鬼滅の刃
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師匠に別れを告げ、伊之助に任務の事を伝える暇もなく○○は南南東へと向かっていた。
しばらく歩き、○○が田んぼの一本道に出ると何やら喧騒が聞こえてきた。
遠くてよくわからないが同じく隊服を着た男子が二人、なにやら揉めているようだった。
(あ、最終選別のあの黄色の髪の子だ!生きてたんだ…良かった…どうしたんだろう)
○○は顔見知りの彼を見つけ、少し歩みを速めた。
するとその瞬間、金髪の男子が立ちブリッジをかましたのだった。
○○は驚いて目を剥いた。
本当に何をしているのか。
情緒不安定なのか金髪の男子が泣き叫んだところで、ようやく○○は箱を背負った男子と金髪の男子と合流することができたのだった。
『あの、すみません。貴方達鬼殺隊ですよね?ここで何をしてるのですか?』
善逸はその声を聞いて、声変わり前の男子だと気づき恨めしそうな顔で声の主を睨んだ。
きょとんと首を傾げる姿を見て、善逸は絶叫し○○へと抱きついた。
○○はそれを難なく抱きとめる。
炭治郎は風鈴の付いた笠を見て鋼鐵塚を思い出し恐怖に打ち震えていた。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!最終選別の時の子だあ!!生きてた!!よかった!!俺の人生はここからだぜえええ!!!すぐ死ぬけど!!!」
『んん?大丈夫ですよ。今生きているのですからまだ希望は捨てては駄目です!』
○○はそう言うと善逸の背をよしよしと撫ぜた。
善逸は鼻血を吹いた。
「俺、こんなに優しい女の子に初めてあった…ここが極楽浄土か…」
『え…あの、私男ですよ…』
○○はやはり間違われていたと苦笑しながら告げると、その言葉に炭治郎と善逸は目を見開いた。
「はあ゙あ゙ん゙!?!?なんなの!!!お前そんな可愛い顔して女の子じゃないとかふざけてんのお!?!?!?声でなんとなく分かってたけどさあ!!!どうすんの!?男に求婚しちゃったじゃん!!俺のときめきを返せよお!!!」
○○の肩を掴みものすごい形相で揺さぶる善逸を、炭治郎が羽交い締めにした事で○○はなんとか解放された。
「善逸が勝手に勘違いしただけなんだからこの子に八つ当たりするな!!」
「だってだってええええ!!!」
泣きわめく善逸に○○は困り果て、謝ることしかできなかった。
ようやっと善逸が泣き止んだ頃、炭治郎が口を開いた。
「善逸がごめんな?そういえば名前を言ってなかったな。俺は竈門炭治郎!よろしくな!」
「悪かったよう…俺は我妻善逸」
なんとか炭治郎の握り飯と○○の干し肉で大人しくなった善逸に、○○はなんだか申し訳なくなった。
善逸をパニックにさせたのは、自分の紛らわしい容姿のせいだったからだ。
『私は氷鉋○○です。よろしくお願いします竈門君、我妻君』
よそよそしい口調の○○に、炭治郎と善逸は顔を見合わせるとむんっと怒った。
「○○!俺達は仲間なんだからそんな畏まった話し方じゃなくていい」
「そうだぞ!そんなによそよそしかったら話しずらいだろ」
二人の言葉に目をぱちくりと瞬かせた○○は、にこりと嬉しそうに笑ったのだった。
『そっか…そうだね。よろしく炭治郎、善逸!』
笠を被っているせいでその笑顔はよく見えなかったが、炭治郎と善逸は確かに○○に見惚れたのだった。
しばらく歩いて山の中に入ると、そこには立派な屋敷が建っていた。
○○は嫌な気配を感じて顔を顰めた。
「血の匂いがするな…でもこの匂いは」
「えっ?何か匂いする?」
『匂いはわからないな』
「ちょっと今まで嗅いだことがない」
「それより何か音しないか?あとやっぱり俺達共同で仕事するのかな?」
炭治郎の言葉を遮り喋る善逸に、○○は苦笑して善逸の言葉に疑問を覚えた。
「『音?』」
炭治郎と見事に声が被った時、○○は気配を感じ、そちらに視線を向けた。
するとそこには互いを守るように抱きしめあっている二人の幼い子供がいた。
『炭治郎、あそこ』
「ん?子供?どうしたんだろう」
二人に歩み寄る炭治郎の後ろを○○も着いていく。
それを見て二人はさらに互いを強く抱きしめあった。
「こんな所で何してるんだ?」
『こんなに怯えて…可哀想に』
何かを思いついたのか、炭治郎は蹲みこんで手の上に善逸の雀を乗せた。
○○はそれを見て不思議そうに首を傾げた。
「じゃじゃーん!手乗り雀だ!!」
炭治郎がそう言うと雀はチュンチュンと鳴いて手の上を踊るように足踏みをした。
○○はその愛らしい姿に胸を撃ち抜かれぐっと口を手で押さえた。
萌えである。
「可愛いだろ?」
雀を見た二人は緊張が解れたのかへたへたと座り込むと涙を流した。
『何があったんだい?そこは君達の家?』
○○は二人の頭を撫でながら問うと少年はぶんぶんと首を横に振った。
「ちがう…ちがう…ばっ…化け物の、家だ…兄ちゃんが連れてかれた。夜道を歩いてたら…俺たちには目もくれないで兄ちゃんだけ…」
『あの家の中に…?』
「うん…うん…」
泣きながら喋る少年を○○はひたすら撫でた。
生前の主人から、心を落ち着けるならまずは人肌に触れる事が大切だと教わったからだ。
「二人で後をつけたのか?えらいぞ、頑張ったな」
「……うう……兄ちゃんの血の痕を辿ったんだ、怪我したから…」
その言葉に険しい顔をした炭治郎と○○は顔を見合わせ頷きあった。
「大丈夫だ。俺たちが悪い奴を倒して兄ちゃんを助ける」
「ほんと?ほんとに…?」
『うん。もちろん』
初めて口を開いた少女の問いに、炭治郎と○○はしっかりと頷いた。
もう覚悟はできていた。
「炭治郎、○○」
ずっと黙っていた善逸の呼びかけに振り返ると
、善逸は片耳を押さえ屋敷を見つめたまま話しだした。
「なぁ、この音何なんだ?気持ち悪い音……ずっと聞こえる。鼓か?これ…」
「音?音なんて……」
『しっ』
炭治郎の言葉を遮った○○は人差し指を口にあてた。
すると小さく鼓の音が聞こえ始め、段々大きくなる。
そして、最後に一際大きな音がなったかと思うと屋敷から一人の男が落ちてきた。
○○は一瞬焦ったが、全集中常中を整えると素早く走りだし、なんとか男を受け止めることができた。
○○の後を追いかけた炭治郎も傍に座った。
『っ大丈夫ですか!?しっかりしてください!!』
○○は男を膝を枕にして地面にやんわり寝かせると顔を覗きこんだ。
チリン。と鳴った涼しい風鈴の音に、男は幸せそうに微笑んだ。
「も…う、死んだのか…俺は…天女様が、見える…極楽か…ここは」
『っ…おやすみ、なさい…今はゆっくり、休んでください』
傷が深い男がもう助からないと分かった○○は、精一杯の微笑みを浮かべながら男の目を手の平で覆った。
少しすると男の体からは力が抜け、次第に温度が下がっていくのが分かった。
ああ、なんて無常な
「…○○、その人は…」
炭治郎の言葉に○○は静かに首を振った。
グォオオオオ
突然、獣のような咆哮と鼓を強く叩く音が響く。
○○は屋敷を強く睨みつけた。
「に、兄ちゃんじゃない……兄ちゃんは柿色の着物きてる…」
少年の言葉で複数人捕らわれている事が分かった炭治郎と○○は立ち上がる。
「善逸!!行こう!」
突然炭治郎に声をかけられた善逸は大量の冷や汗を流しながら首を横に振った。
その顔色はとても悪い。
自分の命をかける覚悟がない者に、○○は無理強いはしたくなかった。
しかし、状況が状況なため逃げないよう善逸の手を掴んだ。
「うわあああああ!!なんで手まで女の子みたいに柔らかいんだよおお!!!!ふざけんなよおおお!!!死にたくないよおおお!!!!」
『大丈夫!私が善逸を守るよ!一緒に頑張ろう』
「うああああああん!!!好きいいいいいい!!!!なんで男なんだよおおおお!!!!」
我妻善逸はちょろい男であった。
まさに善逸の理想である○○。
その性別に心底嘆いた。
「もしもの時のためにこの箱を置いていく。何かあっても二人を守ってくれるから」
炭治郎が兄妹に話している間に、○○は鼻水まで垂らしだした善逸の顔を手拭いで拭いてやった。
戻ってきた炭治郎を先頭に、三人は屋敷へと足を踏み入れる。
中は不自然な程静かで不気味だった。
「○○、炭治郎…守ってくれるよな?俺を守ってくれるよな?」
『もちろん』
にこやかに笑った○○に善逸の情けない顔が少しは輝いたが、次の炭治郎の言葉で絶望に変わった。
「……善逸、ちょっと申し訳ないが前の戦いで俺は肋と足が折れてる。まだ完治してない」
「ええええええええええええ!?!?!?何折ってんだよ骨!!折るんじゃないよ骨!!!折れてる炭治郎じゃ俺を守りきれないぜ!!ししし死んでしまうぞ!!!」
『ぜ、善逸…』
「骨折してるなんて酷い!!あんまりだぞ!!!おぎゃああああ!!!○○助けてくれぇぇえええ!!!!」
泣き叫びながら○○に縋り付く善逸を見て、炭治郎が宥めようとする。
「善逸、静かにするんだ。お前は大丈夫だ」
「誰のせいで騒いでると思ってんだよおお!!気休めはよせよおおお!!!」
「違うんだ、俺にはわかる。善逸は…」
炭治郎が何かに反応したのに気づき、○○も後ろを振り返った。
「駄目だッ!!!」
「ギャーーーーーー!?!?!?」
そこには先程の兄妹の姿があった。
『危険だ!戻りなさい!!』
「お、お兄ちゃん!お姉ちゃん!!あの箱、カリカリ音がして…!!」
○○は女子だと勘違いされている事に密かにショックを受けた。
笠で顔は隠しているのに何故なのか。
結論。醸し出す雰囲気が女子だからである。
○○はその事に気づいていなかった。
「だっ…!!だからって置いてこられたら切ないぞ!あれは俺の命より大切なものなのに…!!」
慌てる炭治郎のその言葉を聞いて、善逸と○○はあの箱を守りきろうと誓った。
炭治郎と出会ってまだ数時間しか経っていないが、そう思わせるほどには彼は優しい人間だったのだ。
ミシッ
ギイイイィ
ミシッ
ミシッ
「キャアアア!?!?」
何かが廊下を歩いてくる音に恐怖を覚えた善逸は、○○に強くしがみついて尻で炭治郎と少女を突き飛ばした。
「あっごめん...!尻が!!」
善逸が謝った瞬間、鼓の音が鳴ったかと思うと目の前の景色が変わった。
炭治郎と少女は消えてしまっていた。
『炭治郎!!』
どうやら二人とはぐれてしまったようだ。
それに気づいた善逸はさらに絶叫した。
「死ぬ死ぬ死ぬ!!死んでしまうぞこれは死ぬ!!!炭治郎と離れちゃった!!どうしよう○○!!!」
『善逸…!静かに』
○○が喧しい善逸の口を手で塞いだ時、共に残された少年が妹の名前を叫んだ。
「てる子!!てる子!!!」
「だめだめだめ大声出したらだめ!ちょっと外に出よう!」
善逸の言葉にむっとした少年は振り返ると口を開いた。
「なんで外に?自分だけ助かろうとしてるんですか?死ぬとかそういうことずっと言っていて恥ずかしくないですか。あなたの腰の刀は一体何のためにあるんですか?○○さん行きましょう」
ズラーっと善逸の胸を確実に抉る言葉を連ねると、少年は○○の手を引いて先を進んだ。
「ぐっは…グハァッ!すごい切れ味の言葉が…ぐはっ!」
ブボッと吐血する善逸をガン無視する少年に、○○はどうすればいいだろうかと目を白黒させた。
ようやっと自分が置いていかれそうになっていることに気づいた善逸は、青ざめた顔で○○の手と少年の手を引いて玄関に連れ戻そうとする。
「違うんだよ!俺と○○じゃ役に立たないから人を…!大人を呼んでこようとしているんだよ!!」
「放してください!!」
『善逸…』
嫌がる少年を引きずって行く善逸を○○は少し冷ややかな目で見つめていた。
当然である。
「子供だけでどうにかできることじゃないからこれは!!」
○○の手を離した善逸がガラッと戸を開けると、そこは玄関ではなく花瓶や絵を飾った普通の部屋になっていた。
『!』
「嘘だろ嘘だろ嘘だろ!?!?ここが玄関だったのに!!外はどこに行ったの!この戸が───…」
善逸が少年の手を離した隙に少年は○○へと泣きついた。
『ごめんね善逸が…そういえば君の名前は?』
「しょ、正一です」
『正一君か。私が善逸も正一君も守るから大丈夫だよ、安心して』
「○○さんは善逸さんとは大違いですね」
またもやズバッと胸に来る一言を聞いて、○○は苦笑しながら背がそう変わらない正一の頭を撫でた。
その柔らかい手に、至近距離で見た笠で隠れていた顔に、正一が頬を染めていた事を○○はこの先も知ることはない。
「こっちか!?」
ガラッと別の戸を開けた善逸を目に留めると、その部屋の中にいる人物を見て○○は目を丸め、胸を高鳴らせた。
その人物は○○がずっと会いたかった伊之助だったのだ。
「ふしゅううぅぅ」
『伊之助っ!』
「化ケモノだァーーーーッ!!!」
鼻息を荒くした伊之助を見た善逸は絶叫した。
勢いよく善逸に向かってきたと思った伊之助は、そのまま善逸の横をすり抜けると○○の手を掴んで走り去った。
○○に抱きついていたにも関わらず、軽々と己の手から○○を連れ去った猪頭を正一は憎らしく思った。
「○○さんッ!!」
「あああああああああ!!!○○まで化ケモノに連れてかれたああ!!もう死ぬううう!!!!」
「…………」
「何だよォ!!その目なに!?やだそんな目!!」
手を引かれて走る○○は伊之助に会えた喜びが、残してきた善逸達を考える事で全て吹き飛んでしまった。
『伊之助ッ!!どこへ行くんだい!善逸と正一君がまだっ!!』
「うるせえええ!!勝手に俺をおいて一人で任務に行きやがって!!!約束はどうした!?」
一人で山に帰って刀を受け取りに行った伊之助が言えたことではない。
どちらかというと置いていったのは伊之助の方だ。
しかし、○○はそんな考えができないほど純粋な少年であった。
『ごめんなさい!』
「許す!!!」
そしてまた○○大好き純粋少年の伊之助も絆されるのが早かった。
『伊之助!後で絶対合流するからさっきの子達の所に帰してほしい!』
「駄目だ!!」
『お願いっ!!』
「くそぉ!!しょうがねぇな!約束破るなよ!!」
『ありがとう!!』
伊之助は心底○○に甘かった。
掴んでいた手をぱっと離すと、伊之助はそのまま一人バタバタと走って行ってしまった。
途端、鼓の音が響き渡る。
『!また場所が変わった…これじゃあどこにいるか見当がつかないよ…』
○○はしかたなく先に進むことにした。
辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていると、今度は目の前に部屋が現れたので○○はその戸を開け部屋に入った。
するとそこには倒れている善逸とその羽織を握る正一の姿。
その奥には正一へと舌を伸ばす鬼がいた。
「○○さぁんっ!!」
○○はすぐさま正一の前に躍り出ると、刀を鞘から抜いて構えた。
が、伸びてきた舌は○○が斬る前に畳へと落ちたのだ。
それに驚いた正一と(名前)の目がまん丸になる。
「ぐぎゃっ!!」
鬼の舌を斬った正体はいつの間にか○○と正一を守るように立っていた善逸であった。
『ぜん、いつ…』
鬼が斬れた舌を再生すると同時に、善逸は刀に右手を添えて構えた。
(全集中の、呼吸…!)
「善逸さん……」
呆然と善逸を見上げる正一をいつでも守れるように、○○は己の腕に閉じこめた。
雷の呼吸 壱の型 霹靂一閃
善逸の声が聞こえたと思うと、彼は目の前から消えていた。
雷のような速さで移動し、善逸は確実に鬼の首を斬ったのだった。
「んがっ」
途端。目を覚まし、ぱっと顔を上げた善逸は足元に転がった鬼の首に驚くとものすごい勢いで飛んだ。
「ギャーーーーーーッ!?!?死んでる!!!急に死んでるよ何なの!?もうやだ!!」
泣き叫ぶ善逸とバチッと目が合った○○は首を傾げた。
「○○…いつの間に…まさか、お前が」
善逸はフラフラと○○の前まで歩いてくると、ガバッと○○の腕の中にいる正一ごと熱い抱擁をしたのだった。
「ありがとう助かったよ〜!!この恩は忘れないよ〜〜っ!!こんなに強いなら最初に言っといてよ〜〜!!!」
その言葉に○○は困った顔を、正一は訳が分からないと顔を顰めた。
正一は困惑していたのだ。
鬼の出現とつい先程の目にも止まらぬ善逸の剣技、さらに言えば善逸ほど…頭の悪い人間とあったことがなかったからだ。
ちらりと自身を抱きしめる○○へと視線をやると、彼はチリンと笠の風鈴を鳴らして困ったように笑った。
困惑は止まらず、やがて正一は考えるのをやめた。
そのすぐ後に鼓の音が立て続けに鳴りだし、○○は抱きついていた善逸と正一を強く抱きしめ、いつでも守れるように構えた。
すると、毎回部屋の中であったのに次に目に入ったのは青い空だった。
「ぎゃああぁああ!!!しぬ!!しぬっ!!!」
『ちょっ…善逸!あっ』
「いやあああぁぁあああ!!!」
『ごめんよっ!!善逸ごめん!!』
浮遊感を感じて暴れる善逸から○○は思わず手が離れてしまい、謝りながら正一を強く抱いて地面へと落ちた。
運よく、風鈴は割れなかった。
「あうっ!!」
『ッげほっ…正一君、怪我はない?』
「っ…あっ?!○○さんごめんなさい!俺は平気です!」
『そう、よかった』
受け身を取れなかった○○は痛む背中に鞭を打ち立ち上がると、そばに倒れていた善逸の頭に手を差し込んだ。
ぬるっとした感触に○○は顔を顰めた。
(…やっぱり、頭から落ちてるから血が出ている。善逸ごめんなさい。私が手を離したから…)
○○は歯を食いしばって悔しさに耐えた。
未熟な己が許せない。
○○は膝の上に手拭いを広げると、善逸の頭をその上に乗せた。
先程善逸の顔を拭いた為、涙や鼻水で湿ったものだが○○はそんな事は忘れていた。
「善逸さん!!」
暫くすると、呼びかける正一の声に善逸は目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
『部屋が変わった時の勢いで外に飛ばされて、二階の窓から落ちたんだよ』
ひょこっと、視界に○○が入ってきたのと同時に、頭の下の柔らかい感触に気づいた善逸は自分がどんな体制になっているのか理解し、ガバッと体を起こした。
「そそそそうだっけ?」
「そんなわかりやすく動揺しないでくださいよ…○○さんが庇ってくれたので俺は大丈夫ですけど…」
「それは良かった。なんでそんなに泣いてんの?」
なんとなしに頭の後ろに手を当てた善逸は、慣れない感触に気づいてその手を自分の目の前に持っていった。
手にはべっとりと血がついていた。
「なるほどね!?俺が頭から落ちてんのね!?」
「はい…」
騒ぐ善逸を○○が宥めていると、屋敷の玄関の方からバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
緊張した面持ちで三人の視線がそちらを向く。
バキャッ
「猪突猛進!!猪突猛進!!アハハハハハ!!鬼の気配がするぜ!!」
足音の正体は伊之助であった。
あろうことか玄関の戸を足で蹴り壊して出てきたのである。
「あっ!あいつ…!!今声聞いてわかった!五人目の合格者…最終選別の時誰よりも早く入山して誰よりも早く下山した奴だ!!せっかち野郎!!」
(あれだけ声荒らげてれば山だし響いて聞こえるよね…特に善逸は耳がいいみたいだし)
○○は最終日を思い出し一人苦笑した。
飛び出してきた伊之助は、炭治郎の背負っていた箱に目をつけると飛びかかろうとした。
「見つけたぞオオオ!!!」
それに善逸と○○が動く。
「やめろーーーーっ!!」
善逸は両手を広げて箱の前に座り込み、○○は善逸を守るように前に立った。
「っ!!おい○○!どけ!!」
『っい、嫌だ』
「この箱に手出しはさせない!!炭治郎の大事なものだ!!」
初めて○○が強く拒否したのを見て伊之助は少し怯んだ。
反対に、○○は初めてしっかりと拒否できたことに内心驚いていた。
「っオイオイオイ何言ってんだ!!その中には鬼がいるぞォわからねぇのか?」
「『そんな事は最初からわかってる!!』」
善逸と声が被ったことに○○は驚き善逸を振り返る。
善逸は伊之助から目をそらさずに強く言い放った。
その目からは強い意志が感じ取れる。
「俺が……俺達が…直接炭治郎に話を聞く!だからお前は……引っこんでろ!!!」
それに酷く激昴した伊之助は、○○を突き飛ばして善逸の顔を蹴り上げた。
『っ伊之助!!やめなさい!!!』
「うるせえ!!邪魔だ!どけ!!」
○○はどうしても伊之助相手に強く出れず、なかなか止めることができなかった。
伊之助も同じく○○には強く出れず、善逸と箱から遠ざけることしかしない。
蹴られた善逸は顎を押さえ倒れ込んだが、すぐに箱に抱きつき伊之助が手を出せないように守った。
泣き虫な善逸が必死に箱を守る姿に○○は胸を打たれた。
その行動に○○は、伊之助から善逸と箱を守ることを決めたのだ。
風鈴が割れないよう笠を草むらに投げると、○○は伊之助を睨んだ。
○○の目にもまた、強い意志が宿っていた。
『っ伊之助!ごめんなさい!!』
「ぐっ!!」
そして○○は伊之助に一言謝ると思いきり脛を払った。
攻撃してくるとは思わず、モロに攻撃を受けた伊之助はその場に蹲る。
(えっええええええええええええ!?!?!? ○○意外と容赦ないんだけど!!!怖っ!!!)
善逸は青ざめ心の中で泣き叫んだ。
「お前っ…やってくれんじゃねえか…!!覚悟しやがれ糞野郎!!」
伊之助と○○の激しい戦いに、善逸は箱を抱えたままついに泣き叫んだ。
正一も同じく木の陰で泣くことしかできなかった。
「おいもうやめろってば!!!っ○○!!もういいから!!」
善逸の言葉を無視して、殴って蹴って突き飛ばして、血まみれのボロボロになろうが両者引くことはなかった。
だが、伊之助は心の中で母のように慕っていた○○をこれ以上傷つけるのにもう耐えられなかった。
「…っおら!!これで気絶しろ!!」
『!』
伊之助はついに○○の頭を掴むと、後頭部を後ろの木に強く叩きつけた。
『がっ!!!...ぃ』
意識が朦朧とした○○の隙を狙って、伊之助は首に思いきり手を落として○○を気絶させた。
「○○ッ!!!!」
だらんと体から力が抜けたのを確認して伊之助は○○の頭を離した。
崩れ落ちる○○の体を正一が受け止め、伊之助が自身へと向かってくるのを見て善逸は絶望した。
(○○が勝てないのに俺が勝てるわけなくない?死んだわ)
善逸が予想していた通り結果は惨敗。
善逸は箱を抱えて蹴られるしかなかった。
暫くこの状況に耐えていると、やっと望んでいた人物の足音が聞こえ善逸は目を開いた。
(……この足音、炭治郎のだ…)
「刀を抜いて戦え!!この弱味噌が!!!」
伊之助の声を聞こえないふりをして、やっと姿を見せた炭治郎に善逸は口を開いた。
「っ炭治郎…俺達…守ったよ……お前が…これ…命より大事なものだって…言ってたから……」
炭治郎は禰豆子が入った箱を守る善逸を見て、ボロボロになり気を失っている○○と泣きじゃくる正一を見て、一気に頭に血が上ったのだった。
「威勢のいいこと言ったくせに刀も抜かねえこの愚図が!!同じ鬼殺隊なら戦ってみせろ!!」
炭治郎はゴガッとものすごい音をさせながら蹴り上げられ倒れ込んだ善逸が、血だまりで倒れて絶命していた自分の家族と重なった。
「お前ごと箱を串刺しにしてやる!!」
それを聞いて、ようやっと炭治郎は動いた。
「やめろ!!!」
強く叫んだ炭治郎は素早く伊之助の前に移動すると、思いきり腹を殴りバキッと伊之助の肋を折った。
あまりの衝撃に伊之助は吹っ飛んだ。
「お前は鬼殺隊員じゃないのか!!!」
(骨折ったァ!!!)
○○同様に容赦のない炭治郎に、善逸は再び心の中で泣き叫んだ。
「なぜ善逸と○○が刀を抜かないかわからないか?隊員同士で徒に刀を抜くのは御法度だからだ!!それをお前は一方的に痛めつけていて楽しいか?卑劣極まりない!!」
炭治郎に殴られ倒れていた伊之助はその言葉を聞いて心底愉快に思った。
「ガフッゴホッ!!ハハハ、グハハ、アハハハッそういうことかい悪かったな!!じゃあ素手でやり合おう…!!!」
「いや全くわかってない感じがする!!まず…」
炭治郎の言葉の途中で伊之助は立ち上がると、炭治郎目掛けて走っていく。
「隊員同士でやり合うのが駄目なんだ!!素手だからいいとかじゃない!!」
炭治郎は必死に伝えるが、伊之助は聞く耳を持たず炭治郎の顎を蹴りあげようとする。
身を引いて避けた炭治郎は攻撃を受け流すことに決めた。
しばらく続く攻防だったが、意外な方法で終息することになる。
「ちょっと落ち着けェ!!!」
炭治郎が伊之助へと頭突きをし、ゴシャッと両者の額からありえない音がなった。
耳のいい善逸はもちろんそれに耐えられなかった。
「うわあああああ!!!音!!頭骨割れてない!?!?」
あまりの事によろけた伊之助から猪頭がずり落ちる。
現れた顔を見て善逸は訳がわからなくなった。
「女!?!?え!?顔…!?」
「何だコラ…俺の顔に文句でもあんのか……!?」
額が真っ赤になった伊之助の顔はその痕が気にならないほどに美しかった。
(気持ち悪い奴だな…ムキムキしてるのに女の子みたいな顔が乗っかってる…)
○○といい伊之助といい、もう善逸は訳がわからなかった。
そう思うのは当たり前である。
「君の顔に文句はない!!こぢんまりしていて色白でいいんじゃないかと思う!!」
炭治郎は無神経な男であった。
思ったことを素直に口に出しすぎるのも考えものだ。
当然頭にきた伊之助はぐあっと牙を剥く。
「殺すぞテメェ!!かかって来い!!」
「駄目だ!もうかかって行かない!!」
「もう一発頭突いてみろ!!」
「もうしない!!君はちょっと座れ!大丈夫か!!」
あまりにも騒がしい二人の声に、○○の意識はやっと浮上した。
○○は殴られた顔がまだ痛み、目を開けることができない。
「おいでこっぱち!!俺の名を教えてやる!嘴平伊之助様だ!!覚えておけ!!」
伊之助の言葉に炭治郎はキョトンとしたあと口を開いた。
「どういう字を書くんだ!」
炭治郎は人一倍純粋な少年であった。
そしてどこかズレていた。
○○は聞こえてきた声に思わず笑った。
「字!?じっ…!俺は読み書きができないんだよ!名前は褌に書いてあるけどな…!!」
自信満々に答えたあと、伊之助はピタッと止まって空中に人差し指を立てて首を傾げた。
「!?」
「止まった…」
炭治郎達は急に大人しくなった伊之助に驚いた。
常に動き回り、騒がしかったからである。
無理もない。
やがて伊之助は徐々に白目を向き、口から泡を吹いて倒れた。
強く頭を打った音に○○は目を見開いた。頬が酷く痛むが構ってられなかった。
伊之助が倒れた音だと状況から察したからだ。
『伊之助…』
「うわっ倒れた!死んだ?死んだ?」
運悪く叫んだ善逸によって、○○のか細い声は誰にも気付かれることは無かった。
「死んでない、多分脳震盪だ。俺が力一杯頭突きしたから…」
(えっ怖…炭治郎額から血も出てないしどんだけ頭硬いんだ……猪は失神してるのに)
炭治郎の無傷の額を見て、善逸は絶句し声も出なかった。
「…あっ!○○さん!よかった…」
正一がふと視線を己の腕の中で眠る○○に移すと、彼は薄く目を開けていた。
正一は○○が目を覚ました事に歓喜の声をあげた。
「はっ!!!よかった○○よかったよおおおおおお!!!ごめんなああああありがとおおおお!!!」
正一の言葉に善逸は滝のような涙を流して正一の腕から○○を奪った。
正一は心底腹が立ったが顔に出すだけでとどめた。
彼は善逸よりはるかに大人であった。
ボロボロになった善逸を見て、○○はその背中に緩く手を回した。
『謝らないで、善逸はかっこいいね。しっかり箱を守ってくれてありがとう』
笠を被っていない○○の美しい顔を、初めて間近で見た善逸は息をのんだ。
ボロボロの姿でも○○は美しく、善逸は女子のように可憐な○○を絶対に守ろうと胸に誓った。
「善逸も○○もありがとう…本当にありがとう」
炭治郎は二人の傍によろよろと座ると静かに涙を流し始めた。
○○は手を伸ばすとその頭を優しく撫でた。
炭治郎は頭の上の柔らかい手に目を見開いた。
長男のため、撫でられるより撫でる方が多かった炭治郎は嬉しそうに微笑んだ。
それに○○は笑い返し、炭治郎から手を離し体に回る善逸の手をやんわり解くと、立ち上がった。
『…皆さんを埋葬しようか』
○○の柔らかな声に五人は強く頷いた。
真剣な顔に○○は微笑むと、羽織を脱いで畳み、気を失った伊之助の頭の下に敷いた。
それを見た炭治郎と善逸も、羽織を脱ぎ伊之助に貸してやった。
一人埋葬し終わった所で伊之助が目を覚まし、勢いよく起き上がった。
「うわっ!起きたァ!!」
飛び起きた伊之助に驚きの声を上げた善逸は目をつけられ追いかけられた。
「勝負勝負ゥ!!」
「寝起きでこれだよ!一番苦手これ!!」
石を乗せていた○○の後ろに隠れ、抱きついた善逸は泣いた。
その姿にカチンときた伊之助はビシッと○○を指さして叫ぶ。
「何してんだァ!!○○!!」
『埋葬だよ…伊之助も手伝って。まだ屋敷に殺された方達がいるんだ』
悲しそうに言う○○の言葉と行動が伊之助にはよく分からなかった。
関心が自分に向かない事に苛立った伊之助は顔をくしゃりと顰めた。
「生き物の死骸なんて埋めて何の意味がある!やらねぇぜ手伝わねぇぜ!!」
声を大にしてそう宣言した伊之助に善逸は震え上がった。
(うわ…ホントにおかしいんだこいつ…何の意味があるって…)
善逸は恐怖のあまり○○に抱きつく腕に力を入れた。
伊之助に対して眉を下げる○○に、今まで黙っていた炭治郎が前に出た。
さながら母を守る子のようである。流石長男。
「そうか…傷が痛むからできないんだな?」
「……は?」
炭治郎の言葉に伊之助は青筋を立てた。
あまりの見当違いな言葉に腹が立ったのだ。
当たり前である。
そのことに気づかない炭治郎は更に言葉を続ける。
「いや、いいんだ。痛みを我慢できる度合いは人それぞれだ。亡くなってる人を屋敷の外まで運んで土を掘って埋葬するのは大変だし、善逸と○○とこの子たちで頑張るから大丈夫だよ。伊之助は休んでるといい」
竈門炭治郎は頓珍漢な言葉で人を煽るのがうまかった。
発言が全て無自覚であるのが彼の悪いところだ。
「はあ"ーーーーーん!?!?舐めるんじゃねぇぞ百人でも二百人でも埋めてやるよ!!俺が誰よりも埋めてやるわ!!!」
そして伊之助は挑発に乗りやすかった。
その後、伊之助が本気を出してわりとすぐに埋葬を終え、四人は山を下ることになった。
それから炭治郎の鴉が藤の花の香り袋を吐き出し、正一の兄の清へと持たせた。
「本当にありがとうございました。家までは自分たちで帰れます」
○○は笠を被り三人の頭を順に撫でた。
チリンとなる風鈴の音が心地よい。
『気をつけて帰るんだよ』
「はい!本当にありがとうございました○○さん!」
ぺこりと頭を下げた三人に○○はにっこりと微笑んで、伊之助に連れられその場を去った。
正一は姿が見えなくなるまで大きく手を振ったのだった。