短編
名前
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シンシャ
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ここに生を受けて数百年
僕は天使を見た
事の発端は、見回りをしていた僕が、フォスがシンシャに叫んでいるのを見かけ、異常なしだろうと思って振り返ったその時
空に黒点が浮かんだ
冷や汗が頬を伝う
今日のこの時間。
まだ金剛先生は瞑想をしている
この場には硬度も靱性も低いやつが3人
しかも役立たずに武器なしがいる
僕は武器は持っているが弱い
あれ、月人に攫われる気しかしない
「○○!月人が!」
『わかってる!』
月人が現れて次々と矢を放ってくる
ああ、くそっ
捌ききれない
フォスとシンシャを庇うことを優先して前に出ると、捌けなかった矢が全部僕に当たった
ピシッ
キシッ
キシ
パキイィンッ
「っ○○!」
『っ、2人とも逃げて!早く!』
情けないことに、硬度五半の僕は足も腕も粉々
胴体も下半身と真っ二つにされてしまった
だが、唯一片手だけは生き延びてくれたようだ
「そんなっ…○○…どうしよう、どうしよう!…っすぐ誰か呼んでくる!!」
フォスはそれだけ言うと、全速力で学校まで走って行った
月人は割れた僕を回収しに下りてきた
このままじゃあ、シンシャまで月に連れていかれちゃう
『シンシャ!逃げて!』
月人の手が僕の足をつかむ
やだやめて、持ってかないで
『いや、いやっ』
悔しい悔しい
シンシャ1人守れないなんて
月人が足を器に入れようとした時
「○○!!…あ、ああ、見られたくない、見ないで…どうか」
シンシャが口を開くと同時に、背後の水銀が人の形をとり始めた
水銀はみるみるうちに津波のように高く上がって、僕の足を掴んだ月人を飲み込んでしまう
津波の次はシンシャ自身も大きく飛び上がり、巨大な月人に水銀を被らせ消滅させてしまった
月人を倒し、水銀で足場を作って、ゆっくりと降りてくる
『…天使だ』
「は?」
呆然とシンシャを見つめながら呟けば、シンシャは怪訝な顔をした
「俺は、そんなたいそれたものじゃない…馬鹿を言うな」
『だとしても、僕は充分シンシャが天使に見えた…その水銀も、まるで翼のようじゃない』
みんなに害を与えてしまう水銀でさえ、キラキラと光って神々しく見えてしまう
「これはっ!そんな綺麗なものじゃない!それに…お前には、見てほしくなかった……」
片手を顔にあて俯いてしまうシンシャ
『…シンシャ、こっち来て』
「…無理だ」
『お願い。僕からじゃ、今はいけない』
その言葉を聞いて顔を上げると、息を止めてぼくの前に膝をついた
呼吸を止めたことで、周りに浮いていた水銀は静かに消えていった
『いいよ、息をして…僕は大丈夫だから』
戸惑ったものの、小さく呼吸をしたのがわかった
それと同時に、やはりふよふよと水銀が浮かび出してくる
『大丈夫、そのまま…』
また慌てて息を止めようとしたシンシャの頬を、残っていた片手で触る
『よかった、どこも欠けてなくて』
「○○。もうよせ…削ることになるぞ」
『別に、いい…どれだけ削っても、シンシャの事は忘れないから』
頬から頭に手を滑らせゆっくりと撫でる
あ、手袋溶けちゃったや
またベリルに怒られるな
「俺の事なんか、覚えてなくていい…俺なんていてもいなくても、変わらない存在なんだから…」
またそんな悲しそうな顔で、思ってもないことを言う
とことん愛に餓えた子だ
『ほんとにそう思ってるなら、そんな悲しそうな顔はなしだ。ほら、顔をお上げ』
いくら言っても顔をあげないシンシャに、やっぱりかと思いつつ強行手段に出た
ほかの子に比べて、柔らかで細かい髪をかき分け額に口付けた
割れちゃうから僕の手ごしにだけど。
「な、なにしてる!?やめろ!」
『んふ、いつも頑張ってる子にご褒美』
んーっまと言いながらキスの雨を降らせる
割れちゃうといけないから、触れてはないけど。
それでも頬を赤く染めて嫌がっているが、その顔は先程とは違い嬉しそうだ
ほらな、やっぱり笑った方がかわいい
「…○○、もうじきみんなが来る。きっと俺を嫌がるだろうから、今日は帰る」
『うん…シンシャ、今日はありがとう』
シンシャはその言葉を聞いて立ち上がると、背を向けて歩き出した
その背中はまた寂しそうな色を見せる
『シンシャ、笑って!明日も会いに来る!絶対に!だからそんな顔しないで!』
片腕で上半身を支えるのがいい加減疲れてきたが、シンシャにはまだまだ伝えなきゃいけない
『ほら、笑って』
暫くして振り返ったシンシャは、目から水銀を流して静かに微笑んだ
あ、
やっぱり
やっぱりだ
嬉しくて僕も口角が引き上がる
微小生物が暴れだし、頬に熱が集まる
『シンシャは天使みたいだよ』
口を開いて何かを言おうとしたシンシャの声は、フォスに遮られた
「○○ー!!連れてかれてないー!?」
「○○!大丈夫?!」
「急いで運ぼう」
布を持って走ってきたフォスが、それを地面に広げると、ねぷちーとベニトが僕の体をゆっくりゆっくりそこに置いてくれる
シンシャのいた場所を見ると、もうそこにはなんの影もなかった
「でもよく攫われなかったね、すごいよ」
ベニトの言葉に頷きこう言った
『ああ、うん』
天使が助けに来てくれたから
そう言うと、ベニトとねぷちーは目をぱちぱちと瞬かせていたけど、フォスだけはうげっと言いたそうな顔でこちらを見ていて思わず笑った
そうだ
あの子を天使だと思うのは、僕だけでいい