私は顔だけを龍一くんに向け、言葉を待つ。
話がある、と言った割に彼はなかなか口を開かない。
私はぼうっと横顔を眺めて待つ。
顔つきが変わったと思ったけれど、横顔はそう変わらないなあなんて考えていると、龍一くんが体ごとこちらを向いた。
ポケットに手を入れて、小さな紺色の箱を取り出す。
あっ、と思わず声を出してしまった。
その箱のことはよく知っている、龍一くんがかつて住んでいたアパートの部屋の、テレビ元に置いてあった。その中身は。
蓋を開けると、中には金色に輝くバッジがあった。
向日葵の形だという、久方ぶりに見る、懐かしい新品のバッジ。
成歩堂龍一を、弁護士だと認めてくれるモノだ。
「弁護士、バッジ……」
そこでようやく彼が口を開く。
「司法試験、受かったんだ」
「……うん」
「だから、また」
「……うん……」
「弁護士、やってみるよ」
最後の返事はできなかった。
ボロボロと涙が溢れて、ただ泣きじゃくることしかできない。
弁護士でなくたって別によかった。
ピアニストだろうがギャンブラーだろうが裁判員制度委員会だろうが、なんだってよかった。
でも、証拠ねつ造の罪を押し付けられ、世間から追いやられ、失った弁護士バッジが戻ってくることの意味は計り知れない。
「きみに、一番先に教えたかった」
そう言われて、余計涙が止まらなくなった。
おめでとう、とか、頑張ったね、とか、ありがとう、とか。
伝えたいことはたくさんあるのに言葉にできない。
龍一くんが、胸に弁護士バッジをつける。 約9年ぶりに胸に光るバッジを見て、喉がぐっと詰まる。
「…………おか、えり、なさっ……」
嗚咽を抑えながらもたまらずそう言うと、龍一くんは一瞬驚いた顔をしたのち、笑顔になる。
「ただいま」
しばらくして、ようやく泣き止んだ私に龍一くんは声をかける。
「長い間迷惑かけて、ごめん」
「迷惑なんて、思ったことない」
「……ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
「それはこっちの台詞」
「これからも、よろしく」
「……もちろん」
「……もうひとつ、あるんだ」
龍一くんは先ほどと似たような箱を取り出す。
スペアでも買ったのか、なんてとぼけた考えは0,1秒しない間に浮かんで消える。
まさか、と見上げた龍一くんの顔は真っ赤で、予想はほぼ確信に変わる。
せっかく涙を止めたというのに。
龍一くんが蓋を開けて、箱ごと指輪を差し出してくる。
「結婚しよう、名無しちゃん」
またもや話すことのできなくなった私は、変わりに左手を差し出す。
視界はぼやけ、手は震えてしまった。
ほんとは笑顔で応えたかったのに。
よくある、「こんな私でよければお願いします」なんて言葉なんて添えて。
薬指にはめられた指輪はぴったりで、知らない間に指のサイズを計るなんて芸当が彼にできたのか、なんて思ってしまった。
「……断られなくて、よかった」
「……ばか、断るわけないでしょ」
またもや理想的ではない態度をとってしまう。
一生に一度のプロポーズだというのに。
指輪のはめられた左手を直視することができず、ただただ俯く。
見たら余計涙が止まらなくなりそうだ。
私の目から零れた雫が事務所の床を濡らした。
龍一くんが心配そうにしているのがわかるが、やはり言葉にすることも、顔をあげることもできない。
ごめんなさい、もっと気の利いた反応のできる女なら良かったのに。
優しい彼は何も言わずそっと髪を撫でてくれた。
「ただいま!」
迎えに行った龍一くんと一緒に、ボルハチでのショーを終えたみぬきが帰ってきた。
「おかえり、先にお風呂入ってきたら? その間にご飯温めておくから」
「うん!……って、あれ? 名無しさん、それ……」
台所に立とうとした私の左手をみぬきが掴む。
そして驚きの顔から一転、満面の笑みで私と龍一くんを交互に見た。
「ええええええっ! パパずるいっ! みぬきもプロポーズするとこ見たかったのに!」
「ご、ごめん」
「なんてプロポーズしたの? どこでプロポーズしたの? まさか事務所で……?」
「……はは」
「もーっ、信じられない! それに、名無しさんをちゃんと養ってあげられるの? 生活の基盤はみぬきで成り立ってるのに?」
「……うう」
龍一くんがお得意の冷や汗をかくほど言葉は厳しいが、彼女の顔は嬉しそうなままだ。
「……名無しさんが、正式にみぬきのママになるんだ……!」
「……みぬき……」
「ね、名無しさん。今度結婚式雑誌買ってくるから、一緒に結婚式のプラン立てよ!」
私の方に向き直ってそう言ったみぬきは、スキップしそうな勢いで風呂場へと向かって行った。
その後ろ姿を見送って、龍一くんはふう、とため息をつく。
「我が娘ながら手厳しいなあ」
「あはは、でも喜んでくれてるみたいで良かった」
「……そうだね」
プロポーズされたことで、生活そのものが大きく変わる訳ではない。
しかし、私と龍一くんが結婚することで、初めてみぬきと家族だと認められる。
いくら大事に想おうと、いくら時を共に過ごそうと、今まで、私とあの子は赤の他人だった。
正式に認められる、なんて何だか変な感じだ。
それに結婚式。みぬきはああ言っていたが、すぐ上げられる余裕があるかどうかもわからない。
彼と、彼の娘と過ごせるだけの毎日がとてつもない幸せだった私に、それ以上の幸せが訪れた。
だから、結婚式なんてなくてもいい。
……そう思っていても、実際に実現したらきっとまた幸せを感じてしまうのだろう。
人間の欲は計り知れなくて、怖い程だ。
だって、世間からみぬきと親子だと認められようがいまいが何も変わらないと思っていたはずなのに、私が正式に自分のママとなることを知ったみぬきの笑顔を見てしまったら、やっぱり更なる幸せを感じてしまった。
「結婚、かあ……」
ポツリと龍一くんが呟いた声が、私の思考を止める。
やめよう、とりとめなく思考が溢れ出すのは、私の悪いクセだ。
「……後悔してるとかやめてよ?」
「違う違う! そうじゃなくて!」
「ふふ、絶対返さないからね、指輪」
「だから違うってば……。結婚するとなると、何からすればいいのかなって。……きみに伝えたい気持ちだけで、他は何も考えてなかったんだ。みぬきに伝えることすら」
そして彼は、やっぱり他の人にも報告するべきかなあ……と悩み始めた。
そんな彼を背に私は台所へ立ち、会話を続ける。
「とりあえず、まずは役所に行かなきゃかな」
「どうして?」
「……婚姻届、貰ってる?」
「……あ」
「しっかりしてよ、弁護士復帰するんでしょ?」
「……民事は疎くて」
「そういう問題かなあ」
きっとみぬきも行きたがるだろうな、なんて思いながら、鍋を温めるためにコンロのスイッチを捻った。
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