ルミナスの手記

「ここが、ハーメルンの森……」
 鬱蒼と茂る木々、昼なのに日光が殆ど届いていない。新緑の奥の暗闇からは何かに見られている気配を何故か感じる。森を入口から見ながら、ミケが迷いそうだな、と顔を顰めていた。振り返ると、シェリーがポケバーをじっと見ている。
「なにをしてるの?」
「あ、ポケバーには『ゴシックピッカー』という皆の噂を集めるアプリがあるんです。ハーメルンの森については『悪戯ベロバーが出る』という話題で持ち切りですわね……」
「ベロバー」
 初めて聞くポケモンの名前だ。
「あくタイプとフェアリータイプといった珍しいタイプを持っているポケモンだったかと」
 シェリーは引っ込み思案であるようだが、いつも必要なことは言ってくれる。
「へーシェリーは詳しいなあ」
「……基礎知識は叩き込まれましたから」
 勉強しているのか。なるほどな。
「将来は博士になるの?」
「……そんな、将来なんて……さあ、行きましょう」
(……はぐらかされたな)
 まあ、深くは聞かない方がいいだろう。まだ出会ったばかりなのだから。

★★★

 暗い森に一歩入った時だった。
「うわーっ!! 助けてくれ!!」
 辺りに響き渡るでかい悲鳴に驚いて、声の方を見やると赤い影が見えた。いや、赤いポケモンにたかられた男がいた。……服になにか見覚えが……?
「あ、1番道路でテレポートしてた人だ」
「……そうですね」
 あの大声でもう一人の男に食ってかかっていた紳士然とした男。今回は柄の悪い男もフーディンも連れていない。
「というかあのポケモン、フシデって毒を持っているので……」
 顔から血の気が引いた。
「じゃあやばいじゃん! 助けよ!」
 慌ててミケはサルノリとポッポを出した。
「二人ともお願い、あのおじさんを助けて!!」

★★★

「なかなかのトレーナーじゃないか。この私を見事助けてみせるなんて」
 フシデの群れを追っ払った直後、男から出たのはその言葉だった。なんだか偉そうだ。いやかなり偉そうだ。
「そうだ、名前を聞いておこう。私はエミール。見ての通りセレブだ。後おじさんじゃない。私はまだ20歳だ」
「はあ……」
 まあ確かに近くで見たら意外と若かったけど。
「むしポケモンは昔から苦手でね……ミゲルめ、やっと通ったとこで入口に戻りやがって」
「ミゲル」
 恐らくあの柄の悪い背の高い男。
「私のボディーガードだ。あいつを引き離すために森に入ったまでは完璧だったのだがね」
 そこでエミールはシェリーの方をはたと見て顎に手を当てる。
「……? お嬢さん」
 エミールは不思議そうにシェリーを見つめた。穴が空きそうなくらい見ている。
「なんでしょう」
「どこかで……見たことが……?」
「……気のせいかと」
「お名前をお聞きしても?」
「……シェリー」
「そうかそうか、実にいい名前だ! やはりレディには花のある名前がなくてはね!」
 そこでエミールははたとミケの方も向いた。
「あー……君は?」
 物凄い態度の違いだ。怒りはしないが、げぇとはなる。
「……ミケランジェロ」
「またすごい名前だな! 名前負けしないようにね!」
 なんだこいつ。……まあ元気なようでよかった。
 エミールはミケの視線に気づいているのかいないのか、こほんとひとつわざとらしい咳をした。
「よし、二人にはあのベロバーをなんとかしてもらおう!」
「ベロバーを?」
 エミールの表情が怒りに歪む・
「ああ、特にヤンチャな個体がいるんだ。フシデをけしかけてきたのもそれだ」
「随分な悪戯ですね……」
「全くだ、躾けてやるのも人間の役目。ということで……ん?」
 そこでエミールは、ミケの鞄からはみ出ているスタンプ帳を見つめる。そして訊ねた。
「……リーグ挑戦者か?」
「あ、はい、まあ」
「全部のジムに?」
「それは、まだ決めてませんけど」
 エミールの表情がぱああと音がしそうなほど明るくなった。
「それなら是非行きなさい! そして私も同行させてくれ!」
「ええ!?」
 エミールはまた咳をするとミケに向き直った。
「君たちには大人の引率が必要だ。損はさせないと約束しよう」
 これは恐らく断られることを考えていない態度だ。いやしかし。
「え、えー……」
 シェリーの方を見ると彼女も困っているようだった。その様子に焦ったのかエミールは続ける。
「ほ、本当に私は役に立つぞ!? そ、そのバトルは苦手だが、知識はあるぞ!!」
「と言われましても……」
「た、頼む! 置いてかないでくれ!! こんな森の中でもし遭難したら、し、死んでしまうぞ!」
 先ほどまでの余裕はどこへやら、泣きそうな大人一人に子供二人は顔を見合わせた後、溜息を吐く。
「まあ、このまま去ってまたフシデに襲われてもあれなんで……」
「ああ、君は慈悲深いな! そうだろうそうだろう子供とは素直でなくては!」
 ……なんかこの人、疲れるかも。

★★★

「森は方向感覚を狂わせてしまう。通った道の木の小枝をこうして目印にする」
 相変らず鬱蒼とした森を行く。心なしか地面がぬかるんでいて気持ちが悪い。エミールは言った通り小枝を折っている。
「行きは折ってこなかったんですか」
「ベロバーにフシデをけしかけるまでは折った。そこまで行けばすぐ森を出られるって寸法さ。どの辺かはわかりかねるがね」
「なるほど……」
「くれぐれもなにかの気配を感じたら言うんだぞ。それ絶対ベロバーだからな。ああ、むしむしむし……」
 思い出しただけで寒気がするようで、エミールは若干震えている。
「はあ……」
 その時、足元をシュっと音を立ててなにかが通った。それがぶつかってきた衝撃で、ミケは見事に転倒してしまう。
「いてっ!」
「なんだ!?」
「あ、ベロバーです!!」
 ミケの元から飛び出してきたピンクのベロを出したポケモンはなにかを得意気に振り回していた。
「あ、僕のポケバー!」
「スタンプは無事か!?」
「ポケバーだけみたいですけど……」
「なら後にしなさい。新しいのを買ってやる」
「あ、あれには全国図鑑が入ってるんです!」
「あー……、仕方ないな。フシデから守ってもらった礼だ」
 頭を掻き、そう言うとエミールは振りかぶってボールを投げた。
 中からは白と黒のポケモンが出てきた。すらりとした四肢と艶やかな毛並み。美しいと思った。
「アブソル、よし、距離はばっちりか。逃がすんじゃないぞ」
「アブソルっていうんだ。強そー……」
 それに気をよくしたようにエミールは機嫌をよくしたように笑うと、技を銘じた。
「わかるな、アブソル、“どろぼう”!」
 アブソルは一つ息を吐いた後、甲高く鳴き、一気にベロバーと距離を詰める。ベロバーが焦っている間にアブソルは爪でポケバーを奪ってしまう。それに気づいたベロバーは慌てて、森の闇に溶け皆の視界から消えた。戻ってきたアブソルからポケバーを受け取ったエミールはそれをミケに渡す。
「もうなくすんじゃないぞ」
「あ、ありがとうございます。それと……」
「早速なんですが、アブソルと写真撮影お願いします!」
「……君は変わっているんだな。ポケモントレーナーならまずバトルなのに」

★★★

「あったあった、最初に折っておいた小枝だ」
 エミールはそう言うと小枝をちょんちょんと小突いた。なるほど確かに折れている。
「ということは」
 エミールは腕を組む。
「出口はもうすぐだ」
「びよ」
「なんだ? ふざけた返事をするな」
「え? 誰も返事なんて。え、あ、ポケモンだこれ」
 いつの間にか囲まれていた。
「びよ!」
「は? て、うわー!!」
 様々な色の羽根を持っている蝶のポケモンの登場にエミールは文字通りひっくり返る。どっと大きな音が鳴った。
「び、ビビヨンだー!!」
「あ、あのベロバー、またいます!」
 ベロバーが枝を持ってビビヨンに何か言っている。扇動しているようだ。暗闇の中からビビヨンが無限に出てくる。
「フシデと全く同じじゃないか!頼む、ミケランジェロくん!!」
「僕ゥ!? し、仕方ないな、サルノリ!」
「僭越ながら、私も迎え撃たせて頂きます! カルボウ、お願い!!」
「ええい、カルボウしか弱点を突けていないじゃないか! 他にいないのか!」
 そういえば、とミケは言う。
「ポッポなら」
「それを出したまえよ! なんでくさタイプなんだ、いでっ」
「きーっ!」
 怒ったサルノリがバチでエミールの脛を叩いた。そんなことをしている間にビビヨンたちの群れは着実に迫ってくる。
「カルボウ! “ニトロチャージ”!」
 カルボウがサルノリに迫ってきていたビビヨンを一匹屠る。
「わっと! ありがとうシェリーくん! カルボウ! “たいあたり”だサルノリ!」
「きっ」
 サルノリのタックルがビビヨンを蹴散らす。
「ええ、なんか異常に強いな君のサルノリ……これがスタンプ保持者の実力か」
 数十分ほど経つとビビヨンは完全に駆逐されていた。
「どえらいなぁ君たち」
「エミールさんも手伝ってくださいよ」
「だはは! 無理無理、むしポケモン見ただけで動けなくなるもん」
 そう言ったエミールの顔は初めて見るあどけない笑顔だった。
「よく森行く気になりましたね」
「ま、まあ、そうだな……でも解決したから!」
「?」
「とりあえずそこのベロバーだな」
 視界にいるのは仲間たちがいなくなってしまい震えるベロバー。
「ははは、どうしてやろうか! 鍋に入れて煮てやってもいいんだぞ~!?」
「本当にセレブですか貴方……」
「完全に悪役だな」
「あ、でも。捕まえるのはありかもしれませんね」
 シェリーが呆れながらも提案する。
「捕まえる?」
「悪戯ベロバーの被害は減りますし……」
「確かに。問題は誰がだよな」
 二人の視線は自然とエミールに吸われた。それに気づいたエミールは相当焦った。
「おい! やめてくれ! 私にこれを押し付けるのは!! むしポケモンをけしかけた奴なんだぞ!」
「ベロ……」
 エミールに摘まみ上げられたベロバーはうるうるとした目でエミールを見上げている。
「やめろ! お前は“なみだめ”を覚えないだろうが!」
「え~でもあくタイプ持ってるじゃないですか~」
「フェアリーも入ってるんだよこいつ!!」
「ベロ……」
 相変らずうるうるとした目で見られ、エミールは抱えていたベロバーを地面に立たせる。そしてびしっと指差した。
「命の恩人の言葉だ! 特別に私の配下にしてやる!! 変なことしたらボックス行きだからな!!」
「ベロ~♪」
「全く……」
 それを微笑ましく見ている内、ミケはサルノリの様子がおかしいことに気づいた。なにやら落ち着きがなく、震えている。
「どうした、サルノ……うわ!」
 サルノリの体が光り出した。一瞬森の暗闇が明るくなるほどの光。光が消えた頃にはサルノリの姿が変わっていた。二足歩行になり、体の長く伸びている。
「こ、これは、進化……!?」
「そうですね、バチンキーです。後で図鑑で確認してみるといいですよ」
「やったなぁバチンキー!! 写真撮るぞ!!」
「ききっ」
「全く……」
 エミールもベロバーを捕獲したらしい、苦い顔でボールを見ていたが気を取り直したように二人に背を向ける。
「ソウエンシティは後少しだ。折った小枝を辿って行こう。全く、暗くて敵わんな……」
「はい!」
 ソウエンシティにもジムがあるという。どんな人がジムリーダーをやっているんだろう。
 三人はそうして、鬱蒼とした森を後にした。


【251211】
【251221】追記
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