「本当に、優しすぎて可哀想なお人好し」
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気がつくと、多くのファイルが並べられた本棚の前に立っていた。
裁判所の地下にある資料室だ。
「……いつの間にここに来たっけ」
いつ、何のために来たのか思い出せない。いつぞやのように記憶喪失にでもなったのだろうか。
ふと視線を落とすとスニーカーが目に入る。
そこで自分が弁護士にしてはラフな格好をしているのに気づいた。
いつもの青いスーツは着てこなかったのか。
なおさら何のために来たのかわからなくなって辺りを見回すと、1人の女と目が合った。
栗色の大きな瞳と、綺麗な茶髪がスローモーションのように揺れた。
……もうお前とは二度と会わないと思っていたのに。
言葉を失っていると、一瞬見開いた目を細めて女は言った。
「ふふ、初めまして」
瞬時に強烈なデジャヴを感じる。
この柔らかな笑みと、鈴の音のような甘い声。
これは、あの時と同じだ。
あのとき、よりによって裁判所の地下で、天使のような風貌をした彼女……美柳ちなみに、ぼくは騙された。
(……なんだ、夢か。メイセキム、とやらかな)
つい先日、ぼくと彼女の因縁に決着がついた。
きっとそのことが強く残っていて、過去を夢になんて見るのだろう。
いやに冷静になったぼくに、美柳ちなみは続けて話しかける。
あんなに恋い焦がれたはずの姿なのに、今では本当にマヌケだと感じてしまう。
「まあ……私ったら。申し訳ありません、急にお声をかけたりして……。裁判所で同年代のお方とお会いするのは初めてで……つい」
「……ええ、ぼくもです」
「良かったら、少しお話しませんこと?私……貴方のこと、もっとお知りになりたいの」
頬を染めて恥ずかしそうにぼくを見上げる瞳は、潤んでキラキラと光っている。
「そうか、……そうやってぼくを騙したんだね」
たまらず声に出すと、美柳ちなみの表情が強張った。
しかしそれもつかの間、すぐにまた優しい表情に戻った彼女はしおらしく俯く。
「そうですわね、突然すぎて怪しまれるのも仕方ありませんわ……。でも、私、本当に貴方のことが……そう、恥ずかしながら、ヒトメボレ、ですの」
流石と言うべきか、ぼくに出会う前から悪行を成し遂げてきた美柳ちなみは、簡単にはその姿勢を崩さない。
それならぼくも、かつての会話をなぞってやろう。
「……スミマセン、女の人にそんなこと言われるの、初めてだったから」
「まあ、そうですの?とても素敵ですのに。お名前をお聞きしても?」
「成歩堂龍一です。勇盟大学の、2年生です」
「まあ……私も勇盟大学に通っていますのよ!美柳ちなみ、と申します」
「まさか、本当に?」
「ええ、これは運命ですわ」
そう、運命だった。
お前との出会いでぼくの人生は変わったんだ。
「うん、そう……だね」
「そうですわ、リュウちゃんとお呼びしても宜しいですの?」
「うん、それならぼくは、」
かつてのあだ名を呼ぼうとすると、喉がぐっと締まった。
反吐が出そうだ。
そんなこともつゆ知らず美柳ちなみはニコニコとぼくを見ている。
ぼくも同じように目を細める。
うまく笑えているのだろうか。
「……ちいちゃん、でいいかな」
「ふふ、よろしくお願いしますね、リュウちゃん。そうだ、こちら受け取ってくださいます?」
よろしくお願いします、とは恋人として、なのだろう。今考えるとあまりに展開が早すぎて不自然だ。彼女のヒトメボレ、に対してぼくは返事などしていないのに。
そう思っているうちに美柳ちなみはどこからか小瓶のネックレスを取り出した。
視界が揺れる。
ああ、お前は、その小瓶は。
ゴドー検事……いや、神乃木弁護士に毒を盛り、その罪をぼくに着せるつもりなんだろう。
あまりにヒキョウだ。
ぼくが毒薬と裏切りをこの世で憎むようになった、そのきっかけ。
「それを、ぼくに?」
「ええ、恋人の証、とでも言いましょうか。貴方に持っていて欲しいのです」
そう言って可愛らしい小瓶をぼくに差し出した。
ぼくはその小瓶を、受け取らない。
その代わりに、真実を投げかける。
「その、毒入りの小瓶を?」
「なっ……!?」
「……神乃木弁護士に毒を盛ってきたんだろう?そしてその証拠をぼくに渡して、罪を逃れようとしている」
「な、なんの話をしていますの?」
つらつらと彼女の犯行を口に出すぼくに、流石に動揺したようで美柳ちなみは眉をひそめた。
構わずぼくは続ける。
「確かに、キミは一時的に罪を逃れられるんだ。でも、結局犯行を暴かれるんだよ。2回も。千尋さんと、このぼくにね」
まあ、ぼくと戦うときのキミは、既に死刑になってるんだけど。
そう付け足すと、美柳ちなみはスッと表情を消した。
「……アナタ、なんなの」
「それでも、ぼくはキミのこと信じてたんだ。この後に呑田くんのことも殺すキミを。その毒入りの小瓶を噛み砕いて飲み込むくらいには」
「…………」
「どうせ夢だから好き放題言わせてもらうけどさ、キミが勝つことはないんだよ。死んでからも」
「…………黙りなさいな」
「宇宙の果てまで頼りないオトコ、にキミは負かされるんだ」
「黙りなさいッ!」
ふーっ、ふーっ、と息を荒くしてこちらを睨みつける彼女を、ぼくはどんな表情で見ているのだろうか。
「……もしここでキミを止められていたら、キミは呑田くんを殺すこともなく、キミが死刑になることもなかったのかな」
言い換えれば、キミを救うことができたのか、そんな言葉になるかもしれない。
ふと漏れた言葉に、先ほどまで荒れていた彼女がしん、と静かになった。
冷たい瞳でこちらを見て、はっ、と見下すように鼻で笑う。
「アンタごときが私を止めるですって?自惚れるんじゃないわよ」
「……そうだね、ぼくはキミを止められない」
そう言ったところで、ハッと目が覚めた。
まだ真夜中なのだろう、部屋の中は真っ暗だ。
とても嫌な気分だ。
今更あんな夢を見て、何になると言うのだろう。
もうあの女はこの世にはいないというのに。
こんなこと、ぼくはずっと引きずって生きたくないのに。
本心では後悔しているとでもいうのか。
ぼくの心に勾玉を突きつければ、きっと真っ黒なサイコ・ロックが見えるんだろう。
……目を閉じても寝られそうにもない。
少しでも気分を落ち着けようと、窓辺に立って外を眺める。
とんだウンメイだ、本当。
もう二度とこんな悪夢を見ませんように。
もう、ウンメイのヒトなど、いらないから。
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