ルミナスの手記

「ふーん、シングルで三対三交代なしなんだ」
「ミケさんの手持ちだと一匹戦闘しないことになりますね……」
「うーん、じゃあピジョンに留守番しててもらおうかな」
「要はバチンキーかマッギョですかね……」
「くん……」
「あ、ルカリオ、違って!」
「頑張ろうなルカリオ~」
「……あ、そうだ。ミケさん」
 シェリーがおずおずと切り出す。
「ん?」
「『ひみつチャット』のご登録とか大丈夫でしょうか?」
「ひみ……? なに?」
「特定の相手との隠しチャットを作れるんです。ポケバー一個につき一個までですけど……」
「うん、いいよ。エミールさんが帰ってきたら……」
 シェリーは大分言いづらそうに言う。
「その……できればエミールさんは抜きたいんです……」
「なんで?」
「と、とにかく! お願いします!!」
 頭まで下げられてしまった。
「……わかった」
「ありがとうございます、じゃあ登録はこちらからやっておくので」
「うん」
 しかし何故エミールを抜くのだろう。シェリーのことはよく知っている。人を悪意で省くような人間ではない。
(なんかあるんだろう)
 ミケはそう考えると、戦闘前のポケモンたちをチェックし始めた。

★★★

 タイガジムはコートの周りがプールになっている、少し変わったジムだった。
「ようこそタイガジムへ! 改めて名乗るが、タイガジムジムリーダーのナズナだよ! レギュレーションは確認してきたかい!?」
「ばっちりですよ」
「そうかい、なら『荒れる大海ナズナ』の真骨頂を見せるかね! レフェリー、始めな!」
「これより、タイガジム公式戦を始めます! 挑戦者の名前はミケランジェロ! 戦闘形式はシングル三対三。挑戦者、ジムリーダー共に交代は不可! それでは、始め!」
「行っておいで、クズモー!!」
「頼む! マッギョ!」
「ブミィ」
「おっ、なかなか気合い入ったポケモン連れてるねぇ! 最初からするつもりはなかったが手加減する必要もなさそうだね!」
「マッギョ、いつも通り先手を取るぞ! “スパーク”!!」
「ねじ込みなクズモー! “どくどく”!!」
「なっ」
 毒の粘液を浴びせかけられ、マッギョが一気に顔色が悪くなり、技も放てなかった。
「持久戦は不利だよ!」
「くっ、マッギョ、もう一度!」
「みずタイプジムリってところも出してくかねぇ! “みずのはどう”!!」
 今度は水による波動の攻撃。毒を喰らいたてではうまく反応できず、またもろに受けてしまう。弱点だ。おまけに追加効果も受けてしまったようで、マッギョはふらふらしだす。こんらんだ。
「マッギョ!」
「交代はレギュレーションでできないねぇ! 畳みかけろクズモー!」
 また攻撃を受け、毒も受けていたマッギョはその場に平たくなってしまう。一撃もクズモーに技を当てられなかった。
「マッギョ、戦闘不能!」
(弱点をカバーする、これがジムリーダー……どくならバチンキーも弱点喰らっちゃう……なら!)
「頼む、ルカリオ!」
「くぅん!?」
 ルカリオをボールから出すと、びっくりしたようにルカリオはミケを見る。
「頼む! メガシンカできなくてもいいから!」
「くう……」
 不安そうな顔色をしながらも、ルカリオは首を振り、クズモーに向き直った。
「どく技をタイプ的に封じたか。いいね! クズモーわかるね、“かげぶんしん”!!」
「なっ!」
 辺りにクズモーの分身が数体増えた。
「どれが本物だ……!? と、とりあえず手前に“メタルクロー”!!」
 ルカリオが爪を振り上げるがそれは外れ。次も外れ、外れる度にみずのはどうが飛んでくる。
「っる……」
「ルカリオ!!」
 やがてその時は来てしまった。
「ルカリオ、戦闘不能!」
「あ、あ……」
 そこでナズナは息を吐いた。
「あー、もうやりたくないだろ。闘志を感じない。悪いけど、あたし、戦闘意欲のない奴は相手にしないんだ。それは受付で貰える紙に書いてあったけど?」
「……」
 目の前が真っ暗になっていく。
「挑戦者ミケランジェロの戦意喪失につき、この勝負、ジムリーダーナズナの勝利!!」
 負けた。
 初めて負けた。
 ……。

★★★

「ミケさん!」
 気がついたらシェリーが目の前にいた。
「ここは……」
「ポケモンセンターです。マッギョとルカリオの回復、後ちょっとだそうですよ」
「……った」
「え」
「勝てなかった……!」
 ミケは帽子を深くかぶり、振り絞るように言った。
「ミケさん……」
「なにもかも、間違えた。僕のせいだ……」
 悔しくて涙も出ない。
「ルカリオだって頑張ってくれたのに!」
「ミケランジェロくんのせいじゃない」
 途中で戻ってきていたのだろう。エミールも最初からいたようだ。
「ただの経験不足だよ。ナズナが上手だったんだ」
「確かにどく複合のクズモーはくさタイプ対策ですね……」
「でも。バチンキーならなんとかできたかもしれない。急に二匹倒されて、心が折れたっ……」
「ミケランジェロくん……」
「折れたなら立て直せばいいじゃないですか」
 不意に声が聞こえた。振り返ると、青緑の髪の眼鏡の青年が立っていた。
「だれ」
「ばっばばばばバジーリオ様!?」
 シェリーが今まで聞いた中で一番大きい声を出した。さすがのミケも悔しがってる場合ではなくなってしまった。
「知ってるの?」
「『Radio:RAGNA』のパーソナリティでありマイナーリーグでも戦ってらっしゃる方ですよ! ラジオ聞いたことないんですか!?」
「ないかも……」
「バジーリオ様のラジオを聞いてない!?」
「あ、あーこれ、クソデカって奴か」
 エミールはげんなりとした顔で言うが、バジーリオの方を向く。
「ああ、思い出した。なんかいたな……バジーリオくん。今ちょっと取り込んでるんだが……」
「それは知っていますよ。見てましたから。彼のバトル」
「……みっともなかったでしょ」
 ミケはどんよりとしたオーラで言ってしまう。
「確かに戦意喪失で退場はダサいかもね」
「……」
「ばっば幾らバジーリオ様でも私の友達を貶すことは許しません!!」
 バジーリオは眼鏡の縁を上げた。
「面倒臭ェな……」
「え」
「あーあー。余所行きとかやめるわ。どうせ君もジム巡りから脱落するんでしょ? 楽な道を選べる機会があってよかったね」
「!」
 脱落?
「……い」
「ん?」
「脱落なんて、しない、絶対、ナズナさんを倒す!!」
「……ふーん」
「やれやれ、心配で来てみたら、慰める必要はなかったじゃないか」
 そう言ってポケモンセンターの入口から会話に参加したのはナズナ。
「あ、姉さん。相変らず初狩りしているんですね。その根性の悪さには負けます」
「そう言うあんたは性根が悪いけどね」
「『姉さん』!?」
「あー、なんかタイガシティのジムリーダーがマイナーリーグの誰かときょうだい関係にあるとは聞いたな……マイナーリーグ多いからいちいち聞いてなかったけど」
「まあ姉さんとおれ……私は別の人間ですから」
「そういうことさね」
「みっくん。クズモーにはバチンキーを使うといいよ」
「みっくん……? なんでバチンキー……ああ、そっかぁ!」
 ミケの瞳が輝いた。
「ありがとうございます!」
「まあ姉さんが負けたらおもしろいからな」
「本当に性根悪いんだな……」
 エミールは若干引いている。
「ラジオは聞かなくてもいいから、今度マイナーリーグ人気投票で私に登録してよ。教えてあげたでしょ?」
「性格終わってる」
「はい! わかりました!」
「ミケランジェロくんは秒でOKしない!」
「ふふ、本当こういう時があるからポケモンと関わることはやめられない!」
 バジーリオは眼鏡を上げるとくつくつと笑った。
「あ、あの、お礼にバジーリオ様のラジオ、これから一日三十回同じの二人に聞かせます!!」
「シェリーくんは何言ってんだ!?」
「まあ悪い気はしないね」
「あんたも止めろよ!!」
 言い合いはポケモンセンター職員がマッギョとルカリオのボールを持ってくるまで続いた。


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