鬼滅の刃
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目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
部屋の隅に刀がかけてあるのが見える。
この家の者は侍か何かだろうか。
こうして雪の呼吸を使う育手の老父に助けられ、剣技を教えこまれるのが○○の本当の物語の始まりだった。
○○もまた、他の者と同じく血反吐を吐きながら鍛錬を積み。
今日、最終選別へ行くこととなっていたのだ。
○○は、いつのまにか十六になっていた。
八年もの間教えこんだのだ。
師匠は○○が最終選別で生き残ると信じていた。
干し肉を包んだ風呂敷を体に巻きつけ結び、懐に竹筒に入れた水を直して、草履を履き終わり立ち上がった○○に師匠は一つ風鈴の付いた笠を被せた。
チリンと涼しい音が耳に届く。
「○○。ここからの道中は険しいが、決して怪我をしないように…教えられる事はすべて教えた…無事に帰ってこい。」
笠越しにぽんと頭を撫でられた○○は頬を染め、満面の笑みを浮かべて返事をした。
『はいっ!!行ってまいります!』
長年修行をつけてもらった為か、○○は険しい道をものともせずに、涼しい顔で会場近くまで来てしまった。
最終選別の会場に着いた○○を、初めに迎え入れたのは淡い紫の藤の花であった。
(なんて鮮やかな紫だろう…時期ではないのにこんなに綺麗に咲くのか)
藤の花に見惚れながら歩みを進めると、開けた場所に出た。
目の前の階段を登りきると、そこには最終選別を受ける二十人近くの子供達がいたのだった。
(ついに来てしまった…すごく緊張する…!)
緊張で痛む胸を緩く押さえながら、最終選別に参加する子供達の顔を一人ずつ見ていると、途中でたんぽぽのような黄色の髪の男子に目がとまった。
(初めて見る髪色だ。イチョウやたんぽぽのような、綺麗な色。)
見ていたのはほんの数秒だが、視線に気づいたのか金髪の男子は緊張と不安を隠しもしない顔を○○へと向けた。
瞬間、不安そうであった彼の顔はパッと輝きだらしなく鼻の下を伸ばした。
(あ、笑顔を向けてくれている!優しそうな子だなあ)
○○もにこりと微笑むと、胸を押さえていた手を挙げ、男子に向けて緩く振った。
(ええええええええええええ!?!?!?何あの可愛い子!!本当に人間!?天女じゃなくて!?!?笠に風鈴付いてるのむちゃくちゃ可愛いんだけど!!え、何????俺に向けて手振ってくれてるの!?よし!!あの子と話す為にも絶っっっっっ対に生き残るぞ!!!!!)
金髪の男子こと善逸は、そう胸に誓い○○へと腕がもげるほど力強く、大きく手を振り返したのだった。
(わあ!凄く元気がある子だな!友達になれるだろうか!)
○○は彼を奮起させた事に気づかずほにゃほにゃと力を抜いて笑う。
男子に向けて足を踏み出そうとした○○は、藤の着物を着た二人の子供が口を開いたのを見てその場にとどまった。
「「皆様。今宵は鬼殺隊最終選別にお集まりくださってありがとうございます」」
「この藤襲山には鬼殺の剣士様が生け捕りにした鬼が閉じ込められており外に出る事はできません」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」
「しかしここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共がいます」
「この中で七日間生き抜く。それが最終選別の合格条件でございます」
「「では行ってらっしゃいませ」」
最終選別の開始を告げる言葉に、○○は迷いなく藤襲山へと足を踏み入れた。
(大丈夫…お師匠様にあれだけ叩き込まれたんだ。何も不安がる事はない)
痛いほど胸を叩く心臓を無視して、○○は刀へと手をかけた。
さっそく鬼の気配を感じた○○は、目を閉じ深く息を吐いた。
○○は集中する事で少しだけ先の事が見える。
また集中をしなくても、身に危険が迫れば自然と見える特異な人間であった。
彼の特異能力ば予知゙である。
(…見えた…!!後ろ!)
パッと目を開いた○○は後ろを振り返り刀を振るった。
肉を斬る感覚。
息を呑むような音。
視線を地面から鬼に合わせると、○○はしっかりと鬼の頚を刎ねていた。
驚いた顔のまま転がった鬼の頚は、灰のように消えていった。
『…ごめんなさい…』
元は人間だった事もあり、斬るのに戸惑ったがこれから鬼殺隊でやっていくことを考えると。
せめて苦しませないようにと、○○は刀を振るったのだった。
(…一人殺めてしまった…もうこれ以上はやめよう…生き残ればいいのならどこかで息を潜めていればいい)
甘い考えだというのは分かっていたが、せめて斬るのは自分の身に危険が迫ってからにしようと○○は決めたのであった。
だが、その考えはあっさり消えた。
そこら中からする叫び声に耐えられなくなり、○○はその方向へと向かっては子供を守り鬼を殺めるのだった。
その後、何度も感謝を受けた○○は木に寄りかかり体を休めていた。
(やってしまった…でも、助けを呼ぶ声がするのに無視をする事はできないし…)
○○という男はあまりにも優しすぎた。
結局あまり眠ることが出来ずに朝を迎えるのだった。
(明るい…今なら皆の生存確認ができる)
寝ぼけ眼で寄りかかっていた木から身を起こすと、○○は宛もなく歩き始めた。
そして絶句した。
助けたはずの子供達は皆、鬼にやられてしまっていた。
○○は屋敷で倒れていた使用人達を思い出して顔を歪ませる。
(ごめんなさい…)
○○は蹲みこむと手を合わせて目を閉じた。
無念であった。
一人一人目を閉じさせた後、○○は川を探しに歩いていた。
(体がべたついて気持ちが悪い…川はどこだ)
耳をすませながら歩いていると、微かに川のせせらぎが聞こえた。
○○は音を頼りにすたすたと進んで行く。
(川だ!)
遠くに見えた川に胸を弾ませ、○○は足を速めた。
少し開けた所にあった川の水を、邪魔になる笠を脱いで手に汲み、喉を潤した。
冷たい川の水が喉を通っていく感覚に、○○はようやっと生きていると実感した。
(私はまだ、生きている…本当は初めて鬼に刀を振るうのが怖かった…思えば刀を握る手はずっと震えていた…怖かったんだ)
水に濡れた手を見つめ、○○は肩を震わせ涙を流した。
怖かった。家族を殺した鬼が。
怖かった。主人を鬼へと変え、自害させた鬼が。
(元は人間だった事が分かっているのに…私はなんて惨いことを考えるのだろう…!)
嗚咽が漏れ出そうな口を両手で抑え、無理矢理声を殺した。
ガサッ
○○は音がした方を素早く振り返り、刀に手をかける。
しばらくして、音の正体が姿を現した。
そこには猪頭の逞しい体の人間が立っていた。
奇妙な風貌に○○は思わずぽかんと口を開けてしまう。
「何だお前、泣いてんのか?弱味噌か?」
○○は近づいてきた猪頭に警戒するも、敵意がないことが分かり、刀から手を離した。
猪頭は何を思ったのか、○○の前で蹲むとその柔い頬へと手を伸ばす。
『痛い…』
ぐわしぐわしと○○の頬を硬い指で擦る。
思わず声が出ると、ピタッと猪頭の手が止まる。
「なんだお前!!俺をホワホワさせるんじゃねえ!!!」
『えええええ!!私何もしてないですよう!』
驚きの声を上げる○○を無視して、猪頭は胸を押さえた。
○○の顔はあまりにも心臓に悪かったのだ。
触った頬も滑らかで柔らかく、伊之助は胸がホワホワしてたまらなかった。
ギュルルルルルル
突然鳴り響いた獣の鳴き声のような腹の音に、○○は猪頭を見つめた。
すると、猪頭は腹を押さえて座り込んでしまった。
「腹減った...」
その一言で○○は一気に気が抜け、思わず微笑む。
伊之助はそれを見ても不思議とイラつきはせず、またホワホワした感覚に陥った。
体に巻きつけていた風呂敷を解いて猪頭へと差し出す。
師匠が前から用意してくれていた干し肉だった。
猪頭は目を輝かせ何個かそれを奪い取ると、猪頭をカポッと外してばくばくと食べ始めた。
(わあ!綺麗な顔!隠してるなんてもったいないなぁ)
「なんだこれ!!むっちゃうめえ!!!」
『ふふ、良かった。私は魚を捕るつもりだったから全部あげるね』
○○は風呂敷を猪頭の前に置くと草履と足袋を脱ぎ、袴を捲りあげて川へと浸かる。
(やはりまだ冷たいな…足が腐らなきゃいいけど)
○○は袖を捲りあげ、のびのびと泳ぐ魚に手を伸ばす。
すると、隣から伸びてきた逞しい腕が先に魚を捕まえた。
すぐ後ろにいる気配は感じていたが、突然の事に○○は固まる。
「お前、気に入った!俺の子分になれ!!」
伊之助は自分の食料を笑顔で渡した、健気な○○を気に入ったのだった。
そのため子分にすることに決めた。
彼の脳内はどうなっているのやら。
○○は訳が分からずもとりあえず頷いた。
断るのが下手なのは彼の悪い癖である。
「よしっ!!子分の面倒を見るのが親分の役目だ!お前は川から出て待ってろ!!」
ぐいぐいと○○を押し、再び猪頭を被った彼に渋々従い、川から上がり懐から手拭いを出し足を拭いた。
彼が魚を捕っている間に服装を正す。
山で育った野生児、猪頭の伊之助はあっという間に自分の分と○○の分の魚を十匹ほど腕に抱えて戻ってきた。
「見ろ!大漁だ!!すごいだろっ!!」
『わあっ!すごいっ!!凄いです!あっという間にこんな数を捕るなんて!』
○○は良くも悪くも、思った事をすぐ口に出してしまう性分であった。
○○の言葉に伊之助はホワホワが止まらない。
「えへへっ!うふふ!ほら食え!!」
伊之助は可愛らしい笑い方をすると、ドサッと○○の前に魚を置いて胡座をかいた。
『ありがとうございます!』
○○は猪頭ににこっと微笑むと、持っていた手拭いで猪頭の足を拭った。
『さっき私が使ってしまったので申し訳ないのですが…放っておくと水虫になったりしちゃうので…』
振り払われるかと思ったが、以外にも猪頭は大人しく拭かれるままだった。
伊之助はホワホワしていたのだ。
「っもういい!ほら、食え!」
ずいっと差し出された魚を手に取るが、流石に生ではいただけない。
○○は困った顔で猪頭を見つめたが、彼は猪頭を脱ぎ、それを気にせず生で骨ごと食べ始めたのだ。
『なっ、生は駄目ですよ!!?寄生虫がいるかもしれないのに!』
○○は燃えやすい草、木の枝を集めてくると石を擦り合わせ火をつけた。
ほんの数秒の出来事に、伊之助は思わずぽかりと口を開く。
驚くのも当然である。
何故なら伊之助は火をつけたことが一度もない。
○○は長い木の枝を魚に通して、火の周りに刺していく。
『これでよし。貴方は大丈夫なのかもしれないですが、普通はお腹を壊したり病気になったり危ないので火は絶対に通さないと駄目ですよ!』
「お、おう」
○○のあまりの気迫と、顔の華やかさに流され伊之助は頷くしかなかった。
満足そうに微笑んだ○○は、向かい側に体育座りをして猪頭の少年を見つめた。
『魚、ありがとうございます。私、氷鉋○○といいます。貴方は?』
「…はしびらいのすけ。褌に書いてたから多分これが名前だ」
その返事に、○○は少しだけ眉を下げた。
捨て子なのだろうか。
はしびらいのすけ
漢字は嘴平伊之助であってるだろうか。
『嘴平君、よろしくお願いします』
「っだあああ!その気持ち悪い呼び方と喋り方やめろ!すげぇムズムズする!!気持ち悪ィ!!!」
伊之助は猪頭越しに頭を掻きむしって怒鳴った。
敬語が気に入らなかった事が分かった○○は、驚いた顔を柔らかく微笑ませた。
『ごめんね伊之助』
「許す!!」
頬を赤らめふんっと鼻息を一つついた伊之助を微笑ましく思いながら、○○は一番に焼けた魚を伊之助へと渡した。
『ありがとう。はい、焼けたよ。食べてみて』
伊之助は赤い頬をそのままにムッとした顔で魚に齧り付いた。
途端、彼の顔が驚きに染まり目が輝く。
「うめえええ!!!なんだこれ!!お前何したんだ!?」
『ふふっ良かった!火を通しただけだよ。』
○○は焼けた魚を伊之助の前に刺してやると、二匹だけ自分の所にもらった。
「お前、それで足りるのか?食べねえからそんなちっこいんだろ!」
『今はこれでいいんだ。ええ?私結構大食らいなんだよ?なのに背が伸びないんだ…』
「あっ、う、わりぃ…」
落ち込む○○に伊之助は思わず謝った。
哀れに思ったのか頭をぱしぱしと撫でる。
本人は撫でているつもりだが叩いているだけである。
故郷のこと、家族のこと、魚を食べ終わっても話は尽きず、○○は幸せを感じていた。
彼と話すのはあまりにも楽しかったのだ。
伊之助もそう思っていたのかは分からないが、彼が終始大口を開けて笑ってくれるのが○○は嬉しかった。
次第に日も暮れ、鬼が出る頃合になった。
伊之助はきっと一人で動くタイプだろうと推測し、○○は寂しく思うも腰を上げ笠を被った。
チリンとなった風鈴の音さえ、今は悲しさを呼ぶだけだった。
『そろそろ鬼が出る…伊之助、六日後に会おうね』
「待て」
寂しそうに笑う○○の手を、ぱしりと力強い手が掴んだ。
驚いて伊之助を見ると、彼も不貞腐れた顔で○○を見つめていた。
パッと○○の手を離し、伊之助は目を泳がせる。
「○○はもう俺の子分だ…親分は子分を守るもんだろ」
その先をモゴモゴと言い淀む伊之助を見て、○○はぱちくりと目を瞬かせた。
伊之助の真意を汲み取り、頬が緩んでいく。
『伊之助。最終選別が終わるまで、私と一緒にいてくれる?本当はずっと心細かったんだ』
○○の言葉に、伊之助はぱっと顔を輝かせると嬉しそうに笑った。
「しょうがねえな!!俺は親分だからな!!ずっと一緒にいてやんよ!!俺がいたら怖いもんなんてねぇぞ!!」
えへへっと笑う伊之助に○○はハテナを浮かべた。
゙ずっど?
…いや、気のせいか。
○○は考えるのをやめて伊之助に手を差し伸べた。
伊之助は輝かしい笑顔のまま○○の手を掴んだのだった。
○○と伊之助はこの六日間。
朝昼、談笑をして飯を食べては夜に鬼を殺めを繰り返し過ごしていた。
最終日も特に変わりなく、お互いボロボロになりながらも生き残ることが出来た。
『伊之助!七日目だ!二人とも合格だよ!!』
「わはははは!!まあ当然だな!!よし!行くぞ!!」
○○の言葉に伊之助は誇らしげに笑うと、○○をひょいと持ち上げ肩に担いだ。
瞬間、足に火がついたように走り出したのだ。
「猪突猛進!!猪突猛進!!!」
『おっ、落ちる落ちる!伊之助ええ!!』
安定しない肩の上で、○○は必死に伊之助の腰を掴んで耐えた。
逆さまのため次第に頭に血が上りくらくらとしてきた○○は、必死に呼吸をし意識を保ったのであった。
数分して最初の場所へと戻った伊之助は、○○を地面に落とすと藤の着物の二人の子供へと声をかける。
○○は必死の思いで受身を取ったのだった。
「「おかえりなさいませ」」
「これで合格だろ!!もう帰っていいか!?」
伊之助の勢いに苦笑した○○は、くらくらとする頭を押さえて伊之助の元へと向かう。
早く着きすぎたのか、○○と伊之助以外は誰も来ていなかった。
「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測り、その後は階級を刻ませていただきます」
「階級は上から甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十段階。今現在、お二人は一番下の癸でございます」
「?????刀は??」
「本日刀を作る玉鋼を選んでいただきますが、刀ができあがるまで十日から十五日かかります」
刀がまだ貰えないとわかった伊之助はギャンギャン喚くが、二人はニコニコしたまま気にしてない様子だった。
「その前に、今からお二人には鎹鴉をつけさせていただきます。鎹鴉は主に連絡用の鴉でございます」
白い髪の子供が手を叩いた瞬間、空から二匹の鴉が降りてきた。
それぞれ伊之助の頭、○○の肩に乗った鴉はムフっとふてぶてしく鼻を鳴らしたのだった。
「では、こちらから玉鋼を選んでくださいませ。鬼を滅殺し己の身を守る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」
○○は少し小さな物を、伊之助は大きな物をそれぞれ選んで会場を後にしたのだった。
『私はお師匠様の家に帰るけど、伊之助はどうするんだい?』
「んあ?ずっと一緒にいるっつっただろ。俺もそのそだて?の爺ん所に帰る」
○○の隣を頭の後ろで腕を組んで歩く伊之助は、眠たいのか半目になりながらそう答えた。
猪の頭を外し、手に持っているため顔がよく見える。
『あはは、あれ本気だったんだ…お師匠様も何も言わないだろうし…そうだね、一緒に帰ろうか』
「っ!おう!!」
にっかりと歯を見せて無邪気に笑う伊之助に、○○は苦笑しながらもここまで心を許しきってくれた伊之助を喜ばしく思う。
共にいたのはたったの七日間であったが、助け合う状況下が距離を縮めたのは間違いなかった。
遂に歩きながら目を瞑ってしまった伊之助の手を引き、○○はゆっくりと師匠の家へと歩みを進めるのだった。
「あれえええええええ!?!?あの風鈴の子いない!!!死んじゃった!?!?死んじゃったあ!?!?!?山でも一回も会えなかったし!!!!!」
「風鈴の付いた笠を被った方はもう一人の方と一足先に帰られました」
「なんだってええええええええええええ!?!?!?でも生きてるならいい!!!俺が死んじゃいそうだけど!!!!!!」
満身創痍の善逸の雄叫びが藤襲山に木霊したのだった。
『はあっはっ、やっと着いた...』
途中で完全に寝てしまった伊之助を背負った○○が、師匠の家に着いたのは真夜中になってからだった。
○○は心底鍛えていてよかったと改めて思ったのだった。
ざりざりと草履を履いた足を擦りながら家の前に着いたが安心して気が緩み、伊之助ごと地面に倒れ込む。
○○の肩におもいきり顎がぶつかっても、伊之助が起きることはなかった。
(お、もい…後ちょっとがなんで耐えられなかったんだ!私の軟弱者!)
○○が悔しそうに顔を歪めたその時、ガラリと目の前の戸が開いた。
『っぁ、お師匠様、お師匠様っ…ただいま、戻りました』
七日ぶりの師匠の顔を見て、緊張の糸が切れた○○はボロボロと大きな目から涙を零した。
「ああ、よく帰った…よく、帰ったな…」
師匠も○○の顔を見て涙を流すと、○○の頭と見知らぬ伊之助の頭をがしがしと乱暴に撫でた。
その感触に帰ってきたと実感した○○は、がくっと意識を夢へと飛ばしたのであった。
その日、○○は主人の夢を見た。
○○は真っ白な空間にぽつんと一人佇んでいた。
夢だとは分かったが一人きりでこの何もない空間にいるのが少し怖かった。
「○○」
かつて一番慕っていた最愛の主人の声に、○○は勢いよく振り返る。
『っ主様!?』
そこには、鬼になってしまう前の大好きな主人の姿があった。
○○は堪らなくなってその場に崩れ落ちる。
『ああっ主様…あるじさまっ』
俯いて泣きじゃくる○○の前に主人が蹲んだ。
主人は○○の両頬を包むようにして、親指で溢れる涙を拭う。
夢で自分が作った主人のはずなのに、その温もりは紛れもなく生きている本物の主人のものであった。
○○がゆっくり顔を上げると、主人とばっちり視線がかち合う。
主人は○○にゆるりと微笑んだ。
○○の好きだった笑顔だ。
「おめでとう○○、よくやった。これで○○も鬼殺隊の一員だ…頑張ったね」
よしよしと暖かな手が○○の頭の上を滑る。
その懐かしさに、○○は涙を止める術を失った。
八年だ。
主人がいなくなって、もう八年もの時が流れたのだ。
この先だって一生会うことなど叶わなかったはずなのに、今目の前にいるのは本当に本物の主人だったのだ。
『どうして…もう主様は…』
「うん。俺は確かにもうこの世にはいないけれど、○○が身につけている耳飾りに、俺の無念の気持ちが残ってたんだな…会えるのも、これが最初で最後」
『そんなっ…』
言葉をなくし、再び俯いた○○。
瞬きをする度、ポロポロと零れる涙を主人は拭い、少し声を厳しくして軽く背を叩いた。
「ほら○○。背筋を伸ばしてしゃんとしないか。下を見つめ続けるのは駄目だと教えただろう。お前は胸を張って立派な剣士になるんだ。」
主人が生前、耳にタコができる程口を酸っぱくして言い続けてくれていた事を思い出し、必死に顔を上げる。
「…そう、いい子だ○○。あの猪頭の少年と仲良くするんだよ。仲間を傷つけてはいけない、不便な暮らしをしてはいけない、弱い者を守ってやれる人になるんだ。誰かの為に刀を振れる人に。困っていたら手を差し伸べられる人に。お前は今までもこれからも正しい道だけを歩んでいくはずだ…俺はずっと○○を見守ってる。強く、生きろ」
『は、い…!主様が拾ってくださった命、無駄には致しませんっ』
涙で視界が歪んでも、○○は主人から目を逸らさなかった。
主人は○○の顔を見ると、最期に淡く柔らかく微笑んで消えた。
「愛してるよ。俺の○○」
意識が浮上し、ゆっくりと目を開くと見慣れた天井が目に映った。
そうだ、ここは師匠の家だ。
帰ってきたんだ、本当に。
体を起こすと酷い倦怠感に襲われた。
筋肉痛も酷い。
師匠が着替えさせたのか、服は泥だらけになった着物から浴衣へと変わっていた。
隣に寝かされている伊之助は深い眠りに落ちたままで、起きる気配はない。
○○の気分はすっきりしていて、とても清々しかった。
夢で主人と会って話せた事が影響してるんだろう。
○○は布団を畳んで自然と流れていた涙を拭い、厨に立つ師匠の元へ足を運んだ。
『おはようございますお師匠様』
「おはよう。そろそろ朝餉ができる。あの女顔を起こせ」
『はい…お師匠様、伊之助です』
○○は相変わらずな物言いに苦笑しながら返すと、手でしっしと追い払われたので可哀想だが伊之助を起こす事にした。
『伊之助、起きて。朝だよ』
「フガッ!!…ぐぅ」
一瞬目を開いた伊之助はすぐに目を閉じ、また眠る体制に入りだした。
これはまずいと、○○は伊之助のもみあげに手を添え耳元に口を近づける。
過ごした時間はたった六日だが、彼の事はよくわかっているつもりだ。
これで起きないと知っている○○は、最終手段を使うことに決めたのだ。
『伊之助。早く起きないと、朝餉は抜きですよ』
○○が言い終わると同時に、ガバッと身を起こした伊之助は○○の肩に掴みかかった。
「ほら起きたぞ!!これで朝餉抜きは回避だろ!!」
『おはよう伊之助、もちろんちゃんと起きたから朝餉はあります!』
「よっっしゃあ!!できたら言え!その辺の動物と勝負してくる!!」
言うが早いか、伊之助は早々に外に飛び出して行ってしまう。
○○はそれを見送って、苦笑しながら伊之助の布団を畳んだ。
「あの爺も意外に飯がうめぇな…○○の方がうめぇけどよ」
『はは、ありがとう…六日間魚を焼いただけなんだけどね…』
森で遊んでいた伊之助を回収して、三人で食べた朝餉はとても話が弾んで楽しかった。
○○は、師匠が伊之助を気に入ってくれた事が何よりも嬉しかった。
『今度からは伊之助もここに帰ってきていいからね。もちろん自分が住んでた場所が一番大事だから、無理にとは言わないよ』
「言われなくてもここに帰ってくる…ずっと一緒にいるっつったからな」
『…うん、そうだね』
二人並んで座った縁側は、なんだかとてもホワホワして伊之助は幸せな気持ちになった。
歳の近い人間の仲間は初めてだからだろうか。
それにしても、異様に胸がそわそわする感覚に伊之助は首を傾げる。
名前のわからない生まれたての気持ちに、伊之助は顔を顰めたのだった。