ルミナスの手記

「ここが、ハーメルンの森……」
 鬱蒼と茂る木々を入口から見ながら、ミケが呟く。シェリーはポケバーで何かを調べていた。
「なにをしてるの?」
「『ゴシックピッカー』という皆の噂を集めるアプリがあるんです。ハーメルンの森については『悪戯ベロバーが出る』という話題で持ち切りですわね……」
「ベロバー」
「あくタイプとフェアリータイプといった珍しいタイプを持っているポケモンだったかと」
「へーシェリーは詳しいなあ」
「……基礎知識は叩き込まれましたから」
「将来は博士になるの?」
「……そんな、将来なんて……さあ、行きましょう」
(……はぐらかされたな)
 まあ、深くは聞かない方がいいだろう。

★★★

 森に一歩入った時だった。
「うわーっ!! 助けてくれ!!」
 辺りに響き渡る悲鳴に驚いて声の方を見やると赤いポケモンにたかられた男がいた。なにか見覚えが……。
「あ、1番道路でテレポートしてた人だ」
「……そうですね」
 あの大声で喚いていた紳士然とした男。今回は柄の悪い男は連れていない。
「というかあのポケモン、フシデって毒を持っているので……」
「じゃあやばいじゃん! 助けよ!」
 そう言うとミケはサルノリとポッポを出した。
「二人ともお願い、あのおじさんを助けて!!」

★★★

「なかなかのトレーナーじゃないか。この私を見事助けてみせるなんて」
 フシデの群れを追っ払った直後、男から出たのはその言葉だった。なんだか偉そうだ。
「そうだ、名前を聞いておこう。私はエミール。見ての通りセレブだ」
「はあ……」
「むしポケモンは昔から苦手でね……ミゲルめ、やっと通ったとこで入口に戻りやがって」
「ミゲル」
「私のボディーガードだ。あいつを引き離すために森に入ったまでは完璧だったのだがね」
 恐らくあの柄の悪い男のことだろう。
「……? ところでお嬢さん」
 不意にエミールがシェリーを穴が開くほど見つめた。
「なんでしょう」
「どこかで……見たことが……?」
「気のせいかと」
「お名前をお聞きしても?」
「……シェリー」
「そうかそうか、実にいい名前だ! やはりレディには花のある名前がなくてはね!」
 そこでエミールはミケの方も向いた。
「あー……君は?」
 物凄い態度の違いだ。怒りはしないがげぇとはなる。
「……ミケランジェロ」
「またすごい名前だな! 名前負けしないようにね!」
 なんだこいつ。
「よし、二人にはあのベロバーをなんとかしてもらおう!」
「ベロバーを?」
「ああ、特にヤンチャな個体がいるんだ。フシデをけしかけてきたのもそれだ」
「随分な悪戯ですね……」
「全くだ、躾けてやるのも人間の役目。ということで……ん?」
 そこでエミールはミケの鞄からはみ出ているスタンプ帳を見つめた。
「……リーグ挑戦者か?」
「あ、はい、まあ」
「全部のジムに?」
「それは、まだ決めてませんけど」
「それなら是非行きなさい! そして私も同行させてくれ!」
「ええ!?」
 エミールはこほんと咳をするとミケに向き直った。
「君たちには大人の引率が必要だ。損はさせないと約束しよう」
「え、えー……」
 シェリーの方を見ると彼女も困っているようだった。その様子に焦ったのかエミールは続ける。
「ほ、本当に私は役に立つぞ!? そ、そのバトルは苦手だが、知識はあるぞ!!」
「と言われましても……」
「た、頼む! 置いてかないでくれ!! こんな森の中でもし遭難したら、し、死んでしまうぞ!」
 泣きそうな大人一人に子供二人は顔を見合わせた後、溜息を吐く。
「まあ、このまま去ってまたフシデに襲われてもあれなんで……」
「ああ、君は慈悲深いな! そうだろうそうだろう子供とは素直でなくては!」
 ……なんかこの人、疲れるかも。

★★★

「森は方向感覚を狂わせてしまう。通った道の木の小枝をこうして目印にする」
 エミールはそう言いながら早速小枝を折っている。
「行きは折ってこなかったんですか」
「ベロバーにフシデをけしかけるまでは折った。そこまで行けばすぐ森を出られるって寸法
さ。どの辺かはわかりかねるがね」
「なるほど……」
「くれぐれもなにかの気配を感じたら言うんだぞ。それ絶対ベロバーだからな」
「はあ……」
 その時、足元をなにかが通った。それがぶつかってきた衝撃で、ミケは転倒してしまう。
「いてっ!」
「なんだ!?」
「あ、ベロバーです!!」
 ミケの元から飛び出してきたピンクのポケモンはなにかを得意気に振り回していた。
「あ、僕のポケバー!」
「スタンプは無事か!?」
「ポケバーだけみたいですけど……」
「なら後にしなさい。新しいのを買ってやる」
「あ、あれには全国図鑑が入ってるんです!」
「あー……、仕方ないな。フシデから守ってもらった礼だ」
 そう言うとエミールはボールを投げた。
 中からは白と黒のポケモンが出てきた。
「アブソル、よし、距離はばっちりか。逃がすんじゃないぞ」
「アブソルっていうんだ。強そー……」
 それに気をよくしたようにエミールは機嫌をよくしたように笑うと、技を銘じた。
「わかるな、アブソル、“どろぼう”!」
 アブソルは一つ息を吐いた後、一気にベロバーと距離を詰め、爪でポケバーを奪ってしまう。それに気づいたベロバーは慌てて皆の視界から消えた。戻ってきたアブソルからポケバーを受け取ったエミールはそれをミケに渡す。
「もうなくすんじゃないぞ」
「あ、ありがとうございます。それと……」
「早速なんですが、アブソルと写真撮影お願いします!」
「……君は変わっているんだな。ポケモントレーナーならまずバトルなのに」

★★★

「あったあった、最初に折っておいた小枝だ」
 エミールはそう言うと小枝をちょんちょんと小突いた。
「ということは」
「出口はもうすぐだ」
「びよ」
「なんだ? ふざけた返事をするな」
「え? 誰も返事なんて。え、あ、ポケモンだこれ」
「びよ!」
「は? て、うわー!!」
 様々な色の羽根を持っている蝶のポケモンの登場にエミールは文字通りひっくり返る。
「び、ビビヨンだー!!」
「あ、あのベロバー、またいます!」
 ベロバーが枝を持ってビビヨンに何か言っている。扇動しているように見えた。
「フシデと全く同じじゃないか!頼む、ミケランジェロくん!!」
「僕ゥ!? し、仕方ないな、サルノリ!」
「僭越ながら、私も迎え撃たせて頂きます! カルボウ、お願い!!」
「ええい、カルボウしか弱点を突けていないじゃないか! 他にいないのか!」
「ポッポなら」
「それを出したまえよ! なんでくさタイプなんだ、いでっ」
「きーっ!」
 怒ったサルノリがバチでエミールの脛を叩いた。そんなことをしている間にビビヨンの群れは迫ってくる。
「カルボウ! “ニトロチャージ”!」
 カルボウがサルノリに迫ってきていたビビヨンを一匹屠る。
「わっと! ありがとうシェリー! カルボウ! “たいあたり”だサルノリ!」
「きっ」
 サルノリのタックルがビビヨンを蹴散らす。
「ええ、なんか異常に強いな君のサルノリ……これがスタンプ保持者の実力か」
 数十分経つとビビヨンは完全に駆逐されていた。
「どえらいなぁ君たち」
「エミールさんも手伝ってくださいよ」
「だはは! 無理無理、むしポケモン見ただけで動けなくなるもん」
「よく森行く気になりましたね」
「ま、まあ、そうだな……でも解決したから!」
「?」
「とりあえずそこのベロバーだな」
 視界にいるのは仲間たちがいなくなってしまい震えるベロバー。
「ははは、どうしてやろうか! 鍋に入れて煮てやってもいいんだぞ~!?」
「本当にセレブですか貴方……」
「完全に悪役だな」
「あ、でも。捕まえるのはありかもしれませんね」
「捕まえる?」
「悪戯ベロバーの被害は減りますし……」
「確かに。問題は誰がだよな」
 二人の視線は自然とエミールに吸われた。それに気づいたエミールは焦った。
「おい! やめてくれ! 私にこれを押し付けるのは!!」
「ベロ……」
 エミールに摘まみ上げられたベロバーはうるうるとした目でエミールを見ている。
「やめろ! お前は“なみだめ”を覚えないだろうが!」
「え~でもあくタイプ持ってるじゃないですか~」
「フェアリーも入ってるんだよこいつ!!」
「ベロ……」
 相変らずうるうるとした目で見られ、エミールはベロバーを地面に立たせる。そしてびしっと指差した。
「命の恩人の言葉だ! 特別に私の配下にしてやる!! 変なことしたらボックス行きだからな!!」
「ベロ~♪」
「全く……」
 それを微笑ましく見ている内、ミケはサルノリの様子がおかしいことに気づいた。落ち着きがなく、震えている。
「どうした、サルノ……うわ!」
 サルノリの体が光り出した。その光が消えた頃にはサルノリの姿が変わっていた。二足歩行になり、体の長く伸びている。
「こ、これは、進化……!?」
「そうですね、バチンキーです。後で図鑑で確認してみるといいですよ」
「やったなぁバチンキー!! 写真撮るぞ!!」
「ききっ」
「全く……」
 エミールもベロバーを捕獲したらしい、苦い顔でボールを見ていたが気を取り直したように二人に背を向ける。
「ソウエンシティは後少しだ。追った小枝を辿って行こう」
「はい!」
 ソウエンシティにもジムがあるという。どんな人がジムリーダーをやっているんだろう。
 三人はそうして、森を後にした。


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