盲信3
母親でありながらもまだ幼い自分の子供を育てるというのはなかなか大変なことである、と中本家の妹は思っている。
職場は子供の養育や子供の必要で休みを取ることに比較的寛容な方ではあるが、余り休みを取りすぎるというのも、いざという時に休みにくくなってしまうので、よろしくない。仕事の帰りが遅くなる時は、基本的に同居している両親が息子の面倒を見てくれているのでそこは感謝だ。
しかし、忙しい兄や姉、夫のジョンウはもちろん、まだ現役で働いている両親が家を空けており、尚且つ仕事は休めない、幼稚園は休み、という日には母親である自分が仕事を早退したり、休まざるを得ない。
今日は水曜日で、幼稚園は通常よりも早めに終わる日だった。今日も今日とて、妹は早めに職場を後にして息子を幼稚園に迎えに来ていた。
本来ならば別の保育園に通わせる予定だったのだが、最近は少子化の煽りを受けて、多くの幼稚園や保育園が統合、または閉鎖され、全国的に減少傾向にあるため、入りたいと一口に言っても施設側で設けている定員がすぐに埋まってしまうために、特に受験が必要になる施設でなくても、抽選で入園できるかどうかが決まるという方法を採用しているところも少なくない。
それはもちろんこの辺りの幼稚園・保育園も例外ではなく、妹も息子の養育に際し、本命の保育園と、家のすぐ傍にある幼稚園に応募していたのだが、保育園の方には外れ、幼稚園の方に当選したために、幼稚園に通わざるを得なくなったのだった。
その当時はジョンウも仕事で大した要職に就いておらず、定時に帰宅することが出来ていたので、息子の面倒も良く見てくれていたのだが、今年に入って、課長に昇進してしまったため、与えられた仕事をこなすために定時帰宅が難しくなってしまったようだった。
今後の息子の養育のためにもジョンウが会社の中で昇進していくというのはいいことだ。ジョンウが一生懸命なのもよく分かるので、ちゃんと妻である自分がフォローしなければ…というのもよく分かる。それでも…。自分の方の仕事の面々にも負担をかけてしまうことになっていないだろうか。もしかしたら今の職場ではなくて、別のところでパートか何かで働いた方が良いのかもしれない。でも、今の職場は結婚する前から働いていた馴染み深いところだ。性急に離れるのは寂しい気もする。
悩みながら、保育園で息子を待ち、手を引いて帰る。こうしていると、確かに幸せだが、幸せには悩みがつきものであるというのは、母親になってすごくよく思うようになった。
手を引かれながら隣を静かに歩く自分の息子をチラリと見る。中本家というのは優しげな両親とは対照的に、三兄妹揃って似たような顔つきをしている。三白眼で目つきが悪く(と主観では思っている)、つり上がった眉、墨を落としたような黒い髪。
姉と自分は化粧で何とか誤魔化しているが、基本的に兄の悠太の顔のコピーアンドペーストのような三兄妹である。
ジョンウももちろんそのことを知っているが、生まれてきた息子の顔を見て、彼の第一声は「中本家の遺伝子が凄い」であった。それほど、息子は母親である妹によく似ていた。妹に、というか、幼少期の兄、悠太にほとんど生き写しである。
かつての兄と同じで人見知りし、知らない人の前では口数も少ない。あまりに喋る言葉が少ないので、もしかして何か患っているモノでもあるのだろうかと心配になって病院に連れていったりしたが、そういうことでもないらしい。
そんな似ている二人なのに、仲が良いかと言われると答えはノーだ。いや、一方的に息子の方が伯父である兄を嫌っている。兄の悠太の方はというと、あんな見た目でありながら元来小さいものや可愛いものが好きなので、初めてできた甥っ子に構いたくて仕方がないのだろうが、いざ近寄ると何をしたわけでもないのにわんわんと泣かれてしまう。
理由は「顔が怖いから」なのだそうだが、まさかそんな息子に対して「お前とそっくりだよ」と言うのも少し残酷な気もする。兄と隣に並ぶと、母である妹よりも親子に見えるというのに。
息子の兄への怖がり方は尋常ではなく、一度泣き出すとヒステリックなまでに声を上げて泣く。赤ん坊の泣き声というのは本能的に動物の庇護欲をそそる声をしているのだそうだが、時間がある時ならいざ知らず、忙しく動き回っている時にキンキンと空間を切り裂くようなあの泣き声が聞こえると、頭に血が上ってしまう。まだ幼い息子を怒鳴りつけるわけにも行かないので、怒りの矛先が兄に向ってしまうのは仕方ないはずだ。
顔を合わせれば息子が泣いてしまうせいで、兄に子守を任せられないので、そういう意味では子守を任せている両親や姉とイーブンのはずだ、と妹は思っている。
職場は子供の養育や子供の必要で休みを取ることに比較的寛容な方ではあるが、余り休みを取りすぎるというのも、いざという時に休みにくくなってしまうので、よろしくない。仕事の帰りが遅くなる時は、基本的に同居している両親が息子の面倒を見てくれているのでそこは感謝だ。
しかし、忙しい兄や姉、夫のジョンウはもちろん、まだ現役で働いている両親が家を空けており、尚且つ仕事は休めない、幼稚園は休み、という日には母親である自分が仕事を早退したり、休まざるを得ない。
今日は水曜日で、幼稚園は通常よりも早めに終わる日だった。今日も今日とて、妹は早めに職場を後にして息子を幼稚園に迎えに来ていた。
本来ならば別の保育園に通わせる予定だったのだが、最近は少子化の煽りを受けて、多くの幼稚園や保育園が統合、または閉鎖され、全国的に減少傾向にあるため、入りたいと一口に言っても施設側で設けている定員がすぐに埋まってしまうために、特に受験が必要になる施設でなくても、抽選で入園できるかどうかが決まるという方法を採用しているところも少なくない。
それはもちろんこの辺りの幼稚園・保育園も例外ではなく、妹も息子の養育に際し、本命の保育園と、家のすぐ傍にある幼稚園に応募していたのだが、保育園の方には外れ、幼稚園の方に当選したために、幼稚園に通わざるを得なくなったのだった。
その当時はジョンウも仕事で大した要職に就いておらず、定時に帰宅することが出来ていたので、息子の面倒も良く見てくれていたのだが、今年に入って、課長に昇進してしまったため、与えられた仕事をこなすために定時帰宅が難しくなってしまったようだった。
今後の息子の養育のためにもジョンウが会社の中で昇進していくというのはいいことだ。ジョンウが一生懸命なのもよく分かるので、ちゃんと妻である自分がフォローしなければ…というのもよく分かる。それでも…。自分の方の仕事の面々にも負担をかけてしまうことになっていないだろうか。もしかしたら今の職場ではなくて、別のところでパートか何かで働いた方が良いのかもしれない。でも、今の職場は結婚する前から働いていた馴染み深いところだ。性急に離れるのは寂しい気もする。
悩みながら、保育園で息子を待ち、手を引いて帰る。こうしていると、確かに幸せだが、幸せには悩みがつきものであるというのは、母親になってすごくよく思うようになった。
手を引かれながら隣を静かに歩く自分の息子をチラリと見る。中本家というのは優しげな両親とは対照的に、三兄妹揃って似たような顔つきをしている。三白眼で目つきが悪く(と主観では思っている)、つり上がった眉、墨を落としたような黒い髪。
姉と自分は化粧で何とか誤魔化しているが、基本的に兄の悠太の顔のコピーアンドペーストのような三兄妹である。
ジョンウももちろんそのことを知っているが、生まれてきた息子の顔を見て、彼の第一声は「中本家の遺伝子が凄い」であった。それほど、息子は母親である妹によく似ていた。妹に、というか、幼少期の兄、悠太にほとんど生き写しである。
かつての兄と同じで人見知りし、知らない人の前では口数も少ない。あまりに喋る言葉が少ないので、もしかして何か患っているモノでもあるのだろうかと心配になって病院に連れていったりしたが、そういうことでもないらしい。
そんな似ている二人なのに、仲が良いかと言われると答えはノーだ。いや、一方的に息子の方が伯父である兄を嫌っている。兄の悠太の方はというと、あんな見た目でありながら元来小さいものや可愛いものが好きなので、初めてできた甥っ子に構いたくて仕方がないのだろうが、いざ近寄ると何をしたわけでもないのにわんわんと泣かれてしまう。
理由は「顔が怖いから」なのだそうだが、まさかそんな息子に対して「お前とそっくりだよ」と言うのも少し残酷な気もする。兄と隣に並ぶと、母である妹よりも親子に見えるというのに。
息子の兄への怖がり方は尋常ではなく、一度泣き出すとヒステリックなまでに声を上げて泣く。赤ん坊の泣き声というのは本能的に動物の庇護欲をそそる声をしているのだそうだが、時間がある時ならいざ知らず、忙しく動き回っている時にキンキンと空間を切り裂くようなあの泣き声が聞こえると、頭に血が上ってしまう。まだ幼い息子を怒鳴りつけるわけにも行かないので、怒りの矛先が兄に向ってしまうのは仕方ないはずだ。
顔を合わせれば息子が泣いてしまうせいで、兄に子守を任せられないので、そういう意味では子守を任せている両親や姉とイーブンのはずだ、と妹は思っている。