Episode 46
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季節は10月半ば。
街中に溢れるオレンジと黒の色に、あぁ日本にもその文化はあったのかと凛は思う。
どの店もほぼ高確率で、顔が描かれたカボチャのランタンが飾られ、黒いコウモリのおもちゃが吊るされている。
そして、デカデカと英語で書かれた"HELLOWEEN"という文字がよく視界に入った。
「・・・ハロウィン、か。」
助手席に座って窓の外をぼんやりと眺めていた凛が無意識に発したであろう言葉を、運転席に座っていた安室が聞き逃すハズがない。
そう、ハロウィンーーーー10月31日は、凛にとって忘れたくても忘れられない日だ。
ヴォルデモートによって、凛の大親友であるリリーとジェームズが殺された日なのだ。
凛の記憶を見ている安室は、もちろんその事を知っている。
彼女が10月に入って月末に近付くに連れて、その表情に影を落とすのにも気付いていた。
その日に弔いたくても、リリーやジェームズの墓はこの世界のどこにも存在しない。
安室はどう声を掛けるべきか悩んだ。
「・・・零。」
安室が悩んでいると、凛から名前を呼ばれてチラリと視線を隣に移した。
「・・・どうした?」
「ポアロもハロウィンイベントしない?」
てっきりリリーとジェームズの話をするのかと思っていた安室は、まさかの言葉に目を僅かに大きくした。
「・・・ハロウィン、イベント?」
「そう!
街中ハロウィンモードだし、ポアロも便乗しちゃおうよ。
例えば30、31日の2日間だけ、ハロウィン限定プレートを提供して・・・
従業員もコスプレしちゃうの!」
楽しそうに話す凛の顔に寂しさや哀しさの色は浮かんでいなかった。
その彼女の表情に安室は少し安堵する。
「楽しそうでいいじゃないか。」
「マスター、許可くれるかなぁ。」
「大丈夫だろ。
マスターは意外とイベント好きな人だから。」
「本当!?Strike while iron is hot!
さっそくマスターに電話して聞いてみよ!」
凛はポケットからスマホを取り出し、マスターの電話番号をタップした。
そしてスマホを耳に当てて、受話口からの応答を待つ。
「あ、マスター!
お疲れ様です!
はい!今日は比較的緩やかな客足でしたので・・・
えぇ、そうですね!」
助手席で笑顔で通話相手のマスターと話す凛に、安室の口元も自然に綻ぶ。
「それでちょーっとご相談なんですけど・・・
もうすぐハロウィンじゃないですか?
ポアロもハロウィンイベントしたいなぁって思いまして・・・
・・・ですです!
店内もハロウィンの装飾にしてー・・・
あと30、31日限定で、ハロウィンプレートと従業員がコスプレするのとかどうです?
え、OK?
わーい!さすがマスター!!
ハロウィンプレートの考案なら任せてください!
はいっ!了解でーす!では、お疲れ様です!」
ルンルンで通話を終えた凛は、安室の方への少し身を乗り出した。
「マスターが "いいよ" だって!」
「みたいだな。
ハロウィンプレートの考案、俺も手伝うよ。」
「零は忙しいじゃん。」
「それを言えば君もだろ?
ポアロだけじゃなくて公安の任務に、組織の任務に、花屋の仕事までしてるじゃないか。」
「私は魔女だもーん。」
もはやまったく関係のない言い訳をする凛に、安室は困ったように微笑む。
「なら店内の装飾は一緒にしよう。」
「うん!
当日も準備も楽しみだ!」
凛はスマホの画面に指を滑らせて、さっそくハロウィンの飾り付けを見ながら微笑んだ。
ハロウィンプレートの試作も無事に終わった。
プレートの内容は、ご飯とランタンの形に切ったチェダーチーズを乗せたパンプキンチーズのハンバーグ、かぼちゃたっぷりのポタージュ、パイシートを縦に細く切ってウインナーに巻き付けたミイラウインナー、大根をオバケの形に型取りしたのを添えたサラダ。
さらに花のように飾り切りしたみかんも添えてある。
そして凛は梓と共にド〇キで従業員4人分のコスプレ衣装も手に入れた。
ハロウィンプレートの食材の買い出しや店内装飾に追われ、あれよそれよの内に日付は10月30日となった。
この日、ポアロの従業員である4人は、朝の7時から店に集まっていた。
その理由は30、31日の2日間限定で提供するハロウィンプレートの仕上げをする為と、本格的なコスプレをする為である。
凛と梓は従業員控え室にもなっているバックヤードで、コスプレの衣装に着替えて準備をしていた。
梓は黒と紫の2色使われたワンピースを着ている。
袖の下がコウモリの翼のようにカットされており、ウエスト部分はシェーブされており滑らかなAラインワンピースだ。
スカート部分は紫地と黒地の2枚構造となっており、梓が歩く度に紫地が顔を出す。
そして頭には、台の部分に紫のリボンが巻かれた黒の魔女帽子を被っていた。
その魔女の格好をした梓はソファに座り、目を閉じていた。
その梓の顔に凛がメイクを施している。
「はい、梓ちゃん!
メイク完成したよ。」
凛が梓に手鏡を渡すと、手鏡を見た梓は わぁっと顔を綻ばせた。
ラメがふんだんに入った濃いブラウンのアイシャドウに衣装の色味に合わせてアイライナーは紫で引かれており、唇には赤いリップが彩られている。
さらに髪の毛には、一束分だけ紫の色に染められていた。
「わぁぁぁぁっすごい!
私じゃないみたい!」
「その髪の色は水で落ちるんだって!
今の時代便利だねぇ~。
何より梓ちゃん、濃いメイクもすごく似合ってる!
最高に可愛いよ!」
そう言って微笑んだ凛は、黒のワンピースを身に纏っていた。
腕部分は透け感のある素材でつくられており、ウエスト部分はコルセット風に締め上げたつくりになっている。
またスカートの裾部分には赤いファーが着いており、中にパニエを着用している為、ふんわりと広がったスカートになっている。
そして頭には赤い角が2つ付いたカチューシャが着いており、悪魔風のコスプレをしていた。
そんな凛のメイクは、衣装に合わせて薄めの黒いアイシャドウを瞼に乗せ、赤いアイライナーで目尻を少し上向きにして書かれていた。
もちろん唇には梓とお揃いの赤いリップで彩られている。
彼女の髪も毛先から15cm程まで赤く染めていた。
「凛ちゃんも似合ってる・・・ううん、似合いすぎてるよーっ!」
「ふふ、ありがとっ。」
バックヤードから2人が出ると、カウンター席に座って顔にフェイスペイントを塗っていたマスターは2人のその姿を見て微笑んだ。
「へぇ、魔女さんと悪魔さんだね。
2人ともすごく似合ってるよ。」
そう言ったマスターは、黒のジャケットにスラックス、ワインレッドのシャツと黒の蝶ネクタイを身に付けており、顔に緑のフェイスペイントを塗っていた。
「マスター!
フランケン似合いすぎてますよ!」
梓はそのマスターの姿に思わず腹を抱えて笑った。
「そ、そうかい?
ここまでメイクまでしっかりしたコスプレは人生で初めてだから・・・
凛ちゃん、フェイスペイントはこんな感じでいいのかい?」
「いい感じです!
あとここが塗り切れてないので・・・」
凛はマスターの手にあった容器を手に取って、指で彼の顔に塗り広げた。
「いいですね!
あとは・・・目元に少しだけ黒のアイシャドウで影を付けて・・・
はいっ完璧です!」
「おーっすごい!
一気にフランケンっぽくなった!
ありがとう、凛ちゃん。」
凛は店内を見回し、安室の姿が見当たらない事に気付いてマスターに尋ねた。
「あれ、透はどこに?」
「あぁ、安室くんならトイレで着替えてくるって言って・・・
まだ出て来てないんだよ。」
凛は首を傾げながらトイレの前まで歩を進めた。
そしてトイレのドアをノックしながら声を掛ける。
「透ー?
どうしたのー?
何かあったー?」
凛が声を掛けると、トイレのドアがギィ・・・と開かれた。
出て来た安室の顔は、どこか不服そうだ。
さらに安室は凛の姿を見た瞬間、目を大きくしてより不服そうにする。
「・・・どうしたの?」
「凛が赤色の服を着て、メイクまで赤いです。
髪まで赤いです。」
「ほぼ黒の服だけどね。」
凛はそう言うと、彼がトイレから中々出て来なかった理由を察した。
そう、安室は黒のスラックスに白のワイシャツ、紅い宝石の付いたフリルタイに黒のベストそして裏地が赤い黒の立て襟マントを身に付けていた。
赤色が大嫌いな安室からすれば、自分が赤の使われた服を身に付けるなど発狂ものだろう。
それにも関わらず、凛が用意したからと言って渋々ながらもちゃんと着替えた安室に、凛は目尻を下げて微笑んだ。
「赤色、嫌いなのに・・・
ちゃんと着てくれてありがとう。」
「僕のわがままで凛が楽しみにしているハロウィンイベントを、台無しにする訳にはいきませんからね。」
少しムスッとしながら答えた安室の顔を覗き込むようにして見た凛は、可愛らしく小首を傾げた。
「今日の透はいつも以上にとーってもカッコイイよ。
本物のヴァンパイアみたい。」
凛の目元と唇を彩る赤に嫉妬しながらも、その破壊力抜群の可愛さに安室は頬を染める。
その安室の気持ちを見透かしたように、凛は続けて言った。
「・・・私は可愛い?」
確かに悪魔のコスプレをした凛は最強に可愛い。
憎いハズの赤がいい仕事をして、色っぽさに磨きを掛けている。
「最高に可愛いです。」
安室は目尻を下げて微笑みながら頷いた。
「赤は嫌いですが・・・
君が纏う赤は少しいいなと思いました。
・・・ほんの少しだけですけどね。」
安室の言葉に凛は思わず破顔させた。
そして彼の手を引きながら店内の椅子に誘導した。
「じゃあ残るは透のメイクだけだから・・・
目を閉じててね?」
「ん・・・ありがとうございます。」
安室は目を閉じると、凛の指が自分の頬や瞼の上を優しく撫でるのを心地よく感じていた。
数分後、凛が気まずそうにしながら言った。
「透・・・」
「どうしましたか?」
「透の目元にこの色使ってもいい?」
そう言って見せられたものは赤色のアイシャドウと赤色のアイライナーだった。
確かに凛の顔を彩る赤は少しだけいいなと思った。
だが、その赤が自分の顔を彩るのは如何せん嫌だ。
しかしここで我儘を言って、凛を困らせるのも嫌だ。
凛の両手に持たれた赤を見たままで心の中で葛藤している安室に、凛は追い打ちをかける。
「・・・私とお揃いの赤・・・だめ?」
「いいですね、お揃い。
僕は赤色大歓迎ですよ。」
頗るいい笑顔で即答した安室に、そのやり取りを聞いていた梓とマスターは さすが凛ちゃんだなぁと思っていた。
「・・・安室くん、去年のクリスマスでサンタコス心底嫌がって絶対着なかったのに・・・」
「凛ちゃんが言えば、なんでも言う事聞いちゃうんですよ・・・安室さんは。」
そして凛の手によってメイクされた安室は、手鏡に映る自身の目の下に引かれた赤に複雑な気持ちになっていた。
その安室を見ていた凛はというと、何か悩んでいるのか うーんと唸っていた。
「完璧すぎるイケメンヴァンパイアが爆誕したんだが。」
「そうですか?」
「でも何か足りないんだよね。」
充分すぎでは?と安室が首を傾げていると、凛は そうか!と目を輝かせた。
「これがなきゃヴァンパイアじゃないもんね!」
梓とマスターがこちらを見ていないのを確認した凛は、安室に向かってサッと杖を振った。
その瞬間、口の中に異物感が出現する。
口の中に何か鋭利なものが当たっている。
恐る恐る舌先でその謎の異物感を確認すれば、それは自分の犬歯である事がわかった。
「ーーーー!?」
安室が慌てて持っていた手鏡を見て確認すると、そこには紛うことなき自分の犬歯が牙のように伸びていた。
「さすがにコレはダメでしょう!?」
小声で凛に言うと、至極満足気な顔をした彼女に No problem.と返された。
「どーせ魔法だってバレないよ。
あ、その牙はハロウィンの日が終わるまで元に戻らないから。」
梓ちゃーん、見て見て~と言いながら自身の傍から離れて行った凛に、安室は困ったように微笑んだ。
「ええええええ!?
凛ちゃんのメイク技術ってどうなってるの!?」
「その安室くんの牙、本物みたいですごいね!」
その安室の姿を見た梓とマスターが、目を飛び出させる程に驚愕していた。
