振り回される人
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「成歩堂くんって意外とアウトドア派なんだって?」
いつもと変わらず(変わってほしいけれど)暇な事務所で名無しちゃんがそう訪ねてきた。
彼女はぼくが千尋さんの事務所を引き継ぐことになってから、時々事務所に手伝いに来てくれる。
そして最近、幼馴染という関係から1歩進んだ相手でもある、とは言っても大きな変化はまだないのだけれど。
それにしても唐突な質問だ。
「なんだよ急に。しかも意外とって」
「矢張くんが教えてくれたの。釣り堀とか行くんでしょ?」
「ああ……まあね。最近はそんなに行ってないけど」
「良かったら今度一緒に行こうよ、釣り堀」
「名無しちゃん釣りできるの?」
「うーん、何度かやったことはあるよ。まあもしうまくできなくても……」
そう言った名無しちゃんはにこっと笑ってぼくの顔を覗き込み、続ける。
「成歩堂くんが教えてくれるでしょ?」
「……うん」
こういうところが、彼女のズルいところだ。
さっそく次の休みを使って釣り堀に名無しちゃんを連れてきた。
「ここが成歩堂くんがよく来るとこ?」
「よく来るっていうか、大学2年生くらいのときまでね。後は弁護士になるのに忙しくて……」
「ふうん。じゃあ久しぶりなんだ」
そうだね、と答えながら受付に向かう。
2人分の受付をしたらレンタルの釣り竿と練り餌を持って日当たりのいい場所を選んだ。
「はい、名無しちゃんの分」
「ありがとう」
「餌つけられる?」
「練り餌だから平気!生きた虫だと嫌だったけど」
針に餌をつけて、2人並んで釣り糸を垂らす。
名無しちゃんは真剣に水面を見つめている。
そんな真剣に見つめるものかなあ、と思っているとぼくの釣り竿が震えた。
リールを回して釣り上げ、釣れた魚(多分鮒だと思う。美味しくなさそう)はまたすぐリリースする。
「……早くない?」
「名無しちゃんは力入れすぎ。もっと楽に構えてた方がいいよ」
「なるほど。……あっ今のは相槌の方ね」
「わかってるよ……成歩堂って名字やっぱりやだな、紛らわしくて」
「ええ、私は好きだけどな。かっこいいと思うけど」
「…………」
「えっ無視!?」
「うるさいよ」
ふい、と顔をそらす。頬が少し熱を持っている。気がする。
「そんなうるさくしてないのに」
「……そんなに好きなら、」
そう言った直後に今度は名無しちゃんの竿が動いた。
「あっ、かかった!」
リールを巻いたり緩めたり、うまく調整しながらなんとか魚を釣り上げたようだ。
そして鮒を針から外そうとしているが、暴れる魚をうまく扱えないらしい。
眉を下げてぼくの方を見た。
「お願い、成歩堂くん、とって」
「はいはい」
さっき火照った頬はきっと冷めている、そう信じて平静を装いつつ鮒を外して放流してやる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「ごめん、さっき何か言いかけだったよね?続きは?」
「……忘れた」
「ええっ?」
そんなに好きなら、あげるよ、名字。なんてプロポーズじみたことを言おうとしていたなんて、言える訳がないだろう。
名無しちゃんは、なにそれ、と言いながらまた新しい餌をつけて釣り糸を垂らした。
「あー、楽しかった!」
「それは良かったね」
「成歩堂くんは?」
「まあ……楽しめたよ」
「ふふふ」
彼女はそう上機嫌に笑う。
電車で帰ってきたあと夕食を一緒にとって、今は名無しちゃんの住むアパートへと歩を向けている。
誤解のないように言うと、この後泊まるだとかそういう予定は一切ない。
建物の下で別れてぼくもすぐ家に戻るつもりだ。